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それではゆったりと
体が変化しても経験がものを言うというのか、修繕と掃除は日が上る前に終わった。序でにオルガンも、久しぶりに聞きたいと思ったから。
時刻は月の傾きからして、大体午前二時ごろか。
俺達は一旦就寝して体を休め、情報収集等の細かいことは、明日に回そうと思っていたのだが……
「……どこに行くの?」
「え? ああ、いや。ベッドは一つしかないから、俺は礼拝堂の長椅子で寝ようかと思ってな」
「シスターである私の目の前で、よくもまぁそんなことが言えるわね」
「ええ~……」
目の前のこのベッドで寝ろと? 二人で?
いやまぁ、確かに体は子供になってしまったから、二人で使えることには使えるし、ベッドは結構大きいものではあるが。
「……ゲット」
「ぬぉ!?」
はい、見事に一本釣りされました。というか聖骸布を使うのは、流石に卑怯だと俺は思う。
結局同じベッドで寝ることになった、無論聖骸布は外されたが。
朝起きると、何故か俺は身動きが取れなかった、特に左半身が。そちらを確認すると、彼女は俺の腕を枕にしていた。通りで動けなかった訳だ。
一応荷物の中に非常食が入っていたから、二人とも朝食はそれで済ませた。そして俺は街へ、カレンは教会の細かい掃除をすることになった。
街に繰り出し、色々と情報を集めていたが、どうやらここは地球であり、日本であるそうだ。ただ冬木はなく、その代わり別の街になっていた。
そしてこれは重要なことだが、この世界には、魔の類いは存在しないらしい。その証拠が、俺達が居を構える教会だ。
あの教会の下には、冬木の柳洞寺と勝るとも劣らない龍脈が通っている。この世界に魔術師がいるなら、放っておくはずのないものである。
だが誰かが手を出した形跡もないし、何よりも『濃い』。魔術基盤も変わらないようで、元の世界よりも軽い負担で魔術行使ができた。
暗示を用いつつ、金品の換金や教会の権利書などを入手し、帰りに食材を購入して教会に戻ったんだが、何やら言い争う声が聞こえた。
どうも聞いている限り、カレンが一方的に言い寄られ、カレン本人はそれをのらりくらりと流しているらしい。
声からして女性のものみたいだが、はて、もとの持ち主だろうか?
気配遮断を使い、俺は教会の中の様子を探ると、そこには『一人不思議の国のアリス』をしているような女の子がいた。
見た限り14、5歳ほどの女の子だ。
「だからさぁ、今日からここは束さんのラボにするって言ってるだろ? さっき見つけたときに決めたから退けって」
「あらあら、自己中心的な方だこと。先程からそれはできないと言っているのが聞こえませんか?」
「凡人が束さんに意見するなよ。いいからどけ」
「それはできない相談ですと、何度も言っているのですが?」
「はぁ? もういいや、力ずくで「そこまでだ」……は?」
流石に暴力はいかんだろう。というかカレン、お前はこの女性をわざと苛々させているだろう。
俺が事前に投影しておいた黒鍵で影縛りしていなかったら、どうなっていたことやら。
「戻った」
「お帰りなさい。収集はどうでした?」
「上々だな。しばらくは困らんだろう」
「お前たち、この束さんを置いて話を進めるなよ」
さて、とりあえずこの兎娘はどうするか。影縛りは継続しておいたほうがいいだろう。
「色々と話はあるだろうが、時間も時間だ。一旦食事にして、話はそのあとでもいいだろう」
「五月蝿いな、凡人は黙って束さんの言うことを聞けよ」
「……先程から俺達を凡人と呼ぶが、君は違うのかね?」
「束さんは細胞レベルで頭も身体能力もオーバースペックなんだよ。それくらいわかれよな」
……この兎娘は一々人を見下さないと気がすまないのか? あまりにもこれは酷すぎるぞ?
「だが、いくら天才であっても、栄養が足りない状態であっては頭も働かん。冷静にもなれん。見たところ最近、ろくに食事もとっていないだろう?」
「さっきも言ったけど、束さんは細胞レベルで『グーー』……」
唐突に礼拝堂に響いた、大きな腹の虫。発生源は兎娘。
当の本人は流石に恥ずかしかったのか、頬を赤くしている。
関係ないがカレンよ、ニヤニヤするものじゃないぞ?
「……」ニヤニヤ
「……食べていくか?」
「……凡人の作るものなんて『グーー』……」
「……」ニヤニヤ
「……食べていくか?」
「……不味いもの作ったら許さない」
予定とは違って一人増えたが、食料品は多めに購入していたから問題はない。手早く昼食を作り、机に並べる。
カレンは祈りを捧げ、兎娘はまだかまだかとソワソワしている。
しばらくしてカレンの祈りは終わり、ようやくといった風に、兎娘は皿の上のものを掻き込んだ。時々咀嚼しては、嬉しそうな笑顔を浮かべている。
成る程、体は成長していても、心は未だ子供か。あの幸せそうな顔を見る限り、こちらが本来の彼女なのだろうな。
時々少女のお代わりをよそいつつ、俺とカレンはゆっくりと食事を終わらせた。
「どうだったか? 久しぶりのまともな食事は」
「……
どうやらお姫様は満足されたらしい。
顔色も幾分か良くなり、冷静にもなったようで安心した。
「だろう? まずはしっかりと栄養を摂る。よく食べ、よく動き、よく休むことが大切だ。それは天才であろうと凡人であろうと関係ない」
「あなたがそれを言いますか、士郎?」
「……それは置いておこう。さて、君の話をする前に、簡単に自己紹介といこうか」
ここでも少女は渋ったが、話を円滑に進めるためには必要であると諭すと、渋々ながら了承した。
少女の名前は『篠ノ之 束』。
近くに開かれている篠ノ之道場の師範の長女らしい。
成る程、カレンに仕掛けようとしたときの動きをみたが、道場の娘ならば、入門していなくても基礎的なことは教わるだろう。
そして彼女がオーバースペックであるという発言、たしかにあの動きは常人ではできまい。
ふと彼女の話し方を聞いて感じたが、この少女、相当な人間不信ではないだろうか?
いくら天才であっても、この他人の拒絶の仕方は普通ではない。
天才と自称するには申し分のない頭脳を有している。無論俺では遠く及ばないほどの。
だがその反面、コミュニケーション能力が低すぎる。
恐らく、自分が心を開いた人間に対しては、過剰とも言える情を注ぐだろう。
だがそれ以外の存在に対しては、徹底的に排除する姿勢をとる、仮令それが自分の肉親であろうとも。
彼女の目には恐らく、この世全ての人間は敵のように見えているのかもしれない。
「……カレン」
「わかってるわ」
「ああ、頼む」
俺は席を外し、台所へと引き下がった。
人の心を動かす、または開くことはとても難しい。並大抵の苦労では不可能である。
カレンはその辺りの加減をわかっている。
俺は交渉を、カレンはカウンセリングを。
お節介なのはわかっているが、少しでも篠ノ之束が日々を過ごしやすいようにと。
彼女の世界の見え方が、少しでも良いようになればと思う。いくら天才でも、まだ14の少女なのだ。世界を悟るには早すぎるだろう。
少々時間をかけて茶菓子を作っていると、食卓の方から啜り泣く声が聞こえた。
どうやら、カレンは上手くやったらしい。泣き止むまでここで待っているとしよう。
さて、心を落ち着かせるためには、熱いミルクティーだな。
◆
最初の印象は、生意気な小娘と小僧だった。
そこらの塵芥なら尻尾をまいて逃げ出すほどの殺気を当てたのに、小娘と小僧は平然としていた。
それどころか、小僧の方は食事をしていけと言ってきた。
馬鹿なのかと思った。
自分からしてみれば皆馬鹿なのだが、その更に上をいく馬鹿であると思った。
食事にしても、不味かったらその場で消すつもりでいた。
結果は我知らず、皿にがっついてしまった。
たしかに小僧、衛宮士郎の言うように、私はここ最近まともに食べていなかった。
そこに鼻を擽る美味しそうな薫りと、見た目がいい料理が運ばれてきたのだ。私は自分を押さえることができなかった。
昼食を終えて改めて二人を見る。
二人の目は、
学校の奴等のように、気持ち悪いという感情の篭った視線じゃなかった。
天才の篠ノ之束でもなく、道場の長女でもなく、私という一人の人間を見つめる視線だと思った。そしてそれは不思議と不快なものではなかった。
だからだろうか?
自己紹介を促されたとき、最初は渋ってしまったけど、気がつけば自分について話していた。
衛宮士郎が席を外したあとも、少女、衛宮・O・カレンの質問に対する応答が続いた。
最初はこちらの心を抉るような問答だったから、正直嫌だった。
でも不思議と私はそれに素直に答えてしまっていた。
この二人は違う。
私はそう思った。
じゃあこの二人は?
この二人は見てくれるだけじゃない。私という人間を見ようとし、理解し、受け入れようとする。漠然とそう感じた。
気がつくと、目の前が滲んでいた。
私には『わからないもの』なんてないはずなのに、視界を滲ませるものがわからない。
ふわりと何かが私を包み込んだ。
少し香りの強い消毒液のような匂い、でもその合間をぬって薫る女の子の匂い。
滲む視界に写る、いく筋もの銀の絹のような髪の毛。
カレンによって私は抱き締められていた。
わけがわからない。
目からはナニカが滝のように流れ落ちる。止めようとしても止まってくれない。
「……あなたが今まで何を抱えてきたのか、あなたがどんな痛みを背負ってきたのかは、私達にはわかりません。
でも、それでも私達はあなたを見捨てはしません。シスターだから、正義の味方だからではなく、私達個人として、あなたを見捨てることができませんから」
カレンの声が聞こえる。
「だから、安心してください。私達はここにいる。今ここに、あなたを脅かすものはいないのだから」
限界だった。
いつの間にか抱き締めてくれていたカレンに、私は抱きついて声をあげていた。
自分の声ではない、そう言いたくなるほど声をあげた。
目からは滝が流れている。
でも少しだけ、何かが軽くなった気がした。
はい、ここまでです。
束さんですが、あの拒絶癖は酷いものの、そうなる原因があったと思い、今回はこのような形をとりました。
さて、束さんをフライングさせましたが、次回主人公を出します。
それでは今回はこのへんで。