眠る主と見守る付き人   作:良樹ススム

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眠る主と見守る付き人

 ――元々あった形を崩壊させ、あられもない姿へと変貌した瀬戸大橋。

 最早建造物であるとも言えないそれを一望することができる場所に、一人の少女と一人の少年がいた。

 少女は少年の方へと目を向けるも、少年はただ寄り添うのみ。本を読むことも、話をすることもない彼のその態度は一般的な価値観から見てとても退屈なことだった。もしも少女がああしていても元来ぼーっとすることが好きであった彼女には全く苦にはならないだろうが。

 少女は不意に、三年間ずっと傍らに居た少年へと話しかけた。

 

「ねえ、貴方は私の傍にいて楽しい?」

 

「僕は貴方の付き人です。常に主の傍らに、が僕の信条なので、楽しいも何もありませんよ。……あぁ、そんな顔しないでください。園子様の傍にいる事はとても嬉しいことですから」

 

 彼は微笑みそう言って、園子と呼ばれた少女の頭に手を伸ばして優しく撫でた。その手つきは柔らかく、園子の髪の一房たりとも傷付けず労わるような温かい触り。園子はそれがとても好きだった。容姿を見るに同じ年代である少年にそれをされる気恥ずかしさもこの三年でとうに捨て去った。

 少年は、自分を園子に明かさない。だから知らない。好みも苦手も、誕生日も血液型でさえも。全ては受け身で、園子が問うた事柄には一つ残さず回答を返した。

 

『不器用なの〜?』

 

 園子は少年にそう問うた事もある。それに対し少年は頬を掻き、珍しく言い淀みながらこう答えた。

 

『そう……なのかもしれません』

 

 それを聞いてから園子は、その時とても聞きたかったことを質問した。

 

『昔みたいには呼ばないの?』

 

 少年は困ったように再び頰を掻いた。そして決まり文句を言うように、彼は自嘲しながら答えるのだ。

 

『僕は貴方の付き人ですから』と。

 

 その質問の日からよく時も経った。出会った時から落ち着いてはいたけれど幼さが優っていた少年も、今では幼さが残る程度の男前な少年だ。それに比べると、自分は味気ない程に変わりない、と園子は思う。身長と髪こそ伸びたが有るだけの腕も脚も動くことはないし、こんな有様で魅力的であるとは言い難かった。

 しかし少年は彼女が成長するたび褒めた。美しく伸びた髪も、動かないまま育った脚も、少し伸びた爪でさえ彼は変化の証なのだと園子に語った。園子の変化を喜ぶその時だけ、彼は受け身ではなかった。

 

 園子は自らが変わっていることを喜びながらも、最早変われぬ友を思い出し悲しんだ。そんな時であっても少年は何も語らず、ただ園子の手を握るだけだった。その温もりは伝わらないというのに、壊さないように、傷付けないようにしながらも強く、強く握りしめた。

 

 そんな事もあって、園子は少年に嫌悪感などを抱くわけもなく、今日も大人しく頭を撫でられる快感を犬猫のように享受している。少年も甘えられるがままに甘やかす手を止めることなく動かしていた。

 そんな時珍しく彼の方から園子へ言葉をかける。

 

「……園子様、少し無茶をしましたね?」

 

「ただ昔の友達に会っただけだよ〜。ちょーっとだけ力は使ったけどね」

 

「その力について言っているのですが……、まあいいでしょう。次はありませんから。それで東郷様と顔を合わせたご感想は?」

 

 園子は少しの間だけ瞳を瞑り、自分の記憶にある鷲尾須美を先日会った少女(東郷美森)と照らし合わせる。

 小さく笑みを浮かべながら、園子は問いへの答えを返した。

 

「変わってたよ、とっても。頭が固そうなところはそのままだったけど、見た目も性格も、まるで別人みたいだった。あ、でも昔私があげたリボンをつけててくれたのは嬉しかったなあ」

 

「神樹様に記憶が捧げられた場合、感情だけは残るといいます。よっぽどそのリボンをもらった時は嬉しかったんでしょうね」

 

「だとしたら嬉しいなあ〜」

 

 沢山の物は変わってしまうけれど、変わらぬ()()はきっとあると園子は信じている。それは絆であったり、時には関係性であったりもするだろう。変わらぬ絆が園子にあるように、記憶を捧げた美森にも園子に対する変わらぬ何かがあるようにと、付き人の少年は思わずにはいられなかった。

 

 夜の帳も降りてきて、風も吹き込んでくる。少し肌寒さを感じた少年は園子に新しい上着をかけた。園子はそんな気遣いも嬉しいのか動かない肉体の分まで朗らかに表情を変えた。園子は星が照らす夜空を見上げながら懐かしむように少年へと話しかけた。

 

「あの時もこんな夜だったかな〜。昔貴方がね、私にくれた言葉があったんだ。それがとっても嬉しかったの〜」

 

「言葉……?」

 

「ふふ、覚えてないのならそれでもいいよ〜。私だけの特別にしちゃうから。ねえねえ、月が綺麗だって言ってみて?」

 

 混乱する少年は、困りながらも促されるがままに言葉を紡ぎ出す。それはまるで、何かの小説の一ページかのように。

 

「ええ、今日は一段と美しい月です。今夜はとても、月が綺麗ですね」

 

「……死んでもいいわ」

 

「……え?」

 

「なんてね〜。ただの言葉遊びの一種だから気にしなくていいよ、お休みなさい〜」

 

 少年が何かを語りかける前に園子は眠りについた。付き人に過ぎない彼は、今の安心しきった園子の寝顔を見たら起こす事は到底できないだろう。彼の心に残ったちょっとしたモヤモヤは時の流れとともに消えていく。園子の眠る姿を見た後、少年は一人立ち上がる。

 別室へと消える彼は、静かに一つ言葉を残していった。

 

「お休みなさい」

 

 と、たった一つの言葉を。

 

 

 

 夜空を多くの星々が照らす美しい夜に、昔の幼い少年は同じく幼い少女に言葉をかけた。子供だから言えたことかもしれないし、今でも当たり前のように言えることかもしれない。でも少年は、過去この一度だけ自分に正直に素直な言葉を投げかけた。

 

「僕は、園ちゃんがどんなになっても傍にいるよ! だって僕は園ちゃんが大好きだから。一緒にいて楽しいって言ってもらえるようになるために頑張るから、園ちゃんもまた笑顔になってくれると僕も嬉しい!」

 

 このともすれば告白どころかプロポーズとも取れるような言葉に対する返事が、あの言葉遊びに含まれているとするならば。

 それはきっと変わらないこの主従も変わる時が来るということなのかもしれない。どんな風に変わるのか、それはあくまで当人たちの問題でありどうなるのかは未知に溢れている。

 

 どんな形が一番良いのか、それだけはいつも一緒である。相思相愛が一番良くて、楽しまれるに違いない。




 




園子様とひたすらイチャイチャさせる話を書きたかった。後悔はしていない。
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