〝3年前〟の一件から、
バーノンダーズリー氏の十八番である
1週間物置監禁の刑がグリンと一緒にいることで
それほど辛いものではなくなったとはいえ、
まだ10歳の少年がそう何度も食べ物を抜かれる訳にはいかない。
しかし...
「ふぁ~あ、どした~?」
隅の方からグリンが声をかける。
「またなんだ。」
自身の痩せ細った長い指を見つめてため息をつく。
ハリーは度々『ま、と、も』ではない力を
自身の意思に反して使ってしまうのだ。
「相棒よ~蜘蛛でも食べるんくぁ~い?」あくび混じりにグリンが尋ねる。
「蜘蛛男になれるかもね...」
「アハハ、スパイダーマンか~相棒~?アハハ
眠気覚めちまったじゃねぇ~かよ~
物置でひっそりと1週間!これがホントのスパイだぁ~マぁンなんっつって~アハハ」
「あのさぁ...」「ん~?シュッシュッシュッ」まだ笑いの余韻が残っているグリンが声だけは真剣に尋ねる。
(何がそんなに面白いのだろうか)
「この力って制御することとかってできないのかなあ...」今までは自分はまともではないからと言い聞かせてきたが、力をどうこうするというのを考えついたのはついさっきだ。
一瞬で思いつき即座に諦めてはいたのだが半分ひとり言のように呟くことでなんとか気を紛らわそうとしたのだ。
半ば投げやりなこの質問にこんな素敵な返事がくるとは思ってもみなかった...
「できるよ~シュシュシュ」
ーーー
学校の昼休み。あの一件...いや、二件以来、
ダドリーズはハリー狩りおよびいじめをやめていたので平和な昼休みを過ごしていた。
これはハリーにとってとてもありがたく、
図書室で1人読書にいそしんだり、
1人で、校舎と校舎の間にある仲良し広場で
花や生き物たちを観察することができた。
そう、ダドリーズにいじめられていたハリーには事務的な会話をする人はいても友達はいなかった。
しかし、あと2年もすればプライマリースクールを卒業しセカンダリーに行くこととなる。
つまり新しい環境、新しい人達である。
まあ友達ができるかは分からないが。
どちらにしろ孤独に慣れているハリーにはむしろ人の群れから離れられるのは癒しの時間でもあった。
しかも、今日は絶対に1人でないといけない理由がある。
「よし!ここにしよう!」
(ここならそんなに目立たないしただの花を見てる人にしか見えないだろう)
ハリーは目の前で不規則に風で揺れている一輪の花に意識を集中させた。(1...2..浮かべ!!)...何も起こらない...それから何度かいろんな集中の仕方で繰り返し挑戦し、さあ14回目..「あのー...」と声をかけられた。
ハリーは内心舌打ちした。
(何で今日に...今に限って...)振り返ると
「この花、好きなんですか?」オカッパヘアーの茶髪の女の子だ。
「え、あー、うん。」(何の用だろ...)
「あのー、えっと、これってパ、パンディー...」と言って赤くなる。だんだんと声が尻すぼみになって聞こえにくかったが
「え?」(今パンディーって言ったのかな、それとも...もしかしてパンティー!?)
「あのっパンジーっていう花ですよね?」色白の肌はまだピンクのままだ。
言い直すのを聞いて今度はハリーが赤くなる番だった。ハリーも色白のために分かりやすい。
「え、あーそうなんですか?」知らなくて恥ずかしいのではなく、パンティーだと一瞬でも思ったのが恥ずかしかったのだが、女の子は誤解して「わ、私も最近知ったので詳しくはないんです!」と言ってくれた。フォローを入れてくれるあたりいい子なんだろうな。
算数のテスト、ハリーは他の子よりもいち早く終えていたため昼間のリベンジを決行した。答案用紙を集中して眺めているふりをして(横に動け!!)答案の上の消しゴムに意識を集中していた。しかし、見回りに先生が生徒の間を動き回るのであまり集中はできなかった。
結局、この日はろくに挑戦できずに進歩もないまま終わった。
帰宅途中、グリンの言葉が身にしみる。
(「それもっと早くに教えてよ!!」
「そやかて~そんな簡単にできることちゃうと思うんや~。ワイも親から聞いた話やさかいに~あんまし自信ないんねや~。」
「とにかく意識を集中させて、力を放出できるようになったら力の制御もできるんだね??」
「それどころかある程度なら杖なしでいろいろできるらしいで~んシュシュシュ」
「杖?というかどんな話を聞いたの?」
「ワイのひいじっちゃんが~、アラブの魔法使いに飼われてんて~。んで、その人がすんごい人だったらしくてな~、なんか8歳にして魔法を使いこなしたとか~、一目置かれた人だったとか~なんとか~かんとか~しかじか~」
「それ...子供に聞かせる冗談じゃないの...?」
「これはホントのホントのホントやで~たぶんな~。でも魔法使いはホンマにおるねんで~。てかハリーはんやがな~アハハハハハ」
「とにかくまともじゃない僕でも制御できる可能性があるんだね...??」
「やから~魔法使いやって~。信じてくれへんな~まあえわえわ~元気出してくれてよかったわ~いシュシュシュ」
「まともじゃない人はどのくらいかかるかな?」
「とにかく~そん人は家族が魔法使いやからな~5歳からのな~3年て~」
「そんな...今からじゃあもうセカンダリーになっちゃうよ!しかも僕は魔法使いなんかじゃなくて...まともじゃなくて...どのくらいかかるか...もしかしたらできないかもしれない...」
「まともじゃない人は1月でひょ~いだとよ~アハハ」
「グリン!こっちは真剣なんだからね!」
「わり~わり~ごみんって~」
「ていうかこの話じたい嘘じゃないよね??」
「ワイが本気で話してたん分かっとるやろ~。こんだけなんげ~えことおったら」
「ごめんごめん分かってたよ。ただちょっと...不安だったんだ。嬉しくて。安心した。」
「きっと上手くいくと思うで~神様はちゃんと見とるって~」
「うん・・・ありがとう」
「シュシュシュ~もう寝よ~や~泣き顔見られる前にな~アハハ」
「泣いて..ないよ...爬虫類は..泣けないんだろ」
「どうやろな~おやすみ~シュシュシュ」
「おやすみ」)
1週間前のことを考えてるともう家の前に着いていた。(今日は嫌みの1つでもグリンに言ってやろう。全然できなかったぞー!って言ったらアイツは何て言うかな「せやから簡単にできひん言いましたや~んシュシュシュ」なんてなハハハ)
夕食を食べ終わり食器を洗い、食卓を拭いて、洗濯物をたたみ終えたハリーはいつもよりドッと疲れが押し寄せてくるのを感じた。昼間の練習の成果は多少はあったのかな。少し明るい気分になってリビングを出て階段下の物置部屋へ行...ハリーの足が止まった。
物置部屋のドアが開いているのが目に入った。
ドクドクドク心臓が急にピッチをあげ始める...
背中に嫌な汗がじとーっと広がっていくのを感じた。
頭が真っ白になった。嘘だろ...いや...何が嘘なんだ...そんなはずないだろう...そうだ...そんなはずはない...。
ふと外の、おそらく車庫の方からバーノンの声が聞こえてきた。何を言っているのかはハリーの耳には入らない。最悪の予感が確信に迫っていた。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ...バーノンの声が段々と近づいてくる。ガチャリッドアが開いた。「ん?小僧、なんでそんなところで立っとるんだ?」理性を限界まで使い心を落ち着けて精一杯の力を振り絞り「いえ、」とだけ震える声で呟いた。聞いてはいけない。2つの意味で聞いてはいけない。聞けばバーノンおじさんに怒られてしまう。いや、そんなことは気にしていない...じゃあなんだ...聞けば最悪の予感が的中してしまうかもしれない...
気づけばハリーは「何をしていたのですか?」震える声で聞いてしまっていた。普段質問を許していないバーノン氏の眉間にシワが寄る。が、どうやらこれは聞いても良いたぐいの質問だったらしい。
「明日はダドリーの自転車レースの日だからな。それの点検だ。」と上機嫌に答えた。「小僧、お前を連れて行こうなんてことには決してならんぞ!分かったらこれをお前と一緒に物置にしまって失せろ!」ハリーはホッとした。それが顔に出たようだ。おそらくバーノンおじさんはハリーが行きたがって残念な顔をするのを期待していたのだろう。それが面白くなかったのかバーノンは「そうだそうだ、あの物置はヘビが出るぞー!つまみ出して殺してやったがまだもう一匹ぐらいおるかもしれんなあ!ヘビはつがいでおるからなあワッハッハッ」
落ち着いていたハリーは一言一句聞き取れてしまう。最悪の予感が当たってしまった...
いや...もっと悪い...
つまみ出すくらいだろうと思っていたハリーの心にグサリと深く深く突き刺さる...
殺してしまっただと...!?
ハリーの絶望的な顔に満足したのかバーノン氏はドアを閉めてリビングへ行ってしまった。
しばらく1人で立ちつくし...ボーッとしていた...
やめろ...理解するな...理解すれば耐えられない...
ゆっくりと物置に向かう...
ハリーは外に出て確認する気になれなかった。
戸を閉めて名前を呼ぶ..
「グリン...グリン...」返事はない
「グリ...グ...うっう...う...「そろそろ出てきたるわ~アハハ」
「グリン!!!」ハリーは渾身の力で抱き締めた。
「グエッハリーはんに殺されてまうわ~シュシュシュシュ」
「なん...で?」
「実はな~あのオッサンはな~ワイの脱皮した殻を外にポーイしただけやねんな~アハハ」「うぅ...」
「ごめんな~心配かけちゃって~シュシュシュ」
「こ...」
「ん~?」
「ぼ..く...」
「はいよ~」
「怖かったんだ...友達を失うのが...親友を失うのが...」
「ほえ~ハリーはんだいぶ変わった人やな~動物をしもべ~とかペッツ~とかやなくて~フレンドってな~シュシュシュ」
次の日の昼休み、今度は邪魔されないように、
図書室の角で、誰にも見られないところで
本を読んでいた...のように見えるだろうが実は僕は本の上に消しゴムを乗せて意識を集中させていた。
(横に動け!!)スーッと消しゴムがスライド...した...!!
思いっきりガッツポーズをしたい気持ちを押し殺して僕はもう一度試してみる...完璧だ!!その他も跳ねさせてみたりくるくる回してみたり...
どうやら昨日、グリンを失うかもしれないと思ったことが僕を精神的に強くしてくれたらしい!
僕はこのまともじゃない力を扱うことができるようになっていた!!
ふと図書室の窓から仲良し広場を見てみると昨日の子が昨日の場所でパンジーを見ていた。
僕は力の使用を練習したいはずなのになぜだかあの場所に行かないといけない気がした。
まだ半分も頭が決めかねているのに足が勝手に図書室を出て階段を降りている?いや、僕が行きたいのかもしれない。いやいや、『かも』ではなく行きたいのだろう...
あの子の後ろ姿が見える。
近づいてきて名前を呼ぼうとしたが...そうだ、名前すら聞いてないじゃないか。
「久しぶり。」僕から同い年に冗談を言うなんて何年ぶりかなとふと思う。
クスッと笑って「久しぶり!」と向こうもこちらを見る。
「パンジー見てたの?」
「うん。綺麗だから。」
彼女はユリアと言うらしい。
「やっぽー何してるん?」ユリアの友達らしき子がユリアに手をふって近づいてくる。
彼女らはどうやらフラワークラブというのに入っていて、仲良し広場の花壇の世話はもちろん校内の花壇に水やりをしているらしい。
こんな言い方は変だろうけど、どうやら僕は人間の友達もできたようだ!
けどやっぱり良いことばかりは続かないもんだ...
次も少し駆け足になりますが...