魔法使いと黒猫のウィズ×白猫プロジェクト スィー島アフターデイズ 作:烏丸
ディートリヒは一人、チョコの森を歩いていた。ここは、生えている木が全てチョコレートで出来ている森だ。ディートリヒは、ここでヴィルフリートと出会い、行動を共にしていた……思えば、その時から、奴に振り回されてばかりだった。別に、元の世界に戻らねば、という使命感や焦燥を感じているわけではない。ドルキマスにいる部下のことを、少なからず信頼している。ディートリヒがいないからといって、大事になるとは思ってはいなかった。しかし、戦争とは何が起こるかわからない。自分が戦場を見据え、支配しなくてはならない
遠くから、声が聞こえる。その声を聴き、考えるのをやめたディートリヒは歩き出した。
それは、ディートリヒの探していた人物だった。大量の菓子を抱えたその人物たちは、目の前にいるディートリヒに気づいていない。その人物たちの横を歩く黒猫が、ディートリヒに気が付いた
「にゃ?ディートリヒにゃ」
猫がしゃべる。猫……彼女の名はウィズ。ウィズに話しかけられたローブを身にまとう魔導士は、軽く挨拶をする。つられて、隣にいた子供のようなピンクのドレスを着た少女……ラヴリも挨拶をする。顔を上げディートリヒを見たラヴリは、手に持ったお菓子をこぼすほど取り乱し始めた
「あああああっ!忘れてました!皆さんを元の世界へお返ししないと!」
「落ち着くにゃ。ラヴリ」
猫に言われ、はい……と息を整えるラヴリ。その光景を見て、魔導士は苦笑していた
「今ここで、私をドルキマスへ返すことはできるのか?」
「はい!多分大丈夫です!」
多分、という言葉に全員が引っかかる。魔導士が、「力を貸すよ」とラヴリのそばに立った
「うう……ありがとうございます……そうだ!」
魔法を唱えようとしたところで、ラヴリがお菓子の山からいくつか選んでディートリヒに差し出した
「これ、持って行ってください!お菓子の喜びを分かち合いましょう!」
ディートリヒの突き刺すような雰囲気に物おじせず、ラヴリはお菓子を差し出した。お菓子のことになると目の前のことが見えなくなるほど夢中になるラヴリだが、これほどとはウィズも魔導士も思わなかったのか、ウィズが魔導士に小声でつぶやく
「あのディートリヒ相手に……すごいにゃ」
当のディートリヒは、菓子を受け取らない、ラヴリが困惑しディートリヒを見つめるが、一切表情は変わらなかった
「今の私には必要ない。甘さなど、一瞬の判断を鈍らせる」
「でも……でも!」
ラヴリは諦めない。後ろで黒猫の魔導士がはらはらしながら見守っている
「お菓子はみんなを幸せにするんです!みんなで分け合えば、大きな幸せになるんです!」
「だが、今回の騒動の原因はその菓子が原因だろう」
これにはさすがのラヴリも口ごもってしまう。助け舟を出そうとしたウィズを、魔導士は止めた
「キミ……」
――――ラヴリを、信じよう
その言葉を聞き、ウィズも見守ることにした。ラヴリは、必死に言葉を紡ぐ
「みんなで争っても……最後には笑顔になるって信じてます。私は、そのお菓子の魔法を、奇跡を信じています」
「下らん。魔法など」
再びばっさりと切り捨てるディートリヒ。ラヴリは落ち込んでしまう。だが、ディートリヒはラブリの持つ菓子を受け取った
「だが、我が国も戦争ばかりでこういった嗜好品をないがしろにするわけにはいくまい。兵に渡せば士気も上がるだろう」
その言葉に顔を輝かせるラヴリ。素直じゃないにゃ、とウィズが呟く
それでは、とラヴリが構え始めたので、魔導士もカードのようなものを構え魔力を溜め始めた
そこに、なにかがディートリヒに向かい飛んできた。魔物の攻撃かと全員が身構え、ディートリヒが飛んできたものを受け止める。……そこにあったのは、スナック菓子だった
「餞別だ。甘いものばかりでは飽きてしまうだろう。持っていけ」
投げられた先。ヴィルフリートが立っていた。近づき、ディートリヒの正面に立つ
「貴様、我に言うことは無いのか」
「無い」
「本当か?」
二人が放つ威圧感に、ラヴリ達は気圧される。一触即発の空気。だが、ヴィルフリートはふっと諦めたように笑って、背を向けた
「冗談だ。貴様とならば本当に天下を取れると思ったのだがな。だが仕方がない。今は諦めよう。だが、我は全てが終わった後、貴様と再び天下を取りに行くぞ」
「下らん」
一言で切り捨てるディートリヒ。ラヴリ達に目配せし、転送を始める
「下らん世界だった。だが……」
ディートリヒの体が徐々に消えていく。その最後の瞬間に、呟く声が聞こえた
「こういった平和な世界こそが、誰もが求めるものなのかもしれんな」
その言葉を残して、ディートリヒはスィー島から去っていった。残されたヴィルフリートはディートリヒの去った後をしばらく見つめ、ラヴリ達へ自分も返すよう頼んだ
「奴がいないのであれば、我の目的ももうないからな」
そう言い残し、二人は魔力を込める。体がうっすらと消える中で、ヴィルフリートはここに来る前のことを思い出していた
……あの小娘の力が無ければ、ディートリヒの消える瞬間には間に合わなかった。感謝せねばな。と
やがて、ヴィルフリートの体が完全に消える。残された二人と一匹は、これからどうしようか、と話しあっている
「今日はもう遅いし、みんなを探すのは明日にしないかにゃ?」
確かに、もう暗くなり始めていた。それに、魔導杯で手に入れた大量のお菓子を島の人に配って回るのもまだ途中である。ラヴリと魔導士はウィズの意見に賛同し、森を抜けるのであった
「……ん」
ディートリヒが目が覚ますと、そこはいつもディートリヒが戦争に使う船の部屋の中だった。どうやら、椅子に座ったまま寝ていたらしい
「……夢、か」
まだ体がこちらの世界に戻ってきた気がしない。あの不思議な世界での出来事は、全て夢だとも思えるし、そう思った方が現実的だと感じていた。思案にふけっていると、扉をノックする音が響く
「入れ」
一言で伝えると、女性が入ってきた。ディートリヒの机の前まで近づき、報告書のようなものを手渡す
「お目覚めになりましたか、元帥閣下」
「ああ、すまないローヴィ」
入ってきた女性……ディートリヒの副官であるローヴィが、ディートリヒが寝ていた――あのおかしな世界へ行っていた間か――に起きた出来事を簡潔に話す。どうやら、寝ていた時間は一時間にも満たないようだ
問題ない、ととらえたディートリヒは、ローヴィを下がらせようとする。そこで、机の下にある大量のあるものに気が付いた。拾ってみると……それは、あの世界で土産にと貰った菓子の数々だった。それを見て、ローヴィを呼び止める。振り向いたローヴィに、菓子を渡した。あまり表情を変えないローヴィが驚いたように顔を上げる。ディートリヒは、簡素に告げた
「シャルルリエ中将の隊にでも渡してくれ。気に入ったら非戦闘員や給仕班にでも作らせると良い」
「は……わかりました」
ディートリヒの意図が読めないローヴィは、そのまま下がっていった。我ながら何を言ったのだろうか、とディートリヒは苦笑する。その時、ポケットに、堅い感触を感じた
中に入っていたのは、ヴィルフリートより渡された菓子だ。ローヴィに渡し損ねたか、と思ったものの、少し菓子を見つめた後、開けて食べることにした
「私に甘さは不要だ……今は、これでいい」
それで、あの世界のことを考えるのは終わりだ
まだ戦争は終わらない、止まらない。だが――――
いつか終わったときには、こういったものが流行ればいい、とディートリヒは一人窓から空を見つめた
「……む。ヴィルフリート!貴様何処をほっつき歩いていた!」
同じく元の世界に戻ってきたヴィルフリート。彼は、学校のような場所にいた。風紀委員という腕章をつけた生徒が、彼を叱る
「そうカリカリすんなってクライヴ。もうすぐ新学期で新しい生徒が入ってくるから忙しいのはわかるけどよー」
「だったらお前も手伝えザック。ソウマがかなり忙しそうだ」
「だ、大丈夫だクライヴ先輩。こっちは何とかなる……」
にわかに忙しくなっている校舎内を見る。ヴィルフリートも、新入生が入ってくることは知っていた。それも、かなりの数の、だ。それを受け、ヴィルフリート達一期生は入学式の準備に明け暮れていた。ふと、机の上の資料に目が留まる
「ああ、それは新入生の一覧だってよ。なんか気になる奴でもいるのか?」
ザックと呼ばれた生徒に問われる。生徒一覧をみたヴィルフリートは、その中にあの世界で出会った人たちがいるのを見つけた。思わず、口元が緩んでしまう
「どうしたんだ?ヴィルフリート先輩」
ソウマに問われる。別に、と答え、教室から出て行こうとする
「何処へ行く?お前も準備を……」
「ネタ出しだ。新入生に気合の入った落語を見せたくてな」
そ、そうかとクライヴ。教室をでたヴィルフリートが、声を上げて笑う
「なるほど……運命とは、奇妙なものよな」