一夏と別れ、部屋に戻った。部屋ではシャルルがシャワーから上がったばかりらしく、濡れた髪をドライヤーで乾かしていた。
「あ、おかえり。シャワー先に使わせてもらったよ」
シャルルはドライヤーを止めて出迎えてくれる。律儀な奴め。
「おう。じゃあワシも入ってくるか」
模擬戦を多めにして汗もかいとるしの。
「えっ」
シャルルが驚いたように一瞬固まる。
「なんじゃ?何かまずかったか?」
「う、ううん!別に男同士だし何もないよ!あ、あははは……」
シャルルは誤魔化すように目を逸らし愛想笑いをする。
「ふむ。じゃあ遠慮なく使わせてもらうからな」
何はともあれシャワーで一日の汗を流した。大浴場を使いたいが、なにぶん男の肩身が狭いせいで使用許可が降りない。悔しいのう悔しいのう。
「上がったぞ」
「う、うん。おかえり」
シャルルはそわそわと落ち着かない様子でこちらをチラチラ見ている。
「…………」
「?ど、どうしたの刃?」
ええい。言っちまえ。
「シャルルよ。お主本当に男か?」
「!?」
言ってしまった。さて、どんな反応をするのやら。何かしら疚しい目的があるなら再悪強硬手段に出る可能性も……。へへっ。やっべ無計画。
「ど、どうしてそう思うの?」
「どうしてって……どっからどう見ても女の子じゃからの」
逆に周りは何故気付かん?いや、織斑先生や教師陣は事情を知ってて放置してる……?
「……上手く演じたつもりだったんだけどなぁ」
シャルルの一言に不穏さを感じて身構える。しかし、目の前の光景は予想を180度裏切ってきた。
「ぐすっ……ゴメンね……騙して。いや、騙そうとして、か。結局バレバレだったみたいだし」
シャルルは、泣いていた。理由は分からん。分からんが、その涙を見たワシは明らかに狼狽えた。
「む。いや、気にするな。何か理由があってのことだと思うしの。それで、差し支えなければその理由を教えて欲しいのじゃ。理由が分かれば別に誰かにバラしたりとかはせん」
「!そっか……刃は優しいね。うん。どうせ最後だし、理由を教えてあげる」
それからシャルルはゆっくりと語り出した。
自分はデュノア社の社長の子どもだが、正妻の子ではなかった。デュノア社は第三世代型ISの開発が遅れに遅れ、フランス政府から支援カットの圧力をかけられたそうな。そこでシャルルの父親はシャルルを男に見立てて広告塔としつつ、一夏の白式とワシの八極のデータを盗んでくることが目的だったそうな。
とどのつまり、シャルルは父親に利用されたそうだ。まあ、予想する中では最悪の部類じゃな。
「なるほど。ワシには想像だに出来ん程苦労してきたんじゃな」
「……父さんの役に立ちたかった。誉められて、少しでも父さんの子だって実感を持ちたかった。のかも知れないね。えへへ」
シャルルは目尻を拭い、作り笑いを浮かべる。
「……シャルル」
「え?」
思わずシャルルの頭を撫でた。するりと指の間を抜ける心地よい感覚。綺麗な蜂蜜のような黄金色の髪。困惑と驚きの表情を浮かべる端麗な顔。その全てに深い慈しみと愛しさを感じた。
「な、何……?」
シャルルは相当混乱しとるようじゃが、ワシ自身どうしてこんなことをしたのか分からない。ただ、一つ。贈ってやりたい言葉があった。
「よく頑張った。辛かったじゃろう?」
「や、やだな刃。僕は皆を騙して……あ、あれ?」
シャルルの目から再び涙が溢れ出してくる。緊張の糸が切れたんじゃろう。
「おかしいな。僕、こんなつもりじゃ……こんなつもりじゃなかったのに……!」
シャルルは本格的に泣き始めてしまった。シャルルは強い子だろう。しかし、それでも普通の女の子じゃ。きっと途方もない程に努力して、無理して、自分に厳しく生きてきたに違いない。愛人の子。そんな取るに足らない生まれつきの立ち位置に振り回されつつ、それでも現実と真正面から向き合って今日まで生きてきた。
「もういい。少しだけ『シャルル・デュノア』を休め。こんなになるまで頑張ったんじゃ。今日くらい休んでも、誰にも文句は言わせん。このワシがな」
「うっ……うぅ……うわああああああん!」
シャルルは泣いた。防音機能があるとは言え外に聞こえないかヒヤヒヤしたが、訪ねてくる者はいない。シャルルはただ泣いた。ひたすらに泣いた。子が父親に誉められたい。ただそれだけの為に女である自分を偽り、父親の操り人形となることを選択した。苛烈な運命の奔流に反発するでも逃げるでもなく、身を委ね、受け入れる。そんなこと誰にでもできることじゃない。当然、シャルルだってすんなり受け入れられた訳じゃない。その無理が今、涙となって流れ落ちている。真相は分からん。デュノア社長が本当に保身の為だけに娘をIS学園に送り込んだのか。シャルルが行きたそうにしていたのを悟ったとか。或いは……。
☆
「よく頑張った。辛かったじゃろう?」
温かい手が頭に乗せられる。手の持ち主が、なんとも月並みな言葉をかけてきた。
ドラマや小説、否、現実でだってよく聞く言葉。苦労を労う励ましの言葉。ただそれだけだった。
「あ、あれ……?」
しかし『少女』の目からは大粒の涙が零れ落ちた。なんでもない言葉なのに。その少女の努力に対して、余りにも当然に贈られるべき言葉であるのに。少女はその言葉に琴線を掻き鳴らされる。
「おかしいな。僕、こんなつもりじゃ……」
こんなつもりじゃなかった。父親に命令された通り、男を演じてISのデータを盗み、会社に、父親に貢献することが自分の存在価値。そう思っていた。それ以外の一切は無価値なもの。不要な付随品。そのはずだった。
「こんなつもりじゃなかったのに……!」
涙が止まらない。胸の内にある感情の渦が堰を切ったように涙となって溢れ出した。
こんな未来は想像だにしていなかった。成功すればデュノア社の経営は立ち直り、自分はIS学園で偽りの自分を演じ切ってその後は……。もしくは失敗して本国で大罪人となってその生涯を終える。そう思っていた。
「もういい。少しだけ『シャルル・デュノア』を休め。こんなになるまで頑張ったんじゃ。今日くらい休んでも、誰にも文句は言わせん。このワシがな」
狡い。そう思った。まるで自分の言って欲しい言葉を予め見透かしていたかのように目の前の少年は遠慮なく心を揺さぶる言葉を次から次へと投げかけてくる。狡い。本当に、とても狡い。これでは泣く以外の行動ができないじゃないかと、
シャルロットは今しばらく、その温かな手に身を投げ出した。シャルル・デュノアを捨て、今だけは
☆
一頻り泣いた後、シャルルは静かに立ち上がった。憑き物が取れたようにすっきりとした顔をしている。
「ありがとう刃。恥ずかしいところ、いっぱい見られちゃったね」
シャルルは舌をチロっと覗かせてはにかむ。イカン。その仕草は反則じゃろう。前々から女子だと分かってはいたが、改めて判明してからは一層魅力が増して見える。
「う、む。まあ事情は分かったし、ワシからお主の秘密をバラすようなことはせんから安心しろ。ISのデータは……まあおいおい善処する」
「い、いいよそんなこと気にしなくても!秘密にしてくれるだけでも僕には充分過ぎるくらいなんだから!」
シャルルはそういってぶんぶんと手を振る。
「お主がそれでいいならそうするとしよう。しかし、そういつまでも隠してはおけんかも知れんな。先生方は知っておるのか?」
「ううん。学園長とか、一部の偉い人は知ってるだろうけど」
なるほど。学園側からのフォローはあまり期待できんな。そもそも女子と分かれば隠蔽を非難する教師の方が後を絶たんじゃろう。
「そう長く隠しておけるもんじゃないのお。データを手に入れたら学園を去るつもりじゃったのか?」
「ううん。データを手に入れてデュノア社を立ち直らせたら更に周りを関係者で囲う算段だったと思う。最初に
ふむ。まあせっかくの第三世代型が完成しても広告塔が無いんじゃ旨みは少ないか。
「そうか。それは良かった。ISのデータはどうにかするとして、せっかくのパートナーがさっさといなくなってしまうようなことがなくて」
「パートナー……って、いいの?僕、刃のこと騙してたんだよ?タッグ戦で後ろからいきなり襲ってデータを盗んだりするかも知れないよ?」
「良い。理由は3つ。まず、お前さんはISに対しては真摯に向き合っている。一度対峙すればそれくらい分かる。そんな奴がISの対戦中にそんな汚い真似はせんと信じておる。次に、学年別トーナメントは各国の代表候補のスカウトなんかが大勢集まり、公的な場での対戦じゃ。そんな場でそんなことはできん。そして最後に……」
「さ、最後に?」
「仮に不意打ちをしてきたところでむざむざやられるワシではない。ワシの信頼を裏切り、牙を剥くならば、それがなにを意味するかをたっぷりと教えてやろう。後悔と共にな」
ワシとてお人好しではない。銃を向けるなら敵と見なす。
「だ、大丈夫!僕絶対そんなことしないから!うん!」
シャルルはコクコクと頷く。とりあえず脅しは効いたか。万が一、という時のために布石は置いておこう。
コンコン
「刃さん?間もなく食堂のラストオーダーの時間でしてよ?急ぎませんと」
セシリアがドアの外から声をかける。そう言えばもうそんな時間か。確かに腹もだいぶ減っている。
「おう!今行く!シャルルも一緒に行こう」
「うん!」
シャルルは素敵な笑顔で頷く。セシリアにいくつかお小言を貰いながら食堂へ向かい、人がまばらになった食堂で遅めの夕食にありついた。
「久しぶりにセシリアの紅茶が飲みたいのう」
食後の緑茶を啜りながらふと、毎晩のように飲んでいた紅茶の味を思い出す。ほとんど無意識に呟いてしまった。
「あら!嬉しいことを仰ってくれますわね!でしたらこの後刃さんのお部屋までお運び致しますわ!」
「おお、ありがたい。できればシャルルの分も頼めるか?3人で飲もう」
「えぇ!?いいよ刃。セシリアさんに悪いし……」
「遠慮することはありませんわ!私の祖国から取り寄せた高級茶葉が今朝届いたのです!デュノアさんにもイギリスの素晴らしさをお教えしませんと!」
シャルルは遠慮していたが、セシリアの押しの強さに負けて首を縦に振った。部屋まで運ぶと言っておったが、3人分となるとちと大変じゃろうと手伝うことにした。シャルルは初めてということで、お客さん感覚で自室待機。ワシはセシリアの部屋の前で待機する。
「こんな時間にガールフレンドと待ち合わせか?いいご身分なことだ」
廊下で待っていると織斑先生に見つかった。事情を説明すると、やはり21時までに解散するならば無問題だと言ってくれた。
「30分くらいですか。まあ充分でしょう。ありがとうございます」
「全く。少しは人目というものを憚れ。もし他の生徒に見つかれば、貴様が特定の女生徒と特別な関係にあるものと思われてしまうぞ?」
その通りなんですが。確かに少し軽率じゃったかも知れん。シャルルが女であると分かり、もやもやが一つ解決されたせいで浮かれていたか。
「すみません。浅慮でした」
「分かればいい。程々にな」
織斑先生はそう言い残して見回りに戻っていった。タイミングよくセシリアが出てくる。
「お待たせしました。ルームメイトの方にも振る舞っていたので少し遅れましたわ」
「いいことしたの。せいぜい仲良くな」
雑談を交えながら部屋に着き、シャルルと合流して紅茶を楽しんだ。
「はぁ……美味しいアールグレイだね。酸味に負けない豊かな風味が凄いや」
「あら、デュノアさんも紅茶を嗜まれていますのね。本来ならお茶請けにスコーンでも焼ければ良かったのですが……」
「そん時は必ず言えよ?絶対一人で作るなよ?」
「もう刃さん!たった一回の失敗をいつまでも掘り返すのは男らしくないのではなくて?」
「あはは!あのサンドイッチはびっくりしたからねえ」
「デュノアさんまで!もう……」
会話に花が咲き、笑顔と笑い声に包まれる。シャルルの笑顔は今までと少し違って見えた。疚しさや後ろめたさが取り除かれたお陰じゃろうか。これが本当のシャルルなんじゃろう。
なんというか、可愛らしい。普通の15の少女が
、そこにいた。
☆
「あ、僕食堂に携帯忘れてきちゃったかも!」
宴たけなわというところでシャルルがポケットを探り、突然立ち上がる。
「まだ空いとるかの?付き添おうか?」
「ううん!一人で大丈夫!カップの片付けも残ってるだろうし。セシリアさん手伝えなくてゴメンね?美味しい紅茶、ごちそうさまでした!それじゃ!」
「いえ。私は構わずお急ぎになって下さい」
シャルルはその言葉に頷き、わたわたと部屋を出て走り去った。残った二人でカップとポットを洗う。
「…………」
「…………」
蛇口から水の流れる音とカップのカチャカチャとぶつかり合う音だけが聞こえる。微妙に気まずい。
「あ、あの!」
沈黙に耐え切れなくなったのかセシリアが口を開いた。
「おう。どうした?」
「今度の学年別トーナメント……また敵同士で相見えることになるんですわよね?」
また、というのはクラス代表決定戦以来のことじゃろうか?模擬戦はあくまで模擬戦じゃし。
「そうじゃな。ワシとセシリアが勝ち進めればいずれかは、な」
互いに決勝戦まで勝ち残れば嫌でもかち合うことになる。セシリアは一体どんな奴とタッグを組むのやら……。
「もし。もし、トーナメントで優勝できたその時は」
セシリアは思いつめたように言い淀むが、意を決したようにガバッと顔を上げた。
「私の
「……え?」
思わずカップが手から滑り落ちた。1杯10万円のカップが割れなくて本当に良かったと後々思った。
急転直下!待て次回!