炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

36 / 103
6:禁忌

 その男の容姿は至って普通。白衣を身に着け、丸い眼鏡をかけた中年の男。小太りで白い髭を生やし、頭髪も多くはなく側頭部に白髪が見える。なるほど、所長と呼ぶに相応しい見た目ではある。

 

「……」

 

 しかしその瞳を一目見て、リュウは言葉を発せなかった。何と言えば良いのだろう。命の危機だとか強敵と接して感じる圧迫感だとか、そう言った時の感覚とは全く違う。強いて言うなら違和感。この男は同じ人の形をしているのに、自分達とは何かが決定的にズレている。そう直感した。

 

「いやいや、遠路はるばるようこそおいで下さいました。首を長ぁくしてお待ちしていましたよ。……いや、本当ですよ。うふふふぅ……」

 

 男の顔に浮かぶのは笑みである。それもゾッとする類の。男からは極々普通の人間の力しか感じない。正真正銘の一般人だ。それなのに、どうして今自分はゾッとしたのか。その原因が男の目に宿る常軌を逸した光。即ち狂気である事に、リュウは気付いた。

 

「ペレット所長、一体何故、このような事を……?」

 

 所長の雰囲気に戸惑いながらも、剣から手を離さず意思確認をするゼノ。このような事、とは先程部屋に乗りこんで来た時にゼノが言った事全てだ。この工場施設を占有して何をしていたのか。あのモンスターの群れは何なのか。

 

「うふふぅ……いやぁほら、最後の行程に進む前に、色々と実験を行わないといけなくなりましてねぇ。どうでしたか私の造ったサンプル達は。中々手強かったでしょう?」

「貴様が、あのモンスターの群れを造っただと……?」

「うふふぅ……そうです。実験ですよ実験。研究者はまず何事も実験をして、そして一歩ずつ目的に近付いていくんです。まずは小さな生物からね、実験をしていっただけなんですよ」

 

 うふふぅとペレット所長はアースラの言葉に楽しげに答えると、不気味な緑色をした液体で満たしたビーカーを取り出した。そしてそこへ、ピンセットで摘んだ一匹の蠅を浸す。その途端、蠅はむくむくと巨大化していき……ここへ来る道中で幾多も倒して来た、あのハエ男へと姿を変えた。

 

「!!」

「ギシャァッ!」

「うふふぅ……凄いでしょう? ようやくここまで漕ぎ着けたんですよ。いやぁ、コレを生成するのに、大量のエネルギーが必要でしてねぇ……」

 

 所長は語る。緑色の液体を作り出すために、工場の全エネルギーをこの地下の研究施設に流れ込むよう設定していたのだと。結果は大成功だと。嬉々として語っている。ハエ男は生みの親の所長を襲う事はなく、リュウ達に向けて激しく威嚇を繰り返している。

 

「貴様、そんな化物を作り出して何が目的だ!」

「まさか、それで世界を征服する……などと言い出すつもりですか?」

 

 アースラとゼノの言葉に、どこかピントのズレた失笑を所長は返した。全く意図が読めない。丁寧に“何をしていたのか”を説明している所長だが、未だその核心を避けている。つまりは“何のために”の部分だ。

 

「あなた一体、どうしてこんな事を?」

「……」

 

 同じ研究畑に近しい人間として、モモはその真意を問う。所長は疑問を口にしたモモに自分と同じ匂いを嗅ぎつけると、まるで口が端まで裂けたかと思える歪んだ笑みを浮かべた。

 

「うふふぅあなたなら、わかるでしょう? ……全ては、人類の夢を叶える為の実験なんですよ……夢を……ね」

「夢だと?」

 

 訝しげに聞き返すアースラ。勿論銃に手を掛けている。一般人ではあるが、しかし何をしでかすかわからない雰囲気の所長に困惑しているのはゼノと同様だ。

 

「うふ……うふふふふぅ……そう、生きとし生ける物の夢ですとも。私はね、コレを使って……ある人を、蘇らせたいのですよ。ただそれだけです」

「!?」

「以前から研究を続けていたのですがねぇ。最近中々進まず煮詰まっていたのですよ。正直、何度も諦めかけました。……しかし、しかしです!」

 

 そこまで言うと所長は興奮気味に、近くにあるデスク上の書類の束を掴みあげた。そして手書きと思われる細かな文字や数式がびっしりと書き込まれたそれを、リュウ達に見せ付けるように高々と掲げた。

 

「天は私を見放さなかったんです! うふふぅ……見て下さいこの独創的な研究レポートを! これにはね、私の思いもしなかった方法で死者を蘇らせる為の手段が書かれていたんです! わかりますか!? これが手に入った時の私の気持ち! これこそまさに神の思し召しに違いないんですよ!」

 

 所長は酷く興奮している。その様子にゼノ達三人が戸惑っている中で、リュウもまた、どうすれば良いかわからないでいた。あそこまで自分の研究とやらを盲信している人間に、付け焼き刃の説得が通じるとは思えない。それにあの目。所長はどんな犠牲を払ってでも、絶対に目的を達成しようとするだろう。生半可な事では止められそうもない。

 

「あ、相棒……」

「……ん?」

 

 普段なら知らない人間が居る所では喋らないボッシュが、突然口を開いた。チラリと腰を見るリュウ。今までの会話を聞いていたと思われるボッシュは、微かに震えながら所長を真っ直ぐに見詰めている。正確には、所長の手に掲げられているレポートを。

 

「ボッシュ?」

「……あのレポート……頭の墨っこで、何かがチカッと引っ掛かんだよ。何かわかんねぇけど……アレは……」

「……?」

 

 正気を失ったりはしていないが、どこかいつものボッシュと違う。白い毛に覆われているのに、顔が青ざめて見える。ボッシュの異変は、所長の持つあのレポートが原因であるらしい。リュウも所長の持つ紙の束に目をやる。先程のやり取りで、所長と相対しているゼノとアースラは怒りを露わにしている。

 

「馬鹿な。そこに居るような化け物を生み出す研究で、死人を蘇らせる? 正気ですか?」

「うふふぅいけませんか? 誰だって死んで欲しくない人はいますでしょ? 私もそうです。だから蘇らせるのですよ。私の、お母さんをね……」

 

 母と口にした一瞬だけ、所長は機械の方に優しげな眼差しを送る。死者を蘇らせる。酷くシンプルで、人を狂わせる魅力に溢れた理由だ。肉親ならば尚更だろう。

 

「貴様がやろうとしていることは死者への冒涜だ! 今すぐ止めろ!」

「何が、駄目なんですか? どうして……お母さんに命をあげるのが駄目なんですか?」

 

 所長の反論に、アースラは言い淀んだ。気持ちはわかる。死人を生き返らせる。それはきっと、大切な人を亡くした誰もが思う事だ。だが古来より、死んだ人は戻ってこないのが世の理。一瞬だけ見せた所長の素顔は、その絶対的な不幸を覆し、もうすぐ最愛の母に会えると盲信して止まない子供の顔であった。

 

「うふふふぅ……まぁまぁ慌てないで。あなた達は私のサンプル達を倒して来られたのでしょう。でしたら最後に、これとも戦ってみてくださいよ」

「!」

 

 所長がどこからか取り出したのは、一匹のナメクジ。僅か数センチメートルしかないそれをゆっくり地面に置き、所長はデスクの上の試験管を手に取る。中身は先程のビーカーのモノよりも濃い、緑色の液体だ。

 

「うふふふふ」

 

 ポタリと、所長は試験管の中身をナメクジに垂らした。……するとナメクジは、まるで大きな心臓を植えつけられたかのように……激しく、脈動しだした。

 

「!?」

「うふぅ……うふうふぅ……素晴らしい……」

 

 ナメクジは、みるみるうちに巨大化していく。目玉が増え、凶悪な牙まで生やして。緑色の液体は、それを摂取した生物に凄まじいまでの生命力を与えていた。ハエ男や目玉球根も気色悪かったが、このナメクジのグロテスクさは、その中でも一際群を抜いている。

 

「うふぅ……やはりこの生命力、レポートの通りだ。まさに、神をも恐れぬ所業! 生命の禁忌を容易く踏み超えている! 実に素晴らしい!」

 

 巨大化したナメクジ。高さにして六、七メートルはあるだろうか。まさしく化物だ。

 

「シアアアア!」

「ギィッ!?」

 

 ナメクジはギョロリと複数の目玉を所長の方に向けると、その傍らに居たハエ男を、口から舌のような物体を伸ばして捕えた。そしてそのまま、ナメクジは捕まえたハエ男を頭からゴクリと一呑み。ナメクジの目玉は次に標的をゼノ、アースラ、モモ、そしてリュウに定めたようだ。

 

「どうやら何を言っても……無駄なようですね」

「力づくで、止めてやる!」

 

 ゼノとアースラは戦闘態勢、次いでリュウとモモも武器を構えなおす。とにかくこのナメクジを倒して、所長を取り押さえる。これ以上馬鹿な実験をさせないために。

 

「こいつ……」

 

 リュウは目の前のお化けのようなナメクジを、どこかで見た事がある気がした。記憶の断片に引っ掛かるものがある。ゆっくり時間を掛ければ詳細まで思い出せるかもしれないが、生憎そんな悠長な事は言っていられない状況だ。それに、他に気になる事もある。

 

「……ボッシュ?」

「……」

 

 さっきから神妙に黙りこくり、呆然と所長の方を見つめている相方。一体どうしたというのか。リュウはこのボッシュのおかしな様子が、どうしても気になっていた。

 

「何してる! 来るぞ!」

「!」

 

 アースラの言葉に、ハッと我に返る。気味の悪い巨大ナメクジの口から、粘液まみれの舌が猛烈な勢いで伸ばされ、リュウの目前まで迫っていた。

 

「シアアアアアッ!」

「っ!」

 

 間一髪、横へと跳ねてかわす。舌は思った以上のスピードだ。とてもナメクジとは思えない。リュウを捕らえる筈だった舌が激突した金属製の床は、まるで酸でも被ったかのようにドロドロに溶けていた。唾液どころではない、溶解液とでも言うべきか。

 

 ともかく、直撃してはマズイ。今は余計な事を考えず、目の前の相手に集中する。リュウの現在位置はナメクジから少し距離を置いた正面。モモはリュウのさらに後ろ、そしてゼノはナメクジの右手、アースラは左手の方に散開している。

 

「ハッ!」

 

 ゼノが踏み込み、側面からナメクジの胴体に剣を振り下ろす。舌とは違い、本体の動きは鈍重だ。このような巨大な的、外す訳が無い。リュウ自身も一度味わった、道中の魔物を正確に屠ってきた彼女の剣技は、間違いなく大きなダメージになる筈。見ていたリュウはそう思ったが、しかしその期待は大きく外れた。剣の軌道はナメクジの表面をぬるりと滑り、全くダメージを与えられなかったのだ。

 

「!?」

 

 手応えがなく、ゼノの体制が崩れる。ナメクジは複数ある目玉の一つで、その様子をしっかりと捉えていた。ぐにゃりと、気持ちの悪い音を立ててナメクジの頭部がゼノの方を向いた。

 

「……くっ!」

「シャアァッ!」

「!!」

 

 溶解液にまみれた舌が、突き出す槍のようにゼノの腹部に直撃した。ミシリと嫌な音が耳に届く。服が溶かされ、焦げる匂いが鼻に付く。

 

「がっ……ぁ……!」

「ゼノさんっ!!」

「隊長! ……コイツ! ……爆ぜろぉ!」

 

 “爆ぜろ”の言葉でアースラの銃から発射されたのは、広範囲を撃ち貫く散弾だ。ナメクジが避ける隙間など当然ありはしない。しかしその小さな弾丸の悉くが、ナメクジの表面を覆う粘液によって滑り、運動エネルギーを逸らされて後方へと抜けていく。ナメクジの注意をゼノから引き剥がす事には成功したが。

 

「これもか……!」

「シアアアッ!」

「っ!」

 

 アースラは伸びてくる舌攻撃を後方に避けながら歯噛みした。物理攻撃は効果が薄い。それもこれもナメクジの表面を覆っている粘液。あれが全ての攻撃を逸らすバリアの役目を果たしているからだ。もしも自分かゼノのどちらかが魔法でも使えれば、苦戦する事はないだろうに。

 

「大丈夫ですか?」

「……ええ。ありがとう……」

 

 アースラが引き付けている間に、リュウは既にゼノの傍で治癒の魔法を掛けていた。幸い骨や内臓へのダメージは軽微で、溶解液による肌の火傷も大した事はない。数秒程度で全快出来る。腹部が丸出しになっているのでリュウが視線のやり場に困ったのはどうでも良い事だ。そして、体調が戻るにつれてギラリとゼノの目に炎が灯る。ただで転ぶ彼女ではない。

 

「リュウ、こいつは……私達がやります。済みませんが、手は出さないでいて貰えませんか?」

「……」

 

 正直、承服しかねる。リュウは思った。今のままでは苦戦は免れない。見ていてそう感じたからだ。意地を張るのも結構だが、自分も手伝った方が早く終わらせられるというのに。だが……素直に言うなら、ゼノの気持ちもわからないではない。

 

「リュウくーん、表面のヌメリは、火で炙れば除去出来そうよー!」

「!」

 

 そこへ、後方に居るモモから助言が飛んできた。あの“スカウターもどき”でナメクジを識別したようだ。弱点は火。表面を覆う粘液さえ取れれば、ゼノやアースラの攻撃も通じやすくなるはず。そして、それは今この場ではリュウにしか出来ない。

 

「……ゼノさん、一発だけアシストしますから、それくらいは見逃してください」

 

 リュウはゼノにそう言うと、返事も待たずにナメクジに手を向け龍の力を集めていく。一発だけ。それくらいなら強引に手を貸しても、まぁ問題ないだろうと。

 

「パダーマ!」

「!!?」

 

 ゴウと床から噴き出す炎が、ナメクジを包み焦がしていく。まさしく弱点だったようで、逃れようと激しくのたうち回る。炎が徐々に弱まっていくと、高温で炙られたナメクジの表面は、覆っていたヌラヌラした光沢が剥がれ落ち、くすんだ色を曝け出していた。

 

「シャギァァァ!」

「おっと!」

 

 怒りという感情があるのかは知らないが、少なくともナメクジの舌のスピードが増しているのは確かだ。舌は点々と飛び回るリュウを執拗に狙い続け、床を穴だらけにしていく。アシストは一発だけと言ったので手は出さないが、ついでにオトリ役もこなす事になってしまっているのはリュウの想定外だ。

 

「化け物め……先程の借りは……十倍にして返します!」

 

 リュウがナメクジの注意を引いている間に、ナメクジ本体の側面に立ったゼノは二本の剣を交差させ、意識を集中していく。生み出されるのは先日リュウに放った“絶命剣”以上の気。放たれるのは、ゼノ必殺の一撃。

 

「秘技……紫音、絶命剣っ!」

 

 掛け声と同時に床へ突き刺した二本の剣から、巨大な気の衝撃波が三連発で吹き上げる。天井をも貫くその威力は、ナメクジの片側半分以上を抉り取り、吹き飛ばしていた。

 

「ギァァァァ!?」

「モモ! アレをやる! 悪いが後で銃の手入れを頼む!」

「! わかったわー!」

 

 アースラも、残ったナメクジの反対側へと回り込み、銃口を向けて狙いを定めている。これから放つ攻撃全てが、ベストな位置でヒットするよう計算して。

 

「これで……とどめだ! 乱れ舞え!」

 

 まず銃弾。次に小型ミサイルの大群。そして最後は雨のように上から降り注ぐビームの(つぶて)。三種の攻撃がほぼ同時に発射され、未だゼノの攻撃のダメージに喘ぐナメクジの半身へと襲い掛かる。それらは巨大な爆発を引き起こし、ナメクジの絹を裂くような叫び声が施設に木霊した。

 

「……」

 

 今までは、アースラの銃は一度に一種類ずつしか撃てなかった筈だ。だが今の攻撃は、ほとんど同時に三種の攻撃を放っている。普通に考えて有り得ない。何か特殊な技術を使ったのかとリュウは疑問に思い、モモの方へと近づいていく。

 

「モモさん、今のって……」

「あー、今のはアースラの持つ特技で、三連撃って言ってねー。一度に三回分攻撃する技能なの。剣とかなら簡単なんだけど、あの銃であれに対応するのには苦労させられたわねー」

 

 そこまで話していいのかと思えるくらい、モモはリュウの聞きたかった事に答えてくれていた。あれを使うとまだ銃がオーバーヒートしちゃうのよねー、とモモはもう今後のメンテナンスに思考が移っている。

 

(……三連撃……あれが……)

 

 その名は覚えている。文字通り、一度に三発攻撃するスキルだ。今のがアースラの持つ切り札であるらしい。それにしても声に反応する銃でほとんど同時に、発射する弾の種類を変える技に対応させるとは、モモの技術力の方がトンデモな気がするのはリュウの気のせいだろうか。

 

「……」

 

 辺りには爆煙が充満していて視界が悪い。あれだけの攻撃が立て続けに直撃したのだ。恐らくナメクジも無事では済んでいないはず。リュウは三連撃については自分も使えるようになった実感を得たが、ゼノの秘技についてはその感覚を得られなかった。どうやら、あれは彼女の資質が影響しているようだ。以前に見た単発の“絶命剣”ならば、何とか使えるだろうが。

 

「……」

「……やったかしらー?」

「どうでしょうか……」

 

 モモのセリフにちょっとした不安をリュウは覚えたが、徐々に煙が晴れていくと……そこにあの巨大な姿は消え去っており、元の数センチの大きさに縮んで死んでいるナメクジがいた。これでもう、ペレット所長を守るモンスターはいない。

 

「ふう……。さて……もう終わりですペレット所長。大人しく捕まって貰いますよ」

 

 ゼノはズレた眼鏡を直し、剣の切っ先を鋭く所長に向ける。所長はそれを無視し、ナメクジの死骸と手元のレポートを交互に見ていた。

 

「うふふふう……流石は神木のエキス。素晴らしい……素晴らしい生命力です。うふぅ……お母さん……もうすぐです……もうすぐ生き返らせてあげますからね……」

 

 一心不乱にレポートの束に何かを書き込む所長。この後に及んでまだ研究の事しか考えていないらしい。それ程までに母に固執する姿は、最早狂者の域に達している。

 

「貴様! 早くその装置を止めろ! さもないと……」

 

 これ以上モンスターを生み出されては堪らない。アースラは銃口を所長へと向ける。銃からは煙が吹き出ているが、一発くらいなら撃てるだろう。そしてアースラの言葉にようやく所長は反応を見せ、そちらへと顔をよこした。

 

「さもないと……なんです?」

「……撃つ」

「うふぅ……それは困りましたねぇ……うふうふぅ……」

 

 所長は少しずつ後ずさり、デスクの方に近づいている。そしてリュウ達から見えないよう、後ろに手を伸ばしていた。これ以上何かをさせる訳にはいかない。所長の行動に気付いたアースラが、警告を発する。

 

「動くな!」

「うふふぅ……残念。あなた方こそ動かない方が良い。見えますかこの液体が」

 

 所長は、素早くそれを手にした。蓋がされた三角フラスコ。中身はそれまでの緑色の液体ではなく、どこか透明な青い液体だ。

 

「これはね、空気に触れると即気化する性質がありましてね……その気体を吸ったらあなた方も……サンプル達のようになりますよ?」

「!?」

「撃たれたり近寄られたりしたら、私、驚いて手を離してしまうかも知れませんねぇ。うふふぅ」

 

 ハッタリ……かどうかはわからない。既に所長の目は狂人の目だからだ。それくらいの事はするかもしれない。リュウ達は動けなかった。リュウが瞬動で距離を詰めるにしても、聊か離れ過ぎている。あの三角フラスコを落として割る程度の時間は、一般人の所長とは言えあるだろう。

 

「うふう……しかし困った。本来ならあなた方を最後の実験台にして隅々まで効果を確かめてから、お母さんを生き返らせる筈だったのに……このままでは私も、お母さんも助からない……」

 

 所長はリュウ達を見回した。彼らが自分の脅しに屈して、諦めるかどうかを見極めるべく。しかしリュウ達にその様子はない。隙を見て捕まえてやるという気迫が表情に現れている。所長は溜め息をついた。リュウ達が所長を理解できないと思うのと同様、所長もまた、“リュウ達を理解できない”という事を理解したのだ。

 

「何が、悪いのですかねぇ……私はただ、お母さんに命をあげたいだけなのに……利用できるものを利用して、何が悪いのか……」

 

 もしも所長が何者にも迷惑をかけずにいたとしたら、その行為を非難する権利は誰にもないのだろう。しかし、所長は公共物であるこの工場を占有している。自らの野望の為に他者を省みていない。行為自体が正しいか正しくないかの論理はともかく、少なくとも今ここでの研究を止めさせるだけの理由が、リュウ達にはある。

 

「もう一度言う。おとなしく捕まりなさい、ペレット所長」

「……」

 

 ゼノの言葉に、所長は俯いた。今のこの状況は、最早お互いに引く事は出来ない。だから、所長は諦めた。リュウ達に、自分の考えを理解させる事を諦めた。

 

「私はね……こんな所で、止まるわけにはいかないんですよ……」

 

 俯いたままの所長が、肩を震わせている。リュウの予想は当たっていた。所長は、何をしてでも目的を遂げようとする。そう、どんな事をしても。例え……自分の身すら犠牲にしても。

 

「……お母さんを蘇らせるまでは……私はどんな手を使っても……ここを守り抜いてみせますよ……」

 

 呟いた所長は持っている三角フラスコの蓋を勢い良く外し、それを口元まで持っていく。

 

「所長、何を……!!」

「ここで研究を止められるくらいなら……いっそこの濃縮エキスを……」

「お前! やめろ!」

「!? ボッシュ!?」

 

 所長の行動を止めようと真っ先に声を発したのは、ボッシュだった。しかし、その言葉は僅かに届かない。すでに所長は、フラスコの中身を一滴残らず飲み干していた。……所長の手からフラスコが滑り落ち、パリンと軽い音を立てて砕けて割れた。

 

「うふ…………うふふ……うふふフふフふふふ」

「相棒!」

「ど、どうしたんだよ……ボッシュ……」

 

 必死の形相でポーチから叫ぶボッシュ。いつもと違い過ぎるその様子に、リュウは当惑している。

 

「まずいぜ相棒! あれは……あれは、“賢樹のエキス”の紛い物だ!」

「けん……? お前、何言って……」

「あそこに見える根っこが賢樹だったんだよ! あれから抽出しやがってたんだ! 大変なことになるぜ!」

 

 大変なことになる、というボッシュの言葉を聞いて、すぐにリュウは所長へと目をやる。所長は全身を抱え込むようにして、ブルブルと震えていた。

 

「わたシは……おかアさンを守って……蘇らセル……ゼッ……たイ……ニ……オカ……サン……ヲ……」

 

 変化は、すぐに起きた。メキリと、所長の体が膨れ上がったのだ。僅かに摂取しただけでハエを魔物に、ナメクジを化物に変えてしまう液体だ。彼の言葉が本当ならば、今飲んだ物は緑色の液体をさらに濃縮した代物。それを直接体内に、大量に取り込んでしまえば……どうなるか。

 

「オ……オオ……オカ……サ……ン……オゴァッ!?」

 

 ボゴン。所長の頭が、肥大化した。過剰な生命力を取り込んだ所長の身体は、それに耐えきれず暴走を始めたのだ。顔は溶けて消え去り、頭の次は胴が巨大化する。足先からは触手が生え、床にめり込む。リュウ達の目の前で所長は、痛ましい変貌を繰り返す……。

 

「こっ……」

「っ!」

「ひっ……」

「ア……オォアアアア……」

 

 僅かな間に変化を繰り返し、所長は、可哀相な位哀れな姿となっていた。肥大化した脳が骨すら取り込んで剥き出しになり、右脳と左脳が赤と青に分かれて傘のようになっている。さらに胴体は潰れて横に広がり、傘と合わせてまるでキノコだ。脚だったと思しき物体は金属質の床を突き破り、根を張るかのごとく地面にめり込んでいる。そして幹の部分、胴体だった個所に皹が入り、それは徐々に苦悶の顔として浮かび上がっていく。

 

「オ……オ……オアアア……」

 

 全員が、その光景を茫然と見ていた。所長の成れの果てを。憐れみのような感情と生理的な嫌悪感、漠然とした恐怖が入り混じり、リュウ達は言葉を発することが出来ない。……だが、見た目とは裏腹に変貌した所長から感じる力は、桁外れのものであった。超絶的な生命力を得て膨れ上がった所長の魔力は、ナギすらも超えている。

 

「何……この反応……こんなのって……」

 

 モモがスカウターもどきを作動させ、青ざめた表情をしている。恐らくは想像を絶する数値が出たのだろう。変貌した所長は、底知れぬ力と共に化け物ナメクジをさらに上回る巨大さとなっている。大変な事になると言ったボッシュの言葉は、正しかったのだ。

 

「ボッシュ、あの人って……元に……戻れる?」

「いや……駄目なんだよ相棒……ああなっちまったら……もう……」

「……」

 

 リュウの問いに、ボッシュは首を横に振った。もう所長はただの怪物でしかないと。何故突然、ボッシュがその事について詳しくなったのか。リュウは気にはなったが、それは後で聞けばいい。今は、目の前の対処を。

 

「このままって訳には、いかないよね」

「……おう」

 

 所長は、こうなる事を分かっていたのだろう。だが例え化け物になろうとも、所長は母を生き返らせる事が出来ると信じてこの場所を守ろうとしている。やりきれない思いに、リュウは拳を握り込んだ。

 

「アア……オアアアア!」

 

 所長は、リュウ達を外敵とみなした。頭部分が左右に割れ、中から炎を纏った岩石のような物体が凄まじい速度で滅茶苦茶に発射される。まさしく火山弾を彷彿とさせる全方位爆撃だ。今の所長はただ闇雲に、その溢れる魔力を撃ちだしているのだ。

 

「マズイ……!」

 

 数が多い。リュウは自分に向かって飛んでくる火山弾を剣で弾いたが、その瞬間に理解してしまった。一発一発が想像よりもはるかに重い一撃だ。これは、ゼノ達では恐らく対処しきれない。

 

「ぐっ!!」

「うぁっ!?」

「きゃぁ!!」

 

 リュウのそれは当たって欲しくない予想だったが、残念ながら当たってしまっていた。ゼノは剣で弾き返しきれず、アースラは一発を銃で撃ち落としたがそこで銃身が壊れ、モモは避け切れず、皆火山弾の直撃を受けて吹き飛び壁に叩きつけられてしまっている。最悪の事態だ。

 

「だ、大丈夫ですか!!」

 

 リュウは叫んだが、誰からも反応が返ってこない。何とか彼女らに治癒魔法を掛けたいが、既に所長は次の火山弾を発射する予備動作らしき行動に移っている。無防備な所を攻撃されたら一たまりもない。最早手段を選んでいる余裕はなかった。速攻で勝負を付けなければ。

 

「ボッシュ、ゼノさん達の所に!」

「おうよ」

 

 リュウは決断した。ボッシュのポーチを外してゼノ達が倒れている場所へ放る。そして自分は、自分の中へと意識を巡らせる。浮かび上がるスイッチ。足元から赤いオーラが吹き上げる。

 

「ア……アアァギ!?」

 

 所長の動きが鈍った。リュウが発する莫大な龍の力に反応し、そちらを優先して叩こうと火山弾の発射行動がストップしたのだ。運がいいと呟き、リュウもまた、その姿を変える。

 

「でぇやぁぁぁぁっ!」

 

 立ち昇るオーラが一層眩い光を放ち、弾け飛ぶ。現れたそれは今までのリュウとは似ても似つかない姿。降臨する半人半龍。リュウの奥の手、ドラゴナイズドフォームが露わとなった。

 

「う……」

「おう、気が付いたかい?」

 

 僅かな間気を失っていたらしいゼノ達が起き出し、ボッシュが起き上がる彼女達に手を貸す。今のは、致命的な隙だった筈だ。何故自分達は追撃を受けなかったのか。ゼノ達は頭に浮かんだ疑問を解消しようと前を見る。そしてぼやけた視界がハッキリしてきた所で……彼女達の表情が、驚愕に染まった。

 

「……あれは……?」

「リュウ……なのか?」

「うそ……信じられない……何よこれ……ッ!?」

 

 リュウだ。リュウの筈だ。それ以外の人間はこの場には居なかったのだから。しかし、面影が全くない。所長に続き、リュウまで変貌してしまったというのか。謎の人型を見て固まるゼノとアースラ。そして、作動させたままだったモモのスカウターもどきが突然、ボンと音を立てて壊れた。変貌した所長を見ても、壊れなかった筈のそれが。

 

「……」

 

 リュウはゼノ達が意識を取り戻したのを見て安心した。これで自分は最低限、戦う方に専念出来る。

 

「悪いですけど、怪我とか治すのは少し待ってて下さい。後は……俺がやりますから」

「……」

 

 口調は、間違いなくリュウのものだ。ゼノ達はその言葉に従うしかなかった。自分達の手に負える相手じゃない事は先程の一撃でわかっている。ゼノ達が何もしないであろう事を確認して、リュウは改めて所長へと向き直る。

 

「オアアアッ!!」

「!」

 

 所長の足から生えた無数の触手がリュウへと迫る。リュウはそれを鋭い爪の手刀で迎撃。しかし逃れた触手数本が腕に巻きつき、凶悪な力で締め上げてきた。

 

「イィアアアァ!!」

「んぅっ!」

 

 引き寄せようとする力に耐え、ビンと張り詰める触手。両者が力を込めたその瞬間。バキッと、まるで骨が砕けたような音が響いた。聞いたゼノ達は顔を青くした。今ので、触手にリュウの腕の骨が折られてしまったのか。視線をリュウに送るが、リュウは全く何のダメージも受けていないかのように所長を睨みつけている。本当にダメージはなさそうだ。では今の音は? それからすぐ、もう一度バキッと鳴った事で、ゼノ達はそれに気付いた。

 

「なっ……!?」

 

 音は、所長の足からだった。ベキべきとめり込んでいた足元の触手が、床から無理矢理引っぺがされた音だったのだ。何故そんな事が起きているか。答えは一つ。所長とリュウのパワー比べで、リュウが勝っているからに他ならない。所長の体が浮かび上がったのは、それから間もなくだった。

 

「!!?」

「うお……おおおっ!」

 

 リュウは触手を掴んだまま、逆に所長を側面の壁へと叩きつけた。派手にぶつけられた所長は金属の壁を突き破り、ガラガラと瓦礫に埋もれていく。リュウは、投げたのだ。巨大さでは先程のナメクジ以上の今の所長を。単純な腕力だけで。

 

「アギ……アアアア!」

「!」

 

 予想外だったであろうリュウの反撃。所長は瓦礫の中でその歪な体を起こすと、脳のような傘の部分を開き、いくつもの火山弾をリュウに向けて発射する。

 

「アィィオオオッ!」

「っ!」

 

 迫る火山弾。それに対しリュウは、何と自ら走り前進しだした。リュウにとって、それはまるでビーチボールのような物だ。腕の一振りで難なく弾き、突き出す拳で容易く粉砕する。例えそれが、飛び散った破片だけで金属の床を溶かす程の超高温だとしても関係ない。足止めにすらならない。素手で叩き落としているリュウの腕には、傷一つないのだから。

 

「ギ……オアアアッ!」

「!」

 

 所長は、それをすぐに理解した。リュウには火山弾は効かないと。しかし、それでも連射する。何故か。標的はリュウではなかった。側面に居る、ゼノ達三人。そちらを集中的に狙うよう、周到にリュウを避けて飛ばしたのだ。

 

「そうは……っ!」

 

 だが、無駄だ。物理法則をまるで無視した急制動。リュウは背中のバーニアから赤い光を噴出させ、まさしく刹那の速度で方向転換して三人の前に壁のように立ちはだかっていた。向かってくる火山弾。一発たりとも背後には通さない。リュウは腕に龍の力を込める。

 

「ウラガーン!」

 

 横薙ぎに、一閃。紅い光の弧を描き、振るわれた爪は全ての火山弾を粉微塵にまで爆砕していた。後に残ったのは、チリチリと肌を撫でる仄かな熱風だけ。

 

「……」

 

 言葉が出ないとはまさにこの事だ。圧倒的過ぎて、言い表す事が出来ない。ゼノ達三人はリュウと所長の戦いを、茫然と見ているしか出来なかった。

 

「……!」

 

 ゼノ達を狙った火山弾を粉砕したリュウは、その攻撃方法について突如として理解出来た。どう魔力を構成し、どうそれを放てば良いか。つまりは、火山弾攻撃も己の知るスキルの一つであるという事だ。記憶からわかる名前は“大噴火”。意図せずラーニングしてしまった様だが、それは今はどうでも良い事だ。

 

「……」

「アギ……ィアアアア!?」

 

 所長は、どうしていいか迷っているようだった。己の攻撃が全て通用しない。火山弾攻撃も触手も、さらにはゼノ達を狙う事すらも出来ない。させてくれない。そして、目の前の敵、リュウの力は底知れない。リュウは前傾姿勢を取る。これ以上、させないために。終わらせる為に。

 

「……っ!」

「ギィ!? アイアァアア!?」

 

 リュウが迫る。赤い光を背中に携えて。火山弾を、触手を放つ。当てられない。止められない。怒りや恐怖と言った感情を所長が感じていないのは、あるいは幸運だったのかもしれない。所長の巨大な瞳に映り込む、右手を振り上げたリュウの姿。

 

「ヴィールヒ!」

「ッ! ギシェアアアア!?」

 

 人の物ではなくなった、紫色の体液が飛び散る。振り抜かれた爪は所長の胴体を引き裂き、大きな傷を負わせた。……だが、まだ致命には至らない。

 

「ギィエエァァァ!!」

「!!」

 

 所長は力を振り絞り、触手をリュウの両腕両足に巻きつけ拘束する。そのまま、火山弾を至近距離から直撃させようと、リュウの前に頭を向けて……

 

「! そこだっ!!」

 

 ……しかし、及ばない。リュウは触手を力任せに引き千切る。そして開こうとしている所長の頭部。その奥に向かって、両手に龍の力を集めていく。

 

「タルナーダッ!」

「!!?」

 

 一撃目の爪は外側の脳を深く抉り、完膚なきまでに破壊。次いでニ撃目の爪は縦に、奥に、所長の身体を引き裂いていた。恐らくは、心臓の様な物を破壊したのだろう。所長はそのまま悲鳴も上げずに倒れ、もう二度と、動き出す事はなくなった。味気なく、呆気なく訪れた幕切れ。

 

 ……姿は、元に戻らない。

 

「……」

 

 所長の最後を見届けて、リュウは変身を解いた。途端に後味の悪さがこみ上げて来る。妙な感覚だった。変身している最中、やけに気分が高揚していたのだ。解いてみるとそれがよくわかる。今までは、こんな事なかったのに。

 

「リ、リュウ……?」

「お前、近付いても平気か?」

「リュウ君……大丈夫なのー?」

「……え? ……ああ、大丈夫ですよ」

 

 所長が動きを止め、リュウが元の姿に戻ったことで、ゼノ達はようやく再起動を果たしていた。今の出来事は何だったのだろう。まるで鬼神の如き強さを発揮していたあの姿は。元に戻った人懐こいリュウの顔を見ると、それら全てが白昼夢だったかのような気になってくる。

 

「相棒」

「……ボッシュ。そういやお前、大丈夫?」

 

 ゼノ達と共にリュウの傍に駆け寄ってくる相方。ボッシュは先程から変わらず神妙な表情をしている。

 

「俺っちよぅ、少しだが思い出したぜ」

「? ……何を?」

「いやまぁ、あれだ。それより、まずはこっから出ようや」

「?」

 

 何かを言い辛そうにしているボッシュ。チャキチャキした態度が常な彼にしては珍しい歯切れの悪さだ。さっさと出ようと促されたが、リュウはもう少し待ってと横を向き、そちらへと歩き出す。試験管や書類が置いてある、デスクの方へ。

 

「っと……あった!」

 

 所長が誇示していたレポート。リュウはそれを手に取るとパラパラめくった。詳しくは何が書かれているか全然わからなかったが、一番最後の、著者の名と思われるサイン。それを見て、リュウは薄々思っていた予想が当たっていた事を知った。

 

「これは……」

「まぁ、な……」

 

 付いてきたボッシュの呟きからも、同じ事を考えていたことが伺える。そのサインには、こう書かれていたのだ。よく知った名前……“ユンナ”と。

 

「ボッシュ、もしも所長がこの実験を……このまま続けてたら、母親は、生き返ったのかな」

「いいや。それはねぇ。あの液体はあのままじゃ欠陥品なんだよ。そこにあるレポートにゃ、肝心な部分が抜け落ちてんのさ。どうやっても、出来上がるのはただの化け物だ」

「……そう」

 

 結局、リュウ達が来なくとも、ペレット所長の思いは通じなかったのだ。その事を知らずこのレポートを信じていた所長に、リュウはどうしようもない物悲しさを覚えた。

 

「この装置、どうしますか隊長」

「……止めましょう」

 

 ゼノ達は、未だ微かに稼働しているペレット所長が残した機械を、止める決断を下した。人を生き返らせようとする、自然に反した行為。やはり、それは認めるべきではない。軽々しく、死を受け入れろ等とは言えない。それでも生き返らせようとするのは、残された者のエゴでしかないのだから。

 

「……」

 

 スイッチを切り、機械が発していた低い駆動音が徐々に聞こえなくなっていく。ペレット所長の母もこれできっと、安らかに眠れるだろう事を祈って。こうして、プラントの地下で起きた事件は、静かに幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 その後、リュウ達はシュークの港町へと戻り、支部に問題が解決したことを報告した。ペレット所長の凶行も伝えたが、所長には母以外の親類は居なかったので、それ以上何をするような事もないのだった。

 

「ありがとうございました。これは僅かですが、悠久の風からの報奨金です」

 

 食料生産施設の占拠はそれなりに大きな問題であったため、解決したリュウには金一封が手渡されていた。中身は六千ドラクマ。勿論“レンジャー”にも同じ額が渡されており、今回の事で“紅き翼”と共に幾らか名が上がる事だろう。結果としてそれなりに纏まった金が手に入ったので、この町に来た当初の目的も達成したことになる。

 

「なぁ相棒、俺っちちょっと行きてぇ所があんだけど、連れてってくんねぇか?」

「? 珍しいね。それってどこ?」

「ああ、それぁな……」

 

 そして、ボッシュからの言葉でリュウの次の目的地は決まった。どうでもいい余談であるが、支部で小耳に挟んだ情報によると気掛かりだった釣り大会は既に終了しており、賞金の対象だった海の主、“超巨大ホーンドマリーナ”は姿を現さなかったそうだ。そうとわかればもう思い残す事はない。リュウはこの町とお別れすることにした。テクテクと支部の出口を目指す。そして、そこへ交じる足音三つ。

 

「まさかあんな力を隠し持っていたとは……私達が勝てないわけですね」

「ふん、だが私達もいつか、お前に負けないくらい強くなってみせるからな」

 

 同じく支部の出口を目指し、隣を歩く“レンジャー”のお三方とも、ここでお別れである。短い間ではあったが、別れるとなると非常に名残惜しくリュウは感じていた。“紅き翼”はずっと女っ気の全くないパーティだったせいか、絡まれたり爆発に巻き込まれたりと色々酷い目に会った癖に全部許してしまっている。せめて、と連絡先だけは交換したが。

 

「良かったら、リュウ君も私達と一緒に行かないー?」

 

 天然モモからのお誘いは、非常に魅力的であった。思わずグラリと心が揺れるリュウ。しかし次の彼女らの目的地を聞いて、断念せざるを得なくなる。大陸名とか聞いても全くわからないし、そもそもこれからリュウがボッシュと行こうとしている地とは、掛け離れ過ぎているのだ。

 

「いやあの、お誘いはホント心の底から嬉しいんですけど、ちょっとそういうわけには」

「えー……」

 

 どこかショボンとしているモモにリュウの罪悪感が大ダメージだ。心の中でぐぎぎと血の涙を流しているのを察したのか、ボッシュはそんなリュウに呆れた眼差しを向けている。

 

「モモ、あまり無理を言うものではありませんよ」

 

 ゼノもどこか少し寂しそう……と、感じてくれてたらいいなと考えるリュウ。尤も彼女とアースラはその辺りの分別はついている。支部を出て、そこでお互いの向かう先の違いが明確になる。リュウは北へ。ゼノ達は東へ。

 

「じゃあお三方、良かったらまたどこかで。それまでお元気で」

「ええ。リュウも、無理はしないように」

「またねーリュウ君」

「次は勝つからな。忘れるなよ!」

 

 こうして、リュウは若干の後ろ髪をひかれつつ、シュークの街を後にするのだった。

 

 

続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。