ナザリック百景   作:つるつる蕎麦

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今回は比較的すんなり書けました。
話の切り口としては地味な作品ではありますが、もし楽しんで頂けたなら幸いです。


第六階層:湖畔にて

 クソッ! なんてことだ! クソッ!

 

 今の自分の中に渦巻いている気持ちを表現するなら、無念さ、自己嫌悪、屈辱、そんなところだろうか……。

 主に望まれることで自分は存在しているというのに、主の力となるどころか全く期待に添えず、失望される。これ以上の惨めさなど存在するまい。

 一体どれだけの詫びを口にしたら許しが得られるだろうかなどと考える。しかしそんなものは得られるはずがない。望まれて生み出されたというのに力を発揮できないなど切り捨てられて当然だ。ならばこの惨めさは自分が主の役に立つという結果を改めて出すことでしかそそげない。

 

 しかし、一体どうやって?

 

 力を発揮できない理由が分からない彼には対策ができない。手がかりの一つでもあれば良いのだろうがそうしたものを探るチャンスすらなかった。一体自分の身に何が起きたのか、そしてどうやったら克服できるのか、何一つ分からなかった。

 自分の惨めさを振り払おうと、失意を抱えたまま彼は風の如く疾走を始める。走り続けても疲れを感じない自分の力が今ばかりは恨めしい。いやそれどころか血の巡りの良くなった肉体はより一層の力を発揮するかのように生気を増したようにも感じる。

 

 そうした中、彼は走りながら、時折彼の側を一緒に走るものがいることに気がついた。漆黒の毛並みを持った巨大な狼。目には知性的な光が宿っており、彼の走りに普通についてくる所を見ると、相当な強者ではあるのだろう。興味深げに彼の姿を眺めては、不意についてきたり、不意にいなくなったり。目的があるようにもないようにも見えた。

 

 また別の存在はかなり奇妙な生き物だ。緑色のウロコで体中が覆われており、いわゆるトカゲと思われるのだが動きは先程の狼に匹敵するように早い。短い足を素早く動かして、複雑な地形すら平然と駆け抜けていく。やはり深い知性を感じる存在だったが、どうもどこを見ているのかよく分からない目の関係で、気味の悪さも一緒について回った。

 

 別の場所では人型の生き物の姿も見かけた。強そうには見えないもののしっかりとした体つきをしている個体が多く、近寄っても来ないが近寄らせもしないような絶妙な距離感を保とうとする。こちらを見かけると一定の敬意を払うような行動を見せる生き物。それぞれが武器を持ち、一心不乱にそれを振るっている場面をよく見かけた。

 

 奥まった場所ではもっと奇妙な者たちがいた。人型だが木と同じような肌をした者達。それと同時にまるで木そのもののような外見を持つ者達。人型の方は彼を見かけると怯えたように隠れてしまい、木そのものの方は擬態するように動きを止めてしまう。敵対的ではないが勇敢な生き物でもないらしい。どうやら果樹園のようなところで働く者達のようだ……。

 

 他にもここには多数の生き物たちがいた。しかしその全てが自分にとって敵対的な存在ではない。正直ムシャクシャしていたので何処かでひと暴れしたい気持ちで走り回っていたのだが、そんなチャンスすら無いようだ。

 ただ、もともと自分自身も戦いに向いているという訳ではないので、争いを起こすことは場合によっては死を意味したかもしれない。が、それすらどうでも良い気分になっていた。

 

 この場所では自分は存在を許されている……こんなにも惨めな存在なのに……。

 

 その認識は彼にとって屈辱でしかなかった。どうせなら打ち倒して欲しい。無力で惨めな自分を粉々にしてくれればいいのに。そんな気持ちで走り回っていた。

 ……しかしそんなことは起こらなかった。森を駆け、湖畔を駆け、ついに立ち止まった時、それでも何も変わらずに彼はそのまま存在していた。

 やり場のない苛立ちという苦痛から逃げるかのように再び彼が走りだそうとした時、またしても見たことのない生き物が姿を表した。

 

「おお、見かけぬ顔でござるな? しかしなんという勇壮な姿! それがし、さぞ名のある者だとお見受けする!」

 

 ……妙なモコモコした生き物が声をかけてきた。

 大型の……逞しい外見をもつ強力な眼力を持つ生き物だ。四足で走り寄ってきたが、今は二本足で立ち上がってこちらに向かって興味津々といった視線を向けてきている。本来であれば脅威を感じるような強さでは無いようだが、その内側に充実した気力のようなものが、少しばかり彼を打ちのめした。

 明らかに格下であろう存在にすら気圧されるとは……それは苦笑だろうか、あるいは諦念のようなものだろうか。彼は自らが失った自信が自分の力強さを根こそぎ奪ってしまったように感じた。

 

「ど、どうしたでござるか? 拙者、また何か不愉快にさせるような事をしてしまったでござるか?」

 

 奇妙なことに、その生き物は慌てた素振りで彼の元へと近づいてきた。別に何も悪いことなどされてはいない。勝手に自分が自滅しているだけだ。

 

「どうも拙者は知らず知らずのうちに人が嫌がることをしていることがあるようなのでござる。……殿や皆様のお役に立ちたいといつも思っているのでござるが、なかなか上手く行かないのでござるよ……」

 

 その生き物の悲しげな目は、そのまま今の自分のように思えた。そうでなければ彼は誇り高く沈黙を守り通したに違いない。

 

 ”いや、気になさるな。己の弱さ情けなさが改めて身に沁みただけのこと”

「ふむ? 拙者のせいではないのでござるか? しかし、弱さとは奇妙でござるな……」

 ”何がだ?”

「お主は拙者から見るとまるで天まで駆け上がりそうなほど猛々しく見えるでござるよ」

 

 その生き物は思案げに彼の回りをぐるりと廻る。その上で首をひねっているようだ。

 

 ”……それは見かけだけのこと……今の私は主の力になれぬ、まさに役立たずよ……”

「誰にお仕えしておるのでござる? そう言えばまだ名乗っていなかったでござるな! 拙者は殿の忠実なる第一の従者、ハムスケでござる!」

 

 生き物はそう言うと誇らしげに胸を反らした。

 どうやらこのハムスケと名乗る毛玉は我が主の仕える方に直接仕えている者らしい。素晴らしい名を主に与えられて、主を乗せて野山を駆けるのだろうか。

 その時彼の中に沸き起こった感情はなんだろうか? 嫉妬? 羨望? よく分からなかった。似たような失意を胸のうちに抱えているはずなのに、このハムスケと己の違いは一体なんだろうと彼は考える。

 

 ”私はアルベド様に仕える魔獣であり、双角獣のトップ・オブ・ザ・ワールドである”

「おお! これまた良き響きの名前でござるな!」

 ”……今は名ばかりだが……”

「……一体どうしたのでござるか? 拙者で良ければ話してみるでござるよ。何か役に立てることがあるかもしれないでござる。忠義を持って主に仕える者同士、助け合うでござるよ!」

 

 自分の弱みを口にするのは屈辱だ。羞恥心が心を焼き焦がす。しかし彼は意地を張るべき時とそうでない時、胸襟を開くべき相手とそうでない相手の区別がつく賢明な存在であった。何の手掛かりなくこのまま時を過ごすより、遥かに良いはずだ。今必要なのはとにかく結果を出すことなのだから。

 

 ”私はアルベド様の魔獣として呼び出されここに存在している。主を背に乗せて駆け、敵を蹴り倒し、この角で刺し貫くためだ。……しかし、いざ我が主を載せると、手足が萎え……まるで力を失ってしまうのだ……生まれたての子鹿のように……”

「なんと! お主のような者でもそのようなことがあるのでござるか!? むむむ……では主以外を背に乗せた時はどうなんでござろう?」

 ”我は主のためだけに存在することを許されたもの。主以外を背に載せることは(あた)わず”

「それは……困ったことでござるな……拙者も殿を背に乗せることすら出来ぬとしたら……あわわわ、申し訳なくてどうしたら良いか分からなくなってしまうでござるよ……」

 

 ハムスケは彼に心底同情――いや共感だろうか? をしているようだ。自分のせめてもの役目を果たせない辛さは感じたものにしか分からない苦悩だろう。

 

「拙者、少し前は”森の賢王”などと呼ばれて、それなりに大きな縄張りを持っていたのでござる。強さにも自信があったのでござるが……殿と出会ってからというもの会う方会う方皆拙者より遥かに力を持った方ばかりで、自信をすっかり失ってしまったのでござる」

 

 そう言ってハムスケは先ほど見せた気弱な目をしてみせる。が、次の瞬間には再び目に力が戻っていた。

 

「でも拙者はそこで諦めずにひたすら訓練をしたでござるよ! あちらの湖の方に蜥蜴人たちがいたでござろう? あの者達と一緒に命をかけた訓練をしたでござる! 何度も挫けそうになったでござるが……殿への忠誠を思い出して力を振り絞ったのでござる。……そして、拙者は新しい力を手にすることが出来たのでござる!」

 ”おお……それは重畳(ちょうじょう)

「手にした力はまだまだ入り口のようなものでござるが……これからもたゆまぬ努力を続けていけば、きっといつか今よりもっと殿のお役に立てるようになれると信じているのでござる!」

 ”しかし……私は……”

 

 自分にまだ成長の余地が残されているのだろうか? 彼は自問自答する。しかし何もしなければ自分がここで終わりであることもまた確かなのだ。

 

「諦めてはいけないでござるよ! 力がつかないなら知恵を磨くでござる! 知恵がだめなら魔法を学ぶでござる! 魔法がだめなら心を鍛えるでござるよ! 拙者もまだまだ未熟な身ゆえこのような事をお主に言える立場ではないかも知れないでござるが、それでも努力は無駄にはならないはずでござる! 訓練するのでござる! 自分を鍛えなおすのでござるよ!」

 

 ハムスケの力はおそらく自分よりも弱いだろう。言っていることが正しいという根拠もない。しかし彼からは信念に裏打ちされた粘り強さを感じる。

 自分もそうあるべきなのだ。嘆くより前に何か出来ることがあるはずだと信じてみるしかない……。

 

 ”ハムスケ殿、お言葉に感謝を”

「気にすることはないでござる! 共に殿やその忠臣の方々にお仕えする身であれば助けあってもなんの不思議もないでござるゆえ」

 ”私もやれるだけの事はやってみよう……それが例え無駄であったとしても……”

「その意気でござるよ! 拙者もお主に負けないように一層訓練を励むでござる!」

 

 ハムスケと名乗った存在はそうして「では拙者、これにて失礼するでござる」と目礼すると、現れた時と同じように巨体に似合わぬ身軽さを見せて遠ざかっていった。

 不思議な存在だ……自分と比べれば格下なのであろうが、その全身にみなぎる力には訓練によって裏打ちされた自信が見え隠れしている。それは、存在の強さや価値といったものは決して肉体能力の大小ではないのだということを教えてくれる。自分も折れた心を継ぎ治し、今一度立ち上がって主の為に戦うべきなのだ……!

 

 そう思い立った彼の行動は早かった。自暴自棄で駆けまわることを止め、更なる強さを求める目的を胸に走りだした。

 やれることはそう多くはない。しかし胸に燃える炎が下らなくも見える訓練を可能にした。例えば――

 

 主を乗せてのランスチャージを想定した突撃訓練。

 世界の果てまで走り続けることを想定した持久走。

 足腰に加え心肺機能や全身強化を目的とした湖での水泳。

 峻険な岩山を走破することを想定した跳躍。

 超重量を引きずることを想定した荷重走。

 如何なる時も揺るがぬ心を持つための精神統一。

 

 中には一人では不可能な事もあったが、この場にいる存在の中には協力を申し出てくれるものもいた。ハムスケもそうだが、今までに見かけた狼やトカゲの姿をした者達は、その迸る力強さとは別に接しやすく気の良い者達だった。我が主と同等の地位についた偉大なるエルフの少女に仕える者たちらしい。

 樹木のような風変わりな姿をした者達は力強さとは無縁だったものの、時折余り物の果実などを分けてくれた。こちらを不思議そうな目で見ていたが決して邪険にするような雰囲気ではなく、何やら分からない目的のために邁進する存在だと見做してくれたようだった。何かのんきな――まるで長い時間を生きているかのような者達である。

 蜥蜴人たちは相変わらずこちらには近寄ってこないが、彼の姿を見る目にはある種の憧憬が感じられた。戦士の魂を持つ者達であれば我に跨ってみたいと思うのも無理はない。しかし決して手を出してくるような素振りを見せない。実力差ゆえと言うよりは、彼らがその内に抱えた意地によるもののようにも見えた。

 

 繰り返される訓練。目指すべき地平はただ一つ。しかし焦りは禁物――だがいつまた主から声がかかるとも限らないとなれば、ほんの数秒すら惜しい。並の生き物であれば目指しただけでも倒れ伏すような努力でも我であれば可能なはず――! 偉大なる主のために存在している我であれば!

 そうして、彼はまるで苦行僧のような日々を送り続けた。

 

 ・

 

「まあまあ、面白いことになっているのはほんとだってば」

「一体なんだというのアウラ? いいかげん教えてくれないかしら」

 

 ナザリックにおける重鎮二人が第6階層を歩いていた。アルベドは淑女そのままに優雅に、アウラは溌剌さを撒き散らすようにくるくると。

 アルベドはアウラの悪戯っぽい雰囲気を不審に思ったものの、アウラがこうしてわざわざ自分を呼び出すのだからそれなりに意味のあることなのだろうと思いなおす。このいつでも自分と世界を目一杯まで楽しんでいる様な少女は、こう見えて忠誠心という意味ではナザリックにおいて一切疑う余地のない存在だ。無意味に時間を取らせてアインズ様の覇道を間接的にも足踏みさせるような事は良しとしないはず。

 

「ほら、前にここでシャルティアと三人で会った時のこと覚えてるかなあ? あっちこっち見て回ったりした時のだよ」

「ええ、もちろん覚えているわ」

 

 アルベドはしばらく前の出来事を思い出しながら応える。偉大なる御方から休むように命じられた時のことだ。正直時間を持て余し気味だったところをアインズの薦めで女性守護者とこの階層であれこれとやった時間のことだ。

 あの時は正直「自由になる時間があるのであれば、アインズ様のお側にこそいたい」と思ったものだったが、振り返ってみれば自分の能力やナザリックの変わりゆく一面を確認する良い機会にもなった。あの後、至高の御方は恐らくそこまでお考えになられてあのような命令を下されたのだと思い至り、あらゆる時と場所で発揮される主の深い配慮に体が震えたものだ。

 

「あの時さあ、アルベドが騎獣を呼び出したじゃない? あれ送還してないよね」

「必要な時にまた呼び出せば良いかと思って自由にさせていたけど……何かトラブルでも起こしたかしら」

「それはへーき。でもね……あ、ほらもうスグそこに来てるよ。乗ってあげたら?」

「それは、その、アインズ様にご協力を頂かないと……」

 

 騎獣に乗れない理由は一つしかない。そちらの状況に(非常に残念ながら)変化がないのだから何をしてもまた同じ結果になるだけだろう。

 

「いや、なんかここのところ面白くって眺めてたんだけどさ、あの騎獣、なんかちょっと風変わりなことをしてたんだよね~。まあそれで何が変わるとか分かんないんだけどさ、試しにもう一回乗ってみたらって思うんだけどなあ」

「トップ・オブ・ザ・ワールドが?」

 

 召喚で呼び出される騎獣を放っておいたら勝手に訓練していて、再び跨った時に使い勝手が良くなっていたなんてことがあり得るのだろうかとアルベドは考える。が、アインズ様に声をかけられたあの日以来全てのものは新しい可能性を持つようになった。ひょっとしたらこれすらも偉大なる方の企みの一つであるかも知れない……。

 見れば風のように目の前に現れた自分の騎獣は一回り大きくなったような印象を受ける。目にはあの時よりいっそう強い光が宿っているようにも見えた。波打つ筋肉と流れるたてがみがまるで自分に「乗れ」と言っているかのようだ。

 と、一つの変な思いつきがアルベドに言葉を紡がせる。

 

「アウラ……まさかとは思うけど、これに乗れるか乗れないかで……私が、その、アインズ様とそうしたことになってないかどうかの確認をしようとか……」

 

 それを聞いたアウラは少しばかり口を尖らせる。

 

「変なこと言わないでよね。そんな変な事考えたりなんかする訳ないじゃん」

「そう、そうよね。シャルティアじゃあるまいし……ごめんなさいね」

「分かってくれればいいよ」

 

 こういう話で引き合いに出されるシャルティアもいい面の皮ではある。ただ、もしシャルティアがアルベドの立場だったとしても同じような内容を問うたであろうことを考えれば、正直そのメンタリティはどっちもどっちではあった。

 アルベドはしばし黙考する。無駄な邪念を捨て去って考えれば、アウラの獣たちに対する直感や管理能力は超一流だ。その方面においてはアルベドは全く敵わないと言っていい。そのアウラがこうまでして再び騎獣に跨ることを勧めてくるのは重要な意味を持っているかのように思われた。

 そこで、先日と同じようにまずはトップ・オブ・ザ・ワールドに触れてみる。しかし、あの時のような動揺は見られない。これならひょっとして? という思いがアルベドに芽生えた。

 

「……行けるかもしれないわね」

 

 アルベドは取り敢えず前回と同じように跨ってみることにする。その外見に似合わぬ身体能力を発揮して、軽々とトップ・オブ・ザ・ワールドの背へ身をひるがえらせた。

 前回はここで騎獣が力を失ってしまったのだが……不思議な事に今回は大丈夫なようだ。最初の一瞬こそ何かの震えが走るような動きを見せた騎獣だが、即座に盛り返すと緩やかに歩き出す。太腿と尻から伝わってくる騎獣の力強い筋肉の動きは頼もしさすら感じさせる。

 

「よし! さあ、その力を見せてみなさい!」

 

 アルベドの指示が飛ぶやいなや、騎獣はまさに疾風のごとく走りだした。何かを背に乗せているとは思えないほどの軽々とした動きで大地を蹴り、跳躍する。密集した木々の間をすり抜ける時ですらその背に跨るアルベドに小枝の一つすら当てない完璧な走り。時折背の主を楽しませようとするかのように加速してみたり、あるいは不意に旋回したり、飛び上がってみたり。しかもその間全てで驚くほどに揺れが少ない。ゆるゆると走る馬車にでも乗っているかのようだ。

 

「ふふふ……楽しくなってきたわ。良い子ねトップ・オブ・ザ・ワールド! 流石は私の騎獣!」

 

 この時のアルベドの心境としては、自分専用に調整されたレーシングマシンで最高のパフォーマンスを発揮しているバイクレーサーのようなものだったろうか。人馬一体となって景色を通りぬけ、次はあそこへ、そのもっと先へ、もっと早く、もっと遠く……。馬という存在がいればそれに乗って楽しむものが必ず現れるように、その速さには人を陶酔させる何かがあるのだった。

 そうしてアルベドは暫くの間、人馬一体の快感に身を任せる。

 

「――ベド! アルベド――!」

 

 遠くからアウラの呼ぶ声が聞こえたことでアルベドは我に返る。小走りで走り寄ってきたアウラの元へと騎獣を向かわせる。

 

「どうしたのアウラ」

「うん、楽しそうなのは良いんだけどさ、そろそろ降りたほうが良いんじゃないかなーって」

「そうね、仕事を抜けてきているのを少し失念していたようだわ」

 

 アルベドは少しばかり名残惜しい気持ちを残しながらも騎獣から飛び降りる。理由はよく分からないにしても騎獣に乗れることが確認できたのは重要な事だ。これでいざという時に自分の持つ力を十全に発揮することが分かったのだ。

 しかもそれに加えて、いつか、ひょっとしたら、できれば、アインズ様と二人乗りするチャンスさえあるかも知れない。アインズ様と一つの馬に乗って二人っきりで遠乗り……甘く優しく語りかける御方の声――、前に乗る自分の腰に回された美しい指先が不意にいたずら心を起こして私の――、その焦らすような動きに堪えきれず私の体は――、

 

「ああっ、いけませんわアインズ様、騎獣が見ております……!」

「アルベド、ちょっとアールーベードー」

「はっ!?」

「もーしっかりしてよー。守護者統括でしょーが」

 

 アウラが呆れたようにアルベドの顔を覗き込んでいる。いや実際呆れている。この守護者統括は能力も忠誠心もケチのつけようのない存在だが、正直に言えば変人だ。アウラもアインズに自分が褒められたりする場面を想像してニヤニヤすることはあるが、特別なご寵愛とかそういうことはあまり意識はしていない。

 というかアウラの中では、守護者たちの中でアインズに一番可愛がられているのは自分だという”特に根拠は無いけど凄い自信”が漲っていたりする。愛されて育った子供は最強という感じではあった。

 

「んっ、んんっ、……ま、まあとにかく騎獣に乗れることが分かったし、アウラ、あなたの助言に感謝するわ。でも、なぜ乗れるようになったのかしらね?」

「うーん、まあ、いくつか理由はありそうだけどね。まあ取り敢えずまたしばらくここで自由にさせといたら?」

「そうね。そうさせてもらえる?」

 

 アルベドは満足気に騎獣を撫でる。少しばかり騎獣が震えたような気がしたが、こうして乗れたのだから問題にはならないだろう。アルベドはこのことを教えてくれたアウラに一通り感謝の言葉を述べた。

 

「いーっていーって。これもお仕事のうちじゃないかなーって思うしさー」

「私は他の予定が詰まっているから第9階層に戻るけど……また何かあったら教えてちょうだいね」

 

 アルベドはそう言うと、守護者統括としてまともに働いている時のあの深く優しげな笑みを浮かべる。こうしていれば隙なく優秀な美人なんだけどバカやってる時はホント酷いからなー実は結構バカなんじゃないかなー、……などとアウラが考えているとは思いもしないのだろう、来た時より上機嫌に足取りも軽くアウラの元から離れていった。

 

 ――騎獣は再びその場所に取り残される。

 

「うーん、もう大丈夫じゃない?」

 

 アウラがアルベドの姿を視線で追いながら振り返りもせずに不思議な言葉を紡ぐ。と、言い終わるが早いがアウラの背後で何かが崩れ落ちる派手な音がした。

 アウラが振り返るとそこには想像した通りの光景――トップ・オブ・ザ・ワールドが泡を吐き、鼻血までも吹き出して完璧に昏倒していた。全身蕁麻疹のような発疹が現れて見た目は最悪だ。しかも仰向けひっくり返って痙攣する足を中に伸ばした由緒正しい失神スタイルである。

 しかしその顔には何やらやり遂げたようにも見える満足気な気配があった。

 

「なんか根性見せてもらったって感じだよね。アルベドのものじゃなかったら自分のシモベにしたくなっちゃうな!」

 

 アウラは強かったり珍しかったり変わった能力を持っていたりする魔獣に目がない。今いる自分のシモベたちは至高の方々に与えられた存在ばかりだが、もっと増やしてさらに至高の御方の役に立てるようになりたいと思っていた。会話が出来るわけではないが、この騎獣の気持もなんとなく分かる気がする。

 

「まあ、とりあえず満足気だから、いっか」

 

 そろそろ泡の出方がカニのようになりつつあるトップ・オブ・ザ・ワールドをため息混じりで眺めると、さてどうやって失神した馬を治療しようかと思案し始めた。

 

 ・

 

 ナザリック地下大墳墓第6階層を覗けば、そこでは今日もまた謎の修行を続ける一体の双角獣(バイコーン)を見かけることができる。眺めていると並走する他の獣たちの姿も見かけられたりするし、時には板切れに乗った大福、いや重し、いやハムスケをロープで引きずって走る往年のスポ根漫画のような光景を目にすることが出来たりもする。

 真実を知るものからすればそれらの訓練に意味があるのかは甚だ疑問――を通りすぎて意味不明なのだが、まあ当の獣たちが納得しているようなのでこのままでも良いのだろう。

 

 ところで、本件の根本的な解決をはかるにはアルベドがアレすることによってナニになるしか無いのであるが、当のアルベドはアルベドで本件の後、

「乗れないはずの騎獣に乗れるようになったということは、それまでの行いに何かきっかけがあるはず。騎獣に乗れるようになるまでに私がしていたこと……はっ!? まさか、アインズ様のベッドで一人でいたすことが、アインズ様と実際に――するのに近い効果(1/1000程度の効果:当社比)がある可能性が!?」

 という結論(妄想)に辿り着き、大義名分を得て今までよりさらに積極的になにやらするようになったとか。

 

 付け加えるなら、積極的にタックルを仕掛けてマウントポジションからのK.O.を狙いに行ったりもしているのは記憶に新しいところだが、現実はカウンターを食らって謹慎三日が今のところの戦績である。勝利しての除膜式は開催の目処が立たず、今のところただアインズのベッドだけが甘い匂いを濃くするだけに留まっているそうな。

 

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