とある代表候補生の奮闘記   作:ジト民逆脚屋

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やあ、新キャラや伏線の回だよ。


RE:三十冊目

蝉の声と汽車の機関音、そう多くない人々の雑踏、改札を抜けて、あまり物の無い小さな売店を横目に、駅の屋内から出ると、夏の日射しが突き刺す様に照り付ける。

 

つまりは夏、要するに暑い。空調の効いた屋内から、一歩外に出れば、灼熱の田舎町が待っていた。

 

「…………」

「こらこら、戻るな戻るな」

「ダメだぞ、母様」

 

出た瞬間、鍔の広い帽子を両手で押さえ、真琴はそのまま駅の構内へ戻ろうとする。だが、それを後ろから押し返す二人が居る。

箒とラウラは、己よりも長身な真琴の丸まった背を押して、駅の構内から再び出る。

 

「少し早い帰省だが、戻っても、寮は開いてないぞ」

「‥うぅ……」

 

学園寮はメンテナンスの為、予定よりも早い盆休みとなっていた。

千人単位の人間を抱える学園島の居住区、その区画の定期メンテナンスと同時に、学園寮のメンテナンスを済ませてしまおう。そうすれば、工賃安く済むし。

いまだ拡張中の人工島である学園島は、開発費に維持費にと、兎に角金が要る。各国からの多額の寄付金や、学園島内で開発された新型パーツ等の、特許使用料で運営を賄っている。

しかし、金はいくらあっても足りない。なので、少しでも節約出来る部分で、学園は異様に渋る。渋りに渋り、とある企業から、多額の寄付金が舞い込んできた事もあった。

今回のメンテナンスも、そのとある企業からの寄付金と、プランで行っている。

 

「箒、母様の母様は、どんな人?」

「正しく、真琴の母であると、一目見て判る人だ」

 

三人で並んで歩く田舎道は、長閑な雰囲気を醸し出し、先に見える道には郵便配達のバイクが走っている。

熊谷真琴の生まれ故郷は、本当に田舎町だ。日本の田舎町、そのイメージ通りに道の横には畑と田んぼがあり、店舗の少ない商店街のアーケードに繋がっている。

そこから少し離れた場所にある駄菓子屋で、ラムネを買い喉を潤す。

 

「まだ一年も経ってないのに、懐かしいな」

「…そう…だね‥」

 

昼過ぎの茹だる様な暑さの中、それを避ける為に入った駄菓子屋の日除けの影で、ラムネ瓶を片手に水路ではしゃぐラウラを眺める。

遊び場は学園島にもあるが、こういった田園風景は存在しない。何かを見付けたラウラが、乳白色と錆色の二色のそれを掲げて、此方に走り寄ってくる。

 

「母様、カエルだ! 学園のよりでかいぞ!」

「‥おおう……」

 

ラウラが己の顔程もあろうかというウシガエルを掴んで、真琴にそれを見せる。

 

「飼っていい?」

「…んー?」

 

真琴も蛙は苦手ではない。むしろ、アマガエルくらいなら、愛嬌があってかわいいとも思っているし、蛙程度で悲鳴を挙げる人間は、この町には居ない。

しかし、ウシガエル級になると話は別となる。

そう、ウシガエルは鳴くと五月蝿い。すっごい五月蝿い。

それを学園寮の部屋で飼うのは、流石に御免である。

 

「ラウラ、今日は放しなさい。明日は、もっと広い所に行くからな……!」

「本当か、箒?!」

「ああ、本当だとも」

 

ウシガエルを振り回すラウラに、箒が穏やかな笑みを湛えて、二人で水路にウシガエルを放しに行く。その二人を見ながら、真琴は余ったラムネを飲み干した。

 

「‥二人…共行こ…う……」

「うむ」

「うん」

 

駄菓子屋で水道を借り、泥を洗い流した二人と共に、田舎道を歩く。

先程よりほんの少しだけ日が傾き、生温い風に少しずつ涼が混ざり始める。夏の盛りの昼間と夕方の間の時間、恐らくは一番人が動き出すだろう時間に、三人は並んで歩く。

 

「母様、あれはなんだ?」

「あれは…コン‥ビニ…」

「見たことないぞ!」

 

ラウラが個人経営のコンビニに興奮し、その独特な品揃えに目を輝かせる。

 

「はっはっはっ、ラウラ。ここも、また明日だ。今は真琴の家に行こう」

「わかった!」

 

鼻を鳴らし、ラウラが真琴にしがみつく。

結構勢いよく抱き着いたのだが、真琴は軽く抱き止め、普段通りに抱き上げる。

 

「ふんふん!」

 

しがみついて擦り着いてくるラウラを、軽く揺すり背を一定のリズムでゆっくりと叩く。

そうすると、次第にラウラの動きが緩くなり、丸くなって真琴にしがみつき動かなくなる。

 

「ふふ、穏やかな寝顔だな」

 

箒の言う通りに、ラウラは真琴の腕の中で眠っていた。

 

「さあ、行こう」

「…うん‥」

 

夕暮れが迫り、朱色に染まり始める町、人通りの少ない道を歩いていけば、嘗て見慣れた道に入る。

毎日毎日、IS学園に入学するまで通い続けた道は、あの時とまるで変わらず、二人を迎える。

 

「変わらない、な」

「そう‥だね…」

 

夕暮れの道には、幾らか涼しくなった風が吹き抜け、青い田を揺らす。

何時か見た風景の中、真琴と箒は談笑しながら歩いていくと、二人の前で表示枠が開いた。

 

ほーき¦『ん? どうした?』

ほなみん¦『あれ? 間違い?』

ほーき¦『む、これは失礼をした』

ほなみん¦『いやいや、いーよいーよ。こっちの操作ミスだし。さて、ていちゃんの番号は……』

 

閉じた表示枠を、箒はもう一度開く。見ればかなりの量の通知が貯まってる。それは真琴も同じだった様で、ハードラックダイアモンド社からの通知もあった。

 

「箒ちゃん…新型……」

「うむ、新型のフレームが完成したらしいな」

「どう…かな……?」

「カタログスペックでは、運動性と追従性に秀でているな。近接、高機動型に使われるだろうな」

 

他にも、真琴贔屓の作家の新刊発売予定日や、イギリスの〝俊狼〟と呼ばれるパイロットが、欧州キャノンボール・ファストで完封優勝したという報せ、ドイツのEosACリーグのチャンピオンの来日等、様々な通知が来ていた。

 

「着いたな」

「…うん…」

 

二人の前には、極一般的な一軒家があった。

熊谷真琴の生家であり、箒を呼んだ彼女の母が住む家。その扉にあるインターホンを押すと、軽快な音が鳴り、中から足音が近付いてくる。

 

「お帰り、久しぶりの里帰りはどう?」

「ただ…いま…母さん……」

 

真琴よりも頭一つ低い女、熊谷真尋(くまがや まひろ)が柔らかな笑みを浮かべ、三人を出迎えた。




次回
真琴ママン乱舞

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