炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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SOL: ~恐怖の片鱗~

 規則的に包丁がまな板を叩く音が聞こえる。時折どこか辿々(たどたど)しくリズムが崩れるのは、作業者があまり慣れていない証拠だ。さて、ディースの家にて一泊することになったリュウ達。一応世話になるのと働かざる者食うべからずの理論により、本日の夕食は紅き翼が担当する事にしたのであった。

 

 勿論それは表の理由であり、裏では「昼間に見た料理とは呼べない怪しい実験で出来たようなモノを食わされてたまるか!」という全員の意見が一致したことによる。そう言った訳で今台所で包丁を握っているリュウ。現在彼は非常に神経を尖らせている。原因は、真後ろからひょこひょこリュウの手元を覗き見て、隙を伺っている人物のせいだ。

 

「あの、ディースさん。あんまりうろうろしないで貰えないでしょうか。怖いので(危険物混入的な意味で)」

「何よー。いいじゃないのよー。折角のお客さんだし、あたしだって料理作りたいの!っていうかここあたしの家だし! お持て成しとかしたいじゃなーい」

 

 リュウの後ろにはディースがうずうずしながらうろうろしていた。なんでか料理が好きらしい彼女は、隙あらば自分が料理を作りたいらしい。

 

(何入れる気ですか勘弁してください……)

 

 ちなみにメニューはカレーである。あまり料理を作った事はないが、ルーさえあれば誰でも作れて失敗のしようもない究極の安牌。流石にカレーを不味く作れるほどリュウは不器用ではないのだ。

 

 余談だが、リュウが今一人で料理を担当しているのは、単純にジャンケンで負けたからだ。今日初めて知ったのだが、他四人はジャンケンの際、相手の手を出す直前の動きを見て、即座に自分の手を変えて来るというどこぞのハンターのような手を使うのが常識らしい。そんなこと知る筈もないリュウは見事にカモにされたのだった。次はラーニングもしくは両手スイッチ戦法で対抗してやるとリュウは内心で息巻いていた。

 

「これでよしっと。次は……」

 

 慣れない手つきで人参を切り終え、次の食材に取り掛かる。カレーと言えば人参タマネギじゃがいもだ。なのでリュウはじゃがいもを取り出すべくドラゴンズ・ティアに念じる。するとあら不思議、手の上にはヒュパっと瞬時にじゃがいもの姿が。

 

「え? ちょちょっと何今の!? リュウちゃんそれどっから出したの!? え? 手品!?」

 

 突然の事に驚き、ひょいっとリュウの手の上を覗き込んでくるディース。自分で魔法使いだと言ってた割に、なんとも説明心をくすぐるリアクションである。おまけに密着するぐらいに体を寄せられて、何だかとてもイイ匂いがしてくる。思わずそちらに体重を預けたくなったリュウは、寸での所で我に返った。危ない危ない。これは孔明の罠だ。正気を保たなければ。

 

「あー、えっと、今のはこのアクセサリーに収納されてたんですよ。念じるだけで取り出せてすげー便利ですよ」

 

 そう言って芋の皮を向きつつ、リュウはちょっと自慢するように胸元のアクセサリーを指差した。

 

「何それすっごいレアアイテムじゃん! ね、ね、もし良かったらさー、おねいさんにそれ、ちょーっと貸してくれたりしないかなー?」

 

 ディースの興味は料理よりドラゴンズ・ティアに移ったらしい。要約すればよこせと、そう言ってきたのだ。まるで誘惑でもするように身体を摺り寄せてくるのは無意識なのだろうが、もう何とも頬が緩みまくってだらしない顔をしているリュウである。

 

(あぁ……何か柔らかいのが……柔らかいのが肩に……! くっそちくしょう! けしからんぞちくしょう!)

 

 もっとこのぷにゅぷにゅした膨らみを味わっていたいという素直な煩悩と闘いつつ、理性はドラゴンズ・ティアを渡すなと叫んでいる。リュウは心で流す血の涙を呑みこんで、ディースの要求に断りを入れることにした。

 

「残念ですけど、ダメです。俺これがないとちょっとヤバイ事になるんで」

「えー、何よー、このあたしの言うことが聞けないって言うのー? いいじゃないのよー。リュウちゃんのケチー」

 

 ぷくっと膨れっ面でぶーぶー文句を言うディース。狙っている訳ではない完全な素の性格なのだろう。キリッとすればかなり映える顔立ちなのだが、こんな態度を取るとそれはそれで何だか妙に可愛い。いわゆるギャップ萌えというやつである。

 

(くっそう、何だかとってもちくしょう!)

 

 ホントはもっと色々話したりしたいが、悲しきかな、今は夕食の準備中。あんまり遅くなると主にナギが爆発するので、これ以上時間を取られる訳にはいかないのだ。

 

「ほ、ほらディースさん。あっちにカッコいい大人が二人も居るじゃないですか。子供の俺なんかに構ってるより楽しいと思いますよ」

 

 リビングのテーブルには、明日の事について話をしているアルと詠春が居る。非常に残念ではあるが、彼らにディースの相手をしていてもらうのが得策だろう。

 

「あら、そう言えばそうね。あんなイイ男達が居るのに、おこちゃまの相手してる場合じゃなかったわね!」

 

 そう言うとディースは、シュポーンとまるで脱皮でもするかのような速度でリビングに飛んで行き、二人の間の席に収まった。詠春は一気にしどろもどろになり、アルが面白そうにそれを眺めている。

 

「くそぅ……」

 

 俺だってきれーなおねーさんと色々お話したいんじゃー! と、リュウは今、初めて自分が子供の見た目であることを悔い、泣いた。

 

 

 

 

「だー疲れた。ちきしょうやっぱつえーなお師匠」

「フン、当然じゃ。しかしナギよ、もう少し魔力の制御をしっかりしろ。あれでは無駄が多すぎる」

「わーったよ。ったく……」

「いやー、いっつも思うが、あんたらやっぱおかしいぜ色々」

 

 ガチャリと玄関のドアを開け、入ってきたのはナギとボッシュとゼクト。今日山へ行く筈だったのに行けず、有り余るパワーとストレスの発散先を求めたナギが、ゼクトを誘って修行を行っていたのだ。夜ということもあって派手な事は行わず、内容は魔力による身体強化訓練。ぶっちゃけるとただの肉弾戦である。ボッシュは暇だったので、それを観戦をしていたようだ。リュウ特製のカレーがくつくつと煮立ち、完成間近のタイミングで二人と一匹は帰ってきていた。

 

「おお、うまそうな匂いじゃねーか!」

「どうやらちょうど良いタイミングだったらしいの」

「俺っちも腹減ったぜぇ」

 

 二人と一匹は手を洗うと、スチャッと息を合わせたようにテーブルに着席した。食事の用意を手伝う気は全くないらしい。やっぱりね、と溜め息をつくリュウである。

 

「はいはい、せめて食器並べるくらいはしてねー」

 

 リュウはドラゴンズ・ティアから人数分の食器をヒュパッと取り出すと、二人の前に置いた。ボッシュは体の大きさからも無理なので免除である。

 

「へいへい。まーそれぐらいなら……」

「うむ、頑張るのだナギよ。ワシの分までな」

「……何だよお師匠、手伝ってくれよ」

「年寄りをこき使うもんじゃないのぅ」

 

 ゼクトはそう言うと、あからさまに疲れたようにテーブルに肘を付いた。確かにゼクトの見た目はリュウやナギより年下に見えなくもない。そういやゼクトさんの本当の年齢っていくつなんだろう、とリュウが声に出さずに考えていると、ここでそれまで椅子に座ってディースの相手をしていたアルがそちらを向いた。

 

「では私とナギが並べますよ。ゼクトはどうぞ、お好きなだけ座っていてください。お年寄りは大事にしませんと、バチが当たりますからねぇ」

 

 そう言って重い腰を上げるように、立ち上がる素振りをみせる。その顔が、ニヤニヤとどこか人をおちょくるような笑みに見えたのは、いつもいつも被害に合っているリュウだけだろうか。

 

「…………。ワシも手伝おう」

「おや? いえいえ、私とナギがやりますから、ゼクトは座っていて結構ですよ」

「……お主に言われるとな。無性にこう……何というか、な……」

「スゲーよくわかるぜお師匠」

 

 態度を変えたゼクトの様子に、ナギはしきりに頷いている。リュウも見ながらうんうんとゼクトに同意していた。そしてアルは……

 

「そうですか。そこまで言われるのでしたら、お願いするとしましょう」

 

 ……と、まるでこうなる事が分かっていたかのように、何事もなく着席した。そこに浮かぶ、何と言う満面の笑顔。全てはアルの掌の上だとでも言うのか。仲間さえ思い通りに動かす、まさに勝利者の如き佇まいにリュウは戦慄を覚えたような気がした。

 

「だ、誰か……た、助けてー!!」

「でさぁ、どうなの? あなた故郷に好きな人とかさぁ、居るんでしょ? 言っちゃいなさいよぉホラホラ!」

 

 詠春と、その肩にしなだれかかりからかいまくるディースを、皆が文字通りカレーにスルーしているのは言うまでもなかった。

 

 

「はぁー、頂きました。ご馳走様! いやーリュウちゃん料理上手いわねー。羨ましいわー」

「いえ、お粗末様です」

 

 リュウが作ったカレーは好評を博し、ナギは五杯、ゼクトが三杯、ディースも二杯おかわりするという盛況ぶりであった。腹が減っていればなんでも美味いものだが、これだけバクバク平らげられると、作った方としてもなかなか嬉しいものだ。ついつい調子に乗って、自分から食後のお茶まで用意するリュウである。

 

「あたしもさー、以前あんな風に超美味しいおじやを作ろうと気合入れた事あったんだけどね、まぁそん時もちょっとだけ失敗しちゃってねぇ」

「……」

 

 あははー、と笑い話の様に過去の失敗を語るディースだが、周囲の者には笑えない。一体どんな失敗か想像が付かないが、これだけは確実に言える。きっと碌な事にはなってないだろう。

 

「あ、そうだ! まだあの時の残りが物置に取ってあった筈だから、それ見てリュウちゃんアドバイス頂戴よ!」

「えっ!?」

「ちょいと待ってておくれ! 今持ってくるから!」

「ちょっ!? 待っ……」

 

 シュルシュルーっと、リュウが止めるのなんてまったく聞かず、ディースは奥へと行ってしまった。これはヤバイ、下手をすると蓋を開けた瞬間に大爆発を起こす事もあり得る。いきなりのピンチだ。だからといって逃げ出したりしたら、ディースは相当に機嫌を損ねてしまうだろう。そしたらもっと酷い事になりかねない。まさに逃げ場なし。心なしか周りからの視線が痛いと思うリュウである。無言のまま少し待つと、ディースが何やら厳重に封印が施されているらしき容器を持ってきた。

 

「ほう、これは」

「ふむ」

 

 アルとゼクトはその封印らしきモノを一目見て、顔色が変わった。

 

「これよ。さぁリュウちゃん! この中身を見て、是非どこが悪いのか、忌憚なき意見を聞かせて欲しいわ!」

「その前にディース殿、この封印は自らが?」

「ええそうよ、勿論!」

「成る程。流石にご自分で大魔導士(マジックマスター)と名乗るだけはありますねぇ」

 

 二人が言うには、これ程見事な封印術式は今で見た事がないと。魔法というものに深く精通していて、尚且つ高いレベルの物を複数習得し、さらにはそれを組み合わせ、発展させる素養のある者でないと、このような複雑な式は組めないと。両者とも、心底驚いたようにその封印を誉めちぎっている。

 

「ふっふーん。中々見る目あるじゃない。あたしも伊達に大魔道士なんて呼ばれてるわけじゃないのよ?」

「ねーちゃん、たかがこんな封印だけでそりゃ大げさ過ぎだろ」

 

 突然難癖をつけ始めるナギ。アル、ゼクトと違い、ナギは大魔道士(マジックマスター)という二つ名がどうにも気に入らないようだ。そのせいでその名前が出るたび、ムスっと機嫌を悪くしている。自分の方がスゲーんだ、と言いたいお年頃というやつだろう。

 

「ふふん。ナギちゃん、言っとくけど、この程度の封印なんてあたしにとっちゃ序の口よ? 呪文で言えば軽く6〜700は使えるんだからね」

「なんだと!?」

 

 方や数百の呪文を操る魔法使い。方や未だ呪文一つ唱えるのにあんちょこが手放せない魔法使い。傍から見ればどちらが凄いかなんて比べるべくもない。口でも勝てず、ぐぬぬと唸るナギ。

 

「驚いた? ま、確かに見た感じナギちゃんの魔力の量は膨大みたいだけど、そんな程度じゃあたしには勝てないわねぇ」

「……」

 

 ディースの挑発的な流し目。まるでナギのやる気を引き出すような物言いだ。そして、それはナギには効果覿面。一瞬だけディースを物凄い目で睨んだかと思うと、ナギは何も言わず、突然神妙な顔つきに変わった。事実は事実と受け止めるだけの頭が、今のナギにもある。言い返さないのがその証拠だ。勿論、転んだからといってタダで起きるとは到底思えないが。

 

「さーて、気を取り直して。そんじゃリュウちゃん! アドバイスお願い!」

 

 すっかり忘れていたディースの料理に対するアドバイス。忘れていて欲しかったがそんな上手い話があるわけもない。ぶるりと震えるリュウの前で、ディースにより容器の封印が解かれていく。何かとてつもなく重い空気が辺りに満ち、スルッと紐解かれ、蓋が開いた。

 

「……」

 

 全員、目が点になった。怖気(おぞけ)が走るとはこの事か。なんと形容すれば良いのか。真っ黒いゲル状の何かが、ゴポゴポとまるで息でもしているかのように気泡を上げている。闇が凝縮されたかのようなそれは、失敗だとか腐敗等というチャチなモノでは断じてない。これはもっと恐ろしい何かだ。生物兵器の間違いではないのか。あの巨大ゴキブリを見た時に匹敵するほどの鳥肌が、リュウを襲った。

 

(何……コレ……)

「で、どうかな、リュウちゃん」

 

 ディースのキラキラとした瞳は、期待で満ち溢れている。反対にリュウの瞳は色を失い、だらだらと背中から冷や汗が吹き出ていた。ここをこうすればいいんじゃないですか? 等という安易な助言は無理だ。それで事態が悪化したらさらにどうしようもない。手の施しようがない。貝のように口を紡ぐしかない。この物体を食べ物にカテゴライズするのは、最早食べ物に対してとても失礼な行為ではないかとさえ思えてくる。

 

「俺には……無理です……」

「えぇー? リュウちゃんでも無理? 丹精こめて作ったおじやなのになー……」

「……」

 

 おじや。唐突だがリュウは昔の記憶を思い出した。確か、戦闘中に使うと、即死効果のある攻撃アイテムがあった筈。即死魔法ワースと同じ効果を持つその道具の名称が確か……そう、“デスおじや”。

 

「……」

 

 まさに今目の前にある物がそれなのだろう。あの厳重な封印も納得だ。意図せず即死する効果のある道具を作る。これは一種の才能なのだろうか。いっそ攻撃アイテム開発にその壊滅的な料理の才能を存分に発揮して欲しいと心から願うリュウ。そしてディースによる宥める→説得→逆ギレのワルツは、夜が耽るまで続くのであった。

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