「じゃあ、真琴。今日の氏神様のお祭りに出なさいな」
「…え……?」
夏休み、だからといって、開放的にも活動的にもなる訳もなく、真琴は何時もと変わらず、
「何……で…?」
「奉納相撲の女相撲に、出る筈の人が急に出られなくなったって話でね。代わりに出なさいな」
「…でも……本…」
「いいから、お行きなさいな」
猫の様に襟首を摘ままれ、手荷物と共に部屋から引き摺り出されていく。無論、真琴も全力で抵抗するが、真尋の力に勝てず、ついには家から放り出される。
「箒さんに話は通してあるから、しっかりやりなさい」
〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃
ほーき¦『その結果が、こちらのしわしわ真琴だ』
すずね¦『これまた、見事なしわしわ顔ね』
祭囃子の聞こえる境内で、プルプルと震えながら、途中にあるコンビニで買った文庫を読む真琴。
「…どうし……てこう…なったの……」
蒼雫 ¦『何か、声までしわしわになってません?』
ほーき¦『御義母様に言われては、逆らえんよ』
白夏 ¦『そう言えば、ラウラは?』
ほーき¦『ラウラなら、先にちびっこ相撲に参加している。賞金が五百円を突破したそうだ』
笑う箒と、プルプル震える真琴。真琴は既にシャツにショートパンツに着替え、その上から簡易廻しを巻いている。
神社の神木の影に隠れる様にして、2m近い真琴が文庫本を読む姿は、通りすがりの人々を驚かせたりしている。
「さて、真琴。そろそろだ」
「…うー……」
「ははは、そうむくれるな。……御義母様から聞いた話だが、優勝は図書券、しかも結構な額らしいな」
「…やる……」
優勝賞品を聞かされ、俄然やる気を出す真琴を見ながら、箒はまず真尋が関わっているだろうと考えた。
考えたが、考えたところで、何か実害があるという訳も無く、単純にあのままでいれば、真琴は一歩も家から出る事無く、夏休みを終えていただろう。
箒が連れ出すという手もあったが、それは真琴の意思とは言えない。
今の状況がそうかと問われるとあれだが、こうしてやる気になっているからいいだろう。
「ふんす……」
鼻息荒く、土俵に上がる。身長ほぼ2mの真琴が、土俵に上がれば、普段以上に威圧感が出る。
はてさて、一体どこまで出場者が残るのか。
「へ?」
「おいおい、熊谷さんとこの娘か」
近隣住民からの驚きの声が聞こえる中、行司の合図で二人が土俵の中心で向かい合う。
まず一回戦は、立ち会いで勝負が決まっていた。体格差が桁違い過ぎたのだ。立ち会いで、そのまま軽く持ち上げられて、土俵の外に下ろされた。
二回戦も、立ち会いで真琴の手を避けはしたが、真琴を押し出す事が出来ずに、体力が尽きて棄権。
そして続く三回戦は、
「あ? マジでクマかよ」
「……タカちゃん…」
「お前帰ってたのか。つうことは、ああやっぱり、箒も居たな」
吊り目がちの、良く言えば快活そうな、悪く言えばヤンキー風の少女、真琴と箒の中学生時代の同級生である、〝鷹山・美那〟がこちらを見上げていた。
「てかよ、帰ってくるなら、連絡くらい寄越せって」
「…ご…ごめ…ん……」
「箒もだぞ!」
観衆から、聞きなれた笑い声と気軽な謝罪が聞こえる。
まったくと、鷹山はため息を吐いて、真琴に再び視線を戻す。
鷹山も、十代として身長は低くはない。むしろ、高身長の部類に入る。格闘技経験のある体は、かなりの力強さを感じさせる。
だがそれも、真琴の前では霞んでしまう。
――まったく、相変わらずの体格だよな――
出会った頃は、まだ鷹山の方が身長は勝っていた。だが、気づけばこれだ。
ちょっと生物として、おかしいんじゃないだろうか。
というか、身長だけでなく、胸やらなにやらのサイズもおかしくないか。何食ったらそうなる。
「まあいいや、クマ。あたしが勝ったら、たこ焼きお前の奢りな」
「…じゃあ私が……勝ったら焼き…そば…タカちゃんの奢り」
「いいぜ、来いよ」
発揮用意と、行司の合図に二人の右手が下りていく。
土俵につき、軍配が視界から消えた瞬間、真琴は右手を伸ばした。
はっきり言ってしまえば、体のどこかが当たれば、真琴の勝ちは決まっている。自身の身体能力は理解しているし、当たれば押し出せ、掴めばそのまま持ち上げられる利き手を出すのは、当然の判断だった。
「すぐに右は変わってねえな……!」
右を掻い潜った鷹山が、同時に前に出ていた右足に手を伸ばす。身長も力も体重も、身体的な要因は速度以外は全て真琴が上だ。
だから、前に出た足を取って、バランスを崩して転ばせる。下手に暴れられる前に勝負を決める。
そう考え、足を取ったのだが、取った足が動かない。
失策、そう感じて離れようとしたが、その時には既に手遅れだった。
「あ~、優しくな?」
「…焼きそば…よろしく……」
「はいよ……」
意図も簡単に持ち上げられ、そっと下ろされる。
優勝は出来なかったが、懐かしい面子に会えたので、良しとしよう。
鷹山が土俵を降りると、もう一人の懐かしい顔があった。
「ははは、お疲れ」
「まったく、お前も真琴も、どうしてこう、事前連絡ってのが出来ねえのか」
「何、気にする事は無い。学園ではよくある事だ」
「何がどうなってんだ、IS学園」
今日、何度目かのため息を吐けば、プラスチックのカップが差し出される。
かき氷だった。
「みぞれか」
「緑色のみぞれがよかったか?」
「素直にメロンって言えよ」
「味は一緒だから、構わんだろう」
見れば、箒が手に持つかき氷には小豆が乗っていた。
「てめ、その小豆分けろよ」
「いいが、私にも焼きそばだ」
「ああ、くそ。聞いてやがったか」
「ははは、予想が当たったか」
「この野郎……」
ストローを裂いて作ったスプーンで、氷をちびちびと食べていると、どうやら最後の取り組が終わったらしく、真琴が賞品の包みを片手に、土俵を降りてきた。
「よし、着替えたら飯食いに行くか。他の連中も来てるだろうしな」
しかし財布、大丈夫かな。
鷹山はこれからを考え、頭の中で計算したが、どうにも明るい未来は見えなかった。