「…………?」
リュウが目を覚ますと、そこは見慣れぬベッドの上だった。体には特に異常を感じることもなく、強いて言えば幾らか空腹感があるくらいといった所か。
「よう、相棒。気が付いたか?」
リュウの意識が覚醒した事に気付き、声を掛けてきたのは傍らで丸くなっていた白い物体。良くも悪くも頼れる相棒、ボッシュだ。
「……ボッシュ。ここどこ?」
体を起し、自分が寝ている場所はどこなのかとキョロキョロするリュウ。全く知らない場所かと思ったが、どうも最近どこかで見たような気がする。そんな微妙な既視感漂う豪華な部屋で、リュウは自分が何をどうしてこんな所で寝てるのか、氷が溶け出すように少しずつ思い出していく。
「ここはあの領主の家ん中だぜ。“アレ”から丁度丸二日経ってるけどな」
「あー……あーあーそうか、そうだった」
アレから、という言葉でリュウは自分がラカンを前に意識を失った事を思い出した。そして同時に、あの時自分がどのような思いを抱いていたのかも。まだ少しぼーっとした頭で考えてみると、あれほど全力を出したのはナギ達との修行でもエヴァンジェリンとの修行でもなかった事だった。よくもまぁ、変身せずにやったものだ。そんな意地を張る程度には、自分に自信があったのだとやっと気付いた。
「……」
それにしてもボッシュが言うには、自分は二日程も寝ていたらしい。そこまで疲労したのも初の経験だったが、まぁきっと慣れない召喚をしたせいだろうとリュウは考えた。そしてキルゴアの屋敷に居る事から、気を失う直前に見た光景は幻ではなかったのだと思い当たる。
「そっちは、上手くやってくれたみたいじゃん」
「まあそりゃな。ちっとばかし死ぬかと思ったけどな」
苦笑するボッシュ。いやお前死なない癖に、という突っ込みはまぁ病み上がりなので止めておいた。そう言えば自分も危うく死ぬかと思うような一撃を受けたのを思い出し、顔が強張るリュウである。
「実は、俺の方も死ぬかと思ったけどね」
思い出したくもない、内臓をねじ切られる様な一撃と重た過ぎるストレートのコンボ。あれは二度と喰らいたくないと思わせるだけの威力があった。喰らった箇所をさすると、傷自体は寝ている間に誰かが治してくれたらしく無くなっていたが、それでもまだズキズキと痛んでいるような錯覚を覚えてしまう。
「そうかい。まぁ何にせよ、無事だったからいいじゃねぇか」
「お前もね」
「俺っちはあれだ、死なねぇからよ。さて、じゃあそろそろあいつ等の所へ行かねぇかい?」
ボッシュに促され、知らぬうちに着せられていた寝間着のままリュウは廊下に出た。そのままボッシュに案内されて行きついた場所は、あの三階の食堂らしき部屋。ラカンが文字通りに降ってきた場所である。カーンの事もついでに思い出したが、その部分は静かに切り取り、脳内主記憶上のゴミ箱へドラッグアンドドロップしておくリュウである。
「どうもーこんちわー……」
大きな扉をギギギと開けて、食堂の中へ侵入するリュウ。どうにもこういった豪華な仕様には慣れがなく、恐る恐ると言った感じの及び腰になってしまっている。きっと生来の貧乏根性が魂に染みついているからだろう。中へ入ると、まずは壊れた天井が応急的に修繕されているのが目に入った。そして長いテーブルに、ランド、リンプー、サイアス、ステン、タペタと、キルゴア氏、エカル氏、そしてデイジイが寛いだ様子で座っている。
「あ、リュウ!」
「よお起きたか。体の方は大丈夫か?」
「大丈夫みたいです。ご心配をおかけしたようで……」
自分の体を気遣ってくれているランドとリンプーに、照れくさそうに頭を掻きつつ返事を返す。まぁ色々と思う所はあったが、無事は無事なのでそう言っておく事にする。
「良かった。あのまま目が覚めなかったらどうしようかと思ってたよ」
「あ、どうも。デイジイさんも何事もなかったようで、何よりです」
「おかげでねぇ。坊やにはあたしらの為に酷い目に会わせちまって、本当に済まなかったと思ってる。もういくら感謝してもし足りないよ」
「いえそんな」
デイジイはリュウの姿を見るや平身低頭、謝り&お礼の嵐を繰り出した。それに対して結構恐縮するリュウ。自分がそうしたかったからやっただけなので、そこまでお礼を言われると何だか悪い気がしてくるのだ。
「いやいや、私からも礼を言うよ。君が頑張ってくれたおかげで、私達はヤツらの呪縛から逃れられたんだからね」
「い、いえそんな……」
さらに浴びせかけるように、リュウに礼を述べて頭を下げるのは正気を取り戻したキルゴア氏。虚ろな目だった時とはうってかわって、精悍な顔つきをした初老のダンディだ。金持ちだけあってセンスの良い服に身を包んでいる。
「実際、リュウがあのジャック・ラカンを抑えてくれてなかったら、おいら達みーんな間違いなくやられてただろうからねぇ」
「そ……そう」
「いえそんな…………」
さらにさらにダメ押し気味にやたらとリュウを持ち上げるステンとサイアス。それだけラカンといい勝負をしていた事が、称賛の対象になっているという事なのか。そしてここまで褒め殺しを連発されると、リュウは恥ずかしさでいたたまれなくなってきていた。自分個人に直接そこまで言われるのは、あんまり慣れていないのだ。
「えーと……あ、そう言えばそのジャック・ラカンは……?」
耐えられなかったので、リュウは話題を変えようとそう切り出した。食堂をいくら見渡しても、そこにあのデタラメ傭兵の姿はない。この部屋に来るまでに少し思案したのだが、ここでラカンと縁が出来たならそれはそれ。記憶にある出会いの形式なんぞは無視し、とっとと“紅き翼”に入ってもらってナギの相手をしてくれれば超建設的じゃね? と考えていたのだ。
だがしかし、何事もそうすんなりとは行かないのが世の常である。
「彼ならキルゴアさんから契約金の残りを受け取ったあと、すぐにどこかへ行ってしまいましたよ。リュウさんに“今度どっかで会ったらまたやろうぜ!”と伝えておいてくれと言い残して」
「……」
エカル氏が苦笑交じりにリュウに告げる。それは浅はかなリュウの企みが儚く散った事を意味し、加えて再戦を一方的に言い渡されると言う、最後まで救えないオチとなったのであった。関係無いが、雇っていたのは盗賊なのに律儀に金を払ったらしいキルゴア氏に、リュウはお人好しだなーと少し思った。
「おっと、立たせたままで失礼しました。さぁさぁどうぞ、こちらへ座って下さい」
促されるままにリュウがテーブルに着くと、キルゴア氏は手元にあった小さな呼び出しベルらしき物を鳴らす。するとどこからともなく聞きつけた使用人が扉を開け、手押しカートを転がして入ってきた。そしてテーブルの上に並べられていく豪勢な料理の数々。
「これは囁かですがお礼のしるしです。ずっと寝ておられてお腹が空いているでしょうから、リュウさんがいつ目覚めてもいいよう準備をしておいたんですよ」
「うわ……え、いいんですか?」
「勿論、遠慮せず召し上がってください」
「じゃあその……頂きます」
「皆様も、どうぞご遠慮なく」
「やった!」
「いやぁ悪いですねぇ“また”ご馳走になっちまいまして」
一応キルゴア氏から勧められるのを待って、リンプーやステンも目の前の料理の山に手を付けだす。そしてリュウも、空腹にご馳走を前にしては腹がぐうぐうなって仕方がない。そんな訳で、早速リュウ達は目の前の料理を頂く事にした。リュウが寝ている間にキルゴア氏は、盗賊に屋敷を乗っ取られていた時に解雇した人間を改めて雇い直していたようだ。
「じゃあリュウも目が覚めた事だし、改めて、かんぱーい」
「ってアネさん、がっつき過ぎて喉詰まらせないようにね」
「何言ってんの、あたしがそんな事する訳ないじゃん!」
「どうだかねぇ」
諸問題が片付いたとあってその場の雰囲気は非常に和やかで明るく、キルゴア氏やエカル氏も終始ご機嫌な様子で宴会が始まるのだった。勿論リンプーがその後少しして、食べ物をかっ込み過ぎて喉を詰まらせたのはお約束である。
「早速だけどさぁリュウ。おいらとしてはあのジャック・ラカンを相手にした感想を是非聞かせて欲しいんだよね。実際、どうだった?」
「あー……正直尋常じゃなかったですね。つーか何だったんですかねアレホントマジで」
「いやそこをおいらに言われても……」
リュウの心底嫌そうな言葉にちょっと冷や汗なステン。その横で何故かうんうんとサイアスがしきりに頷いている。他にもリンプーから“ボッシュが死んだと思ったら死ななかった! 不思議!”とか言われて対応に苦慮したりしてあーだこーだと歓談し、そして話題は盗賊達の事に移る。
「……そうですか。じゃあ特に人死にはなかったんですね」
「ええ、それだけは確かです。不幸中の幸いという奴ですね」
キルゴア氏からそう聞いて、リュウはホッとした。被害そのものは甚大ではあったが、ギリギリ人命にまでは影響が出なかったらしい。そして全焼したランドの家については、全額エカル氏とキルゴア氏の共同出資の下で建て直す事が既に決まっているとの事だ。盗賊達は全員しょっ引かれ、今頃は監獄の中だろうという事も。
「それじゃ、色々と問題も片付いたし、こっちの方の家建てるの、手伝ってくれますよね?」
「ああ、まぁな。何か色々お前とお前の相棒にゃ、世話になっちまったしな」
そうランドが認めると、ステンも右に習えで頷いた。サイアスについてはどうするのかわからなかったが、リュウが視線を向けると「つ……着いていく」とだけ答え、同行する気満々なようだ。どうして? と聞いても答えは返ってこなそうだが。
「おーう。ワタクシもついて行くのですね。みなさん、喜ぶといいですね」
「!? え?」
と、ここで自分も同行したいと言い出すタペタ。ちょっと予想外なリュウは思わず理由を尋ねてみる。するとタペタは実は旅に出るのが趣味で、そろそろ絵を書くのも飽きたしリュウ達について行けばいろんな場所へ行けそうだと思った、とつらつらと語った。
「あの、いいんですかエカルさん……?」
「うん? ……ああ、まぁもう諦めているよ」
と、エカル氏は苦笑してそれを認めた。タペタの奔放さというか放浪癖は、意外と根強いらしい。そんなんだから誘拐されるんだよ、という突っ込みは、エカル氏のメンツを考えて言わないリュウである。
「まぁ俺は別にいいですけど……人手もいるだろうし」
「メルシー、リュウ。では今後とも、よろしくお願いするのですね」
「ええ、まぁ……はい」
と言う訳で、取り合えず建設作業の補佐にタペタもリュウ達に同行する事になるのだった。
その後、一段落した辺りであの腕輪らしき物体の事に話は変る。実物を見てみたいとリュウが言うと、それを見越していたのかすぐ脇からキルゴア氏がソレを取り出した。念の為直に触らないように、魔法の布のような物で包まれている腕輪のようなもの。キルゴアとしては見るのも腹立たしいモノであるが勝手に処分する訳にも行かないと思い、リュウの意見を聞いてからどうするか判断する予定だったそうだ。
渡されたリュウは、それをためつすがめつすしてみる。
「うーん……特に何でもなさそうな腕輪だけど……それにしてもあの盗賊達は、これをどこから手に入れたんですかね?」
「それが……“拾った”と……」
「……え? ……拾った?」
あまりの理由にちょっとリュウはポカンとした。てっきりどこかイカガワシイ魔法具を取り扱う店とかがあって、そこから手に入れたのだろうと思っていた。まさか拾ったとは驚きである。盗賊達はたまたま拾ったこの腕輪を部下に着けさせた所、何故か付けた男が付けさせた者の意のままに動くようになったのを見て、今回の事を思い立ったそうだ。嘘臭いが、盗賊の頭領はその他の悪事もペラペラ喋っており全てが本当の事だったので、これも嘘ではないだろうという事になっていた。
「……」
そしてリュウは少し考えた後、その腕輪を自分の手元に預かる事にした。人を操る腕輪なんて物は昔の記憶にもないが、そんな物がその辺にポンポン落ちていてはたまらない。なので、手が空いたら少し調べてみようかなと思ったのだ。
「そうですか。まぁリュウさんなら不用意な事に使ったりはしないでしょう。よろしく、お願いします」
キルゴア氏はリュウの事を信用しているようで、そう言うとリュウに正式に腕輪を渡した。その後はさしたる大きな話題も無くなったので、たまにはこれくらいしてもいいだろうとリュウ達は雇われ直した使用人達も巻き込み、再び宴会に突入するのだった。何だかんだでそれがお開きになったのは、皆がもう限界、と寝だした夜遅くになってからである。
「いやぁたらふく食ったなぁ。相棒の料理もうめぇけどさっきのも中々だったぜ」
「……」
そんなこんなでリュウとボッシュは今、あてがわれた寝室へと戻り、少し夜風に当たろうと窓を開けて夜の闇を見ながらぼーっとしている。何となく、ボッシュは気付いていた。リュウはあの宴会中も、どこかの部分が上の空だった事に。
「まぁ色々あったけど、全部丸く収まったし……」
ポツリと呟き、今回の事を思い出すリュウ。結果を見れば、自分がラカン相手に粘った挙句最終的に気を失った事を除いて、万事上手くいったわけである。そう、結果だけ見れば特に問題はないのだ。リュウ個人の釈然としない気持ちを考慮しなければ。
「なぁ相棒、悔しいって、顔に書いてあるぜ?」
「……」
横から飛んできたボッシュの言葉は、図星だった。実際悔しくない訳がないのだ。変身無しとは言え、リュウは全力でやったのにあの結果だ。あれをラカンがデタラメだからと言って逃げるのは簡単だが、リュウにはそれは出来なかった。重傷な所まで追い詰めたのだから尚更である。あの最後に見た、自分に対して勝ちを確信していたようなふざけたニヤけヅラ。あれを思い出すと、今になって神経が思いっきり逆撫でされる。
(あの筋肉野郎……いつか……)
そんなムカムカ全開の決意を、リュウはひっそりこっそり空に浮かぶ二つの衛星に誓った。
……しかしそれでも晴れないこの気持ち。取り合えず今腹に溜まっているこのどうしようもないストレス。これをどうにかこうにか晴れさせる方法はないかと、リュウは思いを巡らせてみる。
「……!」
そして唐突に、ある一つの方法が閃いた。ささやかながら気も晴れて、なお且つ即効性と持続性も兼ね備えた一石三鳥のナイスな計画案である。若干手間はかかるが、そんな事はさしたる問題ではない。
「なぁ……ボッシュ、男にはやんなきゃなんねー時って、あるよね?」
「? お、おう。そりゃあんだろうが……いきなりなんでぇ?」
「いやいい。皆まで言うな」
「?」
リュウが突然真面目に珍妙な事を言い出し、若干戸惑ったようなボッシュ。だがリュウにとっては、ボッシュから返ってくる回答自体は割とどうでもいい。何故なら口に出す事で、己の実行意思の確認をしているだけだからだ。
「そう。だから俺はやんなきゃなんねーと思う。これは他の誰でもない、“俺が”やんなきゃいけない事なんだ」
「お、おう……?」
自分ではキリッとした、カッコいい感じの表情をしているつもりのリュウ。だが後にボッシュが言うには、この時のリュウは凄い決意をしたような、それでいて何だかドス黒いモノが表に出ているような、そんな表情をしていたと言う。
「まぁでも、今日は取り敢えずもう寝るけどね」
「……。相棒、丸二日寝てたくせにまだ寝んのかよ。寝過ぎなんじゃねぇの」
「……」
突っ込みフェレットの口へデコピンをかまし、「ほぺぅ!?」とトンチキな叫びをあげさせてから、リュウはベッドに横になった。これから自分は、思いついたこの計画をどんな手を用いてもやり遂げなければならない。見てろよあの筋肉野郎めと、不敵な笑みを浮かべながら。
その後しばらくして。
無敵の傭兵ジャック・ラカンに関し、とある妙な話が悠久の風や冒険者達の間でまことしやかに流れだした。“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”や“不死身バカ”と言った、まるで誰かがやっかみを込めたような内容の二つ名が、それはもう不自然な速度で関係者の間に浸透しだしたのである。
一説によると青い髪の少年が各所に現れ、率先して触れ回っていたと言う説もあるが、それが一体どこの誰であるのかについては、ついぞ謎のままだったとか。
続く