1:人探し
メガロメセンブリア。紅き翼が何度か利用したホテルに隣接する喫茶店。リュウとボッシュは現在、次の目的地へ向かう前にそこへ立ち寄っていた。特に理由があるというわけではない。シュークの町から移動して少し疲れたので、休憩がてら寄ったというだけだ。常連とまではいかないがそれなりに利用していたから、知らない店よりは入りやすい。
『だからよー、何かおかしいんだよなー』
「? あー、うん。おかしいって、何が?」
二人掛けのテーブルにはリュウとボッシュだけ。飲み物もオレンジジュース一つしか頼んでいない。しかしどこからか聞こえてくるナギの声。正体はリュウが手首につけている機械だ。テレコーダー。遠方に居る人間とも会話出来る装置。要は魔法世界で使われている魔法的な携帯電話である。これから向かう先に行くのに一応リーダーの許可が必要かなと思い、リュウは連絡を取ったのだ。
『いやな、聞いてた話と全然違うんだよ。今の季節なら頻繁に出るって話を聞いたから来たのに、今の所一匹も出てねぇんだってさ』
「いや、うん。だからその……出るって、何が?」
そして今、リュウはナギの愚痴を聞かされているのだった。許可を求める話題を出す前に「丁度良かった、ちょっと聞いてくれよリュウよお」と、ナギはリュウの用事を遮って自分の話をねじ込んできたのである。強引さは相変わらずのようだ。
『あーわりぃ。俺が探してんのはよー、あれだよあれ、“ドラゴン”』
「……ドラゴン?」
ピクリと、リュウの頬が引きつった。ナギの声は思い通りにいっていない事に、ストレスを感じているように聞こえる。
『そうなんだよ。今居る所はニャンドマってんだけどよー、いつもならドラゴンが出るってのに、なんか居ねぇんだとさー』
「へー……」
『アルにも他にドラゴンどっかにいねぇか聞いたんだけどよー、何かあんまり見掛けなくなってるっつっててさー』
「ふーん……。所で、ドラゴン見つけてどうすんの?」
『ん? そりゃ決まってんだろ、ぶちのめすんだ』
「……」
テレコーダーの向こうから、気合を入れたのかパシッと手を打ち付けた音が聞こえてくる。単独修行という事で、ナギは魔法世界で最も強い生物、ドラゴンを退治して回ろうと思ったらしい。しかし探してみると何故か今、魔法世界中のドラゴンが減少傾向にあるという事だった。不思議な事もあるもんだなーとリュウとボッシュは二人して首を傾げている。
『だからよー、もしどっかでドラゴンが出たって話聞いたら教えてくんねー?』
「あいよー。じゃあ噂とか聞いたら連絡するよ」
『頼むぜー』
と、危うくそれで会話が終了してテレコーダーの電源を切られそうになり、リュウは慌てて自分の用件を切り出した。
「あーちょっと待って、実は聞いときたいんだど、……旧世界、行ってもいいかな?」
『あー? あっちに行くのか? 別にいいぞ。詠春も行ってるし』
「あれ、そうなの?」
『おう。あいつは実家で基礎から修行だとよ。ま、あっち行くなら土産とか頼むぜ』
「うんまぁ、わかった」
『……あれ、ていうか、ドラゴンといや、変身したお前と戦えばいいって事じゃ』
ドラゴンとナギが口にした時からそうなるのではと予想していた酷く不吉な言葉。案の定それが聞こえたので、無言でピッとテレコーダーの電源を落とすリュウ。とにかくこれでリーダーの許可は得た。テレコーダーをドラゴンズティアの中にしまうと、リュウは残ったオレンジジュースを飲み干し、テーブルの上で丸まってるボッシュに話し掛けた。
「そんじゃ、まずはゲートの起動時間とか聞いてこようかね」
「おうよ、わりぃな相棒」
リュウ達の次の目的地は旧世界。先日、あの工場での事件で様子がおかしくなったボッシュが行きたい場所というのが、何を隠そうリュウとボッシュが目覚めた始まりの地、“ドラグニール”だった。あの時、何故ボッシュはユンナのレポートの中身を知っていたのか。理由を聞いてもボッシュは話したがらず、ただドラグニールに行けばわかるとしか言わなかった。
「いいのかい相棒、修行の方はよ」
「まぁ、大丈夫でしょ」
リュウとしても、ボッシュの事は気になる。それにどこかで情報が入れば良いと思っていた“完全なる世界”についても、手掛かりはゼロだ。その為、そちらは引き続き保留。そんな訳でリュウとボッシュは休憩を終えると、旧世界へと繋がるゲートに向かって歩き出すのだった。
*
「次のゲートの発動は、一週間後になりますね」
「……そうですか、ありがとうございます」
驚くほど閑散としているゲートポートに到着したリュウとボッシュ。どうしたのかと近くに居た係員に尋ねた結果、そんな返事が返ってきた。ちょっとタイミングが悪かったようだ。次のゲートの発動まで一週間。何だか少し暇な時間が出来たという事らしい。
「……」
仕方ないので、リュウは何か暇つぶしが無いか考えた。一週間しかないとなると、あまり悠久の風の依頼をこなす気にはならない。そう言えばメガロの周りにも海がある。この辺ではどんな魚が釣れるのだろう。暇と見ればすぐ趣味に意識が移る辺り、ダメ人間なリュウである。
「なぁ相棒。時間があんならよ、旧世界行く前に、あの蛇の姉さんのとこへ行かねぇか?」
「え?」
既に足が釣りに行く方向へと動き出していたリュウに、意外な方向からストップを掛けるボッシュ。別に釣りを妨害したいからという訳ではなく、純粋にボッシュ自身がそうしたいからという動機のようだ。
「蛇のって……ディースさん?」
「おうよ。あの姉さんよぉ、相棒について何か色々知ってそうだったじゃねぇか」
「あー、そう言えば……」
以前ディースの住むヨギの村から出立する前に、「龍の民について知りたくなったらおいで」と言っていたことを思い出す。しかし、リュウが自分からというならまだしも、何故直接関係のないボッシュがそれを知りたがるのか。リュウはそこの所がよくわからなかった。
「……いいけど、何で突然」
「いや、相棒の出自がちっとばかし気になってよぉ」
「……?」
どうにもあのシュークの出来事以来、ボッシュの態度は変だった。それはさておき一週間ほどの空いた時間。ヨギの村ならば、ちょうど向かって帰ってくるだけでその時間が潰せる。なのでリュウは特に難しく考えず、ボッシュの要望通り二度目のヨギの村へ向かう事にするのだった。
*
あの火山の一件以来気候も大分落ち着き、過ごしやすくなったヨギの村は、いつも通りの日常を送っていた。穏やかそうな老人たちの顔を見ると、あの時に頑張った甲斐があったなとリュウは何だか誇らしげな気持ちが湧いてくる。一通り村の様子を見て回ったあと、リュウはディースの家のあった場所へと向かった。テクテクと山道を歩いていくと、徐々にそれらしき建物が見えてくる。
「何か……家でかくなってない?」
「そうみてぇだなぁ」
建て直したらしいディースの家は、以前と同じログハウス。だが外見が様変わりしており、前はなかった二階などがあるようだ。居るかなーと思いつつドアをノックするリュウ。少しすると「はぁい、ちょっと待ってぇ」という艶っぽくて、尚且つ気だるそうな声が返ってきた。
「はいはーいどちら様……ってあら? リュウちゃんじゃないか」
「どうもですディースさん」
ガチャリとドアを開けて姿を見せたのは、相変わらずの美しさを誇る大魔道士ディース。昼間だというのに寝ていたのか、随分とラフな格好をしている。目の保養になるなぁとこっそり堪能するリュウである。
「どーしたんだい突然。ナギちゃん達は?」
「あ、今は色々あって俺一人なんです」
「一人だけ? ふぅん……?」
「……何か?」
じろじろとリュウの全身を上から下まで舐めるように見て、随分と楽しそうにディースはニヤニヤしている。
「なぁにぃ? 一人で会いに来るなんて、そーんなにおねいさんに会いたかったのかい?」
「いやまぁその……」
明らかにからかっているのだろうが、妖しい雰囲気満載でそう言われると、途端にどう答えれば良いのか口篭ってしまうリュウである。その様子に満足したらしいディースは、スッと何かを察したように真剣な表情に変化した。
「……わかってるよ。あたしの所に来たって事は、龍の民について聞きたい……ってんだろ?」
「……はい」
「そうね。……ま、立ち話も何だし、とりあえずお入りよ」
「お邪魔します」
中へ入ると、立て直したログハウスは中身がかなり豪華になっている事がわかる。外からでは二階が出来た事くらいしかわからなかったが、他にも地下室を備えていて、かなり広々としたキッチンまでが備え付けられているようだ。
「あの……この壁から天井まで黒く焦げた痕は……」
「あ、あはは。まぁまぁいーじゃないかい。そんな事はさー」
「……」
あからさまに目を逸らすディース。所々にあるのは紛れもない爆発の跡だ。懲りずに料理という名の破壊兵器製造は続けているらしい。案内された居間も、中々酷い状況だった。取り敢えず転がっている大量の酒瓶を片付け、テーブルにお菓子とお茶を用意(リュウが淹れた)。家政婦のような真似をして、ようやくまともに話せる環境となる。
「さて、どっから話そうか……うーん、リュウちゃんは“龍の民”についてどこまで知ってるんだい?」
「え、いやぁ……実はほとんど知らないんです。竜に変身できる力があるって事と、以前ディースさんが言ってたもう滅んだ種族って事くらいですかね」
実際、リュウは自分の事を驚く程知らない。気が付いたらもうこの身体だったので、今言った事くらいのことしかわからないのだ。気にならない訳ではないが、さして重要視はしていないといった所だ。
「そっか。じゃあ一から説明するとだね。“龍の民”ってのは旧世界で普通の人間達と同じように暮らしてて……まぁその……竜になれる力を持ってはいたけど、温厚で穏やかな種族だったのさ」
「? ……そうなんですか?」
どこか妙な言い方をするディース。昔を思い出して、僅かだが懐かしんでいるような気配がある。そして、それはリュウにとって少しだけ意外な回答だった。今自分にあるような凄い力を持っているのに温厚だとは。まぁ別に使わないならそれはそれでいいと思うわけだが。
「……あれ? でもそれなら、何で滅んじゃったんですかね? 俺自分以外の“龍の民”って会った事ないんですけど……」
「……」
正確には、過去にリュウは一人だけ会っている。だがその人物はリュウと碌に会話もしないまま既に殺害されてしまっており、リュウはその人物が“龍の民”であった事は知らない。ディースは、リュウの言葉に暗い顔をした。それは明らかに、リュウ以外の龍の民が滅んだ理由を知っている顔だった。
「……いい、リュウちゃん。よく聞いて。龍の民はその昔……ある元凶に、滅ぼされたんだよ」
「元凶? ……滅ぼされた?」
「……」
ディースは、その元凶とやらを知っているような口ぶりだった。訝しむリュウとは対照的に、ボッシュは黙って聞いている。
「そうさ。……そしてその元凶ってのは…………女神さ」
「め、女神……ですか?」
女神とはまた、眉唾な話だなとリュウは素直に思った。まぁ竜に変身するリュウのような種属やディースみたいな存在もいるのだから、女神というのが実際に居ても一応おかしくはないかな、と自分を納得させる。そして、そう言えばと記憶に引っ掛かる物があった。女神。リュウはそれを知っている。少し思い出そうと努力して、その名は、浮かんできた。
「女神って……もしかして、“ミリア”って名前……ですか?」
「! 知ってるのかい!?」
「……」
テーブルに乗り出すように聞き返してくるディースの反応が、リュウの言った名前が本当にその女神の名である事を示している。リュウは少し“しまった”と思った。どうして知っているのかと聞かれても、答える事が出来ないから。ボッシュは、その単語に僅かな反応を示していた。
「えっとその……まぁなんかずっと昔に、小耳に挟んだというか……」
あやふやな事を言って、リュウは誤魔化した。突っ込まれたらどうしようと内心ではドキドキだったが、ディースの方は「そう、まぁ小さい頃に誰かに聞かされたんだろうかね」と、逆に納得出来たらしい。
「話を戻すけど……その女神ミリアによって、リュウちゃん達龍の民は……滅ぼされたのさ。一人残らず……ね」
「……」
滅ぼした。仮にも神の名が付くような存在が。なるほど、ディースが躊躇うのもわかる話だ。そんな事、嬉々として話せる内容じゃない。そして、リュウは疑問に思った。何故、と。
「何か……理由があったんですよね?」
神というなら、基本的にその行いは“正しい”筈だとリュウは思う。だから、龍の民が何か怒りを買うような事をしたのかと思った。例えば、今の自分のような力で無差別に暴れまわったりしたというのなら、そうなるのも無理はないだろう。しかしディースは首を横に振る。
「……いや、龍の民はみんな穏やかに暮らしてた。それに彼らの変身するドラゴンは確かに強かったけど、それで人を襲ったりした事もないよ」
「じゃあ、何故?」
「……。さぁね。ミリアが……何を思って龍の民を滅ぼしたかは、きっと本人にしかわからない事さ」
目を瞑り、苦虫を噛み潰したような表情のディース。理不尽な話だとリュウは思った。何もしてないのに滅ぼしたとは、どうにも納得がいかない。しかしリュウは、それ以上ディースは話をしてくれなそうな気配も感じた。彼女の態度に僅かだが不信感を感じないでもないリュウだったが、同時に彼女が何かとても重たい物を背負っている事も悟った。
「……まぁでも……そうさね。滅ぼす理由として挙げるとすれば、一つだけ……」
「それは?」
「……龍の民には“可能性”があったからじゃないかと思う。……“世界”を壊す可能性が……」
「可能性……ですか?」
首を傾げつつ相槌を打つリュウ。確かにリュウのような力を持つ者が多数いて、その力を世界に向けたとしたら、それは酷い事になるだろう事はわかる。だが、穏やかに暮らしていた種族を、“そのような可能性がある”という理由だけで逆に滅ぼすだなんて、いくらなんでも横暴だ。
「あいつは、きっとそれを恐れたんだ……」
「……」
言いたい事はわかる。でも本当にそれだけか? 何か、自分とディースが考えている“世界を壊す”という言葉の認識にズレがある気がする。リュウはそう思ったが、ディースの複雑そうな顔はそれ以上尋ねる事を躊躇わせる。とにかく印象としては、ミリアというのは勝手な女神だという事だ。そしてリュウはそこで、あれ? と思った。
「でも、人間だって、核兵器を使えば多分世界を壊せると思うんですけど」
「……そうだね。ま、その辺りの事はあたしにはわからないよ。ただの推測だから」
「はぁ……」
ディースの言葉の真偽がわからない。本音のようにも聞こえるし、誤魔化しているようにも聞こえる。分かった事は、これ以上詳しい事はわかりそうにないという事だ。
「そう言えば、なんでディースさんはそんなに詳しいんですか?」
それはふと思った率直な疑問だ。そもそもディースは龍の民との関係とはなんぞやと。どうしてそんな事まで知っているのだろうかと。
「ああ。あたしはね、止めようとしたんだ。ミリアの暴挙を。でも、止められなかった。だからもしも龍の民が生き残っていたとしたら……いつか謝りたいとも、出来る限り力になってやりたいとも思ってた」
「……そうなんですか」
ディースの視線が、リュウに申し訳ないという感情を向けていることがわかる。一人残らず消え去ったと思っていたのに、生き残っていた最後の一人。しかしそれだけでは、リュウの疑問は解消しない。
「なんでディースさんは、そこまで龍の民に尽くそうと?」
「あはは、まぁ、ちょっとね。どちらかと言や、あたしの話を聞かないミリアに腹が立ったと言うか……」
「……?」
笑っては居たが、それ以上は言い難そうな様子が伺える。なのでリュウは、それ以上その事には突っ込まない事にした。そしてふと気付いた、別の切り口から話を進展させる事にする。
「今までの話からすると、ディースさんが魔法世界に来たのってひょっとして……」
「そ。リュウちゃんの想像通りさ。あの我儘女神が居る世界なんてまっぴらだったからね」
「なるほど」
「……」
つまり、その辺がディースが魔法世界に移住してきた理由らしい。会話が途切れたので、ちょっとお茶を飲んだりして一息つく。ボッシュは何事かさっきから考えているらしく、相変わらず無言だ。そして次に、リュウが注いだお茶を飲み終えたディースが、あ、と声に出した。
「そういえばさ、気になってたんだけど、以前リュウちゃんが噴火を止めた時、ドラゴンに変身する前に妙な形態になったわよね? あれって何?」
「妙な? ……ドラゴナイズドフォームのことですか?」
ドラゴナイズドフォームとは、リュウが勝手にそう呼んでいるだけだ。正式名称があるのかはわからない。ただディースが指している妙な形態というのと認識は同じだったようで、それそれ、とディースは頷いた。
「あれさー、何か本来の龍の民の力じゃない気がするのよねぇ。昔ずっと龍の民を見てたけど、あんな姿になった者はいやしなかったよ」
「……そうなんですか?」
やっぱあれは変なのかね、とリュウは思った。考えてみれば、あの姿は今でもドラゴンズ・ティアを外すと暴走の危険が残っていて、竜変身ではそれを感じた事がない。不思議な話である。
「ひょっとしたらミリアは……リュウちゃんみたいなのが生まれるのを危惧したのかも……」
「はい?」
「あーいやいやこっちの話。リュウちゃんは気にしなくていいのよ」
「はぁ……」
何かまだ少し隠し事をしてそうな雰囲気だ。まぁどうせ教えて貰えないから別にいいけど、とリュウはその辺諦めている。それにしても内容が重たいのに、生来持っているディースの明るい空気のおかげで必要以上に話が暗くならないのは、リュウ個人としては好ましく思える事だ。
「ところでさ、リュウちゃんってどこで生まれたんだい? 魔法世界でかい?」
「あーいえ、一応出身は旧世界の、中国の山奥……かな?」
正直どこで生まれたかは、リュウは詳しく知らない。自分が意識を取り戻した場所と言えばそこなので、取り敢えずそう答えておく。
「はーんなるほどねぇ。そんなところで生き延びてたのかい。お父さんとかお母さんは?」
「それは……わかりません。気付いたら俺だけでした」
「……そっか」
普通の人ならば奇妙な話としか思えないだろうが、ディースは龍の民の事情を知っているため、それ以上深く聞く事はしない。それがリュウにはありがたかった。何しろ、リュウには“この自分”が小さい頃の記憶など、最初からないのだから。あんまりその辺を突っ突かれるのも困るので、リュウは話題を逸らす事にした。
「まぁボッシュが気になる事があるって言うんで、俺達これからあそこに行こうって思ってるんですよ」
「ほっほぅ……」
話のアクセントとして今後の予定を言ったその途端、ディースの目がキラリと輝いた。そして何やらうん、と頷き気合いを居れて立ち上がると、シュルシュルと蛇の下半身をくねらせて奥へと向かっていく。
「あれ、どこへ?」
「ふっふーん。ちょいと旅支度さ。いやー旧世界なんて久々だわー。ちょうどいい機会だし、あっちにはしばらくぶりに会いたい人も居るのよねー」
「……もしかしてディースさんも行くつもりですか?」
「あら、いやかい? いいじゃないあたしも見てみたいのよ。リュウちゃんの生まれ故郷を」
「は、はぁ……」
言うや否や奥の方へ引っ込んでいくディース。バタバタガタガタとタンスやらクローゼットやらをひっくり返している音が聞こえてくる。本当に旅の支度をしているらしい。突然のことで驚くリュウだが、まぁ何が問題となる訳でもないし別にいいかと開き直った。
「どうボッシュ、気になってた事ってわかった?」
「おう……ま、俺っちの記憶が間違いじゃないって事ぁわかったぜ」
「そりゃ良かった」
何かよくわからない事を言うボッシュに、リュウは適当な相槌を返すのだった。そしてそれから約二時間。待ちくたびれてうんざりしているリュウ達の前に、ようやく荷物を纏めたらしきディースが姿を現した。
「さ、行きましょうリュウちゃん! 遥かなる旧世界を目指して!」
「じゃあまずはメガロメセンブリアへ。今からなら丁度ゲートの発動日前には着けますから」
そんな訳でまさかのディースと共に、リュウはメガロメセンブリアの転送ゲートへと向かった。それからは特に何事もなく転送当日を迎え、これまた何の問題も無くリュウ達はそれを通過して、旧世界へと戻ってきたのだった。
「到着! いやー、懐かしの我が世界よ、ってねぇ」
「なんかすげーノリノリですね」
「酔ってもいねーのに、流石だなぁ蛇の姉さんは」
リュウとボッシュとディースが出現した場所は、イギリスはウェールズである。本来なら転送先として目的地に近い中国に出るのを使おうと思ったのだが、別にリュウ達の方は急ぎというわけではないので、ディースの人探しの方を優先したのだ。
「……」
旧世界という事で、そのままではディースの下半身は目立ち過ぎる。なので今、ディースは変装の魔法を使い、普通の人間のように下半身を装っていた。蛇は蛇で特に問題はなかったわけだが、あまり見慣れないディースのスラッとした足とムチっとした尻に思わず目が行くダメなリュウである。
「リュウちゃん、どこ見てるんだい?」
「……何のことですか?」
あははと知らぬ存ぜぬを通すリュウ。尤も、その様子を全て理解しているようにニヤニヤしているディースにはやはり叶わないようだが。
(危ない。これは孔明の罠だった。気を付けないと)
ディースにはNASAもビックリ驚異の料理技術があるので、弱みを握られでもしたらアレを食わされるハメになるかも知れない。リュウは気を落ち着けようと周りへと目をやる。一緒に転送されてきた人達は、ストーンサークルのようなゲートからぞろぞろと移動していた。早く行かねば取り残されてしまう。だが……肝心の目的地がわからないので、リュウ達はその場に立ち竦んでいた。
「んで姉さんよぅ、その会いたい人ってなぁこの近くにいんのかい?」
「ん? ……さぁ? 確かずーっと前に、この辺に住んでるって聞いたような気がしたんだけど、どうだったかしら?」
「……」
あっけらかんと他人事のように言うディース。何のあてもなく適当さ全開である。思わず深い溜息が漏れるというものだ。
「……それで、その人ってどんな人なんですか?」
ディースが会いたいと言う人間。興味が湧くのは当然だ。ボッシュも非常に気になっているらしい。ディースと同類の下半身が蛇の女性かとか、もしくは昔に居た恋人だとか、とにかくまぁ色々と無駄に想像してしまう。
「どんな……うーんそうさね。見た目はリュウちゃんと同じくらいで、実は何百年も生きてるって女の子さ」
「へぇー、そんな長命な人がいるんですか」
恋人とかではなく、友達系の方向らしい。それにしても意外である。魔法世界ならいざ知らず、そんな人間が旧世界に住んでいるとは。リュウは自分の記憶にざっと検索を掛けてみたが、思い出せる範囲ではそんな人間は居なそうに思える。
「なぁ姉さん、そいつの名前はなんてーんだ?」
「あー、それがねぇ。結構長ったらしくてよく覚えてないのよ。あたしはあの子をキティって呼んでるけどね」
「キティ……?」
何だか非常に引っかかる名前だった。あれ、何だっけなーと思い出そうとするが、喉の所まで出かかっているのにどうにも思い出せない。
「……うーん、何とかフルネーム思い出せません?」
「そう言われても、何だったかしらねぇ? んー……確か……なんたらかんたらマクドナルド……って言ってたような……」
「マクドナルド……」
眉間に思いっきり皺をよせて考えるディース。出てきたのはやたらとジャンクフードな名前である。そのせいでリュウは一瞬赤いアフロで楽しくなるとどうしてもやっちゃうランランルーなピエロを思い浮かべたが、そんなわけないとすぐに頭を振ってその考えを否定した。しかし“マクドナルド”というのも、何だか微妙に引っ掛かる気がする。
「姉さん、他にはヒントはねぇのかい?」
「ヒント? うーん……あ、そうだわ。確か今はすっごい高い賞金が掛かってた筈よ!」
「賞金首!?」
自分と同じくらいの見た目。キティ、マクドナルド、そして高額の賞金首。ここまで来れば、如何なリュウでもわかるというもの。ようやく全ての線が繋がった。
「もしかして、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル……ですか?」
「あー、そうそうそれよ! そんな名前だったと思うわ。なによーリュウちゃん、知ってるんじゃない」
「それはまぁ……“
魔法世界で一週間程度でも過ごした事がある者ならば、誰もが一度は耳にした事があるであろうその名前。“
「あーなんかそんな風に呼ばれてるらしいわねぇ。でもリュウちゃん。あの子本当は可哀想な境遇なんだよ。賞金首にするだなんて何考えてんだろうね。お上は馬鹿だよ」
「……」
ディースは“闇の福音”の過去について経緯を知っているらしく、現在の指名手配ぶりに憤っている。リュウも記憶からその悪名の内実は知っているので、討ち取って賞金貰うぜーなどとは考えない。というか、そもそも正面から戦って勝てるとは思っていない。まぁそれは今はどうでもいい事だ。問題は別にある。
「それで、その“闇の福音”さんとどうやって接触すんです?」
「…………。さぁリュウちゃん! 気合入れて探しましょう!」
「まるっとノープランですか!?」
「頑張れ、相棒」
適当にどこかを指差し、適当にノリで言い放つディース。ナギ並か、もしくはそれ以上の適当さだ。いくら稀代の賞金首とは言え、この広い地球上を全くのノーヒントで探すなど無謀にも程がある。ボッシュは既に完全に諦めモード。頼れるのは自分だけなようで、リュウは何だか頭痛がしてきた。
「うーん……何か探す良い方法は……」
「あはは! さ、取り合えずここから移動しながら考えましょ、ね!」
「しっかし適当だなぁ姉さんよぉ」
ディースに背中を押されて、仕方なくそこから動きだすリュウ達。既に周りには誰もおらず、遠くにいる係りの人間がリュウとディースを急かすように睨んでいるのみであった。そんな訳で、急遽“闇の福音”捜索の良い方法がないか考えながら、リュウ達は場所を移すことにした。
「……こうなったらやっぱあれかな……」
「お、何かいい方法でも浮かんだみてぇだな相棒」
「ホント? 流石リュウちゃん。あたしの目に狂いはなかったようね!」
「……」
移動中、リュウが一人で散々悩んで考えついた方法。それは今こちらの世界に来ているらしい青山詠春に連絡を取る事だった。蛇の道は蛇。餅は餅屋。つまりはその手の情報に精通してそうな人に聞くのが手っ取り早いだろう、という訳だ。そうこうしている内にウェールズの首都カーディフに到着すると、リュウは早速電話のある施設を探す。
「うわ、電話代超高ぇ……」
テレコーダーは当然旧世界への持ち込み禁止。さらにこの時代ケータイなどと言う便利なアイテムは存在してないので、公衆電話を使う。一応それ自体はあったのだが、外国な上に見た事もない機種、さらに数が少ないせいで尋常でない金額が必要だった。そうして面倒な手続きを経て、何とか日本は京都、詠春の実家に電話を掛ける。数コールして、出たのが本人だったのは運が良かった。
「……という訳なんですけど、賞金首の“闇の福音”の行方とか御存じないですか?」
『なるほど。しかしまさか“闇の福音”がディースさんの知り合いとはね。話はわかった。ちょっと待っていてくれ』
「お手数おかけします」
話によると詠春はナギ達と別れてから、一から己を鍛え直すべく実家の道場に篭りっきりで、それまでの数倍の修行をしていたらしい。流石は生真面目剣士である。リュウのイメージでは素振り→剣術に対する感謝の祈りを一日で一万回繰り返しているような、そんな感じだ。俺も真面目に修行しないとなー、と詠春の勤勉ぶりに触発されていると、電話の先にガサゴソと人の気配が帰ってきた。
『もしもし、リュウ君。調べたんだが、どうも“闇の福音”は今日本に居るみたいだな』
「は……日本ですか?」
『ああ、詳しくはわからないが、関東の方で討伐騒動が持ち上がっているらしい。接触するには少々大変かも知れないぞ』
「……わかりました。それだけ分かれば十分です。お忙しい中わざわざありがとうございます」
『いやなに、困った時はお互い様だ。それじゃ、ディースさんによろしくな』
「はい。それでは」
何とか有益な情報を得られたリュウは、公衆電話のある施設から少し離れた所にある喫茶店へと向かう。そこにディースとボッシュが待っているのだ。ガーと自動ドアを開けて店に入り、二人が座っているテーブルへと近づいていく。……何故だか山ほどあるケーキの空き皿が目に付いたが、取り敢えずはスルーである。
「おやリュウちゃんおかえりー。首尾はどうだった?」
「……」
恐らくはチョコレートケーキであろう最後の一欠片を、あーんと自分の口に持っていって至福そうにもぐもぐするディース。凄まじいリラックス度だ。自分では優雅に食べているつもりのようだが、口の周りに付いたクリームが色々と台無しである。
「一応有力な情報を貰えました。どうも日本に居るらしいですよ」
「ニホン? ……ああ、あの有名なジャパァンね。あたし行ったことなかったのよねー。それは楽しみだわねぇ」
日本を無駄に良い発音で復唱しながら目を輝かせるディース。何だか目的が二転三転しているようにしか思えない。
「姉さんよぉ、観光か人探しか目的メッチャクチャになってねぇか?」
「いやそもそも人探しはついでの用事だったような……」
「ほーら、行くわよリュウちゃん! それじゃ早速、空港目指してしゅっぱーつ!」
「ちょっ、引っ張んないで下さい!」
リュウの腕を引っ張り、会計には何故か胸の谷間から取り出したお札をぽんと置き、お釣りも貰わずに突き進むディース。まさしく女版ナギの如き自由奔放さである。今になってリュウは思う。ナギが以前ディースに突っかかっていたのは、自分とどこか似た匂いを感じた事による同族嫌悪だったのではないかと。
(ていうか、ウェールズに出た意味まるでねー!)
結局日本に行くなら中国に出るゲートで良かったのに。そんな事を思うリュウとボッシュは終始ご機嫌なディースに振り回されながら、日本を目指すことになるのだった。
余談だが、ディースなら当然のように高速飛行魔法が使える。なので海を渡るなんてのもお茶の子サイサイなのだが、それでは明らかな不法入国であるし、色々と問題を起こすのも面倒という事で、素直に飛行機を使っているのだった。
*
「いやー、着いたわねぇジャパァン! それでキティはどの辺に居るのかしら?」
「関東、としか聞いてないです」
「相棒、もうちょい詳しく聞いとけや」
何だかんだで時間を掛けて日本に到着したリュウ達。時間としては夕刻だ。時差のせいでおかしな感覚に陥るリュウである。そして探すといっても関東一円は十分広いので、現在空港のロビーでどこへ行くか迷い中なのであった。
「うーん、ここからどうしよう……」
「なぁ相棒、思ったんだけどよ。なんかこう魔力とかって感じねぇのかい? スゲー使い手なんだろそいつ」
「いやそれが全然」
近くに行けば感じるだろうが、遠くだとリュウの感覚では全くわからない。だが、そのボッシュの助言が良いヒントになった。ふとリュウの頭にそれを発展させたアイデアが浮かんだのだ。
「ディースさん」
「なんだい?」
「俺あんまり魔法とか詳しくないですけど、何かこう探知魔法みたいなのってないんですか? 知ってる人の魔力ならわかったりとかの」
すると本当に今しがた思い出したかのように、ディースはポンと手を打った。
「あそーだった、その手があったね! いやーあっちの世界じゃそんなの使わなかったから、ころっと忘れてたよ。リュウちゃんエライ!」
「……」
この人ホントに大魔道士なんだろうかというリュウとボッシュのジト目をまっっったく気にせず我が道を行くディース。正直、このフリーダムっぷりは最早呆れるのを通り越して羨ましいレベルだと感心するリュウである。ここ数日で、リュウの中のディース株は猛烈な勢いで底値を更新している。
「ん〜……。あ、あっちの方にキティっぽい力を感じるわね。……ん? いやでもちょっと待ってこれは……戦ってる?」
目を瞑り、何やらみょんみょんと怪しい念波を四方に送っているディース。探知したのは“闇の福音”だけではなく、それを取り巻く無数の魔力も同時にであった。
「そう言えば、討伐騒動がどうとかって詠春さん言ってましたね」
「……ちょっと面倒な事になってるかも知れないねぇ」
「急ぎますか」
そうしてリュウ達はディースの指し示す方角を頼りに、今にも日の沈む関東の地を邁進するのだった。