短編を幾つか載せると言う形式になります。
活動報告でネタ募集しております。
名前や設定借りただけのオリキャラみたいなものなので、オリキャラ苦手な人はオススメしません。
「なぁ、恵比須沢って可愛くね?俺、あの子モロ好みだわ」
「じゃあコクればいいじゃねぇか」
「無理無理。どうせ俺なんて相手にされないって」
「まぁ、それもそうだな」
――ふと様子を見に来た、巡ヶ丘学園陸上部の休憩時間。俺が渇いた喉を潤すために水を飲んでいると、引退間近の三年生が彼の友人だろう青年と話しているのが聞こえた。
(やっぱり、恵比須沢は人気あるよな)
俺の在学中もそうだったよな、と少し昔を懐かしんで頬を緩める。
恵比須沢 胡桃。俺の1つ下の後輩で、現在の陸上部女子のエースとも言えるような少女だ。紫がかった黒髪をツインテールに纏めて、快活…と言うより、気が強そうな表情が印象的な女の子。
彼女は部員内でもかなりの人気があり、男達が集まって恋愛話をすると、必ずと言っていいほど恵比須沢の名前が出るほどだった。かくいう俺も、なんだかんだ言って彼女に惹かれていたのは否定できない。だが、俺は、恵比須沢とあくまで先輩と後輩としてとしか関係は築けていなかった。…だからだろうか。恵比須沢に『先輩』と呼ばれると、少しの悲しさを感じる。
もう来る必要は全くないはずの陸上部に来るのだって、彼女と話したりするのを楽しみにしていることや、ほんの少し――そう、ほんの少しだけだが、彼女との関係を進展させるため、という邪な部分があったことは自覚していた。
まぁ、勿論自分が元々部長をしていた陸上部が気になって、と言うこともあるのだが。
「休憩終わりー!集合ー!」
現部長の声がグラウンドに響きわたる。俺は下らない思考を打ち切り、スポーツドリンクが入っている飲みかけのペットボトルを置いて立ち上がった。OBである俺は、号令を掛けられたからと言ってわざわざ急いで向かう必要はない。小走りで集まる部員達に続々と追い抜かれながらものんびりと歩く。
だが、俺は不意に足を止めた。――と言うのも、この光景に違和感を感じたためだ。違和感の元を考えると、すぐにそれは判明した。
小走りで向かう部員の中に混じって、明らかに動きのおかしい者が数人いるのだ。
走るのが面倒だから歩く、というわけでもなく。そう、まるで足を引き摺っているような、そんな不自然な歩き方。――と、俺と同じくそれに気付いたのか、陸上部の男子生徒が足を引き摺って歩く男子に近付く。恐らく体調不良だろう――等と考え、その二人のことを意識から離したときだった。
痛みが混じった悲鳴。思わず弾かれたようにそちらの方向へ顔を向けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。先程、足を引き摺っていた男子が、心配して走り寄った男子の肩に噛みついている。二人の白かったTシャツが、片方は自分の血で、もう片方は返り血で紅く染まる。そんな異常な光景に唖然としていると、また別の場所から悲鳴が聞こえた。嫌な予感と共に振り向くと、女子マネージャーの首元に男子生徒がかぶりついていた。
そして、また他の場所から、悲鳴、悲鳴、悲鳴。ほんの少しの間で、グラウンドは阿鼻叫喚の地獄絵図のような有り様になっていた。
「何だよ、これ…」
言葉が、堪えきれない、と言ったように俺の口から漏れた。つい数分前までは綺麗に整備されていたグラウンドには色々なところに誰のものかも分からない血が飛び散り、先程まで楽しそうに談笑していた友人同士が、噛みつき合う。立ち込める鉄の匂いに、俺は思わず顔を歪め、辺りを見回す。
取り合えず逃げないと。そう考え、俺は当てもなく走り出そうと足を踏み出しかけて。――彼女を見つけた。見慣れた、ツインテの少女の後ろ姿。
「く、来るなよ‼」
少女――恵比須沢は今にもおかしくなった男子に噛みつかれそうになっていた。いくら陸上部のエースとは言え、壁際に追い込まれ、覆い被せられたような状態では、逃げるに逃げられない。何を言っても反応を一切しない男子に、恵比須沢はひきつった声を漏らし。そして、恐ろしいものから目を逸らすようにギュッと強く目を瞑った。
いつも強気そうな彼女の、そんな姿を見て。気付くと俺は、そちらへと走り出していた。陸上部数年間で鍛えた脚力にものを言わせ、ただそちらへと全力で駆ける。――だが。
(間に合わねぇっ‼)
俺が恵比須沢を突き飛ばすより、彼が恵比須沢に噛みつく方が早い。それに気づき、全力で駆けながらも思わずギリ、と歯噛み。俺が向かってる間も、彼は待つことなどせず。血で紅く染まっている口を大きく開き、恵比須沢の華奢な腕に噛みつこうと前屈みになっていく。ヌラリ、とだらしなく開きっぱなしの口から唾液が糸を引くのが見えた。
しかし。彼の歯が恵比須沢の腕に刺さる前に、俺は腕をその間にねじ込んだ。
(――ギリギリ間に合っ――!?)
ホッと安心したのも束の間。途端、腕に走る激痛。それを堪えるために歯を食い縛りながら、俺の腕を噛み千切ろうとする男の横っ面を思いきり殴り付ける。数度殴り付け、漸く解放された俺の腕は、肉が少し抉られていた。ズキズキ、と鈍い痛み。恵比須沢が恐る恐る、と言った様子で目を開け、こちらを見る。
「せ、先輩!?あの――」
「恵比須沢!取り合えず逃げるぞ!」
彼女の言葉を遮るように叫び、状況が分からずオロオロと戸惑う恵比須沢の手を引いた。様子がおかしい奴らを上手く避け、校舎へ向かう。コイツらは素早い動きは出来ないようで、走っているともう捕まる事はなかった。校舎の中へ飛び込み、急いで玄関の扉を閉める。息を整えようと、激しく脈打つ自分の胸に手を当てて大きく息を吐き、額に絶えず浮かぶ汗を拭った。隣では恵比須沢も同じように息を整えている。
酸素がしっかりと回っていないのか、少し痺れる腕と足をほぐすように振りながらもう一度大きく息を吐く。――だが、そんな少しの休憩時間も与えまいかとするかの様に、廊下からまた、足を引き摺って歩く男が姿を見せる。
「――っ。恵比須沢‼こっちだ‼」
俺は小さく舌打ちをすると、取り合えず逃げ場所が多そうな階段へと向かって再び走り出した。
階段を二段飛ばしで駆け上がっていると、突然俺の足が力を失ったかのようにガクン、とくずおれた。前のめりに倒れ、思わず手を付く。慌てて立とうとするが、足に力が入らなくなっていた。心配そうに、だが焦りを隠せない様子で後ろから付いてきていた恵比須沢がこちらを覗き込む。
「――先輩っ!?」
「大丈夫だ、すぐに立て――…っつ‼」
強がって気丈に笑い、もう一度立とうとしたが、やはり体には限界が来ていたのか、足は言うことを聞かず。崩れるように俺がまた倒れそうになったところを、恵比須沢が支えた。
ゆっくりと、ゆっくりと階段を着実に登っていく。そして、気付くと屋上に入るためのドアの前に俺達は立っていた。もう既に、手すらも感覚が無くなって思うままに動かせないようになってきた俺や、俺を支えるような形で階段を登り続けていた恵比須沢には疲労が色濃く見えたが、弱音を吐こうともせず。屋上に逃げるため、ドアノブをゆっくりと回す。――だが。ガチャガチャと、金属が触れ合うような音。
……鍵は、締まっていた。姿は見えないが、後ろから様子がおかしくなっていた奴らの唸り声が聞こえる。まさか鍵が締まっているとは考えてなかったようで、慌てた様子で恵比須沢はドアを叩いた。
「はーい、今開けるねー」
「待って!丈槍さん!」
中から、声。誰も居なかった、という最悪な状態で無かったことに安堵の息を漏らしながら、声を張り上げる。
「開けて!」
少し、間が生まれ。恐る恐る、と言った様子でゆっくりとドアが開いた。俺と恵比須沢が中に倒れ込むように入ると、桃色の髪の――佐倉先生がこちらを覗き込んだ。俺は慌てて今の状況を説明をしようと口を開いたが、ただ掠れた呼吸が漏れただけだった。
代わりに、と言うのもおかしいが、その時突然1つの欲求がむくむくと膨れ上がるのが分かった。
「……鍵閉めて!下はもう…ダメなんだ!」
荒い呼吸を繰り返しながら何も言わない俺の代わりに恵比須沢が佐倉先生に向かって、叫ぶかのような口調で言った。そして、佐倉先生が恵比須沢が言う通りに鍵を閉めた途端。ドアから思いきり殴り付けるような音が響く。
だが、俺は周囲で起きる、そんな事態が一切頭の中に入ってきていなかった。
あるのは、ただ、食欲。飢え。渇き。
――お腹が空いた……肉を食べたい…
俺には突然、一緒にいる恵比須沢が、とても美味しい食べ物の様に映った。そんな訳が無いだろう、と訴えてくるほんの少し残った理性を、極限までの渇きと食欲がぶち壊すのが分かる。
「先輩――?」
ゆらり、と立ち上がる俺に、心配そうに恵比須沢が手を伸ばす。
――これを食べれば…お腹…膨れるかな…
そう考えた途端、食欲を抑えきれず恵比須沢が伸ばした腕に噛みつこうと――
(――ふざけるな)
恵比須沢の肩を思いきり押し飛ばした。恵比須沢が急な力に抗えず、倒れる。
俺の思考が比較的まともだったのは、ここまでだった。そこからの俺の思考は、ただ飢えを凌ごうとするだけの、おおよそ人間のものとは思えないソレになり。
ただ。最後の瞬間。恵比須沢が何かを拒むように叫びながらシャベルを振るった時。1つだけ気付く。それは、俺が最後に聞いた彼女の声。
――――あぁ、やっぱり俺は、あくまで《先輩》のままだったんだな――――
そのことに少しの悲しさを抱きながら。俺の意識は、闇に落ちた。