今回で一年生編と称していた部分は終わりとなります。
4月16日なんてなかったのじゃ
何かが足りない。そんな日常だった。
でも、それは思春期特有のモノなのだと、自分に言い聞かせてきた。
本当は何が足りないのか。俺は分かっている。
でも、それに向き合おうとせず、ダラダラと時間を過ごしている。
その理由は簡単だ。
その方が傷つかない。思い出に押しつぶされるより、今の何気ない出来事に一時の安らぎを感じる方がまだマシだ。
「みさき、日直の仕事あとはやっておくから、先に……」
「晶也ー、チョコレートちょうだいー」
「起きろ」
机に突っ伏しているみさきを日誌で叩く。
「いったーい。なにすんのよー。出会った頃はチョコレートくれたのにー」
あれは目の前で餓死しかかっているみさきを見たからだ。その本性までは知らなかったが。
「有坂の勉強見てやるんだろ? 入試もすぐだし、先に行ってやれば喜ぶんじゃないか?」
季節は冬。一年生の終わりが近付く頃、俺たち二人は日直を任されていた。
「わかったー。じゃあ、先に行ってうどん食べてるー」
「うどんより勉強を見てやれよ!」
「真白なら勉強見るより、私がうどん食べてるところ見る方が楽しいと思うにゃー」
あり得るから困る。
「ほら、早く行ってこい」
「はいはい」
そう言ってみさきは教室を出た。
「寒いな……」
日が短い時期は、どうしてか空がいつもより暗く感じる。
一瞬だけ、空を見上げて目を伏せた。
空を飛んだら、寒いだろうな。冷たい風が体を冷やす。
「みさき、ちゃんと有坂の家行ったんだろうな」
別のことを考えよう。そうしないと、また気持ちが沈んでしまう。
有坂真白はみさきにうどんを届ける猫みたいな存在だった。一体どこからあれだけのうどんを仕入れているのやら。そして真白の俺に対する印象は最悪だ。何度かみさきと話しているのを見かけられてからは敵のように睨まれている。そんな仲だが、今日はみさきから真白の勉強を教える手伝いを頼まれた。
「あいつの家ってどこだ?」
みさきを先に行かせたのはミスだった。ある程度の場所は聞いていたが、よく分からない。
「みさきのやつ、見ればすぐ分かるっていっていただろ」
忌々しげに呟いた声。すれ違った相手から返事が来るとは思わなかった。
「何か、探しています?」
聞き慣れない、しかしどこかで聞いたことがあるようなしゃべり方。声の主の顔を見たとき、俺はどこか見覚えがあるように感じた。
「ああ、いや、近くで家を探していて」
「……もしかして、君の探している所ってあそこじゃないかな」
その男が指を向けた場所には【ましろうどん】と書かれた看板があった。有坂真白。いつもうどんをみさきに届けている姿が脳裏をかすめる。
「ああっ!」
欠けていたピースがはまった。そうか、あそこが有坂の家だったのか。
「どう、合ってそう?」
「あ、ああ。ありがとう」
「いや、どういたしまして日向晶也君」
それだけ言うと、足早に彼は去っていく。俺は彼が見えなくなった後、彼の言葉を思い出した。
「俺の名前を知っていた……?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
-1ヶ月後ー
僕がこの島に来て、季節はまた春を迎えていた。
「久名浜のFC部が廃部になった?」
「ああ、正確には同好会になったというのが正しい。去年の夏、3年生が引退してからあっちの学校では青柳紫苑という男子生徒が唯一の在籍メンバーらしい」
部長真藤一成に一人呼び出された僕に彼はそう語る。
「やりましたね部長、出場する学校が減って優勝が楽になりますよ」
「本当にそう思っているのかい?」
「いえ、残念です」
部長の気持ちを代弁して言う。そうなんだ、と真藤部長は呟いた。
「前に言ったね。日向君は久名浜学院に入学したって」
「ええ、彼FC部に入らなかったんですね」
「どうやら、そのようなんだ」
部長の口からため息が漏れる。このパターンは知っている。
「ああ、どうしてなんだ、日向君……僕はこの一年君の復活を待ち望んでいたというのに、君は未だに伝説のままなのか。このまま伝説と言うだけで終わってしまうと考えると僕は寂しい気持ちでいっぱいになってしまう。どうすれば彼と合間見えることができるのだろうか」
「部長ー帰ってきてくださーい」
また、始まった。こうなると部長の講演は長くなる。日向晶也の話題を聞くといつもこれだ。
「こうなったらいっそ僕が久名浜に転入してでも……」
「それだけはやめてください」
「しかしだね、秋月君。同好会なら部活をしている僕らと合同練習ができない。もしも、彼が部活に入ったとしても、僕らは彼と会うことができないのだよ。そんなもの悲劇と表現するほかない。君ならこのやるせなさ、わかるだろう!」
うん、分からない。
その時だ。教室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってくる。女子からはピンクに近い髪と穏やかさと真面目さがにじみ出ていた。
「あっ、真藤部長、ここにいたんですね。佐藤院先輩が探していましたよ」
「僕にはもう次の夏の大会しか残っていない。チャンスは後一度きりなんだよ、それまで時間はもう残っていないんだ! 分かるかい?」
「市ノ瀬さん、ごめん。2分だけ待ってて」
「は、はい、分かりました」
収拾をつけるため、一度追い出す。新入生に心配させるわけにもいかない
「真藤部長、じゃあ、久名浜にいって少しだけ話をしてきます。そうしたら何か進展があるかもしれませんから」
「……進展?」
「はい、ですから少し落ち着いてください」
僕の話を聞いて部長は少し落ち着いたようだった。この役は麗子院さん以外の部員には任せられないな。
「市ノ瀬さん、入ってきて良いよ」
「はいっ、どうなされたんですか?」
「部長が夏の大会、すっごく気合い入れてるってだけの話」
少し心配させてしまったようだ。市ノ瀬さんが聞いてきたのを間違いのない範囲で誤魔化しておく。
「ああ、時間をかけてすまなかったね。佐藤君が呼んでいるんだっけ? すぐに向かうよ」
部長を無事送り出すことに成功する。だが、その後すぐに部長からメールが届いた。
『久名浜学院には僕から連絡しておくから、今日の放課後早速向かってくれ』と。
ー久名浜学院 会議室ー
「驚いたな、高藤から直々に生徒が来るとは聞いていたがまさかお前だったとは」
「高藤だって自分言ってませんでしたっけ」
各務葵。目的の生徒ではなく、その教師と面会していた。
「さぁな。それで、今日は何の用だ?」
「合同練習ならびに練習試合の申し込みに来ました」
こちらの申し出に各務先生は訝しげに眉をひそめた。
「おいおい、ウチのFC部は今同好会状態でそういうのはできないぞ。顧問もいない。今日私が応対しているのも臨時だ」
「知ってます。だから、これは所謂……予約ですかね?」
「予約?」
予想通りの反応。手紙や電話では梨の礫か断りを入れられるのは分かっていた。それでは真藤部長は落ち込むだろう。僕がしようとしているのは悪足掻きに近い屁理屈だった。
「もし、久名浜学院FC同好会が部活として活動再開した場合、すぐにでも合同練習をしていただきたいというものです」
「ほお、それはこちらにとってとても良い話だが、そちらには不都合じゃないか?」
「いえ、そうでもないんです。約一名戦意を喪失しかかってまして」
その約一名が今世代最強選手と言われているウチの部長というのは最重要機密だ。
「? まぁいいだろう、考えておこう」
「ありがとうございます」
目的は達成した。これで部長の士気も少しは戻るだろう。
「それで晶也のことはいいのか?」
「どうして日向晶也君の名前がここに?」
「電話先の真藤が3文節ごとに晶也の名前を口走ってた」
部長、心の声ダダ漏れしてんじゃねぇよ。
「もしFC部が活動再開した時、晶也がいなくても合宿の方は進めさせてもらうが……それでもいいか?」
日向晶也を目当てにこうして約束しにきたのに、それだと本末転倒だ。何とかして日向晶也がFC部に入る確率を上げたい。そう思って僕はポケットの中にあるものの存在を思い出した。
「じゃあ、もしFC部に入る人がいたらこれ、見せてあげてください」
取り出したのはSDカード。試合を撮影した動画を収めたものだ。
「これは?」
「最後に自分と日向昌也君の試合が入ってます」
彼が引退する直前に撮影した最後の勝負の動画。こんなものが何の役に立つのか。僕には想像できない。でも、目の前の人物ならきっと上手く使ってくれる、そう思った。
「……わかった。預かっておこう」
「それでは、自分はこれで」
この先生相手にできるだけのことはしたはずだ。
「ああ、気を付けて帰れ……そうだ秋月朱」
「はい?」
帰り際に呼び止められる。
「お前、去年の大会は怪我で出なかったそうだな。今は大丈夫か?」
「ええ、完治してますよ」
「そうか、ならいい」
ああ、選手にとって怪我って言うのはとてもリスクがあることだから、心配しているのか。なら全く問題ない。
「心配いりませんよ。後遺症なんかもありません。むしろ……あの怪我のおかげで今のFC部があるんですから」
それだけ言って、僕は部屋を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いつでも、明るく、楽しく過ごそう。そう教えてくれた女の子と出会ってから10年の時間が経ってしまいました。私は今年からこの島に住むことになります。
引っ越しの片づけが終わって、街に出ます。
「こんにちは!」
島で最初に会った人に挨拶。やっぱり始めが肝心ですよね。
私と同じくらいの男の子は笑って返してくれます。
「こんにちは。もしかして君、引っ越してきたの?」
「え! どうして分かったんですか!?」
「たまに道を確認するみたいに辺りを見直したり、角を曲がる時、大通りがどっちかなのか考えてから決めてた。そして何より……君の履いている靴がグラシュじゃないから」
「すごいっ。あなたもしかして探偵ですか!?」
初対面なのに、動きだけで余所の人だとバレテしまいました。もしかしてこの島の方はみんな区別が付いているのでしょうか。
「四島列島に来たばかりで、全く同じ動きをした人がいてね。それに当てはめただけだよ」
「ほえ~。あ、あの一つ質問いいですか?」
「何?」
「さっき、言ってたグラシュってなんなんですか!?」
その人はすこし驚かれたようでした。少しだけ考えるそぶりをして
「ごめん。説明しづらい。まぁこの地域の学生なら皆履いてる靴のことだよ。履いてないとみんなにはぶられるかもねー」
「ええ!? そんなのいやです!」
転校してきたのに、そんな一人ぼっちの生活なんて寂しすぎます。
「それじゃ、買いに行くしかないね。場所、教えてあげよっか?」
思わぬ申し出でした。私は反射的に頷いていました。
「いいんですかっ! ありがとうございます」
「四島列島は人情の島じゃけん、心配せんでよかよ」
わざとらしい方言が、空気を和ませてくれます。
「じゃあ、こっちだ」
やっぱり、この島はいいところです。
「これでよし」
「わー、ありがとうございますっ」
イロンモールというショッピングモールでそのグラシュというものを買いました。
「でも、この靴って普通の靴とどう違うんですか? 踵の方にパソコンの電源ボタンみたいなマークがあるだけに見えますけど」
「それは履いてみてからのお楽しみに」
秋月と名乗ったこの人は、それ以上詳しくは教えてくれません。
「私、明日からこの島の学校に通うんです。それがすっごく楽しみで」
「へぇ、この島ってことは久名浜学院かな」
「はい!」
「じゃあ、マイペースな女子生徒と、小さいお供の後輩にはからかわれないように注意しないとね」
「……はい?」
どういう意味でしょうか。その時の私は理解できませんでした。
「もしかして秋月さんも久名浜学院の人ですか?」
「僕はあの島の高藤学園」
そういって海の向こうにある島を指さします。
「え? でも、あそこって……」
「海の向こう」
はい、海の向こうですよね。もしかして毎日船で通っているのでしょうか。
「毎日通うの大変そうですね」
「いやー、そうでもないんだねー、10分もあれば渡れちゃう」
「へー、この辺りの船って速いんですねー」
私の乗った船だと30分くらい掛かったのに凄いです。
「いやいや、船なんて使わないよ」
「え、もしかして……お、泳いでいるんですか?」
にこり、とだけ笑って秋月さんは何も答えません。まさか……
「ちなみに、この島の人はみんな10分くらいで渡れる」
「ええっ!?」
もしかして、四島のみなさんってトビ魚さんの生まれ変わりか何かなのでしょうか。
盛大な勘違いの答えを知ったのは翌日の朝のことでした。
秋月さんは私の勘違いを目前に笑いをこらえるのに必死そうでした。
<裏話および補足>
晶也とみさきの出会い…あおかなプレビューブックを参照
日向との出会い…第4話の会話から構想
合同合宿の件…全ては真藤の日向愛から始まった
SDカード…裏話を意識しすぎた結果。原作2話で各務先生が明日香に見せた秘蔵のアレ。
明日香との出会い…明日香がグラシュの内容をあまり知らないのに履いてたことから。
市ノ瀬の登場や明日香転入の部分も書いているため実際は2年生の部分もあります。
正確には原作開始前のお話でしたね。章を分ける際名称は「原作開始前」と修正させていただきます。
あおかなVita版発売おめでとうございます。ドラマCDの真藤さんが相変わらずで笑いました。そしてイリーナさんが思った以上にはちゃけてて可愛かった。
≪これからの予定≫
次回からいよいよ原作と同じ時系列
そのため章を切り替えて、サブタイも1からカウントアップなど色々変更させていただきます。