炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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3:妖精

 リュウの必殺技Part2により発生した竜巻は、空を覆っていた厚い雲を盛大に散らし日の光を呼び込んでいた。吹き飛ばされた三人は上空で気を失っており、そのままではあわや地面に激突して大惨事となる所であったが、事前にそれを見越して上空に待機していたサイフィスの緩やかな風に運ばれ、ふわりと地上に降ろされるのだった。

 

 三人は気絶し戦闘不能なのだから、勝負自体はリュウの勝ちである。何とかこれで彼女らに妙な噂を流されずに済みそうだとリュウは心底ホッとしていた。その後、リュウは三人が目を覚ますまで待つと、すみませんと先に一言謝ってから、彼女らに負わせた傷を治癒魔法で治すのだった。

 

「アプリフ」

「んっ……」

 

 癒しの光がモモの腕の傷を修復していく。三人とも竜巻に巻き込まれたせいで、あちこちに切り傷を負っていた。申し訳なく思うと同時に、モモの声がちょっと色っぽく聞こえて、不謹慎にもドギマギするリュウである。

 

「……はい、これでもう大丈夫だと思いますよ」

「ありがとーリュウ君」

「いえ、怪我させたのはこっちですから」

 

 既にゼノとアースラの治癒は終えている。勝負を挑まれたとは言え、相手は女性だ。別にフェミニストを気取るつもりは毛頭ないが、女性に手を上げるのはやっぱりやだなーと心理的抵抗を感じるリュウである。

 

「やれやれ……完敗です。紅き翼の力は噂通り、とんでもないのですね」

「私達も、もっと力をつける必要がありますね、ゼノ隊長」

「そうですね……」

 

 一応隠しているつもりのようだが、ゼノの雰囲気が些か刺々しい。アースラは元より、ゼノもそれなりに負けず嫌いなようだ。リュウはそんな彼女達に対して、あははと愛想笑いを忘れない。

 

「……よし、次は勝つからな」

「……え、次!?」

「当然だ。負けっぱなしだなど、私達が許すと思うか?」

「マジすか……勘弁してください……」

 

 アースラがフンと鼻息荒く、三人を代表するように次回の勝負を宣言する。ゼノはともかくモモはあまり気にしてないようなのに、とリュウは思い止まって欲しいという願いを込めて観察している。

 

「あー……えっと……そ、それにしてもモモさんの瞬間移動にはビックリしましたよ。あれって結局どういった仕組みだったんですかね?」

 

 何だか今の話題は非常に都合が悪く感じられたので、リュウは露骨に話題を逸らした。議題はあのモモの不可思議な移動技についてだ。

 

「ごめんねー、企業秘密なのー」

「……」

 

 しかし、一刀両断。若干困った風に首を傾げるモモ。うんなるほど、可愛い。と、思考が脇道に逸れまくるリュウである。

 

「……あ、じゃあせめて、あの技術の名前みたいなモノだけでも教えてもらえませんかね?」

 

 リュウのお願いにモモは視線をアースラへとやる。そのアースラは仕方ないな、という風に溜め息を付いた。

 

「……わかった。まぁ勝者の頼みだしな。あれは特殊な技術の一つで“シャドウウォーク”と言う技だ。やり方までは教えないがな」

「シャドウウォーク……!」

 

 リュウは内心で納得がいったように頷いた。記憶の彼方から該当する名前を引っ張り出す。確か短いワープを行うもので、100%の確率で会心の一撃を当てられるという強力な技だった筈である。

 

(……なるほどね)

 

 “見た”上にどんな技かを思い出したことで、リュウは少し練習すれば自分にも出来そうな感覚を覚えた。しめしめ、とちょっと悪い笑みを浮かべている。

 

「それにしても、あれ程の龍を容易く召喚するとは。一体どういうカラクリなのか……」

 

 ゼノの呆れたような視線がリュウをまじまじと捉えている。常々キリっとしたクールな表情のゼノだが、今のようにどこかふっと気の抜けたような表情も、それはそれでギャップがなかなかいいな、と何だかこのリュウはもうダメである。

 

「そういえば、”紅き翼”には龍を使役する術者が居るという噂も……」

「なるほど、それがリュウというわけですか」

「……」

 

 小耳に挟んだらしいアースラの言葉に、ゼノは頷いている。そんな噂が流れているとは露と知らなかったリュウは、恥ずかしいような嬉しいような、ちょっと微妙な表情だ。

 

「ねー所でリュウ君、あの空中で跳ねるのってどうやってるのー?」

 

 そして他二人とは違い超マイペースなモモ。虚空瞬動が珍しいのか、原理を教えてと上目使いでリュウに迫ってくる。そんなモモに耐え切れず、ダメダメなリュウはあうあう言いながら視線を宙に漂わせるのだった。

 

 その後、リュウ達はシュークの町へと戻りつつ、色々と情報交換をした。その中でリュウはそれとなく”完全なる世界”について尋ねてみたのだが、やっぱりというか、三人ともそんな名前は聞いた事すらないらしい。尤も今の段階で確証などもない与太話を聴かせるつもりはないので、その事については適当に誤魔化したが。

 

 道すがら、注意散漫なリュウから話を振られてうっかり喋ってしまったボッシュにモモの興味が爆発し、とっ捕まって危うく色々調べられそうになったりしたのだが余談なので割愛する。ゼノ達はリュウに負けたのが悔しいらしく、ここを拠点に改めて鍛え直すらしい。そしてリュウは当初の目的に立ち戻り、お金のために適当な依頼を支部で見繕うことにしたのだった。

 

「以上が、現在こちらで取り扱っている以来の内容となります」

「……そうですか」

 

 支部にていくつか漁ってみたが、やはりそこにリュウの期待に沿うような依頼は一つもなかった。倉庫整理だとかコンテナの荷積みとか、果ては逃げ出したニワトリを捕まえて欲しいなんてのばかりである。

 

(ていうか、そういうのはバイトでも雇えっつーの)

 

 リュウは受け付けに依頼の記載された資料を返すと、溜め息を一つ付いてから無言で支部を後にした。そう言えば最近溜め息を付きまくっている気がする。あんまり付くと幸せが逃げるというし、気を付けよう。と、どうでも良い事を考えつつぶらぶらしていると、ポーチの中からボッシュがもぞもぞと顔を出した。

 

「よぅ相棒、どうすんだ?」

「んーどうしよっかね……。まぁこのままっていうのも暇だし、どっかで人助けみたいなの出来ないか情報収集してみようか」

「情報ねぇ……するってぇと……酒場かい?」

「まーね」

 

 リュウとボッシュはウィンディアで働いた経験から、人の賑わう場所には様々な噂が飛び交うという事を学んでいる。特に酒場なんていうのは、色んな噂話が集中するのでこういった場合に持って来いなのだ。そういう訳で、リュウとボッシュは夜を待ってから、町の酒場へと向かうことにした。

 

 日課の基礎訓練を行ったりして時間を潰し、次第に夜の帳が降りてくる。夕闇に家々の明かりが浮かび上がってくる時分になって、リュウは町の酒場までやって来ていた。騒がしさが外まで漏れ出てきているその、ガンマンでも出てきそうなウェスタンドアをキィと開けて中へと入る。

 

 当然だが、中にいる客達の視線が一斉にリュウへと浴びせられた。

 

「あんだよ、ここはお子様の来る場所じゃぁねーぜ!」

「おうおう可愛いガキじゃねーか。おめーみてぇなのはこんな所にいちゃあ、ケツからやられちまうぜ! ハッハッハ!」

「……」

 

 なんとも、酒臭いやり取りによる歓迎である。確かに夜の酒場に十歳程度に見える子供が一人で訪ねてくるとか、場違いも甚だしいのはリュウにだってわかる。しかし仕方ない。どうせ他にやる事がないのだ。酔っ払いうぜーと心の中で念じつつ、リュウは絡んでくる大人を一切無視してカウンターへ向かい、マスターに話を聞くことにした。

 

「あの……」

「君、なかなか勇気があるのはわかったけど、こんな時間にこんな場所へ来るのは感心しないな」

 

 もじゃっとした髭のせいか見た目イカツイ感じの割に、手際良く注文を取って酒を作り、酔っ払いの相手をしつつリュウの方にも気を向けている酒場のマスター。一人で何役もこなしているのは流石の一言だ。酒場の主というのはいつも、無駄にコップを拭いているという偏見をリュウは持っていたが、案外そうでもないらしい。結構良い人そうなマスターに、警戒心が和らぐリュウである。

 

「すみません。ちょっとだけ話を聞かせてもらったらすぐ帰りますので」

「……何かな? 私が知っている話であれば答えるよ」

「えーと……なんかこの辺で妙な事が起きた話とか、誰かが困った話とかないですかね? どんな話でもいいんですが……」

 

 自分で言っておきながら、リュウは自分で何言ってんだと自嘲した。我ながらアバウトにも程がある。しかしそんな言葉足らずな問いかけにも関わらず、マスターはちゃんと考えてくれているようだ。

 

「変な質問だねぇ。うーん……そうだな……困った話…………ああ、そう言えば」

「何かあるんですか?」

「ああ、先日ここへ来た客の一人なんだがね。ここから西にちょいとした花畑があるんだが、そこで妖精を見たって言うんだよ」

「妖精……?」

 

 魔法世界には、どう見ても妖精然とした見た目の亜人も普通に存在している。なので妖精と言われても、現実世界で言われているような摩訶不思議ファンタジー的存在かと言うと、実はそこまででもなかったりする。

 

「そうなんだよ。それでその男、会った妖精に助けてくれ助けてくれって懇願されたってしきりに言っていてね。まぁあの時は相当酔っ払っていたみたいだし、次の日にはケロっと忘れてたから、幻覚でも見たんじゃないかって事になったんだけどねぇ」

「……」

 

 助けを求める妖精と出会ったらしいその男。暇なリュウとしては、中々興味を惹かれる話である。リュウは今の話を深く心に刻み込んでみた。

 

「……はー、何だか不思議な話ですねぇ。……他には何かあります?」

「そうだねぇ、他には……」

 

 その後もリュウは幾つか話を聞いたが、残念ながらこれといって惹かれる特筆すべき話はなかった。しかし流石に酒場のマスターだけあって話自体が上手で面白おかしく、リュウはその巧みな話術に大分笑わせてもらっていた。酒場を出る時には酔っ払いに絡まれても非常に機嫌良く対応し、ジュース代をなけなしの手持ちからちょっと多めに出す程だったという。

 

 そして翌日、リュウは早速酒場のマスターの言っていた花畑へと向かうことにした。話に聞いた男が妖精に遭遇したのは、今の日付から逆算すると五日前になる。困ってる妖精とやらも、それだけ間が開けば問題解決してるかなーとちょっと不安になりつつ道を行く。

 

「なぁ相棒、妖精なんざどうすんだ? もし助けて欲しいって言われたら応じる気かい?」

「ん? ……まーね。もう解決してるかもしんないけど、ちょっと気になるし」

 

 妖精自体も、リュウは話として知っているだけで実際に見た事はない。暇だし、困ってるなら手助けしようかな、と赤毛のリーダーの言葉を実践する意味もある。ついでに言えば、妖精なら問題を解決してあげれば、きっと何かこう面白い道具をくれたりするんじゃないかなー、という昔の記憶からくる打算も働いていたりするが。

 

「……相棒は物好きだねぇ」

「付いてきてるお前もね」

「……違ぇねぇ」

 

 そんな風にボッシュとグダグダ話をしながら歩くリュウ。野原を過ぎ、小高い丘を越えた辺りで、目に飛び込んできた光景にリュウは思わず息を飲んだ。それまで通ってきたゴツゴツした岩場とは、全く不釣り合いな鮮やか過ぎる色彩が一面に広がっている。花畑。隙間も見当たらない程にびっしりと咲き乱れているその光景は、まるでちょっとした楽園に迷い込んでしまったかのようだ。

 

「……」

「……」

 

 サァッと撫でるように吹く風に揺られ、彩り豊かな花の絨毯が波打つそれは、まさしく絶景である。だから、リュウはついぞ気付かなかった。後ろに迫る妖しい気配に。背後からふよふよと忍び寄ってくるフライパンのような物体が振り下ろされ、頭を思いっきり殴打されて気を失う、その時まで。

 

 

 

 

(……痛っ……つ~…………ん?)

 

 ズキンと走る後頭部の痛み。リュウは自分が意識を失っていた事にそこでやっと気がついた。瞬時に覚醒し、ガバッと体を起こす。

 

「! ……あれ? ……えーっと……?」

 

 キョロキョロと、回りを見渡す。不可思議な状況だった。目の前に広がっていた筈の花畑が消え去っている。代わりに見えるのは、茶色く枯れきった草に朽ちた木々。直前まで見ていたあの色彩豊かな光景とのギャップで、まるで世界全体が色褪せてしまったかのような錯覚を覚える。

 

「……どこココ?」

「気がついたか相棒」

 

 茫然としたリュウの言葉に、足元から反応が返ってくる。声に振り向くと、見慣れたフェレットがそこに居た。

 

「ボッシュ、ここって……どこ?」

「さぁな、俺っちも今さっき気がついてよ」

「え、お前も気絶してたの?」

 

 頭を殴られたのはリュウだけだったのだが、その際倒れた方向が悪かった。ちょうど腰に付けたボッシュのポーチをぐしゃりと押し潰すように倒れたのだ。その為、巻き添えを食ったボッシュ共々二人仲良く気を失っていたという訳である。

 

「そりゃ悪かった」

「いいって事よ。相棒が悪いわけじゃなさそうだしなぁ」

「しっかしコレって……」

 

 後頭部に衝撃を受けて気絶し、気付いたら別世界。これはもう間違い無く、妖精さんの仕業だろうとリュウは確信に近いものを感じていた。……何だか頭のおかしい人みたいな考え方だが、悪戯っぽい所や力加減を間違えてるっぽい所、そして花畑で起きたという状況的に、その可能性はとても高いと考えられる。

 

「取りあえず、あっち行ってみようか」

「おうよ」

 

 リュウとボッシュが倒れていた場所は小道の先端、行き止まりのような場所だったので、二人は道なりに進んでみることにする。一応警戒しながらテクテク行くと、さほど歩かないうちに開けた場所に出た。そしてやはりというか、そこに何やら小さな三つの影が集まり、こそこそと相談している様子が目に入った。

 

「ど、どうするのよぅ。勢いで連れて来ちゃったけど……」

「仕方なかったのよぅ。だーれも私達の話聞いてくれないし……」

「そうよぅ。それに生贄として差し出せばいいだけだから、気絶してる今なら楽勝よぅ」

 

 こそこそしているようだが、その内容は後ろに居るリュウとボッシュに丸聞こえである。何か微妙に物騒な単語も聞こえたからには無視するわけにもいかないので、リュウは付きそうになった溜め息を我慢しつつ声を掛けることにした。

 

「あの……もしもし?」

「!?」

 

 三体の妖精が一斉にリュウの方を向く。エラくビックリしたらしい三つの驚愕の眼差しを受け、リュウはちょっとたじろいだ。彼女らの姿は、まさしく絵本で見るような妖精そのままだったのだ。

 

(うわ、本物だよ……)

 

 身長は大体膝くらいまで。三人がそれぞれ赤、青、黄色のふわふわした髪を持ち、その量は身体全体を覆い隠す程に豊かでゆらゆら揺れている。顔立ちは三つ子かと思える程にそっくりで、キラキラした光を背中の羽から放出しつつふよふよ浮かんでいる。

 

「こ、こんにちはよぅ」

「今日はとってもいい天気よぅ」

「ご機嫌はいかがかよぅ」

「……」

 

 そんな妖精達は、いきなり取ってつけたような世間話を始めた。自分達の話が聞かれてはマズイようで、全力で話を逸しにかかっているらしい。服などは当然着ておらず全員素っ裸なのだが、リュウには幼女趣味はないので特に問題はない。リュウはまず、気になっていた事を聞くことにする。

 

「んーと、俺をこのよくわかんない場所に連れて来たのって君らだよね?」

「ち、違うよぅ」

「そうよぅ何言ってるのよぅ」

「何でもかんでも他人のせいにするのはよくないよぅ」

「……」

 

 妖精はリュウの言葉を全力で否定しにかかる。しかし誰一人としてリュウと目を合わせようとしないのは何故だろうか。

 

「……ていうかさ、突然頭殴るのは酷くない?」

 

 その発言にビクッと反応する妖精三人。そして彼女らはさらに明後日の方向を向いた。

 

「そ、そんなの知らないよぅ!」

「そうよぅ濡れ衣よぅ!」

「証拠もないのに言い掛かりはよして欲しいよぅ!」

「ほほぅ……」

 

 リュウは確信した。どうやら彼女らは嘘があまり得意ではないようだ。それはそれで可愛いと思わないでもないが、しかしそれはそれ、これはこれである。リュウはボッシュにチラリと目配せをする。即座に意図を察したらしいボッシュもそれに頷いた。

 

「証拠っていうか、証人ならいるよ」

「おうよ、俺っちが証人だ。確かにおめぇらが相棒を叩く所、ハッキリ見てたぜ!」

「だ、誰よぅどこにいるのよぅ!?」

「あ! そこに居るイタチが喋ってるよぅ!?」

「そんな……まさか見られていたなんて……!」

 

 勿論ボッシュは、リュウがどのように殴られたかなど知る訳がない。だが彼女らならば、こうしてカマをかければ勝手に自滅してくれそうな気がリュウはしたのだ。そして、熟練のパートナーさながらの目による会話でボッシュにそれを実践するよう頼み、その意思はしっかりと通じたのである。

 

「というわけで、君らがやったって事はバレてるんだよね」

「おら、キリキリ吐いちまいな!」

「うぅ……ごめんなさいよぅ」

「無理矢理連れてきたのは謝るよぅ」

「でも仕方なかったのよぅ! 明日が期限なのよぅ!」

「?」

 

 期限とは一体何の事だろうか。切羽詰ったような慌てぶりを見るに、のっぴきならない状況に陥っていそうな事がわかる。謝って貰えたのでまぁ殴られた事は水に流し、リュウはその事情について聞いてみることにした。

 

「期限って何?」

「生贄を捧げる期限よぅ!」

「生贄? 捧げるって……誰に?」

「そ、それは……」

「龍よぅ!」

「……龍?」

 

 胡散くさげな、リュウとボッシュの声が被った。しかし龍とはまた驚きの話である。別に彼女らは、その龍とやらの信望者だとかには見えない。一体その龍は何者なのだろうか。俄かに戦いの予感を感じるリュウ。

 

「その龍って……どんなヤツなの?」

「確か、自分で”地龍”だって言ってた気がするよぅ」

「とってもとっても恐ろしい声で脅してくるのよぅ」

「明日までに生贄を用意しないと、私達みんなソイツに食べられちゃうのよぅ」

「……」

 

 つまり、その地龍とやらが妖精達を脅して、自分の餌になる人間を運ばせようとしていたらしい。リュウは酒場で胸に刻んだ話を思い出す。なるほど、だから助けて欲しいと、通り縋った男に彼女らは頼み込んでいたという訳である。まぁそこまで聞いてしまったのだから見捨てる気にはなれない。

 

「……なるほどね、話はわかった。じゃあその龍、俺が何とかするよ」

「え!」

「本当!?」

 

 そんなリュウのお人好し全開打算少々な発言に、妖精達はそれこそポンと頭に花が咲くかのような表情の変化を見せる。一応リュウからすれば“龍”に対しては色んな意味で縁があるわけで、それに生贄を欲しがるような相手なら、いずれ人里を荒らし始めてもおかしくない。早めに対応するに越した事はない筈なのだ。

 

(……あれ? でも待って、俺じゃ勝てないようなのが出てきたらどうしよう……)

 

 ふと、言った後で頭の冷静な部分が悲観的な憶測を弾き出す。リュウの記憶では、“龍”種の中でも特に最強と言われる存在として、“古龍”というのが居る。もしも万が一そんなのが出てきた日には、勝てる気はあんまりしない。

 

(……そうなったら、こいつら連れて逃げるか……)

 

 と、弱気な結論に達するリュウ。しかしここで、“逃げる”という選択をしない妖精達への疑念がふつふつと湧いてきた。

 

「そういや、君らここから逃げられないの?」

「駄目なのよぅ」

「何かアイツが私達をここに縛ってるのよぅ」

「こことあの花畑の往復しか出来ないのよぅ!」

「……さいですか」

 

 どうやらその地龍とやらが原因で、彼女らは逃げられないらしい。それを聞くと、中々その龍の持っている力は強そうな気がしてくる。

 

(……やべぇ、ちょっと早まったかも……)

 

 己の選択を少し後悔し、背筋に冷たい汗が流れるリュウだった。

 

 

 

 

 地龍を何とかする、という言葉に望みを託す妖精三人により、リュウが案内されてきたのは、それまでいた広場のさらに奥。そこは丸い円上に開けており、一番奥に立派な大樹が聳え立ち、その円の周囲は非常に背の高い草で囲まれているという場所だった。見ようによっては、確かに生贄を捧げるのに相応しいと言えなくもない。

 

「ここで待ってればいいの?」

「そうよぅ」

「待ってればアイツが来るはずよぅ」

「それじゃ、頼んだよぅリュウのヒト」

「いやだから俺はリュウだって」

 

 移動がてらリュウは改めて自己紹介をしたのだが、その際名前がどうも妙な感じで伝わっているようだ。そしてリュウが大樹の前辺りに立ち待機状態になると、地龍が怖いのか三人とも風に乗ってぴゅーっと逃げていった。

 

(しっかし……地竜ねぇ……)

 

 生贄を募って人を食うとか、ちょっと今まで接してきた龍とは趣きが違う。尤もそっちの方が龍としては普通である可能性の方が高いが。リュウはその辺の話を実際の龍から聞くべく、ポケットからカードを取り出して額に近づけた。

 

「申し訳ないけど、誰か“地龍”に心当たりあったりしない?」

≪すまぬ、我にはわからぬな≫

≪私も聞いた事ないわねぇ。ハルは?≫

≪知らないわ! それにしてもあんな可愛い妖精ちゃん達を食べるだなんて、龍の風上にも置けないわねソイツ!≫

「……うーん」

 

 手掛かりゼロ。サイフィス達が知らないとなると、もうこれはぶっつけ本番で戦うしかなさそうだ。

 

(いざとなったらやるしかないかな……)

 

 最悪の事態……その地龍とやらの正体が古龍だと想定して、リュウは気を引き締めた。古龍の大きさは最低でも全長100mはある筈。きっと小手先の魔法や剣技程度じゃ効かないだろうし、そうなると対抗するにはこちらも竜変身するしかないだろう。出会い頭で、その辺の相手の力量を正確に見極める必要があると言う事になる。

 

(出来れば、そんなの出てきませんように!!)

 

 リュウはちょっと弱気に構えつつ、その地龍とやらが来るのを待った。そうして待つ事三十分。緊張の糸が緩みだし、あくびを噛み殺そうとしていたその時。辺りに少しずつ妙な雰囲気が立ち込めてきているのを、リュウとボッシュは察知した。

 

「相棒」

「うん……来たね」

 

 今の所、感じる力はそれほど大きくはない。けれど、油断は絶対にできない。周囲に気を配るリュウ。するとまだ姿形が見えてはいない龍のものであろう声が、リュウとボッシュの鼓膜を震わせた。

 

≪お前が……メシか?≫

「……は、はい?」

 

 思わずリュウは気の抜けた返事をした。確かに妖精の言っていた通り、酷く重い感じの声ではあるが、聞こえた内容が非常にアレである。さらに言えばサイフィス達の様にもっと威厳たっぷりなのかと思いきや、そんな感じは全然受けない。

 

「えっと……地竜さん……ですよね?」

≪お前、食う所があまりなさそうだな……だが、まぁ何でもいい≫

「……」

 

 何だか話が通じてない。本当にコレ龍なのかと戸惑うリュウ。だがそんなリュウの都合など無視し、周囲の雰囲気が明らかに変わった。攻撃的な気配が充満しているのがわかる。リュウはドラゴンズ・ティアからカッツバルゲルを取り出し、大樹を背にして剣を構えた。

 

(どこから来る……?)

 

 仮にも地龍と言うからには、地面から飛び出してくる可能性もある。リュウは正面と足元の地面、そして念のため上にも注意を払い、相手の出方を待つ。そして……脇にある背の高い草の一部が、カサッと揺れた。

 

「……え?」

 

 いやいや、幾らなんでもそんな。仮にも龍がまさかそんな何の捻りもなく草を分けて出てくる訳がないって。と、リュウは気のせいかと思ったのだが……その草むらは、すぐにもう一度ガサリと揺れて音を立てた。

 

「……」

「居るぜ相棒」

「分かってる」

 

 地面から飛び出す訳ではなく、空を飛んでくるでもなく、まさかガサガサ草を分けてココへ来るとは驚きだ。確かに逆の意味で意表は突かれた訳だが。しかしそれでも油断は出来ない。リュウは草むらの方に体ごと向き直り、剣を向ける。すぐそこに居る。恐らく、次には飛び出してくるだろう。まずは相手の力をしっかり見極めなければ。

 

 そして三度目。一際大きく草むらが揺れて……それは、飛び出した。

 

「飯! 飯を食わせろォ!!」

 

 目を血走らせ、よだれを垂らし……そして可哀相な位にゲッソリと痩せ細ったそれは、どこからどう見ても疑う余地のない……ただのトカゲだった。

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