武器と魔法と、世界とキミと。   作:菱河一色

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 嘘が嘘であると分かったとして。

 それが本音であると、誰がわかるのだろうか?




第一二話 嘘か、本音か、建前か

 

 そして二日後。

 

 

「これ、どうかな?」

 

 持ち上げられたのは、赤い、肩を出すタイプのドレス。原作一巻で神ロキが着ていたようなものだ。

 どうか、と俺に訊いておきながら、彼女自身も結論は出ているらしく。確かに、苦笑いするヒルダさんにセクシー系は似合わない。

 

「それは、微妙だと思います」

「やっぱり? こういうのも着こなしたいとは思うんだけどねえ……じゃあ、こっちは?」

 

 次に選ばれたのは、紫の、童話に出てくる貴婦人が着るようなドレス。肩のあたりのぼわっとしたのはなんのために。

 そんな服を着ているヒルダさんを想像しようとしても、文化祭で悪ノリした結果、みたいな感じにしかならなかった。とてもパーティに着ていくものとは思えない。

 

「それもちょっと、どうかと……」

「うーん、ここら一帯のは駄目かなあ。あっちの方行こ?」

「もっとこう、清楚というか控えめというか、そんなのがいいと思いますけどね」

 

 例えば、現在ヒルダさんが身につけているような。ラベンダー・ブルーのカーディガンにゴーギャンオレンジのロングスカート、らしい。コーディネートとかは一切わからないけど、落ち着いた、彼女らしさがよく出ている格好だとは思う。ドレスではないが。

 前を歩く彼女の背中で、先端から五C(セルチ)ほどのところでまとめられた髪がふわふわ揺れているのを、ついつい目で追ってしまう。猫じゃらしを眼の前で振られている猫のような気分、はこんな感じだろうか。

 

 ドレスをメインに扱っている店を回って早二時間。三軒目、考えうる予算からして上限近くの価格帯の店舗。そろそろ腹も減ってきたし、ここで一区切りになりそう、なのだが。

 

「こ、こんなの、は……」

「……………………えっ、と……」

 

 あっちの方、と示されやってきたのは白系の、比較的清楚だが華やかさが非常に強く主張してくるモノのコーナー。向こう側が透けて見えるくらい薄い布や、色の合った靴らしきものも一緒に並べられている。

 

 いわゆるウエディングドレス売り場だった。

 

 俺は知っている。まだ【アポロン・ファミリア】が眷族連れ参加型のものを開催する前のこの世界においても、ただの冒険者の端くれではない俺は『神の宴』がどのようなものか、よく知っている。それも文面で読んだだけなのだが、一般人に比べればとても多くを。

 

 パーティと言っても、神々の、という形容詞が付けばそれだけで荘厳で厳粛なイメージを抱いてしまうもの、しかしこの世界に顕現している神々は、どちらかといえば現世の俺たちに近い性格をしている、特に男神は。まあ全員容姿は整っているのだが。いや現世がどうとかいう話じゃないです、はい。

 よって『神会(デナトュス)』だけでなく、『神の宴』も、実は想像よりもずっとはっちゃけた感じ、なのだ。……何が言いたいかというと。

 どんな過程を経たとしてもウエディングドレスを着ていく場ではない。そういうひょうきんなキャラクターを確立しているならまだしも、いや、ヒルダさんにはそんな仮定も有り得ない。

 

「あー、うん、わかってた、よ。これは流石にない、よね。うん」

 

 強張った笑みを貼り付けてその場を後にする彼女を追いながら、俺は思案の海に沈む。

 

 今日のヒルダさんは、どうも空回っている気がしてならない。

 朝だっていつもより大幅に寝坊してくるし、移動中もかなり口数が多かったし、今だって、明らかに()()()ない服ばかり手に取っている。女性の買い物だからおかしくない、と言われてしまえばそれまでだが、しかしその行動がわざとらしすぎる。

 

 原因はわかっている、と、思う。昨日の夜、理解した、つもりだ。

 俺は鈍感主人公のような人種ではない、それなりに人の気持ちは慮ることはできるし、むしろ深くまで疑ってかかって無用な心配をするのが常だ。

 そんな俺でも、彼女の意図を察することはそう難しいことではなかった。

 

 ヒルダさんはきっと、俺を休ませようとしてくれているのだ。

 

 デートというのはその口実。どうやらデートではないらしいが、これはもうデートと呼んでも差し支えないだろう。したことないからわからないけれども。

 思えば、ここ一月以上、明確に休んだ日はない。毎日必ず、律儀にダンジョンに通い詰めていた。冒険者の強靭な肉体に、便利な回復薬に、依存していた。

 多分、『神の宴』など、ないのだろう。もしくはあっても行かない。だから折角ドレスを買いに来ているのに、ふざけ半分で色々試してみているだけ。

 

 涙が出そうだ。

 

 何が「早くヒルダさんを楽にしてあげたい」だ。逆に迷惑をかけて、心配させて。結局考えてるのは自分のことだけだったのだ。ヒルダさんの【ファミリア】観は原作のベル君とほぼ同じ、「家族」のようなもの。彼女が望んでいるのは暖かい空間、だったのに。

 

 嗚呼、情けない。

 

 不甲斐なさに、ヒルダさんの優しさに、視界がぼやけそうになる。

 また、俺は向く方向を間違えていた。この三ヶ月間で、こんな短い期間で、一体何回目だ?

 浮かれていた俺が、如何に馬鹿であったことか。

 こんなに、想ってくれている(ひと)が、いるというのに。俺は一体、何をしているんだ。

 

 

 何をしているんだ。

 

 

「こ、この辺のは……駄目だね。あんまり派手だと場に合わないや」

 

 ウエストから下がボリュームのあるスカートの、確か、プリンセスドレス。明らかに用途が違っているそれらが陳列された一角に来て、彼女は改めてわざとふざけてみせた。

 

 ここを後にすれば、あとはヒルダさんに似合うものが並べられたコーナーくらいしか、行くところはなくなる。

 本当には購入の予定はない、けれど俺についた嘘では明日の、『神の宴』に着ていくためのものを求めなければならない。

 別の店に行く、ほか、やっぱり買わない、などという逃げ道がないわけではない。けれど予算の関係上、これ以上は望めないし、そもそもの名目はドレスだ。でもこのままいけば厳しい家計に余計なダメージを与えてしまう。できれば買わずに済ませたいけれど……なんてことを考えているのだろうか。

 

「えー、と、さっきのオトナっぽいものを、試着だけでもしてみようかな、案外いいかもしれないし……」

 

 俺がその分稼いでくればいい話だし、俺自身が見たいのもあるからドレスを買うことには反対しない、しかし彼女が俺のために困っているというのは見過ごせない。

 

 

 恥ずかしいだとか、キャラじゃないとか、そんなのは要らない。行動に移す思い切りだけ、あれば。それだけで。

 

「ヒルダさん」

 

 歩き出そうとする女神の腕を掴み、少々強引に引き寄せる。柔らかくて、細くて。温かい腕。力を込めればすぐに折れてしまいそうな、けれど、ずっと俺を支えてくれている、力強い腕。

 

 つんのめって、たたらを踏んで。至近距離から相対した彼女からは、ふわり、と、甘い、しかし甘ったるくはなく、なんだかクセになりそうな匂いが香ってくる。

 

「な、なに? いきなり、どうしたの?」

 

 天色の瞳が困惑に染まる。目を合わせていると、何もかも奪われてしまいそうで、でも逃げることはできなくて。

 

 ああ、やっぱりやめたい。口がうまく開かない、空気をちゃんと吸い込めない。

 

 それでも。

 

「よく考えたら、それを着たヒルダさんを、他のひとに見せるための服、を買おうとしてるんですよね」

「そういう、ことに、なるね、うん」

 

「嫌です」

「え」

「なら、俺は、自分勝手ですけど、嫌です。選びたくありません。出ましょう」

 

 これは俺の我儘でなければならない。ヒルダさんに負担をかける類のものであってはならない。

 俺さえたった二日でヒルダさんの意図に気付けたのだ、多分、すぐに悟られる。

 

 それでいい。それがいい。

 

「あっ、ちょっと……!」

 

 俺は、俺たちは、巨大な何かから逃げ出した。

 

 お高めの洋服店から出、ヒルダさんの腕を引きながら、歩く、歩く、歩く。

 

 とにかく、一刻も早く、北のメインストリートから遠ざかりたくて、まともに口も利かず、脇目も振らず一心不乱に驀進する。

 

 傍からすれば下男が、女神と思しき美少女の意思を無視して拐かそうとしているように見えるかもしれない。しかし、俺を止めようとする者は現れない。

 

 ヒルダさんがやけに無抵抗なことから察したのかとかはよくわからないけど、今はそれが助かる。中途半端に立ち止まるわけにはいかないから。

 

 前だけを向いて、というか前しか向けない。女性の手をとって歩くなんて初めてだ、とても振り返ることなどできそうもない。

 

 もう、俺の身体において、俺の制御下にあるものは何一つない。ヒルダさんに触れる手も、せかせか動く両脚も、目も、俺の意思を必要とせずに自律する。主体であるはずの俺には、各感覚器官からの情報はほとんど入ってこない、俺であって俺ではない何かに、今の俺は、乗っ取られている。

 

「……サ、く、……ツ、……んってば!」

 

 行き交う人々の間を縫って、大きめの通りを避け、比較的狭い路地に入る。いくつかの角を曲がり、人気のない宅地を横断する。どこかの【ファミリア】の本拠を横目に、特に定めた目的地があるわけでもなく、ただ何か、得体の知れないものから逃げるように、薄暗い裏道を、生活臭が溢れる家々の裏手を、子供達が遊ぶ広場の横を、敬愛する女神を連れて、どこまでも。

 

 幾度も幾度も、空気が変わる。熱気に満ちたものからひんやりとしたもの、どこか寂しげなものから、また熱を帯びたものへ。

 

 そんな、周りの変化も、俺の精神には何ら影響を及ぼさない。俺の中身には響かない。他の要因に膨大なリソースを割いていて、そんなことは気にもならない。

 

「美」を冠していなくとも、偶像的な超常の存在である彼女らは、多少なりとも俺たち(にんげん)を虜にする能力を有してでもいるのか、やはり触れ合っているだけでも、心が乱される。乱されてしまう。

 

 確かな温度を伝えてくるヒルダさんの細腕を掴んでいると、あまりに弱々しく思える生命の脈動を感じていると。冗談でない、本物の欲望が顔を出してきそうになる。

 

 いっそこのまま、遥か遠いところまで歩いて行けたら。他に誰もいない、二人だけの空間に逃げ込めたなら。

 

 腕だけじゃない、指だけじゃない、掌だけじゃ、足りない。もっと、近づけたなら、その肌に触れられたなら。

 

 この、たまらなく美しい女神(ひと)を、際限なく庇護欲をかきたてるいじらしい存在(ひと)を、人を魅了して止まない、人智を超えた偶像(ひと)を。

 

 

 俺だけの女性(ひと)、に――

 

 

「……カサ、くん! ツカサくん! ねえってば! 止まっ、て!」

「!」

 

 いきなり、強い抵抗を感じ、俺の身体が、精神が我に帰る。主導権が戻ってくる。

 それと同時に、それまでの行動を、この短いのか長いのかよくわからなかった逃避行の間の、思考の過程と行き着こうとしていたその先を、自覚した。

 

 

 自覚してしまった。

 

 

 立ち止まれば、市壁のほど近く、多分、北西のメインストリート周辺。かなりの距離を歩いてきていたことがわかる。

 振り返ると、膝に手をつき息を切らすヒルダさんから、上目遣いながらも明らかな怒気を孕んだ鋭い視線が飛んできて。俺の両目を容赦なく突き刺す。

 

「そ、その――」

「もう、何考えてるの⁉︎」

 

 眩しい頸に目を奪われている時間もなく、ヒルダさんは上半身を起こし、仁王立ちになったかと思うと厳しい口調で詰め寄ってくる。

 その怒りも当然だ。嘘であろうとなかろうと、俺の我儘により買い物を中断され、こんなところまで連れてこられたのだから。真実でなくとも、彼女には俺を叱責する権利があって然るべき。

 

 というか、嘘でない可能性だってあったのだ。明日には本当に『神の宴』があって、俺に着ていくドレスを選ぶのを手伝ってほしい、というのが本心である場合だってあったのだ。

 今更ながら、勝手な思い込みで随分と中途半端なことをしてしまったものだと思うが、もはやどうしようもない。非難くらいならば甘んじて受けようではないか。

 

「まったく、楽しくショッピングをしてたっていうのに、キミというものは」

 

 覚悟はしていたものの、彼女の次の言葉は驚くほど穏やかで。

 腕を組み、ぷいっと横を向くヒルダさん。私怒ってます、とばかりに頬を膨らませる仕草が可愛らしい、しかし。

 

 わざとらしい。

 

 やっぱり、少しばかり()()()()()()()()

 そうだ、気付かれないはずがなかったのだ。ただでさえ感じていた気恥ずかしさが瞬時に倍増して、俺の小さな虚栄心をあっという間に呑み込んだ。

 

「あーあ、これじゃあ明日の『神の宴』には行けないなあ。すっごく行きたかったんだけどなあ」

「すいません……」

 

 そういう演技が上手いのか、実際に行きたかったのか、それとも普通に大根役者なのか。俺には、よくわからない。

 

 項垂れるように頭を下げていると、明後日の方角を向いているヒルダさんから、言葉だけが届けられる。

 

「……本当、に?」

「えっ?」

 

 何のことを言っているのかわからなくて、でも当の本人の顔を窺い見ることもできなくて。

 ほんのちょっとだけ、ヒルダさんの、結われた髪先が揺れる。

 

「さっき、キミが言ってたこと。あれは、本当に、そう思ったから、こんなことした、の?」

「あれは、えっと、その」

 

 言い訳とか、本心とか、さっき思ってしまったこととか。言いたいことは色々あって、でもそれらのことごとくが喉に突っかかって、出てこない。

 ここは、どう答えるのが正解だろうか。

 

 ――いや、どう答えれば()()()()()()()()()

 

 此の期に及んで、俺の思考はまさかの「逃げ」を選択する。

 後ろめたさを晒さず、かつ取り繕わず、彼女が望む返事に限りなく近付ける。その理想も憶測に過ぎないけれど、話の流れからなんとなくは察することが、できなくはない。

 そんな結果が得られるのなら、俺の恥など塵芥に等しいだろう。

 

 なんて、格好つけてはみたものの。

 

「なんというか、気が付いたら口が、手が、足が動いてて、俺じゃない俺に突き動かされていたというか、うまく言い表せないんですけど、でも、それも俺で、嘘、ではなくてですね」

「…………」

 

 しかしいざ言うとなると躊躇が半端ない。様々なラブコメ次元の主人公たちはよくあんなにすらすら口説き文句とか言えるな、と。鈍感とか朴念仁とかすげえな、と。

 

 素直で正直な人って、羨ましいな、とか。

 

 この頃、俺はやけに、しなくてもいいことを敢えてしている気がする。スハイツさんとのときのようにうまくいくこともあれば、今のように猛烈な後悔の念に駆られることも、ある。

 どうなったらうまくいって、どんな過程を経ればうまくいかなくなるのか、法則性はまるで掴めない。多分、いくらサンプリングしても一般に帰納することはできないのだろう。

 

 詰まる所、やってみるしか、道はないのであって。

 

「行き過ぎた発言だったといいますか、まあ神々に対して失礼だとは、またヒルダさんに対して無礼だとは重々承知しているんですけど、それでもその」

「……………………」

 

「すいません嫉妬してました」

 

 うわあ叫びたい。誰もいない世界の端っこで、力の限り恥を叫びたい。

 

 なるべく平静を装って言ったつもりだけど、顔が熱くて仕方がない。この真っ赤だろう表情を見られていなくてよかった。

 

 

 恥ずかしくなって逆に思考が冷えて、ふと気付く。嘘ではないけれど、おそらく本音でもない、そんな返事に、ヒルダさんは何を感じ取るのだろうか。何を理解してくれるのだろうか。

 

 

 店を出ようとしたときの心情は「無理をさせたくない」で、「嫉妬」を自覚したのはついさっきで、でも申告したのは初期からの「嫉妬」だ。神は嘘を見抜くらしいが、嘘の内容まではどうだろう。複雑に入り組んだ虚偽はどう捉えるのだろう。俺が、もし最初から「嫉妬」していたとしたら、彼女は一体何を見抜くというのだろう。

 

 

 

「……そっか。うん、わかった」

 

 そんな俺の疑問は届くわけもない、しかしヒルダさんは、何もかもわかったように小さく頷いた。

 連動して、髪先が揺れる。俺に対して、ほとんど背を向けているヒルダさんから得られる情報は、それが全てで、それが全てを物語るように思えてしまう。

 

 暫し、沈黙が二人の間を満たして。

 

「もう、仕方ないなあ」

 

 とても良い笑顔で、俺の女神が振り返る。

 

「キミのその言葉に免じて、私は今日ドレスを買わないし明日の『神の宴』にも行かない。これでいいかな?」

「うっ……はい」

 

 ああくそ、やられた。

 

 まるでイタズラがうまくいって喜ぶ子供のような、してやったりとでも言いそうな、それでも見惚れてしまうほどに美しい笑み。

 しかしそれだけでは飽き足らなかったのか、ヒルダさんは更ににやりと口角を吊り上げる。

 

「ツカサくんがそんなに独占欲の強い子だとは思わなかったよ。でも、それを満たしてあげるのもまた主神の務め。いまは、私を、キミに独り占めさせてあげようじゃないか」

 

 戯けて、でも慈愛を込めて。ヒルダさんは両手を広げ、俺に後光的なものを幻視させた。

 いますぐ逃げ出したかったが、ある程度予想できたことだし、そんなヒルダさんもたまらなく可愛いのでなんとか耐える。それに、これが望んだ決着だ。

 

 その代わり、と彼女は続ける。

 

「ドレスは買わないとしても、せっかくだし普通に服を見たいから、今日一日は付き合ってもらうからね」

 

 

「そりゃもう、喜んで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――普通に、明日はちょっと急な予定が入ってしまいまして、って言ったら偶然スハイツさんも今日に用事が入っていたらしくて。まあ別段そういう取り決めはしてなかったんで、変に揉めたりしないでよかったですね」

「そうなんだ、ならよかった。でも、その子も大変だねえ。一人でオラリオ(ここ)に来て、ツカサくんと一緒にずーっとダンジョンにもぐり続けてるんでしょ?」

「でも、スハイツさんのレベルは少なくとも三以上だと思いますし、肉体的な面では俺よりずっとタフですよ。それほどになっても、今回の俺みたいにもぐりっ放しが堪えるかは、わかりませんが」

「うーん、外だと結構大きかった【ファミリア】なんでしょ? いくら没落したっていっても一人で出稼ぎはなさそうだし、観光とか情報収集、はダンジョンにもぐる理由にならないのよね……それ、もう一切れちょうだい」

「確かに、身の上話はちょこちょこしてくれるんですけど、オラリオに来た理由は聞いたことないですね、まあ、親しくもないのに隠していることに踏み込むのも野暮、ですけど。……はい、どうぞ」

「一ヶ月も連日でダンジョンにもぐって得られるものとかは、魔石、ドロップアイテム、くらいしかなさそうだけど……ありがと、んむ、美味しい! もう一切れ!」

「……もう一枚頼みますか?」

 

 街角の小洒落た店のテラス席。座るヒルダさんの前には俺のものより一回り大きな、盛られていたパスタのソースの残滓を僅かに残す丸皿。

 

 ウェイターさんが両手で運んできたときには俺がそのあまりの量に驚き、それを注文したのがヒルダさんだとわかると今度はウェイターさんが驚いた。

 

 しかし彼女はそのパスタの山をぺろりと平らげ、今度は俺のピザをつまんでいる。しかももう八切れのうち三枚目をご所望。

 幸せそうに食べるのを見ているとほっこりするけれど、その細身のどこにそんなに入るんだ、と突っ込みたくもたくもなる。あれか、ブラックホール内包型とかか、どこかで読んだぞ。

 

 俺はまだ大きな一枚の半分ほどしか食べていないが腹が膨れてきたし、でもヒルダさんがまだ食べるというのなら追加注文も、と思ったのだが。

 

「んーん、そこまではいいや。ご馳走様、だよ」

「まだ余裕あるんですか……。いや、これだけでも流石に食べすぎな気がしますよ」

「朝をしっかり摂れなかったからね。それに、ほら、無理に走らされたからってのもあるし?」

「もう勘弁してくださいって」

「ふふ、ごめんごめん」

 

 多分、このネタでひと月はいじられるだろう。被害は甚大と言わざるを得ない。その場のノリと勢いというものは恐ろしいものだと改めて実感する。

 それでもまあ、こうして笑い話にできている分、随分とマシな方だ。

 

 彼女に続いて、両手を合わせ、食物への感謝を示してからゆっくり立ち上がる。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎに街をぶらつく、というのは案外にも新鮮な気分を味わえるものらしい。

 

 普段は迷宮にもぐっているか、本拠で休息しているか、仮に外に出たとしても目的地まで一直線、という生活スタイルを送っている俺にとっては、特に何をするでもなく歩き回るなんて、ほぼ初めての経験だ。

 思えば、現世で忙しく暮らす日々の中で、ゆっくりのんびり、なんて日常は存在しなかった。日本人の性分恐るべし、だ。

 

 立ち並ぶカフェや飯屋の前を通り過ぎ、人の流れに従って歩く。

 ひとまずは大通りまで出て、そこからは気の向くままに。そんなアバウトなプランでも、心が躍るのはなぜだろうか。

 

「お昼のオラリオって、あんまり知らないでしょ? 私が色々案内してあげるからね」

 

 俺よりオラリオ歴が三十日ほど長い先輩は、午前中までとはうって変わって、とても楽しそうに歩を進めている。

 

「「最果て」で働いてるとそういう情報とか、結構入ってくるんですか?」

「うーん、ヘリヤのところだと、都市内より専ら都市外の話の方が多いかなあ。情報を仕入れるのは、だいたいアルヴィトのところなんだけど――あ、アルヴィトは知ってる?」

「えっと、「全知」を表す戦乙女(ヴァルキュリヤ)、でしたっけ」

 

 現世での黒歴史にも等しい活動と、こっちへ来てからの情報収集で、こちらに降臨してきている神々はだいたい覚えた。

 それに、一応【アルヴィト・ファミリア】も戦乙女同盟の一員、らしい。会ったことも紹介されたことも話題に上がることすらなかったけれど、実は、彼女らの在り方としてはとても正しい。

 

「そう。アルヴィトは情報屋をやってるの。私たちよりずっと前からオラリオに居て、すごいいろんなことを知ってるんだよ」

 

 長年都市に存在しているものの、つい数年前に一人目の眷族をとったほか、中々姿を現さない、とても人見知りが激しいことで知られるシャイな神物(じんぶつ)だそうな。

 知られる、といってもそれも小さなコミュニティの中での話であって、【アルヴィト・ファミリア】がどういう組織なのかに精通する人は少ない。しかしその一人眷族(ひとりっ子)である青年の顔が結構広いため、運営としてはかなりハマっている、らしい。

 

「表向きはギルドと連携して、都市の情報誌的なものを作ってるの。私はそれに対して味とか雰囲気とかの感想と引き換えに色々教えてもらってる、ってわけ」

「なるほど……」

 

 道理で、すぐに美味しい店を探しだせたわけだ。ヒルダさんもヒルダさんで、しっかりこの生活を満喫しているのである。

 

 いつかお目にかかりたいものだと思いながら、彼女の話を聞き相槌を打ちつつ、とりあえず北西のメインストリートを目指して進む。

 

 だいぶ、ヒルダさんと二人きりで話すことに抵抗がなくなってきた。最初の頃はまともな経験もないし心臓ばくばくだったけれど、なんとかなるものだ。今だに他の女性と話すときには緊張するが。

 

 

 

 

 

「〜♪」

 

 大通りのほど近くまで来たところで、どこからか、人の歓声と、歌、のようなものが聞こえてきた。それも吟遊詩人が唄うような感じではない、もっとポップスな、跳ね回るようなやつだ。

 

 なんだか、ちょっと聞いたことがあるような、ないような。

 

「これ、なんでしょうかね?」

「えーっと、北西、だから……確か、広場での【ウェウェコヨトル・ファミリア】の野良ライブ、のはずだよ」

「ら……ライブ?」

「アイドルって呼ばれてる冒険者――【ウェウェコヨトル・ファミリア】の場合は可愛い女の子かな――が歌ったり踊ったりするの。吟遊詩人の場合はステージね」

「マジですか……」

 

 その発想はなかった。

 

 いや、いくら()()()()()()()()とはいえども、神々の存在を考えれば、絶対にない、とは言い切れない。むしろあって必然のような気にもなる。

 ギルド窓口受付嬢に麗しい女性が起用されるのと同じく、偶像の担い手として癒しを与える存在を、世間が求めている、ということだろう。

 

 しかしこの世界でなら傷害事件が大いに問題になるだろう、と思ったが、アイドル自身も冒険者というなら少なくとも一般人相手には負けることはないし、そう考えるとまあ現世よりかは上手くいく、のか?

 

「い、行ってみる……? 一応、無料(ただ)だったと思うけど」

 

 戸惑い気味に、ヒルダさんが顔を覗き込んでくる。

 

 そりゃそうだ、真面目で通していた眷族(かぞく)が実はドルオタだった、など、ピュアなヒルダさんからしてみたらヒくのも当然だ。

 

 

 なんてベタな思考はしない。

 

「いえ、俺は興味がないので」

 

 そう、ヒルダさんに笑いかける。

 

 女性と二人でいるときに、他の女性の話をしてはいけない、という、半分常識のような不文律があることを、俺は知っている。何かで読んだ。

 

 野良ライブ会場らしき方面から「みんなー、今日は来てくれてありがとーっ!」等の声が聞こえてくる。俺は現世でも何かのライブとかに行ったことはないけれど、多分そう変わりはないだろう。

 ちょっとだけ、現世っぽさを感じて動揺しただけなのだ、それより今はヒルダさんが優先なのは当たり前のことだ。

 

 そんな感じに、少々格好付けて、先を促した、ところ。

 

「あ、え、そっか、そうだよね。うん、メインストリートの方に行こう」

 

 なんだか名残惜しそうに、野良ライブ会場の方向に目をやってから、大通りの方へ勢いよく歩き出すヒルダさん。

 

 

 ……もしかして、ヒルダさん、貴女が行きたかったんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒルダさんの服選びに付き合ううちに、気付いたことがある。

 

 今日の俺の服、最高に合ってねえ。

 

 店内を見回した後、もう一度自分とヒルダさんの服装を確認してみる。

 控えめだがそれなりに洒落ている服が所狭しと並べられている、方向性としてはエルフ的な感じを意識したのだろう店内には、ざっと客が五組、店員が二人。男は俺の他に一人、他は全員女性、そしてみんな超シャレオツな雰囲気と布を纏っていらっしゃる。

 

 とても楽しそうにあれやこれやと吟味を繰り返す女神は、まあ女神だけあって完全に溶け込むどころか彼らとも一線を画している、のだが。

 逆にそのせいで、いつもの甚平(長いやつ)でいる俺が非常に際立って見えてしまう。もちろんいい意味ではなく。

 

 普段着でいいよと言われ、しかし割とファッションセンスがないなりに真剣に悩み、結局よくわからなくなって、何をトチ狂ったかダンジョンにも着ていくこれをチョイスしてしまった己の考えのなさに嫌気が差す。

 ヒルダさんと並ぶとアンバランスもいいところだ。デートっぽく見えない、という方向性では合格点の例なのかも知れないが、そんなの全く嬉しくもない。

 

「……ねえ、聞いてる?」

「あっ、すいません聞いてませんでした」

 

 慌てて彼女の方へ意識を引き戻す。

 濃い藍色と淡い紅色の、色違いの……えっと、カットソー、を、姿見を使いつつ自分の身体に当てていたヒルダさんがゆったりと振り向く。

 

「まったくもう、カーラのところに定期的に通ってるからこういうお店も慣れてるでしょ? 堂々としてればいいの」

「いや、「星空」の空気にはそうそう慣れそうにないですし、ここも全然違いますし」

「情けないこと言わない。当然、また一緒にいろいろ付き合ってもらうつもりなんだからね」

「が、ガンバリマス」

 

 笑顔笑顔。

 

 現世でもまともに服なんか買っていなかった俺にはユニクロ以外の服屋に入った記憶があまりない。精々がB&Dとかオーソリティーとかだ。偏ってるし服屋じゃないし。

 ましてや、女性向けの店など。堂々としていろと言われても、どうすればいいかもわからない。

 

「それで。これ、どっちがいいと思う? 色が選べなくて、ツカサくんに決めてもらいたいんだけど」

「えー、っと……」

 

 かといって。意見を求められるのも困る。まあそれが今回の俺の役目の一つでもあるのだけれど、正直どれがいいとかはまったくわからないからだ。

 

 というか、女性がこの手の質問をするときは大体自分の中で答えが決まっていて、背中を後押ししてほしいだけ、みたいな感じじゃなかったか。どちらにせよ、答え方は皆目見当もつかないわけだが。

 

「俺は、今のヒルダさんの装い的に、合うのは青の方だと思いますが、赤の方もなかなか捨てがたいと思い、ま……す?」

 

 主に色相環くらいしか知識を持ち合わせていない俺には荷が重いと思います。

 

 しかし、ヒルダさんは俺の答えが不服らしく、意識してか無意識か、僅かに頬を膨らませる。やっぱり難しい。

 

「結局、ツカサくんはどっちがいいと思ったの?」

 

 両の手にそれぞれを持ち、俺に突きつけるように迫ってくるヒルダさん。正直どちらもそう変わりはないと言いたいが、そんな答えは許されないだろう。

 

 

 今度、キッカさんあたりにご教授願おう。俺は確かに、そう心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあ……!」

 

 そこから見える景色は、色とりどりの鮮やかな、華やかで幻想的な光の海。

 

 無数の魔石灯でライトアップされた迷宮都市の夜景が、そんな中でも綺麗に白の主張を貫く巨塔が、夜の闇に浮かび上がる。

 

 隣で詠嘆の吐息をもらすヒルダさんは、銀河が映り込んだように輝く天色の瞳を開き、ただただ見入っている。

 

 よかった。前に来た時は昼間だったので、夜がどんな風になるかはまだ確認していなかったのだ。文章からして、絶景であることはわかってはいたが。

 

「だ、誰に教えてもらったの?」

「誰にも。偶然見つけたんですよ。俺も夜に来るのは始めてですけど」

「そ、そうなんだ……」

「棚ぼた的なもんですけど、気に入ってもらえたなら嬉しいです」

 

 西のメインストリート、その外れにある、古びた鐘楼。原作二巻でベル君と神ヘスティアがデートをしそびれて辿り着いた所だ。

 

 五年ほどの年月などそれ自体の歴史からしてみれば些細なものなのだろう、とも言えるほど年季が入っている鐘は、煉瓦の塔は、もう機能を持っていなくともなお荘厳な雰囲気を纏っている。

 日が暮れる頃、何処か行きたいところはないか、と訊かれたので、時間もちょうどよさそうだし、原作聖地探しをしていたときに偶々見つけたここに誘おうといった次第だった。

 

「はー……」

 

 陽は落ち、街が自ら光を放ち出す時間帯。さしたる高層建築物もないオラリオは、遥か遠くまで見渡すことができた。

 夜景など、一切興味がなかったはず、だけれど。あれは残業中のマーカーなのだと、斜に構えた見方をしていたけれど。

 

 なかなかどうして、悪くない。

 

 それは、この異世界情緒あふれる光が為しているからか。喧騒から遠く、静寂に包まれたこの場所からだからか。それとも。

 

 しばらくの間、俺たちは言葉もなく肩を並べて、その世界の全てに魅入っていた。

 

 

 

 この瞬間が、とても愛おしく思えた。

 

 

 

 そして唐突に腹の虫が鳴る。

 

 顔を赤らめたヒルダさんと、目が合う。

 

「…………」

「……ああ、もう。せーっかくこんなに綺麗な景色観てるのに、空気が読めないんだから……」

 

 残念そうに、雰囲気をぶち壊した腹をさすりながら愚痴るヒルダさんもまた、可愛らしい。

 

「でも、俺も腹、減りましたし、そろそろ行きましょうか。えーと、どこかで食べるか、本拠(ホーム)に帰るか、ですね。まだ金は残ってますけど――」

「帰ろう。久しぶりに、キミの作る晩御飯が食べたい」

 

 ヒルダさんは即答し、照れ隠しか鐘楼を早足で降り始める。

 その後に続くと、案外その小さな背は素早く遠ざかってゆく。慌てて追いかける。

 

「了解しました。……で、何かリクエストは」

「美味しいならなんでも!」

「そういうのが一番困るんですけど……」

 

「最近困ってなかったでしょ、たまには存分に悩みたまえ、ツカサくんよ」

 

 塔を降り切ったところで振り返り、悪戯っぽく笑うヒルダさんに、言い返す言葉はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者にとって、最も大切な施設は何か。

 

 答えは決まっている。魔石の換金施設だ。折角必死こいて調達してきた成果も、極論、金にならなければ意味がない。彼らがダンジョンに求める一攫千金は、地上で換金という行為を通して初めて実現する。

 

 換金施設といえば、ギルドに設置されているものを思い浮かべるだろうが、オラリオには他にもいくつか存在する。

 バベルにも簡易なものがある他に、自ら買取をしている【ファミリア】もある。もっとも、信用的観点から大手の一部に限られるが。

 

 それでも、シェアではギルドがずっと独走状態にある。

 

 商業系にとっては自分たちで取りに行くより、探索系【ファミリア】と契約して卸してもらう方が、より楽で、より質の良い魔石が手に入り、また商いや研究に没頭できるという様な利点が多く挙げられる。しかしそれも規模が大きいことが前提であり、また鑑定員の資格を有する人員が必要なことからも、なかなかにハードルが高い、らしい。

 他にも諸々の事情はあれど、やはり自ら【神の恩恵(ファルナ)】を刻み戦力を保持することを是としない、【ウラノス・ファミリア】とも呼べるギルド、の運営資金源が魔石の貿易である、ということが一番の理由だろう。お株を奪われてはたまらない、と、換金施設普及を妨げている、などの噂が立つほどだ。

 そのためギルド以外の場所では、かなり待たされることも多々あったりする。けれど。

 

「お待たせしました、ナツガハラさん」

「比喩でもなく全然待ってませんよ」

 

 バベル二階、簡易食堂。

 夕食にはいささか早い、夕方から夜の境目ほどの時間帯。探索を早めに切り上げてきた冒険者は、席の三割から四割程度。それぞれに、食事を摂ったり、計画を練ったり、その日の儲けの分配をしたりしている。

 

 そして、俺たちもその例に漏れず。日が落ちないうちに帰還し、混まないうちに色々済ませてしまおうと考えてはいたのだが。

 

「何をしたらそんなに早く換金できるんです……?」

 

 ちょっと、スハイツさんが速すぎた。

 

 駆け出しで、ソロで、日帰りで。そんな条件下なら魔石の質も数も知れたものであり、またギルドでなら窓口数も多いことからして素早く換金してもらえるのだが、それなりに多くを、簡易施設で、となると相応に時間がかかるのが常。

 だから飯でも食いながら待ちましょうと、俺は食堂へ、スハイツさんは換金施設の方へ。一旦別れて、とりあえず席をとっておこうと座ったらスハイツさんが来た。しかも換金所は三階、階まで跨いでいる。

 

 速すぎないですか?

 

「ちょうど人が途切れたのと、換金額の査定を提出してみたので。いい人でよかったですよ」

「査定、ですか」

 

 今日の稼ぎを入れた麻袋を音を立てないようにテーブルに置きながら、スハイツさんが俺の対面に座る。

 

「魔石の大きさと質と量から概算してみただけですけど。自分がいまどれくらい稼いでいるのか、ダンジョンの中でわかったら便利じゃないかと、覚えてみたんです」

「え、それって鑑定員の技能そのものじゃ……」

「そうかもしれませんね。でも、そう難しいことではないとは思いますよ。少し勉強すればナツガハラさんも出来るようになるかと」

「まあ、確かに有用ですけどね……」

 

 前々から思っていたが、この人スペック高すぎである。何処ぞのチート系主人公かよ。見た目も雰囲気もそんな妄想を彷彿とさせるし。

 強くて、思慮深くて、強くて、人間できてて、格好良くて、優しくて強くて、とにかく強くて。そのうち時空とか歪めだしたりするんじゃなかろうかってくらいだ。

 

 しかし、今のスハイツさんにその能力は必要、なのだろうか。いや、多分。

 

「おそらくナツガハラさんが考えている通り、そう遠くないうちにまた、オラリオを訪れると思います。そのときは、よろしくお願いしますね」

「俺が力になれることなら、是非」

 

 そのうえ、心まで読めるときた。流石の超人度合いである。

 

 

 

 

 

 今日で、ぴったり三十日だったスハイツさんとの契約は切れる。これで俺はフリーに逆戻りだ。トルドはもうすぐ帰ってくるけれど。

 

 長くも短くも、やっぱり長く感じたこの期間で、俺の【ステイタス】はかなりの成長を見せてくれた。スキルの力を借りたベル君並みの伸び幅ではないにしても、俺からしてみれば十分すぎるほどの速度で。

 

 もちろん、それは正面に座るサポーターもどきのスハイツ・フエンリャーナさんのお陰だ。

 無謀とも思える、というか無謀そのものである特攻探索は、彼がいなければとても成り立ちはしなかった。

 

 俺(たち)は原作――ベル君の英雄譚を読んでいるために度々錯覚することがあるが、本来はあんな成長速度はあり得ないと理解しなければならない。原作一巻での普段着突貫など、常識的に考えれば自殺行為もいいところだ。

 

 そういった感覚のズレを、最近、ようやっと修正できてきた、と思う。俺は、弱い。基礎能力も低く才能も知れたもので、特殊能力など以ての外。

 でも、その現状を正しく認識できなければ、きっと先はない。

 だから、この一ヶ月の間、自分の弱さを自覚しながらも、失敗しても死ぬことはない、という好条件下での挑戦を延々と繰り返せた経験は、今後につながる大きなプラスとなった。

 

 もっとも、スハイツさんにとってもプラスだったのかどうかは、不安なところではあるが。

 

「このひと月は、どうもありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。助かりましたよ」

 

 多分、スハイツさんからしてみれば、別に俺でなくてもよかったのだ。彼ほど強ければ、誰だってよかったはずなのだ。

 この出会いは、きっと偶然。この幸運を、俺は、上手く扱えただろうか。

 

「……でも、本当によかったんですか? 毎回、ぼくが半分ももらってしまって」

「勿論です、というかもっと貰ってくれないと心苦しいと言いますか、逆に申し訳なくなりますよ」

「これ以上は要りませんよ。路銀は必要ですけど、稼ぎたいわけではないので、これでも多すぎるくらいです」

 

 麻袋の中身は、ざっと二四○○○ヴァリス。スハイツさんと俺のそれぞれの取り分は、一二○○○ヴァリス。

 

 毎日の収入は、スハイツさんときっちり半分ずつ、山分けするようにしていた。俺としては2:8、いや1:9にでもしたかったのだが、そんなに頂けない、とスハイツさんが引かなかったためだ。

 実際、俺が一人で戦闘を行うとしても、貢献度は圧倒的にスハイツさんの方が上なのは明らかで、むしろ俺が金を払うべきなのでは、とも思ったこともある。

 しかし彼の契約上の立場はサポーター。過度な優遇は無駄な軋轢を生みかねない、如何に有能だとしても特別扱いが彼自身の不利益に繋がる可能性がある以上は、周囲への牽制も兼ねてこの辺りが限界だった。

 

「スハイツさんがいなければこんなに稼げることもなかったんです。それくらいは取っておいてください」

 

 そう言って、スハイツさんに半額を無理に押し付ける。これ以上遠慮されたらこっちがたまったものではない。

 

「……そう、ですね。有難く、頂いておきます」

 

 苦笑いしつつ、彼は麻袋を受け取った。

 

 

 この金銭のやり取りを以てして、俺とスハイツさんの契約は、満了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長さは、微妙。

 

 打刀の晴嵐よりかは長い、しかし太刀と呼ぶには幾分か短くも感じる。

 

 重さも、微妙。

 

 紅緒よりは重く、重心が若干剣先寄りなので取り回しに難がある。

 

 形状も、微妙。

 

 打刀の反りは先端部、太刀の反りは手元だが、太刀に準ずる長さで先端の方で反っている。

 

 値段も、微妙。

 

 晴嵐の二倍強、紅緒の五倍強の、きっかり二五○○○ヴァリス。ちょっと悩んだ。

 

 

 半太刀、『渡鴉(わたりがらす)』。例によって銘はない。

 

 この、微妙さを手当たり次第に詰め込んだような、非常に中途半端な性能をした刀が、俺の新しい武器だ。……新しい武器だ。大切なことだから二回言った。ここテストに出るからなー。

 

「どうっすか? いいのが出来たから持ってけって、紅緒や晴嵐の作者さんがツカサに推してたやつ、なんすけど」

「うー、ん……」

 

 正直言って、扱いづらい。晴嵐の方が振りやすく、紅緒の方が安定感に優れている。

 

 攻撃力は、まあ高いだろう。大きくて幅が広い方が威力があるのは当たり前の話だ。それに反りも強いので、より楽に斬れる、とは思う。

 質が高いのもなんとなくわかる。他と比較して刀の機微を察せるわけではないけれど、俺自身刀の良し悪しの何たるかにも詳しく精通していないけれども。

 

 でも、どこかに引っかかりを覚えるのは何故だろうか。

 太刀でも打刀でもない半太刀という分類すら始めて聞いた俺には、打刀にしては長く太刀にしては短く、両方の性質が混在している、ということくらいしか感じ取れない。

 

「もっと具体的にさ、こういう特徴があって、どんな使い方が最も適してるとか、聞いてない?」

「特には何も言ってなかったっす。ただ、冒険者用に仕上げた、とだけ」

「冒険者用……?」

 

 一般人、強いて言うなら侍用と冒険者用とで、何か異なっているということ、か? しかし紅緒や晴嵐との決定的な相違点は見られない。

 何度か素振りをしてみても、その重量と重心からして少し前に引っ張られる、くらいだ。それは比較的軽い紅緒や超軽量級の晴嵐ばかり使ってきたからこその差異なのか、渡鴉の元々の性質なのかも釈然とせず。

 

 それでも、違和感だけは頑として居座り続ける。これはどういうことなのか。俺が冒険者じゃないとか? ははは御冗談を。……冗談だよね?

 

「まあ、使っていくうちに慣れる、かな」

 

 何はともあれ、三振り目の、俺の武器。

 どれもこれも刀系統ではあるが、数が増えてくると無性にテンションが上がる。ゲームで使える魔法が増えた、みたいな。まだ魔法使えないけど。

 

 とりあえず渡鴉を腰の鞘に収める。重量バランスと雑多さ加減からして紅緒と晴嵐が左、渡鴉が右だ。利き手が右なので全部左にするべきかな、とも思うが俺は三刀流とかできないので別に問題はないはずだ。エナメル質の強度が足りんよ。

 

「そんじゃ、そろそろ行こうっす」

「応」

 

 現在、第三階層。正規ルートを通ってきたために戦闘はなかった。

 

 久しぶりにトルドと二人でもぐるダンジョンは、スハイツさんと共に来た時のものとは全く異なっている。物質的な違いではなく、心理的な。

 

「ボクがいない間はシーヴさんとかともぐってたっすか?」

「いや、短期間だけどフリーサポーターと契約して、その人とずっともぐってたよ」

「ほう、五階層くらいは行ったっすかね?」

「ふふふ、聞いて驚け、七まで行った」

「えっ、なんすかその早さ」

「ひと月前の俺と同じだと思うなよ? 男子三日会わざれば刮目して見よ、だ」

「俄然楽しみになってきたっす。なんか新技とか身についたり?」

「ああ、もちろんだ」

 

 自信満々、といった風に頷き、晴嵐と紅緒を、刀身が出てこないように紐で縛る。

 

 まだ練習を始めて一週間ちょっとしか経っていないが、ヒルダさんの幾ばくかの安眠と引き換えにそれなりになったものがある。深夜に何度も大きな音出してすいませんでした。

 

 紅緒と、晴嵐をそれぞれ手に持つ。

 

「えっ、何するんすか?」

「見てりゃわかるさ、こう……するんだっ」

 

 まず紅緒を宙に放り、空いた手に晴嵐を滑り込ませて、紅緒が落ちてくる前に、同じ軌道を描くように投げる。

 

 回転しながら放物運動をし、落下してきた紅緒を投げた方ではない手でキャッチ、すぐにパスしてもう一度投げ上げ、晴嵐でも同様の動作を繰り返す。

 

 繰り返す。

 

 

 繰り返す。

 

 

 

 繰り返す。

 

 

 

「……………………」

 

 そこには、沈黙と、困惑したトルド・フリュクベリと、二本の刀でジャグリングをする道化師(ピエロ)だけが存在していた。

 

 殺傷能力も実用性も何もない、一発芸としても微妙なお手玉。せめて刀が抜き身であれば格好もついたかもしれないが、まだツカサは真剣で出来るほど鍛錬を積んではいなかった。

 

 そこから更に何ループかして、なんとも言えない催し物が、やっと終わる。

 

 

「……どうだった⁉︎」

 

 

「あー、えっと、まあ、うん。いいんじゃないんすかね? そこから上手く発展させたりすればトリッキーな動きができるようになったりするっすよ! きっと」

 

 

 ――それは、嘘か、本音か、建前か。

 

 

 だが、まず間違いなく、本音では、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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