私がお酒を飲み始めたのはいったいいつからだっただろう。
たしか先代が月見酒をしているのを見つけて、私もやってみたいと無理やりねだったときが最初だった気がする。初めて飲んだお酒はとてもおいしいとは思えなかったが、私とようやく酒が酌み交わせるようになったと先代が喜んだため、それからは毎晩晩酌に付き合うようになった。
私は酒には強くはないが、酒そのものが嫌いという訳ではない。
特に私の舌には日本酒があっているらしく、芳醇な米の甘さにあふれた大吟醸を好んで口にしている。最近の人里で開発された「清酒」と呼ばれるモロミの入っていない大吟醸は絶品で、毎晩のように今代の庭師である妖夢と晩酌をしている。
鼻に抜ける醤油の焦げた芳ばしい香り。
私と紫、そして藍のために妖夢が準備した夕餉はどれも一級の品が用意されている。中でもタケノコとツクシの炙りは最高に美味だ。旬の食材は少しアクが強いのか、青物特有のほろ苦さと醤油の香ばしさがたまらなく食をすすめる。
ふー、と作りたて熱々のツクシに息を吹きかけ冷ましてから口に放り込む。ほくほくのツクシを堪能しつつ縁側から覗く極上の夜桜を見て一献。甘口の日本酒は熱燗になっており、体を芯から温まらせてくれる。
「くぅー。 染みるわねぇ」
「…なんだか年寄りくさいわよ。 幽々子」
「放っておいてちょうだいなー」
紫からの小言にふにゃりと笑って扇子で顔をパタパタと扇ぐ。さっそく顔が火照ってきたらしい。幽霊といっても人間と同じく酔っぱらうようで、私はあまりお酒には強くない。お猪口なら5杯も飲めばひっくり返ってしまうだろう。
宴会の楽しい時間を目一杯楽しむために私は出来る限りチビチビと酒を進めるのだが、妖夢は私と違って非常にお酒に強い。晩酌では酔っぱらった妖夢を見ようとどんどんお酒を注ぐのだが、それでも私のほうが先に酔っぱらってしまい、へべれけになった妖夢の姿なんて今まで見たことがない。
今だって妖夢はまるで水でも飲むように涼しい顔でお酒を流し込んでいる。こんな小さな体のどこに酒が入っているのかしらとじっと見つめる私の視線に気づいたのか、こちらを見返すと不思議そうに小さく首を傾けた。
ツクシおいしいわよ。と妖夢に礼をいいつつ、何事もなかったようにサワラの焼魚に箸を伸ばす。大ぶりの身は骨が少なく食べやすい。サワラには大根おろしと柚の皮をすりおろしたものに醤油をかけたものがたっぷりとかけられている。
これは人里で流行りの魚の薬味らしく、数年ほど前に妖夢が魚屋のおばあさんから教えてもらったと嬉しそうに語っていた。
サワラにその薬味をのせて口に運ぶ。サワラのプリプリとした歯ごたえに大根おろしと柚のさわやかな風味が鼻を抜けた。これまたお酒が進む逸品だ。
(いけないいけない。 このままお料理を食べているとお酒が進みすぎてしまうわ)
妖夢の料理に気をやっていると自然とお酒が進んでしまう。せっかくの酒宴なのだから会話も楽しまなくてはいけない。夜はまだ始まったばかりなのだ。
「そういえば、藍。 あなたは博麗神社で巫女に何かを教えていたと聞いたけれど?」
さっそく気になっていた事について探りをいれてみる。
恐らく、悪だくみに関係することなのだろう。藍は即答せずに隣の紫に視線を向ける。私の質問に答えてよいか、という主人に対する無言の質問だ。
紫は藍の視線には答えずにお新香に箸を伸ばしている。これは長年の付き合いで理解しているが、答えてもよいということだ。
紫と藍の主従関係は時に上下関係が厳しすぎるようにも感じることがあるが、そこには絶対の信頼関係が垣間見える。盲目的に忠誠を誓えるほど紫に絶対の忠誠・忠義を誓っているのだろう。圧倒的な力と頭脳を持つ紫にしかできない従者の扱いだと思う。
私と妖夢の主従関係はそうではない。私がしっかりしていない分、妖夢には十分すぎる以上の裁量を与えて、基本的には私の指示ではなく彼女の好きに動いてもらっている。妖夢が非常にデキル従者であるため、私はますますグウタラな主人になっていくという訳だ。
「はい、そうなんです。 巫女に弾幕ごっこを教えていました」
弾幕ごっことは紫の言っていた幻想郷の新しい決闘ルールだ。優雅で穏やかな決闘だと聞いているが、いったいどのようなものなのだろう。
紫は博麗の巫女によって弾幕ごっこを幻想郷に普及させるつもりだと言っているが、当の巫女は弾幕ごっこの素人だったのだろう。夏の悪だくみに間に合うように藍を使って英才教育中という訳だ。
「ふぅん。…弾幕ごっこ、ね」
「と言っても私が教えることなんてもうないんですけどね。 飲み込みが早いというか、一種の天才ですよアレは」
藍が他人を褒めることは滅多にない。自分のかわいい式をまだまだ未熟と評価をするくらい自他ともに厳しい。そんな藍が天才と呼ぶくらいなのだから、巫女は本当に目を見張る才能があるのだろう。出会ったこともない今代の博麗に僅かばかりの興味がわいてきた。
「へえ? 巫女は強いのね?」
「ええ、とても」
なぜか自分のことのように誇る藍が何だかおかしくて思わず噴き出してしまった。何かおかしなことを言ってしまったのかと困惑する藍だったが、特に思い当たることがなかったのか赤い顔を下を向けてモジモジとし始めてしまった。藍は、私や紫よりもいくらか大人びた容姿をしているにも関わらず時折このように愛らしい仕草を見せる。
それにしても弾幕ごっことは何なのか具体的な説明が欲しい。
冥界からほとんど出ない私には必要のない知識かもしれないが、頻繁に人里に出ている妖夢には幻想郷の新しいルールとなる弾幕ごっこを早めに知っておいてもらいたい。
「その弾幕ごっこに私たちは混ぜてもらえるのかしら?」
紫は茄子の田楽を食べているのか即答できず、しばらく咀嚼をつづけた後にコクリと喉を鳴らせた。ちらりとタケノコの焼き物に名残惜しそうな視線を向けていたが、私に向き直って口元を扇子で隠した。
「もちろん。 幻想郷はすべてを受け入れますわ。 藍、説明を」
紫はさっそくタケノコに視線を戻していた。確かに妖夢の料理は熱いうちに堪能するべきだ。弾幕ごっこの説明は藍に任せて、夕餉に舌鼓を打つことに集中するらしい。
「それじゃ藍。 馬鹿な私にでも分かるように簡単い説明をお願いね」
「はい。 拙い説明ですが、ご容赦ください」
主人から指名があった従者は箸をおいて説明を始めた。
──弾幕ごっことは要は弾当て遊びである。弾の種類は問わず何でもいい。
──例えば、巫女は霊撃と呼ばれる霊力を固めたものや、針や御札を弾に使う。
──弾幕ごっこの勝敗は、最初に決めた回数だけ弾幕に被弾すれば負け、決めた時間だけ弾を避け続ければ勝ちということだ。弾幕には必ず逃げ道を用意しないといけないらしいので、全く攻撃をせずに逃げ続けるだけでも勝ちになる。
──また、直接勝敗とは関係ないが弾幕そのものの美しさと、いかに美しく弾幕を避けるかもポイントになる。
──そして、弾幕ごっこの最も特徴的なものがスペルカードルール。
「スペルカードルール?」
おうむ返しに私が問うと、藍はニコリと懐から1枚のカードを取り出した。カードには弾幕の絵と、『式輝「四面楚歌チャーミング」』という文字が書かれているだけで、妖力どころか何の力も感じされない。
「はい。 これがスペルカードです」
「うーん。 ただの紙よね?」
「そうです。 ただの紙にどのような弾幕か絵を描いただけのものです。 弾幕ごっこ中にスペルカードを宣言することでカードに描いたパターンの弾幕を使えるというルールです」
「・・・なるほど、うまく考えたわね。 妖夢は分かったかしら?」
この程度のルールなら初めての人にも簡単に説明できる。弾幕での実力勝負と美しさ勝負を兼ねるというのも面白い。後はお手本となる弾幕ごっこにどれだけ心を打たれて自分もやってみたくなるか、が普及の鍵になるだろう。
隣の妖夢を見ると何か腑に落ちなかったのか難しい顔をしている。
「藍。 なぜ、わざわざスペルカードなんて作るんです? スペルカードで宣言してからしか使えないとなると、わざわざ自分に不利なルールで縛っているように思う」
「妖夢はお利口ね。 藍は気が付かなったことよ」
頭のいい生徒を見つけたように紫が楽しげに口を挟んできた。
「そこが弾幕ごっこが優雅な決闘たる所以。 スペルカードに記した以外の弾幕を『通常弾幕』とでも呼ぶことにするわね。 その通常弾幕は1パターンしか用意してはいけないというルールがあるのよ」
「それがスペルカードを作成する理由ですか?」
「そうよ。 お利口なあなたなら分からないかしら」
いつもの扇子で口元を隠した笑みを浮かべる紫に、うーんと頭をひねり出す妖夢。私は紫の言おうとしている事を理解したが、ここは妖夢に頑張って答えて欲しい。
もう少し悩んでもダメそうなら助け舟をだしてあげよう、とお新香をかじる。キュウリとだいこん、ナスのシンプルなお新香は爽やかな酸っぱさとコリコリとした歯ごたえがあった。お酒が回り始めていた頭が少しばかり冴える。
コリコリと私のお新香をかじる音が大きく聞こえる。しばらくの沈黙が続いたので、私から少しばかりの手助けを出してあげる。これで気づいてくれるといいのだけれど、妖夢には少し難しいのかもしれない。
「妖夢。 このお新香も美味しいわ。 やっぱりお新香は定番のキュウリにナス、そして大根に限るわね」
「え?…あ、はい。 シンプルなのが一番ですね」
「たまには変わり種もいいけれど、やっぱり定番に戻っちゃうのよね」
「………あっ!」
妖夢は何かに気づいたのかハッと顔を上げる。そのまますぐに答えを出すことはなく、しばらくちゃぶ台を睨んだ後にお猪口に入った日本酒をクイっとあけた。彼女の中で考えがまとまったのだろう。
「スペルカードは一撃必殺の勝負を決めれる難解なものにするべきです」
「それじゃあ通常弾幕を一撃必殺のものにしないのはなぜかしら?」
私は妖夢の回答に満足げな笑みを浮かべて再度質問をする。この子は抜けているところもあるけれど、基本的には非常に頭のキレる自慢の従者なのだ。
「 ある程度の規則性のある動きの弾幕を通常弾幕に取り入れるということは、規則性のある攻略法が存在するということです」
「そうね」
「一度攻略された通常弾幕は、ただの張子の虎でしかない。 通常弾幕はあくまで足止めとけん制程度のシンプルかつランダムな弾幕のバラマキにするのが最良だと考えます」
これが正解だろうかと、上目遣いで紫を伺う妖夢。
妖夢の答えは私の考え通りだった。紫も満足気に頷いている。
「やっぱり妖夢はお利口だけど、生真面目すぎるわ。 半分正解よ」
「半分?ですか」
「そう。 残りの半分は、通常弾幕で勝負をつけようなんて『美しくない』からよ」
褒美とばかりに妖夢の空になったお猪口にお酒を注ぐ紫。照れ笑いを浮かべて誇らしげな妖夢の頭を私は2度、3度となでつつ彼女の日々の精進を褒めたたえる。
先代は文武両道を掲げて日々の精進に勤しんでいた。妖夢も同じように朝は剣、夜は文と己の研磨に勤しんでいる。最初は私でも一本とれることがあった剣術は今では妖夢の足元にも及ばないし、勉学についても私が教えてもらうことの方が多くなってきている。
日がな一日を、のほほんと縁側でお茶を飲んで過ごしている私には出来すぎた従者だと思う。
それにしても、弾幕ごっこの説明を聞いて、さっそく弾幕ごっこをやってみたくてウズウズしている私がいる。自分の欲望には素直に生きるタイプなのだ。
「ねえ。 その弾幕ごっことやらをやってみましょうよ」
「言うと思ったわ。 藍、お手本を見せてあげなさい」
まさか自分に振られるとは思っていなかったのか、お新香をくわえたまま驚いた表情で固まる藍。この間抜な表情をした少女が、1000年ほど前の文献には傾国の美女として載っている九尾の狐なのだから面白い。
かの国で何千・何万という人間か彼女の計略で命を落としたことだろうが、今の彼女からは暖かな丸さが感じとれる。私が知っている彼女は自身に害をなさない限りは攻撃的にならない平和主義者で、何より策略や計略などの邪な考えは起こさない純朴な少女だ。
人が変わるのと同じく、紫のもとで1000年も従者をやっていると妖獣も変わったのだろう。
「しかし西行寺様はスペルカードをまだお持ちでないはずです」
「それじゃあ、こうしましょう。 スペルカードは藍が1枚、私が0枚。 被弾は藍が1回、私が2回までというのでどう?」
藍は頭の頭頂から出ている狐耳をぺったりと頭にくっつけてしばらく思い悩んだ後、諦めともとれるものすごく深いため息を漏らした。きっとどうやって断ろうかと考えを巡らせたが、気分ののってしまった私を相手に断れないと判断したのだろう。
「分かりました。 私でよければお相手させていただきます」
「白玉楼には私が結界をかけるから流れ弾で被害がでることはないわ。 思い切りやってきなさい」
「はい。紫様に応援されたからには西行寺様といえども全力で勝ちにいかせてもらいますよ」
「そうこなくっちゃ。 妖夢も応援よろしくね」
「もちろんです。 幽々子様がんばってください」
紫はペシンと藍の背中を軽く叩いて送り出す。紫と妖夢は観戦を決め込んだのか縁側に移動してお茶を片手に座り込んだ。
美麗な弾幕であれば観戦する側だって楽しいだろう。弾幕ごっこをやる側も見る側も楽しめるなんて、本当によくできた決闘ルールだと感心する。
「さて、それじゃ行きましょうか」
友人と従者の応援を受けて私は白玉楼の上空5丈程度に浮遊する。下から見上げる桜も素晴らしいものだったが、上空から見下ろす夜桜は月光を浴びてやや薄紫色に輝いている。まるで紫の絨毯が広がっているようだ。
紫とも藍とも本気で争ったことなど今までにないため、弾幕ごっこという遊びとはいえ相手に攻撃をすることになるのは若干の緊張感がある。といいつつ、やるからには楽しむのが私の主義なので、気持ちを切り替えて楽しもうと口を真一文字に結んだ。
(私の攻撃で藍を傷つけてしまうことがないように、私の弾幕は実態のない死霊がいいかしら)
あたりに浮遊している死霊を自身の周りフヨフヨと集めて漂わせる。変幻自在の霊体である死霊を様々な形に変えて相手に飛ばす算段だ。死霊を蝶にでも変えて飛ばせばきっと美しい弾幕になるに違いない。
勝つ算段は練ったとばかりに藍を見つめて声を張り上げる。
「手加減無用よ。 私に弾幕ごっこを楽しませてちょうだいな」
「承知しました! 九尾の弾幕、とくとご堪能あれ!」
藍は懐から先ほどのスペルカードを取り出して高々と掲げた。カードを中心にまばゆい光が、エンジェルラダーのように幾重にも光の筋となって伸びる。
『スペルカード 式輝「四面楚歌チャーミング」!』
藍から朗々としたスペルカードの宣言がされた。おそらく一瞬で勝負をつけるつもりなのだろう。
(いきなりスペルカード宣言なんて飛ばしてくるじゃない)
スペルカード宣言と同時に藍から発射される妖力の塊たちは、まさしく弾幕と呼べるほどの圧倒的な物量で襲い掛かってくる。
ただ、弾幕は私を狙ったものではないらしく、弾幕はあさっての方向へ発射されている。私が初心者だからか、簡単なスペルカードを使ってくれたのだろうかという、私の思いはスグに裏切られることになる。
「……囲まれた!?」
あさっての方向に飛んでいったと思っていた弾幕は、びっしりと隙間なく壁のようになって私の四方を囲みだした。上下左右前後の6面びっしりに張り巡らされた弾幕に閉じ込められた状態は、大きな箱に入っているかのようだ。
もはや壁となった弾幕は10丈、7丈と徐々に徐々に間隔を狭めてくる。しばらくすると壁の接近が止まったが、私と壁との距離はおよそ3丈。身動きがほとんど取れなくなってしまった。
(スペルカードの名の通りまさに四面楚歌って訳ね)
弾幕ごっこのルール上、逃げ道がまったく無くなることはないだろうが、このままではじり貧だ。
正直ここまで実力差が出るものだと思っていなかった。何といってもこちらはまだ1発だって弾幕を打っていない。藍には一方的に攻撃されっぱなしなのだが、反撃をしようにも弾幕の壁で藍がどこにいるのかすら分からなくなっている。
(どこか抜け道はないかしら)
抜け道のような隙間がないかと前方の壁に近づいたときに、妙に壁が湾曲した。壁から何かが生まれるかのように前方の壁が湾曲し、湾曲してできた大きな裂け目から、大きな赤い弾幕が1つ私に向かって飛んでくるのが見えた。
「……危なっ!」
予測していなかった巨大な弾幕の襲来に体を捻ってなんとか回避する。直前まで四方八方に配置された弾幕の壁で隠れているため、ほとんど死角から攻撃されているに等しい。なるほどこれを回避するのは至難の業だ。
「大玉が1発だけとは限りませんよ!」
私を絶望させる言葉が藍から発せられる。
「うそでしょ、まだくるの!?」
藍の言葉どおり、巨大な弾幕は次々と発射されているようで、1発目の大玉を回避して伸びきった状態では回避ができず脇腹に直撃してしまう。
「ぐ!……ぅ……」
思った以上の苦痛に顔をゆがめつつ、続く弾幕を回避ようとしたが藍のスペルカード『式輝「四面楚歌チャーミング」』の攻撃がとどまることはなく、次々と私に妖力の塊がぶつかる。
着弾の痛さと、閃光で視界が真っ白になっていく。あまりの痛さにグラリと大きく態勢を崩した私は地面に向かって下降を始め………。いや、減速の制御ができていないため落下していると言ったほうが正しい。
(石畳に落ちると痛いわよね…)
それは嫌だなぁ、なんてのんきなことを考えていると目が覚めるような妖夢の声が聞こえた。
「幽々子様!!」
かわいい従者が必死の形相で駆けてくるのが見えるが、次々と叩き込まれる弾幕に私は意識を手放してしまった。
◆
目が覚めると私は布団で横になっていた。
自分で寝室まで移動した記憶はないため、誰かに運んでもらったらしい。
体の痛みは既になく、もぞもぞと布団から這い出ようとしたが右肩から脇腹にかけて妙な重さを感じる。
目をやると銀髪の髪がちらりとのぞいている。布団越しではあるが私は妖夢に腕枕をしているような姿勢を取っているらしかった。
「お目覚めかしら。 あれだけ妖力をこっぴどく撃ち込まれたのにケロっとしているわね」
「……紫」
「本当に申し訳ありません。 いくら実力者の西行寺様とはいえ、初めて弾幕ごっこをする相手に大人げありませんでした」
地面に頭をこすりつけてしまうのではないかという勢いで藍が頭を下げる。
「気にしなくていいわ。 こんなに楽しかったのだもの。 次までに私も練習しておくから、また遊んでね?」
「はい。 ありがとうございます」
初めの弾幕ごっこでも、何とかいい勝負ができると思っていた自分が恥ずかしい。弾幕勝負にも負け、弾幕の美しさや回避する美麗さでも負けてしまった。清々しい完敗だ。
それにしても隣で寝ている妖夢のことが気になる。普段着のまま横になっていることも違和感があるし、何より私と一緒の布団で寝ているなんて生真面目な妖夢がやるとは思えなかった。
「妖夢は急に体を動かしたことと、心配しすぎたことでお酒が回ったんでしょうね。 あなたを看病していたと思ったら急に布団に倒れこむもんだからビックリしたわ」
すぅすぅと寝息を立てている妖夢は私に寄りかかったまま起きる気配がない。よっぽど心労をかけたのだろう。
お酒に強い妖夢が酔い潰れて寝てしまうところなど初めて見た。その原因が自分にあったことに多少の罪悪感は抱くが、このかわいい寝顔が見れるのならまた気苦労をかけてもいいのではないか、なんて考えてしまう。
「いい時間になってしまったし。 そろそろ私たちは帰るわ」
「本当に申し訳ありませんでした」
「大事なかったんだから気にしなくていいわ。 次は負けないんだから。 それじゃ、またね?」
「またね。藍、帰るわよ」
藍がもう一度大きく頭を下げてから、紫達は来た時と同じようにスキマで音もなく帰って行った。宴会の後のむなしさというのだろうか、シンと静まり返った寝室はいつもより広く感じられる。少し飲み過ぎたのか、ぽうと火照った頬が、たしかに宴会があったのだということを私に教えてくれる。
眠る妖夢の頭をなでると、まるで猫のように気持ちよさそうに私に鼻をこすりつけてくる。一緒の布団で眠るなんて経験は今までにないが隣から感じる暖かなぬくもりは居心地がいい。
(これじゃしばらく動けそうにないわね)
再度まどろみに落ちるまで、私は妖夢の頭をなで続けた。
次話『セカンドコンタクト』
「私は八雲紫よ。先の異変では名乗ってなかったかしら?」
────力と思惑がぶつかる紅魔と八雲。