蒼の彼方のフォーリズムー朱い空ー   作:科戸@頑張って執筆中22年2月

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去年やろうとしていた番外編
真白ルートの後日談



番外編 真白's After on birthday

 

 

 冬休みが終わって新学期が始まり少しばかりの時間が経った。休み明けの気だるさも抜けていないこの時期、私にはちょっとした悩みがあった。

 

「真白、最近なんか元気ない?」

 

「うーん、そう?」

 

 いけない。顔に出ちゃったかも。それか、実里の観察眼が伊達じゃなかったのかもしれない。

 悩みの原因は自分でも分かっている。FCを始めてからしばらくして付き合い始めた――

 

「もしかして愛しの日向先輩?」

 

「いっ、愛しって何よ!? 愛しって!?」

 

「ちょっと前まで理性吹っ飛びそうになるくらい好きオーラ出してた子が何言ってるんスかねぇ」

 

「な、なななななにいって……」

 

「はーい、正直な気持ちをどうぞー」

 

 サッと、口元にマイクを運ばれ間髪入れずに質問をぶつけられる。

 

「し、仕方ないじゃない。本当に好きなんだから」

 

 口に出した瞬間、体中に熱が走っていくのを感じて伏せてしまう。今顔を上げたら絶対真っ赤のはずだ。

 うう、私って先輩のこと、こんなに好きになっちゃってたんだ。

 

「……なんだろう。今ものすっごく爆発しろって思っちゃった」

 

「何でよ!?」

 

 実里の失礼な一言に叫びつつ、私はさらに目を伏せる。今度は恥ずかしさからじゃなくて、ちょっとした寂しさからだ。

 

「先輩……」

 

 先輩はこの冬、FCの行事で首都の方へ行ったきりだった。そのせいで、年末年始を一緒に過ごせなかったのだ。遠征に対して私は別に怒っていない。先輩がやりたいと思って行ったのだから私はそれを応援するだけだ。そりゃもちろん一緒に過ごせたらすごく幸せだっただろうけど、仕方ないって無理矢理納得できる。それに、みさき先輩達と食べた年越しうどんの思い出も幸せなモノだった。

 

「もしかして、最近日向先輩と疎遠?」

 

「うっ……」

 

 そ、そんなことないもん。帰ってきてからの先輩はいつも通りFCのコーチに戻ってきてくれてる。練習の指導も前と同じように誰かに肩入れせず平等。休みの日はウチのバイトに来てくれる。ただ、前よりどこか余所余所しい気がする、うんそれだけだ。

 

「まぁ、日向先輩、首都の方には各務先生と佐藤院さんの3人でいってたからねー」

 

「……も、もしかして」

 

 私がいない間にどちらかの女性と……。いやいや、先輩に限って、そんなことはないはず。でも、男は狼って言うし。先輩と各務先生は前から何か変に親しかったような。でも、各務先生は先輩のことどうとも思ってなさそうだからきっと大丈夫のはず。だとしたら佐藤院さんの方はーー

 

(……あれ?)

 

 佐藤院さんって――――気立てがよくって、面倒見もすごくいい。名門校の部長だし、FCも上手。私と違って、ゲームやぬいぐるみみたいな子供じみた趣味もない。私と髪の色も近いし、同じツインテール。フライングスーツも同じ黄色。そして私より胸も大きい。

 

(完全に私の上位互換だー!!)

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

「真白、どうしたー!?」

 

 そっか、そうだよね。下位互換の私より、佐藤院さんみたいな良い性能の人の方がいいよね。私なんか、私なんかぁー!

 

「ごめん、もう帰る」

 

「あれ? 部活は?」

 

「そうだった。うん、帰らない」

 

「愛の力ってスゲー」

 

 茶化さないで欲しいんだけど、バカミノリ。そう思いながらいつもよりも少しだけ重い足取りで私は部活に向かった。

 

「よーし、今日も練習お疲れさまー! 日向君もコーチ兼選手ご苦労様!」

 

「ああ」

 

 窓果先輩もとい窓果部長からドリンクを貰う晶也先輩とみさき先輩はまだまだ行けるといった感じだった。明日香先輩と私は息が上がっていてドリンクを飲むのにも呼吸を整えなければいけないというのに。

 

「明日香と真白はもう少しスタミナつけないとな。みさきは……」

 

「うー、疲れたー。おやつ欲ーしーい」

 

「やる気を出しつつ、食い気を抑えないとな」

 

「みさきちゃんの燃費って一体どうなっているんでしょう?」

 

 明日香先輩の言葉に私は頷く。あれだけの量を食べて一体どこから放出しているのだろう。エントロピーを凌駕しすぎだと思う。一体どんな宇宙人と契約したんだろう。

 

「そういう日向君は自分の反省点ないの?」

 

「うーん。出だしの反応はもっと速くしておきたいし、反転の時体のブレがズレるのを直さないと。ソニックブーストの使い所も増やしていきたいし。今のままだと次の大会で乾に抑えられるかもしれないから、ドックファイトの練習も増やしていかないとな。あと、一回一回の体力配分も考えてーー」

 

「ちょっ、ストップ! ストーップ!」

 

 凄い。先輩、自分に対して厳しすぎるよ。

 

「窓果、いいか。自分の弱点って言うのは知らないと損だが、知っていればそれだけでアドバンテージになり得るんだぞ? みんなも自分が感じた弱点は自信が無くても言ってくれ。それを克服する練習を考えるから」

 

 やっぱり、FCの事になると先輩は眩しいなぁ。なんていうか、一直線って感じだ。選手に戻ってからこの熱心さに磨きが掛かった気がする。

 うん。私、この一生懸命な先輩が大好き。

 

「真白ちゃん。どうしました? とっても嬉しそうですけど」

 

「い、いえっ。なんでもありませんっ」

 

 また、顔に出ていたようだ。

 

「真白ー、晶也が帰ってきて嬉しいのは分かるけどー、もうちょっと自重しよっかー」

 

「みさき先輩!? べ、別に晶也先輩が帰ってきたからって私そんなに嬉しいとか……」

 

 言い淀んでしまった。晶也先輩に目を向けると、苦笑いが返ってくる。ああ、どうして私ムキになっちゃったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、日向君今日はもうあがっていいわよー」

 

「お疲れ様でした。また明日な、真白」

 

「う、うん」

 

 前だったら帰る前に部屋で話していたのに、最近はこんな具合だ。

 先輩が帰ってから、自己嫌悪なのか気まずさからなのか、ブルーな気分になった私はテーブルに突っ伏していた。

 

「真白ー、最近日向君と何かあったの?」

 

「ううん、何も」

 

 何かあったからじゃなくて、何もないから不安なのだ。

 

「ふふ、じゃあ、真白の方からアプローチしてみたら? もうすぐバレンタインデーだし」

 

「バレンタイン……バレンタインデーって」

 

 私の誕生日だ。

 そういえば先輩の誕生日って元部長の誕生日とズレて祝えなかったんだよね。今になって罪悪感が蘇ってくる。

 

「日向君、真白が作ったチェコレート貰ったら凄く喜ぶだろうなー」

 

「じゃ、じゃあ作ろっかな」

 

 お母さんのその言葉が私に火を付けた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

――バレンタイン当日――

 

「おはよう」

 

「おはようございますっ。晶也さん」

 

「ああ、みさきは相変わらず寝ているのか」

 

「え、えーと。今日のみさきちゃんは……」

 

 いくら低血圧でも、放課後まで目覚めるのか心配になってくる。そう思えてしまえるくらい今日のみさきは死んだように寝ていた。

 

「うど……ん……も…………ダメ」

 

「?」

 

 何かうわごとのように呟いているな。まぁ、いつものように夢でも見ているのだろう。

 

「日向君、おっはよーっ! はい、これ義理チョコー」

 

 席に着くと同時に窓果からチョコを渡される。コンビニのイベントで売ってるちょっと高めのやつだ。

 

「ああ、ありがとう。でも義理チョコっていいながら渡すものなのか?」

 

「いやー、だってほら。日向君には真白っちがいるしさー」

 

 俺の配慮が足りていなかった。窓果、心遣い感謝する。

 

「あ、ああ。そうだな」

 

「あの、晶也君。私からもチョコです」

 

 明日香からは手作り感満載の袋に詰められた生チョコだった。綺麗にラッピングされた袋は封を切るのに躊躇いを覚えるくらいの出来だ。一つ前のチョコレートと比べると一生懸命作られたのが伝わってくる。義理チョコなのは分かっているのに、なんだかそれ以上のモノが込められている気がした。

 

「ありがとう明日香。これ、大変だっただろ?」

 

「いえ、そんなことないですっ……えへへ」

 

 

 席に戻る明日香は嬉しそうに笑っていた。

 

「……健気だなぁ」

 

 その後ろで窓果が呟くのが聞こえる。どういう意味だ?

 

「晶也ぁ」

 

「うわ!?」

 

 寝ていたと思っていたみさきに呼ばれ、ビックリする。

 

「お気の毒だにゃー……」

 

「??」

 

 みさきの言葉の意味を知ったのはその日の夕方になってからだ。

 

 

 

 

 

「こ、これは……?」

 

 バイト終わり、俺の前に出されたのは賄いのうどんだ。

 

「真白が頑張って作ったのよ、ねぇ?」

 

「お、お母さん、余計なこと言わないでよ」

 

 それは分かる。今日はバレンタインデーで、真白にとって特別な日というのも知っている。首都から帰ってすぐにバイトを再開したのもそのためだ。

 休む暇もなかったこの状況で恋人から手作りの料理を振る舞われたのだ。こんなに嬉しいことはない。ただ――――うどんの出汁がチョコレートのような色で、チョコレートのようにトロトロしていることを除けばだ。

 

「う、うどんとチョコレート両方一度に楽しめるようにしてみたんです。麺にはホワイトチョコ。お出汁には生クリームとチョコレートを入れて生チョコ感を出してみました。天ぷらもサクサク感とチョコのまろやかさを出すのにココアパウダーを……」

 

「ま、真白。親父さんは何も言わなかったのか?」

 

「いえ、お父さんは先輩のことになると血が上りやすいので何も教えてません」

 

「そ、そうか」

 

 せめて親父さんが手伝ってくれていれば、麺の味だけは保証できたのに。

 

「先輩に喜んで貰いたくて一生懸命作りました!」

 

 その一生懸命さに惚れたのだが、どうしてだろう。少し後悔している。

 牡丹さんは、牡丹さんでニコニコしながらこっちを見てるし。

 

「あ、ああ。バレンタインでこんなに手の籠もったチョコレート見るのは初めてだよ」

 

 狂気も籠もっているが。

 

「はい! ナンバーワンは無理でも、先輩のオンリーワンを目指しました!」

 

 普通に作ってくれたら、きっとナンバーワンでオンリーワンだったはずだ。でも、この空回りしがちな所も惹かれた大切な一面なんだよなぁ。

 

「さぁ、冷めない内に召し上がってください!」

 

 さぁ、覚悟の時。男を見せろ、日向晶也。

 

「い、いただきます」

 

 このうどんの前作を食べた白瀬さんとみさきの反応を知ったのは翌日のことだ。俺を含めた3人の感想は以下の通り。溶けるように喉に流れてくるチョコレートと、溶けてたまるかと腰のある麺の食感が出しゃばってくる。チョコレートの甘さと、うどんの旨さが喧嘩して、鼻を詰めるような風味が沸き上がってくる。お菓子として食べようにも、逆にうどんとして食べようにも、天ぷらの塩っ気が邪魔をしてくるのだ。

 一本の麺を喉に通した時点で、これは無理だと俺は直感した。

 

「どうですか先輩? おいしいですか?」

 

 全国の男達よ。この模範解答を今の俺に教えてくれ。

 

「ま、真白も食うか……?」

 

「いえいえ、先輩は遠慮せず全部食べちゃっていいんですよ」

 

 ぐぉぉ。今はその気持ちが恐ろしい。ならば

 

「ま、真白と一緒に食べたいなー。なんて」

 

 親父さんに聞こえたらやばい。だが、真白の将来を心配する身としては今の内に気づいて貰わないと。

 

「せ、先輩……」

 

「あらあら」

 

 牡丹さんの前で恥ずかしいことを言った俺を困ったように見る。

 

「じゃ、じゃあ一口だけ」

 

 そういって俺の手から箸を奪う。髪が器に入らないように手を添え、何度かフーフーと麺を冷ましてから麺をすする。あ、これって間接キスだ。キスは甘酸っぱいと表現されるけど、今回は甘ったるいこと間違いなしだ。もちろん味的な意味で。

 

「う゛…………」

 

 料理した本人ですら、顔色を変えるほどのものだった。しかも、その顔のまま猫が毛を逆立てるみたいに身震いを起こす。なんか某アニメスタジオの映画みたいだ。

 

「どうだ? 真白」

 

「お、おいしくないです。先輩……………」

 

「だろ?」

 

「すみません……」

 

 目に涙をためて見つめてくる。この顔をされると、怒れないな。

 

「甘いよなぁ……」

 

 二つの意味を持った言葉が口から出た。すぐに、真白から器を取り返して口にかき込む。

 突然の行動に真白は声を上げた。

 

「先輩っ!?」

 

「ま、真白がっ……一生懸命っ、作ってくれたことは分かってるから……なっ?」

 

 こみ上げてくるチョコうどんの阿鼻叫喚に耐えつつ、俺は笑いかける。今自分がどんな顔をしているのか考えたくはない。

 

「先輩……」

 

 申し訳ない気持ちでいっぱいなのか、真白は悪さをした犬のようにしゅんとする。

 

「だから……俺は、、、真白のこと……今でもす」

 

「あらあら、青春よねー」

 

 ぐらりと視界が揺らぐ。全力を出しきった後のような脱力感に襲われ、俺の意識はそこで終わった。

 

 

 

 

 

「ん……ここは?」

 

 見覚えのある天井。どうやら真白の部屋まで移されていたらしい。

 

 上体を起こすと額に載せられていたタオルがはらりと落ちる。

 

「だ。大丈夫ですか先輩?」

 

「そう、見えるか?」

 

「で、ですよね」

 

 真白の狂気――もとい凶器的な料理の後味は気絶から回復した後も残っていた。だが、気絶する前よりはその威力はまだ軽い。

 

「牡丹さん達は?」

 

「お店の方は大丈夫だから、先輩の側についてあげてって」

 

「そうか。俺をここまで運ぶの大変だっただろ」

 

「いえ、それはお父さんがやってくれました」

 

「親父さんが?」

 

 意外だ。

 

「はい。私もお父さんは先輩と私のことは認めていないと思っていたので意外でした」

 

 それは感謝しないといけないな。二人とも機転を利かせてくれたようだ。

 

「私……やっぱりだめですね。先輩に喜んで貰いたいって作ったのにあんなものを出しちゃうなんて」

 

「真白が頑張ってくれたのは分かってるからあんまり気にするな」

 

「はい……」

 

 やはり気にしてしまっている。暗い気持ちの真白を見るのはつらい。

 今日は真白にとって特別な日だ。そんな日はやはり笑顔で過ごして貰いたい。

 

「真白、俺の鞄あるか?」

 

「あっはい。先輩が倒れた時一緒に持ってきたんです」

 

 真白が俺の鞄を取って渡してくれる。鞄の口は幸いというか今日のためにちゃんと閉めていたので中身を見られる事はなかったようだ。

 

「少し前までは、気づかなかったんだ」

 

「何を、ですか?」

 

「何か一つのことに夢中になれるって事」

 

 ああ、そうだ。思えば、初めて会ったときから真白は【頑張ろうとすること】に夢中だった。

 俺や明日香と会って、FC部に入って、飛ぶのに失敗して、試合で失敗して。

 成功したことがあまりないから物事に打ち込むのが怖くて、才能がないのが怖くて。そんな自分と向き合うために俺と約束したんだ。

 

 そして、そんな真白と練習を続けていって俺もコーチとして失敗ばっかりの自分が嫌で――――

 

 でも、そんな俺を真白は曇りのない目でいつも信じてくれたから。

 

「俺は、真白がいたから今を頑張れている」

 

 飛ぶのが怖かった。また、頑張ろうと思うのが恐かった。無駄に終わってしまうんじゃないかって。

 

「私、先輩の力になれてますか……?」

 

 ああ、なっている。だって俺が今空を飛べるのは――真白が隣で頑張ってくれているからだ。

 

「真白」

 

 そっと、真白の髪を両手で撫でる。クリーム色の髪は流れるように綺麗でなのに愛らしい。

 手が真白の首元に当たる。真白の呼吸が感じ取れる距離だ。真白の体が小さく、しかし鋭く跳ねた。

 

「んっ……」

 

「真白」

 

 金属同士が絡む音。さらさらと砂が流れるような音と、ひやりとした感触に気づいた真白は自分の胸元に手をあてがう。その正体を確認した真白の口元が緩むのが分かった。

 

「晶也先輩……」

 

「誕生日おめでとう」

 

「……はい。ありがとうございます。それと、ハッピーバレンタインです」

 

 真白の胸に碧の光が灯る。

 

 その色は俺と真白があの朝二人で見たオールブルーと同じだ。

 

 真白がゆっくりと目を瞑る。

 

「先輩……」

 

「ああ」

 

 

 




<裏話および補足>


真白うどん…vitaドラマCDのうどんを日向君に食べさせようと構想した結果がこのSSです。

誕生日SS…真白After発売に向けての応援企画。サブタイは「恋と真白とチョコレート」にするつもりでしたが響きが悪いのでシンプルにしました。


真白ちゃん誕生日おめでとう

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