蒼の彼方のフォーリズムー朱い空ー   作:科戸@ただいま

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 こんにちは

 活報から作品名を改変しましたが投稿していきます。

 この作品は原作をちょっと変えつつ、原作裏を書いていく物語となります

 読みにくい箇所がございましたらご指摘ください


原作開始前
第一話 この島はいいところですね


 体が地面から離れる不安と、未知の体験への胸の高鳴り。

 

 メンブレンが体を包み、浮力を得た体が空へと昇る。

 

 目の前に広がっていく海の碧と空の蒼。

 

 海鳥と同じ高さで空を舞い、出迎えるように横をすぎていく。

 

 綺麗。

 

 耳の横をすぎる風切りの音が心地いい。

 

 柔らかさを感じさせる空気が気持ちいい。

 

 どこまでも続く空に心奪われる。

 

 繋いだ手の子が笑う。

 

 綺麗でしょ? と。

 

 頷いて、この景色を見せてくれたその子はまた嬉しそうに笑う。

 

 風が一際強く吹いた。髪がくすぐるように揺れる。

 

 こっちだよ、そう手が引かれる。

 

 景色が後ろに流れていく。自分が鳥になったようだった。

 

 赤い光線を描き、宙を舞う。二人で。

 

 

 

 

 空は朱色に染まっていた。いつまでも続くと思っていた蒼はもう見えない。

 

 お別れの時間が近付いている。

 

「もう……お別れ?」

 

「そう、だね」

 

 何かいいたい。でも、何を伝えたいのか、何を言えばいいのか。自分の気持ちが分からない。

 

「空、凄く綺麗だった」

 

「うん」

 

 いつまでも、飛んでいたい。そう思えるくらい。

 

「すごく……楽しかった。ありがとう」

 

 今いえるのはこれが精一杯。

 

 また、あの子が笑う。

 

 じゃあね、と背中が映る。

 

 もう、これで終わり? そう思うと胸が苦しい。嫌だ。

 

「あ、あのっ私、まだこれで終わりにしたくないっ!」

 

「…………え?」

 

 あの子が振り向いてくれる。初めて見る驚いた顔だった。

 

 

 それは約束をした遠い日のヒトコマ。私が空に目覚めた日の事。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

[まもなく当船は畑の浦に到着します。長らくの御乗船ありがとうございました]

 

 船内アナウンスが目覚ましとなって、目が覚める。

 

 何度も、空を飛ぶことをやめようと思った。その度にあの約束が僕を空へ引き戻した。

 

 窓からはカモメが数羽で飛んでいるのが見えた。そっか、ようやく着いたのか。

 

 固まった体を伸ばす。

 

 ほんの少し、胸の鼓動が早くなる。その原因は新生活への期待、もしくは不安のせいか。3月も終わりに近づく時期。南の地方とはいえ、風はまだまだ冷たい。港の段差に気を遣いつつ、船員から荷物を受け取る。

 

「旅行かい?」

 

 少年のスーツケースが気になったのだろう。船で隣だったおばあさんが聞いてきた。

 

「引っ越しです。春からこっちの学校に通うことになりまして」

 

「なるほど。若いのに一人でとは、立派だねぇ」

 

「いやいや、不安で胸一杯ですよ」

 

 はは、と小さく笑う。

 

「四島は人情の島やけん。心配せんでもよか」

 

 励ますように優しい手が少年の肩に乗る。

 

「いいところなんですね」

 

「いんや、住んでる人間が良い奴ばかりだからたい。ほれ」

 

 紙を渡される。開くと、近くの商店街の地図だった。生活用品の安いところが書いている。

 

「これ、いいんですか?」

 

「隣人は大切にするのが四島のルールやけん」

 

 地図に丸印が追加される。

 

「若いあんたなら、先にここに行くと良いたい。若い人は皆使ってるんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げる。頑張れと言うように微笑みを浮かべるおばあさんに不思議と心が和んだ。

 

 

 

 商店街を歩く。田舎と聞いていた割には商店街には人が行き交い、活気があった。喫茶店では主婦たちが談笑し、春休みの学生が昼間からゲームセンターに出入りしている。そういった風景を流し、おばあさんに勧められた店を見つける。

 

 入り口を開けると、青髪の少女が待ちかまえていた。

 

「い、いらっしゃいませ……す、スカイスポーツ白瀬によよよよよよよ!」 

 

 まるで壊れたレコーダのような声を出して、脱兎のごとく店の奥に消える。と思ったら壁向こうからこちらを窺ってくる。

 

「恥ずかしがり屋なのかね?」

 

 吹き抜けの空間に一人取り残され、展示された商品を見る。その商品を見てすぐに少年はおばあさんの言うことが分かった。

 

「……ここグラシュ屋か」

 

 視線の先にはスキー靴に似た大きめの靴が陳列されていた。アンチグラビトンシューズ。一言で言うと空を飛ぶ靴だ。

 

「ああ、ごめんごめん。妹のみなもが失礼をしてしまったようだね」

 

 店の奥から若い男性の店員が出てくる。名札には白瀬隼人と書いてあった。男の顔には見覚えがあった。

 

「いえ、可愛い子ですね」

 

「だろ? やらんよ」

 

 それは愛娘を嫁に出したくない父親の真似だろうか。

 

「初めてのお客さんだね。何かお探しかな?」

 

 そう言われて困った。何せ、グラシュの販売店とは知らずに入ったのだ。彼の予想ではここは家具屋か雑貨店で新しいコップでも探そうくらいの認識だったのだから。

 

「実は、今日この四島に引っ越してきて……」

 

「何だって!? じゃあ普段用のグラシュがなくて買いに来たわけだね」

 

 事情を話そうとした。しかし、そこは人情の島の人間。親切のつもりなのか、食いついてきた。

 

「あ、いや、確かにありませんけど。そう言う事じゃ……」

 

「ははは、ウチはメンテナンスも受け持ってるからね。安心して選ぶと良い。通学用ならローファー型とスニーカー型でおすすめのがあってね」

 

 言うやいなや肩を抱かれて案内される。1階の角のコーナーには通学用と書かれた札があった。先ほどのゴツゴツした靴と比べ、外見は全く普通の靴が並べられていた。一見すれば普通の靴と間違ってしまう事だろう。

 

(まぁいいや。どうせ買わなきゃいけなかったんだし)

 

「この島は、日本でもグラシュ普及率が一番なんですよね?」

 

「その通り。地域によっては飛行禁止になっている場所もあるけど、この四島列島は複数の島でできてるから、空を飛ぶという移動手段はとても便利なんだ。まぁお年寄りや小さな子供の中には慣れている船を使って移動する人もいるけどね」

 

 手頃な靴を選んで、サイズが合うものを探す。

 

「靴のサイズは?」

 

「26です」

 

「学生だよね。どこの学校?」

 

「高藤学園福留分校です」

 

「高藤か。あそこはいいところだよ」

 

 隼人が手頃な商品を見つけて、少年に差し出す。それを受け取ろうとしたときだった。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様!!」

 

 みなものかけ声が響く。その内容を聞いた少年は驚きで、思わず商品を落としそうになった。

 

 直後、もうダッシュで階段を駆け上っていくみなもの姿が見えた。その顔はこの上なく紅潮していた。

 

「先程連絡した佐藤院麗子です。グラシュのメンテナンスをお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」

 

「いらっしゃい。ちょっとそこで待ってて」

 

 不思議な名字の人だ。綺麗な金髪をツインテールでまとめ、自信一杯に胸を張った女の子。大人びた女性の雰囲気を持ちつつも、少女の部分が出ている柔らかな私服姿に少年はしばし見とれていた。

 

「何ですの?」

 

 目があった。

 

「珍しい名前の人だなと思って」

 

 本人も驚くくらい素直な感想が出た。下手に誤魔化すよりはマシな答えだっただろう。

 

「だとしても、見ず知らずの人をじろじろ見るのは感心しませんわよ」

 

「はい、すみません」

 

 初対面の相手にもはっきり意見を言う人だ。少年はそう感じた。

 

「あら、あなた……観光の方かしら?」

 

 少年の荷物から察したようだ。

 

「……いえ、今年からこっちの学校に通うんで、引っ越しに」

 

「彼も、高藤学園に入学するんだって」

 

 横から隼人が付け加えた。

「あらっ、そうなのですか。わたくしも今年から高藤の一年なんです」

 

 この子も高藤学園に入学するのか。佐藤院さんが手を差し出す。

 

「それでは、わたくしたちは同じ学び舎の仲間と言うことですわね。春からよろしくお願いします」

 

「よろしく、佐藤院麗子さん」

 

「はい。あなたの名前は……?」

 

 名前を聞かれて、少年は一瞬だけ戸惑いを見せる。しかし、黙り込むことはしなかった。

 

秋月(あきつき)(しゅう)

 

 

「こちらがイロンモールです。秋月さん」

 

 初対面から30分後。佐藤院に連れられ、朱は島唯一のショッピングモールへと案内されていた。

 

「ありがとう、わざわざ島の案内してくれて」

 

「気になさらないでください。グラシュのメンテが終わるまで何をしようかと思っていたところでしたし、何より」

 

 一拍あけてから

 

「こうして新たな友人ができたのですから仲良くなれればと思いまして」

 

「堂々と恥ずかしいこと言うんだね」

 

「はい?」

 

 どうやら自覚はないようだ。

 

「佐藤院さん、フライングサーカスやってるんだ」

 

 佐藤院がメンテに出したグラシュを思い出す。競技用のグラシュだった。

 

「ええ、高藤でも続けたいので一度フルメンテナンスをしておきたかったんです。もしかしてあなたもフライングサーカスを?」

 

 ぐるぐると渦巻く何かが、朱の心に沸く。これは羨望か、それとも憎悪だろうか。

 

「ああ、続けてきたよ。高藤でもやる予定」

 

「それでは、部活も一緒と言うことですわね。これから3年間楽しくなりそうですわ」

 

「………………楽しく、ね」

 

 その呟きが佐藤院に聞こえることはなかった。エスカレータを登り切る。最上階に続くのは階段になっている。しかしその道は立ち入り禁止になっていた。

 

「ここはまだ工事中なんです」

 

「へぇ、空中庭園だね」

 

「あら、よく分かりましたわね」

 

 工事中の壁だけ見て、どんな施設だったのか分からない。だというのにすぐに分かった朱の言動に佐藤院は少し驚いた様子だった。

 

「あそこから見える風景は絶景だろうなって思ってさ」

 

「ええ、来年には工事も終わります。それまではお預けです」

 

「残念だ。案内ありがとう。何かお礼がしたいんだけど、いいかな」

 

 クスリと佐藤院が笑う。

 

「構いません。見返りを求めてしているわけでもありませんし、あなたの感謝の言葉だけで十分です。ただ……」

 

「ただ?」

 

 言い淀むというより、溜めるような言い方だ。

 

「あなたもFCをしているのでしたら、入部前に一度手合わせをしてみたいですわ」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 FCの試合をする、といことに抵抗がなかったと言えば嘘になる。だが、他の人の目がない状態で、同じ部活の人と試合をする。この展開は僕が望んでいたものでもあった。

 

 海で囲われた四島列島で海岸へ繰り出すのは比較的簡単だった。

 

 グラシュ屋の少し離れた場所に、飛行場としてはうってつけの広場へと僕と佐藤院さん、グラシュ屋の隼人さんは来ていた。

 

「グラシュの調子はどう?」

 

「ええ、快調の一言に尽きます。審判を引き受けてくれてありがとうございます」

 

「いやいや、高藤の次世代たちを見れるいい機会だしね。そっちのグラシュはどう?」

 

 隼人さんが審判を引き受けてくれた。

 

「慣れました。問題ありません。それより、店の方は大丈夫なんです?」

 

 試運転がてら、ある程度飛んでから着地する。借りてきたグラシュだが、一試合する分には十分だ。

 

「ああ、この時間ならお客さんはあまりこないし、秘密兵器を渡しておいた」

 

 それは先程渡していたお面ーーいや覆面か?ーーのことを言っているのだろうか。

 

「それで佐藤院さん、お互いの実力を知る程度の試合……でいいの?」

 

「ええ、真剣勝負で」

 

「了解」

 

 グラシュの設定を確認する。モデルは飛燕三式。日本人に人気のオールラウンダータイプの万能モデル。そういえば彼も飛燕を使っていたな。

 

「手合わせですし、制限時間は5分で。他の細かいルールに変更はなし、ブイ間300メートル、フォースブイの国際規格でいきますわよ」

 

「セコンドは?」

 

「仕方ありませんが、今回はなしでいきましょう。ただ、審判役の方が時折相手の位置だけ教えてくれます」

 

 佐藤院さんは人差し指での自分のヘッドセットを指す。

 

「それでは、両者ファーストブイに着いて」

 

「はい、……我が翼に蒼の祝福を!」

 

 起動キーと思われる『呪文』を唱えて、佐藤院さんが空を駆ける。なかなか個性的な起動キーだ。

 

「じゃあ、僕もFLY」

 

 グラシュから翼のエフェクトが出てくる。体全体が空気の流れを感じ取り、感覚が研ぎ澄まされる。試合前の緊張のせいなのか、鼓動が少しだけ早い。この島で初めて飛んだ時と同じだ。潮と少し混じった緑の柔らかい風が混じった匂いが心地良い。

 

 そのままコントレイルの光を描きながら、二人でスタート地点に並ぶ。

 

「手加減は無用ですってよ」

 

「手加減なんて心配、しなくていいよ」

 

「セット!!」

 

 

 ピー! ホイッスルが鳴り僕らはスタートラインを切った。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 ピー!ホイッスルの音が鳴ると同時に、佐藤院はセカンドブイへと向かった。

 

 オールラウンダーの彼女としては相手の動向を窺う上で、セオリー通りの動きだった。

 

 スピードで相手を翻弄するスピーダーなら、セカンドラインへショートカットし、逆にファイターなら、このままブイをタッチし得点。どちらでもないオールラウンダーならそれこそ、腹のさぐり合いになる。どちらかが先にブイにたどり着くか競争、それかブイを諦めてショートカットという流れだ。

 

 

 しかし、佐藤院はこの時点で異変に感じた。

 

 

(秋月さんの姿が…………ない?)

 

 

 先にセカンドラインにショートカットしたのだろうか。目を配らせるが、やはり姿は見えない。だとしたら後ろか上か、しかし、相手の姿を視認できなかった。

 

 相手の動きを見て、対応する佐藤院としては、相手をいきなり見失ってしまうという事態は苦手だった。しかし、スタート直後のファーストラインでの接触は反則だ。先にブイにタッチするまで衝突の心配はない。純粋なスピード勝負だ。

 

 下降してから上昇し速度を上げる。ローヨーヨーだ。ブイを早くタッチし、点を追加しておこう。そう判断したのだ。

 

「まずはっ、一点っ!」

 

 ブイに触れる。反重力子同士の反発力を利用し、一気にサードブイを狙う、そのつもりだった。

 

『ポイント、秋月!』

 

「な、何ですって!?」

 

 聞こえた来た内容に耳を疑ったのと、背中に強い衝撃を感じたのはほとんど同時だった。

 

『ポ、ポイント秋月』

 

「2点目」

 

 佐藤院のバランスが崩れる。すぐさま、体勢を整えようとする。しかし、一歩遅かった。前に出ていた朱が逆走し、佐藤院をセカンドブイの方へと弾く。朱は反転する。衝突の反動を利用してそのままサードブイへと向かった。大きく離され、佐藤院はサードブイを諦めるしかなくなった。

 

 序盤で既に3点の失点。佐藤院は動揺する心を落ち着かせ、事態を把握する。連続得点のチャンスもあったにも関わらず、わざわざ相手を逆方向に弾いた。極めてイレギュラーな戦い方だが、ブイを得点源にするスピーダー寄りの動きだ。なら頭を押さえて失速させることが定石だ。

 

 ショートカットし、サードラインで待ちかまえる。交差の時間が近づく。

 

「…………っ!」

 

「そこっ!」

 

 今度は佐藤院の方が反応が早かった。初動を見切り、朱の進路を塞ぐ。進路を塞がれ二人が交差する。バチリという電撃に似た音が響きわたり、朱の速度が大きく落ちた。反面、佐藤院はスピードと体重の差で、弾かれる形となった。しかし、すぐに体勢を立て直しフォースブイへと駆ける

 

『ポイント佐藤院!』

 

 これで3ー1。相手の威力を殺したとはいえ、体勢を崩していない相手にドッグファイトを挑むのは危険だと判断した。何より初得点で流れを掴むきっかけになったはずだ。相手はこれでショートカットせざるを得ない。

 フォースライン。ここで試合時間は半分に近づこうとしていた。佐藤院の逆転の目はここに掛かっていた。中央に待ちかまえる相手に接近していく。相手との距離が20mを切った時、大きく左右に振り蛇行する、。シザース。相手を翻弄し、抜けるつもりだ。

 

「さぁ、わたくしの動きについてこられるかしら!」

 

「……ーー」

 

「ーーえ?」

 

 佐藤院には、朱の口がかすかに動いたように見えた。口元がはっきり見えるかどうかの距離なのに、聞こえたとしても掠れている可能性の方が高いのに、彼の口は【問題ない】と動いているように見えた。

 

 次の瞬間、彼の姿が消えた。まるで空に溶けるように、ふっと消えたのだ。

 

 気づいた頃には、彼の腕が佐藤院の肩に触れていた。メンブレン同士の反発で、両者が弾かれる。一方が完全にバランスを崩し、もう一方は相手の背中へと回り込む。

 

 得点が入ったことを意味するポイントフィールドが空に描かれ、審判の声が響いた。

 

「ポイント秋月朱!」

 

 流れを秋月がまた掴む。ここで、秋月朱の勝利が確定した。

 

 

 

「試合終了! 5ー2で秋月朱くんの勝利!」

 

 後の展開でそれぞれブイタッチで一点ずつ得点したが、やはり勝負どころは最後のドッグファイトだった。

 

「負けましたわ、わたくしとしたことが改善すべき部分がたくさんある試合になってしまいました」

 

「……え?」

 

「どうかしました?」

 

 佐藤院の態度に、朱は心底驚いた様子だった。

 

「いや、てっきり、負けたことに怒り狂うものかと……」

 

「失礼なことを言わないで。この佐藤院自らの欠点を他人のせいにするほど落ちぶれてはいません!」

 

 いくら佐藤院の第一印象が一昔前の高飛車お嬢様でも、中身の方は違ったらしい。

 

「それで、気になったことがあります。序盤での動きはいったい?」

 

「序盤の方は佐藤院さんの後ろにぴっちり着いて、一瞬だけ早くタッチしただけだよ」

 

 相手に存在を感じさせずに後ろに張り付いていた。幽霊か何かだろうか。佐藤院は苦笑いをするしかなかった。

 

「とにかく、とても素晴らしい動きでした。高藤でも、よき隣人として、ライバルとして共に励みましょう」

 

 そういって、佐藤院は手を差し出す。意図を察した朱がその手を握り返す。とてもゆっくりとした挙動だった。

 

「あ、ありがとう」

 

「それでは、今度は学校で」

 

「うん」

 

「我が翼に、蒼の祝福を……」

 

 佐藤院さんがグラシュを起動し、去る。彼女が見えなくなったところで朱は隼人に向かった。

 

「グラシュ、ありがとうございました」

 

「秋月朱くん、もしかして君……」

 

 彼は気づいたのだろう。いや、正確には思い出したのだろう。しかし、朱は言わせなかった。

 

「グラシュの注文してもいいですか? 実は前の壊れちゃったんで」

 

「ああ。メーカーと機種は決まってるのかい?」

 

「アヴァロン社の【ガウェイン】は取り扱っています?」

 

 海外のメーカーだ。それも、マイナー企業。

 

「いや、どうだろ。たしかそのシリーズは後継機の開発で生産が中止になったって聞いたけど……」

 

 それをきいて、彼は少しだけ暗い陰を感じさせた。しかし、すぐに陰を消す。

 

「じゃあ、セーレ社のリベレシリーズをください」

 

「分かった。珍しいメーカーだけど、入学までには届けられるよ」

 

 その後も何度か、問いかけようとした隼人だったが、朱ははぐらかした。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 率直に言おう。

 

 佐藤院さんとの握手の際、僕こと秋月朱はどきどきしていた。

 

 女の子、しかも同年代の子と友好の握手に痴情のような物を感じたからーーーーではない。

 

 佐藤院の長い爪が手のひらに食い込んでこないか。相手のグラシュが膝に当たってこないか。そんな事ばかりを心配していたからだ。

 

(人間不信なのかなぁ)

 

 もちろん、佐藤院さんがそんなことをする人間ではないとうことは分かっている。でも、それは頭の中でという話。体の方が勝手に過剰反応していしまう。意識的に分かっていることと無意識的に刷り込まれていることは違う。頭で答えが分かっていても、納得できる根拠がなければ実感は沸かない。勉強なんてその典型例だ。答えが分かっても、納得できるまで問題や式を頭に刷り込ませる事で身につける。例外があるとすれば、自分の世界観が変わるようなことに直面することくらいだろうか。

 

 とにかく、できるだけ早く、この被害妄想のような体質を治さないと。

 

 

 

「ようやっと下宿先に着いた」

 

 グラシュの注文を終え、街から歩くこと15分。

 

 閑静な住宅街。木造物件が立ち並ぶこの地域に僕の家はある。もちろん賃貸の部屋だ。

 

 【鳶沢】という表札を確認して、門をくぐる。

 

「こんにちは。今日から部屋をお借りする秋月朱です。鳶沢さん」

 

「はい、来たね……ってあら?」

 

「あなたは……」

 

 目の前にいたのは、船で隣に座っていたおばあさんだった。

 

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