「おっはよー」
「おう、おはよう、鈴村」
あの日以来、俺は工藤とよくしゃべるようになった。
というか向こうから積極的に話しかけてくる。話す内容が今朝のニュースになってた殺人事件の推理だとか、特に俺にとって興味も無いシャーロック・ホームズの話ばっかだというのは困りものだが……
ふっふっふ、計画通りだ。
ああいう言い方をすれば、謎を謎のままに出来ない工藤の性格から、少しでも情報を得ようとこうなるのは想像が出来ていたからな。
工藤に追い詰められてからのとっさの思いつきだったが、無意味にあんなおセンチな問答をしていたわけじゃ無いぜ!
別に俺としては、なんでこの体にいるのか、とかは実は割とどーでもいいからな。せいぜいもう苦しい死に方はしたくないってだけで。
まぁ、俺がしょっちゅう話すようになってから相対的に工藤と話す時間が減った毛利と、あとそれに同調する鈴木の視線がちょいと痛いが……自分の恋路ぐらい自分で何とかしろ! こっちも生き残るのに精一杯だっつーの!
俺自身が平気でも、『俺の両親』が殺されたりしたらたまらんからな。主に経済的な面で。
ともかく、この調子で高校2年の春までいけば、たとえその時点で別のクラスだろうと工藤新一の友人として事件からは守られる!
……と、そこまで考えて気づいたのだが。考えてみれば原作の方で工藤の友人が本編に出てきたことが殆ど無いなぁ。本当に俺大丈夫かなぁ。
毛利と鈴木と……あと、よく覚えてないがサッカー仲間で怪我して入院していた奴くらいじゃないか? 名前忘れたけど。
……あれ? そういや俺さっきこう思ったよな。話しかけてくる内容が困りものだって。
……んん? もしかして工藤、実は周りから倦厭されてる?
いやいやいや。曲がりなりにも少年誌の主人公だよ? コナンになってからもモテモテだった奴だよ?
女の子に限らず、元太や光彦みたいに男子からも信頼を受けてたよ?
……仮に元太や光彦ぐらいに親しい男子が居るんなら、もう少し工藤のこと心配して工藤邸に顔を出して本編にも露出してるよなぁ……。あいつら結構コナンのことちゃんと心配するし。
……ま、まぁひとまずそこはおいておこう。
名前が出てないだけで、工藤にも友達もたくさん居ただろう。学園祭での復活時にもあんなに歓迎されてたんだ。モブの友達はたくさん居たさ!
……俺はモブにならないよう気をつけよう。
試験開けの学校、昼休み。
だらけた空気の中、工藤は部活の仲間を含めた連中と校庭でサッカーをしていた。
俺は誘いをパスして、教室の窓から校庭を眺めてぼーっとしている。
どうも鈴村君は結構活発な少年だったらしく、こうした運動系の誘いを断ると意外な顔をされるが、勘弁してほしい。中身は三十手前なのだ。
体力よりも先に気力の方が十代の少年たちについていけない。
ついでにもう一つ断る理由があった。
工藤新一=ぼっち説を考え始めてから改めて観察していると、まともに誰かと会話しているところを見たことが無い。
誰かの話に相づちを打つか、工藤の方が一方的に喋ってるだけ。
それも、話しかける相手は俺か毛利か鈴木ぐらいなのだ。
原作中でコナンが灰原哀にしていたようなウィットに富んだ会話が殆ど聞こえてこない。
ここで俺がまず危惧したのは俺の立ち位置だ。
せっかく謎めいた記憶喪失の同級生、という立場を手に入れたのに、下手にサッカー仲間としてくくられてしまったら埋没しかねない。
最初こそ工藤と仲良くなるために、と無理をしてでも校庭に出ていたが、最近はモブ化を防ぐためにそちらの関係は完全に打ち切っている。
反対に力を入れようとしているのが、法律関係の知識を得ることだ。
工藤とまともに喋る人間が居ないのなら、俺自身がまともに喋る人間になることでモブ化は確実に避けることが出来る。
原作でも服部平次や灰原哀とはまともに喋っていると言うことは、頭の良い奴とはちゃんと会話できると言うことだ。
頭の回転を速めることは難しいが、知識を得ること自体は比較的容易な筈。
工藤の興味の対象、刑事事件に関わる最も基礎的な知識の法律を知るのは、親しくなる近道である。
……まぁ比較的、というだけで現実にはこうして法律の参考書を広げながらぼーっと校庭を見ることになってるのだが。
うーん、一応大学では法律専攻してたんだけど、やっぱ長年使ってなかった分野だからすっかり知識がさび付いてるなぁ。
読んでも少しずつしか頭に入ってこない。
「ねぇ、鈴村君」
「んー?」
呼ばれたのに反応して、首を回すと鈴木が居た。
「何読んでるの……って、法律書?」
「ん、ああ。ちょっと興味あってね」
主に工藤と仲良くなるために。
「ほんっとに記憶失ってからは別人ね……それよりさ、ちょっと話をしたいんだけど良いかな」
「話?」
鈴木が俺に?
イケメン好きのこいつが愛の告白という訳でもあるまい。
この鈴村君は、まぁまぁ目鼻立ちは整っているし目の色もアルビノの赤で目立っているが、残念ながらイケメンという分類では無い。俺自身が普通にしてるつもりでも結構目つき悪いし。
だがまぁ話を断る理由も無い。
「別に良いけど」
本を閉じて鈴木に着いていくと、空き教室に誘われた。
何の話をするつもりだ? ホントに心当たりが無いんだが。
「最近さ、あんたよく新一君と話してるわよね」
「ああ、そうだな」
何しろモブ化しないように必死だからな。まぁ先に述べてるように一方的に俺かアイツが話しているだけだが。
「その、こういうこと聞くのはひょっとしたら失礼に当たるかも知れないから、聞きづらいんだけど」
と、なぜか目を合わせないようにしながら鈴木。
恥ずかしがっているようだが、やっぱり恋愛事のような甘さは感じない。
「……なに聞きたいのか知らないけど、すぱっと聞こうぜ。でなきゃずーっと心に引っかかったままになっちまう」
移動にも時間はかかる。あんまりのんびりしていると昼休みが終わってしまう。
「……わかった、すぱっと聞くわ」
言い切って、すぅーっはー、と深呼吸する。
「鈴村君てさ、新一君のこと好きなの?」
「…………」
なるほど、これは聞きづらいだろう。
この場合の好き、はlikeではなくloveな話な訳で、だからこそ鈴木も聞きづらかった訳で。
日本において同性愛者は肩身が狭いものだ。
うん、それはわかる。でもな。
「んなわけあるかぁぁぁあああ!」
絶叫とともに距離を詰める。
「ひゃあ!?」
「俺は普通に女の子好きだ! 経験だってあるんだぞ!」
この体になる前の話で、素人童貞ではあったけれど。
……おいそこ、可哀想な目を向けてくるな。
「ご、ごめんごめん! 蘭があんまりにも気にするからさ!」
「毛利がぁ?」
ったく、あいつは……
「んなに気にするならとっとと告白でも何でもしろってのに……」
「あ、あはは、いやー、その、ね。記憶喪失になったばっかりのとき蘭と新一君をからかわないように言ったのも、新一君を想っての牽制なのかなーとか私も考えちゃって」
「んなわけねーだろうが……大方お前が自発的に俺に聞きに来たんだろうけどな、あんまり甘やかすなよ? 毛利のためになんねぇぞ」
最期だけ少し顔を引き締めて釘を刺す。
「……うん、そうかも」
神妙な顔つきで俺の言葉を受け止める鈴木。
「でも蘭って新一君のことになるとホントに過敏になっちゃってさ。周りのみんなが認めてるのに及び腰になっちゃうのよね」
「だからって甘やかして良い訳ないだろうが。今回はまぁ俺にかけられた誤解を解く意味でも早めに来てくれて助かったけど、本当に恋敵が出てきたとき真っ先に動かなきゃいけないのは毛利自身だぜ。鈴木がして良いのは、そのための環境を整える事ぐらいだ」
「うぅ……はい。ていうか鈴村君ホントに別人ね。なんかずっと年上の人に説教されてるみたい」
「…………」
悪かったな、こちとらもう中身はおっさんだよ。
中学生相手にしてるとどうも説教くさくなっていかんな。これじゃあ俺まで爪弾きにされちまうぜ。
工藤があれでまだうまく学校生活を送れてるのは、サッカー部のエースっていう立場があってこそだからなぁ。俺が村八分されたらアイツみたいな仮面ぼっちじゃなく完全ぼっちだわ。
「あ、ごめんごめん、頼れるって意味よ? 老けてるんじゃ無くて」
「フォローが余計痛いっつーの」
悪気が無いのは解るが……。
「そ・れ・よ・り・もぉ~、鈴村君、経験あったのね! ね、ね、誰と、誰と!? マリア? ホシミ? それともセツコ?」
目の色を変えて迫ってくる鈴木。
しまった、いらんことを口走った。
まさか『前世の経験』をそのまま口にするわけにもいかない。
デリヘル呼んだらお姉さんが優しい人で最後までしてくれました、とか中学生が言っていい台詞じゃ無い。
「……ノーコメント」
両掌をかざしてそっぽを向く。
「えー? 別に中身まで聞こうって訳じゃないわよぅ?」
「当たり前だっ!」
こちとら中身はおっさんなんだよ! 中学生女子に初体験を話して聞かせるとかどんな周知……もとい羞恥プレイだ!
「いっとくが、うちの生徒じゃないし、そもそも今現在つきあってる訳でもないからな」
ばれない嘘をつくコツは、話の中に真実を混ぜることにある。この場合、真実100%だ。『前世の記憶』であることを言ってないだけで。
……あれ? この場合、俺ってまだ童貞なんだろうか。
主人公の「後悔しない」行動の根幹は、(自分の)危険を避けること。積極的に事件には関わりません。何もしなくても新一が事件は解決していきますしね。