深夜。気を失った龍亮がベッドへと運ばれた後。
二人の老人が、大型の機械の前に立っていた。機械に動力の火は既に灯っておらず大きく口を開け、内容物を取り出されたままの姿を晒している。もう、この機械の役目は終わったのだ。
「起動は成功したようだな」
「や、問題ありません。まだ若干魂の定着に不安はあるようですが、じき落ち着くでしょう」
白衣を着た老人ともう一人の老人は、静かに語り合う。もう一人の老人は、物思いに耽る様に、開いた機械を見つめていた。
「そうか。それにしても……ここまで漕ぎ着けるのに8年か。随分と長くかかったものだな」
「や、その点に関しては申し訳ありません。何分私も“龍の力”を侮っておりましたゆえ。素体の調整が何度も必要になりました」
「いや、良い。責めているわけではない。とにかく、これでアヤツに一泡吹かせられると思うと笑いがこみ上げてくるわ……!」
もう一人の老人は窪んだ目にギラギラと復讐の炎を滾らせると、醜く笑った。
「や、まだ力の発現は難しいと思いますが、制御にはそれほど時間は掛からないでしょう」
「ククッ……実に楽しみだ。あの力さえあれば……クククッ」
もう一人の老人の顔に浮かぶのは狂気だった。執念、怨念、遺恨……まるで長年の積りに積もった負の感情を凝縮させたようなその表情は、生きながらにして怨霊のようにさえ見えてくる。
「……」
「……どうしたユンナよ。まさか怖気づいたわけでもあるまい」
黙っている白衣の老人に向け、もう一人の老人から鋭い視線が飛んだ。
「……や、何でもありませぬ。それで、どのように吹き込まれますか?」
「ん? そうだな……適当に神託に従ったとでもでっち上げておけ。内容はお前の好きにして構わん」
「や、わかりました。そのように」
「所詮は自我の失せた操り人形だ。ワシの言うことさえ聞けばどうでも良い」
もう一人の老人の興味はこれから“操り人形”を使って何をするか、その一点のみだった。白衣の老人は、僅かな忌避の視線を込めて、もう一人の老人を見やった。
「……」
「……さっきからなんだ? 報告はそれだけだろう。もう休んで構わんぞ」
「……や、それでは失礼します」
白衣の老人は告げなかった。もう一人の老人の野望……“自我の無い人形”を使ったその野望は、既に破綻しているという事を。
*
「……はー。いやそれにしても美味しかったです。ユンナさん、料理うまいんですねー」
「や、それほどでもありませんよ。一人暮らしが長いものでして。リュウスケ様は料理などされないのですか?」
「一応することはするんですが、それほど美味しくはできないですね」
「や、そうでしたか。何、一人で暮らす時間が多くなれば嫌でも上手くなりますよ」
空き皿の上を飛び交う、穏やかな言葉のやり取り。朝食後に入れたお茶のカップを前にしながら、龍亮と老人は談笑(と言う名の一方的に質問攻め)をしていた。
龍亮は食事中、自己紹介ついでに思い切って自分のことを打ち明けていた。話し方や振る舞いを少年っぽくするのが面倒であったし、何か余計な詮索されて変なことを口走って、妙な誤解を生む前に先手を打ったのだ。
見た目はこうだが自分は本当はごく普通の19才の男であるということを伝えると、老人は一瞬驚いたような表情をしたがすぐに元に戻り「や、世の中には不思議なこともあるものですな」と、それ以降もさして気にする風でもなかった。
そんな穏やかな対応を受け龍亮はホッと胸を撫で下ろした。自分の祖父とは大違いな理解の早い老人の態度に、大分気を緩める事ができたのだ。恐らくは、全くの別世界出身である可能性が高い、ということはいくらなんでも荒唐無稽なので秘密にしているが。
「……」
「や、どうかしましたか?」
「あいえ、何でもないですユンナさん」
老人の名も、龍亮は知る所になった。この老人は「ユンナ」と言うらしい。ある目的の為に世界を転々とする研究者だと自己紹介された。ちなみに何を目的にしているのか、については教えてはくれなかった。
「……」
龍亮は他愛ない会話をしながら、今自分がどういう立場に置かれているのかを整理していた。最も両方を同時になんて器用な事は出来ないので、時折こうして会話が途切れていたりする。
居場所については、ここはユンナの家である事が判明している。だからどうしたと言えばそれまでだが、少なくとも直近の危険は無い場所である事がわかったのは大きい。
そして“天よりうつろわざる龍の御子が遣わされる。其は神の代理なり。丁重に迎えよ”という内容の御神託? とかいう眉唾な代物が3日前にこの村の神官を通して伝わっていたという事。昨日この体になった自分が衰弱しきった状態で、その神託の通りに天から光を纏って降ってきたという事をユンナから聞かされていた。
一度目覚めたあの場所はユンナの研究部屋であり、龍亮が入れられていた謎の機械は、ユンナの研究の副産物である治癒装置だとの事であった。辻褄は合っているので、龍亮は一応納得はしていた。一応というのは、ある一点が気になっているからだ。
「あ、そう言えば聞いてませんでしたけど、ここの村って何て名前なんですか?」
「や、ここは忘れ去られた村、ドラグニールという名前の小さな村ですよ」
「!? へー……ドラグニール……ですか」
「? 何か?」
「あ、いえ……」
龍亮はその単語にかなりの動揺を見せた。自分の記憶が確かなら、つい最近までやっていたゲームに思いっきり存在していた名前だ。何となくそうだったらいいなー、などと思っていた所へ極普通にそんな名前が出た事で、わかりやすいぐらいに狼狽した。
「すみません、あの、恥ずかしながら地理には疎くてどの辺にある村かわからないんですが、よければ国名とか大陸名を教えてもらえませんか?」
龍亮は期待と、恐れのような感情を込めて、そんな質問をした。自分の知っている範囲ならばまだ良いが、全く知らない土地だと不安過ぎる。そんな思いが口を突いたのだ。さあどんな名前が飛び出てくるんだ? と身構える。
「や、まぁ知らないのも当然ですな。何せ“忘れ去られた村”というくらいですから。ここは中国の山奥、秘境と言っても差し支えない奥地ですよ。大陸で言えばユーラシア大陸ですな」
「……って……え? チュウゴク? ユーラシア大陸……ですか?」
「や、そうですが……いかがされました?」
「……え? あー、いえ別になんでもないです。あはは。へー、ここってチュウゴクなんですかー……」
龍亮は愛想笑いを浮かべながら、大きくなった内心の動揺を必死に悟られまいとした。まさか、普通に中国やユーラシアなどというよく知る現実に沿った単語が出てくるとは思っていなかったのだ。反対の意味で予想を裏切られたせいで、龍亮の頭は大分こんがらがってきている。
どうしようかと考えて、取り合えず一旦置いておき、何食わぬ顔で会話を続けることに専念する事にした。
「ユンナさんて世界中周ったんですよね? 逆に行ってない場所ってどこかあるんですか?」
「や、そうですな、歩ける場所で行っていないのは北極くらいかと」
「!?」
結果、龍亮はさらに驚愕する事になった。北極などと言う単語が出てしまった。これはひょっとすると、自分のよーく知っている星と全く同じなのではないか。となると、もしかすると自分の生まれ故郷であるあの国もあるのではなかろうか。そう思った龍亮は、カマをかけてみることにした。
「そう言えば……“日本”って……ここから遠いんですかね……?」
「や、ここからですと、それなりに距離はありますな」
「……」
龍亮は確信した。少なくとも地理や知名に関しては、恐らく自分の知っている物と大差ない……はずであると。だが同時に混乱もしていた。てっきり自分の知るゲームと同じ舞台かと思ったら、夢を壊すように現実的な名前ばかり。まるで小学生時代に遠足から学校へ帰ってきた時のように、急速に萎んでいく非現実感。何かもうよく分からなくなってきていた。
龍亮の頭の上にピヨピヨ鳥が舞っている傍らで、ユンナはチラリと龍亮の後ろにある窓の上に目をやった。
「……や、私としてはリュウスケ様の疑問にまだまだお答えしたい所ですが、そろそろ研究所に行かねばなりませんので」
そういうとユンナは立ち上がり、そそくさと食器を片付け始めた。そこで龍亮はハッとして思考を打ち切り、ユンナの時間を奪ってしまった事に謝罪する事にした。
「あ、すんません。なんか長々と質問ばかりしちゃって」
「いえいえ、構いませんよ」
謝りついでにユンナが見た自分の後ろへと龍亮も目をやる。そこにあったのは時計だった。死角にあったからわからなかったが、自分でもアレが時計だとわかる。なにしろアラビア数字で12個数字書かれているのだ。ちなみに10時を指している。
「や、リュウスケ様は突然このような場所に呼び出されたのですから、混乱なさるのも無理ないでしょう。生憎と、私は研究所に行かなければなりませんが、もしまだ知りたいことがあるようでしたら、村長に会いに行かれては如何ですかな? “神託”についても詳しく聞けると思いますよ」
「……」
食器を洗いながらのユンナからの勧めに、龍亮は考える。確かに情報は欲しいから、村長とやらに会って話を聞いてみたい。だが、とにかくまずはよく分からない周囲の状況を改めて把握するだけの時間が欲しいとの結論に至った。
「ありがとうございます。正直ちょっとまだ色々戸惑ってる部分もあるので、部屋で少し休ませてもらってもいいですか? その後でも大丈夫でしたら会いに行こうかと思いますけど……」
「や、構いませんよ。村長にはそのように伝えておきます。なに、どうせヒマしてるでしょうからな。いつ行っても居ないということはないでしょう」
ユンナはそこまで言うと、洗った食器を手早く乾燥台らしき場所に置き、龍亮に背を向けた。
「や、それでは失礼します」
そしてユンナは、ドアから出て行った。
*
寝ていたベッドのある部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。ついつい二度寝心が頭をもたげて来るがここは我慢しなければならない。龍亮は、一旦情報を整理する為にここまでで判明した事実を列挙することにした。
・日本や中国などが存在している。
・記憶にあるゲームに出てくる地名が存在している。
・自分の居た現実にはありえない科学技術が存在している。
パッと思いつくだけでも以上3点。これらの点から見て、少なくとも龍亮の住んでいた現実には当てはまらない事は確定。もちろん、記憶にあるゲームの物と違う事も確定。そうなると残る可能性は全く別の世界、一番可能性が高いと思われるのが両方が混在した異世界……という線だ。
「……」
龍亮は溜め息をついた。こうなると自分の知ってる知識なんてのも大して役に立たないだろう。直近までハマっていた為ゲームのストーリーを覚えてはいるが、ここがそれらとは違う全くの別世界ならそんな知識は在って無きの如しだ。日常生活における自分の中の常識が通用しそう、と言う点はありがたいが。
それに気になるのはそれだけではない。ユンナのこともある。
「やっぱユンナさんって……あのユンナなのかなぁ……」
そう、「ユンナ」はゲームに出てきた名前の一つだ。その物語の根幹の事件の首謀者で、目的の為なら人体実験も平気で行うマッドサイエンティスト。最終的にもちゃっかり生き残ってて少々腹が立った記憶が龍亮にはある。龍亮が先程の話を丸ごと鵜呑みにしていない理由がこれだった。
「……」
しかし、本当にそうだと断定できるかと言うと、そう簡単にはいかない。ゲームのユンナは少なくとも老人ではなかった。ついさっきまで自分と話していたユンナは、確かに面影はあるもののどう見ても老人だ。そして「老人のユンナ」なんて自分の記憶の中には居ない。この違いからも、早速自分の知っている知識が通用しないという事がわかる。
(取り合えず俺の居た現実とは違うってのは確定で。あとはこの体か……)
龍亮は次に今の自分の身体について考える事にした。ユンナとの会話から、自分に関してもある程度の推測が立っている。
・空から衰弱して光を纏って落ちてきたらしいということ
・姿が少年のものになっていてゲームの主人公と同じ特徴を持っている事
・このドラグニール村に神託が降り、恐らく自分がその「うつろわざる龍の御子」とか言う存在であると思われる事
龍亮は、何というか嬉しいようなこそばゆいような妙な気持ちだった。まさか自分が嵌っていたゲームの登場人物のようになるとは想像……は少ししていたが、こうして現実になるとは思わなかったからだ。不思議な力に導かれて、勇者か何かのようになる、なんて考えただけでワクワクしてくる。
「……」
だが、話してくれたのが他ならぬ“ユンナ”であるということだけが、何か引っ掛かっていた。思ったより親切にしてくれたし、内容が嘘ではないと信じたい気もするが、記憶にあるユンナは真実を隠して都合のいいことだけを言うヤツだったので、疑惑がどうしても頭を離れない。
(うーん、こればっかりは何とも……)
神託云々や自分を運び込んだ等の話はどこまで信用すればいいかわからないので、とりあえず頭の隅に残して棚上げする事にした。
「……」
後、龍亮が気になったのはこの身体になる前の出来事。炎と氷と雷で、まるで肉体を素粒子レベルに分解でもするかのような、あの思い出すだけで嫌な汗が噴き出す恐ろしい空間。おそらくここに来ることになった元凶。今は思い出しても、何とか取り乱すほどではなくなっている。
(単純に考えればワープとかそういうの……かな。でもそうだとするとアレは……)
太陽に燃やし尽くされ、猛吹雪に全身凍結させられ、電撃に感電させられたアレは一体なんだったのか。流石にこれについては、いくら考えても情報が少なすぎてわからなかった。
(……さて、となると最後はやっぱコレだな)
龍亮は、それまでの難しい顔を払拭してワクワクしながら立ち上がった。これまでの自分の推測が正しければ魔法とか魔法とか魔法とか、何か不思議な力がこの世界には存在してもおかしくないと思ったからだ。特に今の自分の見た目はどう見ても不思議な力が使えそうだ。おまけに神託とかいう怪しげなお墨付きまである。
「ん〜」
記憶にあるあの世界には、ご多分に漏れず魔法が存在する。火系の「パダム」や氷系の「レイガ」など、イメージとしてはよくある属性毎に魔法の系統が分かれ、その中で威力毎に名称が異なるというモノだ。
存在する“かも”しれない、という程度の曖昧なものだが、試しもせずに諦めるわけには行かない。可能性が1%でもあるなら挑戦する。それが世の男の子というものだろう。なので龍亮はノリで目を閉じ、よくわからないまま右手を前にかざした。
「……むむむ……」
そして手の平に意識を集中させる。なんか心なしか手が暖かくなってきたような気がしないでもないような。そして龍亮はくわっ! と目を見開いた。
「……パダム!」
……
部屋は、とても静かだった。耳をつんざくほどに。
「何も起きねぇ……」
龍亮は思わずドアの方をチラ見してしまった。もし今の姿を誰かに見られたとしたら、高層マンションの屋上から紐なしバンジーしたい衝動に駆られること請け合いだ。その後も知ってる限りの魔法を唱えてみたが、結局全部何も起こらなかった。度々ユンナが戻って来ないかどうかドアを気にしている辺りは、気が小さいというか何と言うか。
「やっぱそうっすよね。そんなもんっすよね……」
男子たるもの超常の力には憧れるのが世の常である。ましてここは異世界で、今の自分は明らかに不思議な力を宿してそうだ。期待した龍亮を誰が責められようか。
「ま、いいや」
こういう時は気持ちの切り替えが大事である。大体の事を把握しなおした龍亮は、いつまでもここに居ると思わず寝ちゃいそうなので、とりあえず動くことにした。
「取り合えず村長さんとやらのところに行ってみよ」
足取り軽く、部屋を出ていく。龍亮はまだ、心のどこかでふわふわとした非現実感に包まれていた。これは恐らく夢か何かの延長で、まぁそのうち元に戻れるのだろう、と。