―翌日 放課後―
いつもなら部活が始まっている時間帯。少し遅れて堂ヶ浦工業FC部面々が来た。他の部員達が来ていないと練習場は倍以上広く感じられた。さすが地方大会の会場になっているだけはある。先頭の男子が歩み出る。
「堂ヶ浦工業3年の夢島影人だ。突然の試合申し込み、悪いな」
「こちらこそ、わざわざ出向いて貰って申し訳ないね。それで、後ろの何人かは?」
「ウチのレギュラーと期待の新入生達だ。合宿参加の件はこちらの実力を見てから判断をして貰いたい」
殺る気満々の上級生達と、畏縮して小さくなっている3人の女の子。美女と野獣とはこのことを言うのではないだろうか。部長の対応を隣で観察する。
「その件だけど、日程を改めて行うと言うことはできないかな? 今回はウチと久名浜両校で決めたことなんだ。この時期に第三者が出てくるとなると……」
「またまたぁ、弱小校相手に俺TUEEするような学校に成り下がっちゃったんですかぁ、高藤は?」
耳が痛いことをいうなぁ。
「……弱小かどうかはさておき、僕は久名浜との練習は双方にとって有意義なモノだと思うんだけど」
(秋月さん俺TUEEって何?)
(ググれ)
経済特待生の助っ人の質問をささやき声で返す。
「有意義? ああ、新入部員が試合で勝って自信がつく。そして相手の学校が実力差を知って凹むのが目的なんじゃないのか? そうでなければ大事な連休にそんな学校と合宿するはずがない」
「お、言われてみればそういう考え方もあるのか」
金を払いたくなるくらいのこじつけだ。
「秋月君、頼むから納得しないでくれ」
叱られた。少し黙って、2人の様子を見ておこう。
「とにかく、高藤がこのまま久名浜とだけ合同練習するよりも、ウチを含めた3校でする方がいい根拠がある」
「根拠?」
「一つ。当然といえば当然だが、ウチは強豪高藤から技術を参考にできる。2つ。高藤はウチの練習方針【選手の固有技能を優先した練習方法】を参考にできる。久名浜はその2つを間近で見ることができる。どうだ?」
「そうだとしても、今回は久名浜との約束で始めたことなんだ。堂ヶ浦とはやっぱり日を改めてしないかい?」
「まぁ、とりあえず練習試合してから決めましょうよ。そうすれば答えははっきり出ますから」
話をするにはその腕前とやらを見て欲しいようだ。
「分かった。じゃあ、秋月君頼んだよ」
「はい」
「真藤、先手はお前が出るんじゃないのか?」
「ああ。僕より彼の方が向いていると思ってね。彼は準レギュラーという立ち位置だがウチではかなりの実力者でね」
まるで、ラスボスの手下みたいな送り出し方だな。それは高藤の強者としてのプライドがそうさせるのか。
部長、油断につながらないようにしないといけませんよ。
「じゃあ、こちらも、実力者でいこうか。黒渕」
「はっ、はい」
黒渕と呼ばれた女子が前に出る。黒髪と赤い目の清楚という言葉が似合う子だ。外見的特徴で親近感が沸く。
「まずは、この2人で試合をしよう」
「よろしくー」
両者が準備に入った。
「あれ? 部長も出るんですか?」
「ああ、高藤の部長として勝負を受けるくらいはしないとね」
更衣室にて2人揃って着替える。
真藤部長の顔がひきつっていた。どうやらバカにされたのが頭に来たらしい。この場合【高藤】をバカにされたのではなく、【日向君の久名浜学院】を弱小と罵られた事に対して、だろう。
部長って自分に対しては押さえるのに、大切な人に対しては高ぶるんだよね。
日向晶也好きすぎでしょこの人。
「いいですけど、本気の時はインカムの音量下げるまで我慢してくださいよ」
コンピュータに繋げていたグラシュを外し、設定を確認する。きわめて単純なオールラウンダー。バランサーはこのままでいいか。
あとは自分の中のスイッチを入れるだけだが、それは相手側が勝手にしてくれるだろう。
朱色に染められたフライングスーツを着る。袖は白色を使う。黒渕一年生が似たような色なので区別を付けるためだ。
「ああ、とにかく楽しんでくるといいよ」
その楽しんでくるっていうのはどこぞのサバゲーチームのリーダーみたいな意味でだろうか。
まぁ、相手校の狙いは見えてきた。今思ったことそのものが目的だろう。
「じゃあ、行ってきます」
粗方の準備ができた僕は、更衣室を出て、ファーストブイへと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なぜ、先輩達が最初に私を試合に出させたのかは分かっている。
私と試合をさせて、相手のパターンを探るためだ。
「じゃあ、よろしくね。黒渕……さん?」
「よ、よろしくお願いします」
ファーストブイについた私を待っていた相手は線の細い人だった。
朱い瞳と、綺麗な黒い髪。細くて柔らかそうな二の腕。この人が準レギュラーなのか。
「緊張しなくていいよ。いつも通り練習の延長戦だと思って、自分のいつもどおりを出せばいいから」
「はいっ。頑張ります」
先輩の考えがなんだっていい。私は私の全力を出すだけだ。
「では、始めます。両者位置について、セット」
審判が開始のホイッスルが吹かれた。ファーストラインを一斉に駆ける。
速度を上げるために、真っ先にローヨーヨーを仕掛ける。私はスピーダーだ。最高速を出して一気にセカンドブイを狙いにいく。
『相手、セカンドラインにショートしたよ』
オールラウンダーの基本の動きだ。ファイターではないと判断したのは私がローヨーヨーの上昇するあたりでショートカットしたから。一度スピード勝負をしようとする時間があったからだ。ファイターなら殆どがローヨーヨーを開始した直後にショートカットを始める。ファイターは初速は速いが最高速度は遅い。ロスタイムが大きいとセカンドラインどころかサードラインまでショートカットする羽目になるからだ。さらにスピードに乗ったスピーダーを止めるのは難しい。
『ポイント黒渕!』
一点先取。このままポイントを重ねていきたいところだ。ブイとの接触の反動を利用して、上昇。そこからハイヨーヨーでさらにスピードを上げる。相手は強豪学校のプレイヤーだ。たとえレギュラーじゃなくても油断はできない。旋回して待つ相手と交差する瞬間、私は仕掛ける。
エアキックターン。猛練習の果てにようやくモノにしたテクニック。あの子の先を行くために覚えた新技だ。下降しようとしていた動きを真上に方向転換する。
『今だよ! ブッチ!』
「うん!」
相手の上を通り抜けることができた。ただ、それだけじゃない。このまま通り抜けただけでは相手がサードラインで待ち受け、振り出しに戻ってしまう。そうならないようにするためのコンビネーション。私のペースを持ち続け、連続得点するための動きだ。
方向転換した勢いと重力の力を合わせて、秋月さんにぶつかる。スイシーダ。私の得意技だ。これを受けた相手は海上表面まで下降され、完全に動きを止められる。
反発力で上に飛ばされ、逆に秋月さんは下に落ちていき、大きな水しぶきがあがる。
やった。成功だ。
「……」
海上で秋月さんが私を見上げる姿を確認し、私はそのままハイヨーヨーで加速した。最小限のスピードロスでサードブイにタッチする。海上の相手は上昇するのに時間がかかってしまうのが一般的だ。このまま3点目のフォースブイをタッチすることに成功する。これで3ー0だ。
『いいぞー!』
『ブッチ。そのままいっちゃえー!』
インカム越しの声援が聞こえ、確かな手応えを感じる。一気に3点引き離した。
フォースラインにさしかかる。相手の表情が確認できる距離まで近づいた時、私は違和感を覚えた。
(あの人、笑ってる……?)
一気に3点も離されたのに、焦りの色一つない。
秋月さんが、旋回の構えからラインを逆走して向かってくる。ぶつかって止めにくるつもりだろう。そうはさせないと私は直前で急上昇を始める。上空に向かえば、相手はそれを追ってくるはずだ。そうなれば上空にいる私の方がドックファイトで有利に立ち回れる。だが、予想は違った。秋月さんは私がいた地点のコントレイルを交差し、急に反転したのだ。
「どういうこと!?」
『ファーストブイを狙うつもりよ、ブッチ、そのまま下降すれば、一気に追い抜ける!』
「うん!」
上空からの下降は重力の力を得られるので、その分速く加速することができる。予想が外れて少しだけタイムロスしたがブイまで10mほどのところで抜き返せるはずだ。イメージ通りに加速を行う。秋月さんはちょうど真下にいる。背中ががら空きだ。3点リードしているという自信と、今の有利な状況が私を行動に駆り立てた。
秋月さんの背中にめがけて飛ぶ。手が伸びる。あともう少し、その時だった。秋月さんが背面飛行でこちらを見据える。緊張が高まり、私はヒヤリとしたモノを感じた。その直後――――
パァンッ。
何かが破裂するような音。キンという耳鳴りが頭を響かせ、脳が勝手に瞼を閉ざしていた。直後に背中に衝撃を受け、自分が真っ逆様に落ちていくのが感覚的に分かる。必死に目を開けて見たのは、迫ってくる海の表面だった。
『ブッチ、手を広げて!』
「っ!」
言われるのと同時に体を広げて、急制動を掛ける。
「何……? 今の?」
いきなり、意識を刈り取られた。位置を確かめるためにファーストブイを見上げる。ブイの側には秋月さんがたたずんでいた。
『ブッチ、大丈夫?』
「何が起きたの?」
状況が分からない私はセコンドの睦月ちゃんに聞く。
『わかんない。相手の人が背面飛行してすぐ、ブッチの後ろに回り込んでタッチしてたから』
ちょうど見えない位置関係だったらしい。からくりが分からない。
「このまま追いかける!」
相手はブイの側、私が取れるのは不利なドックファイトか、ファーストブイを捨てた追いかけっこ。そして流れを完全にリセットしてしまうセカンドラインへのショートカットでの仕切り直しだった。
私が立ち向かってくるのを見た秋月さんが、ファーストブイに触れ、セカンドラインに進もうとする。さっきの背中へのタッチを含めるとこれで、3ー2だ。一気に詰められた。だけど、スピード勝負なら先にセカンドブイを狙うことだってできる。
一拍置いてこちらもブイに触れる。相手が触れた直後でブイは揺れている。タイミングを合わせてブイに触れ、反発を利用する。私のスピードなら追いつける。だが、予想は全く違った。
「だめだよ。相手の動きをちゃんと見てからブイに触れなきゃ」
触れて加速したと思っていた相手は、私の進路を塞ぐかのように制止していた。ブイによる加速を殺して、待ちかまえていたのだ。
「くっ!」
バチリという衝撃音とともに、私の体が反対方向に押される。只でさえ不安定な状態で衝撃を受け私が完全にバランスを失う。対して、相手は反動を利用するかのように反転し、私の視界から消える。直後、背中に衝撃が走る。
『ポイント秋月! 3ー3』
追いつかれた。それも、私は今の得点タッチでバランスを崩したまま。一拍入れてまた背中に衝撃が走る。
『ポイント秋月! 3ー4!』
逆転された。一度逃げて態勢を立て直さないと、更に点数を離されてしまう。なのに
「うっ、うぁっ」
体勢が整う前に次の攻撃が繰り返される。一撃、一撃の度にスピードが削がれ、どんどん状況が不利になっていく。
とうとう、そのまま試合の終了の笛が鳴ってしまった。
「試合終了! 勝者高藤!」
「はぁっ、はぁっ……手も足もでなかった」
振り回されるだけ振り回されて、私の息は上がっていた。
「お疲れさま。いい試合だったよ」
対戦相手の秋月さんが目の前にいた。
「いえ。私なんてそこまで……」
「確かに、ちょっと相手の動き見なさすぎのところとか、ドックファイトで打たれ弱いところとか色々鍛えなきゃいけない点はあったけど」
「うう……」
この人、的確に突いてくる。心に針が刺さっていくみたい。
「ただ―—最初のエアキックターンからのスイシーダ、見事だったよ。ウチの一年じゃあんな動きできない」
「……あっ、ありがとうございますっ!」
その賛辞は友達以外から貰った初めてのモノだった。先輩達に認められず、隠れて猛練習したコンビネーション。睦月ちゃんと深雪ちゃんと一緒に考えて作った動きが、認められた。試合の後とは違う、熱いモノが胸の内からこみ上げていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「猫だまし、だね」
部長からに投げかけられた言葉は先ほどの試合で逆転のきっかけとなった技の名前だった。
「はい。相撲のあれです」
猫だまし。相手の目の前で手を叩き、その破裂音で相手の意識を一瞬だけ奪う技術だ。集中力が高まっている相手に行うことで効果は膨れ上がる。
背面飛行で、相手がこちらの動きに警戒した瞬間に、発動。その後の1秒ちょっとの時間を使って背後に回ったのだ。
「立体高速移動のFCでそんな技をピンポイントで使うなんて、非常識的だよ?」
「スポーツにはルールや定石はありますが、常識はありません」
「ふっ、まったくだ」
納得したかのように笑って先輩は歩を進める。
反則行為である【かにばさみ】を正当にアレンジした技だ。小細工でしかないが【小細工で負ける程度なら本当のFC】ではない。
それにしても、あの子磨けば光るだろうな。
「あの一年生の子、気に入ったのかい?」
「ええ、飛行技術に至ってはいいセンスを持っています。育てるなら僕は市ノ瀬さんよりもああいった子の方がいいですね」
「それ、佐藤君や市ノ瀬君の前ではいっちゃだめだよ」
「もちろん」
ドリンクを一口含み、交代のハイタッチをする。
「じゃ、部長同士戦ってくる…………よ?」
部長の動きが止まり、視線が固まる。
「どうしたんです? ぶちょ……」
釣られて僕も同じ方向をみる。視線の先にいた相手に思わず言葉を失った。
「秋月君、どうやら堂ヶ浦の狙いは合同合宿じゃなく、僕達自身のようだね」
「はい」
視線の先にいた【大人】はまっすぐこちらを見て、口を裂かせるように笑っていた。
一年前までこの学園で教鞭を振るっていた女だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「待たせたね」
「おはようございます、先生!」
遅れてきた顧問の先生の元に部員のみんなが集まり、挨拶を交わす。
「黒渕、今の試合は何だ?」
真っ先に呼ばれ、私は全員の視線を浴びる。でも、質問の意味が分からなくて私は戸惑うことしかできなかった。
「最後。別れ際にあの男と話して笑っていたな? 楽しくFCをしていいと誰が言った?」
「いえっ、私は本気で……」
「言い訳なんて聞きたくない。高藤といっても相手は準レギュラー。レギュラーと比べればかなり弱いのよ。そんな相手に手も足も出せないなんてどういうこと?」
「そ、それは……」
返す言葉がなかった。そうだ。相手は準レギュラー。レギュラーの人はあの人より強いと言うことだ。
「相手にペースを譲らない。終始こちらの流れを掴む。そう教えているはず。ドックファイトの時、相手を挟み込んでおけば流れだけでも止められていた」
「でも、そんなことしたら……」
FCの試合では、相手を手足などで挟み込む行為が禁止されている。重力子の膜であるメンブレンの特性のためだ。反重力子は反重力子を反発する性質を持っている。そのため物体を挟み込むと反発される力が逃げられず、内部にダメージを与えてしまう。つまり、相手を負傷させてしまう可能性があるのだ。
「だからどうした? 自信と意気込み、実力……どれか、あるいは全てにおいて負けている奴が相手に勝てると思うな。それでも勝てないなら相手にできないことをするしかないだろう」
頬を押さえられ、目を反らせない。
「お前は今壁に当たっている。限界を感じているんだろう。このままでは後の奴に抜かされるぞ? それでもいいのか?」
後の奴に抜かされるーーーー数年前に抱いた自分でも信じられないようなドス黒い感情。口を強引に開けられ、ねじ込まれるように言葉が私の中に入ってくる。それが私の中でドス黒いモノを沸き立たせる。ダメだ。この感情をあの子に向けるのは醜すぎる。
「勝ちたいだろう? 才能ばかりで伸びてきた連中に一泡吹かせたいだろう? そのためには私の練習を受け入れなさい。そうすればもっと高見を目指すことができる」
「私、は……」
必死で自分の中のドロドロを押さえ込む。
「黒渕、見ていろ。この学校のFCが、いや……このプレイが全国最強の男にどれだけ通じるのかをな」
夢島部長がフライングスーツに身を包んで飛び立つ。セコンドの先生が不敵な笑みを浮かべていた。
<裏話および補足>
さっちゃん活躍回、スイシーダとエアキックターンの両方が使える凄腕選手です。設定的にかなり強いはずなのにアニメだとなぁ(泣)
夢島影人…大会のボードで夢島の名前を見つけたので勝手に作成。スタッフ的には夢島朧(恋チョコの緒方さん枠)を入れたかったのでしょうね。こちらは彼とはまったくの関係はありません。設定上は去年の秋大会3位の実力者。
猫だまし…かにばさみの応用編。ロヴロとか渚くんを思い出した方とは気が合いそうです。
元高藤顧問=現堂ヶ浦工業顧問…オリジナル設定。葵さんが「また、あいつか」と言っていたので同一人物にしました。
第10話のお陰で主人公ができる技を示唆する描写が色々書けるようになりました。
原作勢の私も手に力が籠る展開で熱くなっております。