ほとけには さくらのはなを たてまつれ   作:gomez

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<注意>原作ネタバレ、独自設定、独自解釈を含みます。ご注意ください。


2話:主従の酒宴

 白玉楼の庭園を眺めつつ、紫、私、妖夢と並んで縁側で甘味を堪能する私達の膝もとには妖夢に買ってこさせた豆大福が1つずつ。

 庭園の素晴らしさにか、はたまた甘味に舌鼓をうってなのか、友人が満足気に息を漏らした。

 

「ねぇ幽々子。 気心しれた友人と花見をしながら食べる甘味は甘露よね。 この世すべての贅をつぎ込むほどの価値があると、そう思いませんこと?」

「ええ。 おいしいわー。 もう死んじゃってもいいくらいよ」

「……面倒なのでツッコミませんわよ」

 

 絶世の美女が食べるとただの豆大福も高級菓子に見えてくるので不思議だ。とはいえ紫と同じ美少女の妖夢はというと、竹楊枝で豆大福をうまく切り分けできずに一苦労しているらしく険しい表情をしている。

 

「くっ、豆大福ごときが小癪な。 我が楼観剣であれば皿ごと斬ってやるのに」

 

 と小声でブツブツと物騒なことを呟いている。

 

 数百年も昔の私だったなら妖夢と同じく豆大福の切り分けに苦労して、なおかつ手づかみでパクついていたと思うけれど、今の私はきちんとした作法を身に着けることができている。これもひとえに先代庭師と紫による愛という名のスパルタ教育の賜物だ。きっと妖夢も私の愛のある教育によって、あと数百年もすると完璧で瀟洒な従者になっているに違いない。

 

 

 それはともかく、主人とお客人のお茶会に従者の妖夢が参加しているのは、私が例によって妖夢を無理やり参加させたからにほかならない。

 

──紫を接待することも立派なお仕事よ。 ちゃんとおもてなしなさい

 

 紫も私と一緒になって妖夢を茶会に誘うものだから、妖夢は断りきれずにお茶会に参加することになったというわけだ。

 無事に切り分けできたのか、豆大福を幸せそうに食べている妖夢を見ると茶会に誘ってよかったと自然と暖かな気持ちになってくる。

 

 

「それにしても冥界にはいい風が吹いているわね」

「今日は特別いい風なのよー」

 

 春の陽気を運ぶ風は心地が良すぎてお昼寝でもしてしまいそう。その風に誘われるように1枚の桜の花びらが、まるで意思をもつようにヒラリと紫の前で舞ったと思えば、花びらはそのまま紫の豆大福の上に乗っかってしまった。

 

「見た幽々子? 桜団子になっちゃったわ」

「あらあら。 妖夢ったら粋な演出をするじゃない」

「………あの、失礼ながら幽々子様。 私は風を操れません。 狙って花びらを置いたわけでは」

 

 何も狙って花びらを置いたなんて思っていないが、妖夢は困ったようにワタワタと両手を振って否定している。

 この子は生真面目すぎるところは長所でもあるけど、同時に短所にもなってしまう。いつかこの純粋な従者が悪者に騙されてしまわないかと主人としては不安の種になっているのだ。

 

 

「この見事な茶会を準備したあなたへの賞賛の言葉ってことよ」

「幽々子のいうとおり、本当に息を飲むような見事な庭園ですわ。 ありがとう。 妖夢」

「あぅ、、その」

 

 むぐ、と声を殺した妖夢は少し下を向いて、口をきゅっと結んだいつもの笑顔を隠そうとするときの顔をしていた。

 春の陽気か、それとも夕刻の茜空のせいか妖夢の頬は朱に染まっているように見える。

 

「……その、八雲様に喜んで頂けて何とお礼を言ったらいいのか」

「言葉は無粋よ。 今はあなたの用意したこのお茶を楽しみましょう」

「はい!」

 

 ぱっと顔をあげた妖夢は明るい笑顔で照れているようで、ここまで底抜けに明るい顔は久しぶりに見た気がする。

 私にはなかなか見せてくれない顔を、紫はこうもあっさりと引き出してしまうのだから、不思議な人心掌握術でも持っているのかしら。

 

 

 半刻ほど雑談をしていると、夕餉の準備の時間になったらしく妖夢は席を外そうとした。

 

「ちょっと待ちなさい。妖夢」

「はい。 なんでしょう?」

 

 妖夢には回答せず、私は視線を紫に向ける。

 白玉楼に立ち寄った紫は泊まることこそないが、大抵は半日程度を過ごすことがほとんどだ。今回はまだ1刻も経っていないのでまだまだ話し足りない。

 

「夕餉は食べていくでしょう?」

「是非ともご一緒したいわ。 藍もいいかしら?」

「もちろんよ。 花見酒にしましょう。 妖夢、紫たちの分も準備をお願いね」

「御意に」

 

 

 短く答えて台所に向かう妖夢の背中を見送ると、紫はわざとらしくため息をついて残念そうに声を出す。

 

「あの子でもう少し遊びたかったのだけど、時間切れになっちゃったわね」

「あんなに手放しで褒められることなんて慣れてないんだから、徐々に慣らしてあげて頂戴な。 紫に褒められすぎた妖夢が茹蛸になるところだったわ」

「ふふふ。 あなたの過保護っぷりもなかなかだったわよ」

「あら。 そうだったかしら?」

「私が妖夢を褒めちぎろうとしても、すぐにあなたが邪魔するんだもの。 ほんと、親馬鹿になったものね」

 

 クスクスと扇で隠した口元から笑い声が漏れる。やっぱり紫にはばれていたか。私も照れたように笑みを浮かべる。

 紫は妖夢を笑わせることが上手いのだが、妖夢を笑わせるコツを聞いてもその度にとぼけられてしまう。

 

「紫はあの子の笑いのツボでも知ってるのかしら。 ここまで簡単に笑顔にされちゃうと嫉妬すらできないわ」

「あなたはあの子のことになると途端に鈍いわね。 求めよ、さらば与えられん。よ」

「……なぁにそれ?」

「外界で流行の神の言葉らしいわ」

「私はこんなにも求めてるじゃないの」

「それならきっと、あなたは既に与えられているのよ」

 

 

 知らないことなど何もないんじゃないかと思ってしまうほど、彼女はとんでもなく博識だ。幻想郷にも知識人は数多くいるが、紫を除いてその誰もが幻想郷の外の世界を知らない。

 幻想郷と呼ばれる世界と、外と世界の間には「博麗大結界」と呼ばれる巨大な結界があるため、その結界が外と内との世界を完全に分断している。

 人はもちろん、強力な妖怪でさえ博麗大結界をすり抜けて行き来することはできない。

 ちなみに博麗大結界を作ったのが初代博麗の巫女と紫だ。博麗の巫女は人間のため、数十年で代替わりをする。今代の巫女は数年前に代替わりをした小娘だと紫から聞いているけれど、私は人間にあまり興味がない。いや、なくなったと言ったほうが正しい気がする。

 

 

「……ふぅん。 神の言葉なんて案外あてにならないってことね?」

「この幻想郷には神が八百万(やおよろず)といるものね。 すべての神の言葉を聞いていたら身動きできなくなりますわ」

 

 柔らかに微笑む彼女は絶世の美女だと思う。私が男性なら間違いなく恋に落ちて求愛の和歌でも詠みあげるところだが、信じられないことに下界の人妖は紫のことを見ると恐怖で震えあがるそうだ。人里の人間はもちろん、並みの妖怪ですら逃げ出すというのだから驚きだ。

 

 捕食者を恐れるのは生き物の本能なのよ。と笑い話のように紫は教えてくれたことがある。

 まだ先代の庭師から妖夢に代替わりする前のことだ、なぜ私は紫に対して恐怖心がわかないのか、と本人に聞いたことがある。

 

──私の前で平常を保てる者は大抵2パターンに分けられるわ。 1つは私をねじ伏せる自信のある馬鹿者。 もう1つは私の力に気づけないただの馬鹿者ね

──なら私は後者ね。 私はあなたの怖さがこれっぽっちも分からないもの

──違うわ。 あなたは馬鹿者な友人っていう珍しいパターンになるわ

──……もう。 結局、私も馬鹿者じゃない

──そうよ。 私と馬鹿やってるあなたは馬鹿友達よ

 

 紫は時たま子供のように無邪気に笑う時がある。あの話をしたときにも、心底嬉しそうにカラカラと笑っていて、同性の私でもドキリとするくらいこの笑顔が本当に魅力的なのだ。

 

 

 幽霊になって右も左も分からなかった頃に比べれば、私にも幾分かの知識はついたがそれでも私は紫の言うとおり馬鹿者のままだ。紫と話をしていると頭の回転が違いすぎて自分の馬鹿さ加減に辟易する。

 妖夢や藍からは私と紫の会話に時々ついてこれないと言われることがあるが、これは私の頭が良すぎる訳では決してない。ネタ晴らしをすると、紫との独特の会話は長年の付き合いで培われた阿吽の呼吸があって、アレやソレで通じ合っているというだけにすぎない。

 従者の二人には紫と対等に話している私を、同格の実力者だと勘違いしているようだが訂正するのも面倒なので放置している。

 

 

「やっぱり私は馬鹿者よね」

 

 

 紫があまりに自然に話しかけてくるので忘れていたが、彼女とは去年の夏ぶりの再開となる。

 満開の桜と茜色の夕焼けを舞台に、久方の友人との再会の喜びを舞いで伝えてみたいと思った。この日のために練習を積んできた「胡蝶の舞」をだ。

 

「ん? 何か言ったかしら?」

「いいえ………それより、ねぇ、紫」

「なに?」

 

 緊張している訳ではないが、少し乾いてしまった口をお茶で少し潤す。

 

「久々の再開だもの。 私の舞を見てもらえないかしら」

「嬉しい。 あなたの舞ならお代を払ってでも見たいわ」

 

 

 幽霊になってから私が自分で手に入れた技術はそれほど多くない。そんな私が何百年と数えきれないほどの月日をかけて稽古を積み重ねた演舞は、数少ない自分自身の努力で習得した特技だ。

 私自身の特技でおもてなしをしたい、私の死を操る能力以外を見てほしい、このような浅ましい考えは妖怪の賢者にはお見通しかもしれないが、これが私のたどり着いた親友への心からのおもてなしになる。

 

 

 目を瞑って、ふぅーと一息。

 ゆっくりと目を開くと心なしか場の空気かピリリと変わった気がする。

 紫も私のやる気を感じ取ってくれたのか黙って私のほうに向きなおった。

 

 懐から扇子を取り出しつつ、ゆったりと立ち上がると夕焼けが私の形をした影法師を作る。

 西日の眩しさに少し目を細め、優雅に・ゆるやかに舞の型をつくる。扇子を開けば淡い白檀の香りが流れた。

 

 

 今年の冬に紫からもらった本で見よう見まねで体得した新しい舞、胡蝶の舞と呼ばれる演舞を舞う。

 演舞は蝶を模しているのか、羽ばたくような所作やヒラリと上に下にと回転運動が入り、演舞をしている私はさながら本物の蝶になってしまったかのように見えるだろう。

 

 

 シュルリシュルリ

 

 

 頭の先からつま先まで、私が私でなくなったかのように演舞に没頭する。

 何回と繰り返した舞の型は私の体に染みついているようで、頭で考えなくても体が勝手に演舞を続けてくれる。私は演舞に埋没し、親友への思いと喜びの感情を込めて四肢を動かす。

 

 

 悠久の時間を持つ私には縁側でお茶を啜っては物思いに耽ることが多い。逝ってしまった過去の友人のことや生前の自分のこと、白玉楼から半里ほど離れたところにある山のように大きな化け物桜のこと。

 

 

──なにより先春に読んでしまった『遠野物語』のこと

 

 

 舞を舞っている間は何も考えない。

 演舞そのものに没頭している間、私は空っぽの人形になっているんだろう。

 衣擦れの音と、時折風に吹かれた葉擦れの音が妙に大きく聞こえる。

 

 

 シュルリシュルリ

 

 

 パタ、と扇子を閉じた音で演舞が終わったことに自分自身が少し驚きつつ、適度な疲労感と満足感で満たされた心と体を力いっぱい感じつつゆっくりと目を閉じた。

 私の演舞が終わるまで紫はじっと黙って見入っていたらしく、演舞が終わってから一瞬の静寂の後に小さな拍手が湧き上がる。

 

 

「見事な胡蝶の舞ね。 おもわず魂が持っていかれるかと思ったわ」

「あなたの魂を彼岸に送るつもりで舞ったんだけど、私もまだまだね」

「死霊送りはまだ間に合ってますわ」

 

 クスクスと笑う友人を確認して、私も満足げに大きなため息を吐いて紫の隣に座りなおす。自分で気づいていなかったけれど、やっぱり少し緊張していたのかもしれない。

 

 

「さて、見事な舞にはお代が必要ね。 おいくらかしら?」

「そうね。 新しい舞の本もほしいのだけれど、今回はお代に『悪だくみの時期』を教えてくれない? こちらも色々と準備したいのよ」

 

 質問に即答はしてくれず、やや逡巡しているように紫は目を瞑る。

 

「………今年の夏よ」

 

 桜満開の今から夏となると時間はほとんど残されていない。

 用意周到、万策を練ってから動く紫のことなのでかなり前から準備を進めていたに違いないが、いくらなんでも私への告知が遅すぎはしないか。

 

「早いわね。 3か月程しかないわ」

「ええ。 急いでいるの。 こちらも、それに相手もね」

「ふうん?」

 

 相手とは誰か、早く答えてと目で催促するが紫は微笑むばかりで答えない。

 

「質問には答えたわ。 幽々子にはアドリブで動いてもらいたいの」

「なるほどねぇ。 悪だくみの台本すらお楽しみって訳ね」

 

 無邪気な笑顔を紫に向ける。紫とは長い付き合いなのでよく知っている。

 私に教えたのが悪だくみの時期だけ、ということはそれ以上の情報を私は知らなくてもよいのだ。私がやりたい時期にやりたいように動けばいい。私の即興の演舞を紫は楽しみにしているのだろう。

 

(とにかく楽しんでやるわ。 何事も全力で楽しむことが私の信念なのよ)

 

 

 私が決意に燃えていると紫は困ったような笑顔で付け加えた。

 

「本当はね、幽々子には私と同じテーブルについてもらおうと思っていたのよ。 でも、考えてみるとあなたはシナリオなんてお構いなしに動きそうだもの。 好き勝手に動ける立ち位置を用意したのよ」

「そのとおりよ。本当に紫ったら私以上に私の事を分かっているのねぇ」

 

 紫は私の答えになぜか一瞬驚いたが、すぐにいつもの柔らかな笑顔に戻る。

 

「そうね。 あなたの事なら何でも知ってるわ」

「私も紫のことなら誰よりも知ってるわ。 今、何か隠し事をしたでしょう? 珍しくびっくりした顔をしてたもの」

「ふふ。 ええ、隠し事をしたわ」

「もう。 何を隠したかは教えてくれないのね」

 

 きっと夏に始まる悪だくみの内容について、私がたまたま的を得たことを話して驚いたのだろう。

 抗議のつもりで紫のほっぺをつついてみる。プニプニだ。

 

 

「甘えても教えてあげないわよ。 幽々ちゃん」

 

 こちらに向き直って扇子で口元を隠す紫。恐らく扇子の裏では意地悪な笑みを浮かべているに違いない。

 

 幽霊になったばかりのころ、困ったことがあれば先代の庭師か紫しか頼る相手がいなかったのだが、先代の庭師は厳格な性格なこともあって気軽に物事を頼めなかったため、そんな私はもっぱら紫に泣きつくことが多かった。

 甘えてばかりの私はいつしか紫に「甘えんぼの幽々ちゃん」と呼ばれるようになっていたのだが、私も白玉楼の主に一人前になってきてからは対応に名前で呼んでもらっている。

 

 

「紫ったら、昔の呼び方は恥ずかしいからやめてったら」

 

 そうこうしているうちに台所からいい匂いがしてきた。

 申三つ刻から酉の刻になろうとしており、日もそろそろ暮れる。お腹もすっかり空いてきたので、さっさと恥ずかしい話題からそらすに限る。

 

 

「ほら。 そろそろ夕餉ができるわ。 早くいきましょう」

「あらあら。 顔が真っ赤よ?」

「もう。 妖夢のお料理はとってもおいしいのよ。 食べないの?」

「もちろんいただくわ。 私は藍を呼んでくるから先に向かってちょうだい」

 

 紫はそういうと、来たときと同じくスキマに消えていった。

 

 

(さてと、紫もいなくなったし、妖夢にいたずらしにいきましょうか)

 

 縁側を歩く足裏は朝と比べていっそう冷たい。

 台所で腕をふるっているであろう、かわいい従者に向けて自然と早足になる。

 

 

 台所に入ると醤油の焼ける香ばしい匂いがしており、パチパチと炭の弾ける音もする。何かを七輪で焼いているようだ。

 

 そっと妖夢の背後から近づいていくと、後ろを振り返らずに妖夢が声を出した。

 

 

「……幽々子様。 火を扱っているのでお戯れは後でお願いします」

 

 

 七輪を使っているときや揚げ物をしているとき、妖夢は私を火に近づけない。もう子供じゃないんだからと苦笑しつつ妖夢の肩に顎をおいて七輪を覗き込む。

 

「もう。 意地悪ねぇ。 妖夢を驚かすのは私の数少ない娯楽なのに」

「火を使っていない時にお願いします。 危ないので居間でお待ちください」

「私は子供じゃないから火くらい大丈夫よぅ」

 

 七輪にはタケノコとツクシ。どうやら醤油をかけて炙っているらしく、芳ばしい香りにゴクリと喉を鳴らして七輪にこっそりと手を伸ばす。

 

「幽々子様」

「んー?」

 

 伸ばした手を妖夢に掴まれてしまったので、ニギニギと妖夢の手のひらを握り返す。あんなに重たい刀やハサミを日頃振り回しているくせに、豆一つない年頃の乙女相応のプニプニした感触の手のひらだった。

 

 

「タケノコとツクシは食材の量をそれほど確保していないので味見はお控えください。 他の、例えば茄子などは数がありますので味見して頂いても構いませんが」

「なるほど分かったわ。それじゃツクシを頂こうかしら」

「何もお分かり頂けてないことが分かりました。ツクシは数がないのでダメですってば、、、あ!」

 

 と妖夢を無視して七輪に再度手を伸ばして問答無用でツクシを1本強奪することに成功した。

 

 

「ダメっていったのに。 もぅー」

「ふふ。 一生のお願いよ。 このツクシを味見させて頂戴?」

「幽々子様の一生はもう終わってるじゃないですか。……もう、1つだけですよ」

 

 とツクシの味見を許可してくれた妖夢は困ったように眉をさげつつも優しい笑顔をしている。なんだかんだ小言を言っても妖夢は私に甘いのだ。

 

(ふふん。今のは紫が見たことのない妖夢の困り笑顔よ。勝ったわ)

 

 

 何に勝ったのかよく分からないが、できたてのツクシをもらった私はホフホフとツクシをかじりながら居間に向かう。

 歩き食いなんて先代に見つかったら1日中お叱りをうけると思うが、今の私を叱る人はいない。先代がいないことに少しばかり寂しさを覚えることもあるけれど、代わりに私はかわいい女の子の従者と、力いっぱい謳歌できる自由──自堕落な生活ともいう──を手に入れたのだ。

 

 

 先代の事を考えると精進料理ばかり食べていた日々を思い出す。

 無駄な殺生をしないように精進料理ばかり作る先代に対して、肉や魚を料理してくれるように説得しようとしたが、結局私は先代を説得することができなかった。

 幽霊の私はそもそもご飯を食べなくても大丈夫なため食事は必須ではないため、ただの娯楽のひとつに過ぎない。

 嫌なら食べなくてもいいと言われてしまった私はふくれっ面をしつつも毎日の精進料理を黙って食べる日々を送っていた。

 

 先代から代替わりしてから、妖夢も無駄な殺生を嫌って精進料理を作ろうとしたが──肉や魚を食べないと大きく強くなれないわよ──と妖夢に教えてからは毎食の食卓に肉や魚が並ぶようになった。

 妖夢も大きく強く成長できるし、私も美味しいものが食べれて両者両得という訳だ。

 決して私が肉を食べたいから口からでまかせを言ったわけじゃないのよ?

 

 

 ツクシの焼き物に舌鼓をうちつつ居間まで移動すると、中から紫ともう一人の気配がある。襖を開けて中に入ると紫のほかに、紫と似たような服装をしている彼女が紫の従者、八雲藍(やくも らん)である。

 私たちと同じか、少し年上に見える容姿をしており、金髪で肩ほどまでの短髪に金色の瞳。紫と似たような中華風と洋風をごちゃまぜにした着物を着ており、寝間着に利用するような帽子を被っている。

 

 容姿だけ見れば紫の姉妹と間違えてしまいそうなものだが、彼女には紫とは決定的に違う特徴が2つあった。

 1つ目がナイトキャップから飛び出した2つの突起。犬や猫と同じような耳があの下に隠れている。

 2つ目が最大の特徴で、腰から放射線状に出ている9本の尻尾。

 獣の妖怪と書いて、妖獣。彼女は妖獣で最強と謳われる九尾の狐なのだ。

 

 

「お邪魔させていただいてます」

「いらっしゃい藍。 私に許可を貰わずに座っていいのよ?」 

「いえ、そんな訳にはいきませんよ」

「あなたの主人を見習いなさいな。 まるで自分の家のようにくつろいでるじゃない?」

「ふふ。 そうですね」

 

 私は柔らかく藍に微笑みかけて、すでにちゃぶ台でくつろいでいる紫のとなりに座った。毎回の事だが、藍は私の許可があるまで座らない。

 

「ほら。 藍も座って座って」

「それではお言葉に甘えさせていただきます。 本日は夕餉にお招きいただきありがとうございます」

 

 彼女は腕を胸の前で組んだままお辞儀をした。

 

 改めて藍を見ると、そのあまりの美人ぶりに人外であるのを納得していまう。紫は完璧すぎる美人っぷりで胡散臭さに溢れているが、藍は獣の妖怪ということもあって妖艶な雰囲気を醸し出している。

 なんていっても胸が大きい。私も紫も結構胸が大きいが、彼女の方が私たちのそれより一回りは大きい。

 ちなみに妖夢の胸はほとんどない。

 

 

(うちの従者はこれから大きくなるわ。 まだまだ成長期だもの)

 

「主人が嫌になったらいつでも白玉楼にいらっしゃいな」

「ありがとうございます。 そのときはご厄介になります」

 

 ニコニコと邪気のない笑顔で白玉楼に勧誘する。藍の顔を見るたびに言っているので、これは挨拶みたいなものだ。

 困ったように愛想笑いを浮かべる藍に私は笑顔のまま続けて話す。

 

「そういえば、藍。 あなたにも式神ができたんですって? 紫から聞いたわよ」

 

 藍はちらっと紫を見たが、紫から特に反応がないことを確認した藍は私に視線を戻す。

 私と妖夢の関係とは違って、紫と藍は完全に上下関係が決まっている。基本的には何をするのも紫の許可をもらっているらしい。

 今回も自分の式神について話してよいか、目配せだけだったが許可をもらっていたようだ。

 

「そうなんです。 黒猫の化け猫で、今はまだまだ未熟ですが見込みのあるやつでして」

 

 

 藍の声は私や紫に比べて少し低い。妖夢は鈴のように澄んだ高い声だが、藍は逆にすべてを包み込むような暖かい母性に溢れた声をしている。

 その声も彼女の妖艶な雰囲気を引き立てる。

 また、狐目というのだろうか、縦に細長い瞳はずっと見ていたくなるような硝子細工のようであるし、ふかふかの九尾の尻尾の柔らかさといったら筆舌につくせない。

 

 ただ、最強の妖獣は私や紫の前では非常に大人しく子供っぽい。今だって視線を下に向けて手先をモジモジと動かしている。

 彼女は主人の紫に対して絶大な尊敬と畏怖の感情を持っているらしく、主人の友人である私にも同じ程度ではないにしろ少なくない尊敬と畏怖の感情をもってくれているらしい。

 要するに、この妖艶の美女は私の前にいるだけで緊張しているのだ。

 

(お酒が入ると多少リラックスしてくれるんだけど、そろそろ慣れて欲しいわねぇ)

 

 

「そうそう。 その式神にした猫ちゃんのことよ。 紫が自分のことのように喜んでたわー」

「そ、そうなんですか。 未熟者のため、まだ紫様にお会いさせる訳にはいかないんですが」

 

 これは数年ほど前に紫から聞いた話だ。本当に紫も自分のことのように喜んでいた。

 横の紫を見るといつもの柔らかな笑顔のままだったが、多少頬が赤いような気がする。

 

「そうなのよー。 孫ができたみたいでうれしいって言ってたわ」

「それは言ってません」

 

 笑顔のままの紫にピシャリと止められてしまった。

 

 

「あら? そうだったかしら?」

「幽々子はすぐ調子に乗るんだから」

「ふふふ。 西行寺様は相変わらず紫様と仲がよろしいですね」

 

 私と紫のやり取りに気が緩んだのか、藍の緊張がほぐれてきたようだが、紫が藍に視線を向けたのでビクリと肩を揺らした。

 

「藍。 今度その式神を私のところに連れてきなさい」

「……え?」

「一緒にお茶でもしましょう。 式の式なんて今まで見たことも聞いたこともないもの。 興味あるわ」

「え、あ、ありがとうございます!」

 

 

 スキマを使ってのぞき見しているくせに、やっぱり会ってみたかったんじゃない。と紫に意地悪な視線を向けたが、私の視線に気づかないフリをしているようだった。

 藍は自分の主人と自分の従者をどのようにおもてなしするのか夢想しているのだろう、笑顔のまま天井を見つめて放心してしまった。九尾の尻尾がピコピコとご機嫌そうに動いている。

 いつかあの尻尾を枕にして寝てみたいわね、なんて考えていると妖夢が食事をもってやってきた。

 

 

 妖夢はお客様をもてなすときはフリルのついた白と緑のエプロンを着用している。これは私のお手製エプロンで、妖夢にものすごく似合っていると思うのだが、あまりに大事に扱ってくれているため、妖夢は汚れると嫌だといって特別な日にしか着てくれないのが玉に瑕である。

 

(藍も十分愛らしいけど、うちの妖夢も負けてないわね)

 

 自分の従者の愛らしさに一人で納得して、笑顔でうんうんとうなずく私。

 

 

「お待たせしました。 夕餉をお持ちしました」

 

 手際よく料理が配膳される。

 タケノコとツクシの炭火焼き、ナスの田楽、サワラの焼魚、菜の花のお浸し、お漬物、しじみ貝のお吸い物。そして日本酒の入った徳利に、お猪口が人数分。

 

 配膳が終わると、最後に妖夢は居間から縁側に通じる襖を開けた。

 煌々と照り付ける月の光を浴びて庭園の桜たちが輝き、満月の為か夜になってからも外は十分に明るい。昼の桜もいいけれど夜桜はまた格別に美しい。

 

「白玉楼自慢の夜桜、どうぞご堪能ください」

 

 藍がおぉ、と感嘆の声を上げる。

 妖夢はそのまま私の隣にストンと座って私の顔を見ている。

 

「お仕事ご苦労さま。 見事なおもてなしよ」

 

 妖夢の頭を2度、3度と撫でてやると猫のように目を細めている。

 本当にかわいい従者だ。

 

 

「妖夢の料理はどれもおいしそうだな。 今度私に和食を教えてくれないか」

「うん。 私は和食以外できないから、私も藍に洋食と中華を習ってみたい」

「あはは料理の教えあいっこだな。 それは楽しそうだ」

 

 妖夢と話したかったのか、さっそく藍が語りかける。藍と妖夢は付き合いが長く仲が良い。

 従者どおしは緊張せずに和気あいあいとしているようで、さながら子供の遊戯を見守る親の気分だ。

 私もこの輪に入れればどんなに楽しいだろう考えていると、親友から笑顔で催促の視線が向けられていた。

 

(乾杯の音頭をとれってことね。あまり得意じゃないんだけど)

 

 ひとつわざとらしく咳払いをして、お猪口を手に取ってくるりと周りを見渡す。

 

「さて、今日はわざわざ白玉楼まで来てもらってありがとう。私は紫と違っておしゃべりが達者じゃないから、音頭の代わりに一句詠うわね」

 

 みんなの期待の視線を一身にうけながら何を詠おうか、この場にふさわしい酒の歌を頭のなかで練る。和歌は即興で自分で考えることもあるけれど、その時々にあった先人の和歌を詠みあげることも多い。

 

(よし、これにしましょう)

 

 今回は先人の詠ったものにこの場にぴったりのものがあったので、それを読み上げることにした。

 両手を胸の前で組んでゆっくりと目を閉じる。

 

 

──生ける者 遂にも死ぬる ものにあれば この世にある間は楽しくをあらな

 

 

 朗々と歌い上げた和歌は満月の夜に染み入るように消えていった。

 シンとした、少しの静けさのあとに紫から、それに数瞬遅れて2人の従者から拍手があがった。

 

「生きているものはいつか死んでしまう。 それなら生きているうちは楽しく酒でも飲もう。か」

「なるほど、そういう意味の和歌だったのですね」

 

 自分が理解できていない和歌を主人が理解していることが嬉しいのか、藍は喜々として先ほどの和歌を繰り返し口ずさんでいる。

 妖夢も無表情を装っているが、和歌の内容を忘れまいと必死で頭の中で唱えているに違いない。

 

 ただ、先ほど紫が言った意味は生者がこの歌を詠んだ場合だ。生きていない私がこの歌を詠んだことで見方を変えて欲しいのだけれど、紫なら分かってくれるかしら。

 

 紫は私の視線に気づくといつもの柔らかな笑顔で頷いてくれた。私の真意に気づいてくれたのだろう。ただ、と言葉をつづけた。

 

「幽々子がこの歌を詠むと意味が変わるわ。 あなたはもう死んでいるものね」

「………生きていても死んでいても楽しめってことですか?」

「藍。 あなたのそういう考え方好きよ」

「ありがとうございます!」

「ふふふ。 ね?幽々子。 私の従者はかわいいでしょう?」

 

 紫はしっかりと私の真意を汲んでくれたようだし、もちろん藍の解釈も間違いではない。和歌は自分の好きなように解釈して、自分にぴったりの歌として飲み込めばよいのだ。

 

 歌い終わった私は満面の笑みで周りを見渡した。

 私に生前の記憶はないけれど、こんなに満ち足りた生活を送れるのなら幽霊だって悪くない。それになりよりも、永遠に続くこの冥界での生活なら、楽しまなければ損じゃ無い?

 

 

 宴会を始めるために最後に一言。

「藍の言った通りよ。 生者も死者も今宵は楽しんでいって頂戴な。 それでは乾杯」

「「「乾杯」」」

 

 各々のお猪口をかかげて宴会が静かに始まった。




次回『九尾の弾幕』
「ねえ。その弾幕ごっことやらをやってみましょうよ」
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