炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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5:工場

「それじゃ旦那、あっしはこの辺で。このご恩は一生忘れねぇですぜ!」

「んな大げさな。まぁ気ぃ付けてね」

 

 リュウに向かって深々と頭を下げ、手を振って去っていくドレイクナイト。リュウ達は今、ようやくあの花畑に戻ってきていた。後で聞いた話だがあの妙な場所は特に異世界でもなんでもなく、この大陸の龍山山脈、その奥地の一角との事だった。つまりはただの転移の様なものらしい。通りでドレイクナイトが入り込めたはずである。

 

 元々はザムディンが寝るために結界を敷き、他者を寄せ付けないようにしていたそうなのだが、長い事放置してたせいで綻びが出来てしまっていた。そこへ妖精達が侵入し、魔物等も居ない良い場所なので住み着こうかと相談していた矢先に、ザムディンの寝ぼけに巻き込まれ出られなくなったそうだ。

 

(こいつら運が悪いにも程があるだろ……)

 

 妖精達の境遇にそんな身も蓋もない感想を抱きつつ、一応口には出さないリュウである。

 

「で、君らはどうすんの?」

 

 傍らにふよふよ浮いてる妖精達に、リュウは問いかけた。三人はチラリとリュウを見ると、いきなり集まってこそこそと怪しい相談をし始める。そして何やら今後の方針が定まると、改めてリュウの方に振り返った。

 

「どうもこうもないよぅ!」

「あの場所も駄目になっちゃったし、行く所ないのよう!」

「出来たらリュウのヒトに養って欲しいよぅ!」

「……」

 

 実にストレートな物乞い宣言。潔いと言えば潔いが、たかる気満々な彼女らをそのまま引き受けるリュウではない。

 

「いや、今まで通り好きなように生きていけばいいじゃん」

「そんなのめんど……た、大変じゃないかよぅ!」

「そうよぅ! どうせなら最後まで責任とって欲しいよぅ!」

「今なら私達三人セットでお買い得よぅ!」

「……」

 

 確かに見た目可愛いのは認めるが、散々あれだけ悪口雑言を垂れ流しておいて、今更ぶりっ子は通じない。それに見るからに何もする気なさそうな穀潰しを養う程の余裕は、今のリュウにはこれっぱかしもないのだ。ここは断固として拒否しなければならない。

 

「相棒、女囲うのも男の甲斐性ってやつだぜ?」

「お前ね……」

 

 口を挟み、ケケケと笑うボッシュ。他人事だと思って実に楽しそうである。まるでどこかの腹黒魔法使いが乗り移ってでもいるかのようだ。しかし当事者本人としては、流石にそこまで面倒は見切れない。まぁこのままポイと見捨てるのも気が引けるのは事実なので、少しは手伝ってやってもいいかと思うお人好しのリュウである。

 

「じゃあほら、少ししかないけどお金あげるから、それでなんとか……」

「ちょっとリュウのヒト、何でもかんでもお金お金って!」

「そうよぅ大事なのは気持ちな筈よぅ!」

「でも貰えるなら貰うよぅ!」

「……」

 

 結局受け取るのかよ。というツッコミを口に出すより早く、取り出していた財布は妖精達によって目にも止まらぬ早さでひったくられた。中身は僅かに三百ドラクマほどだったのだが、抜き取られたのは何と二百九十八ドラクマ。中途半端に二ドラクマ残ったのは、せめてもの良心のつもりなのだろうか。

 

「……」

「ありがとよぅ」

「これで食いつないで、もっと良い場所見つけるよぅ」

「……」

 

 なんかもう怒る気にもならない。ここに来た動機のうち、助けてあげれば何か役に立つ道具とか貰えるのではないかという打算があったが、結果としてさらにお金が減ってしまったというこの状況。やはり邪な気持ちで動くと録な事がないという事を身を持って知るリュウである。

 

「そうだリュウのヒト。これあげるよぅ」

「え? ……ってこれ何?」

 

 何かくれるの? と思ったリュウが妖精から手渡されたのは、掌に乗るくらいの赤い宝石であった。光が内部で乱反射して、非常に綺麗だ。これは結構価値が高そうに思える。

 

「それは“フェアリドロップ”よぅ」

「それを使うと、私達の居る所に転送されるのよぅ」

「たまにでいいから遊びに来てよぅ」

「……」

 

 宝石は妖精達の下へ行ったり来たり出来る転移装置のようなモノだという。しかしそうなるといくら綺麗だとしても、流石に売ってお金にするわけにはいかない。オケラなのは相変わらずだ。一応くれるという事は、それなりに好意的に思われているという事なのだろうか。

 

「……ん、わかった。じゃあたまに見に行くよ」

「お願いよぅ!」

「それじゃ、ひとまずさよならよぅ!」

「じゃあねリュウのヒト!」

 

 すると妖精達は風に乗り、キラキラと光の尾を引きながら何処かへと去っていった。結局ここで手に入ったのはスキル一つと新たな仲間の地龍、そして妖精達との縁。失った物は残りのお金ほぼ全て。まぁそれらは決して比較するべきものではないから、まぁいいかと笑い飛ばして、リュウは花畑を後にするのだった。

 

 

 

 

 妖精達とも別れたリュウとボッシュは、シュークの町の宿で一泊した。そして翌朝目を覚まし、リュウは気合を入れる。宿の代金は前払いしておいたから助かったが、それも昨夜の分までだ。いい加減真面目に金策を考えなければならない。金がないと飛行船の手配すら出来ないのだ。起きたリュウはまず悠久の風支部へ向かおうと、その通り道である朝市のような場所をテクテク歩いていた。弱い潮風が肌をくすぐっている。

 

「しかし、本格的に金がないよなー……」

「……」

「このままじゃそもそもこの町から移動出来ないし……」

「……」

「でもきっとまともな依頼はないだろうしなー……」

「……」

「万が一の野宿に備えて、念のため食料をもっと貯めとく必要があるよなー。でもお金ないんだよなー……」

 

 リュウはブツブツ呟きながら、時折チラチラと腰のボッシュを見ている。明らかに聞こえるように、わざとらしい独り言を繰り返す。そんなリュウの意図をあっさりと見抜いているらしいボッシュは、無言で前を向いている。

 

「あ、お金ないけど食料と言えば、簡単に手に入る方法が一つだけ……」

「……相棒、釣りは禁止な」

「!?」

 

 わかりやすいリュウの思考を先読みし、グサリと釘を刺すボッシュ。相方のフェレットの顔色を伺い、色々理屈を捏ねくり回していたが、要するにリュウはまた釣りに行こうかなと思っていたのだった。野宿なら慣れているし、魚でも食えば飢えは凌げる。どうせやる事もないのだから、少しくらい趣味に時間を割いてもいいじゃないかと。

 

「いーじゃん」

「駄目だぜ」

「……でも」

「駄目」

「……」

 

 ボッシュは釣りの楽しさが全然わからない。リュウが釣っている間ずっと暇なのは勘弁して欲しい。だから反対しまくる。そんなボッシュの気持ちを汲んで、舌打ち一つで諦めるリュウ。自分でも一応そんな事してる場合じゃない事くらいは分かっているのだ。仕方なくこのまま朝の市場を通り抜け、支部へと向かう。明らかにリュウの機嫌は悪くなったが。

 

「……なぁ相棒」

「何だよ」

「機嫌直せや。それより、何か変じゃねぇか?」

「何が?」

「いや周りの店がよ」

「?」

 

 ボッシュに促されて周囲を見る。言われてみれば朝市なのに、何故か売り物が少ないようだった。魚はあるが、それ以外の例えば野菜や果物などを売っているであろう店舗の軒先に、それらが見当たらないのである。朝なのだから売り切れというのは考え辛い。

 

「不作なんじゃないの?」

「昨日辺りまでは普通に売ってたと思うんだがなぁ……」

「そうだっけ?」

 

 まぁそういう日もあるのだろう。今はお金もないのだし特に関係ない。そんなこんなで朝市を通り過ぎた所で、ふとリュウはとある壁にデカデカと貼られたチラシのような物を発見。そこに書かれている文字を目にした途端フラフラと、吸い寄せられるように近づいていく。

 

「お……おお! こ、これは……!」

「あん?」

 

 そこにあったのは、本日午後から釣り場で開催されるという……釣り大会のチラシであった。

 

「ボッシュこれだ! これでお金を貰おう!」

「あーんなになに……釣り大会……シュークの港町に伝わる伝説の海の主、超巨大ホーンドマリーナを釣り上げた方に、賞金を差し上げる……」

「いやぁこれはもう行くしかないね! ていうか参加するしかないね! お金貰えるし! いやぁしょうがないなぁもう!」

「……」

 

 これでお金を貰うという大義名分が出来た。我慢しても顔のニヤケが止まらない。ものっそい機嫌が良くなり超嬉しそうなリュウである。うぬぬと唸るボッシュだが、賞金を貰えるとなれば文句の付けようがない。反対意見がない事を確認して、リュウは軽やかな足取りで参加受付をしているらしい建物へと歩いていく。そしてそこで、元気よくすみませーん参加しまーすと声を上げようとして……

 

「す……」

「あ、居ましたよ隊長!」

「ようやく見つかりましたね」

「おーいリュウくーん!」

「みま…………え?」

 

 ……聞き覚えのある声に呼ばれた気がして、足を止めて振り返る。そこに居たのは先日勝負をしたゼノ達、チーム名“レンジャー”のお姉さん方だった。何やら自分の方に駆け寄ってきて、まるで探していたかのようだ。何だかすっごく嫌な予感がしてくるリュウである。

 

「えと……何か?」

「私達としては不本意ですが、“紅き翼”であるあなたに解決して欲しい問題が起きたそうです」

「も、問題?」

「そうだ。ほら、とっとと支部へ行くぞ!」

「ごめんねー」

「え、あ、そんな、ちょっと……!」

 

 アースラに首根っこを掴まれ、問答無用でズリズリと引き摺られていくリュウ。悠久の風支部はそこからだとまるで反対方向だ。未練がましく腕を伸ばすが、しかし確実に遠のいて行く釣り大会会場。どちらを優先すべきかといえば、一応悠久の風に所属している以上、問題とやらの対処の方だろう。うううと涙目なリュウにボッシュはご愁傷様だぜ相棒、と告げるのだった。

 

 そうして訪れた支部では、多数の職員が慌ただしく出入りしていた。怒声が飛び交い、よほどの事が起きたのだろうと嫌でもわからせられる雰囲気だ。そしてカウンターまで近づくと、リュウの姿を見つけた受け付け嬢が小走りで近寄って来た。

 

「ああ、良かった。噂に聞く“紅き翼”の力を、是非お貸しして頂きたくて探していたのです」

「……何があったんですか?」

 

 一応丁寧語だがほんの僅かにトゲがあるのは、これでもう釣り大会には参加出来ないだろうなという、いわゆる一つの八つ当たりである。

 

「はい、ここから山脈方面へ二kmほど先にある食糧生産工場、通称“プラント”なのですが、そこの責任者であるペレット所長が突然工場内の全機械を停止し、職員を追い出して中へ閉じこもってしまったのです」

「……」

「既に食料の供給が滞り出していて……長く続けばこの町だけでなく、他の近辺の町にも影響が出るのは必至でして……」

 

 そう言えば先程市場を通った時、妙に少なかった野菜や果物の事を思い出す。つまり、その工場で生産されている筈の品物が届いていなかったから、あのような事態になっていたのだ。

 

「所長さんって、そんな事するような人だったんですか?」

「いえ、ペレット氏は研究熱心な方で人当たりも良く、このような行動に出る原因が全くわからない状況でして……」

「……」

 

 首謀者がその所長なのかどうかはわからないが、何かしらのアクシデントが起きている事は間違いない。しかし、このシュークの町には無理矢理乗り込んで行けるほどの手練は常駐していないという事だった。それで万一の事にも対処できるであろう、噂に聞く”紅き翼”に依頼をお願いするということになったのだ。

 

「……わかりました。じゃあ俺、行って見てきます」

「どうか、よろしくお願い致します」

 

 リュウはこの緊急の依頼を引き受けた。頼られる、というのは結構悪くない気分である。名前も売れ始めているし、人助けにも繋がる。受けない理由はなかった。そして早速そのプラントと言う場所へ向かおうとして……リュウの進路を、何者かが遮るように前に立った。

 

「……リュウ、一人では大変でしょう?」

「え?」

 

 ……そこにはキラリとメガネを光らせるゼノの姿が。言葉尻では“でしょう”等と温和に尋ねているが、リュウの肯定の返事を待っているような空気は感じられない。むしろ半強制という言葉が相応しい。

 

「そうだな。工場は広い。とてもリュウ一人で調べられるような規模ではないだろうな」

「あの……」

 

 さらに便乗するアースラ。チャキッと銃を取り出し、戦力アピールをしつつ不敵に笑う。勿論リュウに反論は許さない。別に声に出してそう言ったわけではないが、雰囲気がそう物語っている。

 

「リュウ、ここは一つ私達と共同で対処するというのはどうですか?」

「それがいい。いや、むしろそうしろ」

「……」

 

 彼女らのプライドというか、自分達が居るのに“紅き翼”の方が信頼されているというのが気に入らなかったらしい。笑っているが笑ってない。そんな迫力を放つゼノとアースラ。何だか最近、自分の女運というのはどうなってるのだろうと真剣に考えるリュウである。

 

「でもリュウ君は私達より強いからー、足手纏いにならないようにしないとねー」

「ぐっ……」

 

 勿論彼女らチームの最後の一人、モモも同行する気満々だ。痛い所を的確に突いたセリフにアースラが呻いている。きちんとオチを付ける辺り、中々バランスの取れたチームだなとリュウは思った。そして彼女らが同行する事についてだが、確かに広い工場をリュウ一人で何とかするのは非常に骨が折れるだろう。客観的に見ても、ここは申し出を受けた方が良いと判断できる。

 

「……わかりました。じゃあ、一緒に行きましょう」

「ありがとう。……では行きますよモモ、アースラ」

「了解」

「はーい」

 

 そういうわけでリュウとボッシュはゼノ、アースラ、モモと共に食料生産工場、通称“プラント”へと向かうのだった。

 

 それから数十分ほどして、リュウ達は現場に到着した。工場は険しい山々を背にするように立てられており、無理矢理周辺を開拓したようなイビツさが際立つ。この不毛の土地では致し方ないのだろう。職員達が朝、工場に向かった時点で既に全区画に鍵を掛けられていたとのこと。マスターキーを持っているのは所長のみなので、必然的に所長が主犯であるとされたらしい。

 

 敷地はやはり相当広く、それぞれの作業行程毎に分けられた幾つもの区画から成っている。まばらに見える煙突からは、妙な緑掛かった煙が朦々と吐き出されていた。緑色の煙なんてあからさまに不自然だ。公害以上の良からぬ事態が起きている事は疑いようもない。

 

「さすがに広いようですね……所長が立て篭っているのは一体どこなのか……」

「モモ、どうだ?」

「んーっとぉ……あ、あれー。あの真ん中の棟の奥の方に妙な反応があるわねー」

「……」

 

 ピッピと電子音を発するモモが顔に装着している機械。以前リュウも見た事のある、“スカウター”な代物だ。それで何か特殊な反応などを探知して、場所を特定したらしい。何も考えず突っ込んでいくぐらいしか出来ないリュウには無いアプローチ方法である。

 

「……便利ですね」

「そうよー、ちなみに私の作ったこの機械は熱源反応や生命探知だけじゃなく、なんと戦闘力も計る事が……」

「いやいや、それはいいですから……」

 

 自慢気に自分の作った機械の特徴を語るモモ。非常に気になる発言だったが、これは突っ込んではいけない領域な気がする。リュウは慌ててそれ以上の会話を止めた。ともあれ、モモの言う事を信じるなら幾つもある区画のうち、目的の場所が絞られた事になる。

 

「よし、行きましょう。我ら“レンジャー”の力を今こそ見せる時です!」

「了解!」

「りょーかいー!」

「いやあの、俺違うんですけど……」

「相棒、諦めな」

 

 一人だけノリが悪い事は置いておき……リュウ達は工場内部へと入るべく、鍵の掛かった巨大な扉の前に立つ。扉を開けるにはカードキーが必要なのだが、当然そんなものは持っていない。となるとやる事は一つ、強行突破だ。即席ではあるが息を合わせてリュウの魔法の射手、モモのバズーカ、アースラの銃撃が炸裂し、破壊する事に成功する。そしてリュウ達は、その中へと足を踏み入れて……。

 

「こ、これは……」

「うわー、思った通り生命反応一杯ねー」

「モモ! わかっていたのならもっと早く言わないか!」

「だってー……」

「うーわこりゃ気持ち悪い……」

「いい趣味してやがんなぁ」

 

 扉の向こうに居たのは、まさしくモンスターの群れであった。大型のハエ男に中型のハエそのもの。吸血蝙蝠や目玉と触手が生えた球根のような物体など。生理的嫌悪を催しても仕方のないような生物が行く手を塞いでいる。一言で言えばグロテスクだ。

 

「どうやら、この魔物の群れを突破しなければ先には進めないようですね」

「やりましょう隊長」

「よーし……」

 

 ゼノ達三人はそれぞれの獲物を構え直し、戦闘態勢を取る。遅れてリュウもカッツバルゲルを取り出し、敵を一瞥する。見た所強敵と言えるような奴はいないようだ。どれもこれも雑魚モンスターの範疇。だが気は抜かない。ピシャリと自分の頬を張り、気を引き締める。

 

「よし、頑張ろ」

「おうよ、頑張れ相棒」

 

 そうしてリュウ達は一斉に、モンスターの群れへと飛び込んでいった。所長が居るであろう、中央の区画を目指して。

 

 

 

 

 雑魚モンスターを蹴散らしながら、進んでいくリュウ達。工場内部は幾つもの部屋に分かれており、一つ部屋を進む度に、ごまんと敷き詰められたモンスターが襲ってくる。リュウ達はそれを一匹残らず殲滅しては、次の部屋へ進むという事を繰り返していた。今現在、最初の部屋から数えて四つ目である。

 

「ハッ!」

「ゲァッ!?」

 

 ゼノの剣がハエ男を捉え、真っ二つに斬り伏せる。気色の悪い体液を撒き散らしながら、ハエ男は生命活動を停止した。

 

「ほらほら! そこっ!」

「ピチュッ!?」

 

 アースラの銃弾が球根の目玉を破壊し、動きを止める。ピクピク痙攣していた球根はしばらくして、ドロリと溶けて消えた。

 

「ふう、あと何匹残っていますか?」

「残り二匹です隊長」

「……いえ、一匹ですよ!」

 

 リュウの剣が空中を飛び回る蝙蝠を正確に斬り裂き、その命を断つ。何度やってもあまり気分の良いものではないが、これはもう割り切るしかない。一匹片付け、これでこの部屋に残るは最後の一匹、少し離れた所に居るハエ男のみとなった。ゼノとアースラがそちらへ向かう。

 

「んっとぉ……」

 

 モモはリュウの隣で、既に次のドアの先の策敵をしている。このパターンで既に三つの部屋を攻略してきたのだ。距離的に考えて、そろそろ目的の区画に到着しても良いはずである。そんな風にドアの方にリュウとモモが気を取られていた、その時。突然ハエ男が標的を変え、対峙しているアースラとゼノを無視して、リュウ達の居る方へ飛んできた。

 

「え?」

「!」

「ブハァッ!」

 

 僅かに、リュウも気が緩んでいた。ゼノ達に任せていれば打ち漏らしはないだろうと。その対応の遅れの間にハエ男は、口からリュウとモモを巻き込むように、紫色の息を吐き出した。予想外の、それまでの部屋に居た連中はして来なかった攻撃だ。明らかに毒々しいその色から、その息がどんな効果をもたらすか、嫌でも予想できる。

 

「ッ……!? この……海破斬っ!」

「ギ!?」

 

 息攻撃ごと空を切り裂き、リュウの放った飛ぶ斬撃がハエ男に直撃する。中空で横一文字にぶった切られて、ハエ男は絶命した。

 

「モモさん!?」

「う……」

 

 敵を倒した事を確認し、即座に隣に居るモモの様子を伺う。モモはその場にへたり込んでしまった。

 

「隊長! モモが……」

「だ、大丈夫よー……このくらいでー……」

 

 心配をかけまいとモモは強がっているが、明らかに顔色が良くない。ハエ男が吐いた毒らしき気体を、モロに吸い込んでしまったらしい。

 

「毒を食らったらしい……どうしますか隊長」

「毒……確か道具箱に、毒消しがあったはずですが……」

「それが……先日の灯台戦のあとに、補充するのを忘れてまして……」

 

 ゼノ達が持つ道具の中に、いつもなら有るはずの毒消しが今に限って切れていた。灯台で魔物と戦った後すぐにリュウと戦う対策をし、しかもその後ずっと修行をしていたとあっては、忘れていたとしても無理はない。しかし致命的なミスである事は確かだ。ここまで来たのに治療するため町まで戻っては、せっかくの苦労が水の泡になってしまう。

 

「……仕方ありません。命には替えられませんから。一旦戻り……」

「いえ、大丈夫ですよ。俺治せます」

「……え?」

 

 そんな呑気にも聞こえる発言に、アースラとゼノの二人が驚きの表情でリュウを見る。ちょうど先日便利な技を覚えたことだし、とリュウはモモに手をかざし、あのドレイクナイトと同じ要領でスキルを使う。

 

「ヤプリフ」

 

 いつもリュウが使う治癒魔法とは少し違う光が、モモを優しく包み込む。

 

「……え……あ……楽になってる……?」

 

 癒しの光がモモの体に巣食う毒素を取り除き、体調を元の状態へと戻していく。怪我などは負っていないのですぐに顔色も良くなり、全快して立ち上がるモモ。まるで毒なんて嘘だったように血色の良い肌になっている。

 

「あ、ありがとーリュウ君」

「いえいえ、礼には及びませんです」

 

 ふふんとドヤ顔のリュウ。美人にお礼を言われるのは悪い気持ちではない。そんなリュウに、モモはふと浮かんだ疑問を投げ掛ける。

 

「でも、何でリュウ君は平気だったのかしらー?」

「? ……あ、そう言えば……」

 

 しっかりと毒ブレスに巻き込まれた筈のリュウは、全然毒に冒された気配はない。実は剣を振る前に思いっきり息も吸っていたのだが、全く平気なようだ。よくわからないが、まぁきっと運が良かったんだろうとリュウは思った。

 

「解毒魔法か……流石は“紅き翼”ですね」

「隊長、私達も誰か一人は、本格的に魔法を覚えた方が良いかも知れませんね」

「……戻ったら、検討するとしましょう」

 

 リュウの器用さを見て、うーむと神妙な顔をして相談するアースラとゼノの二人。三人居るのだから、確かに一人くらいは魔法が使えると、色々と戦略とかの幅も広がるだろうなと思うリュウである。

 

「さてとー、そう言えば次のドアの先が、さっき言った怪しい部屋みたいよー」

 

 立ち上がり、服に付いた埃を払ったモモがそう告げる。どうやら目的の場所に辿りついていたらしい。この先にペレット所長が居るのだろうか。そしてそうだとするなら、他には一体どんな出来事が待ち受けているのか。

 

「よし……各員、警戒を怠らないように!」

「了解!」

「りょーかい!」

「だから俺は違うんですけどー……」

「相棒、もう慣れろや」

 

 強引にチームの一員ぽく数えられているリュウ。突っ込みも呆れ半分だが、カッツバルゲルはしっかりと握られている。

 

「行くぞ!」

 

 ゼノが勢い良くドアを開け放ち、武器を持ったリュウ達が一斉に雪崩れ込む。するとそこには何と…………何も、居なかった。

 

「……」

 

 何もいない。人間どころかモンスターの一匹も。まさしくもぬけの空だ。部屋には研究用と思われる資料等が無造作に放置され、所々に機械や本棚などがある。が、それだけだ。無機物だけ。生命体どころか有機物すらどこにもない。

 

「……モモさん、さっきの計測機械、壊れてません?」

「ええ!? そ、そんなことはー……」

 

 リュウの冷ややかな言葉と同時に、残り二人もやれやれまたかと言いたげな眼差しをモモに向けている。どうやら彼女のこの手のミスは、一度や二度ではないらしい。すると取り繕うようにわたわたと、モモは計測機械を付けて部屋の中を見回した。

 

「え、えーとぉ……ほ、ほら、あそこー。あの棚の辺りから、妙な反応が漏れてるみたいよー」

 

 頬に汗を浮かべ、焦ったように言うモモ。名誉挽回とばかりに指差す先には、薬品やら書類やらが乱雑に置かれた木の棚がある。……というか、それしかない。

 

「その棚に何かあるんですか?」

「た、多分それ偽装だと思うわー。その先に、どこかへ通じる道があるはずよー」

「……」

 

 本当かどうか微妙なところだが、まぁ一応という事でリュウは剣をしまい、調べる事にした。棚がカモフラージュだとしたら、随分とベタな話である。しかしそうなると、どこかに開閉装置とかが有るはず。それも近くに。なので棚を調べるリュウはまず、それを見つける事にした。

 

「うーん、有るとしたら……スイッチとかってこの辺ですかね……?」

 

 ゴソゴソとその辺を探してみるが、中々それらしい物は見つからない。棚周辺を念入りに調べて回るリュウ。そしてその背後で、チャキッと何かとても不穏な音が聞こえた。

 

「まどろっこしいな。この方が早い」

「!?」

 

 棚に向けて、涼しい顔をして銃を構えるアースラ。間近にリュウがいるのだが、そんなのお構いなしな感じである。

 

「え、ちょっ!?」

「とどめだっ!」

 

 アースラの声に反応し、銃から発射されたのは超小型ミサイル……の、大群。まさに雨あられの如くが、一斉に棚に向けて進軍する。自分を狙った訳ではないとは言え、至近距離でぶっぱなされては堪らない。問答無用の爆発が起こり、リュウは思いっきり爆風に飲まれて吹き飛んでいた。一応棚は木っ端微塵に砕かれ、その先の壁もまるごと砕かれている。

 

「げほっ……げほっ……えふっ……んな、なんてことすんですか!」

「ふん、バズーカの直撃に耐えるお前ならどうって事ないだろう?」

「ありますから!」

 

 爆風に巻き込まれる直前、咄嗟に後方へ飛び退いたおかげで爆発の直撃だけは回避出来た。アースラはリュウの事を信じていた的な事を言っているが、何だか後付けの言い訳にしか聞こえない。

 

「アースラ、あまり無茶はしないで」

「うーん、私としてはもう少し火力が欲しいかなー」

 

 爆風を腕でガードしていたらしいゼノと、いつの間にかシュコーシュコーとガスマスクを装着しているモモ。特にモモは動きが鈍い割に、何かやたらとこの手の対処に手馴れてる感じがするのは、組んで長いからなのだろうか。あれ、俺の心配とかないの? とリュウは少し……いや結構悲しくなった。

 

「モモ、どうも手応えがよくないな、後で見てもらえるか?」

「そぉー? じゃあ後でメンテするわねー」

 

 そう言って、アースラは持っている銃をモモに見せている。モモが作ったらしいアースラの銃は、どうやらその掛け声に反応して、発射する物体が変わるらしい。面白い機構を持った銃である。そして破壊された壁の向こうには、地下へと続く階段のような物がある。モモの見識は正しかったようで、面目躍如と言った所か。恐らくはその先に所長がいるのだろう。

 

「よし……では皆、注意して進みましょう」

 

 すっかりリーダーな先頭を行くゼノがそう言い、階段を降りていく。階段はコンクリート製のようだったが、それも途中から徐々に剥き出しの土や岩そのままになっていく。そうしてしばらく階段を降りていくと、今度は一本の道がさらに奥へと続いていた。所々に明りが配置してあり、明らかに人の手が入っている。

 

「この先に居るな……各員、気を抜かないように!」

「了解!」

「りょーかいー」

「了解です」

「相棒、何か慣れてきてんな」

「まぁね……」

 

 もう色々と諦めたのか、隊員その三ポジションに徹するリュウ。ボッシュの呟きに哀愁で答えつつ進んでいると、奥に大きな明りが見えてきた。どうやら広い部屋があるようだ。リュウ達はその入り口まで来ると、そーっと中を覗き込んだ。

 

「――――」

 

 中は異様に広く、それまでの道とは違い金属的な研究室といった作りになっている。怪しげな機械類がそこかしこに配置され、部屋の隅には巨大な樹の根っこのような物が天井を突き破っている。どちらかと言うと、その根っこの側にこの研究室を据え付けた、と言った方が正しい感じである。そしてその、中心の巨大な機械の前に、何事かを呟く白衣の男がいた。

 

「よし……お前達、用意はいいな……!」

 

 男はまだリュウ達には気付いていない。全員がゼノの小声に頷き、部屋の入り口の左右に素早く別れ、タイミングを測る。3,2,1……そしてリュウ達は、一斉に部屋の中に乗り込んだ。

 

「ペレット所長! 工場の無断占有及び、魔物配置の件で話を聞かせてもらいます!」

「観念するんだな!」

「そうよー」

「えっと……その通りです」

「相棒……」

 

 言おうとしたセリフを全部取られてしまい、特にカッコいい事を言えなかったリュウにボッシュが哀れみの視線を送る。部屋の中に居る白衣の男は、そこでやっとリュウ達の存在に気付いたかのように振り返る。

 

「ああ、やっと到着しましたか。うふふぅ……待っていましたよ。実験台(モルモット)さん方……」

 

 男の目は、狂気に染まっていた。

 

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