炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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SOL: ~プロローグ~

 時刻は夜。小奇麗に纏まった8畳ほどの部屋の中で、一人放心している青年が居た。まるで心ここに在らずであるかのようにカーペットの上に足を投げ出し、後ろに両手をついて体を支えている。目の前にあるテレビからは絶えずゲームの音楽が鳴り響き、今か今かとスタートボタンを押される事を待っている。音量自体は大きくなく、耳を澄ませば近くの山からホーホーという梟の声さえ聞こえてくる。普通ならすぐにでもコントローラを握って何かしらのボタンを押すシチュエーションであるが、青年は転がっているそれを一向に拾おうとはしない。

 

「……」

 

 彼は今、そのゲームをクリアしたばかりだった。繰り返されるオープニングは電源を入れた直後なのではなく、クリアしてエンディングを見た後、何とも言えないもの寂しさを感じていた青年が放置した結果である。エンディングの後に始まるオープニングと言うのも、また何とも不思議な感じを与えてくれる。

 

「ふぃー……しかしカプ○ンさんも、もうちょいがんばってくれないかな……」

 

 しばらくして、思考の再起動を果たした青年はそう一人ごちた。彼の名前は立浪(たつなみ) 龍亮(りゅうすけ)。年は今年で19才の極々普通の大学生。この部屋は彼の部屋だが、この家は正確には彼の実家ではない。通う大学が実家から遠く、たまたま学校近くにあった父方の祖父が神主を務めるここ「立浪神社」に下宿という形で間借りしている、と言うのが実態だ。特技は水泳。趣味は釣り・ゲーム・漫画と至って健全な青少年である。

 

 そんな彼は今、のんびりと自分の部屋で趣味の一つであるゲームをしていた。やっていたのはカプ○ン不朽のRPG、ブレスオブファイアの5作目。今のご時世にしては結構な難易度のゲームだったが、悪戦苦闘して辿りついたエンディングには思いのほか感動したらしい。彼は先月の休日に暇だったので中古ゲームショップを巡り、目に付いたゲームを買い込んでいた。その内の一つがこのゲームの2作目。プレイした結果妙に気に入ったので一気に3,4,5作目を纏めて購入したのが先々週の事。

 

 学校から帰宅して即ゲームと言う生活を繰り返した為に3と4はもうクリアしており、これでナンバリングされているタイトルの内、1作目以外は全てクリアしたことになる。1作目をやってないのは単に売ってなかったというだけだ。探したのだが6作目というのが見当たらず、おかしいと思いネットで情報を漁ってみたら、どうやら色々と問題があり次のナンバリングは出そうな気配がないと言う事がわかっていたので、思わず先程の独り言が出ることとなった。

 

「10時か……」

 

 ボーっとしてても仕方がないのでゲーム機の電源を切り、時計を見るとPM10時。寝るにはちょっと早いかな、と考えていると、ふと彼の眼に本屋の袋が目に入った。入っているのは2作目と一緒に買い込んだきり、ゲームに没頭していたせいですっかり忘れていた漫画の新刊数冊だ。手を伸ばし、無造作にほっぽり出されているその袋をガサガサと近くに持ってくると、気合いを入れて袋を開けて中から適当に一冊取る。取り出したそれは某週刊連載の少年魔法先生が活躍する漫画である。

 

「ん……しょっ」

 

 起き上がり、布団が敷かれたままのベッドへバフッと寝転がって準備完了、ページを捲る。どこら辺まで読んだっけな、と記憶の引き出しからストーリーラインを呼び起こしつつ、そうこうしていると瞬く間に時間が過ぎて行くのだった。

 

 さて、唐突だが彼には霊感等と言った不思議な力は一切ない。

 

 彼の友人に自称霊感強いという者が一人居るが、その友人が「この部屋は本気でヤバい」と太鼓判を押した部屋で一晩何も問題なく爆睡できるほどだ。友人からしたらそれの方が特殊能力だと言えるかもしれないが、まぁどちらが“普通”かと言えば圧倒的に龍亮のほうである。要するに今までの人生で不思議な体験など欠片もなかったのだ。しかし、これからもそうだとは限らないと、この日彼は知る羽目になる。

 

……………レ…………コヨ………

 

「?」

 

 何か、聞こえた気がした。

 声だったような音だったような、何度も思い返していると段々と記憶が曖昧になり、外から聞こえた単なる雑音だったような気もしてくる。少し気になり周りを見渡したが、何の変哲もないいつもの自分の部屋以外、特に変な物は見当たらない。

 

「……疲れてんのかな……」

 

 呟いた事でそちらへの思考を打ち切り、特に気にも止めずに漫画を読んでいると……今度は空耳でも気のせいでもなく、誰の耳にも明確に聞こえる声でその行為を邪魔する存在が現れた。

 

「おーいリュウー! おったら返事せーい!」

 

 ドアの向こうの方から聞こえてきた、しわがれた男性の声。年季の入ったその声が、嫌でも耳に届く。

 

「……ったく……」

 

 渋々彼は漫画を読むのを止め、起き上がった。声の主は彼の祖父。彼はその祖父にあまり頭が上がらない。何しろ住まわせてくれている上に食事も一応出してくれるのだ。衣食住のうち二つを世話になっていて、さらにここが神社だからか年寄りを邪険にしたらバチが当たるような気がして、ないがしろには出来なかった。

 

(昔はヤンチャだったってのはウソだよなぁ絶対……)

 

 酔った勢いで過去の武勇伝を語られる事星の数。もう本当に耳にタコが出来る程聞かされている。そんなどう見ても只の飲んだくれジイサンだが、これでも一応祖父で神主で大家みたいなもんだし、と龍亮は玄関まで足を運んだ。

 

「おお、リュウおったか。全く、返事ぐらいせんか」

「なんか用? じいちゃん」

「冷たいのぉ……昔はあんなに可愛かったんに」

 

 どうしてこう身内というのはいつまでも小さかった頃の話を持ち出すのだろうか。いい加減そのネタはやめてくれ。そんな誰もが感じているかもしれない感想を龍亮は心の中で述べ、本読んでる最中に呼ばれりゃじいちゃんだって機嫌悪くなる癖に、と、しきりに目で訴えたりするが通じるはずもない。

 

「はいはいごめん。で何の用?」

「うむ。わしはちっと近所の寄合に行かねばならんから、今日も龍堂のお祈りをしておいてくれんか?」

 

 またか、とさらに聞こえないように心の中で溜息一つ。寄合と言うのは方便で、正体は単なる近所のじいさん達による飲み会である事を彼は知っている。

 

「……りょーかい、やっとくよ」

「おお、さすがはリュウじゃ。ホレ、これやるから頼んだぞ」

 

 立場的に断れない事を知っていて頼んだしたたかな祖父は、そう言って龍亮の手を取ると無理やり小さなお守りを渡してきた。

 

「いやこんなのいらんし」

「こんなのとは何じゃ! よいかこれは我が神社の霊験あらたかな……」

「はいはい、それで時間はいいの?」

 

 いつものように手慣れた話題の誤魔化しで、祖父の注意を逸らす。老人特有の長い話は苦痛の元なので、早々に切り上げさせる術が身に着いている龍亮である。

 

「おお、いかんいかん。じゃ、頼んだぞ」

「いってらっさーい」

 

 棒読みの孫の言葉を聞き終わるや否や、祖父は足早に出て行った。

 

(何個目だっけなこれ……?)

 

 このような事は一度や二度では勿論ない。お祈りを頼まれるたびに同じお守りを渡して同じ事言ってるので最早恒例行事だ。それでも一応お守りだし捨てるのも……と言う事でポケットに突っ込んでおく辺り、小心者である。

 

(めんどくさー)

 

 立浪神社には本堂の脇に小屋がある。そこには地下への階段があり、その先に作られた石造りの地下広場……どちらかと言えば広めの物置のようなものを、彼の家族は“龍堂”と呼んでいる。龍堂の中心には高さ3m程の釜……見方によっては鍋かもわからない大きな器が祀られていた。立浪の者は毎夜必ずこの前でお祈りを捧げなければならないという古いしきたりがあり、忘れると災いが降りかかる等と言い伝えられるが、現代人で霊感0な龍亮にとってはぶっちゃけ眉唾過ぎる話だ。

 

 彼の祖父はこうして龍亮を下宿させるようになってから、ちょくちょく自分に代わりに祈るよう頼んでいた。近頃はその頻度が大分多くなってきており、そろそろ注意するべきか迷う龍亮であったりする。

 

 そんなこんなでだらだら歩いて現場へと到着。パチッと蛍光灯のスイッチを入れ、明るくなるまで若干間の開く古さに苦笑しながら、仕方ないのでいつものように器の前に立って手を合わせて目を閉じる。

 

「……」

 

 特に信心深いという訳でもなく目を閉じてるだけだが、一応お祈りと言えるだけの時間を過ごすとゆっくり目を開けた。

 

「……帰ろ」

 

 いつもの通りにやる事やって、さて帰ろう、と息を吐いたその時だった。

 

 点けていたはずの蛍光灯が、消えた。

 

 まるで目の前数センチに緞帳が下りたように、視界が黒く染まる。明るさに慣れた目は咄嗟に対応しきれず、入口から漏れてくる僅かな明かりも捉えきれていない。

 

 

マ……ドレ……ノ……コ……ハ……タ

 

 

「!?」

 

 聞こえた。即座に龍亮の頭にリロードされる、部屋で聞こえた気がしたあの音。今のは空耳ではない。ハッキリとまではいかずとも、確かに“声”が聞こえた。馬鹿馬鹿しい、気のせい気のせい、と一笑に付すのは簡単だが、そんな風に思い込めるほど龍亮は自分の耳の性能を疑ってはいない。

 

「誰!? 誰かいんの!?」

 

 暗闇に向け、叫んでみる。返事はない。まさか霊感0である俺がこんな現象に遭遇するなんて、と明日学校で友達と会ったら話のネタにするかどうか考えつつ、結論としては信じたくないがポルターガイストか何かだろう、と無理やり納得した。

 

「…………!」

 

 ゾクリと背筋を過ぎる悪寒。これ以上この場に留まって良い事なんかきっと何一つない。さっさと帰る! と大きな器に背を向けた————正に直後だった。

 

 

---マイモドレ……リュウノミコ……トキハミチタ---

 

 

 聞こえた。聞こえてしまった。

 瞬間、部屋の入り口からゴッ! という音と共に物凄い風が吹いてきて、龍亮は足を止めた。

 

「な、なんだよ……コレッ!!?」

 

 あり得ない。こんな事あり得ない。今まで経験した事のない凄まじいまでの風を受け、片足が浮く。

 

「おわっ! ちょっ、待って……ッ!」

 

 とても耐えられるような姿勢ではなく、さらに勢いを増す強風に龍亮は吹き飛ばされた。天井すれすれまで上昇し、人生初体験のあり得ない浮遊状態になった一瞬、理解した。この風は入り口から吹いてきたのではない。背を向けた、龍堂の中央にあるあの器のようなモノが、どういう訳か自分“だけ”を猛烈な勢いで吸い込んでいるんだ、と。

 

 その証拠にチラリと見えた視界の端っこでは、物置きとして放りこまれている箒や土嚢に全く何の変化もないようだった。今まさに自分が吸い込まれようとしている器の、初めて真上から見るそのぽっかりと開いた口の中は、暗さのせいだけではない、とてつもなく深い底なしのように見えた。

 

「うおぁぁぁ!? だ、誰か……」

 

 抵抗さえ許されないまま、まるで見えない何かに引っ張られるように弧を描いて、彼の体は器の中へと吸い込まれていった。すぐに底にぶつかるだろうという彼の僅かな希望と、力の限りに発した助けを求める叫び声は、誰にも届くことなく消えていくのだった。

 

 

 

 

 薄暗い部屋に響く、扉を開ける音。中に佇む一人の白衣を着た老人。謎の文字が映し出されるモニターを操作しているその白衣の老人の傍に、ドアを開けた張本人……深い皺を顔に刻み込んだもう一人の老人が静かに近付いてきた。

 

「ユンナよ。計画は順調なのか?」

「や、これはギシャボルゴ村長。このような場所へいらっしゃるとは。ご機嫌は如何ですかな?」

 

 ユンナと呼ばれた白衣の老人は操作する手を一旦止めて、薄笑いを浮かべながらもう一人の老人に挨拶を繰り出した。

 

「世辞はいい。オマエに言われても何とも思わん。首尾はどうなんだ?」

 

 村長と呼ばれた老人はフンと無愛想にそれをあしらい、自分の用件のみを端的に伝える。ユンナは、村長の態度を気にする素振りも見せず、モニターに目を落とした。

 

「や、これは失礼。そうですな。ボディの方はほぼ完成しております。素の状態では負担が大きすぎますが、高出力の別形態に変わることにより、予定通り貴方方に伝わる魔法全てと、抽出、濃縮されたありとあらゆる“種”の力を発揮出来るでしょうな。要求されたスペックは全てクリア出来ております。ですが……」

「……何か問題が起きたか?」

「や、実はどうにも適応がうまくいかないようでして……今までに49体ほど呼び出して試しましたが、いずれも適応する前に拒絶反応を起こし、肝心要の魂が崩壊してしまうのですよ」

 

 そこまで言うと、ユンナはわざとらしく困った顔を村長へと向けた。

 

「それは仕方ないだろう。いくら適正のある魂とは言え、この身体に順応出来る者がそう居るとは思えん」

 

 村長の回答が予想通りの物であることに、困り顔を元の薄笑いへと変えたユンナは、元々行うと決めていた実験内容をさも許可を取る風に語り出した。

 

「や、それでこのまま適応するまで漠然と召喚を続けるよりは、より確実性があるであろう方法を思いつきまして、次はそれを実行してみたいと思うのです」

「……して、その方法とは?」

「や、今までは魂のみを召喚しておりましたが、その場合どうにもボディとの力の差が激し過ぎる為か、拒絶反応を抑えられませぬ。それならばいっそ肉体ごと召喚し、その全てを一つの魂へと還元させてみようと思うのです」

「……」

 

 ユンナの実験内容を聞いた村長は顎に手をやり、考える素振りを見せる。

 

「……なるほどな。それなら魂の容量が大きく増え、このボディに適応できる……か」

「や、その通りです。しかしそれでも成功するかどうかは五分五分と言った所。まだ犠牲が増えるとなると、いやはや少々心が痛みますな」

 

 村長は、一瞬だけ驚いた顔をした。ユンナからまさかそのようなセリフが飛び出るとは、予想だにしていなかった。セリフとは裏腹に、ユンナの薄笑いは変わっていない。

 

「ハハハハハ! お前がそれを言うか! わしにこの悪魔の提案をしたのは他ならぬお前だぞ? わしにとっては憎きアヤツに一矢報いる力が欲しい。オマエは“うつろわざるもの”を自分の手で創り出したい。この案を飲んだのは互いの利害が一致したからではないか。……今更戯言を言うな」

「……や、そうですな。私も少々疲れているようです。今日はこの辺りで休むとしましょう」

 

 僅かに……ほんの僅かにだが、ユンナの顔に影が差したのを、村長は気付かない。

 

「ふん、構わんが早めに頼むぞ。ないとは思うが、万が一アヤツにココが発見されることもあるやも知れぬ。この計画が漏れては元も子もない」

「や、わかりました。では予定を少し繰り上げましょう。明日には早速先程の実験を行います。では今日はこれで」

「うむ。ではな」

 

 村長は正面にある人一人入れるほどの機械に一瞥くれると、足早にその部屋から出て行った。




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