新しき民を中心とするメセンブリーナ連合と、古き民を中心とするヘラス帝国との狭間に位置する王国、ウェスペルタティア。その王都である空中都市オスティアは、天然の魔力によって宙に浮かぶ巨大な岩塊――最早島とすら言える規模の大地の上に築かれている。そしてその王族の血筋には、代々“神代の魔法”という特別な力を持つ子供が生まれるという。この国こそ魔法世界の最古から連なる歴史が、最も色濃く残る場所である。
「……」
今、リュウは一人立っている。そこはウェスペルタティアに名立たる風光明美な空中港でも、古き良き時代の彫刻が施された神殿の前でもない。そこは、数ある浮島の位置関係により唯一、万物の根源たる日の光の一切が届く事のない、空中都市オスティアの真下であった。人間はおろか魔物すら近付かない常闇の地。目前には手に宿した魔法の光により浮かびあがる岩山。中央にまるでリュウを誘うように、ぽっかりと口を開けた洞穴が一つ。
「……」
一度対峙したあの女神の気配は、嫌でもリュウの脳裏にこびりついている。それを手繰れば、微かな気配が洞穴の奥へと続いているのは疑うべくもない。リュウは無表情のまま、その先へと足を進めた。リュウの進行を遮る者は居ない。案の定、螺旋階段のように地下へと続く洞穴の中を、只管に進んで行く。
「……!」
気配は僅かずつだが濃くなってきている。どこまでも深い階段を延々と降り、とうとうその終着点に到達すると……続く道の先に明りがあった。目を凝らすと、行き止まりらしき位置に場違いのようにも思える金属質な扉が見える。そしてその扉の前に、一人の優男が立っていた。年若く長身で白髪。スーツを着こなしポケットに手を入れ、顔には薄笑いを浮かべている。リュウは表情を変えないまま、若干の警戒と共にその扉と優男の前へと近付いていく。
男はハッキリと顔のわかる位置までリュウが来るのを待って、話しかけてきた。
「やぁ。初めまして“
「地のアーウェルンクス」
「!」
挨拶を遮ったリュウの先制に、男の薄笑いが一瞬冷める。冷たい瞳に僅かな驚愕の色が灯る。リュウは別に、それを見ても表情を変えない。どこかの重力魔法使いの様に意地の悪い笑みを浮かべもしない。知っているのは当然だ。まんまと誘き出され、喫茶店で顔を突き合わせて、楽しくもないお茶をした間柄だ。尤も、その出来事は“無かった事”となりリュウしかその事実を知らないが。
「……驚いたね。まさか僕の存在まで知っているとは」
リュウは、極力目的以外の事に構うつもりはなかった。……が、しかしこの場所に待ち構えていた様に立っているという事は、つまりアーウェルンクスは女神を守って戦うつもりであるのか。……それとも、ただの冷やかしか。どちらにしろ、障害である事には変わりない。脅しの意味も込めて、リュウは背中のドラゴンブレイドに手を掛けた。
「……」
リュウの瞳に遠慮はない。周りに巻き込む人が居ない以上、いざとなれば手加減をする必要が無いからだ。地下であろうと今のリュウの実力を持ってすれば、生き埋めになどなる筈も無い。アーウェルンクスの言葉如何で、剣は容赦なく振るわれるだろう。リュウの態度に本気を感じ取ると、アーウェルンクスは小さく両手を上に挙げて見せた。
「君と事を構えるつもりはない。僕はただの案内役さ。君が来たら連れて来いと彼女から言われているんでね。ここで君に暴れられても困る」
「……」
アーウェルンクスはそう言うと、脇の壁に付いている機械を操作した。ピッと何かを読み込む音がし、目の前にある機械の扉が中心から別れるように、上下左右へと引っ込んでいく。
「付いてきなよ」
「……」
まるで無防備な背中を見せつけながら、悠然と扉の内部へと進むアーウェルンクス。罠ではない。ここまで来てリュウに不意打ちをしよう等とは、女神も考えていないだろう。根拠はないが、リュウはそう感じていた。
「!」
扉の中はそれまでの洞穴とはうって変わり、とてつもない広さを誇る、科学の発達した近未来の都市の様であった。機械に溢れ、無機質な空間は生命という物を全く感じさせない。魔法世界にある文明とも旧世界の文明とも趣きが異なっていて、その水準は両者よりもはるかに高度に見える。今までに感じた事のない異質な空気が、そこには充満していた。
「ここは、遥か昔の人類が創り上げた都市の一部なんだそうだ。“どこかの種族”と彼女の争いによって滅亡寸前まで追いやられた……ね。彼女はそれを嘆き悲しみ、償いの意味を込めて無事だった部分をここに移送した」
「……」
観光案内をするガイドの様に、アーウェルンクスはこの機械都市の顛末を語りだした。間接的に龍の民と女神の事を揶揄し、リュウに精神的な揺さぶりを掛けているつもりなのだろう。しかしリュウは、既にディースからその話は聞いている。少々驚きはしたが、リュウの表情は変わらない。ただ黙々と歩みを進めるだけだ。
道中、逐一リュウに話し掛けられる一見他愛のなさそうな昔話。巧妙に毒と刺を混ぜ込まれたアーウェルンクスの与太話を無視しながら、リュウはその後を付いていく。しばらく歩いて、とある一際大きな扉の前でアーウェルンクスは歩みを止めた。
「君の一族には、憐れみを覚える」
「……」
リュウの方を振り返り、アーウェルンクスはそう切り出した。憐れみと言ったが、表情からは全くそんな素振りは見られない。単なるおためごかしだとリュウは即座に看破した。そもそもそんな感情が備わっているようにも見えない。
「何しろ彼女によって大多数は滅ぼされ、その最後の生き残りも……ここで彼女の手に掛かるのだろうからね。そしてその流れから逃れる事は出来ない。何とも救いのない、“宿命”というやつだよ」
「……」
恐らく目の前の扉の先に、女神が居るのだろう。気配が段違いで濃くなっている。
「……」
ここまでのアーウェルンクスの揺さぶる様な言動の数々は、彼らの計画がリュウのせいで台無しになった事への、単なる嫌がらせだ。あの喫茶店での話の時、自分でそう言っていたからほぼ間違いないとリュウは見る。この扉の先に進んだら、きっともうコイツとも会う事は無いだろう。そう思ったリュウは、小さな悪戯を思いついた。散々聞かされたどうでもいい昔話への、ささやかな仕返しを。
「今言った……」
「ん?」
「……その、“
「……?」
ようやく反応を示したかと思えば、助言とも反論ともつかない意味不明な事を言いだすリュウ。アーウェルンクスは、不快を露わにした。アーウェルンクス達人形はそれぞれ個別の人格を持つが、それとは別に共通の記憶領域という物が存在する。各々の経験や記憶の一部を、その領域から新たに生み出された人形に引き継がせる事が出来るのだ。今リュウに指摘されたせいで、より鮮明に“
「……フン」
リュウの言葉の意味が全くわからない事と、期待していた反応とは大違いの態度が非常に癪に障る。アーウェルンクスは面白くなさそうに鼻で笑ってみせ、そのまま目の前の巨大な扉を投げ遣りに開け放つと、何も言わずに水の転移魔法で姿を消した。
「……」
開かれた扉の中から、漏れ出す女神の気配が暴風の様にリュウを威圧する。光に満ちていて、内部がどうなっているのかよく見えない。リュウは静かに、その中へと足を踏み入れた。
「っ……!」
あまりの眩しさに目を細める。徐々に光に目が慣れていくと、そこにあったのは……
「これって……」
咲き乱れる花々。
緑が萌える木々。
麗らかな鳥の声。
草を食む動物達。
どこまでも自然に溢れ、機械だらけの都市とは全く逆の生命に彩られた空間。多種多様な生物が穏やかに暮らす、そこはまるで地上の楽園のようであった。
「来ましたね……リュウ」
「!」
リュウの前方。地下である筈なのに空だとしか思えない場所に、女神が浮かんでいた。女神は、そのまま音も無くリュウの前に降り立ち、ナギに向けていたのと同様の優しげな瞳をリュウへと向ける。周囲に居る動物達は逃げようとはしない。むしろ動物達でさえ、彼女に畏敬の念を払っているかのようだ。湧き上がる感情を押し殺し、リュウはその場に不釣り合いな敵意のみで構成された視線を、女神へと向けた。
「ようこそ。ここは“エデン”。……かつてお前達龍の民と私との闘争により、地上から消滅した筈の数多の生物が暮らす聖域です」
女神は、周りに存在するあらゆる生命を慈しむようにそう告げた。機械文明の次は生命。リュウは周囲の動物達を見渡してみる。なるほど、良く見れば知った動物とは細部が異なる姿をしている。その種の生命の系譜の内の、最も上位付近に位置する動物達なのだろう。
「……」
しかしそれらをわざわざ見せ付けて、一体何のつもりなのか。女神は、そんなリュウの疑問を読んでいた様に言葉を続けた。
「お前と私が争えば、今生の世界に存在する生命や文明は、ここに居る生物達の様に歴史の彼方に埋没してしまう事でしょう」
「……」
「お前は龍の民の最後の一人。けれど……ヒトに造られながらも、私と同じ存在」
「!」
リュウが僅かに反応を示す。女神は……ミリアは、リュウが普通の龍の民ではない事に気が付いていたのだ。リュウの正体が自分と同じ、“うつろわざるもの”であるという事に。
僅かに驚きを見せるリュウに対してミリアは……静かに、その白く細い手を差し伸べた。手のひらを上に向けて。まるで道に迷った子供の手をそっと取り、導こうとするかのように。その行為には、悪意の欠片も無い。リュウは、始めて困惑の色を示した。
「何を……」
「私は、お前を赦しましょう」
それはとても優しい、甘美な響きだった。差し出された手を取れば、この世の一切の苦しみから解放されるような。まさに神からの恩赦と呼ぶに相応しい御手であった。
「さぁ、この手を取りなさい。リュウ。忌まわしい龍の力など捨て去り、この場所で私と共に……永遠の時を過ごすのです」
ミリアは、正しく神であった。一片の欲望無き無償の愛。幾度と無く争った龍の民でさえも赦し、あまつさえ共に過ごそうと言う。両者の争いは無益であり、不毛だ。滅ぼすべき相手と言えど、出来るのであれば戦わないのが最善。それはリュウの理念と少なからず重なる部分がある。
「……」
「何を迷う事があるのです。お前も、争いは好まないのでしょう」
ミリアはリュウの思考を読んでいる。その事実を踏まえた上で、これは罠でも演技でもない事がリュウにはわかった。彼女は純粋に、他の生物の平穏を願っている。差し出されたこの手を取れば、それで自分にも未来永劫安息の日々が約束されるのだろう。極上の誘惑だ。思わず手が伸びそうになる。しかしリュウはそれを振り払い、自らの意思を言葉に変える。
「……みんなを……元に戻せ」
「成程、あの者達の事ですね。いいでしょう。お前がここに留まると決断するのなら、すぐに解放すると約束しましょう」
「……」
あっさりと、ミリアは確約した。リュウがここに残れば、仲間達を元に戻すと。リュウは迷う。自己犠牲と言えば、聞こえはいい。それでみんなが元に戻るなら、それでもいいと思ってしまう自分も居る。でも……。
――――リュウの心に、仲間達の事が思い浮かんだ。
今自分が皆を欲するように、きっと皆も自分を欲してくれるだろう。リュウはそれを、自分本位な自惚れだとは思わない。ここで女神の手を取り、その加護の下で只生きる。果たしてソレは、生きていると言えるのか。
……否だ。それではあの悪夢の中、皆が砕かれたのと同じだ。周りから見れば、死んだも同然。そこまでして只生きて……それで一体、何の意味があるというのか。出来るなら無事な皆に会いたい。会って話がしたい。そこに永遠は存在し得ないが、それでもリュウは、皆と共に生きたいと願う。……浅ましい。浅ましい欲望だが、リュウはそう思う。何故ならリュウは、人間なのだから。
「争いが止めば、世界は健やかにある。私達が、今を生きる生命を脅かす事は永遠になくなる。さぁ、リュウ。私の手を取るのです」
「……」
――――リュウは、世界を思った。
確かに、世界を滅ぼせるだけの“力”が自分の中にある事は認める。そしてミリアにもそれと同じか、それ以上の力が備わっている事もわかる。過去に龍の民と女神が、幾つもの文明や生命を巻き添えにしたというのも事実だろう。争わないという選択は、大勢で見れば確実に正しい。
……けれど、とリュウは思う。ミリアとリュウは、見ている目線が違うように思えた。リュウは人として、人同士の戦争を止めたいと思った。ミリアは、自分と龍の民が争う事による影響を考えた。その差に違和感を覚える。つまりミリアは、“ヒト同士が争う事”自体は止めようとしていないのだ。
「何で、お前は“完全なる世界”に手を貸したんだ」
「……。いずれ、この魔法世界は崩壊する。私の可愛い、か弱い人間達は、その時に大勢死んでしまう。人間達の意にそぐわない犠牲は、見過ごせない。私が彼らを救わずして、誰が救うというのです」
そう、全ては人のため。リュウと同じであり、リュウとは異なるミリアの選択。そしてミリアは、魔法世界人をヒトとは認識していない。それが両者の間に横たわる、埋める事の出来ない決定的な差。
ミリアによって全てを奪われた悪夢を経て、リュウは思い知った。リュウの守りたい、守るべき世界とは、“仲間が居る”世界なのだ。小を捨て、大を取るのが種を守るという視点から見て正しいのだとしても、リュウにはそれは選べなかった。リュウは神ではない。ミリアほど傲慢にはなれない。
「……」
アーウェルンクスにも指摘された、知識として知っている魔法世界の崩壊。それを食い止める手立てなんて、リュウ一人では思いつかない。でも、みんなが協力すれば。人間も魔法世界人も垣根を越えて、力を合わせれば。乗り越える方法くらい、出てくる筈だ。リュウにはそう思えた。何故なら、リュウは神でなく皆と同じ、人であるから。同じ目線で考え、その一部として生きているから。それが甘い戯言である事は承知の上で、それでもその可能性の方に賭けたいと思った。
「どうしました。リュウ。お前はヒトなどではなく龍の民。そして私と同じ存在。この聖域以外、真に人々に受け入れられる事など、ないのですよ」
「……」
――――リュウは、ヒトの事を思った。
助けようとした人達に、恐怖の眼差しを向けられた。化け物扱いされた。悲鳴を上げられた。石を投げられた。かつて神皇フォウルに言われた様に、人は異形を受け入れないという事を、リュウは身に染みて理解させられた。
「……」
けれども、リュウはヒトに絶望しない。ヒトは異物を排除する。それがどうした。そんな事ぐらい、百も承知だ。何故なら、自分は人間だから。ヒトの気持ちがわかるから。そして、人がそれ“だけ”ではない事も、リュウは十分に知っている。例えどんな扱いをされようと、それでもリュウはヒトの側に立ち、共に生きたいと願った。
「さぁ、リュウ……」
ミリアが、強くその手を差し出してくる。
手を伸ばせば、これ以上意識も身体も、浸食されるような事は無くなるだろう。
記憶を失う恐怖におびえる事も無くなる。
この女神の御手を取るだけで。たったそれだけで、自分は楽になれる。
「……」
とても長く感じられる数瞬の時を経て。
リュウの手が動いた。
右手が吸い寄せられるように、徐々に上がっていき――――
――――パシッ……と、乾いた音が響いた。
リュウは、ミリアの手を振り払ったのだ。
「!」
「……」
リュウはミリアを拒絶した。色々と、理由を考えた。どちらが正しいかも考えた。多分今まで生きてきた中で、一番考えた。ミリアは、女神である。人間を第一に考え、その生存を脅かす存在を駆逐する。ミリアが旧世界においての“人間同士の戦争”に手を出さないのは、人を愛しているが故。対象が人間である限り、どんな行為であれ包み込み、受け入れ、尊重し、愛おしく思うが故。
愛する事を正義と呼ぶなら、それはまさしく正義であろう。
リュウはその事を理解していた。ミリアの言っている事は正しいという事も分かっていた。自分の良心に問いかけてみても、ミリアが間違っているという回答は得られない。……けれど、同時に自分も間違っているとは、思っていない。
……リュウは、静かに剣を抜いた。
「お前は、自分が何をしようとしているか……分かっているのですか」
女神の纏う空気が変わる。悲しい。寂しい。哀れ。リュウを見る目がそう語っている。そしてその、悲哀に満ちた瞳の奥に、小さな怒りの炎が灯った。しかしリュウは、意思を曲げない。
「……」
「その選択をするという事は……私に剣を向けるという事は……世界に、剣を突き付けるのと……同じだという事が、分かっているのですか」
それでも、リュウは揺らがない。切っ先を、ミリアへ向けたまま。
「お前が、龍の民が……それほど愚かでないと信じています。さぁ、剣を下ろしなさい」
「……」
……結局は、相容れない。それだけなのかもしれない。敵か、そうでないか。その二つしかないのかもしれない。どれだけ言葉を重ねても、言い繕っても、龍の民と女神は、決して交わらない宿命の下にある。それだけの事かもしれない。
ただ……何より。今自分の力を、自らを蝕むこの半身を否定すると。
リュウは、自分が、自分で無くなる様な気がした。
「……可哀そうな、リュウ……」
ミリアの顔から、表情が消える。
大気が震え出す。
とてつもない何かが動き出すような。
漠然とした威圧感が、エデン全域を埋め尽くしていく。
「その……大きすぎる力が……お前を狂わせてしまった」
聖域内の空気が塗り潰される。木々が。花々が。動物達が。幻であったかのように遠ざかっていく。空が消え去り大地が掻き消え、光も音も無くした暗黒の空間が、リュウとミリアをその胎内へと包み込む。それは周囲への影響を最低限に抑えようという、ミリアの愛か。……それとも、怒りか。
「……リュウよ。呪われし、龍の民よ。……話は、尽きました」
リュウの前に、ヒトを愛する女神はもう居ない。これまでのリュウの経験が、本能が、ミリアを前に騒ぎ立てる。存在そのものが、今までに相対した者達とは決定的に違う。スイマー城に襲来した時でさえ、見せたのはほんの極々一部の力に過ぎなかったのではないか。今更のように、そんな疑念が沸き上がる。
「お前の決意が、変わらぬと言うのであれば……」
リュウの背筋を凍らせる、ミリアの冷たい眼差し。リュウは、ミリアから放たれている気配が自分のよく知っている物である事に気がついた。それは自分と全く同じ。即ち“うつろわざるもの”としての力だ。そして同時に理解した。自分と比較して、それはあまりに巨大であった。
「……私は、お前を滅しましょう。他の、多くの生命の為――」
「!!」
ミリアの姿が、闇に溶け込んでいく。
同時に溢れ出す、未だかつて遭遇した事のない巨大な力。
己が切り札としてきた力を、圧倒的に上回る力。
――――私はあえて……鬼神となりましょう……
周囲はまるで宇宙の様に、真っ暗闇な空間となる。重たく冷たい空気が満ちて、自分が立っているのかどうかさえ分からず感覚が狂う。そのリュウとミリア以外の、全てを拒絶する暗闇の中に……徐々に、ミリアの姿が浮かび上がる。
「……っ!」
針のように鋭く、リュウの肌を突き刺す威圧。暗闇から姿を現したミリアの出で立ちは、それまでのような人の姿とは懸け離れていた。
はるかな高み。リュウを見下ろす位置にあるミリアの上半身。両の腕は長大な翼となり、頭部から左右に伸びる大きな角。そしてその腰より下に、大螺旋を描く爬虫類と思しき尾。それはどこまでも下方へと伸び、終わりが見えない。美しさと醜さが同居したその姿はある種妖艶でさえあり、巨大さは問答無用で見る者全てに畏怖の念を沸き起こさせる。
それはまさに、神と呼ぶに相応しい姿であった。
「ウゥ……オオオオオ!」
リュウは悟った。このままでは無理だ。コレは、そういうレベルではないと。浸食が進もうと構わない。リュウは即座に、ドラゴナイズドフォームへと変わる。……しかし。しかしだ。変身した姿を持ってしても、それでも相手と自分との間に大きな隔たりを感じるというのは、初めての経験であった。それ程までに、神と化したミリアは圧倒的だったのだ。
「ウオアァァッ!」
背のバーニアから赤い光を噴出させ、ミリアの巨大な身体へ飛び掛るリュウ。もうあの龍の力を捻じ曲げる杖はない。ならば、先手必勝だ。突撃から、嵐のように繰り出される左右の爪。ヴィールヒ。ウラガーン。タルナーダ。旋風、暴風、竜巻の名を冠する無双の爪の連続攻撃が、次々とミリアの胴体に吸い込まれていく。
「……!?」
海を割り、山を砕き、幾つもの強敵を屠ってきた筈の爪。避けられた事こそあれど、当たればどんな相手にも痛烈なダメージを与えてきた筈の爪。それが…………ミリアには、全く効果が無かった。当たっていない訳ではない。障壁で防がれてもいない。ただ、その皮膚を傷つける事さえ出来ていないのだ。
ミリアは目を閉じ、静かに佇んでいる。
「ク……ッ!」
即座に頭を切り替え、若干の距離を取ると、リュウは両手に力を集中させていく。現れるのは光。かつては青白いものだったが今は浸食の影響により、血の様に紅く輝いている。
「ウオォォォォ!」
極大のD-ブレス。進む浸食の事は頭の隅に追いやり、渾身の一撃が放たれる。紅い極光は暗闇を照らしだし、ミリアの上半身を吹き飛ばすべく伸びていき……。
「ォォォォォ……」
「!?」
リュウのとは違う、甲高い声が暗闇に響く。
ミリアは、息を吐いた。
それはろうそくの火を吹き消す様な、か細い吐息。
それだけで……ミリアの目前へと迫ったD-ブレスは、消えた。
掻き消された。煙のように。
「な……!?」
驚愕するリュウの前で、閉じられていたミリアの眼が、静かに開いていく。
「龍の民よ。お前に命ずる。私の可愛い、全ての生命の為に………………死ね」
リュウは、文字通り神の怒りに触れた。