この世界には不条理というものがある。日常はゲームみたいに毎日奇想天外なイベントが発生するわけじゃない。勉強せずにテストが100点取れる才能をみんなが持つわけでもない。なのに、タイミングを見計らったような不幸が起きるのはどうかと思う。
せっかくみさき先輩が部屋に来るチャンスだったのに、会えなかった。お母さん買い物を頼まれて、それとすれ違いでみさき先輩がお店に来た。
買い物自体はすぐに済む物だった。お店も、遠い商店街じゃなく、ほんの少し離れた場所。すぐに帰っていればみさき先輩に会えたはずだった。
「なんで私、帰りにレトロゲーなんて見つけちゃったのよ~!」
珍しいゲームを見つけて一回だけプレイしようと100円玉を入れた。この数分のタイムロスでみさき先輩と会えなかったのだ。
「こら、3年になるんだから、ちゃんと勉強しなさい」
「分かってる! だからってこんな朝早くにしなくてもいいじゃん!」
朝ご飯を食べてすぐのこの時間、時計はまだ8時を指している。
ぶっきらぼうに返すと、お母さんはビシッと胸を張る。
「だーめ。お昼が近くなると、みさきちゃんのところに行っちゃうんだから。大体、今の真白の成績だと久奈浜にいけるかすら危ないのに」
「うっ……」
学末試験、赤点ぎりぎりだったことを思い出してしまう。
「それに、みさきちゃん。彼氏の子と一緒にいたいだろうし」
「え、……今、なんて?」
聞き間違いだよね。私の先輩に限ってそんなことはないはず。
「同じ位の男の子。綺麗な黒い髪で可愛らしい顔してて……」
「うわぁぁぁ!! みさき先輩ぃぃぃぃぃ!!」
最悪の予感が頭をかすめる。復習のノートを放り投げて、私はそのまま家を飛び出す。
「……この話は、出さない方が良かったかも」
お母さんの最後の声は当然、私には届いていなかった。
家を文字通り飛び出し、みさき先輩の家に着くまで一分は掛からなかったと思う。
ちょうど先輩の家から男の人が出てきた時、私の体は固まった。
一瞬、卒業した学校の先輩にも見えたが、違う人だった。
(どこの馬の骨か知らないけど私のみさき先輩に手を出そうとしてる輩は許せない)
沸々とわき上がる怒りをただ、内側に留める。後を着けてやろう。私は尾行を開始した。
「……それで、なんであんたまでここにいんのよ?」
「真白がおもしろそうなことしてるんだったらー、親友の私も乗った方がいいだろうなーって思ってな!」
途中から、マグロが列に入ってきた。邪魔で仕方ないけど、視力の弱い私だけだと見失うかもしれないので側に置くことにした。
「で、さっきから見てるあの男子はいったい誰なんだ?」
「私のみさき先輩に近付く害獣」
それ以外の何者でもない。
「でも、あれって高藤学園の制服だろ? 鳶沢先輩は久奈浜学院じゃなかったか?」
むむ、言われてみれば確かに高藤学園の制服を着てる。でも、なんでそんな人がみさき先輩の家から出てくるんだろう。
「そういえば、真白はどこの学校目指すのか決めたのか?」
「久奈浜学院」
それ以外の学校は考えてない。
「即答って……、やっぱり鳶沢先輩がいるからか。だいたいまだ4月の最初だし、もうちょっと考えてもいいんじゃないか?」
「私はみさき先輩と青春時代を過ごすの! あんたはどこ行く気よ?」
「私? いや、それはまだ……、まぁ、真白と一緒の学校に行くことになるんだろうけど」
小さい頃からずっと一緒だったからね。どうせ高校も、一緒だろう。
その後も、尾行を続けていく。登校途中なのだろうか。停留所の前まで来て足を止めた。
「停留所の前で止まったぞ?」
「何してるんだろう」
停留所を通して、福留島が映る海を眺めている。飛行禁止のランプはついてないし、一体何をしているんだろう。
「もしかして、停留所の使い方を知らないとか?」
「いやいや、この島に住んでるんだったら、そんなことないでしょ」
と思っていると、男子が停留所のあちこちを見て回ってる。まるで操作方法が分からない乗り物でも触るみたいに。
「ゲートの開閉ボタン探してるんじゃないか? グラシュの充電スタンドの方ばっかり見てるけど」
「もしかして、マジ……?」
本当に停留所の使い方を知らないのだ。ちなみに開閉ボタンは充電スタンドとは反対側の位置にある。
「ほら、真白、教えにいってやれよ」
「いや、でも……」
尾行している相手にわざわざ、知られたくない。
第一、なんて声をかければいいのやら。
「あ、有梨華が行って!」
「私!? …………よし!」
意を決した有梨華が男子へと歩いていった。
「な、なぁ。あんた!」
「ん?」
よし、頑張れ。口が滑って私のことを言わないでよ。腐れ縁の有梨華を陰ながら応援しておく。
「こ、この島に住んでるくせに、停留所の使い方も分からないのか?」
煽ったー! あいつ、親切しようと言った矢先で罵倒を始めてた。
いや、有梨華の性格なら知ってる。男みたいな言葉遣いと、淑女みたいにしようとする親切心が喧嘩して口が滑っているんだ。
「それ煽ってるのかな?」
笑顔で返してるけど、どこか怖い。その反応に、有梨華がさらにテンパる。
「い、いや、違うぞ。でも反対側に開閉ボタンがあるのにずっと見当違いの場所探してるし、そんな横断歩道渡れない子供みたいな事あり得る訳ないし!」
本人はあれで誤魔化しているつもりだ。だが、結果は相手の火に油を注いでいる。きっと、相手は怒ってくる。
男子は手をプルプルと振るわせ、口を開いた。
「くっ、悔しいけど、言い返せない」
嘘でしょ。怒るどころか責めずに非を認めちゃった。
「ご、ごごごごごご、ごめんなさいっ!」
間が保てなくなった有梨華が、逃げようとして、通行人とぶつかった。制服を着た年上の女の人だ。薄い緑色の髪と紫の瞳の落ち着いた雰囲気が特徴的だった。
「あら、危ない子。怪我はない?」
「すみません、すみません。緊張して、口が滑ったんです。私、本当はあの人に親切しようとしただけなんです。本当なんですぅ!」
だめだ。完全にパニクってる。有梨華は逃げようとしているけど、ぶつかった人と男子に挟まれて、涙目になっている。
「? 落ち着いて」
ぶつかった女の人が有梨華のパニックに気づいて優しい声をかける。
「本当にごめんなさい!」
有梨華の頭に女性の手が乗る。
「ほら、恐くないから」
まるで、姉が妹をなだめるように撫でる。
「……落ち着いた?」
「は、はい」
「それじゃあ、あの人にちゃんと言って」
「っと、どうもすみませんでした」
そういって、有梨華は男子に頭を下げる。
「よくできました。いい子です」
女性にもう一撫でされてから、有梨華がこっちに戻ってきた。
「うう……」
「な、なんかごめん」
私の始めたことで、大変な目にあった有梨華にとりあえず謝っておく。
「真白、さっきの女の人、どこの制服だっけ?」
「え? 確かあれは四島水産のだったと思うけど?」
「四島、水産……」
有梨華の中で何かが生まれたようだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「君、確か
「あら、覚えていてくれたんですね」
ということはあちらさんも僕のことを覚えているのか。
「可愛いものを見させていただきました、ふふっ」
「さっきの女の子?」
「ええ、私小さくて可愛いものが大好きなんです」
「そう、……小さい先輩とかミジンコも好き?」
「? 誰かと間違えてません?」
久奈島と福留島の間を並んで飛ぶ。降りる停留所も同じだからだ。
「秋の大会は残念でしたね」
「うん、君には悪かったと思ってるよ」
優勝候補だった彼女を下した直後、機材トラブルで棄権したのだ。そんな納得できない理由で最後の大会を終わらせてしまった身としては少し気が引ける相手だった。
なのに、我如古は笑う。
「おかしな人。一番悔しいのはあなたのはずなのに。機材の不調でしたら仕方ありませんよ。それに私もあなたとの試合で得る物がありましたし」
悔しい。あの気持ちはそう表現すれば良かったのか。
「そういってくれると少しは気が紛れる」
停留所に降りる。
「それでは、ごきげんよう」
「うん、また今度」
さようならという言葉はなかった。既知の仲で同じ競技を続けているのだ。公の場でまた相対するに違いない。
「これを、前のうどん屋さんに?」
「ええ、あそこの娘さんこれが大好きなの」
帰宅後、鳶沢さんに呼び止められた。お使いを頼むためだ。
渡された袋を見ると、そこにはトウモロコシが束になって入っていた。
「季節はずれやけんど、知り合いがたくさんくれたんね」
「へぇ、分かりました。じゃあ、早速行ってきます」
「あ、そうそう。お店にみさきがいたら、早く帰ってくるようにって」
はい、と返事をしてその足でうどん屋へと繰り出していった。
(娘さんがいたのか、店主と奥さんの歳からして大きくても小学生くらいかな)
時刻は午後5時。客が入り始める少し前の時間帯だ。
「いらっしゃいませー。あらあら、みさきちゃんの彼……」
「彼氏じゃありません」
「あらあら」
ムキになって否定していると思われているのか、それとも分かっていてからかっているのか。牡丹さんは微笑みを浮かべる。
「今日はどうしたの?」
「これ。とうもろこしです。娘さんが好きだからって鳶沢さんから」
「あら、ありがとう! 真白が喜ぶわー」
真白というのは娘さんの名前だろう。
「みさきさん、来てます?」
「ううん、まだ」
まだ? みさきさん結構ここにくるのか。
「もし、おばあちゃんが来たら早く帰ってくるようにと、お伝えください。僕はこれで」
「あっ、ちょっと待って。あなた……ゲーム分かる?」
「はい?」
「実は、ウチの子今年受験なの。それでしばらくゲームを禁止にしたほうがいいかなーって、でも私やお父さんはそう言うのよく分からないし」
「あー」
中学受験かな。そう思って、大ざっぱに説明を受ける。みさきさんと同じ高校に進学したいことと、ゲームのしすぎで成績と視力が落ちてきてい
ること。
「禁止って言ってもストレス発散くらいにはいいんじゃないですか。記憶媒体を親御さんが管理したり、テストの合計点数を週のプレイ時間にしたりすれば」
「記憶、バイタイ?」
「メモリーカードのことです。途中でゲームをやめるとき、そこにプレイ状況を残すんです」
「?」
「えーと、それがないと、ゲームは続きからできなくなるってことです」
「ああっ、なるほど。じゃあ、それをこっちで管理してあげればいいのね」
「まぁ、やり方はご家庭の判断に任せます」
大丈夫かな。その子のストレスにならなきゃいいんだけど。
「うん、ありがとう! …………あれ?」
「どうしたんです?」
あー、とやってしまったといった表情でこちらを見る。
「そういえば、あなたの名前聞くの忘れてた」
「…………」
どうやら自己紹介から入る必要がありそうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私とみさき先輩はいつもどおり一緒に帰っていた。
「じゃ、じゃあ、その人はみさき先輩の彼氏でもなんでもないんですね!?」
「さあー。もしかしたらーって事もあるのかないのかー。先の事なんて誰にもわかんないしね」
でもみさき先輩はきれいなままってことだ。事実を確認できて私はガッツポーズをする。
「住んでるって言っても離れだから、特に今までと変わりはないし。まぁ、あいつのおかげで、畑仕事が楽になって助かってるんだけどね」
店の入り口に着くと同時に、戸が開く。
「あっ」
「あれ? 朱、なんでここにいるの?」
今朝尾行した男子生徒だった。もしかして気づかれて家にまでこられたんじゃないかと一瞬身が固まる。
「いや、おばあさんにお使いを頼まれたんだ。とうもろこし渡しに」
「え、とうもろこし!?」
私の大好物だ。朱と呼ばれた人と目が合う。
「君が真白ちゃん? 思ってたより大きい子だね」
人から大きいなんて初めて言われた。自分では小さい体だと思っていたのですごく意外だ。
「あ、はい」
みさき先輩の後ろに隠れてやり過ごすことにする。穏やかそうな人だ。
「みさきさんと一緒の学校行くんだって? 大丈夫今から勉強すれば絶対いけるよ、頑張れ」
それだけいって、その場を後にする。
「んー、もうちょっとなんかあっても良いと思うんだけどなー」
みさき先輩は相手があまりイジレないタイプのせいか、少し残念そうに見えた。
でも私はあの人、意外と良い人なのかも。そう思っていた。
―その後、夜-
「はい、じゃあ今日からお母さんがゲームのメモリーカード管理するからね」
私の携帯ゲーム機のカードが全部抜かれていた。
「え!? お母さんメモリーのこと分かるの!?」
「朱くんが教えてくれたの。据え置きの内蔵HDDとか、4DSの保護者機能の使い方とか……これで受験が終わるまで真白のゲーム生活の管理ができるわー」
「や、やっぱり私あの人嫌いだー!!」
真白をメインにするとオチが書きやすくて助かる(真白いじり大好き)
我如古と虎魚の出会いエピソード回+真白との出会い回
アニメではようやく乾沙希とイリーナの活躍が見ることができました。うれしい限りでございます。ただ序盤の沙希の作画ェ……
次回は時間が一年くらい一気に飛びます。
他のヒロイン+彼奴の出会い回を経て、2年生編開始です