炎の吐息と紅き翼   作:ゆっけ’

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6:捜索

 翌日正午きっかり。エカル氏の使者がガンツの宿にリュウ達を呼びに現れた。屋敷内部のあまりの汚さを見かねたエカル氏が臨時で雇いの人間を入れ、それ専用の紹介所から無差別に選ばれたのがリュウ達、という設定である。屋敷に着く直前に各々へ変装魔法を掛けて、別人となって粛々と赴くリュウ達。敷地内には問題なく入れたが本来の入り口からではなく、勝手口と思しき裏手から中へと案内されたのだった。

 

「いくつか、盗賊達に絶対に入るなと厳命された部屋があります。恐らくはそこに何かがあると思いますが……皆様、どうかよろしくお願いします」

「了解ですエカルさん。ここから先は、俺達で何とかしてみます」

「よーしがんばろー!」

「アネさん、ボロ出さないようにね」

「しかし、この小さな格好だと動き辛いな」

「そ……掃除……」

 

 勝手口から入ってすぐの所で待っていたエカル氏と、これから行う“仕事”の内容を小さく確認する。やはり屋敷内部はかなり広く、部屋数も尋常ではない。リュウ達はカモフラージュ用の掃除具一式担ぎ、静かに人質の捜索を開始するのだった。

 

「あそこに居やがるのか……ちっ、昼間っからバカ騒ぎしやがって……」

「まぁまぁ、ムカつきますが俺達にとってはあの方が都合がいいじゃないですか」

 

 勝手口のある厨房から出て、いの一番に聞こえてきたのは粗野で下品な笑い声。酒盛りでもして盛り上がっているのだろう盗賊達の声が、広い廊下一杯に響き渡っていた。聞こえてきた方向を睨むランドを宥めるリュウ。冷静に考えれば、騒いでいると言う事はそこに人数が集中していると言う事である。それは即ち下手に盗賊共に出くわす可能性が低くなるという事であり、自分達の捜索がやりやすいという事に他ならない。

 

「じゃあ、手筈通りに俺とランドさん、リンプーさんで一階を」

「おいらとサイアスの旦那で二階だね」

「ボッシュは連絡係よろしく」

「おうよ。任せな相棒」

 

 屋敷の内部は全三階建て。そして三階は、階段を上がった所に見張りが居て入る事すら出来ない。怪しさ大爆発だがそこは置いておき、取り合えずリュウ達は一階と二階を手分けして捜索する事にした。ボッシュは距離が離れてもリュウと念話ができるので、ステン達の方に付いていき何かあったら連絡を取る事になっている。定位置はサイアスの服の中だ。

 

「じゃあ迅速かつ冷静に行きましょう」

「ああ。四時間しかねぇしな」

「ねぇ、もし盗賊とかと会っちゃったら、ぶっ飛ばしていいかな……?」

「いやダメですよ、それじゃ何のために変装してんですか……」

 

 自分やランドよりもリンプーの方が腕力に訴えそうで少し心配になるリュウ。ちなみに彼女の格好はリュウの変装魔法そのままのハイレグだとあまりにあんまりなので、露出の少ないダボダボのツナギを用意してある。不謹慎だが、少し残念なリュウとステンだったりする。

 

 屋敷の中央にある階段でステン達を二階に見送り、改めて左右を見渡してみるリュウ達。無駄に長い廊下に、ズラリと並んだ扉の数々が嫌でも視界に飛び込んでくる。あまりの部屋数の多さにこれだから金持ちは……と毒づきたくなるのもまぁ仕方ない事だ。

 

「さて、地道に一部屋ずついきますか」

「おう。待ってろよ母ちゃん……」

 

 そしてリュウ達は、掃除をするフリをして一部屋一部屋丹念に調べて周った。酒盛りをしている部屋と入るなと言われている部屋はひとまず通り過ぎ、それ以外の部屋を一応綺麗にしつつ物色していく。幾人か盗賊が寝ている部屋もあったが、リュウ達の格好を見ると事前に話を聞いていたらしく、文句を言いながらも渋々出ていく。実際、どの部屋も非常に汚かった。フリとは言え目立つゴミを片付けるだけでも時間を取られる面倒な作業だ。それでお目当ての人質が居るならマシだが、そんなもの影も形も見当たらない。

 

「……いねぇな。となるとやっぱり入るなって言われた部屋か……」

「それか、やっぱり三階に居るかだよねー」

「一旦ステンさん達と合流しますか」

 

 捜索開始から二時間。一通り周ったところでリュウはボッシュへと念話を送った。返ってきたボッシュの言葉にも色よい返事はなく、二階は主に寝室ばかりでやはり人質は居なかったらしい。

 

「いやぁ二階は駄目だね。それっぽい部屋はなかったよ」

「そうですか……」

 

 ステンの報告を受け、こうなればとリュウ達は立ち入り禁止と言われている部屋へ足を向けた。一階の部屋の内、入るなと言われた部屋は全部で三つある。一角に二部屋が固まっており、もう一部屋は独立して離れのようになっている。全員で一階に集合した後、素早く纏まっている二部屋の方へとリュウ達は向かおうとしたのだが……

 

「おうお前らぁ、どーこ行くんだぁ?」

「!?」

 

 突然、リュウ達は後ろから声を掛けられた。思わずドキリと心臓が飛び跳ねそうになる。恐る恐る振り返ってみると、そこには頬を赤くして明らかに酔っ払った盗賊が二人程立っていた。恐らくトイレにでも行く所だったのだろう。流石に何事もなく行ける程の幸運というのは、そうそうある物ではないらしい。しかしそれにしても、この屋敷内部には豪華な服なども恐らくあるだろうに、一目で盗賊とわかる服装をしているのは彼らのアイデンティティか何かなのだろうか。とリュウはどうでもいい事を思った。

 

「あーあの、あちらの部屋のお掃除がまだ残っておりまして……」

「ああん? おいおいあそこは入んなって説明を聞いてなかったのかぁ?」

「もう終わったんだろーがよ。いいからとっとと帰れよ」

(ぐぬ……おのれ酔っ払いめ……)

 

 酔いまくって足元も覚束なそうな盗賊二人は、ただの掃除集団に見えるリュウ達に対し舐めきった態度でそう忠告した。まぁ、雇い入れた側からすれば何も間違ってはいない指摘である。しかしまだ人質の一人も発見できていないこのタイミングで帰らされては、変装までして来た意味が全くない。リュウは必死に打開策を考えていた。まだ事を荒立てるのはマズイ。

 

「ね、リュウどうする? いっそやっちゃう?」

「いえ、今考えてますから待って下さい……」

「いやぁこのピンチどうやって切り抜けようかねぇ」

 

 こそこそと話し合うリュウ達。しかしあまり良い案は浮かんで来ない。それにこのままだとどこかの虎娘さんは手が出てしまいそうだ。だからリュウは、取り敢えずここは彼らの言葉に従ったフリをして何とか誤魔化すのが上策、という事にした。

 

「そ、そうでしたこの先は掃除しなくて良いんでした。じゃあ今日のところはこの辺で……」

「おっ? ……おい待ちなそこの女、おめーもうちっとよく顔見せろ!」

「え? え、あたし……!?」

「お、やっぱりだ。お前中々美人じゃねぇか」

 

 と、ここで盗賊の片方は目聡くリンプーの容姿に目を付けた。確かに今は露出度の少ない格好とは言え、服の上からでもスタイルが良いのは見ればわかる。それに加え紫色の肌に映える長い金髪、どこか勝ち気で切れ長の眼。なるほどこれらはそれだけで十分に魅力的であると言える。

 

「なぁネェちゃん、あんたちょっと俺達んトコ来いよ」

「へへへ丁度いいぜ。あっちで酌してくれよ。なぁチップ弾んでやるからよぉ」

「えぇ!? あー……えっとぉ……」

 

 じりじりと近寄ってくる盗賊二人。リンプーが額に汗を浮かべて、どうしよっかと目でリュウに訴えている。

 

(やべぇ……どうすれば……?)

 

 これは少々マズイ展開になってしまった。さりげなくリュウはリンプーに盗賊達の酒の相手を任せてその隙に……とちょっと考えなくもなかったが、すぐにその考えを却下した。まずあのリンプーが大人しくしている訳がない。それにリュウ個人としても、まるでこいつらにリンプーを売り渡すみたいで気分的に嫌だった。何だか更にハードルが上がってしまったこの窮地。どうにかして波風立てずに断ろうとあれこれリュウ達は悩んだが……残念、そこでタイムリミット。

 

「おら、何やってんだ掃除なんざもういいから早くこっち来いよ!」

「痛っ! ……ちょっ……この……離せ!」

「あ」

 

 近付いてきた盗賊の一人が無理矢理に連れて行こうと、リンプーの腕をぐいと強引に掴んだのだ。リンプーのこめかみにピキッと一筋入ったのは言うまでもない。

 

「ぶげぇっ!?」「はぐっ!?」

 

 次の瞬間リンプーの見事な裏拳と後ろ回し蹴りのコンボが、盗賊二人の意識をバッサリと刈り取っていた。変装姿のため、普段とは違う体術の感じがなかなか様になっている。

 

「あーあ、さっすがアネさん……」

「まぁどうせいつかこうなるとは思ってたけどな」

「ふ、二人共…………気絶……」

「……」

 

 思わず深ーい溜息が出るリュウ。しかしまぁなってしまったものは仕方が無い。この盗賊二人が帰ってこない事を他の盗賊連中に怪しまれる前に、速攻で目的を達するしか最早道はない。ポイントオブノーリターンをあっさりと踏み越えてしまったようだ。

 

「じゃあ、倒れてるこいつらはどっか適当な部屋に放り込んで、あそこの立ち入り禁止の二部屋を調べましょう」

「あはは……えっと……ごめん」

 

 笑って誤魔化す戦法に出たリンプー。しかし流石にこのタイミングで騙されはしないリュウである。サイアスとステンが気絶した二人を手近な部屋の中に引きずり込み、その間にリュウとランドとリンプーは走って立ち入り禁止部屋の前へと移動した。

 

「じゃあいきますっ!」

 

 バンッとドアを開け放ってみると、何とそこには光り輝く金銀財宝が山のように。

 

「……」

「まぁ、確かにこいつぁ部外者立ち入り禁止だろうな」

 

 納得したようなランドの呟き。うんまぁ、これは確かに立ち入り禁止だろうとリュウも思わず納得だ。恐らく領主キルゴア氏の財産の大半がここにあると思われる。これが迷宮とかのダンジョンならば正しく大当たりなのだろうが、今に限っては明らかにハズレである。

 

「と、隣は!?」

 

 隣あったもう一つの立ち入り禁止部屋のドアを開け放つリュウ。すると今度は、銅像やら絵やら壺やらの、用途の良く分からないモノが大量に転がっていた。いくつかは額だけだったりケースだけになっている物もある。これもやはりキルゴア氏の財産の一つ。恐らくは彼のコレクション的な美術品の類だろう。

 

「……」

「両方ハズレだね」

「……後は……離れの方に急ぎましょう」

 

 まさか両方ハズレとは。確かに宝物庫的な部屋なら立ち入り禁止も頷ける話だが。しかし無情にも時間は刻一刻と過ぎていく。もうそろそろ変装魔法の限界も迫ってきている。二つの意味で時間に追われるリュウ達は急ぎ、離れの立ち入り禁止部屋へと急行した。

 

「ッ……あれ?」

 

 部屋の前までは問題なく辿りついた。そしてさっきみたく盛大に開けようとしたリュウ。しかしそれはドアノブからの妙に強い抵抗感によって遮られる事になった。要は鍵が閉まっているのだ。

 

「何で閉まってんだよ……」

「いやよく考えたらさっきみてぇに開いてる方がおかしくねぇか相棒」

「……。まぁそうだね」

 

 いつもの定位置ではなくサイアスの懐から放たれるボッシュの尤もな突っ込み。あの財宝部屋に鍵がかかっていなかった事は確かに幸運だ。しかし今はそれはどうでもいい。問題は目の前のこのドアを如何にして静かに開けるかだ。

 

「ステンさん、こう鍵開けみたいな特技なんてありません?」

「いやぁ、おいらそういう芸当は出来ないねぇ」

 

 流石にそれは期待のしすぎだったか。リュウは他のメンツにも聞こうとしたが、そんな事をせずとも皆出来そうにないという事を雰囲気で示している。

 

「……じゃあもうこうなったら……力づくで」

 

 リュウは手に小型のマジックボールを発生させると、ドアノブの上にある鍵穴の部分へ押し付けた。バゴッという音と共に、ボールの破壊力が鍵周辺の部分だけを丸く吹っ飛ばす。一応リュウ的にはなるべく音の出ない方法を考えたつもりなのだが、それでも多少の物音は発生している。

 

「なぁ、段々投げやりになってきてねぇかい相棒よぉ」

「……大丈夫、問題ない」

 

 何だかんだ言って、自分もこういう頭を使った潜入とかは向いていないなとちょっとリュウは自覚した。気を取り直して鍵の壊れたドアを開けて中へ入ってみる。今度こそ人質の一人でも居ればいいなと思ったのだが……そこはパッと見で、ごくごく普通の部屋だった。テーブルがあり、椅子があり、ベッドがあり、幾つかのランプが壁に掛けられ、本棚がある。なんの変哲もない部屋である。特にそれらしい人も居なければ物もない。

 

「……」

「え、ひょっとして全部ハズレだったの……?」

「……いえ少し、調べてみましょう。何の意味も無く入るなって言ったり、わざわざ鍵を掛けたりはしないと思いますから……」

 

 リンプーのがっかりした言葉に、リュウはせめてもの希望を含ませてそう答えた。他もリュウと同じ気持ちだったのか、何かないかと無言で部屋の捜索を開始する。すると、今まで影の薄かったサイアスが鼻をひくひくさせて、何も無い壁の方へ近付いていく。

 

「? サイアスさん、どうかしました?」

「こ……ここ」

「?」

 

 サイアスは、一見何の変哲もない壁を指差していた。なんだと思い、リュウはじっと目を凝らして壁を見てみる。そうして、わかった。そこには人が一人通れるくらいの、長方形を象った線のようなものが薄らと走っていた。

 

「これってひょっとして……隠し部屋ですか?」

「……」

「おお、さっすがサイアスの旦那。誰かさんとは違って良い仕事しますねぇ」

「ねぇステン……誰かさんって、誰の事?」

「さぁて誰でしょうねぇ」

「……」

 

 軽口を叩くステンと睨むリンプー。発見者のサイアスは無言だが、どことなく誇らしげに見える。

 

「ねぇでもさー、これが隠し部屋だとしてもどうやって開けるの?」

「うーんちょっと待って下さい、こういうのは大抵……」

 

 と、リュウは隠し部屋と思われる壁周辺をキョロキョロと探してみる。そしてちょうど壁の上の方に、明かりの灯っていないランプが備え付けれらているのが目に入った。明らかに怪しい。なのでリュウは浮遊魔法を使い、それを弄くり回してみた。程なくガコンッと音がしてランプはレバースイッチのように下に倒れ、そして隠し扉がズゴゴゴと横へスライドしていく。

 

「へぇーこんな仕掛けだったのか。それにしてもリュウはよくそれに気付いたねぇ」

「いやまぁ、こういうのってお約束じゃないですか……?」

 

 どうしてこういう仕掛けをするのか金持ちの考える事はイマイチわからない。しかしまぁ侵入する方としてはわかりやすくて助かるのは事実。リュウは開いた隠し部屋へ続く道を覗き込んだ。現れたのは階段でそれほど深くはなさそうだが、狭い。

 

「何かちょっと狭いですねココ……」

「あ、じゃーあたしここで待ってるよ」

「おいらもちょっと疲れたから待ってようかな」

「俺……も……」

「それじゃ、俺とランドさんで行ってみましょう」

「おう」

「ボッシュは連絡係ってことで待ってて」

「おうよ」

 

 そしてリュウとランドは隠し扉の奥、階段をスタスタと下りて行く。地下と言っても大して深くなく、広くもない。すぐに奥まった壁が見えてきて、行き止まりである事がわかる。そしてその右手奥側に、鉄格子のような物が同時に見えた。

 

「! 誰か、居ますね……」

 

 まるでひっそりと作られた牢屋のようだ。ゆっくりと、リュウとランドは息を潜めてその鉄格子に忍び寄っていく。奥には何故か明かりが灯っており、そして人の気配がするのは鉄格子の奥だ。だからリュウとランドはそこまで近づくと、こっそり覗き込んでみて……

 

「〜♪〜♪〜……ん〜? ちょっとデッサン狂いましたね」

 

 そこでは、なんだか小太りなカエルが鼻歌交じりに絵を描いていた。

 

「……」

「……」

 

 目の錯覚かと思い、一度引っ込んだリュウとランドは目と目の間を指でぐりぐりっとしてからもう一度覗き込んでみた。するとなんと、そこでは小太りなカエルが鼻歌混じりに絵を描いていた。

 

「……」

「……」

 

 また引っ込み、少し考えてリュウとランドは自分の頬をペチペチッと叩いた。そして今度こそ、と意気込んで鉄格子の中を見てみる。すると驚くべき事に、そこでは小太りなカエルが鼻歌混じりに絵を描いていた。どうやら夢でも幻覚でもなくれっきとした現実らしい。

 

「……」

「……」

 

 リュウの目が「話し掛けます?」とランドに問いかけ、ランドの目が「しない訳にはいかないだろう」と答える。もし仮にエカル氏の正体を見ていなかったとしたら、鉄格子をぶっ壊して「誰だお前ー!」と突っ込みと共に殴り飛ばしていたかもしれない。

 

「あの……」

「〜♪ ん〜〜ここは黄……いえ青が良いですね」

 

 時折ぶつぶつ呟きながら、ひたすらに絵を描き続けるカエルの人。何だか毒気が抜かれ、警戒心とか全く無しで鉄格子の前に立つリュウとランド。後ろから彼の絵を見てみると、キャンバスに描かれている風景画がまた、ヤケに上手いのが何とも言えない。ちなみにリュウ達の存在には全く気付いていないようだ。

 

「こいつは何だ?」

「きっとこの人がタペタさん……なんじゃ?」

「!」

 

 と、自分の名前には敏感に反応したのか、ここでやっと絵描きのカエルはリュウ達に気付き、振り返った。

 

「おーう。これは気付かずに失礼したのですね。ボンジュールお二人とも。どこかで、お会いしましたですかね?」

「え、いえ初対面ですが……」

「では初めましてですね。ワタクシ、エカル・ホッパ・ド・ぺ・タペタ言いますね。よろしくするといいですね」

「は、はぁ……」

 

 なんとも、気の抜けるペースで話を紡ぐ絵描きカエルならぬタペタ。何だかリュウの記憶が刺激されるが、まぁそれは置いておく。とにかく、彼こそがエカル氏の息子である。ようやく見つけた一人目の人質に、リュウは大きく安堵した。

 

「なぁタペタさんよ、あんた、捕まってる癖に随分楽しそうじゃねぇか」

「おーう、捕まっている? 何の事かわからないですが、ワタクシこのアトリエで絵を描くのが大好きなのですね」

「アトリエ?」

 

 何を言っているんだコイツは、的な呆れ視線をランドが投げている。その点に関してはリュウも同感だ。

 

「ウィ、アトリエですね。ここの人、ワタクシの絵を素晴らしい素晴らしいと一杯褒めてくれたのでした。そしてずっと絵を書いていていいと、こんなに素敵なワタクシ専用のアトリエをプレゼントしてくれたのですね」

「……」

「……素敵、ですか」

 

 見渡すまでもなく、どう見てもこの場所は牢屋だ。どう脳内変換すればココが素晴らしいアトリエになるのか。リュウのような常人には理解出来ないセンスらしい。ランドもそんなリュウと概ね同意見なのか、マスコット姿のぐりぐり眼で引き続き呆れ気味。何とも呑気なカエルである。

 

「まぁいい。そんなことよりお前、俺と同じ甲殻族のババァを見なかったか?」

 

 ランドがガシャンと鉄格子を掴みながら言うと、タペタはそのつぶらな瞳をパチクリさせた。

 

「ん〜〜、ワタクシほとんどここから出ていないので、知らないのですね」

「そうか……」

 

 気落ちしたランドを励ましつつ、リュウはドラゴンズ・ティアから日本刀の“剛剣”マンジカブラをヒュパッと取り出し、一刀の元に鉄格子を切り捨てた。目的の一つはこのタペタの身柄の確保だ。理由を話し、連れて行く事にする。

 

「……と言った感じなんで、付いてきて貰えると助かります」

「おーう、ではあなた方はワタクシの恩人なのですか。メルシー、リュウ。お礼にワタクシの作った歌を聞かせて差し上げるのですね。心して聞くと良いですねシルブプレ」

「……。いえ……まぁとりあえず後ろを付いてきて下さい。あと歌はまた今度で」

 

 イマイチ事の重要性を認識していない呑気なタペタを引き連れて、リュウ達は階段を駆け上り元の部屋へと戻った。

 

「リュウ、ランド! ……と後ろのはダレ?」

「おーう、美しいお嬢さん。ワタクシ、エカル・ホッパ・ド・ペ・タペタ言いますね」

「え、あ、うん」

「あのー自己紹介は後にしましょう。それと、隠し部屋にはこのタペタさんの他には人質は居ませんでした」

「っていう事は、やっぱり……」

「ええ。三階ですね多分」

 

 一階、二階はもうこれで調べ尽くした。残るは立ち入り禁止の三階のみだ。恐らくは盗賊の頭も三階に居るはず。よく考えれば、人質を自分の目の届く範囲に置いておくというのは、慎重な者なら誰もがそうする事だろう。だから、狙うのは奇襲。相手が人質云々を持ち出すよりも早く、それこそ三階へ行った直後に電撃作戦で奪回するしかない。

 

「じゃあ……俺が最初一気に畳み込みますんで、皆さんはその後に続いて下さい」

「わかった!」

「まぁ、それしかないよねぇ」

「じゃあ急ぎまし……」

 

 と、ガチャリと隠し部屋のあった部屋のドアから出た所で、リュウ達は止まった。

 

「よお“掃除夫”さん達。部屋ん中は綺麗になったか?」

「!!」

 

 廊下の左右。ドアから出てきたリュウ達を待ち構えていたように、そこは武装した盗賊達が埋め尽くしていた。

 

「中々楽しい真似してくれんじゃねーか。ま、俺らが何を言いてーかわかってるよな?」

「……」

「大人しくついてきな。俺らの言う事を聞かねーなら、あのババァの命はねぇぜ?」

 

 盗賊が一人、リュウ達に向けて言い放つ。そして悪い事というのは重なる物だ。今このタイミングで、ぽんと音を立ててリュウ達の姿が元に戻ってしまった。変装魔法の時間もやってきたらしい。いつもの姿になったリュウ達を見て「あ、あいつら!」と大きな声を上げる盗賊が奥に一人。どうやら、あのファマ村で傭兵崩れを指揮していた男のようだ。

 

「は、こいつぁいい。ウチの(かしら)がお前らを探してたんだ手間が省けたぜ。おら妙な抵抗しねーでついて来な」

「……」

 

 タペタを見つけてある分最悪ではないが、それでもこれはかなり悪いパターンだ。しかし人質を引き合いに出されては何も出来ない。リュウ達は抵抗せず大人しく縄で縛られて、三階へと上がらされていく。

 

「おらぼさっとしてんじゃねー、とっとと入れ!」

「……!」

 

 三階にある豪著な食堂らしき空間に連れて来られたリュウ達。そこには痩せて目つきの鋭い男が一人、下っ端らしき盗賊が一人、そして見覚えのある甲殻族の女性が一人と、虚ろな目をした初老の男性が一人居た。

 

「やぁ歓迎するよ。コソ泥さん達」

「……」

 

 痩せた男はリュウ達に向かってそう行った。雰囲気からするに盗賊の頭がこの男らしいとリュウは判断する。しかし盗賊にコソ泥呼ばわりされる羽目になるとは、中々ムカつく物言いである。

 

「バカ息子! 何で来たんだい!」

「! 母ちゃん!」

 

 そして見覚えのある甲殻族の女性が、下っ端らしき盗賊の前に座らせられていた。勿論、両手を椅子の後ろで縛られその首に鋭いナイフを突き付けられながら。きっとリュウ達に見せつける為だけに、今のような体勢にさせられたのだろう。もう一人の虚ろな目をした男性は、領主のキルゴア氏であろうか。リュウ達の反応を面白そうに伺う頭領の、ニヤニヤとした笑いが目に付く。

 

「なぁキルゴア。あいつらこの屋敷に不法侵入してきたぜ? 死刑でいいよな?」

「はい」

「!」

 

 キルゴア氏と思われる男性は抑揚の無い返事で、頭領の言葉を肯定した。その様子にやはりエカル氏の言っていた通り、操られているらしい事がわかる。よく見れば確かに妙な腕輪が付いている。だがあれで何故そんな事になるのかは、リュウには見当がつかなかった。お世辞にも頭領からは、魔力などの大した力は感じられない。

 

「お前! ランドのお母さんを離せ!」

「おいおい何だ威勢がいいな。こいつが目に入らねぇのかよ」

 

 リンプーの物怖じしない言葉に、頭領はあからさまに馬鹿にする視線を寄越した。下っ端が持っているナイフが、デイジイの首にぐっと押し付けられる。

 

「くっ……」

「母ちゃん!」

「おーおーそうかそうか。お前このババアの息子か。いやいや母の為にわざわざこんな所まで来るとは、泣ける話じゃねぇか」

 

 心底馬鹿にしたような頭領の言葉。やたらと挑発するような、楽しむような言動を先程から繰り返している。それは今リュウ達が縛られていて動けないから、という理由だけだろうか。リュウはその絶対的優位を疑わない自信に、何かがあるような気がした。

 

「おめぇら、確か報告にあった俺達の邪魔した連中だろ? 何でもその辺の傭兵程度じゃ、太刀打ち出来ねぇ強さらしいな」

「……?」

 

 突然リュウ達の強さを褒めだす頭領。イマイチ意図が掴めない。そもそも、何故リュウ達はここに連れてこられたのだろうか。リュウがその辺の事に思考を巡らせていると、頭領は自ら進んでその理由を話しだした。

 

「実を言うとよ、お前らみてぇな連中が、いつかは来るんじゃねぇかと思ってたんだよ」

「……」

「ま、こういう仕事してりゃ当然警戒するこったろ? だから勿論、対策を取った訳だ。幸い金にゃ困らねぇから、“最強”の対策をな」

「……」

 

 頭領が何を言いたいのか、何となくリュウは掴めてきた。エカル氏の言っていたのが、要するにその対策とやららしい。キルゴア氏の金だというのにそれをさも自分達の物だと言い放つ様は、やはり腹が立つことだが。

 

「けど、だ。莫大な金を払って雇ったはいいが一度もその力が見られねぇってのも、なぁ?」

「……」

「なるほどねぇ」

 

 ステンとサイアスも、リュウと同じく気付いた。この頭領が何をリュウ達にさせたいのか。それはつまり、この男が金にあかせて雇った“何か”とリュウ達を……。

 

「……だからよおめぇら、俺らの雇った傭兵がどれほどのもんか……試しに殺されてみてくれねぇか?」

「!!」

「おら! 出番だぜぇ“無敵の傭兵”さんよぉ!」

 

 その瞬間、リュウ達の間に緊張が走った。頭領の声に反応するように、空気が震えだしている事を実感する。そしてどこからともなく、野太い男の声が聞こえてきて……

 

「……ィィィィイイイッッハアァァーー!!」

 

 暑苦しい雄叫びと共にバガンと天井をブチ破り、ソイツは現れた。

 

 舞い上がる埃が晴れていく中に、ゆらりと浮かび上がるその姿。鋼もかくやと言う程に誇る無駄な筋肉の上に、何故か滴る汗がしっとりと光を反射する。頭髪は後頭部に僅かな弁髪を残すのみ。目鼻口と、濃ゆ過ぎる顔から覗かせる白過ぎる歯。思いの他並びの良いそれは光源も無いのにキラリと輝き、思わず目が潰れそうになる。

 

 そう、この男こそ盗賊達の最後の砦!

 史上最強を自称する筋肉悪魔(マッスル・デビル)

 

「ハァーハッハッハァ! わが名はカーン! ラ・カーン! 主の陳情により参上(つかまつ)った! 我が拳の錆になりたい者共よ、存分にかかって来いぃ!!」

 

 ビシィッとリュウ達へ指を突き付けるその男は、以前に二度ほど見たことのあるあのカーンその人だった。言葉が出ないリュウ達の中でそのリュウ本人だけは、心の中で溜めに溜めて精一杯突っ込んだ。「お前かよ!」と。

 

「……」

 

 とにかく、台無しだった。なんかもー本当に色々と台無しなのだった。緊迫感とか緊張感とか色々と引っ張った前フリだとか、そういった類の張り詰めた空気が、こいつの登場と共に一気に霧散してしまった。その場の空気がカーン一色に染まってしまったのだ。

 

「フフフフフどうした、この俺の恐ろしさに言葉も出ないかネズミ共め!」

「……」

 

 そしてリュウは不敵に笑うカーンの姿を見て、心底安堵したように深ーい溜め息を付いた。一体どんなツワモノが雇われたのかと思えば、その正体があのカーンとは。こんなある意味出オチな相手には、今の自分ならどうやっても負けない。というか負けたくない。

 

「む……!? やや? ややややや!? き、貴様は……“紅き翼”の!?」

「……」

 

 カーンはリュウに気が付くと、やたらと芝居がかった大袈裟なアクションで驚いて見せた。何だか非常に腹が立つのはリュウだけだろうか。そんなリュウは表面上、自分でもわかる程に冷めた呆れ顔でのノーリアクションだ。

 

「く……くふふふふ……何と言う……何と言う巡り合わせよ。このような場所で再び貴様と相まみえる事になろうとは。今日こそ、今日こそ我が宿敵“紅き翼”を下してくれるぞぉぉ! んぬふぁぁっ!!」

 

 いつから宿敵とやらになったのか。何だか頭の血管がぷちっとイってしまいそうな程に一人だけヒートアップして、暑苦しさ三倍増しのカーン。無駄に筋肉ポージングを決め、確実に部屋の気温が数度ハネ上がったのがわかる。

 

「……ね、ねぇリュウ、あれ知り合いなの?」

「いえ、全然全く知らない人です」

「そうなの?」

「はい」

 

 訳のわからなさにドン引きしているリンプーに尋ねられ、リュウは無表情のまま全力で否定した。こんな暑苦しいのと知り合いだなどと思われるのは、なんか色々と嫌なのだ。

 

「サイアスの旦那、アレ、どう見ますかい?」

「……弱い」

 

 流石にサイアスの評価は的確だった。あまりに的確過ぎて、思わずキラリと心の汗が目から出てくるリュウである。

 

「ぬぁにぃ、この俺が弱いだと……? 貴様らなど、新たな師の元で修業を積んだこの俺の敵ではないわ! フォォォォォ!!」

 

 耳聡くリュウの後ろの会話が聞えていたようだ。カーンは機嫌を損ねて怒りを露わにし、五月蝿い雄叫びをあげながらリュウ達に突っ込んで来ている。遅いし隙だらけだし、何の捻りもないただの突進だ。ちょっとイラっとしたリュウは、即座に無詠唱の魔法を念じた。

 

(魔法の射手・収束・氷の37矢)

 

 縄で縛られているリュウの頭上に発生する氷の矢。収束し、一本の氷柱となったそれを問答無用で向かってくるカーンに放つ。まるでリュウの攻撃が見えていないかのようにカーンはそれに対応を見せず、氷柱は土手っ腹にズドムとぶち当たった。

 

「どへぅっ!?」

 

 何だか間抜けな叫びを上げて、目玉が飛び出しそうになるという愉快なレスポンスを返すカーン。そして謎のスローモーションで吹っ飛び、ぐわしゃん、と後ろの壁に激突した。起き上がる気配なし。一撃必倒いいトコ皆無で退場である。

 

「……あ」

 

 つい、思いっきり攻撃してしまった。もし今ので人質に何かされていたらやばい。そう思ったリュウだったがデイジイの方を見てほっとした。何故か、リュウが攻撃しても盗賊達は微動だにしていなかった。むしろ、盗賊の頭領はカーンがぶつかった壁の方をどこか嫌そうに見ているような気さえしてくる。気のせいかはわからないが、まぁ取り敢えずこれで障害は取り除いたことになる。ここは先程のお返しに皮肉を浴びせるべき場面だろう。

 

「流石に自慢(笑)の傭兵さんですね?」

「ああ? 何勘違いしてやがんだ。俺らが雇ったのはこいつじゃねぇぞ」

「……へ?」

 

 その頭領の言葉からは、多少うんざりしたような気配が感じ取れた。つまり気のせいでも何でもなく、事実としてカーンを厄介者と見ているらしい。道理で自分の攻撃に何も突っ込みが来なかった訳だが、そうすると本当の雇った傭兵というのは……? リュウがゾクッと嫌な予感を感じた、その時だった。

 

「ったくこの馬鹿弟子がよお。お前弱ぇーんだから出しゃばんなっつったろうが!」

「!」

 

 もう一人、体格の良い大男がカーンが壊した天井から降ってきたのだ。

 

「フンッ! ハッ! トゥッ!」

 

 掛け声と共にギュララララ! と無駄にアクロバティックな動作を経て、ズシャンと目の前に着地するその男。遅れて現れたその男の全身を瞳に写し、リュウの顔から余裕が消え去る。

 

「し、師匠ぉ……」

「何だ何だこの空気は。お前よぉ、せめて俺様の登場前に場を暖めんのが前座ってもんだろうが。何やってんだ」

「ま、まさか……」

 

 リュウに続き、サイアス、ステンの顔も強張るのがわかった。天井から表れ、今倒れているカーンをゲシゲシと足蹴にしているその男。容姿は褐色の肌に金髪。カーンとは違い無駄に誇示する必要のない引き締まった見事な筋肉。幾多の戦場を渡り歩いてきたであろう古強者だけが纏う空気。そして何より溢れんばかりの強……否、狂者の臭い。

 

 褐色の男はカーンを虐めて気が晴れると、やっとリュウ達の方に振り返った。

 

「おう、そういう訳で、俺が雇われ傭兵のジャック・ラカンだ。そこの馬鹿が何か余計な事をしたようだが、まぁそこんとこは気にしないでくれ」

「!!」

 

 ジャック・ラカン。ニッと笑ってそう名乗った褐色の大男を前に、リュウは驚愕の一言だった。昔の記憶にあるその名前。いずれ“紅き翼”の一員になるであろう歴戦の猛者で間違いない。それが今、目の前に現れたのだ。しかも、敵として。……まぁカーンを弟子にしているという点も驚きの一部に含まれているが。

 

「だ、旦那、こいつは……ちとやべぇよ」

「……」

 

 ステンとサイアスも、どうやら相手が誰であるかを知っているらしい。そう、“ジャック・ラカン”の名は“闇の福音”程ではないにしろ、リュウも僅かながら魔法世界で耳にしていた。一人行動するようになってからだが、悠久の風や宿での世間話の折にボチボチ噂話という形でだ。そしてその噂の内容はほとんど同一。即ち、“アホみたいに無敵な傭兵が居るらしい”と言うものだ。

 

「ほぉう、どうやらお前らの何人かはこいつを知ってるようだな。そうだ。この男があの“無敵のラカン”だ。ま、金ってなぁこう言う使い方しねぇとな」

「……」

 

 頭領はそう言って、馬鹿みたく高笑いをした。つまりこれがこの盗賊達の余裕の正体だ。リュウの記憶が確かなら、ジャック・ラカンの強さはナギやエヴァンジェリンと同等と言っていい。悔しいが確かに、これは最良の金の使い道であるだろう。まだそこまで名前が広く知られている訳でもなく、世界を救った英雄と言うわけでもない今のラカンならば、大金で動くのはむしろ道理だ。

 

「……」

 

 この文字通り降って湧いた強敵に対し、リュウは「仕事選べよこの野郎!」と内心で毒づいた。

 

「ね、ねぇリュウどうしたの? あの人、そんなにヤバいの?」

「……」

 

 いつものような余裕を無くして冷や汗まで垂らしているリュウを見て、リンプーがその非常事態を悟ったらしい。まぁ今のラカンは“紅き翼”と同様、一部でしか知られていないから、あれがどういう人間かわからないのも無理はない。

 

「……正直、あいつはマズイです。さっきのハゲはあの通り大した事なかったですけど、後に現れたあの褐色の男は……」

「そうなんだ……」

 

 リュウの真剣な表情から、事態の深刻さを何となく理解するリンプー。そして喋りながらもリュウは、何か突破口はないかと必死に考えていた。だがどうすればこの男をやり過ごせるか思いつかない。少なくともこのメンバーでは、ナギ達に匹敵する強さのラカンに歯が立たない事は自明の理。まともに相手を出来るとしたら、多分自分だけ。

 

(……待てよ)

 

 だが、そこでふとリュウは考え方を変えてみた。見ようによってはチャンスであるかもしれない。あの盗賊の頭領はリュウ達をけしかける事で、ラカンがどれほど強いのかを見たがっている。そしてリュウ達が束になっても絶対に敵わないだろうとタカをくくっているからこそ、あそこまで余裕な訳である。

 

「……」

「おい、いつまでそこで伸びてやがんだ。折角の俺様の華麗な舞台を汚しやがって」

 

 そうつまり、全員でなくリュウが“一人で”ラカンを抑えさえすれば、その間に人質を奪回して盗賊を無力化するチャンスが生まれるかも知れない。少なくともこのまま全員でラカンの相手をして全滅するよりは、そっちの方が希望がある。

 

「お前もうクビだクビ。弱すぎて話しになんねぇし」

「そ、そんな師匠……」

 

 いつの間にかカーンがラカンの足に縋っている。しかしそれを心底鬱陶しそうに、しっしと追いやる無敵の傭兵。それにしてもカーンは強者を見極める目だけは確かなようだが、弟子入りしている癖に何であんなに弱いのだろう。と言う疑問がリュウの頭に浮かんだが極めてどうでもいい話だ。

 

「おらおらどうすんだ! とっとと始めようぜ! めんどくせーから全員一度にかかってきても俺ぁ一向に構わねぇぜ!!」

 

 ラカンはカーンをポイッと天井の壊れた穴から外へ投げ捨てると、そう言って腕を組み、仁王立ちした。待ちくたびれたのか足はトントンと貧乏ゆすりを始めている。

 

「ね、ねぇもうこうなったら、みんなでやるしか……」

「待って下さい」

 

 逸るリンプーを抑え、リュウは一人ズイッと前に出た。その目にはしっかりとラカンを見据えて。

 

「ジャック・ラカンさん、あなたに一対一の決闘を申し入れます!」

「!?」

「ほーう?」

 

 と、リュウの視線を真っ向から受け止めたラカンは顎に手をやり、面白そうにリュウを見た。決定権はラカンでなく雇い主の盗賊の頭領が持っているのだろうが、そいつに言うより直接言ってラカン本人に決めさせた方がいいだろうという判断である。

 

「リ、リュウお前何トチ狂ってんだ!? お前だってあいつはヤバいってわかってんだろ!?」

「き……危険……」

 

 リュウの突飛な行動に驚き、ステンとサイアスがそれに待ったを掛ける。ラカンの噂を知っている彼らからすれば当然の事だ。心配してくれている、という事が素直にありがたいと思うリュウである。

 

「フン、なるほど。中々勇気があるじゃねぇか青坊主。だがお前自分が何言ってるかわかってんのか? 俺が誰だか知ってんだろ?」

「知ってますよ。“死なない男”の二つ名を持つあのジャック・ラカンさんですよね? まぁ無敵って言われるくらいなんですから、俺の挑戦も当然受けてくれますよね?」

「……」

 

 流石のラカンも、リュウのような子供が真面目に決闘を申し込むとは真に受けていなかったようだ。しかし今言ったリュウの挑発気味な言葉を受けて、ピクリと静かな反応を返した。それ以上に驚いたのは、リュウの後ろにいる猿と犬の二人だが。

 

「……ハッ、何考えてんのか知らねーが安い挑発だな。が、俺ぁそーゆー無謀な挑戦ってな嫌いじゃねぇ。いいぜ、その決闘受けてやる」

「!」

「おう雇い主さんよ、俺はこの坊主と決闘することに決めたが、どうすりゃいい?」

 

 と、頭領に尋ねるジャック・ラカン。どうやら、ラカンはリュウとの戦いに乗ってくれるらしい。リュウはまず第一段階を突破した事に安堵した。正直自分のような子供の、傍から見たら血迷った戯言のような意見が通るか不安ではあった。まぁその辺に関しては、ラカンが大雑把な性格で助かったと言える。

 

「決闘ねぇ……そうだなよし、それなら俺ら全員で見物と洒落込むとするか」

「ほう、話がわかるじゃねぇか」

「あんたに逆らう気はねぇよ。まさか無様に負けたりはしねぇだろ?」

「当たり前だ。貰った金の分はしっかり働くぜ。大船に乗った気でいな」

「そうかい。ならいい」

 

 盗賊の頭領はラカンが自分の意見を曲げない事をよく知っているらしい。決定に異を唱えるような真似はせず、逆にそれを楽しむ気のようだ。

 

「ああそうだ、おめぇらにもガキが殺される様を見せてやるが妙な気を起すなよ? こっちには人質が居る事を忘れんじゃねーぞ」

「……」

「おい、コイツらが妙な事出来ねぇよう、も少しキツく縛っとけ。そのガキだけは解いてやりな」

「ヘイ!」

 

 頭領の命令に従い、リュウの縄だけが解かれる。コキコキと腕の具合を確かめて、リュウは大きく深呼吸した。今の状態ではラカンが居るから、デイジイを奪い返せるような隙はやはり無さそうだ。

 

「リュウ……」

「お前、大丈夫なのかよ」

「……まぁ、何とかします。それより……」

 

 心配そうにする面々。確かにラカンはそれこそエヴァンジェリンと同レベルで、素の自分でどこまで通用するかはハッキリと言えない。そしてリュウはこれからの一対一の決闘において、“変身”を使わないつもりだった。理由は幾つかあるが、まずこんな大勢の誰とも知れない盗賊達の前で自らの正体を晒すのは嫌だった。そして今の目的は“ラカンを倒す事”ではなく、“人質を救出して盗賊達を殲滅する事”だ。あの力は強すぎて、それには全く適さない。

 

「……」

 

 チラリとラカンを見る。どう見ても、強い。あんな相手とガチでやり合うのは正直怖いのもある。だがリュウは自分自身気付いていなかった。変身を使わないと決めた理由の中に、今の自分の実力に対する僅かな“自信”が根底にある事を。

 

≪ボッシュ≫

≪おう≫

≪俺があの盗賊達の目を引き付けるから、そしたらみんなの縄切って上手くやって≫

≪まぁそんなこったろうじゃねぇかと思ったぜ。任せろってんだよ相棒!≫

≪よろしく頼んだ≫

 

 丁度サイアスの服の中に隠れたままの相棒に、これからの事について念話を送る。返ってきた頼もしいその返事を聞いて、少し不安が払われるリュウだった。

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