転校してから幾日かが過ぎた。
まだそんなに経っておらず、前の学校の友達の数でいえばまだまだ少ない。
それでも0ではない。
偶に男友達と帰りにハンバーガー食べたり、誘われたらカラオケに行ったりするほどにはこのクラスにも慣れた。
少なくとも、おれが西高出身だということも、加奈の件があるパラサイト事件の第一発見者とか、そういうことは知られていない。
少数の生徒からはそのことでおれに目を付けているようだけど、まだ疑惑程度で済んでいる。
だからと言っておれは無暗に隠すことも明かすこともしない。
バレたらバレたでその時に動けばいい。
噂で切れる縁であるなら、『ああ、そうか』と思うだけだ。
残り少ない高校生活はせめて気持ちよく過ごしたい。
「では、今回の授業はこれで終わります。日直、号令お願いします」
そして今、ようやく午前の授業が終わった。
別の先生に挨拶した所で授業終了のチャイムが鳴った。
その瞬間にクラス中から疲れを吐き出すような溜息が漏れた。
授業受けてて思った。
やだ、おれの偏差値絶対低くない?
聞いてて色々と、というより全く分からない所ばっかりだった。
その原因は既に分かっている。
パラサイトだ。
おれがミギーと知り合ったその日を境にパラサイトとの壮絶な戦いが始まった。
ある時には学校の教師として『田宮良子』が来た時には授業どころじゃなかった。
そうでなくても学校にパラサイトが乗り込んではそれを倒し、その後に学校が爆発したり。
またある時は重症負って学校に行けなかったり、母さんの仇を討つために遠出して休んだり。
またまたある時は学校で島田が暴れたり、授業間近に三木に追われて無断早退もしたり……
止めよう。
言い訳を考えるとキリが無さすぎる。
つまり、おれは圧倒的に勉強が遅れている。
このままでは進学も危ういという訳だ。
「はぁ~……勉強しないとなぁ……」
皆が昼食に舌鼓を打っている間、おれは別の意味で危機を感じている。
机に突っ伏していると、隣にいた丈槍が机をくっ付けてくる。
「お昼に景気の悪い顔は厳禁だよ新ちゃん。今は楽しいご飯の時間なんだからさぁ!」
そして、相変わらずの丈槍である。
何も考えて無さそうな子供のように弁当箱を出して色鮮やかな中身を見せてくる。
「幸せそうで羨ましいな……」
「そりゃ幸せだもん! 笑わなきゃ損だよ新ちゃん!」
結局、おれの願いは叶わず新ちゃんで通された。
しかも、丈槍だけならともかく、その呼び名がある範囲で広まり、固定されてしまった。
「幸せなら仕方ないか」
「そうだよ! この迸る気持ちは止まらない!! ファッションだよ新ちゃん!!」
「パッションか?」
「そうそれ!」
今ではすっかり丈槍とも打ち解け、隣の席同士と言うことで一緒に弁当も食っている。
目の前で弁当にがっつく丈槍を見て、安堵した。
実際の所、おれが来るまで丈槍はクラスの中でかなり浮いていたらしい。
その原因は、高校生とは思えないくらいの奔放さと元気であるが故の人懐っこさだ。
言うなれば、馴れ馴れしくて相手をすると疲れる子供、という認識だ。
同級生からしてみれば全く成長していない、変な奴と言う風に見られるのも当然かもしれない。
しかも、周りからどう思われているのかを丈槍自身も自覚していた。
でも、丈槍は持ち前の人懐っこさで相手に近づく以外に人の接し方を知らなかった。
その結果、本来の持ち味を活かすこともできず、教室の後ろで俯く時間が増えていったらしい。
その証拠に、一度だけ他の奴がおれに聞いてきたことがあった。
『丈槍の相手をしてて疲れねえ?』
確かに他の奴から見れば、丈槍は高校生になっても将来を見ず、子供気分のまま何も考えずにいる生徒と見られても仕方がないかもしれない。
ミギーに寄生される前のおれだったら丈槍のことも煙たく思ってたと思う。
でも、おれはあの時のおれじゃない。
だから、偽ることも隠すこともなくおれは言った。
「確かに丈槍は他の奴とは大分違うかもしれないし、浮いてる奴かもしれない……でも、それのどこが悪いんだ? あれはあいつの個性だと思う」
そう、丈槍に悪意も殺意もない。
あるのは自分を偽らない正直さと、優しさだ。
人は誰かに頼ってないと生きてはいられない。
そして、人間は自分と違うものを排除しようとする。
そう考えることは別に悪いことじゃない。
それは人間が独自に考え、導き出した一つの答えだ。
その答え故に、丈槍を煙たく思うのも仕方がないかもしれない。
ただ、おれと皆の考え方が違うだけ。
人間はもちろん、どんな生物でも必ず、違いと言うのは存在する。
それはパラサイトでもそうだった。
好奇心旺盛なミギーに、人間とパラサイトに興味を持った田村玲子、おしゃべり気味のジョーに戦うことを求めた後藤。
みんな同じなのだ。
人間も、パラサイトも成長すれば、自分だけの価値観を見出し、それを求めて生きていく。
そういう意味では、人間とパラサイトも同じ家族だと思う。
それと同じように、丈槍は自分に忠実なだけなんだ。
彼女は真っすぐで、明るい、純真な女の子、それだけのこと。
「おれは丈槍のことは好きな方だ。周りに流されることなく、自分そのものに正直なのはおれからしたら凄いことだと思う」
それは丈槍は確かな『自分』と言うものを持っている何よりの証拠であると思っている。
言うだけなら簡単だけど、今の社会で実践することは凄く難しい。
それは丈槍自身もよく分かっていることだ。
それでも、丈槍は正直なままの姿でおれとぶつかり合い、縁を結んだ。
そして、おれもそれに応えたいと思った、これもまたおれが人間であることを示してくれる。
だから、おれが丈槍と友達という事実は誰にも否定させるつもりはない。
自分のエゴを押し付けようものなら徹底して相手にしないようにしている。
そんなことよりも、友達といる時間の方が有意義だと思えるから。
そして、それ以降から丈槍を煙に巻こうという話は少なくなった……らしい。
それが定かかどうかは知らないが、おれにとってはどうでもいいことだ。
その願いが通じたからなのだろうか。
いつの間にか丈槍は毎日、おれと一緒に行動することが多くなった。
◆
いつの間にか、私は教室ではあまり笑わなくなった。
皆、私といてもつまらなさそうにしたり、凄く嫌な顔をすることが多いから。
自分でも周りと違うことは分かってた。
でも、お利口な人との付き合い方なんて分からなかった。
だから自分なりに努力しても、結局は皆は離れていった。
だから学校も凄くつまらなかった。
授業はあまり好きじゃないけどめぐねえのことは好きだった。
めぐねえは私のことを嫌な顔で見たりしないし、私の話もちゃんと聞いてくれる。
多分、学校に来てた理由はそれだったと思う。
そんな時に転校したのが新ちゃんだった。
最初に新ちゃんを見たときは、凄く怖い人だと思った。
口では説明できないけど、新ちゃんは凄く存在感のある人だった。
何だか教室の外にいた時も、私は新ちゃんのことはおろか、『今、どこにいるのか』も分かってしまった。
何か別の生き物の気がして、私は怖かった。
それどころかクラスの皆が何も感じていない様子に何も考えられなくなった。
新ちゃんのことは『人間じゃない別の生き物』みたいで怖かった。
めぐねえが新ちゃんと話してても何で怖くないの、と思った。
そんな時、新ちゃんは私の席の横に来た。
そう言われた時は凄く怖かったし、集中してなくて、急に呼ばれた時は焦った。
こっちに向かってくるときも凄くドキドキして走って帰りたくなった。
でも、見ただけで人を判断するのは良くないことだと思う。
だから私は一日中、新ちゃんをずっと見ていた。
その日、新ちゃんのことをずっと観察してたけど、何もおかしい所は無かった。
普通に勉強したり、退屈になると少し目を瞑って眠っちゃうような普通の人だった。
やっぱり私の勘違いだったのかな、と思いながらも新ちゃんからは人とはどこか違う『何か』をずっと感じてた。
めぐねえが言った通り、新ちゃんに学校の案内をしようとした。
誰もいなくなった教室で二人だけというのは少し怖かったけど、朝よりはマシだった。
でも、私は怖かった。
この人も、私のことなんか嫌いなんじゃないかって……
でも、新ちゃんは私と友達になりたいって言ってくれた。
最初は本当かなと思ってたけど、新ちゃんの顔や目を見てすぐに分かった。
新ちゃんは凄く優しい。
でも、新ちゃんの目は少し他の人よりも乾いてるようにも見えた。
その目を見て話した時から、いつの間にか怖くなくなってた。
代わりに何だか可哀想だって思っちゃったのは何でだかわからない。
だから、私はありのままに新ちゃんと仲良くしようと思った。
それで新ちゃんが私のこと嫌いになっても仕方ないのかなって思いながら。
新ちゃんは急に変わった私に戸惑ってながらも嫌な顔することはなかった。
私の反応にもちゃんと返してくれるいい人だった。
そして、一緒にいると楽しい人だった。
陸上部から逃げる時に私を抱えて凄い速さで逃げた時は凄く楽しかった。
それに、新ちゃんのおかげでりーさんとも仲良くなれた。
私のことを嫌わないりーさんと友達になれて本当によかった。
新ちゃんとりーさんで私の好きなお菓子を食べた時がその日で一番楽しかった。
新ちゃんは私に一杯『楽しい』を持ってきてくれたから。
そして、しばらくしてから私は新ちゃんが新ちゃんの友達と放課後の教室で話しているのを偶然聞いてしまった。
『丈槍の相手してて疲れねえ?』
その言葉に私は何も考えられなくなった。
今まで聞きたかったけど、聞けなかった答えを聞くのが怖かった。
そのまま教室から離れようとした時、新ちゃんがハッキリと言った。
『周りに流されることなく、自分そのものに正直なのはおれからしたら凄いことだと思う』
その言葉を聞いた瞬間、私の胸が熱くなった。
私は皆と違って勉強できないし、運動もできない。
それに仲良くなることも私が思う『一番いい方法』しか分からないから、皆、嫌な顔をする。
でも、新ちゃんは私のそれを認めてくれて、好きって言ってくれた。
たとえお世辞だと思っても凄く嬉しかった。
他の人にはない、私だけが持ってる物を認めてくれた。
だから、我慢できなくなって泣いた。
近くにいためぐねえが心配してくれて、泣きながらさっきのことを全部話した。
泣いて、凄く変になった私の話をめぐねえは最後まで聞いてくれて、少しだけど泣いた。
その後、私もめぐねえも一緒に笑った。
その頃から、私は新ちゃんの気配が好きになった。
朝の教室で独りでも、新ちゃん独特の気配を感じると楽しくなる。
「新ちゃん、今日も屋上に行く?」
「そうだな。園芸部とか個人的に興味があるし、納得するまで行こうかと思ってるけど」
「じゃあ、今日もりーさんと遠足だね! ほらほら、今日のお菓子! 新ちゃんの分もちゃんとあるからね!」
「はいはい。ありがとな」
新ちゃんは何気なく私の頭を撫でてくる。
「むっふっふ。新ちゃんは既に私の魅力にメロメロと見たよ」
「何で?」
「この頭を撫でるのが何よりの証拠! これも女の魅力の賜物なんだよ新ちゃん!」
「いや、お菓子見せてくる丈槍がフリスビー持ってきた犬に見えたからつい……」
「私って犬なの!?」
新ちゃんは意地悪を言いながら私の頭をポンポンしてきます。
でも、私はこのポンポンが好き。
特に新ちゃんの右手でポンポンされるのが凄く好きだ。
新ちゃんの不思議な雰囲気が一番出ている右手だけど、触れられるとどこか温かかった。
前までは何も分からなかったから怖く感じたけど、触ってみたら、とにかく温かかった。
新ちゃんとめぐねえとりーさん、後は最近になって仲良くなったクラスメイト
休みの日は会えなくなってしまうから退屈に思うようになった。
だから、最近私は学校が好きだ。
◆
丈槍の絡みがより一層激しくなってきた今日この頃。
おれの巡ヶ丘学園での立ち位置も定まってきた。
まず、学生の本分である勉学だが、これはあまりよろしくない。
これでも大学には行きたいと思っているため、勉強しなくてはならない。
どんな大学に行くかは先生と補修ついでに進路相談もしてる。
そして、勉強以外は普通に上手くいっている。
というより調子に乗り過ぎた部分があって、少し後悔している。
体育の時は多少、手を抜くことはあるけど基本的には積極的に参加している。
体育の授業ではバスケの背面ダンクは調子に乗り過ぎた最たる例だ。
そのおかげでバスケ部のクラスメイトから熱いオファーを迫られたことがあった。
その他にも野球や球技といったスポーツには積極的に参加し、周りからしたらアホみたいな記録を更新しまくった。
もちろん、これにはちゃんと理由がある。
最近になって分かったことだけど、おれの右手はどんな場面においても抜群の性能を発揮することができる。
野球でも右手で投げると自分が投げたいと思った場所にドンピシャで狙える。
砲丸投げの時も左手で少し重い鉄球も右手で持つとまるで重みが無い、綿を持ち上げるような感覚に陥る。
そして、そのコントロール精度とパワーはスポーツ全般で遺憾なく発揮されることが分かった。
体育は言わば、おれにとってはただの実験だった。
今になって思えば、体育を実験に使ったのは正解だったと思える。
島田だって自分の身体を上手く使うための訓練として体育の時には張り切っていたくらいだし。
だから、スケールは違うけどおれの右手も鍛えることができるんじゃないかと思ったくらいだ。
恐らく、おれの右手にはミギーと一緒に戦い、過ごしてきた時の『記憶』が宿っている。
それが意識的か無意識的なのかは自分でも分からない。
ただ、パラサイトであり、『考える筋肉』でできたおれの右手には少なからずミギーと戦ってきた時の記憶があることもあり得るんじゃないかと思った。
それが本当なら、おれが一度もしていなくてもミギーが勝手にやった『スリ』や『車の運転』とかもできてしまうことになる。
また、島田を倒した時のような芸当までできるのでは、と思ってしまう。
その答えを考えた時、ミギーの知識をおれが使えたら勉強しなくてもいいのに、と思ってしまったのは内緒だ。
もちろん、それはおれの妄想であり、事実かどうかは分からない。
もしかしたらおれは期待しているのかもしれない。
こうやって、右手をできる限り使うことで、ミギーを叩き起こせるんじゃないかと。
いつか、スポーツをしてたら急に手から目玉を出して『シンイチ、疲れた』って言ってくれるかもしれない。
そんな希望をおれは心の奥で捨て切れずにいる。
とにかく、そんなおれの事情はここでは放っておこう。
話を戻しておれの立ち位置なんだが、さっきも言ったように勉強以外は全てが良好だ。
友人もそれなりにできたし、体育の件もあって人気もある……とのこと。
これは先生経由で聞いただけだから真相の真偽は定かでない。
体育に打ち込むあまりに必要以上に目立ってしまったことはもう仕方がない。
なるようになれ、そういうことだ。
最近、おれの下校時間が遅くなった。
理由は色々あるけど、一番の理由は先生からの特別補修や園芸部の見学だ。
今は大学に行きたいと思いながらもその詳しい道が定まっていないから先生と一緒に何がしたいのかを模索している。
文系か理系かを決める所から始まるのは凄く難しい。
目標もない宙ぶらりんなおれだけど、佐倉先生は親身になっておれの進路を考えてくれているから、本当に感謝が尽きない。
ただ、おれの補修に丈槍がいつもセットで付いてるのは流石にどうかと思った。
別に補修ばかりではない。
おれは今、園芸部に興味を持ち、補修が無いときはいつも屋上に行っては色んな野菜を育ててる。
そういうこともあって、今では若狭とは仲良くやっている。
前のような力仕事も多少あるからそれも手伝っている。
園芸部には女子しかいなかったから男手が増えるかも、と喜んでいる。
そういうこともあって、若狭からは『新一くん』と呼ばれるようになった。
偶に丈槍と一緒に『新ちゃん』とからかわれるのは、もう諦めた。
そして、前の学校と違って大きく変わったことがある。
よく、運動部からヘルプを頼まれるようになった。
胡桃と知り合いということと、胡桃からの勧誘を蹴った詫びを含めて陸上部の練習相手になることがあったのだが、それが事の発端だった。
他の部がおれの運動能力を陸上部の練習を通して目を付けたからだ。
陸上部ばかりに贔屓するなと一度は陸上部と他の部で揉めたことがあった。
その原因は言わずもがな、おれ自身にあったから、無理のない範囲でヘルプに入ってもらうということで双方の矛を収めてもらった。
そうしたら来るわ来るわ、ヘルプの嵐が。
球技とか陸上系とかそういうの関係なく、あらゆる部から連日のようにヘルプを頼まれるようになった。
もちろん、一度宣言したことだったし、嫌でもなかったからできる限りヘルプに応じた。
偶に熱烈なスカウトも受けたけど断っている。
ヘルプの時には丈槍がおれにくっ付いて来ている。
その過程で胡桃と知り合い、波長が合って仲良くなっていたのは嬉しい誤算だった。
たまに若狭も屋上から見ていたことを知ったときは本当に恥ずかしくなった。
また、胡桃からは人が好過ぎると言われ、陸上部だけでなく他の部にも掛け合っておれが休める日をセッティングしてくれたと聞く。
ここに転校してきた時は、静かに、何事もなく過ごそうと思っていたのに、いつの間にかおれの周りは物凄く騒がしくなっていた。
でも、その騒がしさはおれにとって凄く心地いいものだった。
この忙しさは、おれの高校生活で失ったものを取り戻す機会のように思えたから。
そんなこんなでおれが帰るころには日が落ちている、ということはザラだった。
当初は駅方面に続く途中の道まで丈槍と帰っていたが、最近では若狭と帰ることが多くなっていた。
何でも、毎日部活が終わるまで『見学』しに来ているから自然と若狭と帰ることになったという。
それで思い出したけど、最近まであったクラスメイトによる丈槍への風当たりが大分和らいだ。
というのも、皆が丈槍の扱い方を最近になって覚えてきたという。
そのきっかけが意外にもおれだった。
最初、大抵の人は丈槍のテンションにどう接していいのか分からず、それ以降はあまり関わらなくなっていくことが多かったらしい。
でも、おれはその中でも丈槍との接し方を示すモデルケースになった。
その結果、クラスで色々言っていた奴は丈槍との接し方をおれを通して学び、少しずつ話してきている。
皆、心から丈槍を嫌悪していた訳ではなかったのだ。
ただ互いの心の距離を掴めずにいた誤解とすれ違いというだけだ。
そのおかげで、クラスでは俯いていた丈槍も今では毎日笑っている。
おれが丸く収めた、なんて先生は言うけど、おれは何もしていない。
ただ、自分がやりたいようにやって、それがいい結果に転がっただけだ。
そもそも、おれはそんな大した奴じゃない。
今の運動能力だって、元を辿ればミギーからのもらい物だ。
おれは、意図せずに強い力をもらってしまった『普通の高校生』にすぎないんだ。
だから、本当に賞賛すべきは丈槍の飾らない性格だと思っている。
丈槍が素直だったからこそ、早めに皆も受け入れられているのだから。
ふとそんなことを思い出しながら一人で歩いている。
いつも騒がしい自称美少女(笑)がいないせいかいつもより帰り道が静かに思える。
一抹の寂しさを感じながら、それを紛らわすために集中して些細な風や葉っぱが擦れる自然の音を聞きながら歩いていると、それは唐突に聞こえてきた。
―――助けを呼ぶ声が聞こえた。
何の前触れもなく聞こえた声を辿り、帰路から外れた公園の中に入る。
公園は2、3の街灯しか無く、公園全てを見通すには少し暗く思える。
それでも新一は自分の聴覚を頼りに声のする方向へ足を運んでいく。
助けを呼ぶ声の他にも二人、助ける声も。
しばらく歩いていくと、目的の場所に着いた。
そこでは巡ヶ丘の制服を着た女生徒が二人、砂場に座り込んで必死に砂を掘り返している。
そして、新一は既に状況を把握している。
「どうしたの?」
それでも通りすがりを装いながら、警戒されないように優しく問いかける。
急に問いかけられた二人は驚き、警戒するも同じ学校の制服を認識して安堵する。
しかし、次に浮かべたのは悲痛な、悲しい表情だった。
「あの、この猫が砂場の中に……っ!」
縋るように新一に事の惨状を見せると、穏やかな新一の顔が怒りに歪んだ。
それは、首だけが出るように砂に埋められた猫の姿だった。
猫は出ようともがいているのか、必死に鳴き続けている。
そんな痛々しい猫の姿に女生徒も泣きそうにしながら猫を掘り出そうと素手で砂を掘る。
新一も手伝おうとした時、別の方向から不愉快な声が聞こえてきた。
「おーいおいおい、ダメだよ勝手にオモチャを掘り返しちゃあ」
その声の方へ三人が振り向くと、そこには数人のチャラチャラした『いかにも不良です』って主張しているような奴らだった。
ヘラヘラと下品な笑みを浮かべての下劣極まりない言葉に女生徒の一人が憤慨した。
「こんな、生き物を虐めるなんて……信じらんない!」
自分よりも大きい男に詰め寄ろうとするも、新一は手でそれを制す。
近づけば何されるか分かったものじゃないからだ。
それでも女生徒は潤んだ目で力一杯睨み、もう一人も男たちの所業に許せるはずもなく、キっと精一杯にらむ。
それに対し、不良たちは二人の女生徒を見て騒ぎ立てる。
「おぉ! そこの二人めっちゃタイプだわ!」
「可愛いね君たちぃ。これから俺たちと遊ばな~い?」
「うわ~、滾るわー!!」
自分の鬼畜な所業もまるで無かったかのように振る舞い、挙句に自分の股間を強調するかのような下品な言動に、二人は顔を真っ赤にして怒りを露わにする。
そんなやり取りをよそに、新一は冷静に思い出した。
いつだか、ミギーが言ってたっけ。
『『悪魔』というのを本で調べたが……いちばんそれに近い生物は、やはり人間だと思うぞ』
あの時の言葉は単に統計からみた上での言葉だったはずだ。
パラサイトは本能で人間しか食べないのに対し、人間は本能とは違う、娯楽気分であらゆる種類の生物を殺して食べている、と。
ミギーのニュアンスとは違うけど、今ほどその言葉に同意せざる得ない時は無い。
パラサイトは確かにたくさんの人間を殺してきたけど、それは本能で『生きる』ためにしてきたことだ。
決して、悪意から起こした物ではない。
それに対し、目の前の奴らは自らの道楽のために、自分たちが生きるために不必要な殺生を、命の重さも知らずに平気で行おうとしている。
そんな人間こそが本当の悪魔なんじゃないかとおれは思う。
人間は他の生き物に対して必要以上に干渉し、それで『助けた』と自己満足に浸るほど傲慢な生き物だ。
他の生物からしたら迷惑に思っているだろうことをして、本人はいいことをした気になる。
そもそも、違う種類の生き物にはそれぞれの事情があって、真に理解し合える時など永遠に来ない。
それでも、おれはその『傲慢』こそが人間の美徳だと思っている。
いや、そう思いたい。
今だって、砂に埋められた猫をおれは『助けたい』と心から思っている。
たとえ助けたとしても猫からしたら無理やり砂に埋められ、また掘り出されるなど迷惑もいい所だ。
砂から出した直後に引っかかれ、噛まれ、恨み言を吐かれても仕方のないこと。
それでも、『殺したくない』と思う心が人間に残された最高の宝だと思いたいのは当然なんだ。
人間が傲慢の塊だとしたら、人間であるおれはその傲慢を通したい。
パラサイトが人間から理解されない生き方を続けるように。
おれも人間として『助けたい』心を貫こう。
「まるで盛った犬だな」
「あ?」
そのためにも、今そこにいる『悪魔』が邪魔だ。
「君たちは猫を出してあげて。後はおれが何とかするから」
「え、そんな……ダメです!」
「危ないですよ! 誰か呼びましょう!」
女生徒を下がらせ、新一は悠然と男たちの前に自ら歩み寄る。
手が出ればすぐに当たる位置にまで立つ。
「女の前でいい格好しようってか? 調子に乗るなよナヨナヨ野郎」
「お前に用はねーよ。痛い目遭いたくなかったらさっさと消えろや!」
口々に新一に罵声を浴びせながら、威圧する。
後ろにいる二人も怒号が飛び交う度に身体を震わせる。
しかし、チンピラの威圧など新一にとっては体にたかるハエ程度の物でしかない。
新一はミギーが宿った一年の間に人智を逸した激闘に身を置いてきたのだ。
生き残りをかけた激闘の果てに、究極の野生生物の代名詞と言っても過言ではない、闘争の化身である後藤との死闘をも乗り越えたのだ。
人間に対する野生の怒り、殺意を相手取った新一にとって、体格と数に物を言わせただけの威圧など蚊ほども存在感が無い。
故に、新一が退く道理などどこにもなかった。
「あんたたちは今すぐ帰った方がいい」
「あぁ?」
新一は淡泊に、それでいて丁重にお帰りいただくよう提案する。
ただ、情の欠片も感じさせない物言いがチンピラたちを苛立たせた。
「今ならまだ誰も傷付いてないし、笑い話で済む。生憎、おれは暴力が嫌いだから、そのまま帰ってもらった方が助かる」
まるで、『今ならお前たちを見逃してやる。だから消えろ』と言わんばかりの新一の丁寧口調に女生徒たちは背筋が凍った。
挑発としか思えない言い方に緊張が走る。
そして、挑発じみた提案に男たちも黙ってられなくなった。
「死ね!!」
新一の目の前にいた男が拳を振るう。
後ろから短い悲鳴が聞こえた。
もっとも、新一にとっては欠伸しながらでも避けられるノロマな一撃だった。
首だけを動かす最低限の動きで拳を避ける。
避けられた男は一瞬驚くも、新一の欠伸が出そうなやる気のない顔に激昂する。
頭に血が上った男はデタラメなパンチや蹴りを最小限の動きで苦も無く避け続ける。
周りの取り巻きも新一の動きに目を奪われ、下卑た笑みも消え失せる。
それは護られている女生徒二人も同じだった。
「ふっ!」
避ける
「このっ!」
避ける
「くそがぁ!」
避ける
渾身の攻撃全てを新一は手も使わず、その場から一歩も動くことなく避け切った。
そして、攻めていたはずの男は疲労で地面に尻餅をつく。
そんな男の姿に新一は少し焦ったように男の身を案じる。
「大丈夫かあんた? 立ってられないほどに疲れてるなら早く帰った方がいいぞ?」
新一としては急に転んだ男に、どこかケガさせたのではないかと心配で声をかけたのだが、男からしたらバカにしているとしか思えなかった。
さっきまで自分が攻めていたのに、何故、自分がこんな恥ずかしい恰好を晒しているのか?
その原因を作り出し、自分を見下ろす新一への憎しみが一気に噴き出した。
もうやり返すだけでは済まさない。
短絡的な思考と共に男は自分の上着のポケットに手を伸ばす。
そして、その様子に周りの男たちも一様に慌てだす。
「おいバカ!! それはやりすぎだ!!」
取り巻きの声も耳に入らないほどに激しい怒りがこみ上げる。
頭にあるのは、目の前で強者を気取ったすかした坊ちゃん面の男を嬲ることのみ。
そのために、ポケットの中にあるナイフを取ろうとして……
「探し物はこれかな?」
頭の中が真っ白になった。
新一が男の物と思しきナイフを手のひらで転がしながら相変わらずの口調で言う。
「こんな危ない物振り回しちゃダメだろ。大怪我したらどうすんだよ」
新一の声など耳に全然入らない。
そもそも、目の前の光景が信じられない。
新一が持っているナイフと自分のナイフとは形も色合いもよく似ている。
でも、本当は自分の物じゃないのでは、と思いながらポケットをまさぐっても持っていたはずのナイフなどどこにもない。
人を脅すためだけに持っていた見せかけ、ハリボテのナイフを手放すわけがない。
それは男の唯一、最大の武器なのだから。
だから、今、手元にナイフがない理由など一つしか思いつかない。
「い、いつ盗った……っ」
「盗ったって人聞き悪いな。あんたが踊ってるときに偶然見つけて、危ないから預かっただけだよ」
何気もなく言い放った新一に底知れない恐怖を抱いた。
情けない声を禁じ得ないほどの恐怖は男に信じがたい事実を把握させた。
男が新一を殴ろうと休むことなく殴りかかっていた間にナイフをすられた。
ただそれだけのことだった。
信じがたい事実に男が歯をカタカタ鳴らして恐怖してると、すぐ近くまで近づいてきた新一に身体を震わせ、動けなくなっていた。
「これ、あんたの物だから返すな?」
自分が恐怖で固まっているのを他所に、新一が最小限の動きでナイフをポケットの中に返す。
だが、その動きも周りの取り巻き、女生徒からしたら目に留まらない早業でしかなかった。
至近距離にいる男に至っては新一がナイフを返した動作さえ見えなかった。
ただ、恐る恐るポケットをまさぐると……さっきまで何も無かったポケットから自慢のナイフが出てきた。
「……ひぃ」
もはや、男にさっきまでの威勢など微塵も残されていなかった。
あるのは、圧倒的敗北感と目の前の得体のしれない新一への恐怖……全てを捨てて逃げ出したいという気持ちしかなかった。
「ナイフは返したけど……もう一度それを使おうっていうなら、こっちももう冗談じゃ済まなくなるけど、どうする?」
ここで、初めて新一は静かに怒りの表情を顕した。
もちろん、これは本人としては最後の警告と威嚇程度で済めばいい、そんな程度の脅しをかけただけのつもりだった。
ただ、その怒りの表情は男にとって、組していた取り巻きにとっては威嚇なんかではなかった。
得体のしれない何かに心臓を掴まれるような―――絶対的強者に目を付けられた生物としての根源的な恐怖を……
「うわああああぁぁぁぁぁ! あひいいぃぃぃぃ!!」
男はしめやかに股間を濡らしながら新一から後ずさり、恥も外聞もなくその場から一目散に逃げだした。
周りの取り巻きは逃げた男の威に従っていただけのコバンザメだったのだろう。
物量差で攻めるどころか、男と同じように見っともなく逃げていく。
「ごめんなさい! 許してくださいいいぃぃ!!」
一目散に逃げていくチンピラたちの後ろ姿を新一は若干引いていた。
「えぇ……」
自分の睨みの威力に気付かず、そこまで怖かったかな、と呑気に考えながらも後ろに庇っていた二人のことを思い出し、振り向く。
「えっと、大丈夫だった?」
「「……」」
さっきまでの無感情な声は鳴りを潜め、安心させるような優しい声で問いかけると二人と既に救出されていた一匹は恐れ多そうに頷いた。
あの後、猫を救出した二人……一年後輩の直樹美紀と祠堂圭って子を駅まで送ってやる。
猫は救出した後にそそくさとおれ達の前から走って逃げていった。
無事に救出できたことができたため喜ぶべきなのだろう。
そして、最後に残ったのはおれと二人の後輩だけだった。
そのまま帰ろうかと思ったけど、辺りも暗いし、さっきのこともあったから変質者が出るかも、と危惧しておれは二人を駅まで送ってやった。
最初、二人はものすっっっっっごく丁重にお断りしていたけど、おれとしてはこのまま一人で帰るのも違うと思い、それを説明して納得させた。
祠堂も直樹も最初はおれに対してビクビク怯えていたのは少し傷付いた。
今まで、西高の友達から『お前の睨みは本気でヤバい』と言われてたのを思い出した。
あの時は友人特有の冗談かと思ったけど、今日を気に少し気を付けようと思った。
とはいうものの、帰りがてらに少しずつ適当な話をしていたら俺に対する態度も柔らかくなった。
怖がられるよりも信頼を取り戻すことの方が難しいって何でだろうな。
特に祠堂は明るく活発な子だからかよく喋る。
「泉先輩って格闘技とかやってたんですか?」
今ではすっかりおれに慣れてくれた祠堂が聞いてくる。
何となくだけど、祠堂って人懐っこいし賑やかだから丈槍とも波長合うかもな。
「いや、何も特別なことはしてないよ。普通の生徒さ」
「えぇ~、絶対嘘ですよー。あんな動きするなんてタダモノじゃない証拠ですよ」
何もしてないのは本当なんだけどな。
まあ本当のことを言うのは流石に不味いし、適当に伏せる。
「美紀はどう思う!?」
「え? 何が?」
「そりゃもちろん、泉先輩の正体だよ! 私の予想では現代に蘇る忍者の血筋と見たよ!」
「いやいやいや」
少し離れた所にいた直樹も親友に苦笑する。
「じゃあ武道家!」
「先輩、何もやってないって言わなかった?」
「ストリートファイター!」
「それさっきと変わってない」
「侍!」
「違う」
「スパイ!」
「んー、まだまともな答えだけど……」
「新生物!!」
「っ!?」
「どうしました? 先輩」
「いや、何も……」
最後の答えにはドキっとしたけどバレてはないな。
祠堂って意外と勘が鋭い?
「でも先輩って本当にどうやったらそんなになれるんですか? 只者じゃないのは間違いありませんし」
直樹が当然の疑問を問いかけてくる。
「あー……まあ色々と……」
下手な言い訳だとボロが出そうだから適当に濁す。
『君は何か誤魔化そうとすると会話がチグハグになって所々でボロが出る。だからあまり喋らない方がいい』
ミギーがいつか歯も着せぬ言い方で言ってたけど、あいつが冗談を言うやつでないことは知っている。
だから、ここはあえて濁らせる。
すると、直樹は怪訝そうに怪しんだ。
「色々……ですか。さっきの喧嘩慣れといい、ナイフを取ったことといい、先輩って実は不良だったとか?」
「いやいや、それは勘弁してくれ。おれは生まれてこの方、反抗期すらなかったのに、そんな大それたことなんて……」
そんなやましいことはしていない。
新一は自らの行為を振り返って考える。
例えば、不良と喧嘩、一度だけ抗争に巻き込まれる。
「一度も……」
三木との戦いの後、通りゆく人たちから金をすって服を買い、タダ飯を食らう。
「した覚えは……」
後藤から逃げるために車を拝借、及び爆破。
「ナイヨ」
「何ですか!? その不自然な間と喋り方は!?」
直樹からの手痛い突っ込みに自分の顔を両手で覆って隠した。
ヤバい、おれっていつの間にこんな罪を犯してしまったんだ!?
不良との一件はともかく、他のは全部ミギーだけどな!
でも、宿主はおれだからおれの責任……なのかなぁ?
天国のお母さんごめんなさい……私、泉新一は汚れてしまいました……
「さーて、そろそろ駅も近いしここでお別れかなー? ここまで来ればもう大丈夫だよねー?」
「露骨に話題を逸らしましたね……でも、先輩に助けられたことは私も感謝してますから、聞かれたくないことは聞かないようにします」
直樹は軽く笑いながら詮索を止める。
大方、冗談だと思ってくれたのだろう。
事実、もう駅も視界に入るくらいに近づいたし、話を切り上げるタイミングとしては丁度よかった。
ホームまで付いて行き、自分の帰路につこうとすると二人はおれに頭を下げてきた。
「あの、今日は本当にありがとうございました! 先輩がいなかったら私たち、どうなってたことか……」
「また後日、絶対にお礼を言いに行きます!」
力強く言ってくるけど、おれとしてはそんなこと気にしないんだけど。
「いいよそんなこと。あれはおれが勝手にやったことだし、あまり気にしないでくれ」
「そうはいきません。絶対にお礼はします。いえ、させてください!」
気にしないように言うも、直樹が食い下がり、祠堂もそれに同意してうんうん頷いている。
意外と頑固な性格におれも断る理由が無くなり、本人がそこまで言うなら仕方ない、程度で承諾した。
具体的に何をするかは決めないままそこで別れた。
色々と大変な帰宅だったけど、新しい出会いに胸を躍らせながら家へ戻っていった。
それから数日後、おれは一部の生徒から『逆らう奴は絶対殺すマン』と呼ばれるようになっていた。
解せぬ。
もうお気づきでしょうが、ここでのユキはパラサイトを察知できます。
この力はこの話において重要な力となることは必須です。
そして、もう一つの設定として『ミギーが体験した記憶は右手に宿っている』と言うものです。
これについては、以下のような設定で通しています。
ミギーは永い眠りに入る際、外界で生きるための能力は不要として新一の右手に残してきた。
その一つが、今回のような『右手の記憶』です。
これさえあれば、今回のように新一自身がやったことのないようなスリの真似事も容易にできてしまうという具合です。
そして、ここまで日常を書いたのは新一への本来のイメージを描くためです。
本来の新一は普通の高校生と何ら変わりない人物です。
それを前提とした話なので、一応書きました。
そして、次回から本編に入る予定です。
ここまで、ほのぼのとした回でしたが、次回から超パラサイト人の新一さんを出す……予定です。
まだわかりません。
それでは、またお会いしましょう!