炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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2:真祖

 紅い真円を描く月が天高く昇り詰め、暗闇に蠢く者達の輪郭を浮かび上がらせる。夜の住人達が真にその力を発揮する暗黒の時間。そこは日本国某県、とある山間部。薄暗い林の開けた一角に、男達の悲鳴が木霊する。

 

「ぎゃあああ!」

「その程度の力でこの私に手を出そうとはな。よくも思い上がったものだ」

 

 氷の刃に両足と両肩を貫かれ、倒れ行く男。それを冷たく見下す女性のシルエット。薄雲の間から差し込む月光が、彼女の人並み外れた容姿を余す所無く現世に曝け出す。しなやかな肢体。グラマラスな胸元。冷淡な瞳は視線だけで男を魅了し、長く揺れる金色の髪はさながらもう一つの月であるかのように妖しく輝いている。

 

「お前で終わりか? 威勢良く待ち伏せていた割には呆気なかったな」

「ぐぁぁっ!?」

「ケケケ、オイ御主人斬リ足リネーゾ。モット殺ラセロ」

 

 彼女の傍らに控えるは、パートナーのキリングドール。その手に持つは血濡れの刃。今宵幾人もの血を吸ったその生ける凶器は、未だ生贄が足りぬと乾きを主張する。

 

「その辺にしておけチャチャゼロ。これ以上の無用な騒ぎは御免だ」

「ケッ、命拾イシタナオ前ラ」

「ぐう……」「くそ……っ!」「おのれ……闇の福音め……」

 

 一人と一体の足元に無残に転がる、血の海に沈む人間達。不意打ちは無意味だった。数の差も無意味だった。これが万物の霊長たる人間を糧にする彼女の力。永き時を生きる真祖の吸血鬼の本領。音に聞こえた伝説の賞金首、“闇の福音”エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルを討伐しようと集まった者達は、ただの一太刀すらも浴びせられず、その圧倒的な魔力の前に容赦なく蹴散らされていた。

 

「じゃあな」

「ま、待て……! 闇の福音!」

「ん……?」

 

 息一つ乱していない彼女がその場から去ろうとしたその時。倒れていた大勢の中から一人、ローブを来た若い男がよろよろと起き上がった。男は他の人間よりも幾分傷が浅かったらしく、腕と額から血を流してはいるものの、それなりに余力があるようだ。

 

「……なんだ? 自ら死を望むと言うなら、いくらでもくれてやるぞ?」

「御主人、俺ニ殺ラセテクレ」

 

 殺戮人形はケタケタ笑い、エヴァンジェリンは顔だけを男に向けて矢のように鋭い氷の眼差しを送る。威圧を込められたそれは集まった他の人間達同様、男を射竦めるかと思われたが……何と男は、その視線を正面から受け、かつ不敵にも口の端を歪めた。

 

「く、くくく……さすがは……最強の魔法使いと謳われた吸血鬼。大した魔力だ。……だがな……俺達がお前に、何の勝算もなく馬鹿正直に挑むと思ったのか? 少しばかり油断が過ぎるんじゃあないか?」

「……なに?」

解放(エーミッタム)!」

 

 男の力強い言葉が鍵となり、エヴァンジェリンの足元が激しく光り輝いた。描き出されたのは魔法陣。そこから発生した無数の光の帯が彼女の全身を絡め取り、その自由を奪っていく。瞬く間にエヴァンジェリンは両腕を上に、十字架へ(はりつけ)られたような姿勢で固定されてしまった。

 

「これは……!」

「くは……ははははは! 馬鹿め、かかったな! お前専用に誂えた特製の捕縛結界だ! もう逃れる事は出来んぞ!」

「貴様……」

 

 身動き出来ない無様な姿を晒させられて、エヴァンジェリンの口調はさらに冷え込んだ。しかし彼女は冷静だ。冷静に、全身に魔力を行き渡らせる。……けれども、思うように魔力が動かない。光の帯の結界は、体の自由だけでなく魔力をも封じているようだった。これ程の芸当は、曲りなりにも対象の魔力の波長と合わせなければ難しいはず。念入りに下調べをしたという証拠である。

 

「……」

「どうだ闇の福音、動けなくなった気分は?」

 

 これでもう反撃される事はない。男は笑った。今までやってくれた分を利子をつけて返してやるぞと、そしてその首に掛かった六百万ドルの賞金は自分の物だと、薄暗く笑った。エヴァンジェリンは、変わらず冷ややかに見ている。

 

「如何な吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)と言えど、魔力を封じた上で首を撥ね、頭を砕いて心臓にこの銀の刃を突き立てれば復活出来まい……」

 

 男が懐から取り出したのは銀で出来たナイフ。古来より、吸血鬼にダメージを与える事が出来る神聖な武器だ。男は左手に魔法を、そして右手に銀のナイフを持ち、動けないエヴァンジェリンへと近付いていく。そこでようやく、彼女はその冷徹な表情を変えた。

 

「フッ……」

「……何がおかしい」

「いや、お前はあまり周りが見えていない様なのでな」

「何だと?」

「チャチャゼロ」

「アイサー御主人!」

 

 光の帯が捕まえたのはエヴァンジェリンだけだ。パートナーの殺戮人形は彼女の影に隠れ、男の死角になる場所に潜んでいたのだ。そして、主からの命令を待ち侘びていたかのように、人形は刃を振り回し嬉々として男へと飛び掛かる。

 

 エヴァンジェリンは、男が慌てふためくと思った。だが次の瞬間、その表情は僅かに曇る。男は依然としてにやけた顔を覗かせていた。いや、むしろその笑みは殊更歪んでいるように見える。

 

「ハッ……周りが見えてねぇのは……どっちかな?」

「ゲッ! 何ダコレ!?」

「!」

 

 月の光に反射して、人形の全身に細い何かが纏わり付いているのがエヴァンジェリンにはわかった。糸だ。それも魔力そのものを魔法で編み込んだ強靭な糸。まるで男を助けるように、彼女が意識していなかった方向から放たれている。人形はあっという間に糸で覆い尽くされ、繭のようにされてその場に停止。即座にその糸の出処を探知して、エヴァンジェリンは小さく舌打ちした。

 

「くくく……やられたフリが俺だけだって言った覚えはねぇぜ?」

「……」

 

 糸が伸びているのは、倒れている別の男の指からだった。その男は事も無げに立ち上がると顔についた泥を拭い、ナイフを持つ男の側に近付いていく。

 

「……なるほど、お前らは一流だな。その隠匿技術だけは」

 

 念のため他の倒れている人間を探知したが、反応はない。どうやらこの二人だけが別格のようだ。仮にも私の目を欺いた事と、その用意周到さだけは認めよう。

 

 エヴァンジェリンが思ったのはそれだけだった。これからナイフを持つ男が自分に何をするのか、そのナイフをどうするつもりなのか。男が先程言った、間違いなく自分の身に訪れるであろう惨劇を予想しても、エヴァンジェリンの表情が変化する事はない。

 

「……」

「なんだよそのツラは。お前、これから死ぬんだぜ? わかってんのか?」

 

 男は、エヴァンジェリンの態度が気に入らなかった。長きに渡る“闇の福音”の伝説に自分が終止符を打つ。だから“闇の福音”が最後に自分を見る目は、悔しさを滲ませた怒りの目。そうでなければならないのだ。しかしエヴァンジェリンは今の状況を理解してなお、眉一つ動かさない。

 

「何だ? 命乞いでもして欲しいのか? 中々下種な趣味を持っているじゃあないか」

「……」

 

 エヴァンジェリンは、まさしく意にも介していなかった。これくらいの危機は、数え切れない程乗り越えてきた。だからこの程度で得意になっている男が酷く哀れで、逆に可愛くさえ見えてしまっている。それは男に対して、効果覿面の挑発であった。

 

「てめぇ……」

 

 この状況で、この女が自分に逆らう方法はない。つまりその余裕はハッタリに過ぎない。ならその、下らない尊厳ごと奪い去ってやる。男はエヴァンジェリンへ近付く速度を早めると、手にしているナイフを躊躇なく振るい……彼女の服の前面だけを器用に切り裂いた。

 

「どうだ? これからお前が俺に何をされるか……言わなくてもわかんだろ?」

「……」

 

 露わになったのは彼女の乳房だ。雪のように白い肌を、豊かな実りを覆い隠す無粋な布きれは最早ない。ナイフが傷を付けたのか、一筋の赤い線が二つの膨らみの間をつうと流れ落ちていく。月明かりに照らされ、薄光の中に浮かび上がるその姿は酷く妖艶で、神々しくさえあった。糸使いの男ですら、思わず生唾を飲み込むほどに。

 

「へへへ……」

「……」

 

 ピタピタと冷たい銀のナイフの側面で彼女の頬を打ち、男は舌舐めずりをした。例え吸血鬼であろうと、その事を差し引いても彼女の美しさは余りある。それをこれから蹂躙するのだ。思うままに獣のように。屈辱に塗れるだろう彼女の表情を思い浮かべるだけで、気分が昂ってくる。

 

「お、おい……よせよ。さっさと殺すべきだ」

「ああ? 冗談じゃねぇ。こいつの悔しがる顔を見てからじゃねぇと気が済まねぇんだよ。なんなら、お前もヤるか?」

 

 糸使いの静止を振り切り、ナイフを持つ男は一層下卑た笑みを動けないエヴァンジェリンへと向ける。そして自分の腰のベルトへ、その手を掛けたとき……

 

「ベリ・ルス・ル・ビルス・ウロボロス……」

「!!」

 

 どこからともなく凛とした詠唱の声が響き渡り、その場に立つ三人を包み込んだ。

 

「【契約に従い、我に従え、氷の女王】……」

「だ、誰だ!!」

 

 闇の福音ではない。こいつの声とは違う。男達は焦った。自分達に向けられているのは明らかな敵意。狙われている。二人は慌てて周囲を見渡す。しかし声の主はどこにも見当たらない。

 

「ど、どこにいやがる!」

「おい不味いぞ! この呪文は……!」

「【来れ、とこしえのやみ、えいえんのひょうが】……!」

 

 慌てた事が、男達の決定的なミス。間抜けな姿のまま、彼らはその動きを止めた。膨大な魔力により顕現した氷柱が、二人をその胎内に閉じ込めたのだ。

 

「【全てのものを 妙なる氷牢に 閉じよ】……『こおる世界』」

 

 静かな林に反響する呪文が完成し、眩い光と共に封印される氷柱。光が収まり、男二人は二度と融ける事のない氷のオブジェと化していた。予想だにしていなかった急展開に、エヴァンジェリンは僅かに呆けた表情をしている。

 

「やほーキティ。アブない所だったわねぇ」

「まさか……ディース!?」

 

 上空に視線を向けたエヴァンジェリンが、驚愕の表情に染まる。そこに居たのは蛇のような下半身を持ち、笑顔で手を振る妙齢の美女。エヴァンジェリンにとってふわふわと降りてくるその人物は、非常に見知った顔であった。驚いた顔のどこかに、出来れば会いたくなかったという苦手意識も潜ませながら。

 

「よい……しょっと!」

「……ディース、何故貴様がここに居る」

「あらご挨拶ねぇキティ。最初の一言がそれ? 久しぶりに会ったんだからさぁ、何かもっとこう色々あるでしょう?」

「ふん……」

 

 身体の自由を奪っていた筈の光の帯を、パキンと何事もなかったようにエヴァンジェリンは破壊した。そして再開を喜び、抱きつき頬ずりするような勢いで飛び掛かるディースを、迷惑そうに手で遮る。

 

「全く余計な手出しを……あの程度の輩に、この私が本当にやられるとでも思ったのか?」

「おーや、随分な言い草じゃない。もう少しで乙女の柔肌をキズモノにされる所だったって言うのにさぁ」

「ふん、あの男が粗末なモノを出した瞬間に、二度と男として使いものにならないようソコだけを凍り付かせてやる予定だったんだよ」

 

 魔力までをも封じられ、完璧に動けなくされた魔法陣の罠だったが、長い経験故にその弱点を彼女は知っていた。波長が同じ事を逆手に取り、術式を逆解析して解呪に働くよう魔力を流し込めば良かったのだ。それはエヴァンジェリンにとっては造作もない事だったが、難点は解析に時間がかかるという事だ。その為、実は色々とギリギリでピンチだったのは間違いなかったりする。しかしその事は決して口にはしないエヴァンジェリンである。

 

「……」

 

 吸血鬼の真祖に対して全く臆することなく、長年の友達であるかのように接するディース。そしてその後ろの方で、リュウは自分の目を手で覆いながら、彼女達のやり取りを聞いていた。

 

「全く貴様は全然変わっていないな。……まぁそれよりも、だ。お前の後ろにいる、そのガキは何だ?」

「えーと、どうも初めまして。リュウと申します……」

「……ねぇリュウちゃん、何で眼隠ししてるんだい?」

「いやだってその……」

「ん?」

 

 聞かれたのでリュウは、目隠ししている反対の手で真祖の吸血鬼を指差す。エヴァンジェリンは、先程服を切られてそのままだった。つまりは胸のたわわな双丘を外気に晒したままなのだ。流石に正直に直視するほどの度胸はリュウにはない。本音を言えば見たいけど、ガン見したら殺されそうという悶々とした意識のせめぎ合いの中にいるのだった。

 

 ……尤も指をさせたという事は、指の隙間からしっかり覗いているという証拠なのだが……。

 

「……。とにかく、ここでは落ち着いて話が出来ん。場所を移すぞ」

 

 そんな訳で目的の闇の福音との邂逅を果たしたリュウ達は、エヴァンジェリンが近辺に持っているという隠れ家の一つを目指してその場を脱出した。ちなみにだが先程の救出劇の際、リュウとボッシュはディースに掛けられた浮遊魔法によって、上空に浮きつつ一部始終を見せられていたという。

 

「この辺りまで来れば問題ないな」

 

 深夜なので人通りの全くないとある寂れた街の一角。リュウ達の他に誰も居ない事を確認し、ポンとエヴァンジェリンは幻術を解いた。あのグラマーだった身体は見る影もなく縮み、そこに居たのは見た目リュウと同年代くらいの少女。長い金髪はそのままにゴスロリ服を着込んだ、人形のような顔立ちのエヴァンジェリン本来の姿だ。そして今、元の姿に戻ったエヴァンジェリンは、改めてリュウの方を胡散臭げにじろじろ見ている。

 

「……それにしてもこのガキ、何か妙な力を感じるな。ディース、貴様がこちらへ出て来たことと関係あるのか?」

「まぁちょっとね、野暮用って感じかしら」

「……」

 

 ディースの言葉に考えるような仕草をするエヴァンジェリン。野暮用、の中身が何かを推し量っているらしい。イマイチ空気が読めないので黙りこむリュウである。

 

「……それで?」

「それで、って何が?」

「わざわざ魔法世界くんだりからこの私に会いに来たんだ。それ相応の目的があるんだろう?」

 

 ニヤリと笑う幼い魔王。その顔は冷静を装っているようだが、何か玩具を見つけた子供のような雰囲気が滲み出ている。ディースに恩を売る良い機会だ、等と考えているのかも知れない。だがその期待は無残に打ち砕かれる。

 

「別に? ないわよ目的なんて。あ、でも待って。……うーん、強いて言うならそうだね、あたしがキティに会いたかったからかな?」

「……」

 

 てへっ、と可愛く言うディースの言葉は、紛れもなく彼女の本心だろう。期待した私が馬鹿だった、と言わんばかりに脱力するエヴァンジェリン。その脳裏に蘇るのは、ディースに振り回された己の過去。そう言えばこういうヤツだった、と失念していた自分を律している。

 

「オイ御主人、コッチノチッコイノ殺ッテイイノカ?」

「うぉぁっ!?」

 

 いつの間にかリュウの足元に寄って来ていた殺戮人形が、その背丈より大きな刃物を担いでリュウの方をじっと見上げている。初めて見るその無機質で無邪気な殺気に、リュウは素で驚いていた。

 

「待て。一応はこいつらの事情を聞いてからだ。それからでも遅くはない」

「……」

 

 ギン、と音が聞こえるくらい、エヴァンジェリンはリュウに八つ当たりの様な感情を込めて睨みつけた。原因は間違いなくディースを連れてきた事である事は、リュウにもわかる。

 

(……何か超こえぇ……)

 

 見た目はそれこそ人形のような少女だが、流石に魔王の異名を取る歴戦の吸血鬼。今まで出会った誰よりも重厚なプレッシャーに、リュウは自然と口数が減っていた。

 

「さて、人に聞かれるような場所で話すのも気が向かんのでな。遺憾だが私の別荘へ招待してやる」

「あらそう? 気前がいいわねー。さっすがキティ!」

「ええい、その名で呼ぶなと昔から何度も言っているだろうが!」

「んもー何が嫌なのよー、可愛いじゃない」

「……」

 

 結構な迫力を見せつけているのだが、何故かディースには軽くあしらわれているエヴァンジェリン。その様子は何かこう、一種の微笑ましさがある。……などとは口が裂けても言えないなとリュウは思った。そんな訳で、エヴァンジェリンの小さな背の後を、素直についていくリュウとディースだった。

 

 

 

 

「そうか、お前があの龍の民か。なるほどな。微かな噂程度には聞いた事があったが……」

 

 場所を移したリュウ達が居るそこは、通称“エヴァンジェリンズ・リゾート”。エヴァンジェリンが持つ、魔法の別荘の中である。僅か数十センチの魔法球の中に造られた、外とは隔絶した異空間。周りには海と砂浜があり、他には中央に聳え立つこの塔しかない。

 

「そういう事らしいです」

「生き残っていたとはな。とっくの昔に絶滅したと思っていたよ」

 

 椅子に深く腰掛けながら、エヴァンジェリンはそう言って紅茶の注がれたカップに口を付けた。使用している調度品は、全てが一流の品々だ。エヴァンジェリンの趣味の良さが伺える。

 

「そうなのよー、これから色々その辺を調べに行く途中ってとこね」

「……さらには喋る不死身の小動物、か。中々愉快な御一行だな」

「俺っちはフェレットだっての。そこんとこ頼むぜ」

 

 リュウ(+ボッシュ)とディース、エヴァンジェリンは、テーブルを囲んで優雅にティータイム中だった。外は深夜であった筈なのに、何故か日が昇っているこの別荘。ここは時間の流れが外と異なり、外での一時間がこの中では1日になるという逆浦島太郎な特色を持っている。その為、この中は今が丁度午前辺りに相当するのだった。

 

「それにしてもキティってば随分お金持ちになったものねー、羨ましいわー」

「貴様と分かれてから何年経ったと思っている」

「……」

 

 本当に、凄い仲の良い知り合いであるらしいディースとエヴァンジェリン。一体この二人の間には何があったのだろうか。むくむくと首を擡げる好奇心に、リュウはついついその事を尋ねてしまった。

 

「あのー、聞きたかったんですが、一体お二人ってどんな関係なんですか?」

「む……」

 

 そんなリュウの質問に、何故だか微妙に言い淀むエヴァンジェリン。その顔はどうやって言い繕おうか戸惑っている、そんな感じであった。しかしそんな努力は、隣に居る蛇の下半身を持つ女性には全く意味がない。

 

「あれ、言ってなかったかしら。実はねぇ、この子がまだ駆け出しだった頃に……」

「おい止めろディース貴様。そんな昔の事は……」

「そうあれはキティがまだ小さかった頃……まぁ今でも小さいけど……とにかくその頃、ある場所で行き倒れてたキティをあたしが拾ってねぇ。そんで色々あって、しばらくの間魔法を教えてあげてたのさ」

「え? ……てことは、ディースさんがエヴァンジェリンさんの師匠……なんですか?」

「……知らん」

 

 意外な事実に確認を取るリュウに対して、プイッと横を向くエヴァンジェリン。あまり認めたくないらしいが、しかし否定をしないという事は真実なのだろう。リュウは納得がいった。そんな経緯があるならなるほど、確かにいくら“闇の福音”といえども、恩人のディースには頭が上がらないのだなと思った……のだが。

 

「そうそうそれでねー、この子ったら最初の頃あたしの見た目が怖いって言って」

「止めろ」

「夜寝る時なんかもー生まれたての小鹿みたいにプルプル震えちゃってまー可愛いったら」

「止めろと言っている」

「まぁ聞いてよリュウちゃん。それである時なんか怖い夢見たらしくて、朝になってみたらお布団の上に、すんごい見事な世界地図が……」

「止めろと言っているだろーが! 何だその捏造話は!」

「えー、何よあの時あたしにごめんなさいって抱きついてきた癖に」

「五月蠅い! 大体そんな昔の事覚えとらんわ!」

「んもー嘘付きなさいよー、いつからこんな反抗期になっちゃったのかしら」

「全部お前のせいだろーが!」

 

 気のせいか喋り方がいつもより若くなっているディース。そんな二人のやり取りを見て、さらにリュウは理解した。自分にも覚えがある。ディースは、エヴァンジェリンが吸血鬼に成り立てだった頃に魔法を教えた。つまりエヴァンジェリンにとって、ディースは自分の“人に言いたくない過去”をガッチリ握った親戚の叔母の様な存在なのだ。会う度にあの時はこうだったのよねーなんて言われた日には、そりゃグレる気持ちもよくわかる。何だか凄くエヴァンジェリンに親近感が湧いたリュウである。

 

「はぁ……お前と話していると本当に疲れる……」

「あら、いいのかなー。そんな事言うともっと過激なキティの秘密ネタを暴露して……」

「やめい! ……コホン、所でディース、龍の民のそこのガキは、もうドラゴンには変身できるのか?」

(ん……?)

 

 ディースの天然攻撃に息を荒くしていたエヴァンジェリンは、話を変えるべくそんな妙な事を口にした。口の端をわずかに吊り上げて、リュウの方を見ている。

 

「もちろんよ。あたしが知ってる限り、リュウちゃんほど強力な竜は見た事ないわね」

 

 ディースはそう言うとふふんと大きな胸を張った。まるで自分の事のようにリュウを自慢している。妙に持ち上げられて何だか少し気恥ずかしくなったが、しかしリュウはエヴァンジェリンの笑みの意味をまだ理解していない。

 

「いやあの別に……そこまでじゃ……」

「くくく……なるほど。ディースがそこまで言うとはな。丁度いい。私も一度、龍の民とやらの力を見てみたかったんだよ」

「はい?」

 

 クククと楽しそうに笑うエヴァンジェリンの纏う空気が、刺々した剣呑なものに変わっていく。そこでやっとリュウは、埋設されていた大型地雷が爆発した事を理解した。ガタンと椅子から立ち上がり、部屋の入口へと歩いて行くエヴァンジェリン。

 

「あの……まさか……」

「察しがいいじゃないか。外へ出ろ。貴様の腕前を見せてもらうぞ」

「うえぇ!?」

 

 そのお誘いに対するリュウの正直な感想は、“マジ無理”である。ナギ達が修業中である以上、今の時点で既に賞金首である彼女の方がその実力は上の筈。しかも性格はドのつくSだ。何とかして全力で拒否したいと思うリュウを誰が責められようか。

 

「いや……その、お、俺の負けでいいんですけど……」

「残念だがこれは決定事項だ。拒否して私の怒りを買うのと、素直に従うのと、どちらが好みだ?」

「……」

 

 エヴァンジェリンの笑みは黒かった。ディースにいじられた鬱憤をリュウで晴らしてくれよう、という魂胆まで透けて見える。某性悪重力魔法使いとはベクトルの違うその笑顔に、リュウは決定が覆りそうもない事を悟った。

 

「……シタガイマス」

「相棒、頑張れ」

 

 握りつぶされるのは、いつだって立場的マイノリティの意見だ。社会の格差ここに極まれり。こうして何故か急遽リュウvsエヴァンジェリンの異種族魔法格闘戦・ノンタイトルマッチinジャパンが開催されることになってしまうのだった。

 

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