スノーフレークⅡ   作:テオ_ドラ

11 / 13
今作もリミさんにタイトル絵を描いてもらいました。


【挿絵表示】

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=56114262

未来編も次で終わりとなります。
やっと、エピソード1のキャラたちのいる時間軸へと話は繋がります。


010.「――さようなら」

それは、彼女が無垢でいた頃。

毎日が新鮮で、飽きもせず世界を見渡していた。

一つ一つは大したことじゃないけれども、

そのどれもが眩いくらい多彩な輝きを放っていたのを今でも覚えている。

 

そんな世界へと、

何も知らない彼女の手を引いてくれた優しい「家族」たち。

それがどれだけ幸せなことだったか……

あの頃の温もりがあるからこそ、

今、まだ彼女は前に進んでいくことができている。

 

『システム、再起動』

 

けれどもう、みんないない。

みんながいなくなってからもう随分たった気がする。

寂しかった……でも、それも今日で終わりだ。

 

彼女もすぐに、みんなの場所に逝くことになる。

 

「……っ!」

 

幸せだった頃の夢を見ていた気がする。

でもそれが気のせいだということがわかっていた。

四肢がちぎれるほどの激痛が走る。

それは無理もない、

彼女はつい数秒前まで生命活動を停止していたのだから。

仮死状態だった彼女が夢をなど見るはずがない。

 

座標を確認すると

アークスシップからは多少離れた宇宙空間。

強大なダーカー反応……【深遠なる闇】の近くだった。

 

「……」

 

アンジュはアークスシップの残骸の中から身を起こす。

危険な賭けだったが作戦は成功したらしい。

 

【深遠なる闇】は星の数より多いダーカーを率いて襲ってくる。

ゆえにいきなり本体と戦うのはその壁がある限り無理だ。

そこで彼女が考えたのが残骸の中に隠れて近づくということ。

言葉にすると単純なようだが、

実際には非常にリスキーな作戦と言わざる得ない。

 

ダーカーが襲う優先順位はまず第一に「フォトン反応」。

自らの天敵と認識しているために

何が何でもまずはフォトンを持つ存在を狙う。

それは当然アークスも含まれる……

ゆえに彼らの知覚を欺くのは不可能だ。

次に狙うのは「生命反応」。

アークス以外でも一般市民、

または他の惑星の原生体も対象になる。

惑星リリーパの機甲種はどちらもあてはまらないが、

あれはただ単に機甲種側から攻撃するために

ダーカーも敵性反応と認識して反撃しているだけである。

 

つまり……そのどちらにも当てはまらなければ

ダーカーたちも気付かないということ。

そこでアンジェが考えた作戦はシンプル。

 

『死んだ状態で近付き奇襲する』

 

キャストである彼女は

ほぼ全ての生命活動を停止させて

アークスシップから捨てられた残骸に紛れていた。

当然ながらいくらキャストといえども、

それは無茶苦茶な話であり身体に致命的なダメージが残る。

 

「でも、これで最後」

 

もう、この後はないのだ。

本当に最期の戦い。

ならば後遺症など気にすることもない。

彼女はゆっくりと体とシステムの状態を確認する。

いくつか深刻なエラーを返してきているが、

短期決戦を行う分には問題ないレベルだ。

 

「……」

 

彼女は無言のまま残骸を蹴り、宇宙空間に身を投げる。

いつもの彼女の戦闘服、カルオセリアのスカートが舞う。

カルオセリアバーニアだけでなく、

今のアンジュは更にいくつものアクセサリを装備していた。

大きなリアバーニアに1対のサイドバーニア。

レッグバーニアに加えてスタビライザー。

規格外の大きなフォトンウィングは彼女の体と同じくらいある。

 

ダーカーに悟られない仕様の特殊なフォトンスフィアを割る。

虎の子であるそれは数も少なく含有フォトン量も少ないが、

惜しげもなく複数使った。

 

エネルギーが供給されたバーニアが青白い光を放つ。

猛烈な速度で加速したアンジュは

真っ直ぐと【深遠なる闇】へと向かう。

激しいGが彼女の体を軋ませるが、

アンジュは感情を浮かべることなく敵を見つめていた。

 

それはまるで、暗闇を切り裂き鮮烈な流星。

輝き飛翔する彼女は、まるで白い花のように美しかった。

 

急速に接近するフォトン反応に気付いた

小型のダーカーたちが一斉に飛んでくる。

15匹のエルアーダ、彼女にとっては取るに足りない相手だが、

今は自らのフォトンを温存せねばならない。

取り出したのはヴァルツフェニクス。

旧式のアサルトライフルではあるが、

それゆえにフォトンスフィアで作ったバッテリーでも

少しであるならば動かすことができる。

 

「……メディリス」

 

少しおっちょこちょいだけれども、

誰よりも一生懸命に頑張っていた少女の名。

少し内気な狙撃手はいつだって自分に優しく、

最後まで自分の体を盾にしてまで自分を護ってくれた。

 

「ワンポイント!」

 

速度を落とすことなく射撃を行う。

威力が低いとはいえ、

精確にダーカーの頭を撃ち抜きさえすれば

エルアーダ程度であれば問題ない。

3秒足らずの時間でエルアーダを撃ち倒し、

ちょうどそれでバッテリーが空になる。

 

「……」

 

アンジュは一瞬だけ目を瞑った後に、

仲間の想いが込められた長銃を投げ捨てる。

もう、想い出はいらない。

目を開けた彼女の瞳には強い意志が宿っていた。

 

周囲に突然高速で追いすがってくるダーカー。

姿を見せたそれは鳥の姿をした黒い敵……ランズ・ヴァレーダだ。

その鋭い脚で掴んで止めようとしてくるが、

 

「……ケーラ」

 

アンジュの手には鮮やかな

若草色の装飾が施されたナックル、

パオジェイドが握られている。

いつだって影ながらに

メンバーをフォローしてくれたベテランの闘士。

戦いともなれば勇ましく先陣を切り、

メンバーたちを逃がすために

絶望的な敵の大群を前にしても怯まず戦い散った。

 

不安定な飛行状態にも関わらず

アンジュは器用に体を捻りランズ・ヴァレーダの攻撃を避け、

 

「ダッキングブロウ!」

 

カウンターを叩きこんでまとめて吹き飛ばした。

少し離れていた個体にフォトンが空になった

ナックルを叩きつけてそのまま突き進む。

 

「……ライガン」

 

正面から飛んできた赤い竜巻……

リンガーダが放ってきた旋風を

まるで騎士が持つ盾がついた槍、

ナイトファルクスを回転させて防ぐ。

攻撃は防げているが、

竜巻の勢いに押されて速度が下がる。

出力をあげたせいでブースターのエネルギー残量も少ない、

彼女はブースターを切り離して前方に飛ばす。

 

「セイクリッドスキュア!」

 

最初から最後までチームの盾でありつづけた守護者。

何度傷ついてもそれでも引かぬ頼もしい背中に

自分はどれだけ護られただろうか。

いくつもの刃に貫かれてそれでも立ち続けた

彼を護ることができなかった……

その悔しさは今も覚えている。

 

投げられた槍はバーニアごと貫き、

フォトンが爆散してリンガーダこと吹き飛ばす。

 

飛行能力がないリンガーダがいたということは

もうそこは立つ場所があるということ。

バーニアは失ったがアンジュは無事に着地する。

そこはアークスシップの先端。

レーダーを見れば後方には数が多すぎて

真っ赤に染まったダーカー反応……

 

「……」

 

そして前には強大すぎる反応……【終焉なる闇】がいた。

2対の歪な形をした翼を持つ人型。

10メートルはあるだろうか、

見上げるほどの巨体で

黒い体に鈍い金色の文様が刻まれている。

普段は花の形態で移動しているのだが、

どうやらもう最初から本気のようだ。

 

「……キエロ」

 

人々の為に戦い続けて、

そして最後には闇に呑まれた少女。

けれどアンジュと彼女は

相対して語り合うこともなく開戦した。

 

振り降ろされた巨大な右腕をアンジュは紙一重で避ける。

腕の上に立ち、そこで初めて引き抜いた彼女自身の得物、

オフティアバスターを突き刺しながら走る。

一筋の切り傷から赤い鮮血が舞うが、

相手はまるで意に介した様子もなく

左手の指先からレーザーを放ちアンジュを迎撃する。

 

「……っ!」

 

アンジュは躊躇なく攻撃を止めて後方に飛んで避ける。

 

シュンッ!

シュンッ!

 

数度の射撃をなんとか身をよじりながら回避するが、

気付けば距離をとってしまっていた。

相手を見ると先ほどつけた傷はもう塞がってしまっている。

まるでダメージを与えられていないようだ。

 

――桁が違いすぎる。

 

わかってはいたことだが、

アンジュが一人で勝てる相手でない。

彼女を倒しきる前にフォトンが尽きる方が遥かに早いだろう。

例え10人の守護輝士が万全の状態で挑んだとしても、

【深遠なる闇】を倒すことができないと嫌でもわかる。

 

「イケ……」

 

周囲にアンガビットが飛翔してくる。

彼女が取り込んだアンガ・ファンタージの力だ。

一発一発が致命傷となりうる攻撃力を持つビット、

そのオールレンジ攻撃は非常に厄介。

 

アンジュは冷静に腰につけていたタリスを投げる。

護るように配置されたそれは機械的なフォルムでありながら、

どこか羽を連想させるタリス、ノシュヴィラ。

 

「……レシア」

 

悲しい生い立ち、その現実に向き合いながらも

好きな人の隣に立ち続けた少女。

彼女の強さの理由、その想いがいかに尊いモノだったか……

今でこそアンジュにもわかる。

彼女のように強くあり続けたい、

喪ってからこそアンジュはそう想い続けた。

 

「ナ・グランツ」

 

周囲からの攻撃をタリスが放つ結界が防ぐ。

近付こうとしたビットを絡めたタリスを

アンジュはオフティアバスターで撃ち抜き爆破した。

タリスの残骸は、まるでアンジュを護るように周囲に舞う。

 

「ウセロ……!」

 

そこへ【深遠なる闇】から放たれた強烈なオーラ。

吹き飛ばされないように踏ん張るが、

フォトンが急速な勢いで失われていく。

 

「……くっ」

 

長期戦どころか

短期決戦でも無理だ。

もう、体が持たない。

 

アンジュは顔をあげる。

出し惜しみなんてしていられない。

 

「……うん」

 

腰に下げた最後の想い出。

これを手放してしまえば、

もう、自分に思い残すことはない。

 

「……!」

 

大ぶりな【深遠なる闇】の攻撃を避け、

その瞬間に一気に加速して飛び出す。

 

「……ウェズ、力を!」

 

自分を新しい世界へと連れ出してくれた

大切な人の名を呼ぶ。

いつだってみんなを引っ張り、

そして「スノーフレーク」という場所を護り続けた。

彼がいたからこそ、みながいた。

 

(……もっと、話したかったな)

 

恋、ではないけれども、

でもそれでももっともっと、彼とは話したかった。

口数の少ない自分はいつでも彼の後ろを突いて歩くだけ。

もし……もしやりなおせるのならば、

ウェズ=バレントスと、

そして彼を慕う仲間たちともっと冒険をしたかった。

 

「シュンカシュンラン!」

 

引き抜いたのは彼の形見、スサノショウハ。

飾り気はないけれど、けれど美しいシンプルな蒼い刀身。

虚を突かれた相手は防御姿勢も取らずに、

……いや防ぐほどではないと考えているのだろう、

悠々と突進してくる彼女を見つめる。

 

ガンッ!

 

鉄仮面のよう顔にスサノショウハの切っ先が当たる。

少しヒビが入ったものの、

 

バリンッ……

 

だがスサノショウハが先に耐え切れずに折れた。

 

「まだ……!」

 

そこへオフティアバスターを全力で突き刺す。

ヒビが広がり、鈍い音を立てて装甲が割れる。

 

「……」

 

その中にいたのは、

仮面をつけた少女の成れの果て。

生気のない真っ白い肌に

ダーカー因子に汚染された赤い文様。

どこか仮面舞踏会を思わせるマスクからは

まるで血の涙のように止どめなく赤い液体が流れている。

 

視線が交錯する。

けれど、語る言葉はない。

 

「……戒剣ナナキ!」

 

アンジュは、最後の武器を取り出した。

創世器『戒剣ナナキ』。

アークスたちの切り札といえる武器を。

 

銃剣を彼女の胸に突き刺す。

本来であれば致命傷なはずだが

【深遠なる闇】となった彼女にとっては

その程度、まるで傷ですらない。

ただ、まだ人であった頃の名残でそこに体があるだけなのだから。

 

「……!」

 

ナナキを突き刺すアンジュに、

お返しとばすりに【深遠なる闇】は無造作に爪を突き刺した。

 

「……ッ、あっ」

 

アンジュの口から声にならない悲鳴があがる。

深々と刺さった爪は、間違いなく致命傷。

 

(……もう、もたない、か)

 

自分に残された命は、あと何分なのだろうか。

キャストであるからこそ即死はしていないが、

ゆるやかに機能が停止していっているのがわかる。

 

(せめて……最後にできることを)

 

クラリスクレイスに任されたことだ。

そのための創世器。

彼女は眼を閉じてナナキを持つ手に集中する。

暗闇の中に感じるのは【深遠なる闇】が持つ力。

コアとなった少女の周囲にあるのは、

【巨躯】、【若人】、【敗者】、【双子】の力……

 

(……え?)

 

そして、まだ一つ何かが宿っている。

イメージの中のナナキの切っ先がそれに触れる。

 

――

 

(ああ……そうだったんだ)

 

一瞬で理解した、そこにいる存在に。

彼女を救おうと何度も何度も歴史を改ざんしようと足掻いた

悲しい『英雄』の末路。

これは、英雄が彼女を救えなかった物語であること……

今、わかってしまった。

 

「師匠!」

 

そこに聞こえてきたのは、若い少年の声。

その声にアンジュは思い出す、

ああ……そういえば自分は一人じゃなかったんだと。

スノーフレークの想い出は捨てた、

でもまだ残っている一つの絆がそこにあった。

 

「……ク……リス」

 

理屈で考えたわけではない。

戒剣ナナキが、彼女の意思に応えた。

切っ先に触れる力……【仮面】を吸収する。

 

かのダークファルスが秘めていた力、

それこそ、今のアンジュにとって、

いや……アークスたちにとって最も必要なもの。

 

アンジュは手を伸ばす。

自らを慕ってくれる少年へと。

 

 

最後の力を振り絞り、力を発動させて呟いた。

 

 

「――さようなら」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。