ナザリック百景   作:つるつる蕎麦

7 / 8
超難産でしたが一応形にはなりました。発破をかけてくれた作者の人に感謝を。


アインズの執務室にて

「センリュウ……ですか?」

「そうだ。……知っているか?」

「……存じ上げません……守護者統括として至らぬ自分に恥じ入るばかりです……!」

「……! よい、アルベド。そのような深刻な話ではないのだからな」

 

 執務室でのやり取りはその場での思いつきから来る他愛ないものも多いが、その時の話題はアインズ自身がそれなりに考えぬいたアイデアをアルベドに披露したところだった。まあそれが何かを知っている人間がその場にいたとしたら、突拍子の無さに驚いたり、絵面的に似合わなすぎるなどといった感想を持ったかもしれないが。

 

「川柳……大雑把に言えば文字数と形式を決めた詩、だな」

「詩……でございますか?」

「形としては5・7・5の音で創るのだ。そうだな……一つ例として詠んでみよう……オホン……『ナザリック 我らが城と 我が家族』。言葉のリズムが音で5・7・5になっているのが分かるか?」

「……はい……はい! ああ、流石はアインズ様! 偉大なる魔法や全てを知る叡智だけでなく、詩才まで超越しておられるとは……! しかも私達を……家族と……! なんと慈悲深くお優しい……ああ、アインズ様、アインズ様……至高であり叡智溢れる支配者であるアインズ様……! はぁ、ハァ、はぁ……」

「待て! 待て待て! アルベド! ……このようなものは単なる児戯に過ぎんぞ」

 

 昨晩ちょっと考えただけの自作川柳をそこまで持ち上げられると背中がむず痒いを超えて穴を掘って埋まりたくなる。この外見だとそのまま埋葬なんじゃないか? とかつい無駄なことを考えたりする。

 ……とにかく今でも十分に高い敷居をこれ以上高くするのをやめて欲しい。そのうち敷居を越えるのに失敗しただけで落下死しかねない。

 

「――まあそういった文芸作品があると分かればよい。そこでだ、その上でこの形式での創作コンテストのようなものを、このナザリックで出来ないものかと思ってな」

「はい! もちろんですアインズ様! 皆が喜んで参加するかと思われます! いえ、アインズ様発案のコンテストに参加しないような不忠を行うものはナザリックにはおりません!」

「落ち着くのだアルベド。それでは詠み手の自由な発想を奪ってしまうではないか。こういうものは義務化すると陳腐になるものだろ? 発案者である私の名を伏せた上で、楽しみの一つとして提案するのだ」

「……申し訳ございません! 私のような詩才を持たず、また見識も足らぬものにはそこまで考えが至らず……」

「そこまで気にするようなことではない」

 

 突拍子もないのは確かだが、アインズはこの案をそれなりに名案じゃないの? と考えていた。

 が、この考えに至るまではそれなりの紆余曲折がある。

 まず、アインズは自分が支配者の器だとは全く思っていない。仲間たちから預かっている子供たちの前だからこそ必死に支配者たろうとしているが、帝王教育を受けたわけでもなければ社長の経験がある訳でもない。ギルド長ではあったがもちろん支配者ではなく、統率力優れたリーダーとも思っていない。色々な巡り合わせからギルド長という立場にはなったが、現実世界では名も地位も無い単なる1ゲーマーだ。

 そんな自分に配下たちの気持ちがどの程度分かるかといえば……正直に言って五里霧中、いやぶっちゃけ既に遭難しているような気がしないでもない。

 

 じゃあ守護者やシモベたちが何を考えているかヒアリングして回れば良いかといえばそれも出来ない。仮に直接聞いて回ったところでこちらに遠慮や萎縮をしてしまうのは目に見えている。自分の姿を見かけるだけで即座に深く頭を下げ、あるいは平伏するような者ばかりと言ってもいいのだ。

 ではどうしたものか……と考えた時、閃いたのがかつての世界で小耳に挟んだ「目安箱」と「川柳」である。

 

 目安箱は今後のナザリックの運営に対する忌憚のないアイデアの募集が目的だが、現在のナザリックの勢力圏はほぼ地下大墳墓のみだ。強いて言えばカルネ村やリザードマンの村を入れても構わないだろうが、両方とも支配しているというより自治権を与えながら上からすっぽり覆っているようなイメージだ。となれば政策や改革案を募集する必要がない。

 まあそこは将来国でも出来たら考えればいいか……と気楽に考えたりしている。ただ守護者たちは今日も今日とて全力で張り切って世界征服に勤しんでいるので、アインズが思うほどに猶予は無いかもしれないが。

 

 結局アインズが先に手を付けたのは川柳の方だ。目安箱は上手く機能すれば非常に役立つ仕組みになりそうな気がするが、それでも見えるのは提案者の合理的思考とかそういうものだ。もちろん感情混じりの要素もあるだろうが、微妙で繊細な内面の問題や感情は見えては来ない。

 そこで川柳なのである。

 アインズがかつて目にした「サラリーマン川柳」などはユーモアや皮肉や悲哀、あるいは日常のさりげない喜びなどを綴った作品が中心であった。当時それらを別に好んでいたという訳でもないが、時には詠み手の感情や状況が目に浮かぶような作品があったことを思い出したのだ。

 

 ……ならば、一種の文芸コンテストのようなつもりで配下の者達にやらせることが出来れば、間接的に彼らの本音や悩みやここでの日常を知る助けになるかも知れない……と考えた訳である。

 川柳なら俳句と違って季語も不要だし、詠まれる中身も世俗的だ。誰でも出来る。5・7・5の部分すら結構適当でも許される大らかさがある。つまり庶民の文化なのだ。

 これなら自分も評価しやすいしナザリック世論調査の第一歩としてうってつけではないか? と思った訳である(ちなみに、学校の教師が読書感想文を書かせたがる気持ちが垣間見えたような気がした)。

 

(そもそもだ、守護者たちは親に……捨てられた、子供みたいなものだろ。忠誠心は疑いようがないとしても、もし辛い気持ちを抱えていたりするなら何か対策を講じなければならない。部下のメンタルケアだって上司の仕事のはず……だ。アウラやマーレはまだまだ子供だし、アルベドやシャルティアだって以前の一件を考えれば精神的なフォローが不要なほど強いとも思えない。セバスも王都での振る舞いを見れば目を離すわけには行かないだろうし、デミウルゴスやコキュートス……はまあ平気な気もするが)

 

 アインズ自身にも親心なのか親近感なのかよく分からない気持ちが後押しした結果、実際にやってみることにしたのだった。

 新人お父さんじみた心理的背景も含めてその発想のスタートは支配者どころかとても庶民的なのだが……まあバレようが無いのだから気にしても仕方がないことだろう。

 

「では細かい所を詰めていくとするか……。繰り返すが、堅苦しく考える必要は無いぞ?」

「はい。アインズ様のお望みのままに」

 

 というようなやり取りがあったのがしばらく前のことである。コンテスト応募のルールと締め切りを決めて、まあとりあえず守護者たちだけでも参加してくれれば御の字だな……とアインズは考えていたのだが……。

 

 意外に沢山応募があったのだった。

 

 ・

 

「ではこれより選評会を始めることにするぞ」

 

 アインズはそう口にして集まった面々に目をやる。正直適当に決めても良かったのだが、それぞれの作品を目にした守護者たちの反応がまず知りたかったので全員を集めて審査することにした。よく考えれば一石二鳥の名案である。読み上げるのも敢えて自分がやって感想も自分が口火を切ることにした。そこであまりはっきりとした寸評を付けなければ守護者たちも自由に発言するだろうと考えてのことである。

 

「守護者たちよ、これは新しい試みのため予想外の出来事を詠うような作品が出てきても不思議はない。だがまずは大らかな楽しむ気持ちで受け入れるよう心がけよ。よいな」

「「「「はっ!」」」」

「よし。ではまず最初の作品だな……コホン……

 

『100万回 生きたらリッチに なれるかな』

 

 ……”名無しの骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)”さん、の作品だな」

 

「「「「……」」」」

 

「……いやまあ何と言ったら分からんのはよく分かるぞ守護者たちよ……だが私は意外にこれは好ましく感じるな。まあ実際はリッチになれないことを考えると地味に物悲しい感じがしないでも……ないが……」

「あの、その、なんで100万回って数字が出てきたんでしょうか?」(マーレ)

「一部の配下やシモベたちの間でそういう名のついた本が流行ったせいかしらね」(アルベド)

「なんだかちょっと可愛いかな?」(アウラ)

「裕福を意味するリッチと、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の2つの意味がありそうですね。なかなか巧みな作りだと思います」(デミウルゴス)

「ドノ様ナ形デアロウト、意地ヤ願望ヲ持チ目指スコトデ辿リ着ケル境地トイウモノモアルト思ワレルカト」(コキュートス)

「妾たちもこれ以上強くなれたりするんでありんしょうか?」(シャルティア)

 

 まだ一作読み上げただけだが、守護者たちの反応はなかなかだ。ちなみに詠み手が誰なのかはアインズも知らない。個々人の内面が知りたいわけではなく、ざっくりとした印象調査のようなものなのでそれで十分なのだ。記名式にして遠慮した作品が集まるようでは元も子もない。

 一作品にあまり時間をかけてもしょうがないので、次を詠み上げることにする。

 

 「では次に行くぞ。

 

『アインズ様 ああアインズさま あいんずさまー!!!』

 

 ……詠み手の名前はない……いや何と言ったらいいものか……ありがたいというか、うむ、ありがたいことだが……これはその、音読する方も大変だな……」

 

 詠み上げる順番はランダムなのだが二作目にいきなりトバした作品が出てきてしまった。こうした忠誠心はとてもありがたいのだがとても重いのでつまり重い。詠み人が分からないので名前も知らない下級生からもらったラブレター並に重い。いやアインズはそんなものをもらったことは無いのだが。

 

「徐々に言葉が崩壊していく様は狙ってやっているのでしょうね。作品の印象とは逆に情熱と高度な狙いを感じます」(顎に手をやりながらデミウルゴス)

「気持ちはとても良く分かりんすが……その分余計に表現がバカみたいに感じるでありんす。アインズ様を称えるのならばもっと美しき方にふさわしい言葉があるはずでありんす」(ちょっと白けた感じのシャルティア)

「……そうかしら……とても、とてもよく考えられていると思うけれどっ……」(何故かシャルティアを睨んでいるアルベド)

「この句は馬鹿みたいだけどさー、アインズ様の事考えてるとなんかブワーッって気分が盛り上がるよね! ……あれ? なんだか部屋が寒くなった気がするんだけど……コキュートス何かした?」(アウラ)

「イヤ、何モシテイナイガ……」(もちろんコキュートス)

「私は情熱的で好ましく思いますな」(セバス)

「ぼ、僕もアインズ様の事を考えると胸がいっぱいになって、なんだかフワフワした気持ちになります」(マーレ)

 

 ……シャルティアは何となくこういう作品が好きそうだと思っていたが意外な反応だ。しかし最も意外なのはセバスだろうか。外界から女性を拾ってナザリックに住まわせることに成功した行動派のリア充だからかこんにゃろう……とかちょっと考えなくもなかったが、まあたっちさんの作ったNPCらしいと笑うべきところか。よく考えればそもそも、セバスに対しての変な嫉妬の感情を育てるなど馬鹿らしいにも程がある。

 

 アウラは可愛らしい反応だが、マーレは中身と絵面の関係でちょっと心配な感じだ。まあその理由は主に服のせいだとは思うが、引っ込み思案な印象がまた……。

 人間のままだったら可愛いは正義とか叫んでよろめいてしまいそうな破壊力がある。げに恐ろしきはぶくぶく茶釜だ。殺しに来てる。

 ちなみに何故かアルベドが地味に怒りを爆発させている気配もしていて、2作目にしてこの場が殺伐さに覆われている気配がするがなるべく考えない方向で進めることにする。

 ひょっとして詠み手はアルベドだろうか? いやまさかな……とまで考えた後、やはり次を詠み上げることにする。

 

 「守護者たちよ、難しく考えることはないぞ。単純に好き嫌いや詠み手の気持ちが分かる分からないだけでもこうしたものは十分なのだ。感じるままを口にすることが大事なのだからな。続けて次に行くぞ……

 

『小娘を いつか冥土へ 連れて行く』

 

 ……これは”おやつ大好き”さんの作品だ。……なるほどなるほど、冥土という言葉で色々と想像できるようにしたのだな。洒落もきいている」

 

 先日の出来事を考えれば当然詠み手はエントマだろう。エントマが復讐する機会を残せたという意味では、あの時自分が激怒を抑えた意味はあったと言うわけだ。

 

「そうだという証拠はないけれど……多分エントマの作品ね。……いつかそうなるようにしてあげたいわ」(アルベド)

「これも一つの忠義の形かもしれませんな……」(セバス)

「わたし、いえ妾も何があったか覚えてさえいれば……!」(シャルティア)

「フムム……僅カナ言葉デココマデ気持チヲ伝エラレルモノナノカ……川柳トハ奥深イモノダ……」(言うまでもなくコキュートス)

「あの時の冒険者のことですか……。私も縁がありますが、機会があるならエントマに譲ったほうが良さそうですね」(デミウルゴス)

「……おやつ大好きさん……エントマのおやつ……何食べてるんだろう?」(何となく嫌そうな顔のアウラ)

「僕は好きです。え、お姉ちゃん、エントマさんのおやつのこと知らないの?」(マーレ)

 

 アインズは「エントマのおやつ」が何なのかいつだったか聞いたことのある。そのため、アウラのつぶやきでアインズの脳内が素早くてつやつやした黒い生き物に侵食されて作品がどこかに行ってしまった。

 そうしてみると地味にペンネーム(とは言わないが)も大事なんだな~と思わなくもない。まあともかく、守護者たちの反応を見るという意味では完璧に目的に適った作品だとも言えた。アウラやマーレの反応などはある意味で実に子供らしくて微笑ましいではないか。

 

「うむ。初回の募集からなかなかの力作が集まっているようだ。では次にいくぞ。

 

『愛し人 幾星霜と 待ちわびて』

 

 ――詠み手の名はない。これは……ここより去った我が友たちの事を詠んだのであろうな……。その切ない心情がしみじみと伝わってくる……良いではないか」

 

 アインズ自身の心境とリンクする所もある作品だった。ただ現実を知るアインズ自身はそれが儚い希望に過ぎないことを知っている。この詠み手のように待ち続けることには全く希望を見出せない。しかし、それでもかつての仲間たちを恋しく思う気持ちは十分に理解できる。

 

「至高の御方々への深い思慕が詠まれた素敵な作品ですわ」(不思議といつもより笑顔の深いアルベド)

「ぶくぶく茶釜さま、今頃どうしているのかなあ……」(アウラ)

「………………」(俯いて想いを噛みしめるようなデミウルゴス)

「ペロロンチーノ様が今いらっしゃったらどうなっていたでありんしょう?」(シャルティア)

「ぶくぶく茶釜さまにお会いしたいです……」(マーレ)

「コノ気持チハヨク分カルガ……シカシ私ハ、ココヨリ去ラレタ御方々ノ分モアインズ様への忠義ヲ篤クスベシトイウ、詠ミ手ノ強イ想イモ感ジル」(コキュ)

「確かに……しかしだからこそ、アインズ様がここに残って下さったこと、感謝しない日はございません」(セバス)

 

 ほんの僅かな言葉を詠み上げるだけで自分や守護者たちの気持ちがあちこちへと動くのだから川柳というものも侮れないものだとアインズ自身が思う。これを募集する前は一体どうなることかと心配したりしなくもなかったのだが、シモベは無理だとしてもNPCはもちろん守護者たちには間違いなく創造主たちの何かが反映されているのか、出来はともかくとしても好き嫌い程度の評価はできる作品が集まったようだ。

 まあこれが逆に長文の私小説や告白録じみた作品の投稿だったらアインズの手に余るところだ。そういう意味でも川柳というのはちょうど良かったようで、我ながら上手いこと考えちゃったよ褒めてくれと珍しく自画自賛気味のアインズだったが、もちろんこの場にアインズを正しく褒めてくれる存在などいない。絶対支配者はつらいよ、である。

 

「作品自体もなかなか良いが……守護者たちよ、お前たちの評価も素晴らしいと私が感じていることを知るがよい。ともかく次の作品を読み上げるぞ……ん、んんっ、

 

『一晩中 見つめ続けて ドライアイ』

 

 ……あー、詠み手は”メイド一番星”さんだ……。これは、恐らくアインズ当番の時を詠んだものなのだろうが……その、なんだ、まばたき位は普通にしたほうが良いのではないか……?」

 

 ストーカー被害者の感じる寒気とか恐怖ってこういうのだよなあ……というのがアインズの正直な感想である。

 

「アインズ様のお側にお仕えしている者のみに許された喜びの一つですな」(詠み手と同レベルのセバス)

「ああっ、正直に申し上げますと一晩中付きっきりでアインズ様にお仕え出来る当番のメイドが羨ましいです! ぎぎぎ……」(アルベド)

「……妾は逆に濡れてくるかもでありんす……」(シャルティア)

「なにそれ? あ、あー、そういう……。シャルティア……流石にそれはどうかと思うわ……」(アウラ)

「お、お姉ちゃん??? ……シャルティアさん、なんで濡れてくるんですか?」(無垢なマーレ)

「一瞬タリトモ目ヲ離サズオ仕エスルトイウソノ姿勢! 実ニ素晴ラシイモノカト!」(コキュー)

「ふむ。我々はそれぞれ申し付けられた役目を果たさなければならないから仕方がないがね。羨ましいものです」(デミウルゴス)

 

 想像を超えたレベルの注目を受けていると知ってドン引きなアインズとは逆に守護者たちの評価は上々だ。……大体アインズ番に一晩中見られているだけでも苦痛なのに、まばたきしない勢いで注視されているとかどんな拷問だ。

 これが一日だけの話ならまだともかく、今晩だって明日の夜だってアインズ番はいるわけで(今だって部屋の隅でちゃんと控えているのだ)、恐らくこの詠み手と同じくらいの熱意でメイドたちはアインズの監視体制を維持するのだろうと考えると、正直ちょっと悲鳴をあげたい。

 大体、メイドたちに月一の休暇を取らせるだけでここまで身を削る必要があるとするならば、もし週休二日制を取り入れるとしたらどれだけ骨身を削らなければならないのか? あるいは相手が守護者たちなら? 一人あたり肋骨の二、三本? とまで意味不明な想像をして、怖くなって先を考えるのをやめた。安い居酒屋に駆け込んで愚痴りたい……支配者なのに。

 

「ま、まあ、なんだ。メイドたちの頑張りも素晴らしいものだな。ただもう少し力を抜くことを覚えたほうがよい……ぞ? では次に行くか……

 

跪き(ひざまずき) 雌犬スタイルで (なぶ)られたい』

 

 ……詠み手は、”たゆたゆ果実”さんだ。何というか色々と出てはいけない願望がダダ漏れな気もするが、まあ……いい……のか?」

 

 誰が誰をと書かれているわけではないが、ここナザリックにおいて当然主はアインズで、雌犬として嬲られているのはこの詠み手という事になるのだろうが、正直そういう趣味はないので却下したい。出来ればシャルティア配下の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)辺りのシャルティアに対する妄想とかであってほしい。

 

「――変態ね。いえ、いっそ被虐欲求に隠された激しい欲深さと言っても良いのかしら? でも、その、アインズ様にそんな風に飼われたら……ああっ、アインズ様、アインズ様、アインズ様……」(アルベド)

「まあ色んな趣味の者がいるでしょうからね……もちろんアインズ様が望むのであれば如何ようにでも」(アルベドの様子にため息混じりのデミウルゴス)

「ぼ、僕は頭を撫でてもらうのが、大好きです!」(マーレ)

「こうした者もナザリックにおるわけですな……しかしそれをまとめて支配されるアインズ様の懐の果てしない深さこそを感じさせますな」(セバス)

「シャルティア~? これあんた?」(アウラ)

「ちっ、ちっ、ちがっ、違うでありんす! 例えそうだとしても何がおかしいでありんすか!? アインズ様の指舐め奴隷に憧れるのとか普通でありんす! キュンキュンするでありんす!」(シャルティア)

「……イツカ爺ト呼バレル立場ニナレルノデアレバ……イエ、過ギタ願イヲ口ニ致シマシタ……」(コ)

 

 いやまあシャルティアならあり得るな……つーか吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)とかの美形を(かしず)かせたいだけじゃなく、自分も同じような扱いを受けてみたいもんなのかー奥深いなーなどと、半ば現実逃避気分で考える。そういや椅子にされた時にメチャクチャ興奮してたしな……全部ペロロンチーノが悪い。

 視線をシャルティアから逸らして未だに悶えているアルベドをちらりと見る。そこには顔が紅潮し半目半開き口のまま身を捩る大変色っぽい絶世の美女がいた。

 そう言えば以前シャルティアに椅子になるお仕置きをした時には、アルベドが暴走していたような記憶があるが……椅子? 椅子になりたいのか? 椅子ブーム来てるのか? シャルティアはペロロンチーノが悪いで済むが、タブラさんもアルベドにそういうアレな部分を設定していたのだろうか?

 ふとユグドラシル終了直前に垣間見たアルベドの設定を思い出す。あれだけ激しく書き込んであった上にラストが「ビッチである」なのだから、まあその手の性癖の一つや二つあってもおかしくないのかもしれない。

 どいつもこいつもろくな事してねーな! と頭の中で毒づいたが、すぐに宝物庫にいる自分の黒歴史を思い出したので「仕方なかった」と思い直した。……変態属性を盛られたのがコキュートスとかでなくてまだマシなのかとか益体もないことを考えたりもする。

 

「アインズ様? ドウカナサレタノデスカ?」

「いや何でもない。是非そのままでいてくれ」

「ハ! 御方ノ願イノママニ」

 

 考えてみればコキュートスは何気に気が休まるというか、癒し系? ……頭を悩ませる必要が無いというか社会人っぽい安定感があるというか。そういう意味ではデミウルゴスも節度を守れる安心感は十分にあるのだが、如何せん自分を超天才だと思い込んでいる所が難点だ。

 

「さて……そろそろ次を読み上げようではないか。ここまでの流れはとても良いぞ守護者たちよ。もっと私にお前たちの素顔を見せてくれ」

「はっ!! アインズ様の願いに応えるべく全力で当たらせて頂きます!」

「うむ、まあ気楽にな……とにかく次を読み上げるとしよう……

 

 これはまた……『シズデルタ しずしず可愛い シズデルタ』

 

 詠み手は”……いる”さんだ。あーなんというか、フフフ……これはシズ本人だろうな。感情の起伏が少ないから川柳なんて苦手だろうに、頑張って参加した感じが実に微笑ましいな。フフ……良いじゃないか。しずしずという言葉と自分の名前のシズをかけているのだな」

 

 シズは個性的なプレアデスの面々と比較すると目立たない割に不思議な存在感がある娘だ。ただアインズ自身もシズがどんな性格なのか掴みきれていないが、この句を読むにあまり心配したり難しく考えたりする必要はないのかも知れない。可愛らしい娘だ。

 

「シズは良い子ですね。でも、でもでも今は、アインズ様を笑わせたシズが羨ましい……! 羨ましいですわ!」(アルベド)

「シズが執事助手を良く抱えてるんだけど、あれなんでだろうね? セットで見ると執事助手も可愛いんだけどな」(アウラ)

「動くぬいぐるみか何かと思っているんじゃないのかなぁ?」(マーレ)

「シズは良きメイドですな。そう在れと生み出されたそのままに忠実に働いております」(セバス)

「個性豊かな存在を生み出された至高の御方がたのお力に、ただただ感服するばかりです」(デミウルゴス)

「以前ナーベラル・ガンマガ、シズヲ良イ娘ダト話シテオリマシタ。マサニソノママノ娘ダトイウコトガ読ミトレルカト」(略)

「妾はもう少し肉感的な娘のほうが好みでありんすが……シズが可愛いのは確かだと思うでありんす」(シャルティア)

 

 かつて仲間たちがいた頃のナザリックで最萌と言えばメイド長のペストーニャだが、今もし新たに仲間たちと最萌を決めるとしたらシズも良い所にランクインしそうなほど良い反応だ。

 ふと、何かの弾みでミズ・ナザリックとか決めようというような流れになったりすることを想像したアインズだったが、どう考えてもアルベドとシャルティアが正面衝突し血を見そうな展開しか想像できなかった。

 アウラ辺りはまだ子供だし大丈夫だろうが、正直プレアデス辺りですら反応が読めない。何しろ仲間たちに直接「かく在れ」と創りだされた存在なのだ。自分の姿には皆それなりに自信があるに違いない。実際アインズの目から見ても甲乙つけがたい存在ばかりなのだ。

 それだけならまだしも、ニグレドやニューロニスト辺りまで参加してきた挙句に水着審査とかまであるとしたらもう完全にホラーだ。さらに付け加えれば性別不明としか思えない生き物すら沢山いるし、ミスだけでなくミスターの方もやることになるような気がする……そして間違いなく両方とも自分が審査委員長席に座らなければならないことを考えると……まあ永遠に行わないことを心に誓う。

 

「ふむ、少しばかり主だった者たちの作品が続いてしまったようだが、応募作はまだまだ沢山ある。普段声を聞かないような者たちからの作品にも期待したいものだな。さて、次に行くとしよう……」

 

 ・

 

 結局すべてを読み上げると総数は100を超える事となった。当初想像もしなかった者達(と思われる)からの投稿があり、それら全てがそれなりに面白みのある作品だったのだから企画としては大成功といえるだろう。

 中には名前をそのまま書いたアウラやマーレの微笑ましい作品があったり(それでつい頭を撫でてやったら、他の守護者が明らかに「失敗した!」という顔をしたとかいう一幕があったり)、コキュートス以外は書かないだろこれというガチガチな作品があったりしたが(顎をやたらカチカチ鳴らしていたのは照れていたのだろうか?)、とにかく大事なのはその感情的な動きが例え少しだとしても垣間見えたことだろう。

 このナザリックに存在する者達はそれぞれがそれなりの喜びを抱え暮らしている。何となくプレッシャーが重くなった気がしないでもないが、ナザリックのためにという目的が一致しているのであれば心強くも感じる。今ここにいるNPCやシモベたちはかつてのギルドメンバーとは違い支配者と下僕という関係だが、それでもやはり同じように守り守られる仲間であり、あの輝かしい時代を伝える全てなのだ。

 

「うむ、私の想像を超える出来の作品が集まったな。ナザリックは戦力だけでなく文化的にも十分優れているようだ」

 

 アインズのこの言葉を聞いて嬉しそうに目を輝かせるアルベド、胸を撫で下ろすようにしているデミウルゴス、それだけのことで少し色白な頬を赤くして喜ぶシャルティア、有り難い言葉を賜ったかのように頭を下げるコキュートス、目を閉じて頭を下げるセバス、アウラは歯を見せてニコニコと笑い、マーレもいつもの不安げな顔をかき消して微笑む。

 本当に素晴らしい者たちだ。アインズは改めて彼らを創りだした仲間たちと、今ここにいる守護者たちを大切に思う。そこには深い満足があった。敢えて他の仕事についている守護者たちまで呼び寄せた甲斐もあった。

 ナザリックに棲まう者たちを知るために始めたこの企画だが――結局のところ、アインズはナザリックの身近な話題をつまみにして守護者たちと、かつての仲間たちの面影を残す彼らと過ごしたかっただけなのかも知れない。

 

「……あの、ところでアインズ様?」

「どうした、アルベド」

「これら作品には大賞ですとか、一位ですとかは決められないのでしょうか?」

「ふむ、どれも面白い作品ばかりなのでな。このままでも良かろうと思っていたのだが……そもそも私の一存で決めてしまって良いものか?」

 

 アインズとしては順位を決めたりするのは野暮なように感じていたのでこのままで良いとも思ったのだったが、アルベドや他の守護者たちはそうは考えていないようだ。

 

「何をおっしゃいますアインズ様! このナザリックにおいてアインズ様の決定は絶対です! そのアインズ様に大賞と認められたのであればその者の大きな励みとなるに違いありません!」

「そ、そうか? うむ、まあそういうことであればどれか一つの作品を大賞として選ぶことにしよう」

「アインズ様、お心遣いに感謝いたします!」

 

 最後に予定外の展開になってしまったな……と思いつつ、期待に溢れた目で見つめる守護者たちの前で、アインズは正直良し悪しとか分かんないんだよなと內心で呻きつつ、なんとなく記憶にこびりついた一つの作品を選び出したのだった。

 

 ・

 

「ウウム……アノ作品ハアインズ様ノオ心ニドノヨウニ響イタノダロウカ……恥ズカシイコトダガ、少シバカリ悔シク思ッテシマッテナ」

「分かるよコキュートス、私も同じように感じるからね。ただ……アインズ様自身は元々大賞を選ぶ気が無かった。そこがポイントだと思うのだよ」

「説明シテハクレナイカ」

 

 9階層にあるバーで並んでグラスを傾けるコキュートスとデミウルゴス。つい先程まで行われていた選評会が話題となっていた。デミウルゴスはコキュートスの問いにフム、と息をついて考えをまとめる。

 

「大賞になった句は……『身に染みる 雨にも忠義を 新たにし』だね。詠み手は”ファイト一番槍”さんだった」

「ソウダ」

「考えてみたまえコキュートス、この偉大なるナザリックにおいて雨に濡れるような事が普通起こるかね?」

「イヤ、アリ得ナイ。第5階層デアレバ吹雪ハ吹キ荒レルガ、全テ氷リツイタママダ」

「そうだね。でも実は一箇所だけあるだろう? そして詠み手の名前は”ファイト一番槍”。何処だか分かったのじゃないかね?」

 

 そこまで言われてコキュートスはハッとしたようにグラスを持ち上げる。

 

「……ナザリック地下大墳墓ノ地表部分……!」

「そう。そしてそこでいつも雨に濡れているとなると……」

「マサカ……!」

 

 コキュートスはやっと合点がいったようだ。しきりに複数ある手足を動かして驚きを表している。カウンター内にいるマスターこと副料理長は、そんなコキュートスの姿を少しばかり微笑ましくみているようだ。

 

「私の考えではねコキュートス、あの句は好みではなく、一番守りの弱い場所に配された者たちを労う目的で選ばれたのだと思うのだよ。それと同時に末端のシモベまでも支配者として目を配っているということを暗に匂わせたのじゃないか、とね」

 

 デミウルゴスはそこで言葉を切って、コキュートスの顔に理解が広がるのを暫し待つ。

 

「もちろんそのような事をしなくとも我らの忠義に揺らぎはない。しかし、労いや高く評価されるということは間違いなくさらなる励みになるだろう? 優劣をつける気が無かったアインズ様はあの場を即座にそのように利用されたのだと思うのだよ」

「ソノヨウナ事マデオ考エニナッテイタトハ……済マナイデミウルゴス。コウシテ説明サレナケレバアインズ様ノオ心ヲマタシテモ見落トス所デアッタ」

「それだけではないよコキュートス。アインズ様は我々の前でそれをしてみせることで、我ら守護者にあらゆる意味でよりいっそうの奮起を促されたのだろうね。我々に”主と一緒の時間を過ごす”という褒美を与えながら。

 ――守護者抜きでも簡単に行える作業に敢えて全員が集められたことを不思議に思わなかったかね? つまり……飴と鞭だよコキュートス、これぞ絶対なる支配者の貫禄と言うべき振る舞いだと思わないかね?」

「マサニ! マサニソノ通リダ! 嗚呼アインズ様、我ラガ全テヲ捧ゲテモマダ足リヌ程ノ素晴ラシイ御方ダ!」

「同感だよコキュートス」

 

 ・

 

 まあ実際の所、現実世界での酸性雨に打たれた経験が何となく思い出されて辛かったから選んだだけだのだが。

 それはそれとしてともかく好反応が得られたアインズは満足していたし、いつもと同じように存在しないアインズの二手三手先を読む者達は盛り上がったし、全体として言うことなしの結果となった。

 一部知りたくなかった事実的なものも出てきてしまったりしたが、まあその程度は許容範囲内だろう。予定は未定としつつも第二回の募集も考えている。いやいっそ定期的に開催しても良いかもしれないなどと考えていた。

 

 そんな形で幕を下ろした川柳募集と選評回だったが、その影響は意外な所ではっきりと出た。結論から言えばナザリックに侵入すべくやってきたワーカーたちが粉砕されるという結末がそれである。

 「出ませい!」と声がかけられた時の大賞受賞者の彼らの心境は「イヤッッホォォォオオォオウ!」とか「ヒャッハーァアアアァ!」とか「やるぜやるぜオレはオレはやるぜ!」位の普段より一層ブーストのかかった状態であったため、実力的にそれなりに均衡していた敵集団を全く揺るぎなく圧倒したのだった。やる気や興奮のあまり顎までカタカタ鳴るほどの勢いである。

 ちなみに、それを見ていたプレアデスの面々は彼らの状態に気が付かなかったので軽い驚きに見舞われたのだが……彼女たちはそれを単に「ワーカーが弱すぎた」と判断したようだ。まあ間違いではないのだが、真実はそういうことである。

 

 加えて言えば、アインズの口にした寸評は記録され、全ての配下たちの目につくように貼りだされた。間接的とはいえ自分の作品に言葉を賜われるなどとは考えてもいなかったナザリック上階のシモベなどは、感動のあまり失神する悪魔が出たり喜びで泣きはらすアイボール系などが見られたりもしたが、ナザリック的には平常運転の範囲ではあった。

 地下大墳墓は上から下まで色々な悲喜こもごもを生み出しつつ、今日も恐るべき者たちが蠢いているのである。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。