「オォォォン!」
「……ふっ!」
姿勢を低く、身を屈める。次の瞬間、直前まで頭のあった位置を巨大な剣が薙ぎ払う。
「オオォォッ!」
「……っの!」
次は真後ろ。縦に振り下ろされた剣を気配だけを頼りに、紙一重の差で横へ跳び、華麗にかわす。
「喰らぇっ!」
「硬っ……!」
「ほほほ、アイトーの装甲を甘く見ない事ね!」
「この……っ!」
剣が通じないと見るや胴体を蹴り飛ばし、反動で距離を取る。その隙を逃さじと迫るもう一体の鉄鬼。巨大剣の一撃を、今度は角度を付けて剣で受け止め、威力の方向を逸らすようにかわす。膝を柔らかく使い、衝撃を受け流すのを忘れない。
(スピードはそんなでもないけど……!)
リュウはラッソ自慢の二体の鉄鬼を相手取り、互角以上に戦って見せていた。相手の攻撃は一発も貰わず、隙を見ては剣撃を試みている。だがそれでダメージを与えられているかといえば、NOと言わざるを得ない。とにかく硬いのだ。スピードは遅くとも、攻撃力と防御力が半端じゃない。仕方なく蹴り飛ばし、又は殴り飛ばし、打撃を積み重ねている。勿論
「どうやらあなた、私の鉄鬼の装甲を貫ける攻撃を持っていないようね。……アイトー! イメカフ! 串刺しにしてやるのよ!」
「……」
ラッソの口元が、サディスティックに釣り上がる。抑えようとしても、リュウに死の恐怖を与えられると思うと自然とそうなってしまう。一層激しくなる両者の攻撃。それを……リュウは僅かに、笑って受けていた。ラッソは気付いていない。リュウの狙いに。少しずつ位置を調整している事に……。
皇城前にて繰り広げられている戦局は、互角であった。数で見れば圧倒的物量で勝っている帝国側だったが、リュウが召喚した炎龍――ラグレイアの存在がそのアドバンテージを見事に相殺していた。フーレンの戦士達の頭上に陣取り、帝国兵に向かって火炎を吐いて絶妙な援護をしている。戦士達の個々の力量が帝国兵を上回っていることもあり、五分五分の状況に持ち込まれていた。
「……チッ、足掻くわね」
戦士達の方とリュウを交互に見て、苛立たしげにラッソは呟いた。鉄鬼二体はリュウを抑えてはいるが、未だまともな一撃を加えられずにいる。兵士達の方も、一進一退の攻防を繰り返している。すぐにでも捻り潰せると思ったのに、無駄な抵抗をする姿がラッソは気に食わなかった。
(後もう少し……)
目の前にいる二体の鉄鬼は、リュウの攻撃を通さない。しかし意思が薄いためか、その攻め自体は単調だ。目的を悟られないように捌くだけの余裕はある。リュウは戦闘に入る直前、ラグレイアにあるお願いを出していた。それはフォウ帝国兵達を気付かれないように、纏めてラッソの周囲へ誘導して欲しい、と言うもの。今も二体の鉄鬼の相手をしながら、タイミングを見計らっていた。これから使う大技の範囲に、なるべく大人数を巻き込めるように。
「! 今だっ!」
「……何をっ!?」
そこへ、待っていたチャンスが訪れた。二体の鉄鬼とさらにラッソが直線上に重なった瞬間。リュウは思いっきり正面の鉄鬼を蹴り飛ばした。一体の鉄鬼がもう一体へとぶつかり、さらにそのまま背後のラッソも巻き込んで転倒、団子のようになる。その周辺に、ラグレイアの炎で密かにやり込められていたフォウ帝国兵達。理想的な形に相手が固まった。
「皆さん、下がって!」
「!」
リュウからの号令に、フーレンの戦士達は素直に従い大きく下がる。族長からの指令もそうだがあの龍を召喚した小さな少年の力を、大きく評価している為だ。そして下がった戦士達の前に、壁になるようにラグレイアが炎を吐く。巻き込まない為の防御壁替わりだ。これでフーレンの戦士たちには被害は及ばない。全ての準備は整った。
「ここだ……ラグレイア! アレをやるよ!」
≪ええ、よくってよ≫
リュウはラッソ達の前から小さくバックステップして、距離を取った。
「うおおおおおお!」
特に意味はない、気合を入れるためだけの雄叫び。そして同時にこっそり自らの体にかけたのは、一時的に攻撃力を高める補助魔法ギガート。そしてその魔法の輝きと共鳴するように唸りながら、ラグレイアの長い体がリュウを包み込むように囲む。
「くっ……何をしているの、早くどかしなさい!」
鉄鬼にのしかかられて動けないラッソ。それを何とか助け起こそうとしている兵士達を前にして、リュウはポーズを決める。足は肩幅より広めにスタンスを取って腰を落とし、左腕は腹の前で何かを抱えるように。右腕は肘を上げて後ろへ引き気味に、掌を顔の横辺りへ。
≪ソレ、何の意味があるの?≫
「特に無いけど、気分!」
顎を引き、自分を囲むラグレイアと共に敵を睨みながらタメを作る。ハッキリ言って、この動作自体には先程の雄叫び同様何の意味もない。が、これからやる技には必須であるのだ。主に気分的な意味で。そして全ての前準備を終えたリュウは、足を揃えて空高く「ジャンプ」! ラグレイアも追いかけるように空へと昇り、リュウを追随する!
「おおおおおっ!」
宙を舞い、リュウを中心にラグレイアが渦を巻くように旋回! そしてリュウはひねりを加えた宙返りを経て、「とびげり」の姿勢を二体の鉄鬼とラッソ達の方へと向ける! これこそリュウの理想であり、思い描いたスキルの形そのもの。即ち、スキルの「合成」!
テラ・ブレイクの成功をヒントに、複数のスキルを同時に使い、組み合わせて昇華させる夢の一人コンボ技。今回のこれは「ジャンプ」+「とびげり」、さらにそこへ竜召喚「炎龍」をプラスする。ただ竜召喚の力を垂れ流すだけよりも、方向性を決めてこのように自分と力を合わせれば、その効果は倍増するのだ。
≪それじゃ……遠慮なく行くわよ!≫
ラグレイアが口に強大な炎弾を溜めながら、「とびげり」の姿勢を取ったリュウの真後ろに来る! そしてタイミングを合わせて狙いを定め、示し合わせたその名を叫ぶのだ!
≪ドラゴン……≫
「ラ○ダー……」
≪「キィィィック!!」≫
ラグレイアの口から放たれる炎弾! それを思いっきり全身に受け、その勢いで急降下! 迫り来る災害のような敵の姿に、兵士達の顔が恐怖で歪む! ただでさえ二種の身体強化を掛けた「とびげり」の威力は鉄板をも容易く貫通するレベル! それに加え、紅蓮に輝く炎に身を包む圧倒的なその様相は、まさに流星的灼熱の
「うおぉぉ!? あっちぃぃぃぃ!!」
が、そんなテストもしていないぶっつけな発想には落とし穴があって当然だ。炎弾の威力は戦いの歌の防御の上からでさえリュウの体を高熱に晒す! 全身に強大な炎を纏い、壮絶な自爆技と化したリュウのキックがラッソ達へと降り注ぐ!
「いやぁぁーー!!?」
ラッソの叫びも空しく、リュウのやっつけ
*
時間はわずかに遡り、リュウ達が今まさに戦闘に入ろうとしている頃の皇城内部。
「こ、こいつは……」
クレイ達は戸惑っていた。目の前には玉座があり、そこに一人の男が座っている。しかし、息は無い。その男は既に事切れていたのだ。
「族長さん、こいつはこの国の……?」
「あ、ああ。皇帝ソーニルだ。間違いない」
「死んで……ますね。どういうことでしょう?」
「私達以外に侵入者が居たのか?」
玉座に深く座り、俯く様に死んでいるのは、紛れもないフォウ帝国の現皇帝であった。死後、まだそれほど時間は経っていない。外傷は見当たらず、死因は謎。一体、何がどうなっているのか。ナギ達がその皇帝の死体に気を取られていると――――
「……はじめまして。皆さん……」
「!?」
――――後ろから、突如として声を掛けられた。最低限の警戒はしていた筈なのに、誰一人、その人物がそこにいつから居たのか気付かなかった。全員が、一斉にそちらを振り返る。
「な、何だてめぇは!」
一切の気配を感じさせずにそこに現れた男は、実に不可思議な出で立ちをしていた。隠密行動を是とするような薄暗い色の上下にやはり暗い色のジャケット。手にはナイフのような釘のような、形容し辛い武器のような物が握られている。
最も奇妙なのはその頭部だ。額から鼻の下までを覆うように、一つの丸いゴーグルのようなものを着けている。顔のそれ以外を覆っているのは白い布。ゴーグルの中心には「目」の模様が逆さまに描かれており、口のあるべき場所にのみ小さな穴が開いている。そして頭には、布の上から複数の釘らしき物体が刺さっていた。
「……」
ナギ達をして、戸惑わせる雰囲気を放つその男。一言で言えば、“不気味”であった。
「お前はなんだ? 何故皇帝が死んでいる?」
「フフ……皇帝陛下は……邪魔でしたので、私が片付けておきましたよ」
興奮したクレイの質問に、男は自分の事を伏せて静かに答えた。族長の迫力は凄まじい筈だが、男は全く動じる素振りを見せない。
「まぁいい。それよりも、エリーナをどこへやった! 力づくでも返してもらうぞ!」
「……あの方は、最上のニエになりますから……今お返しするわけにはいきませんねぃ」
「そうか。なら最早貴様と話す意味はない!」
激昂し、飛び掛ろうとするクレイ。それを制したのは、傍らに居た白髪の少年だ。
「待つんじゃクレイ殿。お主……今“ニエ”と言ったな。それは一体何じゃ?」
「……」
ゼクトの質問は男にとって説明欲をそそられたのか、そこで男は始めて笑みのようなものを見せた。最も、表情等ではなく大よその雰囲気でしかわからないが。
「フフ……そうですねぃ。“ニエ”とは弾。この国でかねてより研究されている“呪砲”の、弾丸のことですよ。“ニエ”に苦痛を与え、その負の感情を呪いへと変換して撃ち出す。そう…………こんな風に」
「!!」
ヴォン、と言う電子音。男の掌の上に、捉えられたエリーナの姿が映し出される。エリーナは金属的な椅子に括り付けられ、ぐったりとしていた。椅子から逃れようともがき苦しんだのか、腕や足には擦れた傷痕が見受けられる。
「エリーナッ!!」
「フフ……」
叫ぶクレイ。男はさも楽しそうに、いつの間にか取り出していたスイッチのようなものを静かに押した。
『あああああーーーっ!!』
その瞬間、画面に映ったエリーナの体に青白い電撃が走った。映像の中の周囲にある機械達が、その痛々しい絶叫を吸い取るかのように妖しい光を帯びる。もう幾度も浴びせられたのだろう。エリーナは抗う事も無く、すぐに気を失った。
「き、貴様ぁぁぁ!!」
「いかん! クレイ殿!!」
そんな様を見せられて、平常心でいられる訳がない。クレイは、我を忘れた。ゼクトの静止を振り切りフーレン族の最大筋力を持って床を蹴り、男へと飛び掛る。
「フハハ……」
だが、男は尚も動じない。釘のような物体の代わりに、いつの間にか男の手に握られている銃のようなもの。その銃口を冷静にクレイへと向けて、躊躇なく引き金を引く。……発射された暗い色の光弾は、クレイの脇腹を貫いた。
「ぐ……ぁっ!?」
「おい!? 族長さん!」
「いけません!」
ドサリと倒れ、撃たれた箇所を抑えるクレイ。アルが近寄り、治療を施そうとする。普通の銃創程度ならば、アルの魔力を持ってすれば数分で完治出来る。だが、その傷を見たアルの表情が変わった。
「これは……呪い!?」
「うぐ……ぐ……」
銃創が鈍い紫色に光り、クレイの顔が苦痛に歪む。徐々に広がる光は、文字通りにクレイの体を蝕んでいく。呪いが広がり心臓まで達すれば、命は無いだろう。
「フハハ……流石は婚約者。あの程度の苦痛でそれだけの効果を発揮するとは……」
「てめぇ! 何しやがった! その銃は何だ!」
怒りに震えるナギにも、男は嘲笑でのみ答えた。楽しい、愉快。このような所業を見せた上で、男からは喜怒哀楽で言えば最後の一つの感情だけしか伺えない。
「……これは“呪砲”の試作品。呪砲はニエにした人物と関係の深い者ほど効果が増す。……例えば、民に慕われている王女の苦しみを弾丸にして、ウィンディアに撃ち込めばどうなるか……。本来なら威力の実験を兼ねて、そこのフーレン族にもニエになって貰う筈だったんですがねぃ」
「!!」
それが、エリーナを攫った目的。フーレンの里で住民を眠らせた理由。二人を攫い、苦痛を与えて呪いの弾にし、二つの国に落とす。フーレンの里で威力のテストをし、ウィンディアが本命。結婚の阻止どころか、一瞬で二国を滅ぼせてしまえる恐るべき計画の全容。
「お前、許せねぇ……」
「こやつは生かしておけんな」
「……斬る」
男の、引いてはフォウ帝国の並々ならぬ非道ぶりは、ナギ達の怒りを買った。魔力が、気が溢れだし、嵐を巻き起こす。
「……その殺気、いいですねぃ。では、はじめましょうか」
男はエリーナの映った画面をフッと消すと、まるで全身から力を抜いたようにゆらゆらと前後に揺れだした。戦闘の構えにしてはあまりに隙だらけだ。攻撃してきて下さいと言わんばかりに無防備過ぎる。だが最早、どんな姿を見せようとナギ達の怒りは止まらない。
「魔法の射手・連弾・雷の199矢!」
先制の魔法の射手。ナギの放った魔法の矢は豪速を持って、一つ残らず男へと吸い込まれていく。それに対して避けようとも防御しようともしない男。そして矢は、両足、両腕、腹、顔、男の五体全てに直撃した。
「痛ひぃぃぃぃ!! ……フ、フハハ……なるほど……いい……いいですねぃ……」
「!?」
まるで自分から食らったような、男の異常行動。全弾モロに食らった男は傷から血を流しながら、それでもただゆらゆらと揺れ続けている。ナギにとって初めての相手だった。何を考えているのか全くわからない。男に対して感じるその“不気味さ”は、燃え上がる怒りに冷水を浴びせかける。
「な、なんだコイツ……!」
「神鳴流奥義! 斬空閃!」
ビュゴ、と斬れ味鋭い飛ぶ斬撃が詠春の刀から放たれる。本家本元の放つそれは、リュウの放つ物とは速度も威力も桁が違う。凝縮された斬撃は、やはり無防備な男の胴体へと直撃した。
「痛ひぃぃぃぃ! ……ぐ……は……」
ズダンと強烈に壁に打ち付けられた男は、敢え無く床へと倒れた。腕や足があらぬ方向へと曲がり…………起き上がる気配は、ない。
「……拍子抜けじゃな」
ゼクトは、倒れて動かなくなった男を警戒したまま呟いた。妙に呆気ない。あの程度で、本当に倒せたのだろうか。だが先程まで男が撒き散らしていた不気味な雰囲気は感じられなくなっている。人体が持つ気や魔力も、今は感じられない。死体のようにピクリとも動かなくなった男。ナギ達は一応の警戒を解かないまま、クレイの方を向いた。
「アル、族長さんは……」
「うぐ……ぐぁ……」
「何とか、呪いの進行は抑えています。このまま私が魔力を放出し続けていれば、しばらくは耐えられるでしょう。早めに治癒専門の術士に診て貰うのが良いかと」
「そうか……」
気は抜けないが、直近の危機は去ったと見て良さそうだ。ナギはホッと胸を撫で下ろす。そしてすぐ、ここに来た目的を思い出してペシっと自分の頬を張った。
「よし、お姫さんを探さねぇと!」
「うむ。二人はクレイ殿を守っておれ。ワシとナギで行く」
「了解です」「わかった」
そう言い残して、ナギとゼクトは城の奥へと入っていった。豪華な絨毯の敷かれた回廊を土足で走り回り、片っ端から部屋を漁っていく。流石、皇帝の住まう居城だけあって、途轍もない広さだ。
「む……あの部屋……!」
「あれは……さっきの映像に映ってた機械か!」
一際目立つ妙な機械が、とある部屋の壁から外に向かって設置されている。エリーナと共に、映像に映っていた部屋にあった機械だ。即座にそこのドアをぶち破り、ナギとゼクトが突入する。中にはガラス越しの実験施設のような小部屋が設置されていて、その中に、椅子に括り付けられたエリーナが居た。
「おい! 大丈夫か姫さん!」
「……うっ……? ……あ、あなたは……?」
聞いた事のない声に呼び掛けられ、エリーナの意識が戻ってくる。一瞬だけ見せた怯えの色は、しかしすぐに消え去った。
「俺達はあんたを助けに来た。族長さんも居るぜ。安心しな」
「! クレイも……!? ……そう……よかっ……」
そこまで言うと、カクンと力尽きたようにエリーナは意識を失ってしまった。
「お、おい! 姫さん!?」
「慌てるでない。気を失っておるだけじゃ。張り詰めていた緊張が解けたようじゃの」
「そ、そうか……とりあえず、アルに診せて怪我を治してもらうか」
「うむ」
ナギとゼクトはエリーナの拘束具を破壊し、背負って元来た道を戻っていく。城内部には、どうやら兵士の類は残っていないようだった。クレイ達の居る玉座の間で合流したら、後はリュウの方を片付けて、それで終わり。……そう思っていた。少なくとも、この時はまだ。
「それにしても……コイツは、やけにあっさりと倒れたな」
玉座の間でナギとゼクトを待つ詠春は、床に倒れた男へと近付いていた。無論、最低限の警戒はしたままだ。あれ程の雰囲気を纏っていた割に、妙に手応えのなかった男が気になったのだ。アルは倒れたクレイの側で、引き続き呪いの進行を防いでいる。
「……。死んでいる……な」
動かない男の脈を取り、確認を取る。そこに生者の鼓動は感じられない。やはり、男は死んでいるようだった。
「まぁいい……ん?」
ナギ達の物と思われる足音が近付いてくるのに気が付くと詠春は立ち上がり、そちらを向く。どうやらエリーナの救出は叶ったらしい。気配からそう察して、思わず気が緩んだ、その時だった。…………死体だったはずの男の顔が、ぐりんと詠春の方を向いた。
「フハハ……強い……強いですねぇ……!」
「!? ……なっ!?」
驚愕。そんな馬鹿な。詠春は突如足元から聞えた声に狼狽した。確かに死んでいたハズなのに。だから、男の動作への対応が一瞬だけ遅れてしまった。ガシッと、詠春は足を男に掴まれた。
「何を……!」
「……【フォルカッション】」
男が呟いたその瞬間、詠春から猛烈なオーラが立ち昇る。神鳴流剣士たる詠春が内包する莫大な気の波動。それが、男の方へと流れ込んでいく。
「ぐぅあああ!? こ、これ……は……!!」
「詠春!」
「フハハ……いい……いいです……もっと……!」
アルの眼前。詠春は強制的に全身の気を吸い出されていた。急速に衰えていく詠春の気配。対照的に男は傷が癒え、存在感を増していき、目の模様の書かれたゴーグルが凛然と輝き出す。既に男の気配は、それまでの詠春と同等レベルにまで達していた。
「え、詠春!?」
「なんじゃと!?」
まさにこのタイミングで、エリーナを背負って玉座の間へとやってきたナギ達の目に、その有り得ない光景が飛び込んできた。男は詠春の足を離しゆったりとした動作で立ち上がると、まるで長い眠りから目覚めたかのようにぐるりと首を回して、その具合を確かめた。
「フハハ……いい……とてもいい……残りの方々にも、私の糧になってもらいますねぃ」
「おのれ……貴様……!」
ヨロヨロと足元が覚束ない詠春。だが気を吸い取られ弱ったといえど、その誇りは流石に神鳴流剣士。男の首を狙い、僅かにもブレない太刀筋で刀を振るう。ギン、という甲高い音が響き……詠春の刀は、男の持つ釘のような武器で容易く受け止められていた。
「!!」
「……あなたには、もう用はないんですよ……」
男の釘が一閃する。先程までの緩慢な動作とは正反対の機敏な動きにより、詠春は男の持つ釘が描く弧を、その体で受ける事になった。
「うっ……ぐ……!」
腹を浅めに抉られた。咄嗟に後方に飛び退いたおかげで致命傷には至らなかったものの、血が噴き出し、痛みが全身を駆け巡る。それに加えて強制的に気を吸い取られた事が影響し、最早一度倒れたらまともには動けそうになかった。
「詠春! 大丈夫か!?」
「ゴホッ……!」
力を吸い取られた。油断はしていなかったが、それでも自分の認識の甘さが招いた失態だ。それだけならばまだ良い。詠春は気付いていた。男はただ気を吸い取ったのみではない。今の一撃を受けて、そう確信してしまった。何故なら……
「今の太刀筋……間違いなく……」
神鳴流奥義、斬岩剣。男が振るった一撃は、詠春の技そのものだったのだ。リュウのように見て覚えた訳ではない。斬岩剣は、男の前では一度も使っていないのだから。控えめに見ても、男が元からの神鳴流の使い手には見えない。にも関わらず放てたという事は、やはり先程の術が原因としか思えない。
「ナギ……気を付けろ……奴に掴まれるな……技を、コピー……され……」
「詠春!」
言い残し、詠春は気を失った。駆け寄るゼクトが抱き起こし、安否を確認する。呼吸はある。傷も深くはない。だが衰弱が激しい。一刻も早く休ませなければ、クレイ同様命に関わる。
「……気が極限まで減っておる……これをヤツがやったというのか……!?」
「て、てめぇ……」
「フハハ……流石は報告通りの力……いい……」
男は、最初からこれが狙いだったのだ。だから、ナギ達をあえてこの城の中に呼び込んだのだ。その力を我が物とする為に。
「アル! 族長さんと詠春と……姫さんも頼む!」
「わかりました!」
「行くぜお師匠!」
「うむ!」
魔力で体を強化し、ナギとゼクトが再び男と対峙する。男の興味は、二人の持つその膨大な魔力だけだ。もしも掴まれてしまえば、詠春のように強制的に力を吸い出され、男は更に強化されるだろう。だが、やるしかない。
「フハハ……あなた達の力も……とてもいいですねぃ……」
一層不気味な雰囲気を醸し出す男へ、ナギとゼクトの二人は攻撃に出るのだった。