Eの海   作:瑞穂国

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随分とお久しぶりです

トラック戦が一段落しそうなので、こちらも進めていきましょう


豪州の海

その日、第七艦隊と輸送船団は、朝を迎えた時から最大の緊張感に包まれていました。いつもは起きてくるのが遅いブルも、今日は艦橋で夜明けを迎えています。やはり眠いみたいで、何度となくあくびをかみ殺していました。

 

「索敵機、出します」

 

私と後続する“ワスプ”飛行甲板には、すでに早期索敵用の“ドーントレス”が用意されています。本当は“ヘルダイバー”も配備してるんですけど、妖精さんたちがこちらの機体を気に入っているので、ブルの了承を得て私の艦爆隊は“ドーントレス”のままでした。“ワスプ”の方は、全体的に練度が高く、操作性の悪い“ヘルダイバー”も満足に扱えるので、索敵部隊以外は“ヘルダイバー”の方を優先して配備していました。

 

「頼む」

 

「はい」

 

艦首はすでに風上へ向けています。後は発艦指示を出すだけです。

 

「妖精さん、少しの間、舵をお願いしますね」

 

発艦指示は、艦橋内では行えません。私が離れている間はブレイン・ハンドシェイクが無効になるので、妖精さんに臨時で舵取りをお願いすることになります。

 

妖精さんが「任せろ」とばかりに右手をグッと突き出しました。

 

「では、行ってきます」

 

私が言うと、ブルがコクリと頷きました。

 

艦橋を出て、発着艦指揮所に出ます。甲板に並ぶ“ドーントレス”の上げる轟々というエンジンの音が、翔ける風に負けじと猛っていました。

 

息を吸い込み、甲板の先を見つめます。腰のホルスターから、発艦指揮用の拳銃を取り出し、構えます。

 

「索敵隊、発艦始めてください!」

 

パンッ。乾いた音が響いて、拳銃が火を噴きます。それを合図に、“ドーントレス”の足を止めていたチョークが外されて、大空へと翔けていきました。それが計六つ。

 

“ワスプ”も合わせて、索敵線を形成します。これで、早期警戒網が構築できます。

 

この辺り―――サモア、フィジーの手前、クック諸島周辺は、残念ながらまだ完全に制海権を握ったとは言えません。対豪輸送を継続的に実施するために、海軍は大規模な船団と護衛艦隊を編成して、これにあたります。それでも、襲撃はありますし、艦艇が失われることもあります。

 

最も気を抜いてはいけない時間です。

 

艦橋に戻った私は、再びドリフトに入ります。舵は私に戻り、有事に備えて周辺に気を配ります。

 

「遊撃機動部隊の通過は、二週間後だと思うが・・・。快速砲戦部隊が展開しているかもしれないな」

 

前者は、一か所に留まることなく、太平洋を周回している空母部隊、後者は比較的狭い範囲で襲撃を繰り返す、戦艦や巡洋艦を中心とした打撃部隊です。どちらも厄介ですが、出会うなら後者の方がいくらかマシです。前者だった場合は、空母が二隻しかいない私たちの手には負えませんから。

 

「会敵したら、どうしますか?」

 

「輸送船団を伴っているからな。できる限り避ける。それでも会敵したら、そん時はやるしかないな」

 

つまり、全ては私たちの索敵にかかっているということですね。重大な役目です。なんだか手に汗が。

 

表情が硬くなっていたのかもしれません。ブルは優しく私の肩に手を置いて、微笑みながら言いました。

 

「そう肩肘張るな。賽は投げられた。索敵隊を信じよう。お前が育てた部隊だろ」

 

「・・・それも、そうですね」

 

ブルの手が離れると、ふっと力が抜けていきます。不思議な感覚です。ブルがいれば、深海棲艦の方から、この船団を避けていってくれるような気さえしてきます。

 

全機が飛び立った索敵隊は、それぞれが水平線の向こうを目指して飛翔していきます。艦橋に立つ私とブルは、その行く先を静かに見つめていました。

 

 

・・・すみません、あれだけ引っ張っておいて。私たちは何事もなく、オーストラリアのダウンズヴィル港に入港することができました。

 

正直、拍子抜けしました。程度の差はあれど、過去のオーストラリア向け船団は、深海棲艦艦隊との接近や場合によっては会敵を、何度も経験していました。それが今回に限っては、ほぼゼロです。索敵隊が発見した敵艦隊も、こちらの回避行動で発見されることなくやり過ごすことができましたし。

 

「・・・日頃の行いがよかったのか?」

 

ブルも首を傾げていました。

 

「きっと、ブルを避けていったんですよ」

 

「なるほど、そいつはいい」

 

私の言葉に、ブルは大きく笑いました。

 

「まあとにかく、これで肩の荷が一つ降りるわけだ」

 

港外で見守る私たちの前を、ここまで護衛してきた船団が次々と入港していきます。一応、周囲は私とワスプの対潜哨戒機や、駆逐艦の皆が見張っていますが、これといって異常もありません。入港は滞りなく進んでいました。

 

「この後は、五日間滞在でしたよね」

 

「そうだ。俺たちも燃料を補給して、それからポートモレスビーに向かう。あっちに行く輸送船も、また守らなくちゃいかんしな」

 

ここまで護衛していた船団には、私たちのポートモレスビー行きに応じて、必要な物資を補給するための艦も含まれていました。私たちは、またこの輸送船を護衛して、ポートモレスビーを目指すことになります。

 

残った他の輸送船は、二週間後に再びオーストラリアを目指す輸送船団と共に、復路に着く予定です。

 

「ま、束の間の休息ってわけだ。海には入れんが、釣りぐらいは許されるだろ」

 

ブルはそう言って、さも楽しそうに笑います。

 

「いいですね、釣り。私もご一緒していいですか?」

 

釣りをやったことは少ないですし、それほど詳しいわけでもありませんが、ブルと一緒にやるのは楽しそうです。

 

口角を吊り上げて、ブルが答えます。

 

「もちろんだ」

 

オージーどもに、竿を二本借りなきゃな。そう言う横顔は、まるで少年のように輝いて見えました。

 

 

 

オーストラリア自慢の牛肉や魚介の数々が毎日のように振る舞われた三日間。ポートモレスビーへの出立まで後二日という日の朝、“エンタープライズ”にどこかへ行っていたブルが上機嫌で戻ってきました。何か、いいことでもあったんでしょうか。

 

気になるところですね。

 

ラッタルを駆け上がるブルを、甲板で待ち受けます。

 

「お帰りなさい」

 

「おう、ただいま」

 

「何か、あったんですか?」

 

わかるか?そう尋ねるようなブルの双眸は、これ以上ない好奇心と、まるで新しい悪戯を思いついた子供のような光で輝いています。余程面白いことがあったんでしょう。

 

「深海棲艦の奴らが、何で少なかったのか、わかったぞ」

 

「?どういうことですか?」

 

艦橋の方へと歩いていきながら、ブルに説明を求めます。

 

「トラック沖で、日本艦隊が大規模作戦を実施するらしい。それに備えてのことだろうな」

 

「それは、どこからの情報ですか?」

 

「オーストラリア軍の通信所が傍受したものだ。暗号を解読できたわけじゃないが、パラオの通信量が上がってる。あそこは、日本海軍にとってトラック戦の最重要拠点だ」

 

パラオは、これから私たちが向かうポートモレスビーよりもフィリピン寄りにある、小さな島々の総称です。現在は、日本海軍が同地に展開していた深海棲艦を排除し、泊地を置いているそうです。フィリピンが近いこともあって、その辺りの説明がアメリカにも十分にされていました。

 

「それじゃあ、トラック防衛のために、艦隊に召集をかけたってことですか?」

 

「その可能性が高いな」

 

・・・うーん、でもそれって。

 

「あの、それじゃあ、本末転倒じゃないですか?」

 

遊撃機動部隊も、快速砲戦部隊も、通商破壊と交易路封鎖を目的にした艦隊です。任務から外してまで、トラックの防衛に付かせるのは、なんだかおかしい気がします。それに、増援が必要なら、ハワイ方面の艦隊から送ってもいいはず。太平洋最大の要衝は、それぐらいに強力で強大な戦力を保有しています。

 

「俺もそう思う」

 

ブルはあっさりと私の意見を認めます。

 

「深海棲艦の行動には、何らかの確固たる理由がある。だから、今回の件に関しても、艦隊に召集をかける、何らかの明確な意図があるはずだ」

 

・・・えっと、だんだんブルがやりたいことがわかってきました。

 

「・・・どうやって、その意図を探るんですか」

 

「そこだエミリー!」

 

ビシッ。妙にかっこつけた仕種で、ブルは私の方を指差します。それから、好奇心旺盛な、キラキラとした瞳を私に向けて、こう言いました。

 

「トラック沖に偵察に行きたい」

 

ううっ、またブルはそういう、胃の痛くなるようなことを・・・。

 

「エミリーと、あとはグアム、ヘレナ、駆逐艦からは三人ぐらいかな」

 

しかも勝手に編成を組み始めてますし・・・。

 

「ポートモレスビーはどうするんですか?現地に着いたら色々やることも多いですよ?」

 

「大丈夫だ」

 

何が大丈夫なんでしょうか。なんだか嫌な予感がします。

 

私の予感通り、ブルはさも誇らしげに言います。

 

「俺には優秀な参謀長がいるからな!」

 

「参謀長に責任押し付けないでくださいよ!」

 

件の参謀長―――第七方面艦隊の指揮権ナンバーツーであるミッチャー中佐は、ブルほど太い肝を持っていません。

 

「よし、そうと決まれば善は急げだ!」

 

どの辺が「善」なんですか、もう。

 

思いついたことは実行せずにいられない。良くも悪くも、ブルはいつでもブルです。

 

ポートモレスビーへの出立まで後二日。少し、忙しくなりそうです。

 

 

トラック沖への偵察は、最終的に実施されることになりました。参加するのは、私とグアム、ヘレナ、フレッチャー、オバノン、ダイソン。ブルが直率します。

 

参謀長は最後まで粘りましたけど、ブルを止めるには至りませんでした。秘書艦としては申し訳ない限りです。

 

ダウンズヴィルを出港し、ポートモレスビーを目指す艦隊から、私たちは離脱します。次第に離れていく艦隊。その先頭に位置取っている“コンステレーション”の艦橋から、参謀長が恨めしげに見ている気がしました。

 

「さて、楽しいピクニックだ」

 

そんなことなど気に留める様子もなく、ブルはただ楽しそうに呟きます。

 

ニューギニアの南岸にあるポートモレスビーとは逆に、私たちは北の沿岸を進みます。深海棲艦が取った謎の行動、その理由を探るために。




次回はもっと早く投稿したく

欧州編も書かなきゃいけないんですよね・・・
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