蒼の彼方のフォーリズムー朱い空ー   作:科戸@ただいま

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※手のひら返し注意報


第二話 うどんは嫌い(過去形)

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 暴力的な人間は嫌いだ。

 

 それはスポーツをする人間に多かった。

 

 ガサツで、態度が大きくて、それが偉いと思ってる。

 

 集団でまとまってる奴らが優劣を決めて、でかい顔をして下だと思ってる連中を顎で使う。

 

 それでいて、自分よりも弱いと思っていた奴に負ければ、ふさぎ込んで無視するか。現実を認められずに足を引っ張りにくるか。汚い笑顔をして近付くか。

 

 そんな奴らばかりだ。

 

 目の前には壊れたグラシュがあった。遠い国の友人から贈られた大切な品。もう一度空を飛んで良かったと感じた思い出の品だった。

 

『残念だが、これで試合を出すわけには行かない』

 

 運営委員の大人がそう言った。

 

『壊れたのは片方だけです。予備の方は動きます』

 

 グラシュは一方の靴が壊れても、もう片方が予備として機能するようにできている。多少危険でも大丈夫のはずだった。

 

『だめだ。選手の安全を確認できずに試合はさせられない』

 

 優勝候補を下して、あと2戦なんだ。もう少しなんだ。今朝のメンテナンスでは何の問題もなかった。

 

『……悔しいだろうが、あきらめなさい。チームメイトの子達が教えてくれなければ事故に遭うかもしれなかったんだから』

 

『…………え?』

 

 運営委員の言葉に喉が震えた。

 

 運営委員の肩越しに見えたチームメイトたちは口元を緩ませていた。

 

 3年間の部活で、【最初で最後の】大会。

 

 先程のインターバルでメンテナンスといって持ち去られたグラシュ。

 

 その時点で、僕は起こった出来事を理解した。

 

 

 

 嫌なものを見た。胸が詰まるような苦しさで夢から覚める。

 

「……ん、どこだ、ここ」

 

 辺りを見ると、見慣れない部屋だった。寝ぼけていた頭でも、数秒後には昨晩のことを思い出していた。

 

(そうだ。昨日この島に来て、下宿始めたんだった)

 

 荷物は昨日の夕方頃届いて、荷物の仕分けはできてる。後は本格的な部屋の片づけと家電の設定だ。幸い男一人だ。荷物は少しなので昼までには終わるだろう。

 

————それからは、何をしよう。

 

————何をすれば、夢のことを思い出さなくていいのだろう。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

-正午前-

 

 

「おばーちゃん、タケノコ蒸かす鍋ってどこにしまってたっけー?」

 

 私はおばあちゃんからいろんなことを教えてもらってる。小さい頃からこの島に遊びに来て、いろいろなことを教えてもらったっけ。

 

 そんな私も去年からこっちに住んでるわけでして、もっぱら料理を教えてもらってる。まぁ、一度教えてもらったことは基本的に忘れないから、ほとんど通しなんだけど。

 

「離れかなー」

 

 ウチのおばあちゃんは地主で、家も大きい新築だ。前の家を物置代わりにしていて、鍋はそこに置いているかもしれない。

 

「なーべー」

 

 離れの戸を開くと、あたしと同じくらいの男の子が掃除をしていた。

 

「あ、どうも、こんにちはー」

 

 ピシャリ。戸を閉める。

 

「…………まぼろし?」

 

 ガラリ。もう一回開く。

 

「…………」

 

「…………」

 

 目を合わせること5秒。

 

「えーと、鍋が欲しいんですけど」

 

「戸棚のこれで良いです?」

 

「あ、はい。ありがとうございました……ってちがーうっ!」

 

「ご乱心!?」

 

 なんで!? 何で知らない人が掃除してんの。なんか住み込もうとしてるのか、荷物まで持ち込んでるし。

 

「なんだい、みさき。いきなり大きな声出して」

 

 あたしの声に気づいたおばあちゃんが箒を持って出てくる。

 

「おばあちゃんっ。この人誰!?」

 

「前に言ったじゃない。今年から人が入るって……」

 

 うー、そういえばそんなこと言ってたような。多分朝に言ったんだと思う。あたし朝は弱くて記憶が途切れ途切れになるから。

 

「鳶沢さん、この子がお孫さんですか?」

 

「ええ、みさきよ」

 

「よろしくお願いします。みさきさん」

 

 離れに住み込んできた同い年の男の子との対面はこんな具合だった。

 

 

 

 

 筍のゴマ和えと里芋の煮付け、ネギと牛肉入りのだし巻き卵、全部を平らげて(しゅう)は手を合わせた。

 

「ごちそうさまです。とてもおいしかったです」

 

「礼ならみさきにいい。今日の料理はあの子が作ったんよ」

 

「本当ですか!? お料理上手なんですね」

 

 誉められると、悪い気はしない。

 

「ふむ、良きに計らえ」

 

「調子に乗るんじゃなか。朱くんはお昼からん予定はいるけんか?」

 

「いえ、特には……」

 

「じゃあ、悪いけんど畑の収穫を手伝ってもらおうかね」

 

「ええ、構いません。むしろ……ありがたいです」

 

「??」

 

 朱のほっとした顔に私は少しだけ首を傾げた。

 

 

「パセリ、キャベツの収穫とじゃがいもの植え付け、こんな感じで良かったんです?」

 

「うん! いやー、春先だし、いろいろかぶっちゃって大変だったでしょ?」

 

「いえ、お世話になるんですからこれくらい当然」

 

 服に付いた土を互いに落とす。二人でやれば夕方まで続く作業が小一時間程度で終わったのはすごく嬉しい。男手のおかげで作業が捗る。あ、因みに放蕩息子の父さんは戦力外なのだ。

 

「それで、朱はどこからきたの?」

 

「斤畿の田舎から」

 

 内地の地方からだった。

 

「遠っ、朱は今年からこの島に来たんだよね」

 

「ええ、まぁ」

 

「わざわざこの島に一人で来たって……何で?」

 

 私の問いかけに、朱は少しだけ黙った。

 

「うーん、何となく?」

 

「何それ?」

 

「ほら、気の向くままにしたいって思うことありません?」

 

 凄くその気持ち分かる。

 

「うん、ある」

 

 なるほど、納得する。あるよね。私も学校決めるときも、楽そうだからーって久奈浜にしたし。

 

「でも、いざこっちで暮らすとなると結構不安ですね」

 

 そういって朱はぎこちなく笑った。

 

「そうかなー。私も去年からここに住み始めたんだけど、昔から、おばあちゃんの家に遊びに来てたからそこまで不安じゃなかった気がする」

 

「え、地元の人じゃないんですか?」

 

「うんっ、というか朱、私たち同じ歳なんだし、その堅苦しいのやめにしたら?」

 

「あなたは大家さんのお孫さんで、僕は住み込みの身なんで……」

 

「お金払ってるなら対等じゃない。それに家の中でそんな話し方されると私がゆっくりできないしー」

 

 肩が凝りがさらにひどくなるのはやだからにゃー。

 

「……わかった」

 

「よろしい」

 

「というわけで、お腹すいた。お菓子食べたい」

 

「脈絡がないね」

 

「働いた後は甘い物が食べたくなるの~」

 

「分かりました。分かった、買ってくるから」

 

 その後、朱は、出かけた。

 

 お願いだから、寄り道だけはしないでよね。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 あいつが中学を卒業して、私が勤める学校に入学してくる。

 

 もしかしたらこれを機に、そう思って春休みの間待っていた。

 

「昔は、いつもここで空を見ていたのにな」

 

 いつも、二人で練習していた海辺。目を閉じれば思い出す。あいつが放つ緑のコントレルが空のキャンパスに線を描いていく。

 

 あれは(から)になりそうだった私の心を照らしてくれる優しい光だった。私があいつに教えたのは、技術ばかりだ。逆に、あいつは私に無意識のうちに気づかせてくれた。教えるのは技術だけではなく気持ちだと言うこと。思えば、教師という道を選んだのも晶也との思い出がきっかけだったように思う。

 

(それに今更気づくとは、なんて皮肉だ)

 

 気づくのが遅れた結果がこれだ。師弟そろって空を飛ぶことから離れてしまった。それでも、いつかきっとあいつは空に帰ってくると願わずにいられなかった。

 

 だから、彼を見たとき、私は思わず晶也と呼びかけそうになった。ここはあいつと一番一緒に空を飛んだ場所だったから。

 

「いいところですね」

 

「ああ、私のお気に入りなんだ」

 

 ここで、声をかけられたのは久しぶりだった。痛みとは無縁そうな綺麗な黒髪と朱い瞳、顔立ちは少年らしさの残る柔らかさを感じる。その顔には見覚えがある。この顔を見る度に晶也は涙を浮かべてた。

 

「誰かを待っているのですか?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 少年が倒れた木の上に乗る。空が開けている。

 

「空、飛ばないんですか? そこに置いてるの、競技用のグラシュでしょう?」

 

「ああ、休憩中なんだ」

 

 年単位のな。

 

「各務葵さん、ですよね? 日向晶也くんのセコンドをしていた……」

 

 選手としてではなく、コーチとして聞かれたのはこの少年が初めてかもしれない。

 

「じゃあお前はやっぱりあの時の奴か。晶也がお前と当たる度に、世話をかけさせてくれたな」

 

 数年前。あいつが空を飛ぶのをやめてから、スライドするように頂点に立った少年がいた。ほんの一時期のことだったが、私は覚えている。メディアはこぞって晶也の引退話を記事にしていたため、選手間での知名度はかなり低かった。

 

「何いってんです? いつも勝ってたのはあなた方じゃないですか」

 

「ああ、だが晶也はいつもお前にだけは苦戦してたんだぞ。思い通りの試合運びができないとな。秋月朱。いやカゲロウとでも呼ぶべきか?」

 

「負けた人間が呼んだ名前なんて興味ないです。彼も飛翔姫なんて二つ名に興味なかったでしょう?」

 

「まったく、その通りだ」

 

 二つ名は自分の行動の足跡であって、肩書きではないからな。

 

「それで、選手引退後は何をしているんですか?」

 

「なに、若い奴らの面倒を見るのが癖になってな、高校の教師をしている」

 

「因みに科目は?」

 

「保健体育だ。あと生活指導」

 

 意外そうな顔をされる。心外だな。

 

「明らかに男を狙っているファッショ…………すみません」

 

 今なんて言おうとした。

 

「いや、就任先の学校は平和そうでいいなと思って」

 

 ああ、平和そのものだ。秋月朱が茶化した態度を改める。

 

「それで以前から、あなたに聞きたいことがありました。よろしいですか?」

 

「晶也の事と選手に戻らないのかみたいな質問でなければいいぞ」

 

 マスコミにされたような質問はごめんだ。

 

「分かりました。…………周りの味方がいなくなった時、あなたには何が見えましたか?」

 

 その言葉は私の動きを止めるのに、十分な鋭さを持っていた。

 

「……それを聞いてどうするつもりだ」

 

「別にどうもしません。ただ、他の人はどんな気持ちになるんだろうって思っただけです」

 

 少年の姿が昔の自分と重なって見えた。一瞬遅れて亡霊が映る。耐えきれず思わず目をそらした。

 

「…………悪いが、この質問は答えられない」

 

「そうですか。残念です」

 

 そうか。こいつが一時期、FCの世界から消えた理由。それは私と同質の理由だ。自分の本気を蔑ろにされた時に抱く負の感情。自分が間違っていたのではないかという自己嫌悪。内からも外からも味方がいなくなって私は亡霊を見るようになった。目の前の少年は晶也よりも格段に私に似ていた。

 

「ただ……一つだけ。忠告だ」

 

 それは罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。昔の自分が【あの技】を生み出してしまったから、周りに敵を作ってしまった。目の前の彼にはそうなって欲しくないと、昔の自分を重ねているのかもしれない。

 

「いつでも、味方でいてくれる人間を作れ。そして、自分も絶対にそいつのことを信じろ」

 

 

 そして、一番大切なことを教えてやる。

 

 

 秋月朱が去ってから、私は空を見上げた。

 

 スポーツをやめたくなる理由。それは2つしかない。

 

 一つは自分の限界を感じたとき。体の方が追いつかなかったり、自分より上の存在を見てしまって心が折れる場合だ。挫折とも表現できる。もう一つは人間関係の破綻。競技を通して仲が深まることもあれば、逆に対立することもある。選手間に限った話ではない。マスコミ、ファン、友人、恋人。その理由も様々だ。だがそのほとんどは、期待を裏切られたと感じたり、劣等感を抱いたからというすれ違いの対立から起こる。

 

 アンジェリック・ヘイロー。私の【すれ違い】のきっかけとなり、FCを見つめ直す理由になった技だ。

 

 私もまだ、空に戻ることができていない。

 

「こっちも、こっちで何か起きそうだ。晶也」

 

 空は赤みを帯び始めていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「お腹がすいたー」

 

 帰ってくると、玄関先でみさきさんがダウンしていた。まるで空気が抜けた風船みたいだ。

 

「ただいま。もうすぐ、夕食時だしね」

 

「お菓子はー?」

 

「…………あ」

 

 忘れてた。

 

「ばかぁー! 何でお菓子忘れて来るのよー! もう晩ご飯だよ! もう晩御飯食べようよ。ねぇー、何食べたいー? 今日は朱の好きな物食べよーよぉ」

 

 凄い切り替えの早さだ。お菓子の話題から夕食の話題に乗り換えるなんて。

 

「特に好きな物っていうのはない、かな。嫌いなものならあるけど」

 

 うどんとかいう、ラーメンの出来損ない。インスタントの方がおいしいという謎の料理。あれって不味いのがデフォルトだよね。この価値観は簡単には変わらないと思う。

 

「じゃあ、私うどんが食べたーい!」

 

 すくっと立ち上がって元気を取り戻す。ま、まさかうどんが好きなのではなかろうか。

 

「そんじゃあ、畑の礼も兼ねて外で食べようか」

 

 え゛。タイミング悪くないですか。気持ちはすごく嬉しいけど、うどんは嬉しくない。

 

「私、いいお店知ってるんだー。ほら、早くいこっ」

 

 待ちきれなくなったのか手を捕まれてそのまま連れてかれる。

 

「は、はは……」

 

 もう、我慢するしかない。

 

 

 

 そう絶望していた時期が僕にもありました。これから熱い手のひら返しが始まります。

 

「なにこれ、うんまぁっ!!」

 

 連れてこられたうどん屋で声を上げてしまうほど美味なUDONを食していた。

 

「これ本当にうどんですか!?」

 

「ああ、うどんたい」

 

「ここのうどんはねー、あごだしが効いてて絶妙においしいんだー」

 

 あごだしというのが何かは知らない。ほんのりと魚の風味の中に甘みがあって優しい味だ。麺の断面が丸いので、手切りではなく手延べ製法。何よりこのもちもちとした噛みごたえがありつつ、喉につるんと滑り込む気持ちよさ。これが【コシ】というものか!

 

「旨い……今まで食べてきたうどんというものが何だったのかと思えるくらい……」

 だめだ。感動のあまり声が震えてきた。今日を機に僕の中でのうどんの価値観は変わった。ラーメンの出来損ないとかいってごめん。今日出会ったうどんが本物のうどんだったんだ。

 

「え? うどん嫌いだったの?」

 

「どこのうどんも同じだろうってスーパーかフードコートのうどんしか食べさせられたことなかったんで」

 

「あー、確かに本格的なうどん屋さんと比べたら味は劣るね。わたしは好きだけど」

 

「みさき、あんた少し前までうどん嫌いだったの忘れとらんかね」

 

「私は今を生きる女なんです。過去は忘れました」

 

 横のやりとりを聞き流し、うどんに向かう。

 

「ここまで美味しそうに食べてくれる子、みさきちゃん以来だわー」

 

 最後の一本を口に入れた時、若い女性店員さんがお茶のお代わりを入れてくれた。

 

「ごちそうさまです」

 

「はい、おそまつさまです。あなた、もしかして、みさきちゃんの彼氏?」

 

「え? いや、そんな恐れ多い関係じゃないですよ」

 

 家主と住み込み人の関係です。

 

「朱ったら、恐れ多いとか心にもないこと言っちゃって」

 

 横からみさきさんのいい加減な発言がくる。

 

「へぇ~」

 

 店員さんがニヤニヤと笑みを浮かべていた。女性の誤解は解くのが難しい。こうなると諦めるしかない。

 

「朱くん、元気なのはよか。ただ責任とる覚悟してから手を出すたい」

 

「おばあさん、後で少しお時間をください。マジな話をしたいんで」

 

 

 この人の誤解だけは早めに解いておいた方が良さそうだ。

 

 

 




主人公に感情移入しやすくするためのパート。

某海賊王が見たら「好きなことで語れよ」と突っ込まれることだろう。

牡丹さんの口調は原作遵守で標準語(作者自身は方言の方が好き)

一年生編はテンポのため、高藤入学話を入れて数話で終わる予定です。

つまり、カットが多い。時間ができれば詳細な話を盛り込みたいですね。

あごだしは今回のためだけに食べに行きました。ほんのり甘く、癖になるお味でした(すまねぇとび子さん)

そして、真白ちゃん、昨日は誕生日おめでとう。忙しくて短編より本編進めたいので今回は許してくれ(血涙)

※ちなみに短編が2000字で終わってしまったため投稿できない。(投稿には最低2500字必要。気が向いたらみさきの誕生日4月16日までに加筆し投稿します)
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