炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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5:作戦

「どうぞ」

 

 どこか緊張を帯びたリュウの声に促され、ギィィと立てつけの良くないドアが開かれる。現れたのは、まるで絵に書いたような紳士だった。シルクハットを深めに被り、仕立ての良いタキシードに身を包んで、ステッキを持っている。纏う雰囲気は重厚で顔は良く見えないが、その男は明らかに注目され慣れている風体だった。三歩下がった位置に、下男と思われる付き人を従えている。

 

「深夜に失礼致します。こちらに“紅き翼”の人間が居ると伺いましたが……?」

 

 シルクハットの男は、開口一番低く渋い声でそう切り出した。特に前置きもなく本題に入った男。柔らかな物腰ながら、リュウは彼に対してどこか周囲を伺う焦りのような物を感じた。それはともかく、こうして現れたからには彼がエカル氏本人なのだろうと決め付ける。

 

「どうも、えーと……お久しぶり……です……俺が、“紅き翼”のリュウです」

 

 一応以前にちらっとだけ会っている筈だから、“初めまして”というのもおかしいか。そう思ったリュウが恐る恐るそう告げると、エカル氏と思われる男は一瞬だけ、リュウの方をちらりと見た。その視線にどこかリュウを疑うような色が混じっている事は、すぐにわかった。

 

「あなたが……? 不躾で恐縮ですが、何か証拠などお持ちではありませんかな?」

「証拠、ですか……? あ、じゃああの、この指輪に見覚えありませんか?」

 

 突然身分証明を求められたリュウは、咄嗟に今自分の指に嵌っている指輪を提示してみた。この指輪は、あの依頼があった時に“エカル”氏にもしっかりと見てもらったから、証拠になるはずだと。そしてその思惑が通じたのか、シルクハットの男はそれをじっと見つめるとすぐに何かを思い出したような素振りを見せた。

 

「コレは……そうだ。確かに、あの時見た呪われた指輪……」

 

 どうやら、シルクハットの男の方もあまり“紅き翼”の面子の事を覚えてなかったらしい。特にナギやアルに比べたらリュウは一際地味だ。印象が薄かったのはお互い様としか言えない。もし指輪まで忘れられていたら危ない所だったが、一応“宝”として報告された事から、男は覚えていたのだろう。改めてリュウの方を見て納得したらしく、男は大きな安堵の溜め息を吐いた。

 

「……少々、お待ちください」

「?」

 

 そう言うとシルクハットの男とお付きの下男は半歩ばかり下がり、リュウ達から距離を取った。何をするのかと怪訝な顔を浮かべるリュウ達をよそに、パチンと軽快に指を鳴らす。するとポンっという軽い音を立てて、彼ら二人の足元から煙が立ち上った。その煙が晴れた所に現れたのは、身に付けている物こそ変わっていなかったが、少し……いや、とてもヒトには見えないモノだった。

 

(おわっ……!?)

「ゴホン、驚かせてしまって申し訳ない。先程までの姿は主に外での活動用でしてな。改めまして、エカル・ホッパ・ド・パ・タパタ伯爵です。どうぞお見知りおきを」

 

 そう言い、ピシリと様になった挨拶をするエカル氏。それなりに色んな亜人を見てきたリュウでも、ハッキリ言ってこれは面食らった。シルクハットにタキシード、そしてツヤツヤした緑色の肌が艶かしい……等身大二足歩行カエル。どこからどう見ても立派なカエルである。深夜に間近でこれは中々心臓に悪い。寸での所で大声を挙げなかったのは、マジで驚いたら流石に失礼だろ、という常識的な思考回路の賜物だ。ちなみにエカル氏のような種族の事を、総称して葡萄族(クロウラー)という。

 

「こ、こちらこそ。あーえっと、繰り返しになりますが俺は“紅き翼”のリュウです」

「あたしはリンプー」

「おいらはステンってんだ」

「……」

 

 と、ちょっと声が上擦るリュウとステン、リンプーはごく普通に挨拶をし、サイアスは無言だが軽く頭を下げた。だがその場に居る最後の一人。ランドだけは口も開かず黙ってエカル氏を睨んでいる。

 

「よろしくお願いします皆様方。先程はリュウさんに確認のような真似をして失礼しました。いやはや年のせいか物覚えが悪くなりましてな。重ね重ね申し訳ありません」

「いえそんな……」

 

 それまでの硬い雰囲気を覆し、どことなく好々爺な感じの笑みを浮かべるエカル氏。こちらもついさっきまで忘れていたのだからお相子です、とリュウは心の中で愛想笑いを浮かべてみる。そしてそんなエカル氏に対して、一人の男がズイっと前に乗り出した。彼が部屋に来た時からずっと睨み続けている大男、ランドだ。

 

「おっさん、いきなりで悪いがあんたに頼みがある」

「おや、何でしょう?」

「俺達を、領主キルゴアに会わせて貰えねぇか?」

「!」

 

 その言葉に妙に驚いた様子のエカル氏。何かいきなり核心を突かれてドキリとしたような、そんな表情だった。そしてまじまじとランドの姿を見て、何か決意を固めたような表情を浮かべた。

 

「そうか君は……デイジイさんの……」

 

 その途端エカル氏は、お付きの下男も含めたその場にいる全員が驚く行動に出た。なんと部屋の床に膝をつき、手をつき、ランドに土下座をし始めたのだ。

 

「! お、おいそりゃ何の真似だ!?」

「すまない……彼女の事は……元はといえば私のせいなんだ!」

「はぁ!?」

 

 ランドも、流石にこのいきなりの土下座には戸惑いを見せている。リュウも含めて皆どうしていいかわからないという様子だ。しかしそんな空気を微塵も気にせず、いつまでも土下座の姿勢で固まるエカル氏。

 

「な、なぁおっさん、取り敢えず頭を上げてくれよ」

「しかし……」

「なぁ頼むからよ。いきなり謝られても訳がわからねぇし……」

 

 それなりに年を重ねた男に土下座されたままというのは、ランドも気分が良い物ではない。何とかしてエカル氏に顔を上げさせようと苦心する。そしてそのままでは話が進まなそうと思ったリュウは、丁度顔を上げたエカル氏に尋ねることにした。自分の中に浮かんでいた疑問を口に出して、今の雰囲気を打開する事にしたのだ。

 

「あの……エカルさん、ちょっとお聞きしたい事があるんですが……いいですか?」

「……何でしょうか」

「えと、“紅き翼”を、こんな深夜にこっそりと訪ねてきたって事に対してですが……」

「……」

「ひょっとしてですけど、何か表に出せない“依頼”みたいな物があったりするんでしょうか」

「そ、それは……」

 

 それはリュウが門番から話を聞いた時に思った事だった。何故わざわざそんな人の目から隠れるような事をして会うのか。あの場で堂々とリュウ達を家に招けばそれで良かったハズなのに。そんなリュウの言葉にまたも上げた顔を伏せるエカル氏。今度は何かに縋るような、心底申し訳なさそうな表情をしている。

 

「“紅き翼”の方には、全てをお話します。デイジイさんの事にも関係しているのですが……」

「!」

 

 どうも、エカル氏は何か色々と問題を抱えているらしい。リュウとランド、ついでにリンプー、ステン、サイアスもぐっと話を聞き取る準備をする。

 

「実は……依頼、というのもあながち間違いではないのです。どうか、キルゴアさんと私の息子、そしてデイジイさんを……盗賊達の手から助け出して欲しい」

「? あの、助けるってどういう……?」

「はい、それは……」

 

 そこから、ポツポツとエカル氏は話をしだした。

 事はエカル氏の息子エカル・ホッパ・ド・ぺ・タペタが、流れ者の盗賊達に誘拐された事に端を発する。親であるエカル氏の元に賊から突き付けられた要求は、身代金ではなく何故か領主のキルゴアと会わせろと言うものだった。

 

「何ソレ? 変なの。普通誘拐したら、代わりにお金を貰おうとするんじゃないの?」

 

 話の途中、リンプーがそんな素直な感想を口にする。その点はリュウも同感である。だがきっと、話の肝はそこにあるのだろう。エカル氏はさらに話を続ける。

 

「私も、当初はそう思いました。しかし今思えば彼らの狙いは、初めからキルゴアさん本人だったのです……」

 

 領主に会わせろというもの以外は何も要求が無かったため、それで息子を返してもらえるのならば安いものだ。エカル氏は領主キルゴア氏に理由を伝え、一度会ってくれるよう話をした。勿論、落ち合う場所の周囲を傭兵を雇って固めた上で。ノコノコと入ってきた盗賊一味とキルゴア氏が話をした後、息子のタペタを取り返し、一網打尽にする腹積もりだった。

 

「ここからが、不可思議な話になるのですが……」

「……」

「その、賊の頭目と思われる男とキルゴアさんが話をしている時でした。何か腕輪のような物を男が付けるように言い、渋々それをキルゴアさんが身に付けてから……突然、目に見えてキルゴアさんの様子が変わってしまったのです」

「……」

 

 ……それは、確かに妙な話だった。盗賊に腕輪の様なものを付けさせられたキルゴア氏は、突然操られたように盗賊の言う事を聞くようになってしまったのだという。エカル氏の言葉にも耳を貸さなくなってしまい、まるで洗脳でもされたように虚ろな表情になってしまったのだと。

 

「それで、私や周囲の傭兵には何も出来なくなり……彼らの言う事を聞くしかなくなってしまったのです」

「……」

 

 それが、エカル氏の話の全てだった。言う事を聞く領主と言う金ヅルを手に入れた盗賊達は有り余る金を湯水の如く使い、今もあの城のような領主の豪邸の中で、好き放題にしているらしい。

 

「なぁ、じゃあ何で母ちゃんが攫われたんだ?」

 

 ランドの尤も疑問。確かに今の話には、デイジイが出てこない。そしてそれに対してエカル氏は、とても苦々しげに答えた。

 

「その盗賊達はキルゴアさんの家に飽き足らず、今度は自分達だけが住む為の豪華な邸宅をファマ村の……よりによってデイジイさんの家が建っている場所に建てさせようとしているのです。彼女はあの村で一番の働き者でしたから、彼女の了解さえ取れば、他の住人も容易く折れるだろうと……」

「な……そんなくだらねぇ事の為に……!?」

「……はい。国から目を付けられないよう、合法的に土地の権利を手に入れようとしているようです。私はなるべく逆らわないようにと、秘密裏にデイジイさんへ使者を送ったのですが……」

「家に火を点けて本人攫っといて、今更合法も何もないと思うけどねぇ」

 

 役に立てなかった事に肩を落とすエカル氏と、憤怒と言える表情を浮かべるランド。確かに、それはあまりに下らない理由だ。そんな事の為に自らは殺されかけて母は連れ去られ、挙句家まで燃やされるとは。リュウにはそんなランドの気持ちがよくわかった。そしてステンの言う事も尤もではあるが、つまり領主の家にはそれを容易く揉み消せるくらいの金の力がある、という事だろう。

 

「……」

 

 とにかく、何とか一連の出来事の事情はわかった。つまりエカル氏も領主のキルゴア氏も、その盗賊連中の被害者だと言う事だ。

 

「おっさん、ってことは、母ちゃんは無事なんだな?」

「はい。今はキルゴアさんの屋敷で、彼女の持つ土地の権利を譲ると書かれた証書にサインをするまで、軟禁状態となっています。しかしデイジイさんは決して首を縦には振らないでしょうし、危険が及ばないとは言い切れません」

「……」

 

 デイジイが誘拐されてまだ一日も立っていない。早ければ早いほど良いが、合法に拘るとするなら少なくとも二、三日の間は、デイジイに危険はないと考えられる。つまりそれまでの間に、救出あるいは盗賊の殲滅を行えればいいと言う事になる……が。

 

「あの、つかぬ事を伺いますが、エカルさんの最初に誘拐されたっていう息子さんは……どこに?」

「それが……恐らくタペタもキルゴアさんの屋敷に居るとは思うのですが……行方がわからないのです」

「……」

 

 エカル氏は関係者だ。恐らく盗賊の一部から動向を見張られていて、人質である息子を盾にされ彼らに逆らう事が出来ないのだろう。屋敷への出入りは出来ているみたいだが、“タペタ”を見つけられていない事からそう推測出来る。

 

「だから“紅き翼”を頼った……と言うわけですか」

「そう……なります」

 

 エカル氏は渋い顔をしたまま頷いた。当然盗賊達によって、誰に会っても余計な事は言うなと外への情報発信も制限されている筈だ。そんな八方塞がりな所へ偶然とは言えやってきた“紅き翼”は、正に渡りに船だったのだろう。今こうして全てを話してくれている事自体、バレた時のリスクを覚悟しての事だ。

 

「なんかよくわかんなかったけど、要するにその盗賊が悪いってことだよね! じゃあそいつら全部纏めてぶっとばしちゃえばいいんでしょ!」

 

 リンプーがかなり強引に話を纏めてしまったが、まぁ要するにそういう事だ。気になるのは盗賊の頭目とやらが領主に付けさせた“腕輪”だが、今の状況だとそれについては考えてもわからないだろうとリュウは思う。

 

「おいらもランドの旦那のお袋さんには昔ちょいと世話になったしねぇ。そういう事なら手伝うよ」

「……っ」

 

 ステンもサイアスも、盗賊殲滅のやる気を見せている。やる事が決まれば後は早い。そして今最も必要なのは、エカル氏が持つ情報だ。盗賊の人数だとか屋敷の間取りだとか、聞きたい事は山ほどある。

 

「あの、じゃあもう少し詳しい話を聞き……」

 

 と、リュウがそう言おうとしたところで、影の薄かったお付きの下男がエカル氏に耳打ちした。そのエカル氏は何やら懐中時計のような物を取り出して、時間を気にしている。

 

「……申し訳ありませんが、今夜はこれで失礼させて頂きます。何分私にも、あまり自由があるわけではありませんので……」

「今は急な商談の話だとあいつらに嘘を言ってるんです」

 

 エカル氏と付き人が、どこか慌てた様子でそう言っている。その言葉に感覚を鋭くさせたリュウがトコトコと窓の傍に寄って、カーテンの隙間から外を覗いた。案の定、そこには盗賊らしき姿をした男が数人、ウロウロとたむろしていた。深夜の移動も時間制限付きとは、念の入った事だ。

 

「明日、同じ時刻にまたここへ訪れますので、今日の所は……」

「……わかりました。わざわざありがとうございました」

「いえ……」

 

 恐縮そうにエカル氏はそう言うと、足早に部屋から出ていった。盗賊に行動も監視されているなら、深夜の密会が何度も続けば、当然怪しまれるだろう。難儀だが致し方ない。無理を言って来て貰っただけでも十分ありがたいのだ。盗賊に囲まれて去っていくエカル氏とその付き人を、窓から見送るリュウ達。取り合えずデイジイが無事である事に安堵しつつ、これからどうするかについて考えるのだった。

 

 

 

 

 エカル氏とその付き人が帰って行った後、結局リュウ達は大した話し合いもせずに就寝した。主な原因はデイジイの無事がわかって気が緩んだランドと、エネルギーの切れたリンプーが早々に眠気に負けた事。まぁランドについては、先刻まで大怪我を負っていたのだから仕方ないと言えば仕方ない。リュウ達は明日詳しく話そうと決めて、休む事にしたのだった。

 

 濃い一日であったためか、リュウとボッシュ以外は全員深く寝入ってしまっていた。そんな彼らが起きだしたのは、既に日が頂点を少し過ぎた辺り。顔を洗い、宿の飯を軽く腹に入れた所で、気を取り直して情報の整理を行うことにする。

 

「エカルさんから聞いた事を纏めると、ポイントは以下の四つになります」

 

 一つ、デイジイの救出。二つ、エカル氏の息子タペタの救出。三つ、領主キルゴアの救出。四つ、盗賊の殲滅。以上四点。リュウはそう言ってドラゴンズ・ティアから取り出したキャスター付き黒板に箇条書きで書き殴った。作戦会議と言えば、紅き翼ではこれを用いるのが定番なのだ。

 

「まずは何より人質優先だよねぇ」

「そうですね」

 

 ステンの言葉をリュウは肯定する。人質は真っ先に取り戻しておかないと、盗賊とガチでやり合う事になった時に不利になる。リュウにも苦い経験があるから言える事だが、こいつの命が惜しかったら、と言われたらそれまでだ。だからそうならない為に、なんとかして人質を探し出し、先に確保する必要がある。

 

「でもどうやるの?」

「順当に言えばやっぱり屋敷に忍び込んで……って感じですが……」

 

 忍者か泥棒のように屋敷に入り込み、こっそりと人質を助けだし、風のように去る。まぁ去る必要があるかどうかは置いておき、理想を言えば対象である三人をそんな感じで確保出来れば言う事はない。だがまず忍び込む、という時点でこの話は壁にぶち当たる。ステンの言った魔法感知センサーのせいで、外から入り込むのは不可能に近い。

 

「うーん……」

「ねぇもうさ、屋敷ごとぶっ壊しちゃおうよ。で、壊した所から入ってって、みんなを助けて盗賊もぶっ飛ばす!」

「……あのねアネさん、その屋敷に近付くのが難しいって話なんだよ? それにそんな事して、もし壊した所にたまたま人質がいたらどうするのさ」

「う……」

「大体よ、俺達に出来る事っつったら暴れるくらいだぜ? んな忍び込むとか器用な事出来るとは思えねぇ」

「……」

 

 ランドの“暴れる”という言葉にサイアスが反応し、それは任せろ! と言わんばかりに刀に手を掛けている。冗談か素か分かりづらい犬侍である。ただ実際、リュウもそれはありかと考えてはいた。ランド達にわざと陽動としてセンサーに引っ掛かってもらって、その隙に自分と明らかに手馴れてそうなステン辺りで、屋敷へ潜入というプランだ。一見すると悪くないと思える……が。

 

「……でもなぁ」

「その盗賊ってぇのも馬鹿じゃなさそうだからよぉ、単純な陽動に引っ掛かるもんかね?」

「そこだよね」

 

 昨夜のエカル氏の話を聞く限り、盗賊達の特に頭目はどうも無駄に慎重そうな印象を受ける。だからデイジイが攫われた直後である今、そんなあからさまな陽動を起こしても要らぬ警戒感を与えるだけだ。引き篭られてテロ犯であるリュウ達が公式に逮捕されるまで動かなくなる可能性もある。

 

「暴れるのはまぁ……最後に取っておきましょう。それで、実は俺、少し考えてたんですが……」

「?」

 

 全員の視線がリュウに集まる。実はリュウには、昨夜周りが寝静まった後でこっそりと練っておいた秘策があった。それにはエカル氏の協力が必要不可欠だが、上手くすれば全員で堂々と、正面から屋敷に入る事ができるかもしれない。

 

「何か良い方法でもあるの?」

「ええ。昨日のエカルさんの話だと、盗賊達が屋敷の中で好き放題って事なので、結構中は汚く荒れていると思うんですよ」

「ふんふん」

「で、門番が居なかった事から考えて、あの屋敷で働いていた人達は解雇されたか逃げ出したかで、お手伝いさんとかも減ってると思うんです」

「で?」

「おいら何となくわかってきた」

「だからエカルさんに協力してもらって、俺達が臨時の執事とかメイドとか掃除夫とかに扮して潜入する……と言うのはどうでしょう?」

「……」

 

 ドヤっと自信満々の顔で披露したリュウの策。それに一瞬、周りの面子はぽかんとした。あんまり良いリアクションを得られてないので、あれ、外した? と妙に気恥ずかしく感じるリュウ。得意げだった反動でどこか穴があったかと、思わず今言った策をもう一度最初から検証したくなる。

 

「あの……何かおかしなトコとかありました?」

「……あのさ、あたし掃除とかあんまり出来ないんだけど……」

「その前に、俺やサイアスの体格で執事や掃除婦は無理があるだろ」

「ていうかさリュウ、おいら達、盗賊に顔がバレてるんじゃないの? 旦那の家の前で暴れたからさぁ」

 

 一瞬の間を置いて反応が返ってきて、リュウはちゃんと通じていた事にちょっと安心した。そして彼らの突っ込みも、リンプー以外は至極尤もな話である。確かにランドの言う通りその二人は体格がまず無理だし、ステンの言う通りリュウ達は盗賊達にもう顔が割れているだろう。いくら変装をしたとしても、体の大きさまでは誤魔化せない。これでは、そんな作戦は最初から破綻しているも同然だ。

 

「ふ……ふっふっふ……それなら心配御無用です。なーんの問題もありません」

「な、なんだいその妙な自信は?」

 

 けれどもリュウは自信満々な態度を崩さなかった。むしろ突っ込みの内容が予想通りでありがたいくらいだ。今のまま、リュウ達の姿では確かに潜入できない。となれば答えは簡単。つまりは完全な別人に成りすませばいいのだ。

 

「実は俺、こう見えて変装の魔法も使えるのですよ」

「おいおいマジかよ」

「ええ。それじゃちょっとやってみるので見てて下さい」

 

 そう、以前闇の福音に教わった変装魔法。正体を隠して潜入するとなれば、これほどおあつらえ向きの魔法はない。実際、ジンメルの街でその誤魔化し効果は実証済みである。

そしてお試しにとリュウはぶつぶつ呪文を唱え、ポンと発生した白い煙に包まれた。中から現れたのはボサボサの黒髪に白いシャツを来た、様々な幻想を右手でぶち壊しそうな十七歳くらいの男だ。この姿に特に意味はない。

 

「こんな感じですね」

「……」

 

 実際に目の前で別人に変装されては、納得せざるを得ない。確かにどういう角度から見ても、さっきまで子供だったリュウからは到底想像出来ない容姿に見える。これならリュウが言った策も十分通じるだろう。というか、もうそれで行った方が良いような気が全員してきていた。ランドに至っては呆れているが。

 

「っつーか何でもアリだなお前……」

「まぁ問題は、俺の力じゃコレ四時間しか持たないって事なんですけどね」

「四時間……微妙なトコだねぇ」

 

 時間制限があるとは言え、これは使わない手はない。そこで話は、いきなり向こうでぶっつけ変装と言うのもどうかという方向になった。要は皆、自分達もちょっと変装してみたかったりしたのだ。取り合えずお試し的に、それぞれに変装魔法を掛けて、感覚を掴んでもらう事になったのだった。

 

「やった! じゃああたしが一番ね!」

「チェ、おいら最後か」

 

 何故か始まった壮絶なジャンケンバトルの結果、まずはリンプーに変装魔法を掛けることとなった。ちなみに変装後の姿は、全てリュウが独自にプロデュースする事になると前もって言ってあったりする。そしてブツブツと魔法を唱え、ポンとリンプーの足元から白い煙が立ち上った。

 

「こんな感じでどうでしょう」

「……」

 

 魔法を掛けられたリンプーの姿は、一言で言えば“妖艶”だった。髪型は赤いショートカットから大きく変え、腰まで届く美しい金髪。そこから鋭く尖ったトンガリ耳が覗き、肌の色は全体的に紫色。そしてその身に纏っているのは、豊かな胸までを覆う炎のように真っ赤なハイレグ衣装(ヘソ出し)だけ。もふもふだった尻尾は細く先っぽにだけ毛を残すスタイルになっており、活発なフーレン族とはうって変わって魔族的な雰囲気が引き立つ、アダルティ色溢れる美女の姿になっていた。

 

「……ね、ねぇ。なんかあたし凄い大人な女になってない?」

 

 うわーうわーとクルクル回ったりして、自分とは思えない姿を確かめているリンプー。雰囲気は確かにリンプーだが、それが逆に見た目との釣り合いを不均衡なものにし、ベリィけしからん風味を引き出している。もちろん胸は元よりかなり増量気味だ。リュウに対して、ドン引きしたようにその趣味を疑う視線を向けるランドである。

 

「……」

「……」

 

 ランドはともかく一見すると無表情に見えるステンからも、チラリとリュウに視線が届けられた。それはまた、ランドのものとは別の意味を持っている。当然、その意図を察したリュウもステンに視線で答える。

 

「いいよいいよーわかってるねぇ」

「バッチリですよ」

 

 声に出さずとも、しっかり伝わる心意気。ガシッと硬い握手をかわす半透明な二人の姿が、呆れ気味のボッシュに見えたとか見えなかったとか。ともかくかなりダメな方向に意気投合するリュウとステンであった。

 

「これは流石にちょっと……恥ずかしいかも……」

「……」

「……」

 

 リンプーの恥じらいという中々見れない新鮮な光景に満足気味なリュウとステン。そして恥ずかしいと言いつつ満更でもなさそうなこの虎娘。このまましばらく眺めていたい気もしないではないが、それでは話が進まないので、次にリュウはサイアスに変装魔法を掛ける事にした。ポンとサイアスの足元から白い煙が立ち昇る。

 

「こ、こんな感じで如何でしょう……?」

「……」

 

 元々はスラッとした長身で目元を隠した、長毛種犬っぽい見た目だったサイアス。リュウはそれを思いきってイメチェンさせてみた。身長を低くして犬耳を大きく。若草色の着物は丈を身長に合わせ、人懐こい顔で寡黙な雰囲気を一掃させる。長毛種ではなく、ブルドックとセントバーナードを足して二で割ったような見た目。少々小太り気味に見えなくもないが、しかしそれが逆に話しやすそうな空気になるという野馳せり族の青年の完成である。

 

「……」

 

 するとどこからか取り出した手鏡を、じっと無言で覗き込むサイアス。人懐こい顔にしたはずなのに、眉間に皺が寄っていて気難しそうに見える。

 

「ど、どうでしょう……?」

「…………良い」

 

 実は内心おっかなビックリなリュウだったが、どうやらお気に召してくれたらしい。キランッと手鏡に自信に溢れた表情を写している辺り、何だか楽しそうに見える。

 

「じゃ、次はランドさんですね。心の準備はいいですか?」

「……。確かに恥ずかしいなこれは」

 

 そしてリュウは呪文を唱え、ランドに魔法を掛けた。ランドはまず、特徴と言ってもいいその巨体を正反対に縮めてみた。さらにはちょっと派手目なピンク色の甲殻に、小さく鋭利な一本角を装着。極めつけは長い尻尾とぐりぐり眼を搭載させるというこだわりよう。瞬く間にデフォルメ型アルマジロと言うか、どこから見ても立派なマスコットキャラが完成した。思わず「行け! ランド! 十万ボルトだ!」とか命令してみたくなってしまう。

 

「……」

「ぷっ……あはははは! ランド可愛い!」

「くくっ……だ、旦那……に、似合ってますぜ……っ……」

「か…………可愛い」

「すげぇ変貌っぷりだなぁこりゃ」

 

 爆笑する虎娘一名。目を背けて笑いを堪えてる猿一名。無表情だがリュウに向けてグッと親指を立てる犬侍一名。リュウの趣味に呆れているフェレット一匹。まぁ概ね好意的な反応である。

 

「おいリュウお前、後で覚えておけよ」

「……」

 

 睨むランドからくるりと視線を逸らすリュウ。思わず吹き出しそうになるのを何とか堪える。いくら凄まれようとも、今のランドはリュウより身長の低い愛らしさ万点のマスコット。全く持って迫力など皆無なので、覚えておけと言われてももちろん忘れる予定のリュウである。

 

「じゃ最後だし、おいらはカッコよくしておくれ」

「わかりました」

 

 そして最後にリュウはステンに魔法を掛ける。ラストと言う事で気合を入れる匠と書いてリュウ。なんという事でしょう。元々はどう見ても猿だったステンが、むしろそっちの方向へと超絶進化を遂げていきます。頭髪は炎のように逆立った赤い髪となり、顔は牙を生やした眼光鋭い厳つい顔へ。ボディには金属と生物の中間のような素材の鎧を着け、手からは炎を噴き出すギミック付きという大盤振る舞い。そして何といっても腰から下は、最早原型なんて知るか! とばかりに足ではなく炎が渦を巻いて宙に浮くという、凡そ人とは程遠いデザインに仕上がったのです。

 

「……やりすぎだろ」

「あたしもそう思う……」

「い…………良い」

「いやぁおいら結構好きだよこれ」

「相棒、いくらなんでもこいつぁ……」

「まぁそうだよね」

 

 多数決の結果、派手すぎるステンの姿は敢え無く没。まぁ確かに今の姿で黙々と掃除をするとか、想像するだけでもシュール過ぎる。結局ステンは種族を人間に変え、伊達眼鏡を掛けたごく普通の町人Aと言った姿で落ち着いた。ちなみにリュウは青い髪をそのままにして黒い執事服を来た、十六、七才くらいの少年と青年の中間といった格好にする事にしたのだった。

 

「ねぇなんかさー、リュウとステンだけ普通すぎない?」

「おい、お前らも妙な格好にしろよ」

「さてそれじゃエカルさんに話して、上手く出来そうだったらこれでいきましょう」

「……」

 

 何で俺たちだけ、という恨みがましい目でリュウを見てくるランドとリンプーの二人。だがここは軽やかにスルーするのが嗜みというものだ。そして作戦を決めたリュウ達は適当に時間を潰して夜を待つ。そうして再び深夜になって、コンコンと大部屋にノックの音が響く。再びエカル氏とお付きの男が静かにやって来たのだ。

 

「……潜入、ですか?」

「はい。俺達が掃除夫とかに変装して屋敷に入って、人質を助け出そうと思うのですが……」

「なるほど……わかりました。実はキルゴアさんの屋敷に勤めていた使用人が半数以上辞めさせられていましてな。今ならば、その話通りやすいかと」

「お願いします」

 

 考えた作戦を話すとエカル氏は特に反対意見を述べる事もなく、明日には盗賊達に臨時のハウスキーパーを入れてはどうかと進言してくれるらしい。リュウの洞察力から来る読みは、そんなに外れてはいなかった様だ。

 

「それと、皆様には少し厄介と思われる情報が……」

「何ですか?」

「実は……盗賊共は金にあかせて、とても強い傭兵を一人雇ったそうなのです」

「傭兵……」

「はい。私もあまり詳しくは知らないのですが、何でも少し前に剣闘会から引退して傭兵に転向したという男で、雇うのにかなりの額を要したと……」

「……」

 

 貴重な情報だ。エカル氏をして、相当な額と言わしめる金を要求したらしい拳闘士上がりの傭兵。恐らくは、相当自分の腕に自信があるのだろう。どれほどのレベルの強さかはわからないが、なるべくならそんな奴と遭遇したくないとリュウは思う。

 

「……では皆様。申し訳ありませんが今日はこれで。恐らく、明日の午後にはお呼びする事が出来ると思います」

「わかりました。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ……」

 

 ある程度どうするかの話をした所で、エカル氏はすぐに帰ってしまった。やはり立て続けに深夜自分の屋敷を抜け出した事を、盗賊達に怪しまれたらしい。

 

「じゃあ、明日に備えて今日はもう休みましょう」

「今に見てろよ盗賊ども……」

 

 領主の家への潜入作戦を控え、その日は早くに就寝するリュウ達だった。

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