ほとけには さくらのはなを たてまつれ   作:gomez

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<注意>原作ネタバレ、独自設定、独自解釈を含みます。ご注意ください。

<序章の和歌解説>
序章の和歌は恥ずかしながら筆者のオリジナルのため引用元はありません。

西行寺幽々子のイメージにピッタリな蝶と、バタフライエフェクトをかけた和歌にしました。


序章:うらもなく 手にとりみたる 果ての巻 うちはぶくてふ 旋風よぶらむ
0話:スワローテイルバタフライ


 頃は長月

 

 太陽がそろそろ真上に昇ろうという巳の刻。

 暦のうえではまだ秋まっさかりだというのに、木枯らしは肌を刺すようにシンと冷たくいよいよ冬の到来を感じさせる。

 

 縁側から覗く庭園には赤と黄の紅葉(こうよう)が目に鮮やかだ。赤は紅葉(もみじ)、黄は銀杏(いちょう)の葉っぱだろう。風に舞う赤と黄色は空の青によく映える。

 

 この芸術品のような庭園を造り上げているのは、屋敷に住み込みの庭師の仕事だ。夏は青々とした木々に花、秋は目に鮮やかで美しい紅葉、冬はまっ白な雪景色。四季折々に変化する庭園の景色のなかで、私の一番のお気に入りは春の桜景色だ。

 それもこの庭園の春はただの桜景色ではなく、空一面が、まるで空が桜になったかのように満開の桜色が上に、散った桜の花びらが下に絨毯のように広がる様は圧巻の一言に尽きる。

 

 私は日がな一日、屋敷の居間や縁側で茶を啜っては庭園を見て暮らしている。名は西行寺幽々子(さいぎょうじ ゆゆこ)。人間ではなく幽霊をやっていたりする。

 ただ、幽霊といっても人を化けて驚かすわけではなく、私は平々凡々とこの冥界で死霊の管理をして暮らしている。いわば良い幽霊なのだ。

 

 

 私がいるこの館は白玉楼と呼ばれており、死した魂が必ず訪れるという彼岸の手前に位置する。ここは現世ではない「あの世」に存在する。

 

 

「あら? 迷子の死霊かしら?」

 

 縁側からふよふよと居間に紛れ込んできた人魂のようなものは死霊という。例外はあるものの、人がその一生を終えて冥界に入れば人の形を保てなくなる。

 死して魂だけの存在になったそれは、人魂・または死霊と呼ばれ、白い霧のようなものへと姿をかえる。

 変わってしまうのは姿だけでなく、死霊になったそれは生前の記憶、物を考える力、自我など様々なことを忘れてしまう。生前の業(ごう)だけを背負ったそれは生き物というよりは自然現象に近いのかもしれない。

 

 

「あなたが来るのはこっちじゃないわ。 あちらの彼岸に逝きなさい」

 

 ふーっと息を吹きかけて死霊を外に飛ばすと、それはゆらゆらと空の彼方に飛んでいった。

 ふつうは息を吹きかけたところで死霊を動かせるわけではないのだが、これが私が幽霊でありながら冥界にとどまり続けられる理由の一つになっている能力だ。私は死霊を自由に動かせることができる。

 

 この冥界の入り口で、迷える死霊たちを彼岸へ、つまりは三途の川へ送り届けるという仕事の代わりに、私は冥界にとどまることを閻魔にゆるされている。

 

 

 

 ザザリ……ザザリ……と砂利を踏む音と、竹ぼうきの音が響く。

 

 

 

 庭師が庭園の落ち葉を集めているらしく、先ほどから門前と玄関を竹箒をもって行ったりきたりしている。

 文句ひとつこぼさず黙々と竹ぼうきをかけている彼女は魂魄妖夢(こんぱく ようむ)。白玉楼お抱えの庭師であり、私の自慢の従者だ。彼女は私と違って幽霊ではなく半人半幽という人間と幽霊の中間という変わった種族らしい。

 見た目はふつうの人間と変わらないが、彼女の隣にある身の丈ほどの巨大な死霊──半霊というらしい──が彼女の半身であり、人型と幽型の二人?で一人というわけだ。

 

 今年の秋の庭園も素晴らしい出来栄えであり、紅葉が散る様は錦絵と見まごうほどなのだが、これだけの広さの庭園だと落ち葉の量も小山ほどの多さになっているに違いない。

 掃除をするのは一苦労だろうが、生真面目な性格と仕事へのひたむきさから庭師は額から大粒の汗を流しながらも手を止めることはない。

 

 

 半人半霊は自身の半分が霊体だからなのか、人間と比べて寿命が異常に長い。寿命の長さにともなって外見の成長も遅くなっているらしく、妖夢が私に仕えてから少なくとも百年は経つというのに、今だに幼さの残る容姿に見える。

 

 彼女は先代庭師の孫娘にあたる。

 先代庭師が逝ってしまった訳ではなく、ふらりと隠居してしまった際に自身の代わりにと、白玉楼に置いていった忘れ形見が今代の妖夢というわけだ。

 

 私は先代の庭師を親のように慕っていた。

 先代の風貌は白髪、白髭の好々爺。緑と白の着物に、腰からは剣を2本携えていた。何でもよく知っていて、何でもそつなくこなしてしまう人物。堅物ではあったが優しさと愛情に溢れ、私のことを力いっぱい叱ってくれる唯一の人だった。

 

 そんなある日、先代が暇(いとま)が欲しい、と屋敷を離れること切り出した。私は幼子のように必死に泣いて止めたものだったが、彼の意志を変えることは私にできなかった。

 代わりに同じ女の子の妖夢に仕えてもらえることになったから、嬉しさはあったものの、やっぱり3人で暮らせたらどんなに幸せかと思うこともある。

 

 

 

 囲炉裏で暖を取りつつ、縁側から覗く庭園の紅葉を肴に熱い茶を啜る。ほうと吐き出した息は微かに白い靄(もや)をあげた。少し体が冷えてきたかもしれない。

 

「じっとしていても冷えてしかたないわね。読書の秋に食欲の秋、それに舞の秋よ」

 

 よいしょと重たかった腰をあげる。

 何百年と幽霊をやっていると趣味にだって力が入るというもの。

 私の趣味は和歌と舞。どちらの趣味も、年季が人の一生以上に入っているものだから少しばかり自信があったりする。

 

 そんな趣味人の私がここ数年続けていることがある。

 それは、友人が冥界の外から取り寄せてくれる最新の和歌や舞の本を読むこと。そして、それを真似た和歌や演舞を友人に披露することだ。

 

 冥界の外では胡蝶の舞という、蝶を模した演舞があると聞いた。

 冥界には生き物が存在しないため、めったに冥界から出ない私は何年と本物の蝶は見ていないけれど、それでも私は蝶が好きだ。

 優雅で華やかで何にもしばられずに風にたゆたい羽ばたく様はなんと自由なことか。

 また、蝶は人魂の化身だと言われることもある。自由に羽ばたく蝶に逝ってしまった旧友たちを重ねて、物思いに耽ることも昔はよくしたものだ。

 

 そんな訳で、大好きな蝶を模した舞とやらを習得するため、私は友人にねだって胡蝶の舞について記された本を取り寄せてもらった。

 

(おそらく彼女は翌春に顔をだしにくるだろうから、そのときに胡蝶の舞を披露してみたいわね)

 

 

 私に会うために、わざわざ冥界までやってくる物好きな友人の名は八雲紫(やくも ゆかり)。妖怪の賢者と謳われるほどの聡明な頭脳と強大な力をもつ大妖怪だ。紫は博麗大結界の、いや、幻想郷*(げんそうきょう)そのものの管理をしている。

 

──幻想郷とは、外の世界から博麗大結界で隔絶された箱庭である。

 

 遥か昔、人間は科学という力を手に入れた。科学とは、幻想と呼ばれているものとは相反するもので、身に付ければ身に付けるほど幻想から遠のく。

 科学の力を身につけていくうちに、いつしか人間は神を・妖の存在を否定するようになった。いや、性格には世界中に満ち溢れていた幻想そのものが霧散しつつあったのだ。

 

 世界中で消えつつあった幻想を集め、博麗大結界という強固な結界で囲い、八百万の神々や妖のために作られた楽園。

 それが、ここ幻想郷。

 

 

 

 私のいる冥界は幻想郷の一角にあるため、この世全ての死霊が集まる場所という訳ではなく、幻想郷の現世で死した霊のみが集まる。

 

 小さいとはいえ、幻想郷という世界そのものを作ってしまう凄まじい力を持った大妖怪ならば、恐ろしい鬼のような容姿をしているのかと思うかもしれないがそんなことはない。

 大妖怪の紫は私と同じくらいの齢20もいかない程度の少女の容姿をしており、少し波うった特徴的な金の長髪に金の瞳。お人形のように完璧に美しく整った顔立ちは恐ろしさとは無縁で愛らしくさえある。

 

 そんな彼女との出会いは思い出せないが、私は彼女と数百年以上友人をやっている。

 

(紫が喜んでくれるように頑張って練習しないとね)

 

 

「妖夢ー」

 

 縁側から掃除に勤しんでいる従者に声をかけると、妖夢の切れ長の目がこちらに向けられる。凛とした雰囲気は先代にそっくりで、まさに武人といった印象だ。

 

「なんでしょう?」

「ちょっと蔵に調べものにいってくるわね」

「分かりました。 掃除道具を出すために蔵の鍵は開けているので、そのまま向かわれて大丈夫です」

「分かったわ。 お昼ご飯ができたら教えてね」

「はい」

 

 

 蔵は縁側から見てちょうど屋敷の裏側に位置する。縁側から向かうとすると、屋敷の中を抜ければすぐだが、庭園の景色を堪能するために私はぐるりと屋敷の回りを歩いて向かうことにした。美しい桜に、ご機嫌で歌なんか歌っちゃったりして。

 

 

「ソメイヨシノに八重桜〜。 枝垂れ桜に、寒桜〜♪」

 

 ソメイヨシノもここ数百年でできた新しい種類の桜らしく、ソメイヨシノを植える前は江戸彼岸があったような気がする。

 

 白玉楼の屋敷にしても庭園にしても、私と妖夢の2人で住むには不相応に大きく立派だ。私が幽霊になる前からあるらしく、どんな物好きが冥界にこんな屋敷を立てたのか少しばかり興味はあるけれども、答えを知っている人はいないだろう。

 これから向かう蔵は屋敷や庭園に比べると不釣り合いなほど小さい。蔵の広さはおおよそ3畝──30平米ほど──だろうか。

 

 

 蔵の小ささの理由を語るには、少し昔の話をしなければいけない。

 私が幽霊として過ごす年月が数百年と過ぎていくうちに、蔵に保管していた書物や着物が風化して使い物にならなくなってしまった。

 劣化・風化して使い物にならなくなるのは書物や着物に限らず、なんと蔵そのものも風化してしまっていた。最初は蔵の雨漏りから始まり、気づけば壁に大きなヒビに入って・ついには柱ごとポキリと折れて倒壊。

 大きな蔵から倒壊が始まって、ついに50年前にはこの小さな蔵が1つだけ残ることになってしまった。

 

 たしかその年か翌年の茶の席で、倒壊した蔵のことを面白おかしく紫に話した記憶がある。

 私のとっておきの話で笑ってもらうつもりだったのに、そのときの紫の反応は、私の期待と違っていた。

 紫は難しい顔をしてしばらく沈黙したあと、ポツリとつぶやいた言葉は、これまた私の期待と違っていた。

 

 

──蔵の防腐には頭が回っていなかったわ。 本当にごめんなさい

 

 屋敷には防腐のまじないをかけてくれていたそうなので、むしろ感謝するのはこちらなのに、と複雑な気持ちになったことを覚えている。

 その話をしてからというもの、この小さな蔵そのものも、中の書物や着物が風化して使い物にならなくなったということはない。

 

 毎年、冥界にやってきて私と談笑するついでに屋敷と蔵に防腐のまじないをかけてくれているらしい。それだけじゃなく、蔵へのまじないをかけなおすついでに、幻想郷の外の世界の書物などを蔵に放り込んでくれているというのだから、紫は私の足長おじさんと呼んでもいい。いや、足長おばさん?

 

 

「今回は胡蝶の舞と、他に何か面白いものがあればいいわねー」

 

 1階建ての小さな蔵はきちんと整理されており、書物は本棚と呼ばれる家具に収納されている。幻想郷の外の世界では、書物は巻物ではなく本──小さな紙を何枚も束にしたような形状をしているもの──と呼ばれるものに文字を書くのが一般的らしい。

 この本というものが巻物と違って非常に便利で、背表紙を見ればでそれが何の書物なのか一目瞭然で目当てのものを探すのが手早く済み、なんといっても巻物と比べて非常に読みやすい。

 

 

「幻想郷の外の世界の人間はすごいわねぇ。 こんなの神だって作れないわ」

 

 紫が蔵に放り込んでくれる書物は節操なく多岐にわたる。

 漫画と呼ばれる絵の描かれたものや、日ノ本以外の国の言語で書かれた魔術書、小説と呼ばれる物語、とさまざまだ。

 何となく手に取ってみた書物が非常に面白かったということが過去に何度もあるので、蔵では自分の直感にしたがって適当に書物を物色する。

 

 

「まずは………あったあった。 胡蝶の舞!」

 

 さっそく見つけた『胡蝶の舞』と書かれた本を手にとって、一仕事終えたように大きく息を吐く。

 

 

「ふぅー。 あとは、隣のあなたにしようかしら?」

 

 私の直感が隣の少し古臭い背表紙の本を読めとせっつく。手に取ってみたもう一冊は『遠野物語』という見出しの本らしい。

 

 幻想郷の外の世界では科学力の向上のため、色鮮やかな背表紙の書物がほとんどだが、遠野物語はごくごく簡素な藁半紙のような紙に筆で『遠野物語』と見出しが記載があるだけだった。

 パラパラと中を見たところ、文体も最近の外の世界のものとは違って古風な言い回しが残っているので、古文書にあたるのではないだろうか。

 

 遠野物語がどのような書物なのかとペラペラと中を読んでいくと、どうやらこの書物は怪談と呼ばれる逸話を寄せ集めたものらしい。

 

 

「ふふ。 迷ってしか行けない家、マヨイガなんて紫の家のことみたい。 それに神隠しの話も紫がいたずらしたとしか思えないわね」

 

 幻想郷の外にも紫のような妖怪がいるのだろうか、とも考えたがあのような妖怪が2人も3人もいるわけがない。偶然そのような怪談を思いついた人間がいるだけなのか、それとも遥か昔に紫がやった悪行に尾ひれがついてこのような物語になったのかもしれない。

 

 

「主人と一緒に屋敷に住んで幸せを運ぶ妖怪、座敷童ね。 もしかしたら妖夢は座敷童なのかしら?」

 

 『小柄な散切り頭の童子姿の妖、屋敷に住みて主に幸あたえるものなり』との記載は自身の従者にぴったりだ。文章の横に添えられたかわいらしい座敷童の絵は偶然にも妖夢と同じおかっぱ頭だ。

 

 さらにペラペラと読み進めてみると2つ3つ興味を惹かれる話があったが、ありきたりな怪談が続くばかりで特段この本で得られるものはなかった。そもそも幽霊の私はこの手の怪談を怖がらない。

 

(うーん。期待していたよりは怖くなかったわねぇ)

 

 ただ、妖夢となると話が別だ。自分が半分幽霊のくせにお化けや怪談が怖いらしい。この書物を妖夢に読ませて見るのも面白いかしら、などと考えていると館から彼女の声がした。

 

 

「幽々子様ー。 まだ蔵にいらっしゃるんですかー? 昼餉の準備ができましたよ、幽々子様ー」

 

 

 本にすっかり時間を取られてしまっていたようで、昼餉の時間になっているらしいく、台所からは既に良い香りが漂ってきている。

 自分を探して館中を走り回る座敷童のために早く戻ってあげなければ。

 

 

「妖夢ー。 私は蔵にいるわよー」

 

 胡蝶の舞の本を脇に抱え、先ほどまで読んでいた遠野物語を棚に戻そうとするが、うまく本棚に入らず滑って床に落としてしまった。

 

 

 どんくさいことしちゃったわね、なんて腰をおろして書物を取ると落ちた拍子に偶然ページが開いてしまったらしく、その開かれたページには何やら奇妙な植物の絵が描かれている。

 

 節くれだっていびつな形をした枝、幹に巻かれたしめ縄とそこからぶら下がる真っ黒な紙垂(しで)。そこに描かれていたのは山のように異常に大きな桜で、それは白玉楼から幾ばくもない距離にある化け物桜に酷似しているように見える。

 

 

「………なに、これ?」

 

 

 床に落ちた書籍を手に取り異様な植物の絵に興味が向いていて、隣に記載された文章に存在に気がついていなかった。

 遠野物語の最終話は人の魂を喰らって山の大きさになった化け物桜の話。文章を吟味するように、ゆっくりと朗読する声は自分でもはっきりと震えているのが分かった。

 

『遠野物語 終之巻(ついのまき)『西行妖』

 その桜妖しき黒の花弁咲かせば、よろづの人病づきて日比重く苦しみ煩ひて命絶えぬ。皆人の玉をことごとくうばひその桜小山の大きさになりまさる。人はその桜を西行妖と呼ぶなり。「や、な起こりか」一人の女声をあげ「苦しからず。よろづのことどもをたづねて、末を見ればこそ、事はゆゑあれ」と生害せしめ西行妖を封ずものなり』

 

 あの丘の上にある山のように大きな化け物桜が西行妖と呼ばれるものなのか幽々子は知らない。ただ、見てはいけないものを見てしまったかのような背筋がうすら寒くなるほどの恐怖が駆け上がってきた。

 

(……怖い)

 

 怖い。なぜかこの絵が・文章が、ただ怖い。

 幽々子は誰かに助けを求めるように、勢いよく蔵の入り口を振り返ると、蔵の外にヒラヒラと舞う何かがいる。

 

 

 ゆらゆらと風にたゆたうそれは、色鮮やかな1匹の蝶。

 

 透けるような黄・赤・青の模様に黒を基調とした羽。アゲハ蝶と呼ばれる大きな蝶がゆらりゆらりと羽ばたいている。

 

 書物に施されていた呪いを知らず知らずに解いてしまったのか。ありえないことが目の前で起こっている。

 なぜ春にアゲハ蝶がいるのか。否、なぜ冥界に生き物がいるのか。

 

 ただ事ではない事態が起こり始めていることを理解した私の心臓は飛び出すほどに脈打ち、酸素を求める肺がヒューヒューと苦しげな音を立てている。

 

(……なぜ。 なぜ生き物がいるの? ……確かめにいかないと)

 

 何が起こっているのか確かめるべく、蔵の外に向かう私の足は鉛のように重たい。普段どのように歩いていたのか思い出せないほど、ぎこちなく手を、足を動かしてなんとか前へと体を動かす。

 永遠とも思える数秒、ズリズリと足を引きずって蔵から出た私は、たった数歩しか歩いていないにも関わらず全身から汗が吹き出し足がいうことを効かなくなっている。

 

 しばらく膝に手をついて息を整えるいると、蝶は私から逃げるどころか、蔵から這い出た私をあざ笑うかのように、ヒラリヒラリと私の周りをなでるように飛んでている。

 

 

「……夢、じゃないわよね」

 

 私がつぶやいた声に反応するように、蝶は私の周りを2、3回遊泳してから遥か空の彼方に向けてまっすぐに飛んでいった。

 これが夢でなく現実なんだと、頬を伝ういやに冷たい汗が私に教える。

 

 

 妖夢がむかえにくるまで、私は蝶が飛んでいった空を馬鹿みたいに見あげ続けていた。




次回『白玉楼の春』
「ここのお庭は幻想郷で一番よ。あなたもそう思うでしょう?」


* 次章から日常編が始まります。興味が無ければとばしてもらって構いませんが、作品の雰囲気を掴んで頂くために思いを込めて書いています。是非ともご一読してみてください。
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