始まり
「何でこんな!!!」
夏の夜のプリベット通りを細身の子供が駆け出していく
ーーー
少年は階段下の物置で自分の悲運を呪っていた。
細長い指に視線を下ろし、ため息をつく。
隅の方からシューッと、かすかに音がした。
少年は顔をあげ「またなんだ。」と呟く代わりに暗闇に同じような音を返しうつむく。
この奇妙なやり取りは〝3年前〟の出来事から
当たり前になっている。
『奇妙』というのもどうやらこの少年、
家主のダーズリーさん曰く『ま、と、も』でないらしい。
〝3年前〟この少年ハリーポッターは7才であった。
両親はまだハリーが赤ん坊だったときに交通事故で亡くなったらしい。
ろくでもない親だったそうだ。
そういうわけで、このダーズリーさんの家に『押しつけ』られたハリーはこの歳にして、まるでお手伝いさんのように〝3年前〟のこの日も働いていた。
「おい小僧!起きろ!そこで寝るな!起きろ!」ダーズリー氏の叫ぶ声で目を覚まされた。
「あっ」とハリー。完全に油断していた。
昨日ダーズリー達が二階の寝室に上がり寝静まってから、
こっそりと階段下の物置から抜け出したハリーは
普段はまともに見ることも許されないテレビを見ていたのだ。
ふかふかのソファーに横たわってテレビを見ているうちに、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「来い!」首根っこを捕まれて廊下に放り出されたハリーは、しばらく茫然としていた。
ハリーが何も言葉を発っしないようなのでダーズリー氏が口を開いた。
「ぬぁ~にをしとったんだ小僧」一瞬間が空いて「何も。」ハリーはむすっとした顔で答える。
「なっ...!」いつも反抗的な態度をとらせないようにしていたダーズリー氏は少し面食らったようだ。
「では、学校があるので。」そそくさとリビングへ出て荷物を持ったハリーはパジャマのまま庭から外へ出ていってしまった。
ハリーは相当イライラしていた。「いい夢だったのに...空飛ぶオートバイ...なんで僕は普通に暮らせないんだ」家に帰ったときにこの分のツケを払わせられるのは分かっているが、それ以上にこれから行く学校のほうが憂鬱だ。
パジャマのままで登校してきたことでダドリーの取り巻き達からは笑われたが別に気にならなかった。
隣の席のジュリアが「ねえ、大丈夫?」と話しかけてきた。「全然。」「何でパジャマなん?」「いろいろとね。」
昼休み、運動場でダドリーズに囲まれた。いつもの遊び、ハリー狩りをやりにきたのだ。ハリーはダドリー氏の言う『ネズミの食事』というような量の食事しかとらせてもらえてなかったのであばら骨が少し浮き出るくらい細い。その為よくいじめの標的にされるのだ。今日はいじめっ子のボスであるダドリーが算数の補習らしいのでまだましであろうが...。
ピアーズが「おいポッター。お前調子に乗るなよ!」と声をかけてくる。
「ほっといてよ。」と声をかけるも「こっち来いや!」「いい気になるなよ!」と胸ぐらを掴んできた。何かが違う気がする...
「お前ジュリアに心配されてニヤニヤしてただろ」とゴードン。
ピアーズの顔が少し怒りに歪んだ気がした。なるほど、そういうことか。合点が言ったハリーは思わずニヤついてしまう。
ピアーズが「おい!なに笑っとんじゃ!」怒声をあげて蹴りをいれた。
と、そこへ「おもしろいもん見っけたぞ~」と言いながらマルコムが鉄パイプを引きずってきた。ハリー狩りはいつもはボールをぶつけられたり、足で散々蹴られて終わるのだが、これでしばかれたら軽くではあってもアザはできそうだ...。
「おい。お前。これで思いっきり殴られんのとクラスの女子の前でパンイチになるのとどっちがいい?」
「ぶぁっはっはっはっはっ」
ゲラゲラ笑いに包まれる中、
朝の一件の次はこれか...
体中の血がふつふつと熱くなるのを感じた。心臓が早鐘を打っている...
「ピアーズ。ジュリアさんが好きなんだろう」挑戦的にそして見下すようにハリーは言い放った。
やってしまった ...
ピアーズ以外の連中は互いにキョロキョロ見回した。誰も知っていても言わなかったことをコイツ...。
「それは..お前だろポッター!お...お前が今日!お前は!お前がわざとパジャマなんかで来て!おま「いつもそうやってジロジロ見てたんだろうね気持ち悪い」ハリーは冷たく言い放つ。「なっ...!!」明らかにピアーズは動揺している。
「貸せ!!」「あ...」マルコムから鉄パイプを奪い取ったピアーズが思いっきり振りかぶった。ぎゅっと身を固くして衝撃を覚悟した..何かが体から発散されたような感覚が稲妻のように体中を駆け巡る。
顔を庇っていた腕を下ろし恐る恐る閉ざしていた視界を広げた...
ーーー
ダーズリーさんは昼間から学校に呼び出され不機嫌そうに廊下を歩いている。へまをした部下を2、3人怒り損ねたといったところだろう。「あの小僧め何をやらかしをったんだ...。」微かに不安がよぎる...
結果的にハリーはあの状況で無傷だった。
肘を打ったゴードンも
頭を打ち血を流していたマルコムも
背中を打ったピアーズも軽傷で済んだ。
ピアーズ達の証言ではハリーが何か光爆弾のようなものを持っていて3メートルも吹っ飛ばされたという。
さすがに先生方はこの証言をあてにはしなかったがハリーが友達を鉄パイプで押し倒したものと見てダーズリー氏を呼び出したのだ。
ハリーの弁解は聞き入れられなかった。
「待たんか小僧!!」
ダーズリー氏が物置部屋に閉じ込めようとしたとき、
ついにハリーは家とは呼べない家を飛び出した。
ずっと前からこうしたかったのかもしれない。
「何でこんな!!!」
夏の夜のプリベット通りはそんな心境とは逆に心地の良いものだった。
綺麗好きな住人の咎めるような視線を感じなくてもいいし、自分を指差してコソコソしゃべるローブの変人達もいない。
涼しい空気が肺を満たし心まで弾んできたようだ。
これからのことなんてどうでもいい。
行きたいところへ行こう。
明かりを避けて歩くうちにみすぼらしい公園に着いた。
すべり台には使用禁止のテープがぐるぐるに貼られている。
錆び付いたブランコに腰を掛ける。
一度こぐとギィィとすごい音がして止めた。
夜にこんな音を立てるのは......なんで僕は気をつかっているんだろう?
なぜか可笑しくなってきてもう一度こいでみた。
意外と音は大きくならなかったがそれでも響く音だ。
「なんだってんだこんな夜に!シュシュシュ」ブランコを止める。
今すぐそこで声がした...?気のせいか..
「あーやっと止めやがったか!噛みついてやろうかと思ったぜ!シュシュシュ」
やはりすぐそこで聞こえるようだ、と、目の前の地面をヘビが通っていく。
「ったく人間ってジロジロ見てくるなあ~」
ヘビが..しゃべっている..
「歩いてるだけだってのに。あ~俺っち足ねえか~アハハ」
「あの~」
「ん?」
「しゃべれるのですか?」自分で言っておかしいと思った。
だってこのヘビは確実にしゃべっているのだから...
「え!?あんたしゃべれんのかい!シュー」
逆に返された。
「いや...だって君「いや~まさか生きてるうちにヘビ語使いに会えるとはね~シュシュシュ」
周りを見渡す。誰もいない。
「生きてるとき以外どこで会うんやってなアハハハシュシュシュ。おいお~い、あんたさん聞いとんのか~?」
「君はヘビなの?」
「おいおいからかっとんのかいな~?わいは強いで~猛毒やで~シュシュシュ」
「何でしゃべれるの?」
「ほんまに猛毒なんやで~?アフリカ生まれのウェールズ育ちっつったらこのワイなんやで~?シュシュシュ」
「ねえ、君はヘビなの?」ハリーは少し語気を強めた。
「いったいヘビ以外なんやねんな~。悪そなヘビはだいたい友達やで~シュシュシュ」
「どうしてしゃべれるの?」
「あ~そうか~知らんのやな~?シュシュシュ」
何を知らないのだろうか?ハリーは首をかしげる。
「アンタさんが今しゃべっち~のはヘビ語やからな~アンタさんがしゃべっち~方がおかしいんでよ~」
これは夢なのだろうか、と頬をつねってみたけれど夢ではないようだ..
「あんさんばっか質問しよるから~こっちも質問させてもらうで~。あんさん見たところ子供やけどこんな時間に一人でなにしよんさ~?」
それからハリーはさらにヘビ語とはなんなのかを聞いたあと、辛い家の中での生活、普段いじめられていること、今日あったことを話した。
人に相談をしたことがなかったハリーにとって、ヘビとはいえとても真摯に聞いてくれるヘビにすっかり心を許していた。
「こんな風に打ち明けれたのは君だけだよ。」
「そらワイやからな~。でもハリーはん、なかなかよう生きてこれたわな~」
「ところで君の名前は?」
「ワイはヘビオタクに飼われとったからな~。何十とヘビがおったからね~名前はつけられとらんな~。」
「抜け出してきたの!?」
「そやで~するする~とまるでヘビのようにな~シュシュシュ」
「大丈夫なの?」
「言うとくけどな~戻る気はゼ~ロ~やで。連れ戻すなんて言うたら噛みつくで~シュシュシュ」
「まあ、このままさまよってても捕まっちゃうからな~ハリーはんについてくで~シュシュシュ」
「いや、でも、食事もあれだし...僕物置だし...」
「物置なんてご褒美やで~暗いとこ大好きやっつ~ねん、食いもんなんて物置で蜘蛛でも食うとくわな~シュシュシュ」
「まあハリーはんが嫌ならいいけどな~シュシュシュ」
遠くの方で車のカパッという音がして振り返るとパトカーから警察が降りてきていた。
「どうするんねや~シュシュシュ」
「パジャマの下に入って!」
「何でそんなブカブカなん着とんや~」
「後で!」服の下にヘビを入れて立ち上がった。
「あっあと言い忘れよったけ~どハリーはん魔」
「黙って!!」
それからハリーは警官に向き直った。
ハリーはこのヘビをグリンと名付けた。
単に緑色だからである。
あの一件から3度の物置監禁1週間をくらったがハリーはグリンと一緒であるからかあまり苦には思わなかった。これにはハリー自身が驚いたぐらいである。
一1度目の監禁の原因は、もちろんあの一件のこと。
ー2度目の監禁の原因は、ダドリーと取り巻き達が、
『聖なる罰』と称して復讐しに来たときである。
このときハリーは、なぜか、「息ができない!!」と涙目で訴えるマルコムや、ハリーを殴った..かに見えた従兄弟のダドリーがなぜか吹っ飛ぶところや、なぜか宙に浮かんでバタバタするピアーズを茫然と眺めていた。何かの策略かと思ったが、ハリーにはダドリーズがそんなことを考えつく脳みそを持っているとは到底思えなかった。
ー3度目の監禁の原因は、マージおばさんからの贈り物のケーキをダドリーが食べているときに、
ケーキなんて吹っ飛んじゃえと思っていたらなんとケーキが、
べチャリとシミひとつない天井にくっついたことである。
こうしたことをグリンに説明すると彼は決まって「だから言ってるやろ~ハリーはん魔法使いなんやから~」と言うのだ。
「何で僕はまともじゃないんだろう...」
「ハリーはん魔法使いなんやで~。
親から聞いてんけど
イギリスには有名な学校っちゅんがあるらしいで~♪シュシュシュ
ワイも早う行きたいもんや~」
「ハイハイ...」(また言ってるよ...)
「ま、ハリーはんにも来るときが来たら分かるはずやて~シュシュシュ」
でもまあ、調子に乗るから言いたくないけどグリンが来てからほんの少し未来が明るくなった気がした。
次回は、ハリーの内面的な話です。