一二月二三日。ロンドン郊外オルコット邸にて。天気は晴れ、明日が楽しみですわ。
三六五日の一年の中で、わたくしにとって一番特別な日を挙げるとすれば、間違いなくその日を一番に挙げるでしょう。十二月この日がなんの日かと聞かれて、分からないと答える人はきっと少ない。
――そう、今日はクリスマスイブ。クリスマスの前夜……そして、わたくしの誕生日。
「――あら?」
日付が変わった瞬間、わたくしの携帯の端末に多数のメッセージが届いた。IS学園の卒業生が集まるグループチャットでは、すぐにシャルロットさんから「セシリア、お誕生日おめでとう~」とのお祝いメッセージが届き、それに同級生からの祝辞が続く。今年でにじゅ……(ヒミツ)歳になったわたくしへのメッセージはどれもこれも親しみと愛があり、読むごとに暖かい気持ちでいっぱいになった。シャルロットさんが一番に、それこそ日付が変わった瞬間に送ってきてくれているのが、まめな彼女らしくてくすりと笑ってしまった。
その他にも、数々のメッセージが届いた。絵文字も何もない「おめでとう」という一言だけの、いかにも彼女らしい箒さんのメッセージ。文章に加えて誕生日用のスタンプで全力でお祝いしてくださる鈴さんのメッセージ。かと思えばウサギの絵文字がついたラウラさんのメッセージ……それぞれ人柄が出ていてとても面白い。自然と頬が綻ぶのを感じながら、わたくしはありがとうございます、と返信を返した。その際次の一年の目標を聞かれたので、
「今年こそはモンド・グロッソ部門優勝ですわ!」
と大々的に皆さんに宣言した。そんなわたくしの目標に、激励のメッセージが続いた。一部ブーイングもあったことも追記しておく。まあ、言うまでもなく専用機持ちからのヤジですけれど。
それにしても、こうして卒業後何年経っても祝ってくれる仲間というのは、持つべき宝ですわね。しみじみ感じ入るわたくし。
――そして、彼からは個別にメッセージが送られてきた。
「メリークリスマス。そして誕生日おめでとう。明日会いに行くよ」
彼らしい実直なお祝いにじーんと感じ入りながら、「楽しみですわ」と舞い上がりながらわたくしも返した。
彼が二四日に会いに来てくれる。しかも二五日クリスマスもイギリスにいてくださるとのことで、胸の高鳴りを隠せない。彼に会うときはどんな服装がいいかしら、なんて前日の夜からコーディネートを始めてしまうあたり、彼と会うときの気持ちは学生だったあの頃のままだ。彼とのお付き合いが始まって少し経った頃、ようやく落ち着きのある振る舞いができるようになったのだけれど、遠距離恋愛をしているせいでしょうか、久しぶりに会うとなると十代のあの頃に戻ってしまうのが、毎回のことでした。
……うう、もう緊張してきましたわ。わたくしが主役なのだから堂々としていればいい、と横でチェルシーが言ってくれるけれど。
し、仕方ないではありませんか。あとチェルシー、笑いすぎですわよ。
これ以上起きていると、本当に寝れなくなってしまいますわね。起きてから、半日だけお仕事がありますから、今日はこのくらいでペンを置くとしましょう。明日が最高の一日になりますように。おやすみなさい。
一二月二四日。ロンドン郊外オルコット邸にて。天気は快晴。素敵な一日になるでしょう。
クリスマスを明日に控えた今日。明日二五日を休暇とするため、激務に身を投じ普段以上に多忙なタスクを終え、帰路に着いた。時刻は午後四時。冬場の欧州は日照時間が短く、この時間にもなれば外は真っ暗だ。
朝からいろいろな意味で忙しい一日だった。出勤するや否や、クラッカーを構えた同僚たちで待ち伏せされていたり、次から次へとプレゼントをいただいて腕からこぼれるくらいになったり、お昼休みは休憩室がパーティ会場になっていたり。本当に楽しかったけれど、少し疲れましたわね。
そんな今日半日の様子を思い出しながら、わたくしはロンドン市内を走るリムジンのシートに身を預け、窓から見える市内の景色を眺めていた。鮮やかな電飾の数々で彩られている夜景。夜になると一面のイルミネーションが輝いて、クリスマスの大通りを明るく照らす。クリスマスは家で過ごすのが伝統だから、最後の書き入れ時と閉店前に宣伝する洋菓子店、クリスマスを前に買い物をする家族の笑顔、仕事が終わったのか疲れた様子で歩くサラリーマンの足取り、腕を組んで歩くカップルの幸せな横顔……そんなクリスマスイブの人々の営みが、車の窓から窓を流れてゆく。
それらを横目に見ていると、向かいのシートに座るチェルシーから労いの言葉がかけられた。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「ええ。今朝は本当に嬉しかったですわ。ありがとうチェルシー」
「とんでもございません。今日は敬愛するセシリアお嬢様のお誕生日。邸の者も皆、大変喜んでおります」
「そう? 嬉しい」
今朝のことを思い出した。チェルシーを始め、邸の皆には起きてすぐにお祝いをしてもらっていた。寝室から着替えるなり、全員がクラッカーを持って構えているんですもの、一斉にぱーんとクラッカーが弾けたときには、びっくりしてしまいましたわ。邸ではパーティを開く予定だけど、朝から盛大にお祝いされて嬉しくないはずはなかった。
クリスマス用に装飾で彩られた食卓で朝食をとって談笑したあと、「寒いから見送りはいいですわ」と言ったのに、扉の前で総出で見送る邸の皆に苦笑しながら、今朝出勤した次第でした。わたくしが帰れば、豪華な食事と音楽で彩られるパーティ会場に早変わりしたオルコット邸が待っていることでしょう。
……そ、そうでしたわ、この後は邸でパーティ。ということは……――。
仕事の疲れはあるはずなのに、それもどこへやら、そわそわとしてまるで落ち着かないわたくし。浮ついていることを見透かされたのか、チェルシーがくすくす笑った。
「今宵のパーティ、とても良いものになりそうですね」
も、もう、嫌ですわ本当に。彼が来てくれるというのだから、少しくらい舞い上がってもいいでしょう?
既に邸の皆や同僚の方々からははたくさんお祝いしてもらったけれど、彼と会うとなれば話は別。パーティということは、正装に身を包んだ彼と会える。それはすなわち、今夜世界の誰よりも素敵な彼に会えるということで。どきどきするなという方が無理ですわ、ええ。
パーティ用のドレスは、こういう日のためのとっておきがありますから、それを着ましょうか。きっと彼も喜んでくださるはず。
――でも、その前に。わたくしには、行かなれければいけないところがある。
「チェルシー」
「はい、存じ上げております」
わたくしが呼ぶと、チェルシーが運転手に指示を出して車をとある場所へと向かわせた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ロンドン市内の大通りから遠く離れたとある協会の墓地。そこがわたくしの両親が眠っている場所だった。
墓地につくと、チェルシーが行ってらっしゃいませ、とわたくしを見送った。わたくしがここに来るとき、チェルシーはいつも席を外してくれる。一人で両親と会いたいわたくしの気持ちを慮ってくれているのでしょう。
真冬の風は冷たい。ぶるりと震えてコートを深く羽織り、敷地の奥へと進んでいく。五分ほど歩いた先に、目的の場所があった。芝生を一歩一歩踏みしめて、その場所を目指す。
墓標に刻まれた、「Alcott」の姓――わたくしは両親と「再会」した。その十字架をそっと撫でると、金属でできたそれは冬風で凍え切っていて、指先を刺すように冷たさが襲ったけれど、少しも嫌だとは思わなかった。
「――お久しぶりですわ、お父様、お母様。ご無沙汰してごめんなさい」
ありきたりな挨拶をして、わたくしはじっと物言わぬ墓標を見つめながら、冷たい風に吹かれて立っていた。
毎年命日には顔を出しているけれど、頻繁に訪れる場所ではなかった。わたくしが生まれた今日という日の訪れを、亡き両親と共有したくて、今年はここに足を運んだ。
「今日、またひとつ歳を取りましたの。もしお二人が存命でしたら、お父様とお母様はお祝いしてくれたかしら」
勿論返答はなかった。でもそれでよかった。これは答えのない自問であり、言わばわたくしの感傷でしかないのだから。
両親との誕生日の思い出が良いものであったかと言われれば、恐らく「ノー」であると、わたくしは答えるでしょう。幼い頃は、二四日の誕生日と二五日のクリスマスが続く、この二日間が楽しみで仕方がなかった。ただ、それも本当に小さい頃の話。徐々に両親のすれ違いが大きくなって、二人が亡くなる一、二年前にもなると、両親からのお祝いはプレゼントと手紙だけになった。両親と一緒に祝えない自分の誕生日の虚しさ、それを埋めるように邸の使用人たちがずっと一緒にいてくれて、少なからず救われていたのは事実だ。
居心地の悪い邸にいたくない父と、あまりの多忙さ故に娘の誕生日も帰って来れない母。わたくしもそんな両親二人の顔色を伺うのが嫌で、邸の中をパーティ会場にしては、邸の皆と過ごす時間を務めて楽しもうとしていた。そして夜になって、両親から渡された手紙の中身を空けて感傷に浸る……。
IS学園に入学する以前の、一二月下旬。その記憶が蘇る度、笑顔で両親から祝福を受けていた幼い頃の記憶が美化されてしまっていた。
――わたくしたち一家にも、あんな幸せな時間があったのに、と。
「……いけませんわね。ここに来ると、感傷的になってしまいますわ」
決して僻みをしにここに来たわけではない。両親に対するわだかまりと疑問は、既に自分の中で折り合いをつけたのだから。
ただ、わだかまりがなくなったと言っても、両親ともう会えない寂しさや悲しさが消えることはなかった。むしろ、以前よりも強く会いたいと思うようになった。もっと話しておけば、両親との関係を諦めなければ……そんな後悔は、後を絶たないけれど。
「わたくしはお二人の娘でよかったと、心の底から思っていますわ」
それでも、その言葉に偽りはなかった。父と母の娘、「セシリア・オルコット」として生を受けたことこそ、わたくしの誇りある人生のスタートラインに他ならない。
IS学園で、信頼する仲間や最愛の恋人と出逢えて、過去を振り返るよりも、今と未来を精一杯生きたいと心から思えるようになったから。
チェルシーから、「お嬢様、そろそろお時間です」と連絡が入った。時計を確認して、踵を返そうとしたところで、ひとつ忘れていたことがあった。わたくしはバッグから小さな封筒を取り出して、墓標の傍に置いた。
わたくしはそれを一瞥して、墓地をあとにした。次に会いに来たときは、今日の話をするといたしましょう。今宵、彼と過ごすクリスマスパーティは、絶対に素晴らしいものになりますわ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
時刻は六時、両親と会って少ししんみりした雰囲気の中、リムジンはオルコット邸に到着した。車内で日記を書いていたものの、かじかんで字が震えてしまっている。まあ、それも一興ですわね。
リムジンのドアが開かれて、邸の敷地を通り抜け、邸の中へと入ろうとしたわたくしを、チェルシーが止めた。どういうことかしらと尋ねたわたくしに、「お嬢様、邸には裏口からお入りくださいませ」と案内した。チェルシーが言うには、今邸のロビーはパーティ会場となっており、今着ているオフィス用のスーツは似つかわしくないとのこと。
なるほど、確かにレディがパーティ会場に赴くのにドレスアップは必須、それが嗜みですものね。そういうことでしたら、とチェルシーの言う通り、邸の裏にある使用人用の出入り口から入り、チェルシーを連れて自分の部屋へと戻った。
さて、ここからはオルコット家当主セシリア・オルコットの本領。イギリス代表IS操縦者から、名家の令嬢に変身ですわ。
そこからは慣れたもので、とっておきのドレスを選んでから、スーツを預けてコルセットに身を包み、チェルシーにメイクをしてもらってドレスアップ。髪を結い上げる最中のチェルシーは「お嬢様が今日の主役ですから!」とやけに気合いが入っていた。頼もしい限りですわ。
ドレスアップが終わり、ヒールに履き替えたわたくし。髪をアップでまとめ、真紅のドレスとアクセサリーで着飾った。特にドレスは今日初めて着るとっておきで、これを着て彼や参加してくれる方に会えるのがとても楽しみ。
チェルシーが「大変お綺麗です、お嬢様」と目を輝かせて言う。
「ふふ、ありがとう。どれくらいかしら?」
「世界一お綺麗です」
満点のお墨付きをもらった。チェルシーにそう言ってもらえるなら、きっとそうなのでしょう。嬉しいですわね。
少し高めのヒールを履いて、メインホールへ繋がる階段へと歩いてゆく。通りすがった使用人は皆、お帰りなさいませと挨拶してくれた。
廊下を通り抜け、階段の上からオルコット邸のメインホールを見下ろすと、豪華な食事と、華やかな装飾、そして音楽が優雅に鳴り響くパーティ会場がわたくしを出迎えてくれた。ホールからは、既に会場で待ってくれていた使用人の皆や友人たちが、わたくしの方を見上げていた。
「おかえりなさいませ、セシリアお嬢様」
会場で待ってくれていた使用人たちが唱和した。昔から顔馴染みの人や、今年の夏に邸に来てくれた人もいる。彼ら全員が、オルコット家を支えてくれている、愛すべきわたくしの家族。
彼らに笑顔を見せて、階段を下った。来てくれた方々一人ひとりの顔を見ていたわたくしは、見知った黒髪の青年を見つめて固まった。
愛する彼が、そこにいた。微笑みを湛えた彼が、両手を広げた。
「――お帰り。誕生日おめでとう、セシリア」
感極まって、目を潤ませたわたくしは、周りの目も忘れて、一目散に彼の腕の中に飛び込んだ。彼がぎゅっと抱きしめてくれて、大きな温もりに包まれた。わたくしも腕を首に回して、彼の耳元で囁く。
「ただいま帰りましたわ。もう着いておられましたの?」
「ああ、少し前にな」
到着はわたくしが帰ってからと聞いていましたのに。また嘘をつきましたのね、この人は。
「もう、本当に嘘つきな人ですこと」
わたくしが口を尖らせて拗ねたフリをしたら、ごめんごめんと彼は言って、わたくしの頬にキスを落とした。それからわたくしの目を見つめて、
「綺麗で驚いた。そのドレス、とても似合ってる」
と優しくも情熱的に言った。
彼のその声色と言葉で、かーっと顔が赤くなるのが分かって。もうお付き合いをして何年にもなるというのに、彼の直球の賛辞には喜びと紅潮が隠しきれない。
「……あ、ありがとう、ございます」
……悔しい。もう少し、大人な余裕を見せたかったのに、照れてしまってそれ以外何も言えなかった。
彼の目線から隠れるように俯いていたわたくしは、ちらりと彼の顔を見上げた。彼は鼻筋の通った端正な顔に微笑を湛えていた。
「……ズルいですわ」
「うん? 何が?」
「だ、だって……」
すらりとしたシルエットに映える群青色のスーツを着た彼は、まるで貴公子のような気品に溢れていて。
「だって……あなたがとても素敵なんですもの……」
気恥ずかしくて、消えるような声で私は言った。
「ありがとう」
セシリアに褒めてもらえて嬉しい、と彼は言った。
ああ、それはわたくしの台詞なのに。あなたに綺麗と褒めてもらいたくて、わたくしは――。
「あ……っ」
顔を上げると、わたくしの視線が彼の黒く深い瞳と交差して、言葉を失った。眉目秀麗な容姿を備えるだけでなく、IS操縦者としても世界屈指の実力を持つ彼は、世の女性の憧れの的。その彼の深い黒の瞳が、世界でたった一人、わたくしだけを見つめてくれていた。
出逢ったときのこと、想いを伝えあったときのこと、将来を誓い合ったこと……彼の黒曜石のような瞳を通して想い出が蘇る。そしてわたくしは思った。彼と見つめ合うこの一瞬だけで、どれほど長く離れていても、わたくしは何度でも恋に落ちてしまうのだと――。
気がつけば、引き合わされるように唇を重ねていたわたくしと彼。そのとき、茶化すように口笛が鳴って、周りの人たちからの生暖かい視線に気づいて、わたくしは真っ赤になって彼から離れた。そんなわたくしの様子を見ては、彼がくつくつと笑っていた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
パーティが終わって、ゲストの最後の一人を見送ったあと、わたくしは一人屋敷のバルコニーに出ていた。お酒が入ったのもあって、暖房の効いた室内が暑く感じられて、少し頭がぼーっとしていましたし。冬の夜風はとても冷たかったけれど、それが火照った身体を冷やしてくれるようで心地よい。
パーティは終始盛り上がっていて、途中ゲストの方が出し物をしてくれたり、使用人の皆がサプライズでケーキを出してくれたり、とても楽しい空間だった。何より、彼がずっと隣にいてくれて、それを二人で共有できたことがとても嬉しかった。素敵な一日だった、最高の誕生日だったと、心から思う。
現在午後一一時。もうすぐ、日付けが変わろうとしている。わたくしの誕生日は終わり、明日はクリスマス。世の中の子供たちは、サンタクロースからのプレゼントに胸を躍らせていることでしょう。
そう、今年もあと一週間で終わってしまうんですのね。今年もいろいろなことがあった。仕事も、プライベートも、とても充実していたように思う。どちらにも叶えたい目標があるから、来年からも頑張らないといけませんわね。
そういえば、彼の姿が見当たらない。一緒にお見送りしたあと、お手洗いに行くと言って別れてから、そのままですわ。チェルシーに尋ねようかと思ったけれど、チェルシーは会場の片付けの陣頭指揮を執っていて席を外しているのでした。
「風邪引くぞ」
優しい声が聞こえてその方を見たら、彼がバルコニーの入り口に立っていた。
「ここにいたんだな」とわたくしの隣まで歩いてきた彼は、手に持った上着をわたくしにかけてくれた。
「ちょっと、熱くて。頭を冷やしたいと思いましたの」
俺もだよ、と彼は微笑した。お酒で少し酔っているのか、彼の顔も少し赤い。お酒は人並み以上に飲める彼だけれど、今日はそれなりに早いペースでグラスを空けていたように思う。
バルコニーから望む夜景に目を向けると、彼がわたくしの肩をそっと抱く。左から、右肩に腕を回してそっと抱きしめるその仕草は、お付き合いを始めたときからずっと変わらない。わたくしは彼の大きな肩に頭をのせて、寄り添うように彼に身を預けた。彼と身を寄せあっているだけで、すべてが満たされる思いだった。
バルコニーから見えるロンドン市内の光は、いつもより少しだけ小さく見える。店もほとんどシャッターが降りて、車の数も少ないだろうし、大都市に似合わない静けさが、明日がクリスマスであることを伝えてくるようで。
しばらくそのままでいて、どのくらい経った頃でしょうか、彼がわたくしを呼んで話を切り出した。
「セシリア、改めて誕生日おめでとう」
「ふふ、ありがとうございます」
こうしてちゃんとお祝いできて嬉しいと、彼は言った。それから、抱いた肩をほどいて、わたくしと向かい合った。
「俺から、誕生日プレゼントがあるんだ。受け取ってくれるか?」
「まあっ! 本当ですの?」
勿論ですわ、と頷いた。後ろを向いて、目を閉じてと彼に言われて、身体をくるりと回転させて瞑目する。
金属のひやりとした感触が首筋に通った。彼に合図をもらって目を開けると、首にあったネックレスが、新しいものに変わっていた。
金色のチェーンの先に、深いブルーのラピスラズリが埋め込まれていて、それが雫を象っている。ラピスラズリは一二月の誕生石。雫の形も、わたくしに合わせてくれたのでしょう。シンプルだけど高級感と落ち着いた魅力があって、とても素敵なプレゼントだった。
「ありがとうございますっ! 嬉しいっ」
感謝を込めて彼にぎゅっと抱き着いた。
彼はどこか安心した様子だ。女性にアクセサリーを買う機会なんてそうないから、と。
……ふふっ、よかった。もし頻繁にアクセサリーを買っているなんて言われたら、このロマンチックな雰囲気の中、いつどこで誰に何を贈っているのか、根掘り葉掘り問い質す羽目になるところでしたもの。
「それから、もうひとつプレゼントがあるんだ」
不意に、身体を抱く力が強くなって、彼がそう言った。
「もうひとつ?」
ああ、と答えた彼は、一度大きく息を整えてから、わたくしの耳元で小さくこう囁くのでした。
「『前略。〇月〇日より、国際戸籍法の特例措置を行う。――とセシリア・オルコットの入籍を許可する。国際IS委員会』……昨日、出国前に通達をもらったんだ」
……えっ? え? 今、何と――。
「セシリア。――入籍の許可、下りたよ」
にゅ、入籍の許可ですって? でも、それはまだ少し先になりそうと、ついこの前あなたからお聞きしていましたのに……ほ、本当ですの?
半信半疑のわたくしに、彼がああ、と頷いた。
「結婚して、夫婦に……家族になれるんだ、俺たちは」
言い聞かせるように、彼が言う。彼が冗談で言っているのではなく、その言葉が紛れもない真実なのだと、考えるより先に理解したわたくしは。
途端、涙がボロボロと零れ落ちた。彼の背中に回す腕に力がこもった。
「で、でも、どうして……!」
急な話に喜びと驚きが入り混じるわたくしに、彼がひとつひとつ説明してくれた。
どうしても今日までに入籍の許可を得たくて国際IS委員会との交渉を急いだこと。その結果、諸々の細かい権利関係の調整を後回しにして、まず入籍の許可自体を得るようにしたこと。日本政府、イギリス政府に通達されるより先にコネで内定が出たのを知ったこと。
「も、もうっ! 意地悪っ! そんな大事なこと、決まったら真っ先にわたくしに知らせるべきでしょう!?」
ボロボロ泣きながら彼の胸をどんどんと叩く。抗議するわたくしに、彼がくつくつ笑いながらごめんごめんと謝る。
また、これですわ。いつもこうやって謝るくせに、何度も何度も同じことをする。彼はいつもそう。いつも大事なところで嘘をついて、隠し通した挙句に、大事なタイミングで打ち明ける。その度にわたくしは心を揺さぶられてしまうのに。
――でも、彼だからいいとわたくしは許してしまう。だって、そんなあなたを愛してしまったから。嘘つきで、意地悪で、格好良くて、優しいあなたを、どうしようもなく愛しているから。
「……長い間、待たせてごめん」
ううん、と首を振る。
いいの。こんなに素晴らしい今日という一日と、最高のプレゼントをくれたから。
「……たくさん寂しい思いをさせた」
ううん、ううん、とまた首を振る。
いいの。寂しい思いをした日もあったけれど、今こうしてあなたと抱き合えていることが何よりも嬉しいから。
「誕生日おめでとう、そして、メリークリスマス。この素晴らしい日に、改めて誓わせて欲しい」
そう言って、わたくしの顔を上げて、涙を拭ってくれた彼。
「絶対幸せにする。俺と家族になって欲しい」
その言葉に、わたくしははい、と大きくと頷いて、彼と唇を重ねた。
両親を失い、一人きりだったわたくし、セシリア・オルコット。でも、それも今日でお終いのようですわ。わたくしに、家族ができますの。
時刻は、午前零時になっていた。わたくしの誕生日は終わって、今日は一二月二五日……クリスマス。
唇を離したわたくしは、目に映る最愛の人の笑顔を記憶に焼き付けて、「メリークリスマス」と彼に言った。彼もメリークリスマス、と小さく呟いた。
P.S。今日両親のお墓に置いてきた封筒。その中身は、クリスマスカード。
――親愛なるお父様、お母様へ。今はただ、感謝していますわ。わたくしをこの世に産み落としてくださったこと、確かな愛をくださったこと。
以上、クリスマス編でした。12月24日、セシリア・オルコット生誕祭2018。
セシリア、おめでとう!