武器と魔法と、世界とキミと。   作:菱河一色

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 出逢いは偶然に満ち、それでいて必然が占める。

 例え、心構えが有ろうと無かろうと。

 それは突然やってくる。





第八話 君達は何者なんだ?

 

 

 モンスターが、宙を舞った。

 

 

 

 

 正確には、モンスターたちが、ふわり、と、重力がなくなったかのように宙に浮いたのだ。正規ルートを一直線に貫く円柱のような形状をもって、巨大なモンスターの塊が形成される。

 

 俺とトルドは、何が起こったのかわからず、前に出していた足の行き場をなくして、硬直するどころかふらついた。

 

「な、なんだこれは⁉︎」

 

 突然の出来事に驚いているのは、俺たちだけではない。浮かび上がったモンスターたちも、事態を理解できずに慌てふためき、手足をがむしゃらに動かして同士討ちを始めたりしている。

 通路を満たしていた全てのモンスターがそうなったわけではない。端に寄っていたり、天井に張り付いていたりしていたモンスターは影響を受けていないようだ。動揺はしているだろうが。

 

 明らかに、不自然。人為的に引き起こされたであろうことは一目でわかる。だとすると、魔法、か?

 

「――ッ⁉︎」

 

 

 一迅の風が、吹いた。

 

 

 浮いていたモンスターたちが、一斉に落下を開始する。不明な浮力が失われ、万有引力に従って地へと墜とされてゆく。

 

 しかし、彼らが地面に激突する前に、予期せぬ衝撃が()()()()()()()()()()()、浮かんでいたモンスターを軒並み、奥の方へと弾き飛ばした。

 ただ弾かれ飛んで行くだけではない。威力が強すぎて、その衝撃をモロに受けた個体は耐えきれずに内臓をぶち撒ける。灰に還るとはいえ、やはりグロはなかなか慣れないものだ。

 

 間違いなく、Lv.2以上。確実に上級冒険者の所業だろう。それでも、一○○ではきかないほどの数のモンスターを一撃で葬るなど、ちょっと考えられないけれども。

 モンスターを空中で束にし、纏めて吹き飛ばす。そんな、次元の違う戦闘だと理解する。

 

『シャアアアアアアアアア‼︎』

 

「ツカサ、来るよ!」

「!」

 

 圧倒的な力に恐れをなしたのか、運良く巻き込まれなかったモンスターたちが逃走を始める。当然、正規ルートを通ってではなく、俺たちがいるような横道を使って。

 

 ざっと、八体。

 ゴブリンが三、ダンジョン・リザードが一、キラーアントが四。出現階層が七からであるはずのキラーアントが三階層にほど近い四階層まで来ているのも、この状況なら予想できたことだ。

 流石にトルドにメインを張ってもらう。初見での戦闘は安全であるのがいいと、先の戦闘で思い知った。

 

「キラーアントはボクが引き付ける! あとの四体は頼むよ!」

「任された!」

 

 通路の中心を爆走してくるキラーアントの群れ、壁を這って逃げてくるダンジョン・リザード、その後ろからついてくるゴブリンたち。配置的に、俺は戦いづらいが、やるしかない。

 

 気色悪い挙動で近づいてくる大型の蟻のモンスターに対し、トルドはその場で待ち構え、脱力した。

 

 速度に乗ったまま、キラーアントは障害を退けるために、鉤爪を持ち上げ、即振り下ろす。

 

 一瞬、危ないんじゃないか、と思ったが、全然そんなことはない。

 

 何てことないように、トルドは、ひらり、と紙一重で躱し、つんのめったキラーアントの硬殻(こうかく)の隙間にナイフを差し込んだ。

 

『――ギッ⁉︎』

 

 トルドの力と武器ならば、硬殻をも砕き刃を肉に届かせることもできるだろう。しかし、テンポとスピードを重視し、手っ取り早く魔石を砕くためにはこのような技術が不可欠になる。不慮の事故を防ぐ上でも必須だ。

 

 その間に、俺は壁を伝ってくるダンジョン・リザードを狙いに行く、のだが。

 

 届かない。パッと見て、届く気がしない。登れないことはなさそうではある、けど時間がない。どうすればいい。

 

 ――いや、いけるかもしれない。

 先ほどの戦闘で見た、トルドの跳躍。あれが冒険者の【ステイタス】によって強化された身体能力に依るものだとすれば。

 俺にも、ある程度は出せる。

 

 走っている状態から、膝を曲げ、腰を落とし、腕を振り、反動を付けて。勢い良く、ダンジョンの壁に向かって斜め方向から跳んだ。

 

「はぁっ!」

 

 約一M(メドル)半ほども、身体が浮き上がる。

 

 これなら届く。

 

 ダンジョン・リザードに晴嵐を突き刺し。壁を蹴って再び飛び上がる。また、斜めに。

 

 三体目のキラーアントを倒したトルドを横目に、後から来ていたゴブリンのところへ着地、強襲。

 

 晴嵐が虚空を駆ける。

 

『――ァッ⁉︎』

 

 ゴブリンの首が飛ぶ。残された二体のゴブリンは、それでも臆することなく向かって来る。彼らにも逃げ道はない。

 

 それで、俺が恐れたり、後ずさりそうになったりはしない。正面から受け止めるだけだ。

 流石に、一ヶ月以上もこいつらと殺し合いを続けていたら、個体としては違うかもしれないが、そりゃ、慣れる。

 

 威嚇のための右薙ぎ。出鼻を挫かれたゴブリンたちはたたらを踏む。大きな刃鳴りが、俺を強者と錯覚させる。

 

 すかさず、刃を返しつつ、大きく一歩、踏み込む。

 

 刀という武器は、間合いが狭い。本当に目の前に立たないと届かない。

 練習中は怖くて突きばかり使っていた。槍や薙刀などの武器を扱う日は、僅かばかりの安堵さえ感じていた。でも。

 

 急速に、目と鼻の先ほどに接近されたことに、ゴブリンたちは焦る、が、体勢を崩した状態で対応などできはしない。

 

「ふっ!」

 

 

 本命の左薙ぎ。

 

 

 薄刃が、静かに緑色の肌に沈む。

 

 振り抜いた後に残るのは、刃鳴りの残響と、二つの物言わぬ屍のみ。

 

 戦闘、終了だ。

 

 トルドの方はといえば、もう既に四体目のキラーアントの首を刈り取り、勝利していた。

 布で血を拭っておく余裕もなければ、魔石を取り出す時間もない。ひとまず晴嵐は抜き身のままで、トルドと合流する。

 

 とにかく今は脱出することが先決。まだ例の魔法か何かを使った人物の像も、目的も、そもそも味方か敵かもわかっていないために危険ではあるが、三階層へ早く避難した方が無難だろう。

 たった一階層移動しただけでも、状況はかなり変わる。モンスターの波も弱まるだろうし、討伐部隊と出会える確率も高まる。何よりモンスターが弱体化している。難易度は一気に下がるのだ。

 

 

 しかし。まだ逃げ遅れていたキラーアントが、正規ルートの方から顔を出し、た瞬間に殴り飛ばされる。

 

 

「あっ、いたいた」

 

 

 代わりに現れたのは、一人の青年。

 

 旅人がするような軽装に、マント的なものを羽織っていて、その手に武器はない。素手だ。ナックルダスター、もといメリケンサックも持っていない。

 

 彼は、ハッとするような美形で、異様なほど輝かしいオーラをまとっていた。まるで、何かの物語の主人公のような、歴史的な英雄のような、讃えられるべき勇者のような。

 そして、強く自己主張してくるその長く鋭い耳。一つの種族を表す、これ以上ないほどの特長だ。

 

「まだ聞いた人たちかはわからないけど、とりあえず二人、発見したよ」

 

 青年は来た道を振り返って、後ろに誰かいるのか、報告するように言葉を発した。声までかっこよくていらっしゃる。

 

 遅れて、息を切らした女性が青年のところまで走ってきた。服装は青年とそう変わらなく、それでいて素朴な感じ。ゲームで例えるなら幼馴染ヒロインのような。マントは付けていない。

 こちらも、青年ほどではないにはしてもかなりの存在感を放っている。その髪が揺れる度に爽やかな風が吹き荒れるかのような……自分でも何言ってるかわからん。

 彼女は、誇らしげな顔をしている青年を見て、俺たちの方に目線を移し、青くなった。

 

「もし、あの人たち、が巻き込まれ、ていたらっ、どうするつもり、だったんですか⁉︎ あれは大雑把すぎる、から危険だっ、て、ウルスラグナ様も仰られて、いたはずです、よっ!」

「あー、いや、まさか「波」を逆走しようとするとか思わないでしょ? 僕はてっきり、食料庫(パントリー)のほうに逃げ込んでいるものとばかり」

「そうだとしても、有効範囲、を考えるべき、ですっ! 見えないところ、まで効果を延ばすの、は、どう考えても危険です!」

 

 女性が青年を責めたて、彼の様々な言い訳をことごとく論破していく。と、言ってもがみがみ言うのではなく、嗜めるようなものばかりではあるが。

 薄々というか、ほぼわかっていたことだが、あの、モンスターを纏めて吹き飛ばすという芸当をやってのけたのは、そこの青年らしい。

 女性に怒られてしゅんとしている姿に威厳などないけれども、間違いなく、実力者だ。

 

「そもそも、ろくな準備もせずに大量発生(イレギュラー)に突っ込むこと自体おかしいんですよ、今回は比較的モンスターも柔かったものの、もっと下の方で発生していたらどうなっていたか」

「ご、ごめんよアル。どうしても放っておけなかったんだ」

「それはわかります。ですがそれで犠牲者を増やしたり、貴方が犠牲になっては本末転倒なんです。自分のことをちゃんとできて、初めて自分以外の人のことに手が出せるようになるんです」

 

 とりあえず、敵ではないようではある。

 女性が「ウルスラグナ様」ということを言っていたことからして、【ウルスラグナ・ファミリア】だろうか。でも、ノエルさんからもらった資料に載っていたかもしれないけど、俺はそんな【ファミリア】と面識はない。様子を見るにトルドも同様。

 それなのに、まるで俺たちを探していたかのような口ぶりは、どういうことだろう。

 

 というか、ここはまず礼を言うところなのだろうけど、なんだかタイミングを逃したみたいで、どうにも切り出せない。

 

「貴方は同じことをいつもいつも――」

「ちょっと待って。先にアレを」

 

 苦い顔をして浅くうつむいていた青年が、いきなり真剣な表情で俺たちの背後を指差す。

 

 はて、後ろになにかあったかな、と振り返ると。

 

 忘れていた。フロッグ・シューターやキラーアントを含んだモンスターの濁流が、押し寄せてくる。正規ルートがすっきりしたことにより、もう終わった気になってしまっていた。まだ大量発生は終わってはいないのだ。

 

 やけに重い身体を動かし、逃げるか迎え討つか、ほんの少しだけ迷う。普通に考えれば俺程度が立ち向かえるはずもないのだが、もはやまともな判断力は失われていた。

 そんな俺と、武器を構えたトルドの間を、青年がすり抜ける。

 

「ちょっと失礼」

「帰ったらお話の続きですからね!」

「流石に勘弁して!」

 

 青年は、悠長に会話をしながらモンスターの波に突っ込んでゆく。

 普通に考えたならば、通路を埋め尽くすほどの量のモンスターに突っ込むなど自殺行為でしかない。数の暴力に打ち負け、呑み込まれ、無惨に散る以外の末路はない。

 

 ただし。そう試みる者が、普通の人間ではない場合は、その限りではない。

 例えば、Lv.1である俺やトルドなら、きっと不可能だろう。しかし、Lv.2以上の上級冒険者で、あるならば、もしくは。

 

 青年の手に武器などない。その拳を大きく振りかぶり、力強く踏み込んで。

 

「ふんっ!」

 

 

 

 一撃。

 

 

 

 それだけで。モンスターの波が打ち砕かれる。

 

 直撃したのはせいぜい数体の、大雑把な攻撃。それでも、効果は十分すぎるほどに現れた。

 

 あまりの威力に、まるで青年の手から爆発でも起こったかのように、余波だけでモンスターが吹き飛ばされる。爆心地にいたモンスターは耐えきれず内側から爆散する。モーセが海を割ったように、モンスターの波が衝撃で真っ二つになった。

 同じ冒険者でも、こうも違うものか。レベルが一つ二つ離れるだけで、ここまで異なるものなのか。

 いや、素手でこんなに凄まじい結果を出すのには些か無理がある。明らかに異常だ。魔法か何かを用いていないと、こうはならないだろう。

 

 それでも、青年の攻撃を運良く回避し、こちらに向かってくるモンスターも、何体かいる。ふらつく足を踏ん張り、迎撃しようとするが。

 

「お二人とも、走れますか?」

 

 女性が俺たちとモンスターとの間に滑り込み、華麗なナイフ捌きで蹴散してのける。キリッとした横顔が美しい。

 そういえばこの世界、やけに美人美少女率高くないだろうか。まあそんな話、今はどうでもいいとして。

 

「ボクは、走れます、けど……」

 

 ちらりと、トルドの心配そうな目が俺の、負傷した肩を捉える。

 ポーションで治したからもう出血はないものの、止める前に流しすぎたのか、出血多量の症状としてめまいがする。でも、それだけだ。冒険者の身体は、思った以上に強靭にできている。

 

「俺も大丈夫です。問題ありません」

 

 何より、この状況で動けないなどと言えるものか。

 俺たちのやりとりを聞きながら、モンスターを切り続けていた女性は、こちらに向き直るなり移動を開始する。

 

「では、これから脱出します。着いてきてください。……行きますよ!」

「了、解!」

 

 まだ大量のモンスターと戦闘を繰り広げていた青年が、余裕綽々で追いついてくる。

 最早モンスターの波は勢いを失い、俺たちを追うだけの速度はない。女性が先頭を、青年が殿を務める布陣では、突発的に襲いかかってこられても崩れることはない。

 

 助かったのだ。

 

「生きて帰れる……感謝するっす」

「た、助けていただいて、ありがとうございます」

「礼なら、君たちがいることを僕らに教えてくれた人にしてくれよ。僕らは当然のことをしたまでだ」

 

 青年は当然と言うが、本来、ダンジョンでは全てが自己責任。わざわざ大量のモンスターを退かせながら助けになど、普通は来ない。依頼ならばあり得るかもしれないが、そんなお人好しではこの厳しい迷宮を生き抜けないからだ。

 

 だが、おそらく、二人はギルドが募った部隊ではない。完全に善意だけで、助けてくれた。

 こんな人たちも、いるのだ。自分勝手だけど、この世界も捨てたもんじゃないと思える。

 

「今更っすけど、お二人は……?」

 

「僕はパンテオン・アブソリュート。彼女はアルベルティーヌ・セブランだ」

 

 

「私たちは【ウルスラグナ・ファミリア】。味方に勝利を齎す神が治める【ファミリア】です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。

 

 適度に冷えた空気、静寂に満ちた空間。【エイル・ファミリア】の診療所、その病室だ。

 

 大量発生から逃れた俺たちは、幾人かの冒険者と合流しつつ地上に帰還した。その冒険者の中に【エイル・ファミリア】所属の団員がいたので、負傷した人はとりあえずこの診療所に運ばれた。

 

 回復薬――ポーションは便利だが、万能というわけではない。

 差はあるものの、どれもだいたい同じ様な効能で、自然治癒力を高め通常ではあり得ない速度で傷口を塞ぐ、疲労を軽減し活動力を高める、ということが主としてある。

 しかし、物理的な外傷、内傷を治すことはできたとしても、使用者がその傷で負ったダメージまでは肩代わりできない。痛みは和らぎ、体力は回復するが、それで失った血液などは補充できないのだ。

 無論、血液供給を早める効能もある。しかし、急激な血圧変化は血管に負担をかけてしまうために、その効果を強めるわけにもいかないのが現状だ。

 飽くまでポーションは外傷に対して自然治癒のために用いるものであって、例えば、骨折や血管の破れなどは治せるが、骨密度の低下や食生活などによる血管の老朽化などは治せない。

 その辺はまだ研究中で、もしそういったこともポーションで回復できるようになれば、不老不死も実現できるなどと言われているが、科学技術で発展した現世でもそういうのは難航していたので、実現はかなり先の話になりそうな分野である。

 

 結局、ポーションは体力や患部をもとの状態に戻すための道具であり、決して万能薬ではないということだ。

 そんな事情もあり、肩の怪我による出血多量で意識が朦朧としていた俺は優先的に搬送され、輸血を受けているらしい。

 らしいというのは地上に戻ってきてからの記憶が曖昧であるからで、起きたとき腕に針が刺さっているのを確認したからだ。こんなファンタジーの世界でリアルな話だな。

 

「起きたっすか?」

 

 俺が寝ているベッドの横、病室の隅ではトルドが簡素なスツールに座っていた。

 

 とりあえず、起き上がる。壁も棚も仕切りのカーテンも白で統一された病室には、俺のを合わせて四つのベッドがあった。

 

「…………」

「ここがどこかわかるっすか?」

 

 トルドの問いに、小さく頷くことで返事をする。

 

 頭がぐわんぐわんと揺れ、めまいが止まらない。吐きそうで、上半身を起こしていられなくなり、またベッドに倒れ込む。

 まだ肩は痛む。痛むが、我慢できないほどではない。こうして生きているだけで儲けものだろう。

 

「寝てなきゃ駄目っすよ。看護師さん呼んでくるから待ってるんすよ」

「……お、う」

 

 やけに現世的な会話と状況に若干の時代錯誤……いや世界錯誤を感じずにはいられない。入院経験はないが、現世でもこんな感じではないだろうか。

 立ち上がり、病室を出ようとしていたトルドは扉を開ける前に立ち止まり、こちらに戻ってきた。

 

「向かいのベッドに寝てるのがボクたちのことを【ウルスラグナ・ファミリア】の人たちに教えてくれた人っす。一応、礼を言っておくんすよ」

「……わかった」

 

 小声でそれだけ伝えると、トルドは今度こそ病室を後にする。扉は横にスライドするものだった。いよいよ現世じみてきたな。

 

 さて、他の二つが空いているので向かいの人と二人きりなのだが、しっかり仕切られており、そのご尊顔を拝見することができない。というかそもそも起きているかもわからない。

 まあ、挨拶をしないことには始まらないだろう。

 

「あのー……、その、ありがとうございました。お陰で、助かりました」

「……………………当たり前のことをしただけです。御礼には及びません」

 

 返ってきたのは、やけに幼さが目立つ女性……というよりは、少女の声。

 どこかで聞き覚えがあったその声は、思い返せばウォーシャドウとの戦闘の直前に聞こえた悲鳴、それと同じ質だ。

 しかし、それだけでもない気がする。他にも何かで聞いたことがあるような、ないような。

 

 確かめるには、もう一度話しかけて会話をするしかない、のだが。何と言えばいいのだろうか。こういうときに言葉が出てこない己の能力が恨めしい。

 

「えっと、僕は【ブリュンヒルデ・ファミリア】所属の夏ヶ原司です。あ、貴女は?」

「……………………【ワクナ・ファミリア】のカテリーナ、です」

 

 ここで俺、なんて言うことは躊躇われたが、僕、とか慣れない一人称を使うとこっぱずかしい。

 

 しかし、【ワクナ・ファミリア】に、カテリーナ、か。ダンまちに出てきていない【ファミリア】にキャラクターで間違いはなさそうではある。でも、拭いきれないこの既視感は何だ。

 原作に登場しないキャラの雰囲気ではない。だがリューさんのような圧倒的な存在感を放っているわけでもない。確かな矛盾が、このカテリーナという人物に潜んでいる。

 これは、少しばかりカマをかけたりした方が、いいかもしれない。

 

「えと、カテリー」

「カテリーナあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ちょ、声が大きいぞ主神」

 

 俺の言葉は、何者かの大声と、扉を開く音に遮られてしまう。

 入室してきたのは、一人の幼女と赤髪の青年。こちらも、見覚えがあるような、ないような。さっきから俺は何に引っかかっているんだ?

 

 そんな俺の疑問は、次の瞬間に氷解する。

 

「心配したんだよ、無事だったんだねカテリーナぁぁぁぁぁぁ!」

「あっ、ちょっ……」

 

 これまた大きな音を立てながら、幼女――青年が主神と言っていたことからして、おそらくワクナという神――がカテリーナさんのベッドを囲っていたカーテンを勢い良く開く。

 強く引きすぎたのか、俺にもカテリーナさんの姿が確認できた。

 

 

 できてしまった。

 

 

「…………は?」

 

 号泣でもしそうなくらいに声を上げる女神らしき人物と、冷静さを保とうとしながらも感情の吐露を隠しきれない青年を横目に、俺だけが目を見開き固まる。

 

 思い出した。

 

 その声は、その外見は。

 

 原作第二巻初登場、元【ソーマ・ファミリア】所属で後に【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)する、ヒロイン候補の一人、小人族(パルゥム)の、少女。通称リリ。

 

 

 リリルカ・アーデ。

 

 

 トレードマークの巨大バックパックはないものの、一○○(セルチ)ほどの小さな体躯、栗色の髪、円らな瞳。目つきは悪いけど。

 瓜二つというよりは、まるで本人。声も内田真礼さんだし、多少補正がかかってはいるものの、原作やら各メディアやらで見かけるリリルカ・アーデのものと同じ外見をしている。

 

 そう考えると、カテリーナに抱きつくツインテールの幼女は、いくらか年齢退行させた女神ヘスティアに見えるし、赤髪の青年は何年か歳をとった刀匠ヴェルフ・クロッゾに見える。

 ワクナさんは神ヘスティアの格好でもなく、例の紐もない、というか巨乳でない。そこを除けば本当に、妹と言えば信じてしまうだろうほどには似通っている。

 

 これは、どういうことだ。本格的に原作世界からズレてきているのか。それともここまで全て偶然の成せる他人の空似か。後者はないとは思うが。

 

「うわあああぁぁぁぁぁぁよがっだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ワクナ様、ここは医療機関ですし静かに……あれ、そっちの奴は?」

 

 カテリーナさんに飛びつき泣きじゃくる幼女神を置いておいて、赤髪の青年がこちらに気付く。

 中肉中背、炎を連想させる真っ赤な髪はあからさまにテキトーに切られているのがわかる。男前で精悍な顔つき、よく鍛えられた身体。

 武器も持っていないし、服も違う。でも、確かに、ヴェルフが何歳か成長すればこんな感じになるのではないか、というくらいにはそっくりだ。

 

「被害者仲間、です」

 

 母親さながらにワクナさんの頭を撫でながら、カテリーナさんはやけに醒めた表情、言葉で返す。心なしか空気も張り詰めている気がする。

 

「ふうん?」

「ど、どうも……」

 

 訝しむような、不思議なものを見るような、そんな視線。正直、向けられて居心地が良いものではない、が、青年はそれをカテリーナさんにも向ける。

 

 若干、嬉しそう、にも感じられる。もう、複雑な背景がありそうな気しかしない。

 

 

 色々、訊きたい。

 

 相当に似ているからして、原作と無関係とはとても思えない。

 彼らが、原作に対して、【ソーマ・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】に対してどのような関係性を持っているのかいないのか。【ヘスティア・ファミリア】との違いとか。

 リリルカ・アーデやヴェルフ・クロッゾ、ヘスティアのそっくりさんがいるなら、ベル君や(みこと)さんのそっくりさん等もいる可能性は十分にある。

 何らかの情報を得ることで、この世界のことがわかるかも知れない。俺がここに来た理由なども判明するかも知れない。

 

 でも。逆に、ここで質問してしまっていいのかもわからない。俺の存在自体どんな事情があるかもまったくわかっていない以上、無闇矢鱈と喋っていいものではないだろうし、そもそも彼らが、俺からしてみれば敵である可能性だってあるのだ。

 

 結果、もどかしいが、適切な機を待つことにする。情報は欲しいけど安全が先だ。

 

「【ブリュンヒルデ・ファミリア】の夏ヶ原司です。今回は、その、カテリーナさんのお陰で助かったといいますか」

「あああカテリーナぁ、大きな怪我とかは――ぇ」

 

 俺が話し始めると、ワクナさんがぴたりと泣き止み、赤髪の青年もきょとんとした顔をする。

 なにかまずいことでも言ったかと不安になってしまうが、どちらにせよ注目されていることに変わりはないし、今更止めるわけにもいかない。

 

「……別に、私が直接助けたわけじゃないです」

「それでも、カテリーナさんがいなければ俺はここにいないと思いますし、こんな状態で申し訳ないんですけど、えと、ありがとうございます」

 

「…………そうなのかい、カテリーナ?」

 

 暗く沈んだままのカテリーナさんに、ちゃんと女神らしく、慈愛を感じさせる微笑をたたえるワクナさんは優しく問いかける。

 

 事実、カテリーナさんが【ウルスラグナ・ファミリア】の二人に俺たちのことを報せてくれなければ、俺たちはモンスターの海に飛び込み力尽きていただろうことは想像に難くない。

 だから、こちらとしては十分に感謝に値するし、命の恩人と呼んでも差し支えないだろう。

 

「……偶々、です」

「そっか、そっか。それは喜ばしいことだよ。ボクも嬉しい」

 

 ワクナさんの笑みで、空気が、少しだけ緩む。

 

 やはり、先走って質問など飛ばさなくてよかった。とてもじゃないが何か訊けるような雰囲気ではない。

 

 

 なんだか一段落ついたのか、大した負傷もなかったカテリーナさんはもう立ち上がれるようだ。

 

「イネフ・マクレガーだ。俺もしょっちゅうダンジョンにはもぐってるから、なんかあったらよろしくな」

「ボクはワクナ。えっと、わかると思うけど【ワクナ・ファミリア】の主神をしてる竈の女神さ。食堂みたいな店を出すつもりだから、その時には是非来てみてね」

「……それでは」

「はい。また」

 

 退院して行くであろうカテリーナさんを、付添いの二人をベッドの上から見送る。

 

 ヘスティアでない竈の女神に、ダンまち原作登場キャラクターに酷似した人物たち。ほぼ間違いなくこの世界、というよりはこの世界が辿る運命に関わっている。

 

 今でなくても、いつかは必ず真実を知る時が来る、その時まで生き延びてみせろ――

 

 そんなことを、言われているように思えた。

 

 

 

 

 

【ワクナ・ファミリア】の三人と入れ替わりに、【エイル・ファミリア】団長、犬人(シアンスロープ)の医師オルタンシアさんと、脱出する際に出会った団員のロザリー・ドレイパーさん、そしてやけに静かなヒルダさんが入室してくる。

 看護師然とした白衣を身に纏っているロザリーさんは、ダンジョン内ではやけにごつい大剣を軽々担いでいた。人って見かけに寄らないなあ。

 

「はいはーい脈測りますねー。腕出してくださーい」

「あ、はい」

「ある程度回復出来ている様ですね。まだ目眩などの症状は残っていますか?」

「ちょっと頭がぐらぐらします」

「かなり出血していましたからね。疲労感は……迷宮探索の後では見分けが付きませんか」

「輸血パック交換しますねー」

 

 てきぱきと進められる回診に対し、ヒルダさんはベッド脇のスツールにちょこんと座ったまま動かない。若干俯いているために顔も窺えない。

 

 なんとなく、怒っているんだろうな、とは当たりがつけられるのだが、まだヒルダさんから怒られたことがないので、俺自身どうしたらいいのか見当もつかない。いつも表情豊かなために起こる弊害、随分と贅沢な悩みではあるのだけれど。

 

「ああそうそう、ギルドの方からナツガハラさんに通達がありましたよー」

「俺にですか?」

 

 何かやらかした覚えはないが。

 とすると大量発生関連か。俺なんかに時間を割くよりトルドから聴取するだけでいいのでは、とは思ってしまうけれども。

 

「後日ノエル・ルミエールさんかナターシャ・ロギノフさんの所までお越しください、とのことです」

「わかりました」

「トルド君や【ウルスラグナ・ファミリア】の人たちは速攻でうちの待合室使ってやられたけど、流石に怪我人相手はね」

 

 仕事ですから、と、あの巨漢のオズワルドさんが押し切ったらしい。俺やカテリーナさんは寝ていて助かった形になる。

 

 俺が寝ている間に、【ウルスラグナ・ファミリア】の二人は帰ってしまったらしい。せめて礼だけはさせてほしかったが、それも仕方ない、今度出会えたときにでもしよう。

 

 

 ややあって、オルタンシアさんがカルテ的なものを閉じる。この世界にコンピュータのような便利アイテムはないので、当然紙のカルテだ。

 

「では、これで今日のところは終わりになりますが……一応、大事をとって一泊、入院して頂くことになります」

「え、でも……」

 

 今日の夕飯担当も俺のはずだ。いや、それ以外に、それ以前に。

 

「それでですねー、もう外も暗いですし、どうせならブリュンヒルデ様も泊まっていきません? 幸いベッドも空いてま」

「そうさせてもらうわ。ありがとう」

 

「了解です。じゃあ、わたしたちはこれで」

「一時間程で夕食の案内に参りますので、遠慮なく寛いでいてください。では」

 

 そそくさと、逃げるようにロザリーさん、オルタンシアさんが退室していく。できれば残っていてほしかったのだが。

 

 だってヒルダさんは絶対怒っている。台詞の被せ様なんて分かり易すぎだろう。

 

 上手く言い表せない沈黙が落ちる。微動だにしないヒルダさんが恐ろしくてたまらない。

 

 とりあえず、謝ったりしておいた方がいいのだろうか。でも何を? 何に対して謝罪すればいいのだろうか? 逆ギレしているわけでもなく、純粋にわからない。

 

 

「……差し当たって、はね」

「は、はい」

 

 顔は伏せたまま、ヒルダさんはゆっくり言葉を紡ぎながら、俺の胸に掌を押し当てる。

 何を、とは言えなかった。その腕は、小刻みに震えていた。

 

「一先ず、無事でよかったよ……」

「……すいません、心配かけました」

 

 がばっ、と、ヒルダさんは勢いよく上体を起こし、少し潤んだ瞳で睨んでくる。迫力などない。むしろ庇護欲を掻き立てられるような、逆らい難い力を孕んでいる瞳だ。

 

 そのまま、ヒルダさんは何かを言おうとして、物凄く複雑そうな顔をして、結局口を噤む。

 

 代わりに、俺の肩を、怪我をした方の肩の付け根を掴んだ。

 

「ぁっ⁉︎ い、っだだだだっ⁉︎」

 

 いくらヒルダさんの細腕であろうと、まだ治っていない傷口を触られて痛くないわけがない。

 反射的に払いのける。ヒルダさんはやけにあっさり、抵抗もなく手を放した。

 

 透き通るように澄み切ったヒルダさんの双眸が、俺のそれらを捉える。なにもかも見通してしまいそうな、綺麗な二つの水晶が、俺の内部を覗き込んでくる。

 

「その傷は、止むを得ないもの? 仕方のないものなの?」

 

 ウォーシャドウに貫かれた傷。

 

 それは 勝利のための致し方ない犠牲、などと称すれば格好もつくのかも知れない。しかし、果たして名誉であるかと問われれば、それはまた違う話になってくる。

 

 別に、この怪我をしなくてもあの場を切り抜ける方法はあった。トルドに助けを求めるなり、逃げるなりの手段をとることもできたはずなのだ。決して、回避ができなかったわけではない。そもそも警戒を厳にしていれば防げた事態だっただろう。言ってみれば、俺の所為で俺が危機に陥っただけのことだ。

 

 だからこそ、意地になってしまった。子供っぽい、馬鹿で浅はかな考えだと、自分でも思う。

 

 

 神に嘘は通じない。

 

 でも、それでも。今、このちっぽけなプライドを捨ててはならない気がした。

 

 

 死んでしまう気がした。

 

 

「これがなければ俺は死んでいました。肉を切らせて骨を断つ、ってことですよ」

 

「……そう。なら、いいんだ」

 

 美しい。

 

 なにもかもを見通して、なおいつものように、ふんわりと笑うヒルダさんに目を奪われる。

 あぁまったく、何をしているんだ俺は。情けなさ過ぎて擁護などできたものではない。今朝の俺に申し訳が立たない。

 

 

 感情が、ふつふつと湧いてくる。

 

 

「……神様」

「ん? なに?」

 

 きっと、これは怒りであって、悔しさであって、切実な願望だ。

 

 俺は知っている。こういう時、なんと言えばいいのかを。主人公はなんと言うのか、俺はわかっている。

 

「……俺、強くなりたい、です」

 

「うん、……うん、わかるよ、わかってるよ」

 

 

 俺ごときがおこがましい、などということなど百も承知だ。その想いの強さも、俺なんかとは比べ物にならないことなどわかっている。

 

 

 

 

 

 だけど。この気持ちは、正しく本物だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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