インフィニット・ストラトス〜最強への道〜   作:まどるちぇ

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第31話

「大丈夫」

 

 病院からの帰り道。セシリアは電車の中で無意識の内にその言葉を繰り返し呟いていた。

 虚ろな目で窓から景色を眺め、まるでうわ言のように小さく。

 疎らな他の乗客もセシリアのただならぬ様子に思わず一瞥してしまう。

 

「大丈夫、大丈夫……」

 

 何度も自分に言い聞かせる。口を動かしていないと、すぐにへの字に曲がりそうだ。景色を見ていないと、思い出したくない何かが脳裏に浮かぶようだ。

 

「だい、じょうぶ」

 

 自分は彼を信じた。彼は信じれば応えてくれる。今までそうだった。

 だから、信じる。

 私が信じた彼を、信じる。

 

「だい……ッ」

 

 しかし。信じれば信じる程、裏返しの感情も同じだけ膨れ上がる。目を背ければ背ける程、背けたモノへの恐怖が増大する。セシリア・オルコットという少女はそれに平然と耐え得る程強い人物ではなかった。

 

「……ふ、ぐッ」

 

 セシリアは声を押し殺して泣いた。

 強い女でいる為に。

 彼に相応しい女である為に。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「う、ん…………」

 

 瞼を開ける。紅い偏光が薄く開いた目に飛び込んできた。

 夕方らしい。日輪が上手くやってくれたようじゃな。

 

「刃!」

 

 シャルルの声と共に衝撃と柔らかい感触が胸に当たる。

 

「っと!シャルルか。待っとってくれたのか?」

 

「刃!刃!!良かった!本当に良かった!良かったよぉ……!」

 

 シャルルは涙声で力強く抱き締めた。

 身体のダメージがすっかり完治していたお陰で少し苦しいくらいで済んだ。

 

「シャ、シャルル。ちっと苦しい」

 

「あ、ゴ、ゴメンね。だって、すごく心配で、すごく嬉しくて……」

 

 シャルルは次々と溢れ出る涙をハンカチで拭う。そして落ち着いた後、ワシが気絶してからのことを話してくれた。

 

「ICUか。思ったよりヤバかったらしいな」

 

「でも、手術した先生もかなりびっくりしてたよ。何もしてないのに異常と言う異常が突然すごい速さで治っていったって。何かしたの?」

 

「い、いやあ何というか。身に覚えがないの」

 

 日輪のことについては黙っておいた方がいいな。どう見ても破格の性能じゃし。過保護な姉を持つと苦労するの。

 

「そうなんだ。ううん。刃がこうして生きて、また僕と話してくれるなら奇跡でも何でもいいや。みんなにも早く教えてあげたいなぁ」

 

 コンコン

 

 タイミングを見計らったかのように病室のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

「刃……もう目が覚めたのか」

 

 シャルルに続いて2人目は、意外にも箒じゃった。

 てっきり盾無さん(師匠)か本音あたりかと思っとったのに。

 

「奇跡的にな。ダメージもほとんど残っとらんそうじゃ。全て正常らしい」

 

「そ、そうか。私にはそのこと自体は異常に思えるが……まあいい。デュノア。織斑先生が至急IS学園に戻るようにとのことだ。今回の事件の後始末の一環だろう。あまり先生方を困らせてはいけない」

 

「あ、そっか。僕も一応当事者だもんね。それじゃあ篠ノ之さん、刃のこと少しお願いしてもいいかな?」

 

 箒が頷くと、シャルルは「絶対安静にしててね」と釘を刺して病室を後にした。

 

「ああ、刃。お前も後日聴取の場が設けられるだろう。かなりキツめにな」

 

「だははは!織斑先生をかなり怒らせてしまったと見えるな。まあ後悔はしとらん。紛い物とは言え最強と当たれたのだからな」

 

「最強……」

 

 箒はぽつりと呟くと、思い詰めたように自分の手元に視線を落とした。

 

「なあ、刃。強さとはなんだろうか」

 

「ん?どうした急に?」

 

 箒は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「私が剣道の全国大会で優勝したというのは以前話したな?離れ離れになった一夏に私の名が届くように、と一意専心でひたすらに剣を振ってきた結果だった。私は強くなった。しかし代わりに大切なものを失ったのを痛感した」

 

 辛そうに、しかし真っ直ぐに過去と向き合おうとする箒の話を黙って聞く。

 なるほど。箒の普段の生真面目さに隠れた余裕の無さはそういった過去が原因だったのか。

 

「私の目指した強さとは、相手を見下し、蹂躙し、否定するものだったのかと思うとなんだか遣る瀬なくなってな。IS学園で一夏に再会した時、心の底から嬉しかったが、同時に今の私を見られることに後ろめたさも感じた。情けない限りだった。ずっと会いたいと願っていた人に、胸を張って会えない自分が。千冬さんにも同様だった。彼女の強さこそ、私が目指す理想の姿なのかも知れない。一夏とはまた違う強い羨望や尊敬を抱いていた。私は……」

 

「ふふっ。箒よ。皆まで言わずとも分かったわ。お主、恐らく『本当の強さ』とかいうものを知りたいのじゃな?」

 

「!あ、ああ。前置きが長くなったが、とどのつまりがそういうことだ。刃、お前はどう思う?」

 

「うーん……そうじゃな……」

 

 本当の強さ、か。からかい半分で強調して言ってみたが、改めてしっかりと言語化するとなると難しいの。

 

「そりゃ勿論、誰にも負けん力じゃろうな」

 

「…………それだけか?」

 

 箒が緊張させていた顔を不意に緩める。というか、キョトンとする。

 

「ああ。だって、相手は絶対に勝てんのじゃろ?それすなわち最強。難しく考える必要はないわ」

 

「いや、それはそうなのだが、私が訊きたいのは……」

 

「分かっとる。嘗てのお前さんのように力を振り翳して相手を否定する強さ。それは最強とは言わん。何故か分かるか?」

 

「……漠然となら、な」

 

「カッコ悪いからじゃ」

 

「か、カッコ悪い!?そんな理由か!?私のぼんやりとした考えとはかなり掛け離れているな……」

 

 意外な返答に箒が声を荒げる。病院では静かにな。

 

「そうじゃ。カッコ悪い強さは身につかん。現にお主はその強さに疑問を持ち、嫌い、捨てようとすらしていたのではないか?」

 

「ッ!それ、は」

 

 箒は言葉を詰まらせ、視線を逸らした。図星らしい。

 

「それでもそういった強さを持ち続けるには、より強い感情や理由が必要じゃ。お主は一夏への想いの強さが辛うじてその強さを許容しておったのじゃろう」

 

「そ、そういう小っ恥ずかしいことを平然と言うな……」

 

 顔を背けた箒の頰が紅く染まる。分かりやすい奴よ。

 

「じゃが今は一夏に会い、それまで軽減されていた自らの強さに対する嫌悪感が戻ってきた。じゃから迷っておるのじゃろう?」

 

 箒は黙ったままこくりと頷く。

 

「なら大ヒントをやろうか?こうすればもしかしたら今よりずっと強くなれるかも知れんぞ」

 

「ほ、本当か!?教えて欲しい!頼む!」

 

 箒はしっかりと頭を下げて頼み込む。

 やれやれ。思いつきで言ったことにこうまで真剣に返されると少し申し訳なく感じるの。

 

「一度しか言わんからよく聞け。それはな……」

 

「そ、それは……?」

 

 箒が生唾を呑む音が聞こえる程その場に緊張と静寂が蔓延る。

 

「ズバリ!何も考えぬことじゃ!」

 

「……………………はぁ?」

 

 本日2度目のキョトン顔。

 

「お主のようにクソ真面目で小利口な奴が陥りがちな思考じゃ。本当の強さ、とか、今の強さに疑問が、とかな。答えは、何も考える必要はない。時間をかけて培った技術は手放したくても簡単には離れていかん。ワシらのように大雑把に全てを許容する性分というのは簡単には身につかん。それでもそれが納得いかんなら、根気よく時間を掛けて矯正していくしかない。ならば、不自然に無理やり捻じ曲げるのではなく、ゆっくり、まるで平行線かのように、少しずつ良い方に傾けていけば良い」

 

「うーむ。分かるような分からないような」

 

「安心せい。ワシにも分からん!」

 

「オイ!?私は真面目に」

 

「真面目は好かん。ともかく、今からこれをすれば大丈夫という策なぞある訳がない。諦めて前に進め。一夏の傍らにいたいのじゃろう?」

 

「あ、ああ。アイツには私がいてやらないといけないからな。この間も折角教えてやった予習内容を答えられなかったし、剣道の腕も多少は勘を戻してきたようだがまだまだ……」

 

「そうじゃ。お主も一夏も、そしてワシにも。至らぬ部分はいくらでもある。それを1人で全てカバーしようとするのは無理じゃ。最強とは完璧でないと知れ。ワシからは以上じゃ」

 

「……最後の最後に核心めいたことを。全く、分からん男だなお前は。けれど、ありがとう。私なりに私の目指す道が少しは見えたよ」

 

 箒はそう言って病室の窓から外を見た。日没前の紅い光が箒の身体を照りつけるように強く放たれる。それを見つめる箒の目は、何かを振り切ったように爽やかで、真っ直ぐで、燃えるような強さに満ちていた。

 門限もあるので、箒は適当な所で話を切り上げ、病室を出て行った。広い個室で独りになると、何かもの寂しさを感じる。ベッドに身体を預け、天井や壁を見渡しても満たされない。

 足りない。とても物足りない。

 

「そうか。ワシは、ずっと独りじゃなかったんじゃな」

 

 いつも自室にいたもう1人の存在。ふと、隣を見る。そこには誰もいない。何もない。

 会いたい。早く逢いたい。

 

「…………セシリア」

 

 目に浮かぶ幻の名を、気が付いたら呟いていた。




ルート固定……?
いや止そう。俺の勝手な思い込みでカップルを確定したくない。

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