まず、この世界では村野里美は島田の事件で死んでいます。
なので、彼女のことは村野と呼びますし、もちろん初夜もしてません。
しかし、それ以外の設定はあまり変わりません。
胸の穴も田村玲子に埋められ、後藤と戦った後にミギーとも別れてます。
ですが、浦上とは未だ会ってないので、依然として逃亡してます。
現在までは……
なので、プロローグに書いた『人間の美徳は心に暇があるとミギーが言った』宣言はまだ聞いておらず、ミギーと未だに繋がっていることは知らないはずです。
なので、プロローグを一部訂正します。
近いうちにまた短い設定等を公開する予定です。
やってしまった。
今日に限って寝坊してしまい、全力で走っている。
走りながら携帯を見るのはご法度だけど、今だけは大目に見てほしい。
すっかり慣れた通学路を陸上部で鍛えた足で全力疾走する。
「あー、もうちくしょう!」
いつもはやらかさないミスだけど、寝坊して朝練遅刻確定コースの現状に乱暴な言葉で愚痴る。
もちろん、その矛先は自分に。
既に先輩とかには連絡したけど、できるだけ早く行って謝らないといけない。
朝食も手軽な物を咥えていつも乗る通学バスへと急ぐ。
だけど、携帯の時間とバスの出発時間の差が既に数分の差しかない。
更に足に力を入れて速く走る。
目指す所さえ分かっていれば、疲れて足を止めることは無い。
風で汗ばんだ身体が冷えても走っている身体が熱くなるのを感じる。
無我夢中で走っていると、ようやく目的のバス停と乗るべきバスが見えた。
少しだけ一息吐けたのも束の間、バスに乗ろうと並んでいた列の最後尾の人が乗り込むと、扉が閉まった。
「ちょっ、待っ……!」
私の願いを無視するかのようにプーっと呑気なブザーを鳴らして出発してしまった。
でも、まだ希望はある!
せめてバスの最後尾を叩いて運転手に気付いてもらえれば……!
そう思って私の持てる最大の、最速のスピードで走る。
どんどん加速していくバスの車体に手を伸ばして……
「つあっ!」
掠っただけだった。
そのまま伸ばした手から離れていくようにバスが走っていく。
軌道に乗ったバスのスピードにもう追いつけない。
そんなバスの後ろを見送りながら諦めたその時だった。
私の横を誰かが通り過ぎた。
突然のことに目を見開くと、私の前を走っていく男子の後ろ姿があった。
しかも、疲れてるとはいえ私を置き去りにして、物凄い速さで走っている。
「はっ!?」
まさかの光景に私も驚きを隠せなかった。
いくら疲れてると言っても、陸上部の、しかも全力で走っている私を悠々と置き去りにするほどの脚力を見せつけられたら仕方がない。
しかも、男子は遅くなるどころかスピードをキープ……いや、むしろまだ速くなっている。
もう既にバスの入り口にピッタリ付いて来ている。
こんな速さ、先輩でも無理だっての!
いや、むしろこれオリンピック選手じゃないの!?
「すいません! 乗せてください!」
男子は慌てた声でバスを叩きながら運転手の人に呼び掛けると、バスは止まった。
赤いランプが光り、再びドアが開いた。
「あ、すみませんでした。以後、気を付けますので……」
男子は運転手の人に謝りながらバスに乗り込む。
(あんなに速く走ってたのに呼吸も乱れてないって、おいおい……)
驚きが大きすぎて私はその男子に目が離せなくなっていると、その男子はバスに乗る途中に動きを止め、私の方を見てきた。
「えっと、君、乗らないの?」
誰かに聞いているのか分からず、周りを見渡しても誰もいなかった。
ただ、自分の漏らす呼吸の音しか聞こえず、誰もいないことは普通に分かる。
ここで初めて自分に言ったものだと気付いた。
「あ、乗ります!」
私が乗り込んだのを確認して、運転手はミラーで誰かいないかを確認した後、再びドアを閉めて再発進した。
やっとバスに乗れたことで私の緊張も消えて今までの疲れがブワっと押し寄せてきた。
肝心のバスに乗れたことで朝のホームルームに遅刻する危険は消えた。
部活には遅刻したけど。
でも、さっきの人は凄かったな。
陸上部でもあれほど速い人は先輩含めても見たことが無かった。
走り方はいたって普通、完全なフォームじゃないから同じ陸上部じゃないって分かるし。
色々思ったことがあるからずっと見てると既に離れた所で吊革につかまって立っている男子と目が合った。
「えっと……」
色々気になって無意識的に見つめてたらしい、完全に私の方を見てあたふたしている。
やば、ちょっと失礼だったかな?
でも、これはいい機会かもな。
バスに乗れたお礼もしたかったし。
「あぁごめんな? ジロジロ見ちゃって」
「あ、それはいいんだ。少し気になってただけだから気にしないで」
話してみると、すごく丁寧で話しやすかった。
このまま話してみてもいいかも。
もう急ぐ必要もないし。
「私、このバスに乗らないと遅刻確定するとこだったから危なかったんだよ。ありがとな。えっと……」
お礼を言いたいけど、この男子をなんて呼んだらいいか分からない。
かと言って急に話しかけるのも失礼かな、そう思っていると男子の方から名乗ってくれた。
「あ、おれは泉新一」
「泉新一、か。私は恵飛須沢胡桃っていうんだ。苗字長いから名前でいいぞ」
「恵飛須沢……胡桃か。それならおれは新一でいいよ」
「ああ、よろしくな。新一」
苗字長いし、急に下の名前で呼ばせるのはどうかと思ったけど、新一は快く承諾してくれた。
少し話してみて分かったけど、新一がいい奴だとすぐに分かる。
何というか、人畜無害って奴だ。
だけど、それでいて落ち着きがあるな。
雰囲気が何だか……大人っぽい。
でも、私にはそれよりも気になることがある。
言わずもがな、新一の足だ。
「さっき見てたけど新一っていい脚持ってるよな。あれだけ速いの初めて見たよ」
「そうかな? 俺も急いでたからよく分からなかったけど……」
本人はすっ呆けているけど私は騙されない!
新一の脚はそんじょそこらの、いや、高校生陸上大会にでも絶対に通用する!
間違いなく潜在能力はある。
「いやいや、ありゃ間違いなく高校生じゃあトップクラスだったって! 一応は陸上部の私でも全然追いつけなかったし」
「へ、へぇ~……胡桃って陸上部だったの?」
「うん。だから新一は間違いなく逸材だって分かる」
何だか新一の顔が引き攣っている気がするのは何故だろうか?
「ごめん、何か変なこと言ったか?」
「あ、あぁ、そうじゃないんだ! ただ、自分でも驚いちゃって……あはは……そういえば、胡桃って巡ヶ丘学院高校の学生なのか?」
「露骨に話題逸らしたな……そうだけど、新一もそうなんだろ? 違うのか?」
悪い奴じゃないけど、何となく変わってるな。
地雷踏んだならともかく本人が気にしないっていうならこれ以上は詮索しないようにするか。
「おれもそうなんだけどさ。今日転校してきたから詳しい場所とか分からなくて。今も土地勘が無かったから予想以上に遅くなっちゃって」
「転校か。変な時期に転校してきたんだな」
「家庭の事情って奴さ。よくあるだろ」
「苦労してんだな……てことは受験への余裕とかかぁ?」
「……ノーコメントで」
「ごめん。調子乗りすぎた」
色々思うことはあるけど人には色々あると思った瞬間だった。
転校云々の話はここで止めた。
この話題は私にもダメージがいくからな。
その後は学校前に着くまで新一と話した。
話も弾んでたからそんなに時間が経ったとも思わないほどに。
バスから降りた後、色々と不慣れな新一を職員室に案内するために学校まで一緒に付いて行った。
それからも互いに他愛のない、学校やここらのことを教える内に職員室にもすぐに着いた。
「ありがとう胡桃。おかげで助かったよ」
「いいってそんなもん。私もバスの件があるし、これでお相子ってことでどうだ?」
そう言うと新一は可笑しそうに笑った後、手を上げて別れる。
「おれはもう入るよ。同じクラスならまた会えるな」
「同じクラスじゃなくても陸上部に来ればまた会えるだろ。困ったことあったら言えよ。後、陸上部に来るって話忘れるなよ?」
「分かってるよ。じゃあな」
手を振り返し、新一が職員室に入ったのを確認して私も教室に向かう。
教室に向かう間、いつもよりも増して体が軽い気がした。
今日は珍しく学校に向かうまでは楽しかった。
別に学校が嫌いなわけじゃない。
ただ、いつもよりも楽しかったということだ。
新一がいい奴だったことが大きいしな。
本気で陸上部に誘ってみようかな?
あれなら受験できなくてもスポーツ推薦で大学行けそうだし。
◆
色々不慣れな土地ということもあって景色を堪能しながらバスに向かっていたけど、思ったより時間を喰ってしまった。
それもあって急いでたら今日初めて知り合った胡桃にその様子をバッチリ見つかった。
俺は普通に走ってたつもりだったけど、ミギーと混ざってる俺は半ば人間を辞めている。
そのために陸上部の胡桃に目を付けられた。
いや、それ以前にバスに追いつく時点で相当に目立っていたのかもしれない。
あまり女の子らしくない喋り方だけど、胡桃はいい子だったから知り合えたことが唯一の幸運だっただろう。
でも、俺としてはあまり目立ちたくない。
と言うよりそっとして欲しい。
西高の島田事件は日本、いや、世界中に知れ渡るような凄惨な事件だったから、そこから転校してきたおれは間違いなく注目されるだろう。
このことは胡桃には話していないし、聞かれない限りは口外するつもりもない。
それに、少し調べられればおれが如何にパラサイト事件と深く関わっているかなんてすぐに分かってしまう。
以前は探偵や警察とかで色々あったから、もうこの話題で振り回されたくないというのもある。
だから、可能であればこれからのおれの担任の先生にもそのことを伝えたい。
ただ、いい人であったなら、だけど。
色々と不確定な所はあるけど、起きてもいないことを考えるのは止めよう。
とりあえず、これからの方針を軽く考えていると、おれの前に女性がパタパタと走ってきた。
「遅れてごめんなさい。あなたが泉新一くん……ですか?」
「あ、はい。そうです」
雰囲気が柔らかそうで、随分と小柄な目の前の女性がおれの担任の先生なんだろう。
意外と、先生に言うのもあれだけど可愛らしい先生だった。
「私は佐倉慈。今日から泉くんの担任になるわ。よろしく」
何だかポワポワしてて癒されるな。
先生っていうか……人形みたいな人だな。
そうしていると、佐倉先生が俺に対して頬を膨らませて睨んでくる。
凄く愛嬌あって怖くないけど。
「えっと、どうかしました?」
「その目、泉くんがどう思っているかすぐに分かるもの。どうせ先生に見えないんでしょ?」
「え、いや、そんなことは……」
「いいわよもう、もう慣れたから……うぅ、大人の威厳が……」
何故だかおれの心の的を射た反応に内心でドキっとするも、先生はどこか悲壮感を漂わせて落ち込んだ。
その様子からだと、生徒たちからはあまり先生として見られていないのだろう。
こう言っちゃ悪いけど、先生からは威厳どころか平間さんのような風格もあまり見られない。
もっと言えば、つい最近までパラサイトたちの殺気を浴びてきたのだから、先生に威厳があったとしても小さすぎて分からない。
大分、感覚も麻痺したのかな。
「佐倉先生。そろそろHRが始まりますよ」
「あ、はいすみません! じゃあ泉くん。教室に行きましょう」
別の先生に注意されて先生はようやくおれを案内する。
おれは先生の後を追って職員室から出た。
教室に向かう廊下は既に静かで、誰の姿も見られない。
既にホームルームの時間が始まっているのだろう。
「あの、泉くん。ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「あのね、泉くんにとってはいい話じゃないのだけど……」
しばらく歩き、先生のクラス前にまで来ると神妙な表情になって話してきた。
それだけで彼女の言いたいことを理解した。
まあ教師だからそれくらいのことは知ってるだろうな。
こっちから切り出す手間が省けたかな。
「泉くんが西高から転校してきたのは知ってるわ。それに、泉くんの事情も……」
だろうな。
「あの、余計なことで鬱陶しいと思われるかもしれないけど、これだけは言っておきたくて」
先生はおれの目を見てはっきりと言う。
「もし、泉くんが触れられたくないなら生徒にもあまり情報は喋らないようにするし、私もフォローする。こんな時期だから進路のこともあって大変だけど、何か悩みがあったら相談してほしいわ」
この人……
「泉くんの成績も事件の後で凄く落ちてるって聞いたし、凄く足が速くて、今から部活に入って記録を残せばスポーツ推薦も狙えるほどだって聞いたわ」
「え? 聞いたって……前の学校にですか?」
「えぇ。色々分かってたほうが泉くんの進路相談にも役立つなって思って……あ、でも受験はまだ後だから、勉強次第では成績も変わって入れる大学も……うぅ、昨日まであんなに調べたのに……」
先生は小さく言っているようだけど、おれの聴力の前では無意味だった。
恐らく、今後のおれの成績が変わることを考慮し忘れてたんだろう。
さっきまでの穏やかな表情が今ではショボーンと寂しそうだ。
佐倉先生はいい人だ。
さっきまで身構えてたおれが馬鹿みたいだって思うほどに。
先生は俺のことを本気で心配して、サポートしようとしてくれている。
それは目を見ただけで分かった。
愛情のないパラサイトとは違って、先生の目からは温かい何かを感じられる。
色んな人、殺人鬼にも会ってきたおれには分かる。
この人の目は人を凄く落ち着かせて、安心させてくれる。
「ぷっ」
思わず吹いてしまったおれに先生は気付いてまたまた不機嫌そうな顔になった。
表情がコロコロ変わるのも微笑ましい。
「何で笑うの? そんなに面白いこと言ってないわ」
「いえ、何でもありませんよ」
「……本当かしら?」
先生はおれを疑わしそうに見てくる。
先生がいい人だということは短時間で分かった。
この人になら、『寄り添って』もいいかな。
「あの、そろそろ入りませんか? 結構長く話したみたいで」
「え? あぁ! もうこんな時間!? じゃあそうね、えっと……私が呼ぶまではそこで待っててね」
「はい」
腕時計で時間を確認した後、先生は教室の扉に手をかける。
先生が中に入ってHRが始まると生徒たちの笑い声と先生のあだ名だろうか、『めぐねえ』って言葉に抗議してはまた笑い声が響く。
それを聞きながらおれの紹介が来るまで扉の前で待機する。
まだ判断するには早いけど、この高校でのスタートはどうやら正解だったと思えて少し安心した。
今回は凄く短いです。
しばらくは主要人物たちと関わって前準備を進める予定なので本編までは少々時間がかかります。
どうかそれまでは生暖かく見てくださったら幸いです。