武器と魔法と、世界とキミと。   作:菱河一色

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 差異の淵源は、何処に在るのだろうか。

 全知全能の創り手に依らないとしたら、何処に。





第九話 才能と凡人と

「正直に言うと、ツカサくんには経験が足りないと思うの」

「踏んだ場数が少ない、ってことですか」

「そうそう。ここに来るまでまともに戦闘したこともなかったんでしょ?」

「まあ、ダンジョンに入って初めてモンスター見ましたからね……」

 

「平和なことは望ましいんだけど、冒険者になるっていうなら話は別。探索系【ファミリア】への入団希望者は、ほとんどが腕に覚えのある人だっていうのは知ってるよね?」

「ギルドで聞きました。やっぱり見所がないと入団に不利だって」

「仕方ないことではあるんだけどね。元から強い人は即戦力になるし、なにより育成が楽だし、【ファミリア】側だってプラスになる人材が欲しいし」

「じゃあ、俺はスタートラインが他の大多数よりかなり後方にあるってことですよね……」

「それはそうなんだけど、最初から強い方が有利、なんて決まっているわけでもないんだよ」

「どういうことです?」

 

「冒険者って、【経験値(エクセリア)】と【ステイタス】制度のお陰で随分早く成長するでしょ? でもそれは、素材が良ければ成長が早くなるわけではないの」

「え、でも才能とかは大いに関わってくるって聞いたことありますよ?」

「もちろんそれもあるよ。そうね、【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインさんは知ってるよね?」

「Lv.2へのレベルアップの最短記録保持者(レコードホルダー)ですよね」

「うん。彼女は実際才能がある。でもね、才能があってもレベルアップができない子も、たくさんいる。その違いはなんだと思う?」

「環境……とかですか」

「もちろん、それも大事、なんだけど、一番大切なのは、『意志』なの」

 

「『偉業』達成のための?」

「レベルアップに必要なのは、神々が認める『偉業』っていうのは当たり前の話だよね」

「そう、ですね」

「そのときに『意志』が要るのは当然のことだけど、それ以外の、通常時でも必要になってくるの」

「普段から『偉業』を意識するよう努めるってことですか?」

「そこまでいかなくてもいいけど、ずっと上を見上げて、向上心を持って当たらないと駄目、ってこと。上層階でゴブリンとかを狩っているだけで、レベルアップが許される段階にまで【ステイタス】を伸ばすのは至難の技よ」

「そもそもレベルアップ自体に挑戦できない、と」

 

「【ステイタス】の伸びに伴って、段々上がり幅は短くなっていくけれど、それはその分上質な【経験値】を必要としているからなの。格下相手に無双するだけってのは経験として数えられなくなる、ってことだね」

「レベルアップに、より高い次元の【経験値】が必要なことは知ってましたが、それは初耳です。つまり普通に【ステイタス】を伸ばすためにも、ある程度の、所謂『冒険』が要る、と捉えても?」

「……少なくとも、私はそう思う。まだ降りてきて間もないから何と無くではあるけど、私が見た限りだとそう推測できるの」

「それなら成長率にも、頭打ちの理由にも一応の説明が付きますし、まああながち間違いとは言えないのではないかと、俺も思いますが」

 

「ありがと。それで、この仮説が正しいなら、そのレベルでこれ以上は本当に望めないよ、って状態のことが『頭打ち』に該当することになるの」

「自分が、その次元での最高状態になって初めて、レベルアップのための【経験値】を積めるようになる、ってことですか」

「所詮理想だけどね。実際にはそこまで行くことの方が大変だろうし、そうでなくとも、仲間と協力すればいい話。それに、レベルアップのための【経験値】はちまちま貯めていくものだし」

「劇的じゃなくても、地道にでもいいんですか」

「もちろん。そうでなきゃすぐに死んじゃうよ」

「で、ですよねー……」

 

「そういうことで、『意志』は大切なの。でも、そこに落とし穴があるんだ」

「落とし穴?」

「向上心を持つということは、現状に満足せず、常に自分を高めていこうという志を持つこと、ともとれるよね」

「まあ、その通りだと思います」

「だから、ちゃんと自己分析ができて、反省を次にしっかり活かせる人はすぐ強くなっていく。ヴァレンシュタインさんなんかはいい例ね」

 

「……でも、大半の人たちはそうもいかない?」

「あー、その、言っちゃうけど、探索系の【ファミリア】に即戦力で入るような人たちって、自分に自信があってここに来るわけじゃない?」

「確かに、そういう人じゃないとなかなかやっていけないでしょうし、大手に所属できる人なんかはそこら辺顕著ですよね」

「自分を高めるために来ました、とかならいいんだけどね。大抵は自分の強さがどこまで通用するか、ってことに挑戦する気持ちで来るらしいの」

「……それが落とし穴、ですか。(まさ)しく『井の中の蛙、大海を知らず』、と」

「『されど空の蒼さを知る井の中の蛙、大海知らねども花は散りこみ月は差し込む』。他の場所でならそれでいいんだけど、ここオラリオでのみ、そんな意気込みではまず通用しない。他とは違って、上級冒険者がごろごろいて、第一級まで存在する。そんな魔窟に、自らへの過信を抱えて入ってきたりしたら」

 

「まず間違いなく潰れる……。上を見上げて絶望するか、無理に焦って無茶して死ぬ」

「正解。弱さを自覚して、謙虚に向かい合っていけないと、器の昇華は成し得ない。私は、そういうことを『向上心』って言うんだと思うの」

 

「成る程、「冒険者は冒険してはならない」ってのは、そこら辺から来ているのかもしれませんね」

「その点は、うちの子(ツカサくん)なら大丈夫だって信じてるよ? それに、子供(きみ)たちが【神の恩恵(ファルナ)】を受けとる時の、初期の【ステイタス】はみんな同じだから、伸び代っていう可能性の所でも、実は地味にアドバンテージを持ってたりするし」

 

「あ、そうか。【神の恩恵】は飽くまで「効率的に成長させる力」であって、際限なく強化していけるわけじゃ、ない」

「冴えてるね。そう、きみが察したように、理論上は「最初は弱い人」の方が結果的に強くなりやすい、なんてことになる。確信は、持てないけど」

「いえ、筋は通ってますし、納得できます。ちょっと自信もついてきましたし」

「それなら良かった。これで、ツカサくんに足りないのは、経験、つまり技術だってことはわかったね?」

「はい」

 

「なら話は簡単。自分だけで考え続け、常に上を目指すか、誰かに教わるか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単、だったらよかったんだけど、ね。ごめんね、ツカサくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、第三階層。今日も地下なのに煌々と照る明かりが眩しいぜ。

 

 本日の講師を務めていただくのは、【ヘリヤ・ファミリア】のトルド・フリュクベリさんです。

 この道五年目、俺と同じく一切の戦闘経験がない状態からのスタートを切り、先輩に倣って知識と経験を積み上げ、感覚を養うことで順応を果たした冒険者の一人だ。

 

 実際、トルドはLv.1の中では強い方だと思う。【ステイタス】を教えてもらったわけではないが、戦闘を観ていると、確かにそう感じる。

 上層のモンスターに対し、多対一でもほぼ無傷で制圧するだけの胆力、キラーアントやウォーシャドウなどの厄介なモンスターの急所を狙い、一撃で確殺できる技術、二本のナイフを主とし、また体術も適度に使い熟す多才さ。どれをとっても今の俺とは比べものにならない。

 このLv.1同士の差さえ圧倒的に思えるのに、さらにその上など、現時点では想像もつかない。つい先日のパンテオン・アブソリュート氏を参考にしたとして、彼らと俺との間にとんでもない開きが存在することが辛うじてわかる程度だ。

 

 しかし、トルドは否定する。

 

「ボクは強くないっすよ。それは、ボクより強い人を見れば一目瞭然なんす。器用貧乏にもなりきれないボクは、ただ優柔不断なだけ」

 

 土を踏む音が乾いて響く。彼の声は壁に、床に、天井にぶつかり様々な方向から主張する。

 

 謙遜もいいところだ。勿論、何も知らない側からしてみれば。

 

 迷宮都市オラリオでは、他では十分に通用する強さの物差しの一切が効力を発揮しなくなる。国家規模を超える戦力をいち【ファミリア】が有していたりと、まるでスケールが違いすぎるのだ。

 手強いモンスターを生み出し続けるダンジョン。それがない都市外では、そもそもレベルアップのための【経験値】を貯めることができる機会があまりない。そのため、Lv.3に到達できれば、飛び抜けた強者であると捉えられる。

 

 しかし、それが英雄格の人物であったとしても、ここでは第二級冒険者。掃いて捨てるほどとはいかないまでも、けして珍しくない。強さだって中の下くらいしかない。

 せめてそれくらいであればいいものの、掃いて捨てるほどいるようなLv.1では、強いなんて称されるべきではない。そう、言いたいのだろう。

 

「優柔、不断?」

「才能がないことなんて、最初からわかっていたはずなのに、色々やろうとして全部中途半端に終わってるんすよ。ボクのナイフ術だって、この前のセブランさんの方がずっと巧い」

 

 対になっている二本のナイフ――「双月ノ弍」をどちらも逆手に持ち、軽く振ってみせるトルドの口元には、諦めを孕んだ曲線が描かれている。

 

 二振りのうちの一つ、上弦の弍を、初速度を大きめに袈裟斬りの軌道に乗せ、勢いのまま回転しつつ突き出す形の蹴り。

 

 出した脚を鞭のようにしならせ、踵から地面に落とす。その足に重心を移動、上体を前方に傾けながら、もう一方の手に握られている下弦の弍で刺突。

 

 全ての動きを滑らかに行う姿は、演武か何かの役者のよう。

 極度に平和ボケした世の中でこれまで生きてきた身としては、一体何が悪いのか、何が足りないのかわからない。

 

 そもそも、現世とこの世界とでは「強さ」そのものの次元が違う。

 個として実力者と評されても、こちらでは有象無象の域を出ない。史実の英傑たちでも、最高でもLv.3といったところだろう。

 

 それほどまでに【神の恩恵】とは凄まじいモノで、また残酷なモノであるのだ。

 

「まあそんなわけで、ボクから教えられることはそんなにないっす。でもここは先輩として、友人として。できる限り協力するっすよ」

「ありがとう。正直、助かる」

 

 俺みたいな素人が我流で鍛錬しても、すぐ壁にぶち当たるだろうし、挫折するだろうし、死ぬだろう。

 その他諸々のことを考えても、「戦乙女(ヴァルキュリヤ)同盟」の【ファミリア】らがなければ、ここまでうまくいくことはなかったと断言できる。

 

 本当、ブリュンヒルデ様さまさまだ。

 

「ところでツカサ、ボクたち戦闘経験皆無組はまず、何から学べばいいと思うっすか?」

「そうだな……武器の扱い、防御の仕方、敵の情報収集……あ、地形の把握か?」

「どれもそうなんすけど、やっぱり一番は、間合いの測り方だと思うんすよ」

「間合い」

「そう。攻撃は当てなければ意味はない、躱せるなら防御は必要ない、勝てるなら情報は価値がない。例外はもちろんあるっすけど、生き残るためにはそういう「常識」に慣れなければならないっす」

 

 トルドは、上弦の弍を真上に放り投げ、回転するそれを見ずに片手で捕る。一瞬でもタイミングを逃せば大怪我を負いかねない、危険なジャグリング。

 

 そんな「当たり前」も、俺には出来ない。

 

「戦闘には欠かせないスキルっす。最初から強い人たちはみんな、勝手に身に付いてるらしいっすよ」

「日々を修羅の中で生きている奴らはやっぱり違うねえ」

「でも、その方がいいとは限らないんす」

「どういうことだ?」

 

「闘争の内にいつの間にか習得するのと、意識して身体に染み込ませるのとはまた別の話、ってことっす」

 

 感覚的に時間をかけるより、理論的に、そして反省的に回数をこなす方が効率が良い、とトルドは語る。

 

 行動が習慣になり、意識が無意識に変わるまでには膨大な期間を要する。しかも移行中は、不安定で危険な戦闘を常に強いられることになってしまう。

 それよりかは、意図的に学び、計画的に経験を蓄積していった方がいい、ということだ。現世風に言うなら、理論派のデータ使いになれ、ということになるだろうか。噛ませになりがちなポジションだ。

 

 敵の動きを知り、自分の動きを知り。自分の攻撃範囲を知り、敵の攻撃範囲を知り。肌に染み込ませるのではなく、脳の皺の一つと刻む。『意志』を持って成長する。

 

「じゃあ、ダンジョン内のモンスターと戦ったことのない状態からなら、俺たちみたいな奴の方が順応速度が早いってことか」

「嬉しいっすよねえ。現実がそうなら、っすけど」

「現実には、違う、のか?」

 

「そこら辺を丸無視して、ボクらをあっという間に追い越して行くのが「才能」溢れる人たちっすよ」

 

「…………」

「そんなに暗い顔することないっすよ。ボクたちはボクたちなりの方法で強くなればいいんす。ほら、今日の敵がお出ましっすよ」

 

 曲がり角の奥から、二匹のコボルトが姿を見せる。

 

 今日は、こちらから強襲することはしない。いつもは、先手を取り主導権を握るために、即接近しているのだが、こうして待ち受ける側になってみると変な感じだ。

 二、三歩ほど後退し、一応紅緒に手を掛けておく。

 

 二本のナイフを弄んでいた手を止め、一人の冒険者は臨戦態勢を整える。纏う空気は一変し、穏やかだった眼は鋭い眼光を放つ凶器と化す。

 

『グオォォォ!』

 

「それじゃ、ボクの戦闘を観ていてほしいっす」

 

 二匹のコボルトが、余裕を見せるトルドに揃って襲いかかる。

 

 鋭利な爪を用い、身体に裂傷を付けようと腕を振りかぶる一匹、喉元に食いつき、噛みちぎろうと大きく口を開く一匹。

 

 対してトルドがとった行動は、半歩横にズレるだけの、立ち位置の微調整のみ。

 

 しかし、結果、見事に爪撃は空振り、牙は虚空を食むだけに終わる。

 

 紙一重。

 

 漫画やアニメなどでよく目にする、見事な回避に付される形容詞は、読んで時の如く紙一枚程度の距離で攻撃をやり過ごす高等技術を示す。

 

 それは、決して簡単なことではない。

 

「重要なのは、臆病にならないことっす。被弾を恐れる気持ちはわかるっすけど、怖がっていたら動きが大仰になるし反撃に繋がらなくなる」

 

 体勢を崩したコボルト二匹を押して下がらせるトルドは、彼の経験に基づく、彼なりの論を展開する。天才には理解出来ない、凡人の心得。

 

 再開される戦闘は、またコボルトがトルドに飛びかかるところから始まる。

 

 今度は、時間差で爪を振るい、一匹が大振りな攻撃を繰り出した後に、もう一匹がすかさず追撃に走る、というような行動をとるコボルト。

 

「慎重なのはいいことっす。でも怯えてはいけない。恐怖と親しい友人になるんす」

 

 膝を折り、腰を落とすことで上段からの切り下ろしを避け、顔面を狙う突きと同じ速度で上半身を反らし、一定の距離を保ったままコボルトの腕を突き出させる。

 

 的を追いすぎてつんのめった形になったコボルトの腕を払い除け、トルドはやっと反撃に出る。

 

 折っていた膝を使い、勢いよく前方に飛び出す。

 

『ガッ……』

 

 意表を突かれた二匹は、さしたる反応も出来ずに喉元にナイフを喰らうこととなった。

 

 トルドが同時にコボルトの喉を切り裂き、戦闘は終了する。

 

 

 五年かけて積み上げたそれは、()()()()()()

 

 

 コボルトの腕と爪の長さを見抜き、その攻撃がどこまで届くか見極め、範囲外ぎりぎりでやり過ごしたのも、避けきれることを知っていて、身体を反らすだけで済ませたのも、全ては経験の賜物。

 反射で躱すのではない。培った感覚と、覚えられる限りの情報と、それまでのあらゆる戦闘を駆使して躱す。

 

 普通に戦うだけなら、そこまでする必要はない。

 ある程度の経験と、ある程度の集中をもってすれば、コボルトごとき無傷で斃せるだろう。俺だって二体相手なら楽に撃破できる。

 

 しかし彼はそうしない。

 

 自分が弱いことを最大限に理解し、莫大な時間をかけて備え、整え、万に一つの事態も起こらないことを当然とするべく努力する。

 

 それがトルド・フリュクベリの回避術であり、流儀(スタイル)

 

 

「……とまあ、こんなもんっす。少しは何かの参考になったっすかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【カーラ・ファミリア】本拠(ホーム)、服飾店兼鍛冶屋、「星空の迷い子」は今日も盛況である。

 

 時代を先取りするファンシーな服、ひらひらがたくさんついた服、色合い鮮やかな服、可愛らしい服。

 とにかく服、服、服。そして女性客。

 オラリオの北北東に位置するこの店は、主に女性一般市民に人気だ。とてもあの荒々しいお方が主神の【ファミリア】が経営しているとは思えない。

 そもそも【カーラ・ファミリア】の団員のほとんどが女性で構成されていることもあり、店員も女性のみで、店内は非常に姦しい。毎回入店するたびに過剰な心労に襲われる。

 

 もちろん、服を買いに来たのではない。俺は中身も外見も男だし、ヒルダさんに頼まれたって一人では来る度胸もない。

 目的は店舗の奥の扉の向こう、鍛冶屋の部分の方である。

 

 やけにいい匂いがする華やかな衣類の森を無事に抜け、無骨な扉を開けた先には、打って変わって色気の欠片もない空間が待ち受けている。

 鍛冶場と、住居スペースに続く二つの扉以外の壁はほとんど黒い棚に覆われていて、そのどれもに所狭しと武具防具が並べられている。それでも足りないのか幾らかは床にある箱に入っていたが。

 他にあるものは、くすんだねずみ色の小さなカウンターくらいだ。その向こうに、まだ幼さを残す少年が座っている。

 

 エルネスト・ソル。

 

 ここ【カーラ・ファミリア】において唯一の男性団員であるヒューマンだ。職人風の飾り気のない服に、一見無造作に切られた頭髪。こちらの店舗の店番は、大体彼が受け持っている。

 まだ十五ほどの年齢であるにも関わらず落ち着き払っており、そこらの大人より大人っぽい。それは女性ばかりの場所で生活しているために身についた処世術とかだろうか。

 

「こんにちはー」

「どうも、ナツガハラさん。防具ですね?」

「ものの見事にウォーシャドウにやられちゃって。あれ完全にフラグだったよ」

 

 前に、ここで防具を買ったときに、店員のキッカ・カステリーニさんに言われた通りにしっかり裂かれたレザーアーマーを取り出す。

 

 腹部や腕部に細い切り傷が結構あるが、やはり肩部の大穴が目立つ。

 

「これは……買い替えた方がいいですね」

「やっぱりそうなるか。まだ使いたかったんだけどな」

「武器のための節約ですか? 大変ですね」

「うん、まあ。初心者が下す判断じゃなかったとは薄々思ってきてるけど」

 

「別に、悪い選択じゃあないと思いますよ?」

 

 カウンターを出、レザーアーマーが吊るしてある一角で立ち止まったエルネスト君は、ぽつりとそうこぼす。

 前回俺が買ったものとほぼ同じものを取り、何枚ものレザーアーマーを掻き分け更に他のものを探しているその体躯は、そう大きくない。

 

「初心者は、金銭的なことも戦闘効率的なこともあって、最初に選んだ武器が、その後メインに据えられる確率が高いんです。一番馴染むから、って。一番使っていたのがその系統なんだから、当たり前でしょう」

「それは、なんとなくわかる」

「大手なら適性をみてから選ばせてもらえたりもするんでしょうが、俺に言わせてみればそれでも足りません」

「足りないって、期間が、ってことか?」

「そうです。ずいぶん上達してから停滞し、それから一切伸びなくなる人もいる、だからって他の武器に手を出そうとしても、今まで使っていた武器の感覚が身体に染み付いた状態では、ゼロからどころじゃない、マイナスからのスタートになっちゃうんです」

 

「どこまで伸びるかはわからない、限界までいかなければ気付けない。でも、その時はもう遅い、と」

「はい。だから、ナツガハラさんの選択はそんなに悪くはないと思うんです。本来、もっと、いわゆる「お試し期間」をとらないといけないんですよ。普通は」

「普通は、か。なんか引っかかる言い方だな」

「それを必要とせずに強くなっていくのが「才能」のある人たちですからね」

「ここでも「才能」か……」

「ま、それはそれとして」

 

 十五といえば、現世ならちょうど中学生と高校生の中間くらいの年齢。

 

 背丈が伸びる時期は、人それぞれだ。ずっと等速で伸び続ける人もいれば、あるとき一気に伸びる人もいる。だがどちらも大体中高生のうちに迎える。第二次成長期とは、そういうものである。

 しかし、俺が知っているのは現世のそれ。中世ヨーロッパ風のこの世界では当然、そんな常識も変化してしまう。

 現代では、今でこそ平均寿命も延び、平均身長もまた伸びているわけだが、それは栄養状態の改善と科学、医療技術の発展の賜物であるわけで。現世とはまた違った文明が栄えているこの世界では、事情が異なるのだ。

 

「体格だとか、ぱっと見の格好良さとかで決めると後々後悔するかもしれませんよ、ってことです」

 

 要するに、まだ希望は捨てたものではないが、彼の身長に関してはあまり期待ができるようなものではない、ということだろう、か。

 

「…………」

「あ、俺はまだ諦めてませんから。二十歳になって急に伸びた親族がいるんで。牛乳やらの乳製品も積極的に摂るようにしてます」

 

 辛気臭い想像をしていたのは、どうやら俺一人だけだったようだ。ちょっと申し訳ない。

 この世界での、そういった常識的なことも、ノエルさんから資料を借りて学ぶべきだろう。いや、ここはいっそオルタンシアさんとかの方がいいだろうか? まあ、それはまた今度として。

 

 

「背を伸ばしたいなら、そういうのより肉とか魚、卵を食べるといいぞ。チーズもな」

「……え」

 

 摂るべきはカルシウムではなく、たんぱく質だ。何かの雑学で読んだ。現代の研究成果なのだがそれだけは伝えてあげておきたかった。

 

 

 

【エイル・ファミリア】で聞いた話と違いますよ、いや実際はそうなんだよ、などと当初の目的を忘れ身長談義で盛り上がっていると、奥の二枚の扉のうちの一つ、鍛冶場の方からシーヴさんが姿を現す。

 

「俺の村でも効くのは牛乳とかだって――」

「本当のことを言うとそれらは骨を強くするだけで伸ばす効果はだな――」

 

「……何してるの」

 

「そういえば接客中だった!」

「えっ、あっシーヴさん⁉︎」

 

 ジト目で俺たちの暴走を止めてくれたシーヴさんの格好を確認し、俺は思わず目を逸らした。

 

 今まさに焼き入れからの仕上げでもしていたのか、髪は背中で纏められていて、いつもの和服でなくつなぎのような作業服を着ている。

 

 

 ()()()()はいい。

 

 

 暑かったのか、その作業服の()()()()()()()()()()のだ。黒いスポーツブラのような下着を身につけてはいるものの、大量の汗をかき火照った艶かしい肢体は俺みたいな奴には目に毒だ。そこにいつもよりずっと頻繁にぴこぴこ動く狼耳の微笑ましさよ。キュートさとエロスが混じり合って混沌(カオス)と化している。本当に。

 

 でも案外シーヴさん胸あるんだなとか、そんな格好でも綺麗だなとかああああ何考えてんだ⁉︎

 

 とりあえず俺は死んだ。

 

「……?」

「シーヴさん、こっちに出るときは服装、ちゃんとしてくださいって何度も言ってるじゃないですか」

「ツカサだから、いいかなって」

「知り合いでも知り合いじゃなくてもダメなものはダメなんです! さあ早く」

「……暑いのに……」

 

 ごそごそ、という衣擦れの音を無心になって聴く。心臓に悪いよまったく。

 しかし、下着と水着で布面積はそう変わらないのに、なぜ下着を見るとこうも慌ててしまうのだろうか。水着でもキョドるけど。

 

「ナツガハラさん、もう大丈夫ですよ」

「ああ……ありがとう」

「俺も、その反応してました。最初は。慣れって怖いです」

 

 妬ましいやら羨ましいやら。でもそんなことを言ったらヒルダさんに怒られるからやめておく。

 不満げなシーヴさんはちゃんと上下を作業服で固めていた。これも嬉しいやら悲しいやらだ。

 

「もう出番ですか?」

「そう。でも、ツカサの買い物がまだ? なら待ってる」

「わかりました、では後で。……お待たせしましたナツガハラさん」

 

 エルネスト君がこちらに向き直るが、すごく脱ぎたそうにするシーヴさんが気になる。そういうの気にしない人だったのか……。

 

 何はともあれ、前回俺が買ったものとほぼ同じレザーアーマーと、それより耐久力も値段も少し高いレザーアーマーをそれぞれ片手に持ち、エルネスト君は営業スマイルを浮かべた。

 

「どちらにします? それとも別の、もっとがっちりした鎧とかも試してみます?」

「あー……、フルプレートとか? そういうのは値が張るだろうしいいよ。金は武器の方でかなり使うだろうし」

 

 俺にはこれ以上軽装にするという選択肢はない。そもそも普段着でダンジョンに突っ込む主人公とか、水着並の露出度のアマゾネス姉妹とか、そういった原作キャラの方がぶっ飛んでいるのだと言いたい。フィクションって怖い。

 現実でそんなことができるわけもない。俺は強くもないしそんな度胸も持ち合わせていないのだ。悲しいことに。

 

「では、とりあえずこの、同じ規格のものか少々上等なものか、どちらがいいですか? もちろん、他のが見たいと言うなら他のも用意しますが」

「いや、その上等なものにしておくよ。しばらくスタンスを変える気もないし」

 

 実際は直立不動のシーヴさんが気になるから早いとこ済ませたいという気持ちが強かった。

 

 でもまあ、レザーアーマーで要所要所にプロテクター、という感じに慣れてしまい、それ以外を試してみようという気が薄れているわけでもあって。さっきのエルネスト君の話からいって、他の防具にも挑戦してみるべきなのだろう。が、やはり恐ろしくもあるのが実情だ。

 結局、少し黒さも増したレザーアーマーを購入することにした。四○○○ヴァリス。今度はプロテクターも新調しなきゃなあ。

 

「それで、ナツガハラさん。折角なので、俺たちの作業、観ていきますか?」

「え、それは、いいの?」

「まあ、はい。気にしてたみたいだったので、それで多少判断を急がせてしまったかな、という後ろめたさもあるんで気にしないでください」

 

 確かに、わざとか、とは思ったけれど。シーヴさんと打ち合わせしておいて、プレッシャーをかけ即決させ、次への購買意欲を駆り立てる経営戦略の一環かな、とは思ったけれど。そこは突っ込まないでおこう。

 

 いいんですか? という感じにシーヴさんと目を合わせると、頷いてもくれた。

 

「……じゃあ、エルはモニカ、呼んできて。ツカサは先にこっちに」

「は、はい! 呼んで、きます」

 

「鍛冶場ってなんだかんだ言って初めてです」

 

 何やら大人びた余裕を失くしつつ服屋の方へ駆けていくエルネスト君を見送り、シーヴさんに促され熱気が漂ってくる工房に足を踏み入れる。

 

 やはり、まず感じたのは強い鉄の匂い。換気扇は全力で回っているものの、空気は熱く濁っている。

 魔石灯が照らす室内には予想外に大きな炉、鉄床、そして中央の大きな機械。鍛冶に用いるのであろう、鎚や鋏、(たがね)など大量の道具が壁に吊るされていた。

 

 こういうところだ。こういう、リアルにファンタジーな場所を求めていたのだ。ダンジョンは危険だから別として。

 正直、テンションが上がる。こういう所にロマンを感じるのは(さが)というものだ。

 

「楽しそう、だね」

「こういうところ、俺、好きです」

「エルもそうだったし、男の子はみんなそうなの?」

「みんなかどうかは定かじゃないですけど、きっと大半はこういう場所、好きだと思いますよ」

「ふーん……」

 

 しかし鉄を打つ作業はもう終わっているらしく、シーヴさんは完成品と思われるプレストプレートらしき金属の板を持ち、中央の機械に寄りかかった。

 少しばかり髪の毛が揺れていることから、風が出るような機械ではあるようだが。

 

「その、異様な存在感を放っている巨大な装置は何なんですか?」

「これ? 空気清浄機、らしいよ」

 

 この世界にも、空気清浄機はあるらしい。

 どうやら、ここは住宅街のど真ん中なので窓を開けて澱んだ空気を垂れ流すわけにもいかないし、その代わりに最新式の空気清浄機を置いている、とのことだった。そんなの聞いたこともないが、多分それでなんとかなるのだろう。

 窓がないのは、防音のため、という話も聞いた。それに壁と扉には加工が施されており、さっきも俺たちには鍛冶の音など聞こえなかったことから、その質の高さが(うかが)える。

 案外、色んなところが現代風に改変されてるんだなと、改めて感心した。空気清浄機、便利だもんね。

 

 他にも色々と道具を観て回っていると、扉が開く。

 

「よ、呼んできました」

「お待たせしました〜」

 

 エルネスト君の後から入ってきたのは、服屋の方で店員としてよく見かける、小柄な少女。

 

 モニカ・パスカル。

 

 くりっとした目が特徴的な、ほんわかした雰囲気の少女の種族はハーフドワーフ。といっても、ドワーフのように身体は大きくない。むしろ小さめだ。春色のワンピースに空色のエプロンがとても似合っている。

 しかし、容姿がそうでなくともドワーフの血が流れているためか、彼女のメイン武器は槌、それも特大サイズのものだ。温厚そうな少女が巨大なハンマーを振り回しモンスターを圧殺するのはなかなかのギャップであった、とだけ言っておこう。

 

「ところで、これから何をするんですか? それ、もう出来上がってるように見えるんですけど」

「それはですねえ、フリュクベリさんなどから聞いたことなどはありませんか? 【カーラ・ファミリア】の属性付与(エンチャント)の話を」

 

 モニカちゃんが、シーヴさんからプレストプレートを受け取りつつ、にこにこ笑顔でそう告げる。

 

 フリュクベリとは、トルドのファミリーネーム。はて、あいつとそんな話は……した。初めての買い物のとき、トルドのライトアーマーの色の話からそうなったはずだ。

 

「えっと、シーヴさんの、魔法? で、できるんでしたっけ」

「そうです〜。団長と、エルくんの魔法の合わせ技なんです。すごいんですよ?」

「べ、別に、そんなに凄いわけじゃ……」

「すごいですよ〜。もっと自信持ってください。二人は【カーラ・ファミリア】の星なんですから!」

 

 興奮するモニカちゃんに手を握られ、エルネスト君は俯きぎみに謙遜する。心なしか顔が赤いように思える。満更でもないようだ。

 二人の魔法で、武具防具に属性を付与し、『特殊武装(スペリオルズ)』とする。その技術は、聞いただけでも凄まじいものだ。だから、この鍛冶屋はこんな店構えをしているのかも知れない。

 

「……じゃあ、始めよう」

「わかりました〜。ナツガハラさんは、もう少し離れていた方がよろしいかと」

「俺たちの後ろに来るといいですよ」

 

 モニカちゃんが白銀のプレストプレートを胸の前に掲げ、トライアングルを描くようにシーヴさんとエルネスト君が立つ。そして俺が入りいびつなダイヤモンドを構成した。

 エルネスト君が真剣な顔で振り返る。

 

「一応、このことは口外しないよう、お願いします」

「了解しました」

 

 空気が変わる。空気清浄機の仕事の結果としてではなく、確かにこの工房の中の空気が張り詰める。シーヴさんもキリッとして、いつになく美人だ。

 

 シーヴさんと、エルネスト君の手が挙げられる。

 

 魔法の、詠唱が、始まる。

 

「いくよ。【――天駆ける煌きよ、揺らめく紅蓮よ】」

 

「はい。【――遙か遠き神聖なる創世の刻】」

 

 二人同時に、別々の詠唱が開始された。シーヴさんの方にはごちゃ混ぜになった複雑な空気が、エルネスト君の方には重苦しい空気が纏わりついたように感じられる。これが、魔力とかいうものなのだろうか。

 この世界に来て、初めて見る魔法。パンテオンの時にも目の当たりにはしたが、あれは詠唱も発動も見ていないのでノーカウントだ。

 

「【地を奔る奔流よ、吹き抜く疾風よ、轟き叫ぶ雷鳴よ、心に巣食う暗闇よ】」

 

「【無より生み出されし万物を孕む土壌は、何者にも帰順することはなく、凡ゆる物を受け容れる】」

 

「【神より授かりし恩恵を以っていまここに顕現し、大地より託されし権能に依って一つの玉と化し】」

 

「【この一瞬においてのみ、我が身は神々へと至り、理をも超越する】」

 

 その言葉を聴くに、シーヴさんは様々な属性の力を借りる系、エルネスト君は自然を操る系……か?

 二人の掌の数C(セルチ)ほど前に、僅かに光球がちらつく。完成は近い。

 

「【世界の意思に順いて唯一つの祈りを込められよ】」

 

「【愚かで賢しい我の呼び声に応え、汝、千変万化の礎と成りて形を為せ】!」

 

 終了はほぼ同時。しかし、シーヴさんの方が早くその魔法の名を叫び、行使する。

 掌の光球が、一際大きく輝く。

 

「【グラント・エンチャント】!」

 

 シーヴさんの光球が、モニカちゃんの手のプレストプレートへ吸い込まれて、光を伝える。

 それだけではない。何らかの引力でも働かせているのか、エルネスト君の光球が光り輝く防具に引き寄せられる。もしかしたらその光球も、シーヴさんの魔法の演出かもしれない。

 

 次いで、エルネスト君がその魔法を発動させる。

 

「【アース・イーター】!!」

 

 土塊の色をした光が、胸部装甲に溶け込み、同化する。

 一瞬の輝きをもって、激しく振動するプレストプレート。難なく押さえつけるモニカちゃん。

 

 その光が止むとき、すでにそこには白銀の物質は存在しない。

 トルドの防具と同じ、土の色。【カーラ・ファミリア】製の、特殊武装(スペリオルズ)の証。

 

「これで、完成」

「ですね」

「す、っげえ……」

「でしょう? ナツガハラさんも、お一つ、いかがですか~?」

 

 相次ぐ発光により目がちかちかするが、興奮は冷めやらない。本物の魔法に、否応にもテンションが上がるのも、そりゃあ当たり前だろう。

 

 どういう原理でどういった感じの代物なのかは、企業秘密なので教えてもらえないが、その特性、「衝撃衰微(アブソーブダメージ)」について、モニカちゃんといろいろ会話する。

 衝撃吸収効果が付与された防具は、その名の通りあらゆる衝撃を吸収し弱める柔軟性と、簡単には欠けることもなくなる強度を矛盾することなく両立させる、らしい。

 確かに、「不壊属性(デュランダル)」や「魔力吸収(マジックドレイン)」に比べれば見劣りはする。しかし、リーズナブルさと、()()()()()()()()()()という点が「衝撃衰微(アブソーブダメージ)」のウリである。

 

 そうであっても、そんなに有名ではなく、原作読者の俺でも聞いたことのない特性であるわけは、【カーラ・ファミリア】の経営方針にある。

 こう言ってはなんだが、【カーラ・ファミリア】はまだまだ弱小の部類に入る。団員だって二桁いない。それは主神が認める人物の条件が厳しいからなのだが、まあそれは別の話として。

 

 そんな小さい【ファミリア】が、専用特殊武装を作り出せるという、特別な力を手に入れれば、どうなるか。

 当然、狙われるわけで。引き抜かれるだけならまだいいが、無理矢理潰されたうえに強奪、吸収合併などされてはたまらない。

 そのために、まず表立った鍛冶営業をしないのは当たり前として、大手【ファミリア】相手を優先、また割安で提供することで、半ば庇護を得るようにして生き残りの策としているのだ。

 

 いろいろ、あるのである。

 

「ところで、値段の方はどんな感じなんですか!?」

「あ~、それは、えっと……」

 

 モニカちゃんは言いよどみ、箱詰め的な作業をしていたシーヴさんと目を合わせる。

 

 

「ん、同盟? だから、割り引いて、プロテクター一つにつき――五○万?」

 

 

「すいません遠慮します」

 

 

 とりあえず、俺にはまだ早い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この頃、一日当たりの換金額が上がってきてますね」

 

 場所も日にちも変わって、ギルド、相談用ブース。

 冒険者、ナツガハラ・ツカサ。

 担当者、ノエル・ルミエール。

 

「えっ、そんなの記録してたりするんですか?」

「いえ、普通はしないのですが……何分、初めてなもので、そういうこともした方が良いかと思い立ちまして」

「初めて、って、担当が、ですか?」

「ええ。無知を晒すのは忍びないのですが」

「そんな。ノエルさんにはいつも助けられてますよ」

「だったら、良いのですけれど」

 

 知らなかった。だとしたら新人、もしかしたら俺より年下なのかも知れない。

 いつもスーツをびしっと着こなし、まさにできる女という雰囲気なので、そんなことは露にも思ってはいなかった。もちろんそうでない可能性もあるが、そう考えると途端にノエルさんに萌えそうになる。

 

 まあそれは置いておいて。

 

「今はまた、一人でもぐっていらっしゃるのですよね?」

「はい。たまに複数人でもぐることもありますが、ここ最近はもっぱら一人(ソロ)です」

 

 トルドがまた外回りの仕事に出て行ってしまったので、しばらくは一人で行くか、グスタフさん、シーヴさんやエルネスト君と組むしかない。でも彼らにも彼らの本業があるために、それは本当にたまに、でしかない。

 

 それでも、使える武器が増えてきたこともあり、効率が上がってきているように感じてきているのは確か。

 成果がそういう形で出ていますよ、と言われて、嬉しくないわけがない。

 

 しかし、やはり人数が多ければその分楽になるし生存率が上がるのも事実だ。

 

「やっぱり、危ないですよね」

「そう、思うのですが……」

「うちはまだ俺だけですし、難しいってのが正直なところではあります。勧誘の方も、頑張ってみてはいるんですけど、あまり芳しくはなくて」

「一人でもぐることが悪いわけではないとは思うんですが、その場合、より深い階層への挑戦がし辛くなったりは」

「それはもう、仕方ないかな、と。実力が足りていないのも事実ですし、しばらくはこのままでも」

 

 ヒルダさんに言われたとおり、浅い階層で経験を積むことに重点をおいた活動をしてきて、そろそろ五階層にも進出してみようかな、なんて思うようになり始めた矢先にトルドの離脱である。先に進みたい気持ちは十分だ。

 

 しかし、それで調子に乗って死にかけたのもまた事実なのだ。俺一人だけでは危険、それはよくわかっている。

 

 だから、ひとまずはトルドが戻ってくるまでは今まで通り、最高でも四階層までで我慢しようと思う。

 

 

 

 

 

 ギルドを後にして、今日も今日とてダンジョンに向かう。

 

 背には棍、癖のある打撃用武器だ。これも【カーラ・ファミリア】から貸してもらった品だ。

 

 先にギルドに寄ったものの、まだ昼までにはかなり時間がある。日の出と共に起床する生活に慣れると、なんだか毎日得をした気分になる。

 浪人生時代では夜十一時には就寝、六時起床、というなかなか健康的な生活リズムを保ってはいたと思うが、今は四時半起きとかそれくらいだ。

 その分朝も昼も食事は早く、寝る時間も早まっているが、特にこれといった娯楽もないために順応するのは簡単だった。

 郷に入っては郷に従う、までもなく。俺はこの変革を受け入れつつあった。

 

 中央広場は、市街地と比べると流石に静かではあるが、遥かに熱気を帯びているように感じられる。

 ちょうど、ダンジョンへ向かう冒険者の数はピークを迎えている。

 右を向いても、左を向いても、大勢の冒険者。皆、とても強そうに見えてしまう。

 

 パーティメンバー、か。大抵トルド、と思ってはいたが、そろそろ考えなければならないだろう。

 

(【ヘリヤ・ファミリア】の人たちは大体仕事で忙しいし、極東出身の二人にはまだ会ってすらない。【カーラ・ファミリア】も言わずもがな。【エイル・ファミリア】はそもそも戦闘を想定していない【ファミリア】だろうし……)

 

 そういえば、【ウルスラグナ・ファミリア】や【ワクナ・ファミリア】の人たちはどうだろう。

 面識はそんなにないが、それでもあの大量発生(イレギュラー)を共に乗り切ったこともあるし、他の所よりかはずっと可能性はあるだろうし。

 

 今度、調べて訪問しに行ってみようかと思った、ところで。

 

「そこの、黒髪黒目、棍使いの人」

 

 どうやら俺を呼んでいるらしい声に、思考を中断させられる。

 

「えっ、俺?」

「そうですそうです。こっちです」

 

 辺りを見回すと、噴水のところに座り込んでいる青年が、いた。

 

 短く清潔に刈り込んだ頭髪、快活そうな顔は如何にも世の女性にウケそう、つまりはイケメンだ。そして、青年といっても、俺よりかはずっと上。しかし三十路ほどの大人にも見えない。

 服装は、先日出会ったパンテオンよりもリアルに旅人風で、長めの西洋剣と、色あせたローブが渋さを醸し出している。もしやイケメンはみんなこんな恰好をするものなのだろうか。

 

「えと……何か、御用でしょうか?」

 

 しかし、面識はない。噴水が水を勢いよく吐き出す音、水が落ちる音が、やけに大きく響く。

 

 訝しげな表情で、青年の双眸を見据える。

 青年は、にこり、と微笑むと、ゆっくり立ち上がった。この人も、恐らく「才能」がある側の人だと、直感する。

 そんな、見た目からして強そうな彼が、俺なんかに、何の用だろうか?

 

「突然ですみませんね。気になったもので、つい」

「はあ……」

「ぼくは、スハイツ、といいます。貴方、ソロプレイヤーですよね」

 

 それは、俺が背負っているバックパックを見れば一目瞭然だ。でも、しかし。

 

 

 あれ、これは、まさか――

 

 

 

 

 

「サポーターは、要りませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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