ナザリック百景   作:つるつる蕎麦

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雰囲気を変えるような感じで挑戦してみました。楽しんでくれると嬉しいです。


ナザリックのどこかにて

 ナザリック地下大墳墓の何処とも知れない場所で、その奇妙な集まりが始まろうとしていた。

 光の落とされた室内は部屋の端を曖昧にし、どこまでも暗闇が広がっているように錯覚させる。本来は永続光(コンティニュアル・ライト)で照らされるはずの明かりは消され、集まった者がそれぞれが手に持った頼りない蝋燭によって照らされるだけとなっていたからだ。

 そこには今、多くの人影があった。全員が頭に特徴的な尖った形の覆面を被り、その上で全身の形が出ないゆったりしたローブを着込んでいる。見た目だけでは誰であるか全く判断ができないようになっていた。

 

 これからここで開かれる秘密会合は、ある意味においてはナザリック地下大墳墓の未来を決めかねない集まりである。

 

 その名も「ナザリック地下大墳墓『あの方を射止めるのは貴女』徹底討論会」。

 

 この会合の始まりは実に些細なものだ。具体的には朝食時によく一般メイドの間で交わされる「誰がアインズ様に相応しいのか」という話であった。

 しかし、それぞれに思うところがあり全員が真剣なため、同様の話題があちこちでヒートアップ、時間を忘れてのめり込む者が続出。結果、通常業務に支障をきたすのではないかと懸念した(当人たちが)ため、別途集まってそこで集中的に話題にする運びとなったのである。

 政治問題で議論を始めると参加者の血圧が上がりやすいなんて状況に似ている。いや、このナザリック地下大墳墓ではこれこそが政治問題かも知れなかった。

 

 ただしこの集まりが政治と一つだけ決定的に違う所があるとすれば、多数派を作ったり決着をつけるような目的のために開かれている訳ではない、ということだろう。結局のところ「妃」を決めるのは至高なる御方の一存であるし、それが如何なる結論であろうとも全員が当然のように受け入れるつもりがあるため、である。

 ぶっちゃけて言えば、集中してアインズ絡みの恋話をしようと言う、身も蓋もない集まりである。

 

 また、この集まりは最近のアインズの「休日・休憩」提案に絡めて、短時間ではあるが集団で休憩を取得することで開く形だ。一般メイドたちはナザリックの防衛などに携わっているわけではないので、そういった集団休憩が許されている。

 ただし、仕えるべき主であるアインズがナザリック内にいる時にはメイドが当然のように一切休まず仕事をしたがるため(アインズ当番などその筆頭だ)、最低でもアインズが外出している時でないと成立しない集会である。

 つまり、至高の御方による「休憩取得命令」は絶対であるが、自らの造物主にお仕えする時間を極力減らしたくない彼女らにとってみれば、この集会は「休憩取得命令」に従いつつも直接には奉仕の時間を減らすことなく、どうしても気になる話題を集中的に話し合うという一粒で二度三度美味しい名案でもあったのだ。

 

 ちなみに……こんな感じの一般メイドたちの思惑とはまた別に、うら若き乙女たちだけが集まって会合を開くと聞いたアインズはその中身に興味津々で、当初会合の中身を報告させようと考えていたりした。

 が、内容についてまで知ろうとしたりすることはセクハラ……まで行かないにしても横暴過ぎると考えなおして、何も聞かずに許可を出したという支配者の胸の内だけの秘密があったりする。

 そのアインズはといえば、現在はコキュートスと一緒にリザードマンの集落に視察に赴いている。戻りは早くとも数時間後になるだろう……という訳で参加者たちが三々五々集まって、今日また会合が開かれる運びとなった。

 のだが。

 

 ・

 

「そもそも41人以上いるってどういうことよ……」

 

 誰かが小声でつぶやいた声が聞こえる。

 ナザリック地下大墳墓にいる一般メイドの数は41人である。もちろん増えも減りもしていない。が、何故かホールに集まった黒覆面姿を数えると、51人。

 仮にだ、仮にプレアデスが全員参加していたとしても総数は47人になるはずで、残りの4人は一体何処からという事になるが、そこにいた全員が努めてそれが誰であるか考えないようにしていた。

 とは言え、この人数オーバー現象は今回初めて起こったわけではない。前々回は45人、前回は47人だった。多少寒気のする事実ではある……が、これは妙な緊張感を生みこそすれ、会の基本的なルールや方針は一切破られることがなかったため、今回も特に中止という判断には至っていない。

 ちなみに会のルールはは以下の様なものである。

 

 ・発言者が誰かは詮索しない

 ・発言者は自分が特定されるような発言を慎まなければならない

 ・発言者を特定したとしてもそれによる影響を会合の外に出してはならない

 ・個人の名前を出す場合の敬称は誰であれ全て”様”で統一

 ・個人に対して許されるのは称揚する行為だけで、批判は禁止

 ・戦闘行為は禁止。特殊技術、魔法、その他のアイテム、スクロール等の使用も禁止

 ・男性守護者にこの会の存在は教えてはならない

 ・口唇蟲必須

 ・これらに違反した場合、今後その人物はこの会に二度と参加できなくなる

 

 というようなものである。

 破った場合の罰則が弱すぎるルールであるが、参加するのは一般メイドで中身はある意味ゴシップ。その程度で十分だったのである。

 が、蓋を開けてみればこれである。もはや何が起こるか分からなくなりつつあった。

 

「ん、んんっ、で、では第五回討論会を始めたいと思います。参加者各自はこの会のルールを順守してください」

 

 口を開いた誰かの声が震えていたのはまあ仕方のない事だろう。

 場の緊張感を気にして発言が出にくくなるかと思われたが、即座に口火を切ったものがいた。

 

「やはり……アルベド様が相応しいと思います。守護者統括であり慈悲深く、美しい。アインズ様の隣に立つとしたらアルベド様以外あり得ないと思うのだけど、どうかしら」

 

 口調に聞き覚えがあるような気もするが、気のせいだろう。

 

「それはどうであり……どうでしょうか? アインズ様はアンデッドであられることを考えんすと、やはりシャルティア様の方が相応しいようにも思いん……思われますが」

 

 こちらも口調に聞き覚えがあるような気がするが、気のせいだと思いたい。

 

「えっとー、わた、アウラ、様だって一応チャンスはあると思うなー?」

 

 2つの生きた地雷(推測)のような存在に対して更に別の考えを提示した強者は誰かと視線をやれば、背のひょろ長い何者かが発言したようだ。ただ少しばかり奇妙なのは、体の真ん中辺りでバランスを取るようにフラフラしていること、背の高さの割に手が短く見えること、だろうか……。

 

 ……女性守護者が全員来ているような気がする。凄く。

 

 背の高さはおかしいが最後の一人は当然あの方しかいない。となると多分あの方に無理やり肩車するような形で参加しているのではなかろうか。その事実に気づいて、うわあ……、と思ったものは多くいたようだが、肩車をしている人物の性別については問題視する者はいなかった。良くも悪くも「下の人」はそういう人物ではある。

 

 まあとにかく、深く考えても仕方がないということだろうか、その3人以外の者が発言を始める。参加者に恐るべき存在が混ざっているのは確定と言えたが、3巨頭にも等しく被せられた覆面が普段なら起こり得ないような奇妙な緩衝地帯を作り出したためだろう。

 

「あの……アウラ様はまだ76歳だと思いますが。妃になるということを考えれば少々早いのではないでしょうか?」

「そりゃまだまだわ……アウラ様は子供だけどさ、アインズ様には無限の時間があるし、ほんの少し待つぐらいなら全然大したことじゃないでしょ? この間なんか将来について考えようとか言われたんだから! ……って言ってた、気がする」

「なんですって!?」「どういうことよ!?」

 

 最初の二名が色めき立つが即沈静化する。二人共周囲の状況を考えて冷静さを取り戻したようだ。何しろ全員が黒装束の完璧なる秘密結社スタイル。ここで発言者を問い詰める方向に事を荒立てるのはうまくない。

 

「いや、まあ誤解だったんだ……いえ、誤解だったと仰っておられましたが」

 

 続いた発言を聞いて露骨に安堵の気配を見せる最初の二名。

 

「……そう。やはりね。冷静に考えれば少なくとも第一妃はアルベド様以外にはあり得ないと思うわ。掃除、洗濯、裁縫といったものもプロ級なのよ? とても女性的じゃないかしら?」

「それは安易過ぎる結論でありんしょう。やはり同じアンデッドのシャルティア様が一番手でありんす」

 

 その後も続くアピール大会。相手を罵るような言葉こそ出ては来ないものの、非常に慣れたやりとりのように見える。その光景を一歩離れたところから見ているひょろ長の人影は、たまに口を出しては2人を牽制しているといった感じ。

 隠す気はあるのだろうか……? とか、守護者が集まるといつもこんな感じなのかしら……? とかその場にいた他全員が思ったところ、別の所から爆弾を投じた者が現れた。先ほどアウラの年齢について懸念を表明した豪の者である。

 

「私は……ナーベラル様が意外に追い上げているんじゃないかと思っています」

「なっ……!?」

 

 ギシギシギシッ!!

 空気が歪んで軋む音がした。

 

「先日お伺いした所によるとナーベラル様は最近アインズ様と二人きりで行動することも多いらしいですし、外部の宿屋で一つの部屋でお泊りになることもあるとか……つまりそれは、いつも側にいる忠誠を誓った上司と従順な部下……という組み合わせであるということ……いかにも何か起こりそうな組み合わせ……」

 

 その人物の言葉の意味が周囲に染みこむのが早いか否か、また別の一人が慌てて口を開く。

 

「そっ……! そんなことがある訳ありません! わたっ! いえナーベラル、様がそのような事を、かっ、考えるとは、とても! そもそもアインズ様が、わ、わ、ナーベラル様をそ、そのような目で、見るはずが……ありません!」

「……お待ち下さい。今の発言にはナーベラル様を貶めるような発言がありました。見過ごせません」

「……ぐっ! 申し訳ありません……そのような意図があった訳ではなく……しかし、その、そんなことが起こりうると……!?」

 

 焦っているその人物は余程衝撃が強かったのか、足をガクガクさせているようにも見える。動揺で羽織った真っ黒なローブが波打つほどだ。

 

「可能性は否定出来ないと思いますが。私の目から見ればナーベラル様は、アルベド様やシャルティア様に劣らず美しい方に見えます」

「そ、そんなことが……? いえ、まさか……そんな……?」

「今現在のナーベラル様は積極的にアインズ様にお近づきになろうとしているようには見えませんが、ナーベラル様がもし今後そう思われたのならば……」

「確かにそれはかなり有利だわ……こう言ってはなんだけど、例えばいつも側におられるアルベド様は、アインズ様から家族のように見られてしまって、女性として見られなくなる可能性も否定はできませんよ」

「……すると、ピンポイントで密着するナーベラル様の方が女性としてのアピールポイントが大きい可能性も……!?」

「みっ、密着などしておりません!」

「落ち着いて黒覆面。誰も貴方のことを言っているわけではないのです」

「う……はい……」

「むむむむむぅ!」

 

 最後のうめき声は先程の(正体の怪しい)三人のうち一人から聞こえてきていた。それを聞いた「ナーベラル様はあり得ない」と主張した何者かは身を縮こまらせる。が、助け舟は別の何者かから出された。良くも悪くも討論の場が暖機運転を終えたということなのだろう。

 

「あの、それであれば……エントマ様は? ……その、美しさや大切に思われているという意味では他の方々に匹敵しうると思うのですが……王都での作戦では大きな犠牲を払われて、ねぎらいの言葉を頂いたというお話ですし……。そういうところから一歩を踏み出す可能性も否定はできない、と思うのですが……」

「え? え!?」

「……でもそこまで言うのであれば、ユリ様やソリュシャン様、シズ様は? 素敵さを考えたら、決して引けは取らないと思うのだけど」

 

 あちこちからそれぞれの意見が飛び出てくる。発言の間にどこからか「うへぁ」という声が聞こえた気がするが、走りだしつつある流れを止めるには至らない。

 

「ユリ、様は確かにとても魅力がありんすね……」

「わた……ルプスレギナ、様の名前が出てないっすけど?」

「……ルプスレギナ様はとても素敵な方ですけど、何かこうダメなところも目立ちますから……」

「うぐっ」

「待って、いえ、それこそが個性的で素敵だとアインズ様が思われる可能性はあるのじゃないかしら?」

「誰だか分かんないけどいいこと言うっすね!」

「私はシズ、様を推すわ。いい子……ではなくて素敵な方よ。あるいはエントマ、様」

「だったらソリュシャン様を推しましょう? 残忍で狡猾、素敵な方ですわ?」

 

 混沌としてきた。

 本人が本人を推薦している(ような気がする)状況で、次々と声を上げるものが増えて、矢継ぎ早とも言えるペースで発言がされるようになっていく。ある意味では可愛い恋バナの域を出ない内容ではあるのだから、本来ならば姦しいと言うべき所だろう。

 が、彼女たちの衣装は真っ黒で手には蝋燭。参加者の中に強大な力を持った者多数、となるとこういう集まりを適切に表現できる言葉は一つしかない。

 魔女の集会(サバト)である。

 

「胸が大きいっていうアドバンテージを考えればアルベド様の有利は揺るがないと思うわ!」

「……その、胸の大きさってよく言われる意見だけど、実際にはどうなのかしら……だって、そもそもアインズ様は胸の大きな女性を好まれるのかしら? 男性の中には胸が小さい方が好きという方もいることは間違いないのだし……」

「そうなの?」

「だってシャルティア様とかはペペロンチーノ様に『そうあれ』という理想の姿で生み出されたわけでしょうし……一般メイドにだって胸が慎ましい者は多数いるわ。つまりそういうことなのだろうと……」

「そっかー、うん、分かったよ! じゃあアウラ様だって待つ必要が無いかも知れないね!」

「いつの間にか大事な秘密が全員に知られている気がするでありんす……」

「……掃除や裁縫とかって部分をもっと売り込むべきなのかしら……?」

 

 女性だけの集まりだからこそ胸の大小はアピールポイントとして重視されないのだろうが、大きな胸が強力な武器になるという思い込みに囚われていた人物からすればこうした視点からの意見は参考になるとも言える。

 それぞれが自分、あるいは推しの誰かの強みや弱みを考えてああでもないこうでもないと言い始める。

 そして、あっという間に煮詰まりつつあるやり取りに、さらに追撃の爆弾投下がされる。

 

「私は一般メイドに過ぎませんが……いつか……アインズ様の寵愛を受けたいと思っております」

 

 ギチギチギチィッ!!

 

 再び室内の気圧が上がるような爆弾発言が飛び出す。見れば発言者は先程から要所要所で重大な発言をしている人物だ。守護者やプレアデスのいずれでもないとすれば、自動的に一般メイドの誰かということになるのだが……。

 普段であれば、一般メイドが話題の俎上に載せるのは自分自身たちを含まない、プレアデス以上の立場にある人物ばかりである。しかし覆面で個人の特定が困難になったこの場では、個々人の欲望が剥き出しになりつつあった。

 

 今までムキになっていたのは(何故かこの場に紛れ込んでいると思われる)守護者やプレアデスといった”アインズ様争奪の当事者”だけであったが、この発言により一般メイドすらも日和見を決め込むことが不可能になったのだ。

 畏れ多いと思いつつも、心の何処かで夢見ている願いを口にする者が現れた状況での弱気は、自分の至高の御方に対する愛を疑うことであるのと同時に、自分の愛が他の者に劣るということを意味するのだから。

 

「……先日聞いた所によりますと、一般メイドの一人がアインズ様に――アルベド様と並んでとは言え――名指しで『愛しているぞ』と告げられたそうです。もちろん慈悲深く無窮の愛をお持ちになられる方ですから、そのように仰られても不思議はありません。が……」

 

 彼女は周囲を見渡すようにして様子をうかがう。そして続きを待つ聴衆に対して決定的な言葉を吐き出した。

 

「……ここで注目すべきは、その一般メイドがちゃんと名指しで言葉を掛けられたということ……! 我々ごとき一般メイドの一人ひとりを覚えていて下さるということ! であるなら、一般メイドであってもアインズ様の寵愛を受けることが可能なのではないかと思うのです……!」

 

 ざわ……ざわ……、どころではない。ざわわわわわわっ! といった気配が波のように広がる。

 現在の地位、力の強さ弱さ、特別な存在として至高の御方に創りだされたかどうかなど、彼女たちを区別する基準は幾つもある。しかし今この場においてもはやそのような気楽な区分けは存在していなかった。

 愛の名において敵を食い破る虎だけが跳梁跋扈する最終戦争(ハルマゲドン)……!

 ……とはいえ、それはルール無用の残虐ファイトではなく、許される範囲で自分をいかに売り込むかという部分での勝負にすぎない辺りが、ナザリック地下大墳墓の平和さを象徴してはいたが。

 

「……! そうすると、当然わた、いえナーベラル、様にも、チャンスが……? 私と……アインズ様……アルベド様を差し置いて、そんな……でも、ひょっとして……?」

「本気で勝負に出るなら応援するわよ」

「どうしようどうしよう!? ……何かの荷物をお渡しするようなときに目をじっと見つめるというのはどうかしら!?」

「曲がり角で出会い頭にぶつかって自分をアピールする方法が古文書に書かれていたと記憶しています」

「直接お願いするというのも決して許されないという話ではない……のでは……。例えば、触れされて欲しい……とか……あああっ! 大胆過ぎる!」

「糸を集めて何か美しい刺繍とかどう!? もし受け取って頂けて……もし使って頂けたら……! ああ、想像するだけで心臓が破裂しそう……!」

 

 あわよくばこの集まりの方向性をいじって自分の手駒を増やそうとか企んでいたりした人にとっては踏んだり蹴ったりの展開である。というかかつて無い収拾のつかなさであった。

 しばらくそんな具合で喧々囂々の会話があちこちで繰り広げられることになる。こうなるともはや守護者だプレアデスだ一般メイドだなんて事は一切関係がなくなる。恋する女性たちがいるだけである。

 

 実際全員揃ってアインズが大好きな存在が集まった場所に火種を投げ込めばこうなることは目に見えているのではあるが、よく考えればナザリックの何処から出席者を集めても似た展開になりそうではある。ああだこうだとうわさ話なのか相談なのか、あるいは作戦会議なのかといった会話があちこちで止めどなく続く。

 ……まあこの会がガス抜き目的で開催されていることを考えれば想定通りに機能している訳だが。

 

 ただ、その集まりもいつかは終わる。一人の覆面が手をパンパンと叩いたためだ。何故か反射的に多くの覆面が口を開くのを止める。妙な既視感。

 

「皆さん、そろそろ会のお開きの時間ですよ。続きはまた今度の機会にして、それぞれの仕事に戻りましょう。慈悲深いアインズ様に許された会合だからこそ、私たちの本分に悪影響を及ぼすなどといったことがないようにしないといけませんよ……わん」

 

 最後に付け加えられた特徴的な語尾で何もかも察したその場の全員は、静かに頭を下げたという。

 

 ・

 

 翌日。食堂に集まるメイドの中にはいつもの3人の姿があった。たっぷりとご飯を食べて、さあこれから働くぞという前のひと時である。

 

「それにしても、誰だったのかしらね」

「なに、なんの話?」

「あ、その昨日の……流れを変えた人」

「分からないけど、凄いとは思ったわね……」

「すごくビックリしたよ! 勇気あるなーって!」

 

 3人は食堂を見回す。もちろんそこには普段と変わらない光景が広がっているだけだ。あちこちで同じように談笑する姿や、黙々と食事を詰め込んでいる姿、プレアデスの周りに群がるメイドなどが見える。

 

「私はそういうメイドが一人くらいいても驚かないけどね」

 

 3人が声のした方に顔を向けると、そこにはまたしてもパタリと本を閉じたインクリメントの姿があった。彼女は積極的にこちらの会話に加わろうとする事は少ないが、よく自分たちの側に席をとる。今日はもう食事を終えて食堂を後にするようだ。

 

「それはそうかも知れないけど……そういえばいつも何読んでるの?」

「図書館で借りられるようになったサービスで、色々借りて読んでいるわ」

「今読んでいるのは?」

 

 何の気なしに尋ねたシクスス。インクリメントは特に会話を続けるつもりがないのだろう。タイトルだけ口にするとその場から立ち去った。

 

「『失楽園』よ」


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