リュウとナギは周囲を見渡して顔を青くした。星の明かりさえ届かない程に、魔族の軍勢が自分達を囲んでいる。その数、少なくとも百や千の単位では収まらない。まるで悪魔によって形成されたドームの中に迷い込んだようだ。蠢くモノ達から発せられる悪意に、今にも押しつぶされそうになる。
「いくら君達が強かろうと、消耗した上でこの数に勝てるかな」
バルバロイと名乗った少年は表情一つ変えない。正直、マズイ。そう思ったリュウの額からつうと汗が滴り落ちた。ナギもこの状況では余裕は無いらしく、リュウと似た表情で少年を睨んでいる。
「……おいリュウお前、こいつ等に何か襲われる心辺り、あんのか?」
隣に立つナギがそう小声でリュウへと話し掛ける。敵の敵は味方。一時休戦。こうなっては勝負所ではないため、二人は既に協力し合う事を前提として動いている。逆に言えば、協力しなければとてもじゃないが突破出来ないとわかっているのだ。
「一応、ある……」
目の仇にされている理由をリュウは即座に理解したが、今全てを話している暇はない。リュウが複雑そうな顔をしているのをチラリと見たナギは、ない余裕を無理やり捻り出して再び前を向いた。
「……なら後で話してもらうからな。それで、お前こいつらどれくらいイケル?」
ナギの言葉は、乱闘を視野に入れてのものだ。二人で暴れまくる。単純明快な作戦。ナギは自分に対してあれだけの事をやったリュウの強さならば、ここを凌ぐくらい何とかなるのではないかと思っていた。だがリュウの口から出た返答に、ナギは落胆の色を見せることになる。
「ごめん。正直わからない。この状態もあとどれくらい持つか……」
「……」
今、リュウの心にあるのは不安だった。今まで、これほど長時間変身したままでいた事はない。中国の山奥では飛んだだけで戦闘はしていない為、負担は今の方が段違いだ。これ以上龍の力を使えば、ドラゴンズ・ティアがあると言ってもどうなるかわからない。本当の所は、あのD-ブレスで押し勝った時点で変身を解くつもりだったのだ。
「……」
「時間を与えるつもりはないよ。それじゃ、死んで」
「くっ……!」
バルバロイはそう言うと、再び水溜りの中に消えていった。それを合図に前後左右に斜め、上空などあらゆる角度からリュウ達へ向けて魔力弾が放たれた。避ける隙など皆無。鼠一匹這い出る隙間のない無慈悲な弾幕だ。
「ちっ……くそったれめ!」
ナギは咄嗟に杖を持った手を上に掲げ、半球状に魔法障壁を展開した。リュウとナギを何とか守れる程度の大きさの障壁が、容赦なく飛んでくる魔力弾から二人を守る形となる。
「く……こいつぁ……思ったより……!!」
魔力弾の雨は止む気配がない。これだけの規模の攻撃から、二人が身を守れる程の頑強な障壁を張れるのは流石はナギと言ったところか。しかし想像以上であるその弾幕の勢いに、ギリッと歯をを食いしばる音がリュウには聞こえた。
「お、おいリュウ。このままじゃ……ちっとだけヤバイぜ……!」
先程のリュウとの戦いで多少消耗している事も手伝って、ナギにはもう余裕は欠片もない。いくら強いと言っても、ナギはまだ10才程度。スタミナは無尽蔵ではないのだ。障壁の維持に魔力を使ってしまっている今、ナギは反撃を行えない。
「……!」
この場を打開する術は何かないのか。リュウは必死に自分の記憶を漁った。しかし“ドラゴナイズドフォーム”で使える技、恐らく使えるであろう魔法。いずれ劣らぬ強大な力ではあるだろうが、どれを取っても周囲の大群を一挙に押しのける程の決め手にはならないと思えた。一部分だけを殲滅しても意味がない。数が違いすぎる。まともに使えるかどうかの心配もある。
(ちくしょうっ……何か……!)
思ったよりしぶといナギの障壁に魔族達は業を煮やしたのか、魔力弾の雨は勢いが徐々に増していく。台風を髣髴とさせる一方的な暴力だ。かろうじて防ぐ事は出来ているが、最早ナギの障壁が突破されるのも時間の問題。気を抜いたらその時点でアウトだ。
「くっ……リュウ! 何かあんなら、何でもいいから早くしてくれ……!」
(……こうなったら!!)
リュウは自分の胸にかかっている宝石に手をやった。このドラゴンズ・ティアを外せば、ひょっとしたらなんとかなるかも知れない。あの暴走状態なら今の自分よりもはるかに戦闘力が上だ。あの時の4人組を瞬殺したように、この魔族の群れも蹴散らす事が出来る可能性は高い。
(でも……)
しかし、この場にはナギもいる。自分一人だけならばそれで突破できるかも知れないが、逆にナギに襲い掛かってしまうこともないとは言い切れない。そもそもあの暴走状態からまた戻れる保証も無い。その選択肢を選ぶには、あまりにリスクが高すぎる。
(クソッ! あのドラゴンに食われた時はもっとこう……)
そこまで思ったリュウは、はたと気付いた。
そうだ。ドラゴン。
あの時、暗闇で食われた相手……アイツは多分、この身体に眠っていた力そのものだ。今の自分の姿は、ひょっとしたらその力の“一部”に過ぎないのではないか。記憶にあるゲームの主人公は、変身しても最初は人型の形態を取る事がままあった。今の自分もそれと同じ、所謂“中間形態”の状態なのではないか。そして、それならば“できる”んじゃぁないのか?
リュウは静かに目を閉じ、自分の中を探るように意識を内側へと向けた。自分の中に眠る切り札。生物の頂点とも言えるあの存在へと姿を変える方法。
即ち、【竜変身】を求めて。
「ナギお願い! あと少しでいいから時間稼いで!」
「お、おい!」
目を閉じたままナギに言い放つと、リュウは“スイッチ”よりもさらに奥深くへと意識を巡らせた。どうすればいいかはわからない。わからないけど、きっとある。それは只の期待か、もしくはそうならば良いという希望か。突然棒立ちになった姿は、傍からは現実逃避のようにも見える生の放棄だ。だがある種の予感めいたものが、リュウに半ば確信を抱かせていた。
きっとある。強大な力が。身の内に眠るの力の結晶が。それこそが本当の“変身”。リュウはまるで昔から知っているかのように、その場所へと辿りついた。次第に見えてくるそれが何なのか、直感でわかった。
(……これだ!)
認識すると同時に覚醒を始めるその“力”。今までとは違う、文字通りの巨大な力。時間がない。後先考えてる暇は無い。
(……これしか……ない!)
リュウは目を開けるとナギの前に盾になるように立ち、そして胸に着けていたドラゴンズ・ティアの鎖を引き千切って、ナギに向けて放り投げた。
「ナギ、それ持ってて! んで、そしたらこの障壁解いて、自分だけを全力でガードしてて!!」
「!? おいちょっと待て!! んなことしたらお前が……」
「いいから!」
ナギは片手でリュウが放ったドラゴンズ・ティアをしっかり受け取ると、リュウを見て息を飲んだ。何だコレは。この気配は今まで感じた事がない。何をするつもりなんだ。混乱するナギの前で、リュウは両手を腰溜めに構えて目を瞑る。自分の奥深く、力の結晶を呼び起こす為に。
【フレイム】炎
【プロテクト】防御
【シャープ】特徴強化
【グロース】能力強化
リュウの中で覚醒した強大な龍の力の流れが、奔流となってリュウを包み込む!
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁあ!!!」
渾身の咆哮と同時に上空から魔族の群れを突き破り、リュウに紫の雷が振り注いだ。リュウを中心に、黒い半球状の巨大なドームが広がる。表面には見たことも無い魔方陣が浮かび上がり、闇夜を静かに照らし出していた。
「うぉ!? な、なんだ!!?」
ナギはリュウに言われた通り自身の体だけを最大の魔力障壁で覆い、雷の衝撃を防いでいた。杖を持っていない手には、リュウのアクセサリーをしっかり握っている。突然自分の回りが暗くなり、周囲からの攻撃も届かなくなった。何がなんだかわからないが、しかしこの現象には不思議と敵意を感じない。
「!!」
再び魔族達からの攻撃が始まる。突然の雷に一瞬怯んだが、よく見れば少々特殊な障壁の様なものが展開されただけ。恐れる事は無い。魔族の軍勢は突如現れた巨大なドームに対して、執拗に魔力弾を放ち続ける。
ピシッ
黒いドームにヒビが入った。軍勢の内、誰とも無く「勝った!」という空気が流れ、魔力弾の雨はトドメを刺そうとさらに強力な嵐となっていく。
ピシッ!
ヒビがさらに大きくなる。もう一息で割れる。執拗なまでに魔力弾が集中する。所詮は人間。やはり自分達魔族の敵ではない。これでトドメだ! その場に居る全ての魔族がそう思い、まさに今、黒いドームが割れようとした瞬間……
グ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ !!
咆哮。
……否。
それは衝撃波だった。放たれていた大量の魔力弾は全てが押し返され、至る所で爆発を起こす。地の底から響くような巨大な咆哮を放った元凶。砕け散った黒いドームの中心。一斉に、そこを魔族たちが見やる。
「!!」
そこには居たのはドラゴン。
全長30メートルはあろうかという、真っ赤な鱗に身を包んだ巨大なドラゴンが、静かに魔族の軍勢を見据えていた。
「あ……」
傍らに居るナギはドラゴンを見上げて絶句していた。黒いドームがヒビ割れ、もう駄目かと思った時、耳を劈く咆哮が響いたと思うと……そこにはドラゴンが居た。
「リュウ……か?」
ナギは、遭遇したことこそないが、知識としてドラゴンがどういう生物かは知っている。一般的なその強さも。だがこの目の前のドラゴンは、自分の知るそれとは一線を画す存在だと一目でわかった。魔法世界に居ると言われる古龍(エンシェント・ドラゴン)。見たことは無いが、吸血鬼の真祖と並ぶ最強の生物。目の前のコレがそうなのか? いや、それ以上? いくら考えを巡らせても、正体がリュウであるということだけしかわからなかった。
≪ナギ、背中に乗って≫
「え?」
≪早く!≫
「あ、ああ」
突如として頭に響いた声に混乱しながら、ナギは目の前のドラゴンの背に飛び乗った。今の声は、間違いなくさっきまで隣に居たリュウのものだ。ナギは、その広い背に乗った時点で自分の心に安心感が芽生えたのを感じた。負ける訳が無い。理由も無く、そう思った。
≪障壁張ってなよ!≫
「え? おお!? ……おわぁぁぁぁあ!?」
巨体が動きだす。一対の翼を広げ、羽ばたくと凄まじい風が吹き荒れる。次の瞬間、ドラゴンはその場から消えていた。魔族の大群は、一瞬にしてはるか上空へ舞い上がったドラゴンに目を奪われた。
が、
「たかがドラゴン一匹」「こっちはこの数だ、どうってことない」「捻り潰せ」
魔族の生物としての本能が激しい警鐘をならしているにも関わらず、それを数とプライドで頭の隅に追いやり、次々に後を追うべく空を飛んでいった。
≪来た……≫
ドラゴンははるか上空で静止し、眼下を見下ろしていた。視線の先では、自分目掛けて魔族の軍勢が我先にと殺到して黒い柱のようになっている。徐々に下方から魔力弾が飛び荒れてきた。
≪……≫
今、リュウの胸にドラゴンズ・ティアはない。そしてこの力はドラゴナイズドフォームよりも数段圧倒的な力である筈なのに、何故か心は落ち着いていた。
≪……≫
息を吸う。そこが肺であるかはわからないが、体内で荒れ狂う炎の力と混合されていく。どうすればいいか。もうわかっている。コレを吐き出すだけ。この力は、多分負けない。
≪行くぞ……!≫
狙うは迫り来る魔族の大群。腹から喉へ、喉から口へ。体内を駆け巡る炎の力はただ一点の出口を求める。そしてリュウは、しっかりと狙いを定め……猛る力の奔流を、解き放つ!
≪ドラゴン……ブレス!!!≫
———それはまるで、光で出来た塔のようであった。
「……!」
「!!?」
「……っ!」
———辺り一帯を、昼であるかのように明るく照らし
「!…っ…!」
「ッッ!!」
「!!!」
———殺到していた魔族達を次々と巻き込んでいくその炎は
「!???」
「!!!!」
「ッ——」
———数多に昇る断末魔の叫びすら飲み込み、太陽の如き灼熱を持って全てを焼き尽くすのだった。
*
「うっ……」
瞼が光に刺激され、薄らと眼が開く。視界に入ったのは安っぽい天井。意識が覚醒していくと同時に体の節々から痛みが込み上げてくる。だがどうやら、致命的なモノではないらしい。
(あ……俺……は……?)
そこでようやく、リュウは自分の置かれている境遇に気が付いた。一か八かの竜変身を行い、魔族の大群をドラゴンブレスで焼き払ってからの記憶が無い。
「お? 相棒、気がついたみてぇだな」
突然響いた声に反応し、リュウは身体を起こそうとした。
が、途端に良くわからない痛みが全身を貫いたので、とにかく顔だけをそっちへと回す。
「……ボッシュ……?」
そこに居たのはリュウの相棒を名乗るフェレット、ボッシュだ。そのボッシュはどことなく怪訝そうにリュウの方を見ている。
「身体はどうでぇ?」
「ああ、うん……大丈……!? ……ッた。あんまり……動けないかも……」
言われてもう一度身体を動かしてみようとして、やはり同じように全身に痛みが走り顔を思いっきり歪めるリュウ。恐らく竜変身の影響だろうか、とにかく動かそうとすると痛いのだ。
「そうかい、まぁ無理しなさんな」
そんな反応をまぁ仕方なさげに見ているボッシュ。リュウは自分の身体の事もそうだが取り合えず、今のこの状況についての説明を求める事にした。
「なぁボッシュ、ここどこ?」
「んぁ? ああ、ここは……」
と、ボッシュがそこまで言いかけて、狙ったようなタイミングでその部屋のドアが開いた。
「おや、気が付いたようですね」
「おー、リュウ、おめぇ身体大丈夫か?」
ガチャリとドアを開けて入ってきたのは見覚えのある赤い髪の少年と謎の青年。少年の方は言わずもがな。ナギ・スプリングフィールドだとわかったリュウだが、もう一人の若い男は全くの見知らぬ人物である。
「あー……ナギと……? ……えーとスミマセン、そちらは?」
「申し遅れました。私はアルビレオ・イマという者です。よろしくお願いしますね、リュウさん」
そう言って若い謎の男はニコッと笑い、リュウに頭を下げた。
(アルビレオ……? ああ何だっけ「クウネル・サンダース」だっけ? ……まぁいいや)
とにかく敵ではないという事を理解して、リュウは安堵した。何はともあれあの魔族に囲まれた状況から助かったのだから結果オーライである。そう言えば自分はあの後どうなったのか、そして何でボッシュもここに居るのか。そんな疑問を口に出そうとして。
「コーヒーをお持ちしたので、よろしかったらどうぞ」
「……あどうも。頂きます」
いきなり出鼻をくじかれた。痛みを堪えて腕を動かし、ぎこちない動きで差し出されたコーヒーを啜るリュウ。なぜだかその様子を差し出した本人のアルビレオ・イマがニヤリと見つめている。とにかく落ち着いたところで、リュウは改めて問いを投げかけることにした。
「ふう……えーと、イマイチこの現状がわからんのですが」
「なんだ覚えてねーのか? おめーがスッゲェブレスで敵を全滅させた後、お前イキナリ元の姿に戻って気ぃ失ってよ、大変だったんだぜ?」
「それはまた……」
「俺っちは俺っちで相棒達がなかなか帰ってこねぇから近くまで様子見に行ったらよ、ナギっこが相棒を背負っててよ、思わず声掛けちまったんだよな」
「へー」
いやーいきなりボッシュに話しかけられた時はびっくりしたぜ、とナギは笑った。
「それで、そのままナギが私のところまであなたを運んできまして、こうして手当てをしてたわけですよ。まぁ特に目立つ外傷等はありませんでしたけどね」
「そうだったんですか。それはどうも、随分とご迷惑をおかけしたようでスミマ……」
3人からの丁寧な(一部投げやりな)説明で一応自分の立場を理解したリュウは、お世話になった事へのお礼をアルビレオ・イマに言おうとして……その瞬間全身に激痛が走り、顔を思いっきり苦痛に歪めた。
「あ……ううう……」
「あーあー別に礼はいいから寝とけって。なぁ?」
「そうだぜ相棒。ナギっこの言う通りだ」
「……」
リュウは不思議に思った。何故ナギとボッシュはこんなにも親しいのだろうと。いくら何でも気を許しすぎじゃね? とこの空気に妙な違和感を覚えた。
「……なにボッシュお前、妙にナギと仲いいね」
「なんでぇ相棒妬きもちかぁ? 心配すんなよ相棒は相棒だけだぜ?」
「ちげーよボケイタチ。何かミョーに良からぬ気配を感じただけだよ」
そう言うと、ボッシュとナギは互いの顔を見合わせニヤッと笑った。その仕草に「あ、これ絶対何かあるな」と見抜いたリュウ。そんなリュウが説明を求めるより早く、脇に居た優男が一歩前に進み出た。
「ふふ、ではここからは私がお話しますよ」
「おう、頼まぁ」
「あいよ、アルの兄さん」
「……」
(何だろうこの空気……)
リュウが胡散臭い空気を肌で感じているのを知ってか知らずか、アルビレオ・イマは話し出す。
「ボッシュさんに聞いたのですが、何やらリュウさんは天涯孤独の身だとか?」
「え? ああまぁ。そうです」
事実と言えばそれは事実だ。確かに今となってはリュウに家族と言える存在は居ない。
「それでですね。実は私とナギと詠春とゼクト……ああ他の仲間です……で、この度チームを結成しようと思っているのですが……もし良ければリュウさんにもその一員に加わっては頂けないかと」
「…………え?」
「何やら行く当てもないようですし、悪いようにはしませんよ。如何です?」
「はい!? いや……え……俺がですか?」
「はい」
混乱しきりなリュウを前にアルビレオ・イマはめっさいい笑顔を浮かべていた。まるで獲物を見つけた猛禽類か何かのようにキラリとその眼は輝いている。勿論リュウはリュウでゾクリと背筋を震わせて、何か黒いモノを感じたような気がしていたりする。
「いやいやいやいや。だって俺弱いっすよ!? マジで洒落にならんくらい!」
「おや何を仰いますか。ナギから聞きましたよ? 凄いドラゴンに変身して、魔族の大群を一撃で葬り去った、と」
「それは……まぁ……」
証拠を抑えられ言い包められそうになるリュウだが、リュウ個人としてはあまり厄介な事は御免被りたいというのが本音だ。瞬間的に脳内でナギ達の一員に加わる事への打算的計算を行い、メリットとデメリットを叩きだす。0.01秒で「遠慮しようぜ!」と結果が出た。
「いやでもそうそうあの力を使うわけにはいかないし、素の俺はホンット弱いですからお役には立てませんって」
「ああ、それなら心配は要りません。私達全員で、徹底的にあなたを鍛え挙げますから」
「……」
リュウは沈黙するしかなかった。まるで背景にゴゴゴという文字が見えそうなくらいの暗くて重たい圧力。アルビレオ・イマの笑顔がもう真っ黒い別の何かにしかリュウには見えない。
「……いや……でもきっと足手まといになると思いますし……」
……と、そこで煮え切らないリュウの態度に短い堪忍袋の尾をぶった斬った乱入者現る!
「ったく、いいだろリュウ! うんと言え! 俺はお前が気に入ったんだよ!」
「……」
ナギの性格を象徴するような真正面からの勧誘。流石に面と向かって気に入ったとか言われると、ちょっとグラリと心が揺れる。多少なり悪い気はしない単純なリュウである。
「……ふっ。まぁいきなりですし、リュウさんにはリュウさんの都合というものもあるでしょうし……」
「……?」
突然、アルビレオ・イマは明後日のほうを見上げると、そんな殊勝な事を言い出した。リュウの意思を尊重し、話の風向きを変えてくれそうな予感を伺わせる。…………しかしそんな風に人の事を考えてくれる“良い人”であると一瞬でも考えたのは、非常に浅はかだったとリュウは悟る事になった。
「あなたが私たちの仲間にならないと仰るならば、それはそれで仕方ないですが……さて。それでしたら2日ほどのここの滞在料を頂かないといけませんねぇ」
「…………はい?」
彼は何を言ってるのだろう。言わんとしている意味が良く分からない。混乱するリュウの前で、周囲の空気ごと輪をかけたドス黒さへと変貌していくアルビレオ・イマ。気を落ち着かせようとリュウはコーヒーをもう一すすり口に含み……
「そうですねぇ。ベッド占有料とボッシュさんの食事代、それとここまでの運び賃も合わせて……1億頂きましょうか」
……ブフーッ! と盛大に噴き出した。
「なんすかそら!? ボッタクリにも程ってもんがあるでしょ!?」
思わず敬語を忘れて素を披露するリュウの図。叫んだせいか身体の節々に痛みが走る。流石にドラゴンズ・ティアに入ってるお金全部足してもそんなにねーよ、と瞬時に計算する辺り、真面目というか小心者というか。
「おやこれは異なことを仰る。この隠れ家はとても高度な建築技術で作られていて、一流ホテルのスイートルームなんて足元にも及ばないのですよ? ねぇナギ?」
「いやどう見てもその辺の安アパートの一室じゃんココ!」
リュウの突っ込みも何のその。全く気にする素振りを見せず、いけしゃーしゃーとしたり顔のアルビレオ・イマ。視線を送られてその意図を察したナギにも、ベリーブラックな笑みが伝染していく。
「おう、そうそう。いやーしかしそうかー。仲間にならねぇのかー。残念だなー。まぁそれならキッチリ耳揃えて全額払ってもらわねぇとなー」
「ちなみに今あなたが飲んでるコーヒーは一杯……えー百万円です」
「何それ今値段決めたでしょ!?」
何というニヤニヤっぷり。ナギとアルビレオ・イマ両者合わせてリュウの態度を面白がっている。これを腹黒と言わずして何を腹黒と言えばいいのか。逃げ道がぷっつりと遮断されて憤るリュウは、最後の希望とばかりに相棒の方を見た。
「ボッシュ、助け……」
……が、しかし。
振り向いた先に待っていたのは、ドス黒二人と同じく優しく見守る生暖かい眼差しだった。
「相棒、諦めな。人生ってなぁ諦めが大事なんだぜ?」
「……」
まさかのフェレットに人生を語られるリュウ。四面楚歌を身を持って実感したリュウは……とうとう観念した。というか、するしかなかった。
「……わかりました参りました。是非お仲間に入れてください。このとーりでございます」
痛みを抑え、心の中で涙を流しつつ頭を下げる。全身の痛みのせいでちょっとしか下がっていない。
「よし! んじゃ改めてこれからよろしくな、リュウにボッシュ!」
「ではよろしくお願いしますね。リュウさん。ボッシュさん」
「……はい。よろしくお願いします。あと俺のことはリュウでいいです……」
「俺っちもさん付けなんて痒くっていけねぇや。ボッシュでいいぜ」
「そうですか。では私の事も気軽にアルとお呼びくださいね」
もう観念したしどうにでもなれー的な感じのリュウである。ボッシュはもうとっくに懐柔されていたようで非常にあっさりだ。おのれー、と若干恨めし気味な視線を飛ばす。
「よっしゃ! そうと決まったらそろそろチーム名決めようぜ! 実は1個案があるんだ!」
「……」
凄く楽しそうにそう言うナギ。チーム名、と聞いてリュウはハッとした。自分の知ってる“あの名前”はもう付いているもんだとばっかり思っていたから、少し意外な感じである。
「ナギ。あなた自分が言い出したことを曲げた事ほとんどないじゃないですか。どうせ誰の意見も聞く気はないのでしょう?」
ナギの思いつきな発言に溜め息混じりのアル。失礼な事を言われた様な気もするが、ナギは全然気にしていない。
「まぁな。けど結構いい名前だと思うぜ。その名も【紅き翼(アラルブラ)】! 実はあのリュウのスゲェドラゴンを見て思いついたんだけどな!」
「……」
リュウはまたしても意外に思っていた。え、その名前の成り立ちってそうなの? ていうか俺が原因!? と聊か困惑気味である。
「……ふむ、紅き翼(アラルブラ)ですか。なかなか良い名前ですねぇ。ナギの思いつきにしては」
「うっせー。カッコいいだろーが。……で、リュウとボッシュはどう思うよ?」
「え? あ、うん、かっこいいと思う」
「おう、俺っちもなかなかイカス名前だと思うぜ」
二対一で好意的な反応を得て、ナギは上機嫌なようだ。胸を張って腰に手を当てている。
「だろ? さすがお前らはわかってんなぁ。まぁいつかあのドラゴンとも戦ってみてぇってのもあるんだけどな」
「いやいやいやいやないから。ホントマジ勘弁してください」
もうバトルはコリゴリだぜ、と顔を振るリュウ。振動で首が軋む。
「ほう、ナギにそこまで言わせるとは、これは私も是非一度お手合わせ願いたいものですね」
「……勘弁して」
どうやらこの人達、見た目に反して好戦的な人種の集まりであるらしい。ここはアレか? バトルジャンキーの巣か? 俺もしやメッチャヤバイとこ入ったのか? とリュウは内心ドッキドキである
「よし、じゃあそうと決まればとっとと詠春とお師匠を呼びに行こうぜ! 京都へゴーだ!」
「はい」
「おうよ」
「おー……」
こうして、一人だけ何が何やら良くわからないまま、リュウはナギ達が結成した“紅き翼”へと半ば無理やりに編入されるのだった。
続く