インフィニット・ストラトス〜最強への道〜   作:まどるちぇ

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第29話

 

 少し前。

 

(また……ッ!)

 

 シャルルは全力の回避にいつまでも肉薄してくる打鉄に歯噛みした。

 そんなシャルルを追い詰めるのは虹村スピカ。刃やシャルルは勿論のこと、学園で彼女に一目置く人間は数える程しかいない。

 理由の一つは、代表候補生のブランドにスピカの実力が霞んでしまっているからである。

 IS学園に所属する国の代表候補生には、各国から専用機が支給される。それはデータ収集や広告塔等、様々な目論見があってのことだが。それによって優秀なIS乗り=代表候補生=専用機持ちという印象が人々の心に強く根を下ろしてしまった。

 スピカは1年生ながら、ISの訓練をストイックにこなしてきた。部活動や友人の集いを一切絶ち、課外の時間のほとんどをISの操縦訓練に費やした。IS学園が保有する打鉄のとある一台はもはやスピカ専用と言っても過言ではない程に使い込まれている。訓練用の貸与ISは使用後にその戦闘データを抜かれリセットされるが、スピカはそのデータを外部ハードディスクに保存するという徹底ぶり。

 そんなスピカの努力に裏打ちされた実力は、並ながら並ならぬ動きを見せる。専用機という分かりやすいビジュアルの有無によって、奇しくも今までカムフラージュされてきたのだった。

 

(獲る……)

 

 猛禽のような眼差しでシャルルを射竦めるスピカ。シャルルが代表候補生として厳しい鍛錬を積んでいなければその眼光を前に硬直していただろう。それ程の気迫があった。

 そしてその気迫が伊達ではないことを証明するかのような鋭い一太刀が振り上げられる。

 シャルルはその一閃を紙一重で躱し、振り上げられたブレードに銃弾を撃ち込んだ。勢い余ったブレードにスピカが体勢を崩す。

 

「ちぃっ!」

 

「そこっ!」

 

 シャルルは高速切替(ラピッド・スイッチ)によって目にも留まらぬ速さで殻蜂(シェル・ビー)を取り出し、コンパクトな横薙ぎを放つ。

 脇腹を切り裂くような一撃が、消耗した打鉄の最後のシールドエネルギーを奪い取った。

 

「負け……」

 

 スピカは0となったシールドエネルギーを確認し、静かに敗北を認める。ポーカーフェイスを保っていたが、悔しさにブレードの柄が軋む程強く握り締められていた。

 

「ふぅ。危なかったぁ。本当に強かったよ虹村さん」

 

 シャルルは健闘を讃えてニッコリと微笑む。

 

「そう……次は負けない」

 

 スピカはそう言って薄く笑う。タッグマッチではあるものの、2人の息もつかせぬ攻防に惜しみない拍手が贈られた。

 しかし、戦闘は終了していない。

 

「がああああああッ!?」

 

 獣のような咆哮に2人が振り向く。見ると、刃とラウラが対峙していた。叫ぶラウラに対し決着の色を見せる刃。戦闘終了の兆しが見え、シャルルが肩の力を抜いた。

 

「まだ終わっとらんぞ!」

 

 刃の大音声にシャルルが何事かと辺りを警戒する。異変は、ラウラに起こっていた。

 

「な、何……アレ……?」

 

 シャルルはラウラの、もといラウラのISの変貌ぶりに絶句した。

 まるで炙った蝋のように機体がドロリと溶け、蠢くアメーバのようにその姿を変形させていく。漆黒の汚泥と化したシュヴァルツェア・レーゲンにラウラが飲み込まれる。そして、ソレはその姿を確定させた。

 

「まさか……あの機体は……」

 

 正真正銘。非の打ち所のない最強の贋作がアリーナに降り立った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「アレは……!」

 

 ラウラのISが劇的に変化した姿を見て、ほぼ直感的にその正体に行き着いた。

 暮桜。そしてその唯一の持ち主、織斑 千冬。

 

「ふ……」

 

 肩が小刻みに震える。心臓が身体の隅々まで血を行き届かせんとばかりに激しく駆動する。

 

「はは……」

 

 口の端から笑みが漏れ出す。

 興奮していた。何故?簡単だ。

 

 

 最強が、目の前に、敵として、立っている。

 

 

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 

 狂ったような笑いが込み上げてくる。この場にいる何人かはワシの様を見てドン引きかも知れんが、今はそんなことどうでもいい。ざわざわと全身が総毛立つように奮いだす。血が沸騰するかとか思うくらい熱く滾る。

 

「釣魚ォ!」

 

 日輪でいい塩梅に減ったシールドエネルギーが釣魚の条件を満たした。構え、突っ込む。

 

「刃!」

 

 シャルルの声を遠くに聞きながら、目の前の大敵に槍を繰り出す。ラウラ?シュヴァルツェア・レーゲン?暮桜?ええい呼び方なぞどうでもよい!

 最強は事も無げに槍を弾き、カウンターの一太刀を浴びせにくる。

 躱し、突く。

 最強が弾き、剣を振る。

 油断や隙など一分もない。

 退き、薙ぐ。

 跳び、振り下ろす。

 受け止め、蹴り上げる。

 足で受け、その勢いで距離を取る。

 数秒の間に繰り出された攻防を把握しきれた者はほとんどいない。静まり返ったギャラリーがいい証拠じゃ。

 

『柳!試合は中止だ!即刻離脱しろ!』

 

 織斑先生の声がアリーナに響く。

 じゃが、ワシは聞く耳を持たなかった。

 最強がそこにいる。ワシと剣を交えてくれる。打てば受け、打ってくる。

 受ければ更なる一手を差してくる。

 手の届く所に、最強(目標)がいる。

 止まれる筈もなかろう。

 

「おおおおおお!」

 

「…………」

 

 吠え猛るワシに対し、最強は静かに冷たく構える。広大なアリーナには、しばらく甲高い剣戟の音だけが響き渡った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 アリーナ:観客席

 

「ふざけんな!」

 

 突然の事態に静まり返った観客席に、一夏の怒号が響いた。一夏は怒りに犬歯を剥き出し、拳を何度もバリアに打ちつける。

 

「アイツ!千冬姉の真似しやがって!アレは千冬姉だけのモンだ!」

 

「お、落ち着け一夏!一体どうしたというのだ!?」

 

 近くにいた箒は一夏の怒り様に一瞬呆気に取られるが、羽交い締めにして落ち着かせようとする。セシリアも手伝い、なんとか一夏は平静を取り戻した。

 

「わ、悪い2人とも。けど、アイツ千冬姉の真似しやがって……許せねえ!」

 

「なるほど。それであんなに取り乱していたのか」

 

「やはりアレは第一回モンド・グロッソの覇者……つまり織斑先生と暮桜なのですわね」

 

 セシリアはごくりと生唾を呑み、超高速戦闘を繰り返す暮桜と刃を目で追った。

 

「!?刃さんの機体が……」

 

 セシリアは目まぐるしく動き回る両機を鷹の目で捉えた。

 そして、その異変も。

 

「刃さんの機体が、完全な白色になっていますわ」

 

「!?白色って……」

 

 一夏は目を凝らして刃の姿を辛うじて捉える。普段の八極は左半身が黒であるのに対し、確かに今の八極は全身を白く塗り潰されていた。

 

「ど、どういうことだ?あんな風に戦闘中に機体が変化するなんて……」

 

「八極……一体どれ程の性能を秘めているのだ……?」

 

(私にも、あんな専用機があれば……)

 

 箒は心の中で嫉妬の念を露わにする。そして、人知れずある決心をしたのだった。

 

「私の、専用機…………」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 どれだけの時を過ごしただろうか。

 おそらく実際には十数分ほどしか経っておらんのじゃろう。しかし、最強との打ち合いは膨大な永き時を過ごしたかのようなボリュームであった。

 そして、その時は永遠ではない。

 

「限、界か……口惜しいのお」

 

 八極のシールドエネルギーはダメージによってはほとんど減っていない。しかし、ワシ自身の疲労がピークに達しようとしていた。

 常に最善の一手を無機質に繰り出し続ける相手に対し、ワシもまた受け攻めに妥協なく手を出し続けた。集中力はこれまでにない程ごっそりと削られている。このまま迂闊に動いては致命傷を受けて一撃KOじゃな。

 

「さて、問題は戦線離脱じゃが……」

 

 チラリと暮桜に擬態したISを見る。構えてはいるがあちらから襲ってくる様子はない。どうやら敵意ある行動に対してのみ対応するようじゃ。これは幸い。

 

「楽しかったぞ最強の贋作よ。続きは本物と、後日させてもらう」

 

 疲労困憊の体に鞭打って戦線から離れる。相手も追ってくる様子はない。戦闘終了じゃな。

 しかし今回は強敵じゃった。よく身体がついてきてくれたものじゃ…………。

 

「!カハッ……!」

 

 ビシャ ドシャ

 

 胃の底からマグマがせり上がってくるような感覚に襲われるや否や、口から大量の血が吐き出された。咄嗟に口元を押さえた手が真っ赤に濡れる。

 

「いやぁぁぁ!刃!」

 

 シャルルの悲痛な叫びを耳に、ワシの視界は静かに遮られていった。

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