ここまで全っ然日常回がない・・・
このお話から始まる二、三話が終わったら、もっと色々動かしていきたいです
寄り道の末。私とブルは、ようやく新たな拠点、ポートモレスビーに到着しました。ここまで長かったです。
帰ってきたブルを待っていたのは、ミッチャー中佐のお叱りでした。当然ですよね、艦隊司令のブルが、かれこれ一週間近く、艦隊を離れていたんですから。もっとも、さらに言ってしまえば、そんなお叱りを気にするようなブルではないんですけど・・・。
参謀長も大変です。
それでも。この一週間に上げた成果は大きいです。・・・多分。
偵察に出た“ドーントレス”のカメラが回収されて、早速ブルが確認していました。ポートモレスビーに到着してからは、軍の最新機器を使って、画像の鮮明な引き延ばしを図ります。こうして現像された、百枚を超える写真が、今ブルの執務机には積まれています。
「ううむ」
その一つ一つに目を通しながらブルは唸ります。それは、いいんですけど。
「・・・あの、提督。写真をどかさないと、執務ができませんよ?」
百枚もの写真を広げたら、当然山のような書類を処理するスペースはありません。結果、開設初期のロッキー山脈のような書類は、床の段ボールの中に収められています。
「・・・そうか、俺の仕事が進まないのはそのせいか」
・・・違うと思いますよ?ブルが写真に没頭して、執務をこなそうとしないからだと思いますよ?
はああ・・・。こんなところ、ミッチャー中佐かグアムに見つかったらなんて言われるか・・・。
「呼びましたか?」
「わわっ!?」
えっ?えっ!?
執務室の入り口に立っているのは、第七艦隊の良心、グアムでした。何という偶然でしょう。
そして。この瞬間、ブルの運命が決まってしまいました。
「ぐ、グアム!?これはその、だな」
突然執務室に現れたグアムに、ブルはたじたじです。一方のグアム。背後に「ゴゴゴゴゴッ」という効果音を背負っているのが見えます。
「へえ、このとんでもなく忙しい時期に?執務そっちのけで?アルバム整理か何かですか?」
「いや、その。執務はやろうと思ってるんだがな?今ちょっと机が埋まってて」
シュババッ。物凄い勢いで、グアムは執務机の写真を回収して、まとめています。ほんの数秒で、執務机の上はクリアになりました。グアム、もしかしたら私よりずっと空母の才能があるかもしれません。
「これで問題ないですね。この写真は私が預かります」
どこから取り出したのでしょう、クリップで写真の束をまとめると、それを制服の内ポケットへと仕舞ってしまいました。
「まったく。ミッチャー中佐の気苦労もわかります」
殊更な溜め息に、ブルの頭の上で電球が光った気がしました。
「そいうや、ミックとグアムは仲良いよな」
カチッ。何か―――そう、丁度引き金のようなものが引かれた、そんな音が聞こえた気がしました。
グアムが執務机に置いた段ボールが、物凄い音を立てました。
「さっさとやってくださいね?」
ビシャモンテーンみたいな形相で、グアムはブルに迫りました。
「了解であります」
ブルの方も、コクコクと頷くしかありません。それを確認したグアムは、elite級のオーラを噴出しながら執務室を後にしました。
普段は強気なブルも、グアムにだけは頭が上がりませんでした。
「・・・なあ、エミリーよ」
「はい?」
「グアムって、ミックに惚れてんの?」
あ、ブルもそう思ったんですね。
「そう・・・みたいですね」
「青春だなあ」
ブル、相変わらず立ち直りが早いですね。
それは、さておき。
ブルって・・・鈍感なんでしょうか、そうじゃないんでしょうか。
それとも、私のアピールが足りないだけなんでしょうか?
「・・・おーい、エミリー?どうした、そんなに俺を見つめて」
って!?私、またブルのこと見つめてたんですか!?うう、はしたない・・・。穴があったら入りたいです・・・。
「な、何でもないですっ!早く執務を終わらせちゃいましょうっ!」
「お、おう。そうだな」
とにかく今は、早くこの書類の山を片付けることにしました。
書類が終わったのは、夕食も間もなくという時でした。
ようやく片付いた執務机の上に、コーヒーをお供にしながら、私たちはグアムに返してもらった写真を並べて精査しています。ブルは並べた写真を一枚ずつ取り上げては、その中身に首をひねり、唸っていました。
まったくもって、不思議な船たちです。あ、いえ、変な形をしているとか、そういうことじゃないんですけど。
なんというか・・・違和感は、拭えません。
「・・・マストの旗、それと飛行甲板に並べられた航空機の識別記号。ここから見て、これらの艦艇が日本海軍の所属であることに間違いはない」
唯一、確定的な事実をブルがぼそりと呟きます。空撮されたBOBは、そのどれもが日本海軍の旗―――旭日旗、と言ったでしょうか、それを翻しています。それに、空母の甲板上に並んでいる艦載機の翼にある識別記号も、私たちが「ミートボール」と呼ぶ赤い丸です。
「なのになぜ、日本海軍の艦型識別表に載っていない」
写真のBOBたちのおかしなところ。それは、明らかに日本海軍の所属なのに、当てはまる艦級が全くないことです。
実は、写真を持って行ったグアムは、写っているBOBの大体の諸元を求めてもらうよう、参謀長にお願いしてくれていました。書類が終わって、写真を返してもらった時に、その諸元表も一緒に手渡してくれています。さすがは、第七方面艦隊の名参謀です。
そこに記入されていた諸元も参考に、私たちは日本海軍の艦型識別表との照合を試みました。でも、当てはまる艦型が一つもないんです。
「謎は深まるばかり、だな」
腕を組んで、ブルが唸ります。せっかく淹れたコーヒーも、いつの間にか冷めてしまいました。
ふと、ブルが窓の外を見遣りました。庁舎の三階にある執務室からは、ポートモレスビーが一望できました。その海面には、訓練を終えて投錨する第七方面艦隊各艦もいます。
その内の一隻。ブルの視線の先にあったのは、“エンタープライズ”のとなりに錨を下ろす、大型艦でした。
アメリカ戦艦を象徴する三脚楼。しかしその周囲を構造物が覆う様は、日本海軍のパタゴマストを思わせます。煙突は二本。その後ろには後部マストと予備の射撃指揮所。そして、艦隊一巨大な連装砲塔が四基。収められているのは、五〇口径一六インチ砲です。
巡洋戦艦“コンステレーション”。私が、最初に建造したBOB。その艦影を、ブルはジッと見つめていました。海面に反射したオレンジが、その表情を照らします。
「・・・なあ、エミリー」
「はい」
「似てる、と思わないか?」
似てる、ですか?
どういう意味なのか。それを尋ねる前に、私の中で何かが閃きました。そして、もう一度、“コンステレーション”を凝視します。
「似てますね」
確かに、似ています。“コンステレーション”も、本来は存在するはずのない、幻の“レキシントン”級巡洋戦艦二番艦です。その艦型もまた、米海軍の艦型識別表には掲載されていません。
もしかして・・・件の艦隊も、“コンステレーション”と同じ、本来は存在しないはずだった軍艦、ということでしょうか?
言われてみれば、そんな気がします。まだまだ憶測の域でしかありませんけど、その姿が果たしてどのようなものなのか、雲の向こうに隠れていた影が、少しだけはっきりした気がしました。
「同じかもしれないな。コンステレーションも、彼女たちも」
写真を軽く叩いて、ブルが呟きました。それから、その目線が部屋の中に戻り、真っ直ぐ私を捉えます。少し緊張気味に、私は背を伸ばしました。
「エミリー。俺は今から、二つ君に質問をする」
ブルがVの字に指を立てます。私はコクリと、了承の意を示しました。
「まず一つ目。ポートモレスビーから一番近い日本海軍の拠点はどこだ?」
「ここから・・・ですか?」
頭の中に海図を広げます。現在の私たちの位置と、付近の日本海軍の拠点に旗を立て、最も近い位置を割り出します。
「ルソンか・・・パラオ、だと思います」
「よし。じゃあ次に。俺に付き合う気はあるか?」
ふえっ!?そ、そそそ、それはどういう・・・?
「俺と、二、三日分の書類を一気に終わらせる気はあるか?」
な、なんだ、そういうことでしたか。ううっ、驚いた自分が馬鹿みたいです・・・。
「はい。私は、提督の秘書艦ですから」
頷い私に、ブルは両目を細めます。その奥の瞳が、いつもの好奇心旺盛な、強い光を帯びていました。
「じゃあ、決まりだ。俺たちは、パラオに向かう」
「ええ!?」
どうしてそうなるんですか!?
「今回は、グアムとミックに迷惑をかけないよう、書類も終わらせていく。どうだ、完璧だろう?」
全然、全っ然完璧じゃないですよ!というか、そういう問題じゃないですよ!
「ど、どうしてパラオなんですか?」
やっとのことでそれだけ質問します。よくぞ訊いてくれた、とばかりに、ブルは解説を始めました。
「謎の艦隊が、“コンステレーション”と同じ存在なら。恐らく日本海軍も、俺たちの“コンステレーション”と同じく、その存在を軍内部でも極秘にしているはずだ」
ふむふむ。それで、どういうことですか?
「俺たちが謎の艦隊を捉えた位置からして、彼女たちはトラック攻略に関する何らかの作戦行動に参加していた可能性が高い。あれだけの戦力だ、戦場に残す影響も大きい。だとすれば、作戦に参加した日本海軍の誰かが、その存在の片鱗に気付いて、独自に調査を行っているかもしれない。そしてその情報に繋がる手掛かりがあるとすれば、それはトラック攻略戦の最前線であるパラオにあると考えるのが妥当だ。謎の艦隊を捉えた位置に、最も近いんだからな」
なるほど。筋は通っている気がします。
「まあ、単純に情報交換をしたいってのもある。しばらくはこの辺の海域で行動するんだ、だったら向こう側から情報が欲しい。そういう意味でも、行く意義は十分にあると思うぞ」
どうだ?ブルが尋ねます。
もう・・・本当に。でも、ブルらしいです。私たちの、提督らしいです。
「・・・あの、一ついいですか、提督?」
だから私も、ブルを助けてあげたい。
「これだけの規模の艦隊を動かすとしたら、それなりに大きな設備と投錨地が必要ですよね?」
「ああ、そうだな」
「あくまで、私の考えなんですけど。この規模の艦隊を運用できる泊地は、この南太平洋でもかなり限られてくると思うんです。多分、パラオかルソンぐらいです。でも、そのどちらにも所属していないとしたら」
「・・・南太平洋上に、この艦隊の拠点となる場所は存在しない?」
ブルの答えに、私は首を振ります。
「あります。・・・Z海域に」
ブルの口角が、ツイッと悪戯っぽく吊り上がりました。
「なるほど。つまり今回のパラオ訪問は、俺たちに与えられた、Z海域調査の名目にもなるわけだ」
「多分・・・そうなります。はい」
グアムが許してくれるとは思えませんけど・・・。
「持つべきものは、優秀な秘書艦だな!」
上機嫌のブルが、その大きな手で私の頭をクシャクシャッと撫でました。それから、善は急げとばかりに、執務室を出ていきます。もちろん、参謀長とグアムに相談するためです。
自身と好奇心に満ちたその背中を、私も急いで追いかけました。
その後、ブルを見たものはいなかった・・・
ハルゼー・・・いい奴だったよ