四コマ漫画を意識して作りました(その当時は)。
あの四コマ小説と名高い『GJ部』よりも、一つ一つが更に短い感じです。
『スキマ』とは何なのだろうか?
そんな疑問は普通、生きている上では浮かんでこない。だが、この言葉ほど曖昧で多様性に勝るものはないと思えてくる。例えば、何気なく部屋にある箪笥と壁のことを隙間と言うし、解明されていない空白の歴史もある意味、隙間と言える。そんな物理的にも、概念的にも存在するのが『スキマ』と言うものだ。
そして、そんな隙間からふと突拍子もなく突然現れる、可笑しなおばさんが、時おり僕を訪ねてくる。
こんな風に。
「はぁい、
今日はソファーの下から現れた。金髪の長い髪をした、一人の女性。
「…………紫。邪魔だよ」
小学校から出された宿題をしている僕と机の間に割り込むように顔を除かせたこの人が、僕が『スキマおばさん』と呼ぶその人だ。と言っても、これを彼女に言うと怒るので、心の中限定ではある。
「つれないわね。せっかく遊びに来たのに」
「僕、宿題をやってるんだけど」
「宿題なんていいじゃない」
「よくなくないよ」
そう言って、僕は彼女の顔を両手で掴んで退けようとする。しかし、びくとも動かない。
「いいのいいの。と言うか、私と遊びなさい!」
「僕が遊んであげる側になってるんだけど…………」
スキマおばさんは今日もめんどくさい。
スキマおばさん。何でも彼女は妖怪だと言う。まぁ、空間をパックリ開いて、そこから現れる時点で普通ではないと思ってはいたが、まさか妖怪だとは思わないだろう。僕からすれば、妖怪よりも、能力者だと言われた方がしっくり来る。個人的には妖怪と言えば、ろくろっ首や、ぬりかべとかを想像するのだが、外見は綺麗な女性。しかも、金髪ときた。日本の妖怪なのに、金髪とはどうなのか?しかも、なぜかその金髪がやたらと似合う。そんな疑問もあるのだが、それは置いておいて、いつだったか、紫はどんな種族の妖怪か、少し前に聞いたことがあった。その問いに返ってきたのは『隙間妖怪』と言う、何の捻りもないもの。
「おもんね」と言ったら拳骨を食らった。これが虐待か。
しかし、そんな聞いたこともない妖怪ではあるが、彼女は妖怪の中でも大妖怪に分類されるらしい。年齢が千を越えると聞いたときはちょっとびびった。外見は十代なのにも関わらず、そんな年をとっているとはちょっと不気味だ。そんな話をしたら、スキマおばさんはこう応えた。
「私は永遠の十七才だから、そんなの関係ないわ!」
スキマおばさんの癖に、明らかに無理をしている。僕は突っ込みを入れたかったが、彼女を怒らすと面倒なのは目に見えていた。だから、僕は内から沸き上がるものを必死に抑え、そうだね等の肯定する言葉を探した。しかし、僕の口は僕が思っていた以上に正直者だったようだ。
「無理すんなよ」
その日から三日、スキマおばさんはふて寝した。
スキマおばさんは若作りだ。
僕は彼女をスキマおばさんと言っているが、戸籍上は僕の母親である。何でも捨て子である僕を引き取ったのが彼女であるとか。
だから彼女の名前が『
母親の癖に、少し放置ぎみなのだが、そこら辺は気にしないでいる。僕にとって彼女は母親と言うよりは、良く遊びに来る親戚みたいなそんな感覚である。それには理由があり、スキマおばさんこと紫は、一応ではあるが僕の母親。だから、ちゃんと朝、昼、晩、御飯を作ってくれるのだが、これがまた何とも形容し難い物体で出てくるのだ。
「さぁ透。今日は自信作よ」
そう言って出されたのは、黒こげた何かと、緑色の粘液だった。
「……………………紫、これは何?」
「見て分からない?お肉と、ミネストローネよ」
そう紫は言うけれど、断じて言おう。それはない。
「…………お肉はまだ分かる。ただこがしただけだろうけど、この緑色の液体を僕はミネストローネと認めるわけにはいかない」
ミネストローネの色は赤である。それがどうしてこうなるのか、不思議で仕方がない。
「あら、知らないの?ミネストローネは本来、緑色なのよ」
「やめてよね。自分の子供に嘘を教えるのは」
僕は今一度、その緑色の何かを見る。謎の刺激臭がするそれを僕はスプーンですくってみた。
ネバッ……。
なんだろう。粘着性がありすぎて、すくい上げると言うよりは、伸ばし上げたと言った方が言いかもしれない。
僕はこれを見たことがある。そう、それはまさにスライムだ。このネバつきといい、透明感のある色合いといい、そう当てはめるのがぴったりである。
「…………取り合えず、紫が食べてみなよ」
僕はそう言って、皿ごと持ち上げて、彼女に差し出す。
「うっ……」
紫自身、その刺激臭に耐えきれず、顔を背けて眉間に皺を寄せた。
「……………………………………………。」
「……………………………………………。」
僕と紫の間に微妙な雰囲気が流れる。
だが、その沈黙を破るように、紫は地面へと倒れ伏した。
「ううっ……だって、だってこの調味料を入れるとどんな料理も美味しくなるって昔、知人に言われたから」
そうして、スキマから取り出したのは深緑色の液体が入った小瓶だった。
「………………それ何年前?」
「五百年前」
「だろうね」
スキマおばさんは、たまにどこか抜けている。
スキマおばさんができないのは料理だけではない。
「きゃあ!」
外の遊びから帰ってきて、僕は自分が住んでいるマンションの玄関に入ると突然、そんな悲鳴が聞こえた。
「どうしたの?」
悲鳴の聞こえたリビングに行くと、そこは爆心地と化していた。爆心地と言うが、それは比喩で恐らく何かが爆発したわけではないだろう。だが、そう思ってしまうほどに、そこは滅茶苦茶な惨劇を生み出していた。椅子は倒れ、机はひっくり返えり、テレビの画面は割れている。
「…………何をしたの?」
「…………掃除をしていたの」
「…………なるほど」
何一つ納得出来なかったが、それしか言えなかった。後から話をしたら聞いてみると、どうやら掃除機のコンセントに足を引っ掻けたらしい。
僕は思った。もはや芸術だと。
スキマおばさんは天才だ。
スキマおばさんと知り合って、かなりの時間になるが、そうなると僕はふと気になることが増えてきた。例えばお金だ。スキマおばさんは働いている様子など一切ない。なのに、僕を育てている間に、お金の心配をさせるような場面を全く見たことがない。大妖怪なのだから、何か秘密があるのだろうか?ある時、機会があったので聞いてみた。
するとスキマおばさんはこう答える。
「ちょろまかしてるのよ」
何を?とか、どこから?とか、聞きたいことが山程あるのだが、それ以上を耳にする勇気は僕には無かった。
スキマおばさんは危険だ。
僕は小学校に通っているのだが、通っているからには学校の行事と言うものが当然ある。その中には授業参観なる僕にとってはあまり良い思い出の無い行事がある。理由は単純明白で、紫は目立つ。その金髪と言う髪の色に、恐ろしく美人と言える顔立ち、しかも見た目は十代なのだから、目立たないわけがない。当然、彼女の息子である僕にも注目が行き、周りのクラスメイトやその親が騒ぎ立てる。だから、授業参観があるなどと伝えることはしないのだが、どこから情報を拾ってくるのか、紫はなぜか授業参観がある日を知っている。隠しきれないと思い、絶対来るなと言うのだが、紫は絶対来る。だから僕は授業参観がある日は憂鬱だ。
だが一度だけ、そんな融通の聞かないスキマおばさんに復讐する機会が訪れた。何でも、自分の母親に手紙を書いて、それをクラス内で音読すると言う授業だ。僕はこれ見よがしに、家事ができないことを書きまくって音読した。
その時僕は思った。勝ったと。
しかし、当の本人は何故かその後ご機嫌で、今にもスキップをしそうなほど、嬉しさを露にしていた。意味が分からない。しかし、それからその日、彼女と共にマンションへと帰宅したのだが、扉を閉めるなり、僕の方を向いて嬉しそうにこう叫んだ。
「反抗期ね!反抗期が来たのね!」
スキマおばさんは変人だ。
小学校にはスポーツクラブと言うものがある。僕は最近、友達の誘いを受けてそのスポーツクラブでサッカーをすることになった。やってみれば意外と楽しいもので、始めはボールを扱うのも一苦労だったが、やっていけば上達していき、人並みにスポーツと言うものを堪能していた。もっと苦しかったり、辛かったりすると思っていたが、なにぶん昔から運動神経と器用さには自信があった。親なので当たり前だが、スキマおばさんも僕がサッカーをしているのを知っているの。なので、一度だけ二人でサッカーをやってみる事にした。結果、一言だけ言わせてもらおう。上手すぎると。流石、千年以上生きてきただけはある。ボールをを脚で扱う事を昔から遊びでやってきたそうだ。まぁ確かに、日本にも
スキマおばさんは大人げない。
世間には母の日と呼ばれるものがある。簡単に言うと、母親に感謝を伝える日だ。これまで一応、育ててくれた事に感謝をしようと、僕は小銭を握りしめて、花屋でバラを買いに行った。しかし、どうにも少しばかり足りない。さてどうしたものか、もういっそ空き地に生えている雑草でも渡そうかと、悩んでいたところに店の店員さんが声をかけてくれた。その事を話すと、なんとその小金でバラを譲ってくれたのだ。しかも、追加料金がかかるはずのラッピングまでしてくれたのだ。世の中そんなに捨てたもんじゃないなと、どうでも良い感想を胸に抱きながら、僕はスキマおばさんへとバラを渡した。
すると意外も意外。彼女は涙目で僕を抱き締めて感謝の言葉を述べてくれた。
「ありがとう
そう彼女は言った。感謝をする日なのに逆に感謝をされたそんな日だった。そして後に、もしかして雑草でも喜んでくれたのかな?とそんな疑問も浮かんでくる。
スキマおばさんは涙もろい。
冬になると、スキマおばさんは良く目を擦り、眠たそうにする。なんでも、昔はよく冬眠なるものをしていたそうだ。変温動物かよ。そうなると、家事をする頻度が少なくなり、自然と僕がするようになってくる。しかし、何故かそちらの方が部屋が綺麗だったりするのだが、これいかに。まだこれだけならよいのだが、酷い日はストーブの前にへばりついて、そのまま寝てしまう事もある。額がストーブで焼かれながら寝ている様は、何とも形容し難い奇妙さがある。しかしこれでも、まだましになったそうなのだ。昔は冬の期間、ずっと寝ていなければいけなかったらしい。
スキマおばさんが言うにはーーーー。
「貴方、私がいないと生きていけないでしょ?」
全くこれっぽちもそんな事はない。むしろ仕事が増えるだけである。お金さえ入れてくれれば、もうスキマおばさんは必要ないのだが、それを言うとまた
まぁ取り合えず。今、目の前でカレーの入った皿に顔を突っ込んで寝ている彼女をどうにかしなければ。
スキマおばさんは寒がりだ。
僕たちが住んでいる場所は、お世辞にも発展しているとは言えない。いわゆる田舎だ。まぁ確かに田舎なのだが、別に何もないと言うわけではない。ちゃんとショッピングモールや、ゲームセンターなど、遊べるところはきちんと揃っている。だからと言うわけではないが、休みの日に二人でゲームセンターに行った。小学生なのにそれは大丈夫なのかと思ったりしたが、一応保護者と一緒なら問題はないのか?まぁ取り合えず結果から言わせてもらおう。上手すぎると。UFOキャッチャーでは全ての景品を一発で取り、その他のゲームではゲームセンターに記載された記録をことごとく塗りつぶしていった。しかも、ネーミングに全て『ゆかりん』と書き込む痛さ付きだ。サッカーの時もそうだったが、スキマおばさんは妙に器用なところがある。家事はできないくせに。
「でもやっぱり、ゆかりんは痛すぎる」
「痛くないわ!私は永遠の十七才だから!」
スキマおばさんはどこまでも痛い。
スキマおばさんとは、よく遊ぶことがある。サッカーとかゲームセンターとかもそうだったが、その日は謎にポーカーをしていた。しかし強い。僕がノーペアやツーペアの時は、どう揺さぶりをかけても必ず勝負をするし、逆にフォーカードやフルハウスを持っている時は弱く見せても必ず勝負を降りる。駄目だ。このままでは負けてしまう。この勝負には皿洗いが賭かっていると言うのに。
クソ!これが大妖怪の経験値なのか…………と最初は思ったのだが、どうにもスキマおばさんは怪しい。僕がカードを変えた後、スキマおばさんは決まって手持ちのカードで顔を隠す。
……………………ふむ。
思い当たることが一つある。
「ベット。勝負するよ。それで紫。今回はどうするの?」
「…………私はね…………えぇっと……」
そこで僕はぐるりと後ろを振り向いて、自分の真後ろにある何やら不自然な隙間に指を突っ込んだ。ブスりと擬音が鳴りそうな感覚が、僕の人差し指に走る。
「ギャァァァァァァァアアア!!!」
それと連応するように、悲壮な悲鳴が部屋に鳴り響いた。それが聞こえる方を見ると、スキマおばさんが片目を押さえながら、のた打ち回っていた。
その日の皿洗いはスキマおばさんがやることとなった。
スキマおばさんは卑怯だ。
小学校には運動会なるものがある。それは学生の為のイベントではあるのだが、それよりも親の為にあるイベントと言う方が適切かもしれない。それは僕の親である、スキマおばさんを見れば一目瞭然だ。
「透~~!頑張るのよ~!」
百メートル走のラインに並んでいる時、そんな声が聞こえる。その方向へ顔を向けると、ビデオカメラを持って手を振るスキマおばさんがいた。普通に恥ずかしい。もっと落ち着きを持ってほしいものだ。
パン!
火薬が弾ける音で。僕の足は動き出した。一歩一歩がとても重く感じる。前には誰もいない。かと言って後ろを振り向く余裕もない。恐らく刹那の時間だった筈だ。しかし僕にとってはいつまでも長く感じた。自分の体が白いテープを切った。ひらひらと揺れ落ちる様がとても綺麗に見えた。
「完璧よ、透!流石は私の息子だわ!」
競技が終わり、真っ先に出迎えたのはスキマおばさん。若干、テンションがウザい。
「断トツだったわね!もうオリンピック選手になれるんじゃないかしら?」
いや、普通にウザい。
「よし!明日からは特訓よ!」
かなりウザかった。
スキマおばさんは調子乗りだ。
スキマおばさん。彼女は大妖怪なだけあって、様々な話を知っている。そんな中で、良く話してくれるのが、『
「その博麗霊夢さんと、紫は友達だったの?」
「う~ん、友達ねぇ……少し違うわ。どちらかと言うと、貴方と私みたいな関係ね」
親子と言うことだろうか?
「それは霊夢さんも不幸だったね」
「…………それはどういう意味かしら?」
これ以上はいけない。僕はそう思い口を閉じた。そこでふとスキマおばさんも黙りこむ。僕はいぶかしく思って、彼女の顔をちらりと見た。その顔は何も無い暗闇の一点を見ていた。
「………………明日の休み、もしよかったら彼女に会いに行きましょうか」
「うん?別に良いけど……」
唐突にスキマおばさんは僕にそう言う。
スキマおばさんは明日、霊夢さんに会いに行くと言っていた。でも霊夢さんはーーーー。
「ふぁ~」
急に眠気が来て、僕は酸素を求めるように大きく欠伸をした。
「眠いの?」
「……うん」
「そう、ならおやすみなさい」
彼女が僕の横で寝転がりながら、布団の中で、背中をポンポンと優しく叩く。それに応呼するように眠気が僕を襲う。
「おやすみなさい、紫」
暖かい彼女の胸の中で、僕は目を閉じて眠りにつく。僕の心の『スキマ』は、彼女によって埋まっていった。
スキマおばさんは僕の母親だ。
誤字脱字、表現でおかしな部分があればどうかご指摘ください。