「うう、みんないない……」
有坂真白、現在ぼっち。みさき先輩や窓果先輩は試合中だし、晶也先輩は高藤生徒さんの隣で真剣そうに試合の様子を観察している。残る部長も相手の部長の真藤さんのところに行っている。
誰とでも仲良くなれる先輩たちと違い、私は他の人より【ほんのちょっぴり】だけ人付き合いが苦手だ。
既知の人ならともかく、初対面の人との会話はあまり自信がない。
そんなこともあり、試合が終わってから高藤の生徒たちの輪に入るのに失敗してしまった。
深いため息をついて、他のグループを遠巻きに見る。
あ。仲間発見。
グループから少し離れたテントに1人。何やら作業中の男子がいる。グラシュのフレームを外してそこからコードが伸びてパソコンまで続いていた。
「何してるんですか?」
「グラシュのメンテナンス」
「げ。あなたですか」
「うん。僕」
あの男だった。みさき先輩の家に巣食う邪魔者。私を差し置いて先輩と同棲するというおいしいポジションをとるなんて。正直に言って私はこの人が嫌いだ。だけど高藤の生徒で話せる相手は今のところこの人しかいない。
「……まぁ、この際あなたでいいです。こういうグラシュの整備って、メカニックの人に任せるモノじゃないんですか?」
「殆どの選手は任せてるね。メカニックと選手は別の項目だし」
「じゃあ、何で任せないんです?」
「自分でできることは自分で済ませたいだけだよ」
話している間も手を止めることなくこの人は答える。パチンとグラシュのフレームをくっつける。作業は終わったようだ。
「真白ちゃんもやってみる?」
何を、と思ったところで彼がグラシュを指さす。そこでようやくこの人がグラシュのメンテナンスを教えてくれる事を察した。
――――でもなんて言うか
この人に教えられるのはなんかイヤだ。
私よりみさき先輩の近くにいる敵。少しの敗北感と嫉妬心、あと羨ましさ。比べものにならないほどのみさき先輩への【愛】。そんな感情たちがこの男に借りを作ることに対して全力でブレーキをかけている。
「…………」
きっと今の私はすごいしかめっ面をしていると思う。そんな私の反応を見かねたのか、この男は口を開いた。
「……みさきさんのグラシュが壊れたとき頼られるよ」
「や、やりますっ」
私、みさき先輩のためなら頑張れますっ。
「アプリの準備はできた?」
「はい。グラシュのメンテナンスってスマホでもできるんですね」
「新興スポーツだし、若い人に馴染みやすいようにしてるんだよ」
言われたとおりスマホにアプリのインストール完了。その後電源を切ったグラシュとケーブルで繋いでアプリを起動する。
「そうそう。それで自分のグラシュと名前が同じかを確認して……」
えーと、私のグラシュはスピーダー用のシャム。うん、合ってる。
「じゃあグラシュの設定の変更をしてみようか。メンテナンスモードを起動してバランサーをOFFにする」
「バランサーをOFFに……っと」
「それじゃあ、反重力子の出力設定と実際の出力を見るんだ。設定のパラメータとグラシュから受信されてるパラメータが同じか確認するんだ。メンブレンの張り方で動きがどう変わるかは分かる?」
それなら少しは分かる。
確かスピード勝負しやすいように最高速度を上げると加速力や旋回力が落ちたり、逆にドックファイト向けに加速力と旋回力を上げると最高速度が下がったりするんだっけ。
「初めてだし、今回は自分の好きな設定にいじろうか」
「好きな設定……」
じゃあバリバリのファイター仕様にしてみようかな。みさき先輩のレーヴァテインを履いたときはバランスが取れずに目を回しちゃったけど、あれはあのグラシュの反応が敏感だったからだ。今のグラシュならああはならないはずだ。
「バリバリのファイター向けにしてみます!」
「じゃあ、このパラメータをタップして……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なっ!?」
驚いた表情で五十嵐さんが私を見上げる。でも、行動不能時間中の彼女は私を見ることはできても動くことはできなかった。
「このままフラッグプレイヤーの人を攻めるよっ」
「くっ、逃げなさい! 林田君っ!」
さっきから事あるごとに私の背中をねらってきた林田さんが逃げる体勢に入る。上空のアドバンテージを活かして加速して振りきる気だ。
五十嵐さんを行動不能にしたことで私がフラッグプレイヤーという事がバレた。対して、私達のチームは五十嵐さんが
FCだったらこれで一点だったのに。このゲームだと序盤で相手に正体バレちゃったのは痛かったかなー。
まぁ、あと1人攻めればお釣りがくるからいいや。
私は五十嵐さんをタッチした反動を利用して林田さんを追う。散々私に反抗してきたグラシュだったけど、さっきので完全に把握できた。
「逃がさないっ!」
思いっきり上体を倒し、加速する。林田さんとの距離がみるみる縮んで、横に並んだ。林田さんの方から息を呑む声が聞こえた。
「っ!?」
速い。白瀬さんもいってたけど、このグラシュ最初の加速がすごい。スピーダーの相手が加速しきる前に追いついた。
「はぁぁあっ!」
相手が加速しきる前に頭を押さえにかかる。スピーダーは最高速度にパラメータを絞った分、加速力と旋回力が鈍い。ドッグファイトで一度張り付ければ、こっちが有利だ。
「くっ!」
わずかに先行した私は身を翻して林田さんに迫る。林田さんは逃げるように左へ旋回。私も後に続く。車でもそうだけど、旋回すれば自然と速度は落ちる。ファイターの私は初速と加速が速い分、すぐに追いつける。
背後を取った。
「さぁ、あなたはどっちっ?」
あとは手を伸ばして触れるだけだ。迷わず踏み込む。
『みさき後ろっ!』
インカムから窓果の鋭い声が走る。私が振り向こうとした瞬間、背中に衝撃が走った。そのまま林田さんの前に押し出される。
『ポイント。高藤っ!』
「えっ!?」
聞こえてきた審判の声に驚きの声を上げてしまう。
「林田さん! 追撃っ!!」
「……っ、ああ!」
佐藤院さんの声の後、もう一度、背中に衝撃が走る。今度は林田さんからの一撃だ。
いつの間にか、佐藤院さんと距離を詰められていた。
『ポイント高藤! 2ー0!』
「うそぉ!?」
一気に点差を広げられて私は焦る。このままだと、さらに追加の得点を与えてしまう。
『鳶沢さん、すみません!!』
明日香と市ノ瀬ちゃんが追いつく。さすがに2対3は不利だと判断したのか。高藤の2人はお互いタッチし、その反動を利用して距離を取る。佐藤院さんはサードブイを目指し、林田さんは比較的近いフォースブイに向かって飛ぶ。ブイで更に加速して時間を稼ぐのだろう。その後で五十嵐さんを復活させて攻める気だ。
「ほえぇ、あんな風に加速できるんですね」
明日香が感心したように言う。確かにFCだとあんな加速はしないもんね。
「さすがFCの強豪校ってところね。窓果、ここからどうしよっか?」
『一人動けない今はチャンスだね。明日香ちゃんと市ノ瀬さんで前に出てもらって、牽制。みさきは相手が崩れた所を狙って』
正体バレている上に、あと3点取られたら負けだ。けど、相手の1人が行動不能の今はチャンス。このまま3対1に持ち込んで、相手のフラッグプレイヤーを知りたいところだ。
「みさきちゃん、行きましょう」
「はい。五十嵐先輩がまだ動けないので数では有利です!」
市ノ瀬ちゃんの方は大丈夫そうなんだけど、果たして初心者の明日香がどこまでいけるのか。失礼だけど私は明日香の可能性をこの時完全に見くびっていた。
「市ノ瀬さん。私、試してみたいことがあるんですけど」
「はい?」
この2人のやりとりに気づくこともなく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初心者でありながら私に苦汁を飲ませた相手と可愛い後輩。その2人が真っ直ぐ向かってくる。その二人の少し後ろには鳶沢みさき。なるほど、スピーダーの林田さんに追いつけないと踏んで、私に1対3を挑もうということでしょう。
――ですが
「名門高藤の副部長は、甘くないと言うことを教えて上げましょうっ!!」
五十嵐さんが行動可能になるまであと20秒と少し。それまでどれだけ渡り合えるのか。お手並み拝見ですわ。
サードブイに触れて加速。フィールドの中央に向かいます。何故、中央に向かうのか。それはすぐ分かります。
「いきますっ!」
「リベンジですわ。倉科、明日香っ!」
先頭を駆ける倉科明日香を見据えます。前は初心者だからと侮っていましたが今回は油断はなしです。
左前方から迫る彼女を見て、体を少し右に傾きます。そこから右手足を広げ一瞬【減速】します。
「え!?」
倉科明日香の表情に驚きが浮かびます。それは私が減速したことに対してーーーーではなく、私より前に出てしまい、背中を晒したことに対する驚きでした。
彼女は私が減速していないと目の錯覚を起こして、前に押し出されたのです。
「やはり、まだまだ未熟……のようですわね!」
広げた手足を元に戻して加速し、倉科明日香の後方に張り付きます。
「な、なんで佐藤院さんが後ろに……」
中央へ向かった理由。それは相手との相対距離を掴みにくくするためです。多くのスポーツはフィールドを区切るためフィールド端と中央に線が引かれています。ですが、FCのフィールドで引かれているのはブイ同士を結ぶラインのみ。
中央に行くほど目印がなく、選手も立体的に移動するため位置の把握が難しくなります。セコンドが付いていても3人同時の位置把握は至難です。
特に初心者は空中での位置の把握に慣れていないため、相手との距離感を見誤りやすいのです。
倉科明日香を抜けて、鳶沢みさきを目指します。さぁ、倉科明日香。私に追いつきたければあの【エアキックターン】を決めてご覧なさい。
しかし、私の思いとは裏腹に倉科明日香は弧を描きながら反転するようでした。
肩すかしを食らったと感じる前に、後ろに構えていた市ノ瀬さんに意識を集中します。
「ここは通しませんっ!」
ゴールキーパーのように手を広げる市ノ瀬さん。いつもとは立場が逆ですわね。
「いきますわっ!」
シザースを開始し、右へ左へと揺さぶりをかけます。スピーダーが対面でシザースを仕掛けられるという場面は、FCではあまり見られません。
「えいっ!」
タイミングを合わせて、市ノ瀬さんが私の頭を押さえに出ます。しかし、加速が足りずその手は空を切りました。
「甘いですわ!」
二人を突破し、目標の鳶沢みさきと対峙します。鳶沢みさきはこの時点で私と林田さんに挟まれる形になりました。
倉科明日香と市ノ瀬さんがフォローに入る頃には五十嵐さんが復活して二人を抑えにいくでしょう。
鳶沢みさき。私と林田さんのどちらが
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時掲載
―平成29年2月9日は肉の日!―
合宿の少し前
「ふっふふ~ん~♪」
「おや? 今日は市ノ瀬君はご機嫌だね」
「部長。市ノ瀬さんも入学して初めての合宿を心待ちにしているのですよ」
「ああ、なるほど。納得したよ佐藤君。僕にとっても今回の合宿は今まで過ごしてきた中で特別なモノになるだろうし…………フフ、もうすぐだヒナタクン」
「部長、良い笑顔なのに顔色が悪いですわよ? あと佐藤院ですわ」
「そうかい? にしても、市ノ瀬君は本当に熱心だね。部室の掃除だけじゃなく、当日の食事当番も引き受けてくれるなんて」
「ええ、今日は買い出しに行って食材を吟味したようです。やはり……【肉】」
市ノ瀬さんが買ってきたレシートには値段の安い豚肩肉や豪産牛肉といったモノが4割書かれている。真藤はその下の材料を見て眉をひそめた・
「じゃあ、この蜂蜜とコーラとパイナップルや林檎、それに凧糸? なんでこんなものまで」
「あら?」
佐藤院がふと気づく。それは市ノ瀬さんの鞄からはみ出た書類だ。
「食品研究部の熟成庫使用申請書? 承認者:高藤本校部長 住吉千里……市ノ瀬さんまさか」
「えへへ。この学校に入ったら絶対使ってみたかったんですよね~。家庭じゃ絶対に揃えられない設備まであるんですから♪」
彼女の肉に対する情熱は後に本校生徒会長になる男を顎で使う女子生徒から承認印を押させるほど熱かった。
「市ノ瀬さん、合宿反対だったんじゃ……?」
「お肉が出る合宿の晩ご飯は別ですっ!」
―完―
半年以上の空白期間申し訳ありません。
<裏話および補足>
今回は少なめ。テンポ悪すぎ。フラッグコントレイルは次のみさきvs佐藤院(+α)で終わりです。
今話は、佐藤院さんの活躍も書きたかったので。
同時掲載……肉の日(掲載後のこり数分)だったので書きました。せめてもの恋チョコネタ
更新予定日(締め切り)は作者ページに書くことにしました。