武器と魔法と、世界とキミと。   作:菱河一色

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 古来より、如何なる英雄も、その暴君を止めることは出来なかった。

 だが、今日まで人類が生き延びて来ていることは、紛れもなく、勇敢に散っていった名も無き戦士たちの、立派な功績の証左である。





プロローグ
『絶巧』の軌跡


 

 

 

 それは、歴史に残らぬ死闘であった。

 

 生存者も、目撃者も皆無。誰にも語り継がれず、何者も知り得ぬ戦である。はずだった。

 

 迫り来るは、隻眼の黒竜。その身を天災とし、死を振り撒く絶対的存在としてただただ蹂躙す。

 

 迎え撃つは、歴戦の戦士たち。自ら死地に赴き、絶望を打ち砕き、災厄を祓うべく彼等は集う。

 

 巨大な黒竜と相対してなお、彼等は思わず相好を崩していた。こんなところまで、ついに来てしまった、と。

 

 五年前。世界の中心であり絶大な力を擁する大都市から、当時の最高戦力がこの黒竜のもとに送り込まれた。

 結果は惨敗。主力は軒並み息絶え、その戦力を有していた組織は事実上の解散を余儀無くされることとなった。

 黒竜もその戦で片目を失い隻眼となった。しかし、それだけである。撃滅に至らなかった時点で、それは敗北と同義なのだ。

 

 人々は絶望する。最強と名高かった英雄たちでさえ成し得なかった大業。彼等が出来ず、一体誰が完遂できようか。誰もがそう思った。

 それは、黒竜の咆哮を間近で受ける彼等も同じであった。だが、彼等の想いには()()()()

 

 

 

 一人の青年が剣を掲げ、声を張り上げる。

 

 その鼓舞を受けた者は、誰であろうと全身に英気を漲らせ、心に希望を抱く。

 こいつがいれば、或いは、と。

 

 

 

 

 

 青年が飛び出すと同時に、そこにいた全員が一斉に散開し、世紀の一戦が幕を上げた。

 

 正面から迷いなく突撃してゆく青年を囮に、左右から俊敏な狼人(ウェアウルフ)の男と小人(パルゥム)が飛び掛かる。

 対して黒竜は右腕を持ち上げその鋭利な爪で小人(パルゥム)を引き裂き、その体躯を揺らすだけで狼人(ウェアウルフ)を弾き飛ばす。そして上がった右腕を正面の青年目掛けて振り下ろした。

 身体を捻り、青年は辛うじて回避する。飛ばされた狼人(ウェアウルフ)も無事に着地するが、なんでもないように対処されたことに、彼等は歯を軋ませた。

 

 たった一度の交錯で、黒竜の途方も無く高い潜在能力を察した彼等は、一段と警戒を強める。

 仲間の死を、悼む暇など、ない。

 

 そして、黒竜の背後に回り込んだエルフを筆頭に、等間隔に黒竜を囲んだ三人の魔道士が詠唱を開始する。

 迷いもなく黒竜は斜め前の魔道士に向け突撃する。しかしその挙動は読まれていた。

 即興の術士に化けていた人間(ヒューマン)の女性は、掌から眩い光芒を黒竜の眼に向けて放ち、視力を一時的に潰すと、速攻で離脱する。

 一瞬、視界を奪われた黒竜は奇襲を受けまいと暴れまわる。その隙にもう一人の魔道士が移動阻害魔法を掛け、少しおいて、最初に詠唱を始めたエルフの魔法が炸裂した。

 

 極大の雷が、黒竜の背に直撃する。鼓膜をつんざく轟音、目もくらむほどの雷光が戦士たち諸共黒竜に襲いかかった。

 

 しかし、背の表層が焼け焦げただけで、黒竜自体へのダメージはそう大きくないように見える。それでも、確実に黒竜の生命を削っているのは確かだ。

 

 戦士たちは折れずに、ひたすら黒竜に立ち向かってゆく。

 

 

 熾烈を極める激戦は、次第に加速する。

 

 青年が黒竜に剣を突き立てる。

 

 黒竜の尾が数人を薙ぎ払う。

 

 人間(ヒューマン)の槍が黒竜の鱗に弾かれる。

 

 黒竜の吐く炎が盾を構えるドワーフに直撃し、背後の術士諸共吹き飛ばす。

 

 猫人(キャットピープル)のナイフが黒竜の脚に裂傷を刻む。

 

 黒竜の顎が猪人(ボアズ)の胴体を噛み砕く。

 

 人間(ヒューマン)の男性が渾身の上段蹴りで黒竜の腕の軌道を逸らし、懐に飛び込む。

 

 黒竜は翼を羽ばたかせ、群がる戦士たちをまとめて後退させる。

 

 

 

 

 圧倒的な力の前に為す術もないはずだった彼等は、黒竜が如何に恐ろしいかその身で実感してなお、無残に散ってゆく仲間を見てなお、その瞳に力を宿らせ確かに立ち向かってゆく。

 

 この戦場で同胞の大半が絶命することになるだろう。それでも、彼等は逃げない。止まらない。退かない。その足が地に縫い止められることはない。

 

 どのみちここで黒竜を退かせない限り、この暴虐の王は各地で破壊の限りを尽くすだろう。他の選択肢など、端から示されてすらいないのだ。

 それだけではない。彼等には、今も必死で黒竜の正面に立って一人敵愾心を高めている、一人の青年がいる。

 その青年はいつでも彼等の先頭に立ち、皆を引っ張る役目を果たしてきた。ここにいる誰だって、あの青年がいたから戦ってこれたのだ。どんな絶望的な状況でも諦めずにいられたのだ。

 

 だから、彼等は何度でも、何度でも立ち上がれる。

 

 

 

 

 

 黒竜の腕の一撃により、青年の右腕が千切れ潰れる。

 青年の足運びが不安定になる。肩口から鮮血が吹き出す。左手で抑えるも、勢いは止まらない。

 それまで気丈に注意を引きつけ続けたその疲労は計り知れない。青年は意地でもその場を離れまいとするが、犬人(シアンスロープ)の男性に回収され、小人(パルゥム)の女性とハーフドワーフが代わりに黒竜の正面に立つ。

 

 一旦戦線を離脱し、ハーフエルフの男性による治癒魔法で止血と応急処置を受けたと思えば、青年はすぐさま復帰しようとする。

 その端正な顔を歪めながらも、いまも戦い続ける仲間たちを慮って駆け出す彼を、止められる者はいなかった。

 

 戦闘はすでに、始まってからかなりの時間が経過していた。集中が途切れがちになり、戦闘不能に追いやられる人数がじわじわと増えていく。このままでは敗北するのは目に見えている。

 だが黒竜の方もまだ余裕があるとはいえ、かなり消耗していることは確かだ。知能が高いなら撤退も頭をよぎる頃合いだろう。

 

 決着の瞬間は、刻一刻と近付いていた。

 

 

 

 強大な敵を相手にするときは魔道士、つまり魔法が主攻を担うことになる。しかしよほどの使い手でない限り、並行詠唱などという曲芸じみた技能は使えない。つまり誰かが彼等より高い敵愾心を稼ぐか、彼等を護るか、両方かをしなければ、魔道士は攻撃を繰り出すことができず、戦闘は果てしない泥沼と化してしまう。

 

 だからこそ、それができる青年は最前線で敵を引きつけ続けなければならない。

 片腕が潰されようと、青年は自分がすべきこと、できることのみをひたすらに考えていた。

 

 青年が前線に復帰したのは、ちょうど小人(パルゥム)の女性が黒竜に弾き飛ばされる瞬間だった。ハーフドワーフと交代し、再び黒竜と睨み合う。

 その光景を受け、機を見るに敏、散り散りになり生き残っていた魔道士たちは一斉に捨て身の全力詠唱を開始する。

 先ほど割とまともなダメージを受けたときと同じ展開だと気付いたのか、黒竜はすぐさま魔道士たちが描く円から逃れるため動きだそうとするが、その進撃を、青年は正面から受け止める。

 

 ここが分水嶺だと悟った戦士たちが次々に、黒竜の動きを止めるため、死に物狂いでその進路を塞ぎにかかる。

 

 爪に切り裂かれ、脚に踏み潰され、翼に打ちつけられ、魔道士を狙うブレスをその身で受け、死にゆく仲間達の名を叫びながら、青年は涙を隠さず、全身全霊をもって黒竜の歩みを留める。

 

 

 悲しくないわけがなかった。これまでずっと一緒に過ごしてきた大切な仲間が、何も言わぬ肉塊に成り果ててしまう瞬間を見ていたいはずがなかった。

 

 

 

 許せるはずがなかった。黒竜も、仲間を死なせないでいられるだけの力がない自分も。

 

 

 

 

 

 負けるわけには、いかなかった。

 

 

 

 

 魔道士たちの詠唱が完了する。

 

 しかし、文字通り命を張ってくれた前衛たちの離脱を待つことは出来ない。彼等の無事を祈りながら魔道士たちは限界まで魔力を注ぎ込んだ魔法を放つ。

 

 精神疲弊(マインドダウン)で倒れゆく魔道士たちに向け、黒竜は再三、炎弾を吐き出す。もう、盾になれるような人員は、いない。

 道連れだと言わんばかりに魔道士全員を消し炭に変えた黒竜に、全てを賭けた、彼等の魂の一撃とも言える魔法が同時に着弾する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閃光。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 回避など間に合うはずもない。幸運な者は凄まじい衝撃波に空を飛び、あらゆる部位を地に打ち付けながら転がり、ぼろ切れのようになりながらも、なんとか一命を取り留めた。

 

 そこらじゅうに砂埃が舞い、視界が効かない。他の生存者がいるかどうかも、黒竜がどうなったかも不明だ。

 

 黒竜がいた場所には、天まで届くほどの炎柱が立ち昇り、空気には紫電が迸り、地面は凍りついて、地獄の様相を呈していた。

 

 不意に聞こえた、腹の底にまで響くような音、いや、声。決して風などではないその死の足音に、身体が固くなる。心が恐怖で満たされる。

 

 砂埃が晴れ、視界が開ける。先ほどまで戦場であったそこには、こと切れた仲間達の亡骸。そして、いまだ力強く、君臨し続ける隻眼の黒竜。

 

 

 まだ、足りないのか。

 

 

 これでも、届かないのか。

 

 

 こんなやつに、勝てる筈が。

 

 

 

 

 

 それでも、青年は立ち上がる。

 

 それは、蛮勇ではない。無謀である筈もない。

 

 左手に大剣を携え、肋骨が幾つか折れているだろう腹に力を込め、ボロボロの脚を踏ん張り、まだ死んでいない、鋭い眼光で宿敵を射すくめる。

 

 

 その勇ましい様は、まさしく英雄。

 

 

 まだ生き残っている仲間達の視線が、青年の背に注がれる。もう戦闘続行が可能な人員が他にいないことを感じとった青年は、彼等の方へ振り返った。

 

 

「今まで、ありがとな。ここで、お別れだ」

 

 

 彼等は、そんな言葉は聞きたくなかった。

 

 生存者たちは無力を恥じ、悔み、憎む。結局、最初から最後まで、助けてもらってばかりで、彼に何も返せていない。

 

 青年はゆっくりと、黒竜に向けて歩みだす。

 

 必死に立ち上がろうとする。彼を追おうとする。彼と共に戦おうとする。彼の力になろうとする。

 

 しかし、叶わない。

 

 

「じゃあな。また、どこかで」

 

 その言葉を最後に、青年は黒竜を目掛け駆け出してゆく。

 

 彼等は、その後ろ姿を捉えながら、悔し涙を流しながら、意識を失っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼等が目を覚ますと、もうそこには、青年も、黒竜も存在しなかった。

 

 

 

 その後、青年の姿を見た者はいない――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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